俺と鬼と賽の河原と。生生流転
その護衛対象と会うのに選ばれたのは、なんということもない、普通の喫茶店だった。
まばらに客も入っていて、とある店が物悲しくなる。
「で、お前さんが今回の護衛対象か」
少女は、何も言わなかった。
ただ、一度だけ、こくり、と頷いた。
其の八 俺とスロースタート。
淡い紫のような長い髪。それは長さに反して軽そうに見える。
光沢のある髪と、額の上くらいにある、黒いフリルの付いたヘッドドレスが印象的だった。
「お嬢さんの名前は?」
「必要ない」
その瞳は、果たして俺を睨み付けているのか、素なのか分からないが。
そんなジト目を回避したくなってしまうのだが、そうも言っていられない。
「別に名前が無いわけでもなかろうに」
「……でも、必要ないから」
「ほう」
「所詮、これだけの関係。終われば、もう会うこともないでしょ……?」
「じゃあ、なんて呼べば?」
……中々個性的なお嬢さんのようだ。
そう思って今一度彼女に目を向けると、彼女はどうやら学生のようで、セーラー服を着用している。
閻魔と並べてみたらどうだろうか。
「好きにして」
「おっさん」
「……どこをどう捉えたの」
「お嬢さんの略」
「……」
黙ってしまった。
どうも口数が少ないお嬢さんのようだが。
というかこれいつくらいまで守ればいいんだ。
詳しい話聞いてないのを俺は後悔しかけ、それを、水を飲むことで誤魔化した。
「嫌なら、エリザベータ二世で」
「……」
ジト目が、更に険が入り混じった気がする。
「お前さんが、なにも言わないのが悪いんだろ? 他の候補はげろんちょと夢追い人で」
ふるふると、彼女は首を横に振った。
しかし本当にやりにくいお嬢さんだな。
まあ、いいか、これ以上遊ぶのは止めにしよう。
「よし、じゃあどうしても呼ばねーといけないときはムラサキって呼ぶわ」
字を当てるなら斑崎とでも言ったところか。
まさしく適当安直だが、一番マシだったのだろう。
少女、今ムラサキと決まった彼女は、一度だけ頷いた。
そして、彼女は立ち上がると歩き出す。
護衛だという俺は、それに付き従わなければならないのだろう。
「……あなた、嫌い」
「別に好かれようとも思ってないからな」
「で、お前さんは何に狙われてるんだい?」
少女に付き従い、街を歩く最中、俺は問うた。
返事は無い。俺が嫌いなのか。
あるいは、言いたくないのか。
「あなたは、来るものを迎撃すればいい」
「そーだな」
しかし、護衛に地獄が関わろうとするとなると、相手は相当なのか。
それにしても、民間人と噂の俺ですらろくに相手してもらえんぞ。
これなら権力機関の護衛とやらはどれだけ邪険にされるんだ。
「で、ここがお前さんの家かい?」
でかい、というか巨大なビルの前、俺は立ち尽くしていた。
首が痛くなるぞ。
「黙って」
気負った様子も無くビルに入っていく少女を追い、俺もまた中に入ってくる。
「お待ちしておりました、こちらへ」
スーツの男が、入り口で待ち構えており、少女を招く。
そして、続いた俺へと、鋭い目を向けてきた。
「貴方が護衛の方ですか」
「そうらしい」
俺は肩を竦めて応える。
どうにも、詳しい事情が分からんせいで若干蚊帳の外だ。
「腕は立つんでしょうね」
「試してみるかい?」
問われたところで、人を納得させることなんてできるわけも無いだろう。
どうせなら、試すためにでかい重りでも置いておいてくれというんだ。
そしたら楽だというに。こういうとき風は見えないから不便だ。
力の証明とか言って、そういう領域で風を出したが最後、部屋の中の書類とかがめちゃくちゃになる。
「……失礼しました。ではこちらへ」
しかし、釈然としなさそうにしながらも、彼は後ろに下がってくれた。
「これからあなたは黙ってて」
「ふむ? そうかい」
仕事の邪魔だってんなら仕方あるまい。
何するんだか知らないが。
そうして、エレベーターに乗り、廊下を歩き。
唐突に少女は呟いた。
「……守ってもらうべき人は他に居る」
「なんじゃそりゃ」
「黙ってて」
言われてしまった。つまり、独り言ということか。
俺は口を噤んで、ただ歩く。
「でも、何より。あなたは自分の身を守りなさい」
「……」
背後から、颯爽と歩くその背を見る。
うむ、随分と信用されてないみたいだ。
確かに、どこの馬の骨とも知れんがな。
「……ここ」
扉を開けて、内部へ。
「商談があるから、黙ってて」
再三言われてしまっては、頷くほかになし。
しかし、商談ね。この外見だが、そこそこ会社では重役と言ったところか。
社長に縁があるそうだが。
「……どういうつもりなのか」
『やや、これはこれは。直接というわけに行かず、申し訳ありません。弥勒院(みろくいん)様』
「答えなさい」
『……おお、申し訳ありませんな。では、本題とさせていただきます』
おっさんだ。だが、実態じゃない。
テレビだ。詳しくないが、そういう通信法という奴だろう、テレビ電話とかそういった感じの。
しかしだな、テレビに映る、でっぷりとしたおっさんはいいのだが。
……このビルは、人が居ないのが普通なのか?
