俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「……もういいわ。もう大丈夫」
「なにがだよ」
「もう、守る必要はないから」
今もジト目が、俺を睨み据えている。
最初は居心地悪かったが今となってはもう慣れた。
もうこいつはそういう顔なのだ。そういうことなのだ。
「なにが大丈夫なんだ? あの様子だと、側近っぽい部下も皆裏切りないしは買収ってところか?」
言うと、彼女は黙り込んだ。
そして、言葉の代わりに、更に目つきが険しくなる。
「おっと、そう怒らないでくれ、ゆかりんりん」
場を和ませようと、ムラサキにちなんで俺は冗談めかして言ってみるのだが。
「……最低」
残念。視線で人を殺しに来た。
其の九 俺と守るべき人。
「なあ、ゆかりんりん。結局お前さんはなんで狙われてるんだよ」
「……馬鹿にしてるの?」
「ああ」
よく考えれば、事情も何もあったもんじゃない。
この女について何も知らないのである。
「教えてくれないならそれでもいいが。お前さんがどういう人なのか位は教えて貰えるか?」
「社長代理」
「……うわあ」
中々でかい役職が出てきちまったもんだ。
確か、ビルを見た限りでは成功している会社のはずだ。
うちにもその会社の歯ブラシや石鹸などが置いてある。
「まあ、なるほどな」
しかし、そう考えれば納得も行く。
今も尚、背後を狙われているのである。
ぞっとしないな。
撃たれる前に何とかしないとならないか。
どうにか振り切りたいので、背後に潜む男達を風の塊を当てて昏倒させる。
そして、そのまま角を曲がり、俺は家へと向かう。
急いだおかげで、程なくして俺は家に帰り着くことができた。
「おかえり」
「ただいま」
そうして、俺を一番に出迎えたのは憐子さんだった。
「それで、例のごとく連れて帰ってきたその子はどなたかな?」
愉快げに、憐子さんが口を歪める。
「護衛対象だ」
「ふーん? ……ふーん」
「なんだよ」
「いつも通りだと思っただけさ」
なんなんだ、一体。
しかし、流石憐子さんとでも言えばいいのか。
「まあ、結界の一つでも張ればいいのかな?」
「すまん、頼む」
山の中に結構な数が暮らしている天狗の本拠が表沙汰にならないのは、常人が上手く辿り着けないようにしているからだ。
方向感覚を狂わせるだとか、視覚的に絶つとか、様々な手法が存在する。
まあ、俺にとってはどれも苦手分野である。
むしろ、何をどう頑張っても辿り着けないような底意地の悪い結界は、憐子さんの得意分野である。
「やれやれ。ところで、そこのお嬢さんのお名前は?」
「知らん。とりあえずムラサキって事にしてる」
「ふうむ、じゃあムラサキお嬢さん。私は如意ヶ岳憐子。そこの男の妻だ」
「いつも通り当然のように嘘を吐くな」
「母か姉のように慕ってくれても構わない」
笑顔で言う憐子さんに一体少女は何を見たのか。
ただ黙って、その横を通り抜けた。
正直言って、ここが一番安全な場所だよなぁ。
憐子さん、藍音、にゃん子、翁、季知さん、ついでに戦闘向けではないがろくでもない薬を保持する銀子。
むしろこれだけ居れば、相手のほうが数段危険だろう。
しかし、これから問題になるとすれば……。
これがいつ終わるのか、だろう。
今日をしのげば終わりというなら話は簡単だったのだが。
どうもこれで終わりではないようで。
いっそ攻めに出てしまえば簡単なのだろうか。
「……おっと」
薬師が連れてきた少女が外へと出て行くのを、憐子は感じ取った。
薬師も既に気付いているのだろう。
「薬師、私が行くよ」
「……ん、いいのか?」
居間へと降りてきた薬師に、憐子は言う。
「まあ、こういうところで点数稼ぎでもしようかという邪な考えだから気にしなくてもいいさ」
「悪いな」
薬師を置いて、軽やかな足取りで憐子は外へと出た。
浅黄色の着物の裾が風に揺れ、長い髪が遊ぶ。
風が吹くままに歩くと、すぐに少女は見つかった。
どこへ行こうというのか。
彼女は歩き続けている。
だが、それにはあまりにあっさりと障害が立ちふさがる。
