俺と鬼と賽の河原と。生生流転
何故か前さんが家に来た。
理由は知らん。
というか。
なんというべきか。
そもそも――。
俺と一緒にやってきたのになんか藍音と話してて完全に放置されている俺である。
……寂しい。
其の三十九 俺と、……誰もいないだと。
藍音の部屋。
薬師のことはさておいて、藍音と前は紅茶を飲みながら話をしていた。
「やっぱ紅茶入れるの上手いね」
「私自身は、緑茶の方が得意なのですが」
「そうなの?」
「薬師様が緑茶の方を好むので」
「あー、なるほど、確かにそんな感じだね」
前と藍音には、それなりに友誼がある。
仕事の予定上遊びに行ったりなどはあまりないものの、メールのやり取りくらいはあるということだ。
「てか、薬師に紅茶はあんまり似合わないよね」
「はい」
さっくりと肯定されて、前は苦笑した。
「そういうミスマッチもとても良い物です」
「……あ、そう」
実は惚気だった。
と、そこで前は辺りを見回した。
多少不躾ではあるが、整理整頓された洋室は、なんら恥じることのないように見える。
そんな中、ある物が先の目に留まった。
「ん? 写真?」
机の上に置いてある、一つの写真立て。
それが、前には気になった。
「これ、いつの?」
「半世紀ほど前になるでしょうか。山で撮ったものです」
「ふーん?」
写真の中の薬師は、笑うでもなく、つまらなさそうな顔をして、藍音の隣に写っている。
藍音もまた無表情で写っているものだから、どこかおかしくて、前は笑みを漏らした。
「薬師も笑えばよかったのに」
「薬師様は、当時は特に写真が好きじゃないようでして」
「そうなの?」
「魂が取られると」
「……言いそう」
「なので、写真は中々撮らせていただけなかったのですが。説得の末ついに折れていただき、それ以来私の宝物です」
「へぇ……」
興味深そうに、前はそれを眺めた。
「死ぬときまで、肌身離さず持っていたので、死後もこうして現存しております」
「そうなんだ。でも、今は持ってなくていいの?」
「……今は、別の写真がありますので」
やっぱり、惚気だ。
自分の嫉妬を自覚しながらも前は特に不機嫌になるでもなく、笑っていた。
嫉妬であるが、それはどこか心地よいものである。
「でも、そう考えると、藍音と薬師って随分付き合いが長いんだよね?」
「はい」
「じゃあさ、昔の薬師はどうだった?」
嫉妬をもって撒き散らすでもなく、その嫉妬は形を変えて薬師に注げばいいのだ。そして、同じところに立てればいい。
だから、ライバルではあっても藍音は嫌いではない。
「昔の薬師様ですか」
そう言って、藍音は少し考え込んだ。
そして、出てきた言葉は少々予想外と言えよう。
「今よりも、少し凛々しかったかと」
「……凛々しい? あれが?」
ありえない。前の持てるすべてが集約されて否定を返した。
あの基本的にやる気なくてだらけて怠け者な彼が凛々しいとはどういう了見か。
「今よりも、戦いに身を置くことが多く殺伐としていたので」
「あ、そうなんだ」
よく考えてみれば、前は薬師の大天狗時代は詳しくないのだ。
「今ほど甘くもなく、もっとふらふらとした方でした」
「なるほど……」
「戦を繰り返し、暇ができればどこかへ出かけ、厄介ごとに首を突っ込み帰って来る」
「厄介ごとに首を突っ込むのが好きなのは昔からなんだ」
「めんどくせぇめんどくせぇと言いながらも実際は関わったりするツンデレも昔からです」
「……そうなんだ」
変わってない様で少し変わったみたいだが、結局、薬師は薬師だったということか。
「でも、それだったら寂しくなかった?」
気になって前は問う。
藍音は即答した。
「はい」
「そっか……」
「帰りを待ち続けるのは不安で仕方なく」
ちょっと引くほど即答だった。
「なので、ついて回ることにしました」
「ん?」
「体を鍛え、戦闘中も補佐として控えれるように、そして国外なんかに出る際にはむしろ薬師様の方から通訳として頼みにしてくれるよう、語学を学び、あわよくば胃袋からと料理なども」
「色々あったんだね……」
それほどまでにして側にいたかったというのなら、凄まじい情熱だ。
真似できるかと問われれば、前には少し自信がない。
「それよりも、私からも質問があるのですが」
「ん? なに? 答えられる事なら答えるよ?」
「薬師様の死後、私が来るまでの間、薬師様はどのような方だったのでしょうか? 特に、地獄に来た当初は」
前は気付く。前が薬師の生前を知らないように、藍音の知らない薬師もいるのだ。
「……んー、そうだなぁ」
前は記憶を掘り起こして薬師に出会った頃を考える。
「やる気なさげで、気だるげで、最初はなんか嫌いなタイプだったなぁ……」
色々と聞いた上で今思い返すと、肩の荷が下りたということで仕方なかったのかもしれないと前は思う。
「なーんか、こう、なに言ってもへえそうかい、って感じで。暖簾に腕押しって感じ?」
まるで、頑張る周囲の人間を小馬鹿にしているようで腹が立ったのを覚えている。
実際薬師にそんな気はなかったのだろうから、そこは前の未熟さでもあるのだが。
「あ、あと目が死んでた」
「……そうですか」