一階に、申し訳程度に人がいた、それだけだ。
本当に、それでいいのだろうか。
そう思った時、階下で起こる、不穏な風の乱れを俺は予測した。
『死んでください』
爆音と大きな揺れ。
つまるところ、爆弾である。
『懺悔の暇くらいは与えましょう』
「よし逃げよう」
ああもうなんてこったい。
やってられんぞちくしょうめ。いきなり階下爆発して解体工事とはやってくれる。
この分じゃ下の奴ら皆グルかよ。
俺は、今にも傾ぐビルを、少女の手を引いて走る。
「おぉッ!」
滑っていく家具を置き去りに走る、ひた走る、ただ走る。
そして、跳躍。
俺は窓に向かって蹴りを放った。
割れる硝子、空が青い。
「っ……!」
少女が息を呑む。
重力に体が引かれ、地に足が着く。
俺は傾いだビルの壁面を走った。
「こんな経験は初めてだぜ全く……」
呟いた瞬間、走っているすぐ横の窓から爆風。
「ぬお、っと、危ねーなっ!」
見れば、そこかしこから爆発が上がっている。
「まあいいか」
風を頼りに進めば爆発は回避可能だ。
右へ左へと走りながら避ける。
飛ぶのはあまりよろしくない。狙撃の良い的だろう。
と、思ったら。
俺の足元に弾痕が現れる。
「でぇえい、何こんなちんちくりんマジになって殺しに来てんだお前さんらはよーッ!」
少女を抱え上げ、走りに走る。
狙撃が間断なく襲い来るが、だが、大丈夫だ。
狙撃慣れ、正確には狙撃され慣れている俺にはこの程度では通用しない。
ビーチェの方が数段ねちっこくていやらしくもしつこくうざったい。
「そろそろ地面か!? っと、狙撃終わったんですか? やったー!」
どうやら射程外まで降りてくることに成功したら、し、い……?
「RPGィー!!」
眼前に迫る対戦車擲弾。まあ、バズーカみたいなもんだ。厳密には違うが。下詰の薀蓄は聞いたことがあるが良く分からなかった。
ロケット弾がどうこう、無反動砲に分類どうこうだが、ここにおいて肝心なのはただ一つ。
当たるとめちゃくちゃ痛いということだ。
俺は更に走る速度を上げる。
敵弾が丁度上を通るように、だ。
敵が上から撃ってきているなら、前に出れば避けれる……!
背後に着弾。
よし避けた。被弾零、いいとこだろう。
折れたビルも先端だ。そのまま降りて、逃げさせてもらうとしようか。
「……お?」
爆風が背中を押す。
そういや、爆風まで計算してなかったなぁ……。
「ぬおう!」
破片は当たってないが、そのまま俺は押し出されるように、飛んだ。
そのまま体は、対岸の別のビルの窓へと直撃。
「あ、どーも。お邪魔しました」
内部は会議中だった。
ホワイトボードには、『絶対領域黄金比に沿ったニーソックス販売』。
「あとついでに、何会議してんだお前ら!」
俺ははき捨てて、部屋を出てそのまままっすぐ窓から出させてもらおう……。
「と思ったら壁じゃねーか!」
窓が無かった。
「修理費は地獄運営にどうぞ!」
仕方ないので拳を一発。
緊急事態なので仕方ない。
仕方ない。
壁を破って外に飛び出し、やっとこさ地面に着地。
そんで、しばらく走る。
「……と、これだけやれば大丈夫か」
そうしてやっと、俺は少女を地に降ろした。
降ろされた少女は、俺を見るなり一言。
「……嫌い」
嫌われたもんだ。俺は肩を竦めて応える。
「そうかい、だが」
俺は早くもこの仕事を請けたことを後悔し始めていた。
「お前さんにも護衛は必要だと思うがね」
「……」
……どうすっか。
とりあえず、連れて帰るか?
―――
三本くらいで片付くかなぁ、というところです。
返信
通りすがり六世様
おまわりさんは一体何をしているのでしょうか。完全にあらゆるお父さんの敵だと思います。
由美は積極性が上がったというか上がり過ぎたというか。
ライバルがいなければそのままお嫁さんになる方向で決着が付いたんでしょうが。
さて、そんな訳でこんな滑り出しのシリアスです。店主まだ出てませんけどね。
男鹿鰆様
薬師の首はいつでも爆破OKです。もうRPGに当たってしまえばよかったのに。
山崎君状態でも生きてたらアレですけどね。色々ともうどうすればいいか。
さて、今回はまったり三話ほど掛けて店主を落としに行きます。
今のところ影も形も見当たりませんけど、次回辺り大活躍しますって、はい、多分、きっともしかしたら。
1010bag様
遂にシリアスの幕が開けました。もうどうしようかいつ入れようかとタイミングを逃し続けてやっとです。
妹に関してはなんといいますか、まあ、はい、お察しの通りです。
そして、遂にやっちまいましたね、気をつけてはいたつもりなのですが、うっかり。
同時進行中は二、三度コテツのほうも薬師になっているのを直したことがあります。
最後に。
果たして今回の被害総額は幾らに。