突如として、刀を持った男が無言で彼女の前に現れた。
唐突な白刃に、少女は驚き、仰け反って。
男は刀を振りかぶる。
それは少女へとまっすぐ振り下ろされて。
「……君は自傷癖でもあるのかな?」
憐子はそれを手で払いのけた。
「何奴」
「通りすがりの憐子さんだ」
再度を振るわれる刀を、憐子はまた手で払う。
種も仕掛けもありはしない。ただ、手の平を刀の刃に合わせ、軌道を逸らしているだけだ。
「ではいこう」
そして、憐子が呟いたと同時、彼女は相手の腕を掴むとへし折った。
そのまま、相手の膝に足の裏を当て、踏み込むように折る。
思わず倒れこんだ相手の腹を憐子は蹴り飛ばして、決着は付いた。
「残念だが、私は薬師ほど優しくはないよ? ……もう遅いかな」
呟いて、憐子は背後を見る。
少女がそこには立っていた。
「さ、帰ろうか。気は、済んだかい?」
その少女へと伸ばされた手。
その手を、少女は躊躇いがちに握って、来た道を戻ることとなった。
憐子さんのおかげで、無事に少女は帰ってきた。
傷一つなく、仲良く手を繋いで帰ってきたわけだが。
「藍音の料理は美味いぞ。ほら、これもどうだ?」
「……ありがとう」
仲良くなりすぎじゃないか?
少なくとも俺よりずっと会話が成立しているじゃないか。
流石憐子さんと言ったところなのだろうか。
「……私は」
「ん、どうした?」
「今日はどこで寝ればいいの」
「そうだね。部屋は余っているんだが、薬師と寝てもらうことになるんじゃないかい?」
その言葉に、少女は驚いた顔をした。
いや、俺も驚いたぞ、憐子さん、どういう流れだ。
視線で抗議を送っても、手ごたえは感じられない。
「や、なにせ、護衛と護衛対象となれば、離れるわけには行くまいよ」
「憐子は……?」
「悪いが、働いたら負けかと思っているんでね」
まあ、確かに道理ではあるのだが。
命を狙われている以上は付きっ切りで護衛する必要があるというのは分かる話だ。
しかし、その辺、寝たりとかは憐子さんに任せればよいと思っていたのだが。
と、そこに、風に乗って、俺の耳にだけ憐子さんの声が聞こえてきた。
『私からの援護射撃だ。上手くやってくれ』
ああ、そうかい。
つまり。一晩同じ部屋にしてやるから聞きたいことを聞いたり、関係を良くしたりしておけということか。
憐子さんに気を遣われてはお終いだ。
「……にしても、豪胆な家族だな」
俺はぼそりと呟いた。
一人増えた位じゃ動じもしない家族達へである。
「まあいいか」
悪いことではない、逆に助かるというものだ。
俺は口元を緩めて目を瞑る。
そんな時だった。
「大丈夫か!?」
季知さんの声が響いた。
俺は慌てて目を開いて、少女の方を見る。
するとそこには、机に突っ伏した少女の姿があった。
「……風邪だな」
本来地獄においては風邪を引くことは実に珍しい。
菌そのものが少ないのだから銀子みたいに自家栽培でもしなければ狙って引くことは不可能なのだが。
「病弱もやしめ」
「違う……!」
おっと、布団の中から抗議が来た。
いつになく、強い調子である。
「私、病弱じゃない」
「さいで」
だが、どう考えたって、極端に免疫が弱いのだとしか思えん。
今回の暗殺騒ぎの疲労に加えて、元が酷く病弱だというのであればそれも仕方のないことだ。
「病弱じゃ、ないわ」
「分かったっての。こだわるね、お前さんも」
そこまで言うと、少女は黙り込んだ。
「寝てろ。寝てたら死んだなんてことねーように仕事はしてやる」
結局なし崩しに、彼女は俺の部屋の布団を占領している。
まあ、仕方ないな。
さて、じっと見つめていたら寝難かろう。
俺がわざとらしく視線を外したとき、少女は口を開いた。
「……あなたは、何者なの」
ふむまあ確かに。
俺は謎の人物だろう。地獄運営から紹介された護衛だが、外部協力者。
怪しいことこの上ない。
「教える義理はあるのかい? 謎の社長代理さんよ」
「……」
謎なのはお互い様だ。俺の方は隠す理由もないのだが、かといっていちいち説明してやる義理もない。
しかし、今になって問うというのは、不安になったからだろうか。
