俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「お父様、お父様っ」
「おう、どうした由美」
「お茶を持ってきました」
とてとてと、盆に載せたお茶をこぼさないように駆け寄ってくるのは、うちの娘である。
多分、藍音が淹れて、由美が運んだのだろう。
「おう、ありがとさん。偉いぞ」
そう言ってお茶を受け取り、俺は由美の頭を撫でる。
「はい……っ」
嬉しそうに、由美は目を瞑って笑顔を見せる。
「ああ、お前さんはいい子だな」
「そ、そうでしょうか……?」
「ああ。うちの居候とは違う……、うん」
遠い目になる俺。
そこに、突如開かれる襖。
「それは聞き捨てならない」
「見ろ、由美、あれが駄目人間の手本だ。ああなっちゃいけない」
現れた銀子。由美は困ったような顔をする。
「えっと……」
「私にだってお茶くらい運べる」
「自ら、自主的に運んでくることが肝要なんだよ」
「運んで、近くで転んで、ズボンにお茶を掛けて、ご、ごめんなさい、今すぐ拭きますから! そして脱がして、ゲヘヘ」
「……由美、見ちゃいけない」
教育に悪い。
「きゃっ、お父様?」
俺は、由美を引き寄せて、目に手を当てて視界をふさぐ。
「心外」
「何が心外だ阿呆」
「こんないい子捕まえて」
「どこがだ」
其の四十五 いい子悪い子。
「じゃあ仕方ない」
「なにが仕方ねーんだ」
「見せ付けるしかないようだ。私のいい子ちゃんぶりを!」
「どうするんだ」
「とりあえず、肩を揉む」
「やってみろ」
銀子が俺の背後へと回る。
そして、肩に手を置いて。
「……」
「……」
「どうした」
「もう、揉んでる」
「なに?」
いや、確かにほんのり押されてる感はある。
あるのだ。
しかし。
「私、握力なかった」
「駄目じゃねーか」
「いや、でも、この件に関しては由美も大した差があるとは思えない。きっと、私と精度は変わらないけど娘可愛さに気持ちよかったと言ってるに違いない。私にもそうするべき」
「馬鹿を言うなよ銀子。由美が本気を出したら俺の肩が爆砕するに決まってんだろ」
「なん……、だと」
俺の言葉に、照れた様にはにかんで微笑む由美。
照れるところなのかそれは、というツッコミを差し置けば微笑ましいのでよしとする。
「……こうなったら。やっくん」
「なんだ」
「うっふん」
腰と頭に手を当てて言う銀子。
「……なんだ」
「色香で男子の欲望を解消するいい子」
「明らかに悪いだろ」
「馬鹿な……」
「馬鹿なじゃねーよ」
「こうなったら土下座しかない」
「土下座じゃねーよ」
「同情票を得るしか」
もういっそ潔い銀子だった。
そんな銀子を見ながら、苦笑しつつ由美は言う。
「銀子さんも、いい人だと思います、お父様」
「由美、無理しなくてもいいんだぞ」
「えっと、大丈夫です。本当です」
「じゃあ、どの辺りが?」
銀子が問うと、由美は少し思案して返す。
「銀子さんは、なんだかんだ言って、場を和ませてくれると思います」
その微笑に、銀子は呟いた。
「やっくん、この子、いい子」
「ああ」
二人で、由美の頭を撫でる。
「え、あの、あの……?」
戸惑う由美は可愛い。
「本当に由美はいい子だなぁ……」
「でも、やっくんも人の事言えるほどいい子じゃない」
「なんだと? いや、確かにいい子じゃないけどな。いい人だろ、うん。何せ文無し職無し居候が居るくらいだからな」
「ぬぐぐぐぐぐ、悔しい、でも感じちゃう。でも、やっくんはいい人じゃないと思う」
言いながら、同意を求めるように銀子は由美を見た。
水を向けられた由美は、驚いた顔をして声を上げる。
「ふぇ? 私、ですか?」
「うん」
「お父様は……、いい人だと思います」
その言葉に、俺は勝ち誇る。
「ほらな、どうだ銀子この野郎」
「でも、悪い男の人、です」
「……なん、だと」
「ざまぁ」
くそ、割と立ち直れないぞ。いい人だけど悪い男の人って何だ。
「でも、納得。やっくん、いい人。でも、私女だけど男しては最低だと思うの」
く、俺のどこが男として最低だというんだ。
……女二人、いや、もしかしたら三人に好かれていながら答えは保留中。
割と最低だ、俺って。
「もう、土下座しかないな」
「え、え、あの……!」
「いや、もう土下座しかない」
「だ、大丈夫だと思います。お父様は、いい人ですから」
「許してくれるのか」
「は、はい」
「いい子だ」
「いい子」
再び、二人で頭を撫でる。
「え、は、はい……」
戸惑う由美がやはり可愛い。
しかし、そんな中。
「あ、あの」
「どうした?」
何か言いたそうな由美に、俺は視線を向ける。
由美は、おずおずと言った。
「お父様は、私が悪い子でも、側に置いてくれますか……?」
「悪い子? そりゃどんな感じの」
「えっと……、なんでしょう」
考えていなかったのか、思案を始める由美。
そして、悩みながら、由美の思う悪い子とやらを口にした。
「えっと、早起き、しなかったり。夜更かし、したり、わがまま、言ったりとか……」
「いい子」
銀子の呟きも最もである。
「そんな子になっちゃっても、ここにいて、いいですか?」
いや、もうなんつーか、こう……。
「由美」
「はい」
「何がどうなろうとお前さんは俺の娘だよ」
もう親馬鹿でいいや。
「そもそも親父がこんなんだしな。許す。ただし、殺しとか犯罪とかは勘弁な。ああ、でも安心しろ。んなことになったら、張っ倒しでも引き戻すからな」
「はい……!」
寝息が聞こえる。
お父様が、寝ている。
寝ているお父様は、いつも無防備だ。
「お父様……」
お父様はいつもいい子だと誉めてくれる。
それが嬉しくて、いい子でいたいと思う。
だから今も、毛布を掛ける。
目を覚ましたときにありがとうと言われるために。頭を撫でてもらうために。
「おとうさま」
でも、本当は。
私は、お父様の頬を撫でる。
本当は、私は悪い子です、お父様。
「好きです、お父様」
私の気持ちは、きっとお父様が困ってしまうものだ。
お父様が知れば、困ったように笑って、気にするなと言ってくれると思う。だけど、お父様は困ってしまう。
望まれない思いを抱える、お父様を困らせてしまう気持ちを持ってる私は悪い子です。
「お父様……、んっ」
私は悪い子です。
寝ているお父様に、キスしてしまうような、悪い子です。
そんな悪い子な私でも、お父様はお傍においてくれますか?
―――
由美はいい子です。いい子で、正直にアタックしたら薬師が困るのを知ってるから遠慮しちゃういい子なんです。
二月の終わりから、就職先に四月までのアルバイトとして叩き込まれました。慣れない労働時間十時間で割りと死にそうです。
という感じでしたがちょっとずつ慣れてきて、帰ってきてもなんとか気力を保ってられるようになりました。
返信は割と眠いので後日させてください。
最後に。
薬師の方が数段悪いと思います。変態的に考えて。