俺と鬼と賽の河原と。生生流転
俺は、ポケットの中を探り、微妙な顔をした。
……ある。
何の冗談かと思って俺は手を離して、再びポケットへ。
ある。
確かに、ある。
この手触りは間違いなくここに存在している。
誰も知ることもなく、見ることもない場所に存在し、影響を及ぼすこともなく自意識を持たない物は果たして存在していると言えるのか。
面倒な命題だがこれに関し、俺は存在しているとは言いがたいと、あるいは存在していても無価値であり無意味だと考える。
しかしこれは今俺に観測された。
つまり、俺によって、この手の中のモノは価値を得て、意味を得た。
俺の手の中の――。
下詰曰く『女を正直にする薬』は。
「……どうするんだこれ」
使えたものではない。
しかし、死蔵するのはどうにもいやだ。なにせ、正当なる報酬であり対価なのだ。これを使わないのは俺だけが損をしたと言うことに繋がる。
それはいやだ。
では使うのか。
そうするには問題点がある。
この『女を正直にする薬』。
果たして如何様な効果を及ぼすのか、だ。
そんなもの、女を正直にするに決まってるだろうと思うかもしれないが、ここで一つ考えられることを想定してみればいかにに危険か分かるはずだ。
まず、想定一、強力な自白剤である。使われた者は以降廃人へ。
想定二、普通に嘘が吐けなくなる。
想定三、性的な意味で身体を正直にする。
想定四、酩酊感を覚え、抑圧から解放される。つまり酒。
想定五、下詰の冗談。
と、思いつくのはこれくらいだ。
さて、いかに危険かお分かりだろうか。
流石に下詰が下手なことになるような代物を渡してきたとは思えないが、得体が知れないのは確かだ。
果たしてこれを、俺はどうしたもんだか。
何にも使わないと言うのは癪に障るのだが……。
「どうかしましたの? 薬師さん?」
「ん、いや。別に、なんもないぞ、玲衣子」
もうこれはポケットを叩くとビスケットが二つとかいう時点での話ではないのだ。
いや、実際叩いたら小瓶が割れて水分子が無数に拡散するのだろうが。
「どうするか……」
其の五 俺と正直者。
「あら、そんな顔で固まってしまわれては気になるというものですわ」
「いや、大したことじゃ、っていうか俺にも説明できんからな」
ここまでの流れ。
玲衣子がうちにやってくる、俺が出迎える、ふとポケットに手を突っ込む、そして現在だ。
「ところで、その仕事とやらは?」
話を逸らすように、俺は聞いた。
俺と玲衣子がここにいるのは別に遊んでいるわけではない。
「とりあえず、座ってもよろしいですか?」
「ああ」
俺の部屋で、座布団を敷いて玲衣子を座らせる。
同じように俺も座り、向かい合った。
「それで、仕事の話ですが」
ああ、そうだ。仕事の話だ。
果たして一般人に一体何をさせる気なのだと問いたいが、貴方にしかできないと言われてしまったのでこの現状だ。
そう言われては、話しぐらい聞こうではないかという気分にもなる。
そうして、説明役にやってきたのが玲衣子、と。
「まあ、内容はただの護衛なのですが」
「護衛ね。それが俺にしかできないと?」
護衛なら誰でもできそうなものだ。
むしろ、俺より防衛力の高い奴らなら幾らでもいるはずだ。
確かに探知に長けている部分は天狗ゆえにあるものの、わざわざ俺に回す程だろうか。
だが、その俺に回す理由とやらは、どうやら俺の想像の埒外で動いていたようだった。
「護衛対象が極端に権力のある機関を嫌っていまして……、護衛を認めてくれないのですわ」
「ああ、そうか、そういうことな?」
玲衣子の言葉に俺は納得を覚えた。
つまり、国家権力の護衛が嫌がられるから、一般人で戦える奴に付いてもらおうというわけか。
「いつもの手管で落として接近し、護衛を完遂してくれると助かります」
「……なんだそりゃ。まあ、とりあえず、護衛しろってのはわかった。で、相手はどんなのだ?」
話はそれからだと言わんばかりに俺は問うた。
「女性ですわ。とある会社の社長と縁のある方でして」
「お嬢様か」
「そうなりますわね」
「さいで」
「受けていただけますか?」
「いいぜ」
運営では難しいって言うなら仕方ない。閻魔の頼みだ、乗ってやろうじゃないか。
「ありがとうございます」
玲衣子が頭を下げ、俺が口を開く。
「いや、金は貰うわけだからな」
「そうですわね、でも、これは私からの個人的に」
そう言って、彼女は微笑んだ。
「よろしくお願いしますわ」
「おう」
そうして、話はまとまり、全て決着が付いた――。
「ところで、先ほどの小瓶のようなものは一体なんですか?」
かに見えた。
「……あー、えー。うん」
逃げ切れてなかった――!
