俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「……よう」
「あらあら。あらあら、うふふ……」
正月も終わった頃、玲衣子の家を訪ねると、玲衣子が怖かった。
「もしかして、怒っていますでしょうか」
正月に訪ねるべきだった。
訪ねるべきだったのだ。
しかし俺というやつはうっかりすっかり忘れていてというか正月なんて全部寝て過ごした。
「いいえ、そんなことはありませんわ。うふふ」
「……あ、はい」
「ところで、そこに正座していただけますか?」
説教か、説教なのか。
俺は逆らわずに居間に正座する。
そして、玲衣子が近づいてきて。
「えい」
平手打ちくらいは覚悟の上だったのだが。
予想に反して、そんなことはなく。
ただ、俺の膝の上に玲衣子の頭の重みが乗っただけだった。
「何故膝枕」
「枕さんは文句を言ってはいけませんわ」
「そうかい」
「こうして、来てくれたのだから、許して差し上げます」
「そりゃありがたい」
それだけ言って、俺は黙る。
だが、それを玲衣子が許さない。
「なにか、お話していただけますか?」
「何故に」
「枕さんには、いい夢を見せる義務がありますわ」
「……そうかい」
其の四十三 俺と彼とCD。
玲衣子を膝枕すること数分。
なんだかんだとあれなのでスーツの上を玲衣子に掛けてみたりしつつ、時間は過ぎていく。
「なあ、楽しいのか?」
「ええ」
俺は楽しくないぞ。やがて膝が痺れてくることだろう。
「……まぁ、でもあれか」
「なんですの?」
「ああいう日に一人なのは、寂しいもんな」
ふと俺は、魃の言葉を思い出した。
祭りの日、祝い事、そういう周囲の空気が変わる日に、一人。
それが寂しかったというのなら、これくらいは仕方ないか。
「そう思うのなら、寂しがらせないでくださいませ」
「俺はそれほど器用じゃないぞ」
「一緒にいてくださいと言ってるだけですわ。簡単でしょう?」
そりゃ、言葉にするのは簡単だが。
しかし一人で寂しい、なんぞは永らく感じたこともない感情だ。
基本的に誰かがずっと側にいて、今となっちゃ地の果てまで逃げても一人にゃなれんだろう。
ありがたい話だ。
「嘘でも、永遠に一緒にいると言えばいいのですよ」
「正直者でな。それに、白々しいだろ」
「意地悪な人ですね」
「永遠とかそういうのは信じない性質なんだよ。何が起こるかなんて誰にも分からんよ」
俺が人間だった頃に現状を教えられて信じられるだろうか。
人間やめて大天狗になって死んだ後地獄でそこそこ気楽に過ごしてます。
どう考えても、頭がおかしい。
「まあ、どうなるかわからんから、百年経っても一緒にいるかもしれん、なら言ってもいい」
「うふふ、そうですか」
そうして、玲衣子が俺の膝の上で寝て、如何ほど経ったか。
「満足したか?」
「ええ」
にこにこと笑って玲衣子は告げた。
立ち上がる玲衣子。
「こっからはいつも通りか?」
「はい。と言いたいところですが」
「まだなんかあんのか?」
「実は、面白いものを見つけましたの」
「面白いもの?」
首を傾げる俺に、玲衣子はその場を後にし、しかしすぐに戻ってくる。
その戻ってきた玲衣子が手に持っていたのは、音楽再生機器の類のようだった。
「そいつは……」
「CDプレイヤーですわ」
別に新しいものではないようだ。
むしろ、見つけたという話を聞くに、家にあった古いものなのだろう。
しかし、玲衣子が抱えてるのはそれだけでなく、大量のCDケースの姿も、そこにはあった。
「昔の、夫のものです」
「なるほど?」
確か玲衣子の死んだ夫はバイオリンが弾けたはずだ。
だから、そういうCDを持っていたとしてもまったくおかしくはない。
現に、大量のCDの大半はそういうバイオリンの関わるものだ。
その中にいくらか、毛色の違うものも混ざっているが。
「一緒に、聞いてもらえますか?」
「音楽なんざ、ろくにわからんぞ」
「そういうものでしょう? 音楽って」
よくわからんが、そういうものらしい。
玲衣子は俺の隣に座って、イヤホンを片方、俺の耳に差し込んだ。
もう片方は、自分の耳へ。