「でさ、それが気に入らなくって、あーだこーだと説教してみたり世話焼いてみたりしてさ」
微笑みながら、前は頬を赤く染めた。
「それで、惚れてしまったのですね」
「な、何で分かったのさ!」
「顔に出やすいと人に言われたことは?」
「むむ……、まあ、そうなんだけどね。いやー、あーしろこーしろやる気出せって言うんだけどさ、なんか、それでほんとに薬師が頑張ると嫌で。なんかさ、しゃきっとして欲しいんだけど、しゃきっとしちゃったらそうやって世話焼けなくなるわけで」
「なるほど、手の平の上から転がりだすのが嫌だったと。悪女ですね」
「違うよ!? そんなんじゃないよ!? ある意味間違ってないけど! で、まあ、随分勝手な話だったわけさ。けど薬師は気にした様子もなくって、なんていうの? 果たしてこいつは大雑把なのか懐が広いのか、みたいな」
「なるほど」
「しかも、なんだかんだ面倒見がいい……、んじゃないな、あれは。なにかあるとすぐ首を突っ込みたがるのはやっぱ来た当初もみたいだね。それが面倒見がいいように見えたんだなぁ」
「そうですか。やはり、興味深い話でした」
そして、藍音は立ち上がった。
「そろそろ、薬師様が疎外感を感じて寂しがっている頃だと思うので」
「あー、そうだね」
前も立ち上がり、扉を開く。
「しかし、これで会う前の薬師の話も聞けたけど」
「ええ、私も空白の間の薬師様の話は聞けましたが」
「――それ以前って、どんなんだったんだろうねぇ」
「はい。では次は憐子やにゃん子も交えて話すとしましょう」
居間で不貞寝していたら、しばらくして、やっと前さん達がやってきた。
「おう、終わったか」
「うん、久々に話し込んじゃった」
「ほーう? どんな話だ?」
「薬師の事」
言われて、俺は眉を顰めた。
俺のこと、だと……?
「……どんな?」
聞くが、前は笑顔で唇に人差し指を当てて言う。
「秘密っ。女の子の秘密だからねっ」
まさか……、俺のろくでなし加減とか、俺の勤務態度の悪さとかアレか……!?
その編の苦労を語り合っていたのか……!?
「本当にもうしわけございませんでした」
「いきなり何!?」
「え、そういう話題じゃねーの?」
「違うよ!?」
「つまりその程度の謝罪じゃ許されないということか……、土下座を要求……、流石前さんだ、鬼の鑑……!」
とりあえず、俺は潔く二人の前に膝を付いた。
「ちょ、違うから! そういうんじゃないから!!」
「薬師様」
「なんだ藍音」
「謝意を示すのであれば私には抱擁がお勧めです」
「……分かった、仕方ない」
「待った待った、ちょっと待った! 藍音もどさくさに紛れてなに言ってんの!?」
「熱いハグと同時に耳元で『愛してる』と囁くと私が喜びます」
「謝罪関係なくなったよね!?」
……うーむ、どういうことなのだろうか。
とりあえず俺は土下座すべきか、せざるべきか。
分からないが、二人が楽しそうだからまあ、よしとしておこう。
オマケ、というかこぼれた話。
「前の携帯の待ち受けは、薬師様ですね」
「え、っと、そうだけど」
「それは、どうやって撮ったのですか?」
「え? 普通に撮らせてって言ったら撮らせてくれたよ」
「……そうですか」
「え、なに」
「いえ、少し羨ましいと。私には決して許してくれず、隠し撮りするしかないので」
「隠し撮りもどうかと思うけど、でも、うーん……、あたしは藍音が羨ましいけどなぁ」
「それは、なぜでしょうか」
「いや、だってあたしに対して嫌なの我慢してるってことじゃん。藍音に対しては遠慮なんてしないのに」
「……つまり、隣の芝は」
「青いんだねぇ……」
―――
リクエストにあったので、前さんと藍音さんで。
なんかも二人で組めば最強なんじゃなかろうか。
返信
がお~様
ギャップ萌ですね、はい。でもきっと閻魔妹はだれでもSにするオーラを放っていると思います。
もう常にいじめてオーラを全開でぶっ放してますので薬師でなくとも弄りたくなります。
ちなみに閻魔一族的には閻魔妹が一番酒に強い可能性はあります。
愛沙と玲衣子はどのタイミングで酔っているのか不明なので問題ですが。でも一番弱いのは閻魔で確定です。
Johndoe様
報告ありがとうございます。
け幻想な顔っていったいなんなのか。
そんなにファンタジーなんでしょうか。
と、まあとりあえず修正しておきます。
月様
嫌がってくれるドMはいいドMだと思います。
とりあえず嫌がるけど実は満更でもないって辺りの反応は中々。
まあ、薬師の教育の賜物ですね、ああ、調教ですか。いつの間にか完全なドMに。
元からいじめてオーラ出してたような気もしないでもないですけど。
通りすがり六世様
このままだと由比紀が羞恥プレイもいけるマルチ変態に。
店主はとりあえずなにも考えてないので仕方ないです。っていうか考えてたらきっと店に客が来てます。
ムラサキは友達がいないので意外と満更でもないみたいです。というか意外と年上として慕ってるムラサキはいい子。
しかし、全速力を出す前にその辺のコンビニにでも寄れば安全に何とかなった予感。
最後に。
写真の真ん中に写ると魂抜けると信じてわざわざ端に避ける友人が小学生の頃いました。そこまでしてでも撮っては欲しいのかと。