言うか、言わざるべきか。
「人に言えないようなものなのですか?」
玲衣子が、じっと見つめてくる。
俺は小瓶を取り出し、目の前で揺らしてみた。
……さあ、どうする。
答え方によって俺が社会的に死ぬ。
隠すか? いや、この疑念の瞳……。
話すか? 即逮捕の予感……・
やはり隠す……、いや、ここは発想の転換だ。
あえて、あえてここは言う……!
爽やかに笑って、小瓶を見せるように。
「女性を正直にする薬らしいぞ、飲むか?」
極めて軽いノリで言ったら笑い話ですまないもんか。
なんて。
なったらよかったな。
「では、失礼して、頂きますわね」
「……は?」
俺の手から、小瓶が奪い取られ、蓋が開く音と共に彼女はそれを飲み干した。
その流れで飲む、だと。
「ふふ、私なら、構いませんから」
愛って何だ躊躇わないことなのか……!?
あまりに予想外の展開に、思考が追いつかない。
「あら? これは……、うふふ」
玲衣子が、首を傾げている。大丈夫なのか。
そう思った瞬間、玲衣子が俺の頬に手を当ててきた。
思わず仰け反る、玲衣子が詰め寄る。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫……、いえ、大丈夫じゃありませんわ」
言って、玲衣子はそのまましなだれ掛かってくる。
「これは、正直になる薬でしたね?」
「……おう」
「では、仕方がありませんわね、あらあらうふふ」
そして、彼女は俺の胸の中に納まった。
「貴方の体温を感じたいです」
そう、熱っぽく、言ってくる玲衣子に、俺は答えを返さない。
果たして効能は一体なんだと言うのか。
本当に効いていて、玲衣子は正直になったと?
現状別に廃人がごとくでもなく、だ。
むしろ聞いた通りそのまんまの効果が発動した可能性が高いのだが。
「貴方から、触れてもらえませんか」
つまり、これがいつも何考えているんだか分からない玲衣子の本音。
玲衣子の思っていること――。
「若くない私では、いけませんか……?」
――寒いのか。
俺は、玲衣子をぎゅっと抱きしめる。
「あ……」
見上げる玲衣子が、顔を近づけてきた。
そのまま、頬に口付け。
「嬉しいですわ、ふふ……」
「へいそうかい」
「できれば、もう少し、このままで」
そんなに寒いのだろうか。
玲衣子は、楽しげににこにこ笑っている。
「薬師さん」
「なんだ」
「私、貴方のこと、好きですよ?」
「なんだ藪から棒に」
嫌われていないのは嬉しいところだ、と玲衣子に返すと、何故か玲衣子は声を上げて笑った。
「ふふ、違います。……愛してますわ」
「なあ、お前さん、本当に薬効いてんのか?」
「効いてますわ。これでもかと言うくらい。もう、狂おしいほど、この腕の中から離れたくないくらい……」
でも、笑っている。
ここに来て、俺は薬の効果に疑念を持った。
もしかして、効いてないんじゃなかろうか。
なにせ、いつもとあんまり変わらん。
いつも通り、俺を玲衣子がからかっているようにも見えるのだ。
「もっと、強く抱いてくださいな」
「お前さんは細いから、折れそうなんだが」
「……ふふ、そうですか。嬉しいです」
この薬が下詰の悪戯として、それに玲衣子は乗っかった、と。
それはそれで納得が行く。
だが、それをどう判断するのかと言われると、特にどうしようもない。
「ねえ、薬師さん、もう一つ、お願いがありますの。聞いていただけますか?」
「できることならな」
様子を見ることにしてみよう。
そう思って、続きを待つ俺に、玲衣子は行動で返事を寄越した。
俺の首元に手が回された、と思ったらネクタイがしゅるしゅると解かれて奪われていたのだ。
「これ、下さいな」
「えー……? なんに使うんだ、それ」
「抱いて寝ます」
やっぱり、からかってんじゃないだろうか。
満面の笑みに向かって、そう思う。
「いや、しかしなあ、ネクタイ持ってくって」
「では……、貸した、ということにしておいて下さい」
なんでそんなに俺のネクタイにこだわるんだよ、と聞こうと思ったが、しかし、それは玲衣子の声に押しとめられてしまった。
彼女は笑って、優しげな声で、俺の耳朶を叩いてきていた。
「そのうち、取りに来てくださいな。その時は、私が貴方に、ネクタイしてあげますから」
ふわり、と、そんな笑み。
それを俺へと向けて、彼女は立ち上がった。
「では、これで。これ以上ここにいると、歯止めが利かなくなりそうなので」
「おう、送ってくか?」
「やめてください。今日だけは」
「そうか? じゃあ、気を付けてな」
「はい。きっとこのままでは、イケナイことを、してしまいますから」
そうして、玲衣子は去って行った。
結局、いつも通り、からかわれた気がしてならないのだが。
「なー、下詰。こないだの薬は効果のねーただの水だったのか?」
「ふむ? なに?」
「いや、効果なさげだったぞ?」
玲衣子が帰った後、下詰神聖店に確認を取りに行ったら、下詰は心外そうに鼻を鳴らした。
「馬鹿な。アレは実験時一滴で象を素直にした代物だ」
「素直になった象はどうなったんだよ」
「凄い勢いでオスの群れに……。逃げ惑うオス、阿鼻叫喚なサバンナの弱肉強食を見た」
「そうかい。だが、効果は見受けられなかったぞ。いつもと変わらんかった」
だが、下詰はそれを否定する。
「いや、ありえないな。飲んだのなら。それは全て、その人物の偽らざる本心だ。変化が見受けられなかったとすれば、きっと、その人物は裏表なく、常に本気なのであろう」
つまり、あれか。
下詰の言葉を要約すると、春奈に使っても効果なさげってことか。
なに考えているか分からないように見えて、玲衣子は思うままに行動している……、と?