そして、俺たちの前に置いてあるプレーヤーにCDを入れて、閉じる。
スイッチを押すと共に、音楽は聞こえてきた。
軽快な演奏が耳朶を叩く。
玲衣子が、寄り添うようにして、方に頭を預けてきた。
「どうですか?」
「そう言われても、音楽鑑賞の技術なんぞないぞ。なんとなくいい曲っぽいとかしかわからん」
「それで良いと思いますわ。音楽とは、そういうものですもの」
「そういう、ねぇ」
「芸術は、理解できなくても心に響くものではありませんか?」
なんとなく、言いたいことはわかった。
確かに、門外漢でもわかるからこそ芸術であり、名作なんだろう。
理論で記さず、絵や音で表現する、言語すら不要にした分野だからこそ、理屈抜きで心に訴えかけることができてこそ、と言ったところか。
「まぁ、否定する言葉は出てこないわな」
よくわからんが、悪くはない。
「そうですか」
いつもの笑顔の玲衣子だが、どこか嬉しそうだった。
「……まぁ、でもしかし」
いい音を出すバイオリンの演奏を聴いて、俺は考える。
本来の、この曲を聴いていた男のことだ。
「お前さんの元旦那とは、まったく掠りもせんよな、俺は」
音楽もできて学もある。多分、物静かで落ち着きのある人物だったろう、と俺は推測している。
「どうしたんですか?」
「いや、お前さんが好きだった旦那とは俺は正反対なんじゃないかと、ふとな」
繊細さの欠片もなく、うっかり玲衣子の家を訪ねるのも忘れるようなろくでなしだ。
「あらあら、うふふ。人の好みなんて、それこそ理屈じゃありませんわ」
ああ、しかし、これがただの勘違い野郎の自惚れで済む話題なら笑い話でいいのだが。
「でも、逆に正反対の人が欲しくなるのかもしれませんわね。貴方は、殺しても死にそうにありませんし」
「……そうかい」
どうやら、そうでもないようだ。
「ところでお前さん、俺のこと、好きかい?」
「さて、どうでしょう」
そう言って、玲衣子は惚けた。
「どっちだよ」
「どっちでしょう」
前に、玲衣子が素直になる薬を飲んでしまったとき、まさか、と考えた。
だから、聞いたのだが。
「……言ってしまったら、どこかの誰かが訪ねてきてくれなくなってしまうかもしれませんから」
「そうかい」
確かに、そう言われると助かる。
だが、それと同時に、色恋沙汰の難しさを思い知らされる。
「ぬう……」
そんな風に、難しい顔をした俺に、玲衣子は微笑みかけた。
「なんとなく、でいいと思いますわ。音楽も、恋や愛も。難しく考えずに」
玲衣子の声と、軽快なバイオリンが鼓膜を溶かす。
肩の力を抜いて、俺はとりあえず耳に聞こえるそれに集中することにした。
「……いい曲だな。なんとなく」
「ふふ、そうですわね。なんとなく」
―――
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
しかし、ここ数日アルカディアの接続の調子が悪かったのですが、自分のパソコンが原因で、メンテか何かかと数日待ってた自分にリアルでorzってなりました。しかもCookieとキャッシュ消したら普通に入れるようになってさらに悲しい気分になりました。
返信
月様
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
とりあえず今年は早くシリアスしたいですね。ネタだけ溜まって書けてない状態なので。
まあ、その他はいつも通り運行していきます。
今回もそうですが、ほんのり恋愛方面に歩みを見せた薬師がなにかやらかす可能性はありますが。
通りすがり六世様
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
まあ、天狗にクリスマスを説くというのがきっとダメなんだと思います。でも家でパーティはしたんでしょう。由美にクリスマスプレゼント渡したりして。
しかし、太陽神に貰ったマフラーですから、熱発してそうですよね。
ちなみに「かんばつ」って打ったら旱魃が出てくるような気がします。辞書登録するまでそうやって出してました。
最後に。
今年の薬師は一味違い……、ません。