そうなのか。
と、そこまで納得した上で。
「なあ、下詰、それは絶対か」
「看板に懸けて」
看板に懸けて、つまり本気と言うことだ。
嘘じゃない。この男が看板に懸けてという言葉を吐いて嘘を吐いた試しがない。
ならば、つまり、玲衣子の言葉は全て本当で、そうすると。
先ほどの言葉が全て本当なら。聞き流せない言葉が――。
「いや、考えすぎ……、だと思いたい、が」
既に正直になる薬はない。だから、何を聞いてもからかわれているのかどうか、確かな判断はできない。
もう、結局確認する術もないのである。
「しかし、どうやらその様子だと面白いことにはならなかったようだな。それでは礼として忍びない、もう一つやろう」
……どうしろと。
―――
シリアスフラグ建てとかないとこの新スレ入った流れだときついんで。
返信
名前なんか(ry様
ハードボイルドな会話は自分も素敵だと思います。
結局、一番古くから知り合っているのはよく考えるとこの二人ですからね。
というか、天狗組はハードボイルドが似合う気がします。
しかし、墓に寄りかかってとか、あったかも知れませんね。あるいは片手に花持って。
通りすがり六世様
そうだったのですか。なんだか勉強になりました。キセルとかもう一番印象あるの某江戸の義賊アクションゲーのメイン武装ですからね。
憐子さんは、基本的に誰か人がいないと寂しいです、っていうか薬師と四六時中一緒がいいみたいです。
でもかといってスタンド状態では薬師の隣に正しい意味で並び立つことにはならないので家で我慢です。
スタンド天狗は本当に出番ありませんねぇ……。果たしていつか活躍する日が来るのか。
ヒロシの腹様
超、エキサイティンしてたので勢いだけで書いてましたあの辺りに関しては。
この間バトルなドームが中古屋においてあって本当に買おうか悩みました。
そらもう、お姫様のように、着替えから何から何までやるんです。
っていうか生前はやってました。薬師がなにからナニまで。
リーク様
出会いの古さは憐子さんがダントツですからね。
続いてにゃん子、藍音さんとなって行きます。やっぱりその辺の付き合いの長さや古さはボディブローのように薬師に効いているのでしょうか。
だが前さんにも薬師死後から本編開始までという秘密兵器を隠し持っている……!
しかし、狐と狐の化かしあいが始まりそうですね、九尾との取り合い。同族だから憐子さん意地になって本気出したりしそうですし。
雪兎様
いやあ、もう三スレ目ですね。どうしていいのか分からんレベルです。
三スレ目は、そろそろシリアス入ろうかなってところでぶった切れたので、前さんのネタ用意してなかったんです。
というか、ちょっといきなり決めすぎた結果がこれです。無計画の男!
まあ、うちにはBBAが溢れてはいますが見目麗しいBBAならなんとか。
男鹿鰆様
実は一スレ目百話記念で復帰したのが憐子さんです。そう思うと存在感が凄まじいです。
まあ、憐子さんと薬師は似たもの同士と言うか、薬師を女にしたら憐子さんになるんじゃないかと思ってます。
っていうかやること成すこと二代被ってるんですよ。寂しいから従者作って何だかんだあって従者より先に逝くっていう。
挙句寂しいから煙草始めちゃったり。果たして憐子さんに薬師が似たのか、元から似た者師弟だったのか。
最後に。
薬師が最近薬師じゃない件について。