「俺は裏切らんぞ。裏切るほどの因果もないからな」
事情を話せば裏切りの餌になると思っているのか。部下に裏切られちゃ、不安にもなるか。
「ま、今んとこ命を掛けてまで守るほどの縁もないがな」
どうせ会社となれば金が絡むのだろうが。
確かに先立つものはあって損はないが、それに対しろくでもない手段をとれば、要らん因果が返って来るものだ。
そう危険のない上手い話が転がっているものかということだ。
「とっとと寝ろ。」
「……どうして、そんなに優しいの」
「知るかよ」
「見捨てればいいのに」
「見捨てられ慣れてるみたいだな」
「……」
図星か。すぐこの女は黙り込んでくれる。
どうもろくな人生歩んで来てないようで。
「優しくもなんともねーよ。できることをできる奴がするのは当然のことだろ。俺だって、手に負えなくなったら放り投げるさ」
「手に負えるの?」
「今の所は。ギリギリまで付き合ってやるよ。元から、乗りかかった船を途中で降りるのは好きじゃねーんでな」
「……わかった。お人よしなのね」
「やめろよ。おっさん」
「……最低」
「あなたみたいな偽善者」
「おう」
「……大嫌いだわ」
「そうかい」
そうして、次の日。
「あの野郎」
厠に行くと言って、戻ってこなかった少女の居場所を伝えてくれる風は、外を示していた。
厠には、『大嫌い』と書かれた紙だけが残されている。窓から逃げたようだった。
「馬鹿野郎」
手間ばっかり掛けてくれる。仕方のない女だなおい。
俺は、そのまま厠を出て外へ。
憎らしいほどの晴天の下、病み上がりの身体で少女はどこへ向かったのか。
俺は足取りを追って道を行く。
景色がゆっくりと変わって行き、住宅街を抜き去って、店の姿が見えてくる。
と、そこで、俺は少女の後姿を見ることができた。
「おい」
振り向いた少女の顔は驚愕に満ちている。
「どこに行こうってんだ?」
「……どうして」
「舐めんな。これでも運営から委託されてんだぜ?」
中途半端なのは寄越して来るわけもなし。
「帰るぞ」
だが、少女は俺の言葉に首を横に振った。
「何が気に入らないのか、教えてもらえないかね」
そう言うと、俺を見つめるジト目は鋭さを増す。
「……護衛の必要はないわ」
「そうは思えないが」
「私が死んだとしても、それだけじゃ意味がないもの」
「どういうことだよ」
「言ったはず。私よりも守られるべき人がいると」
「つまり、そっちを守れ、と?」
「そう」
そう、と言われてもだ。
もう一人の人物の話は何も聞いちゃいないのだ。
「じゃあ、そいつはどこに居るんだよ」
「……わからない」
「なら無理だろ。お前さんを守る方が確実だ」
「……それでも!」
少女は、語気を荒くした。
「私なんかよりもあの人の方がずっと……!!」
余程色々な溜め込んだものがあるようだ。
似合わないほどに声を荒げている少女に、俺はいつものように口を開いて見せた。
「お前さんの護衛はやめんぞ」
「私のことはどうだっていい!! 私なんて放っておけばいいでしょ!? 何で運営も私に護衛なんか……、あの人を見つけてもくれない役立たずの癖に……!」
出会ってから、いつよりも饒舌に。
なるほど。だから運営が嫌いなのか。
しかしながら、こちらも仕事だ。
やめるわけにはいかない。やめる気もない。
むしろ、つまり、だ。
「だから……!」
何かを続けようとした少女の声を遮って、俺は大きく声を上げた。
「なら探せばいいんだろうっ!?」
少女に負けないようにはっきりと。半ばキレ気味に。
「は?」
「うるせー黙れ。つまりお前さんは護衛対象はもう一人いると言っているわけだ。なら探せばいいだろうが。いいぜもうこうなったら見つけてやるよそいつを」
実質は難しいだろう。探知は得意技だが、知っている人間を探知するのが得意なのであって、知らない人間を探すのは至難だ。
だが、このお嬢さんが自分だけ家でのうのうと守られることを良しとしないのなら。
「見つけて守ればお前さんも文句ないんだろうがよ」
その言葉に、少女は呆けた顔をして、聞いてくる。
「……いいの?」
俺は、仏頂面で言い放った。
「お篭りしなきゃ女一人守れないなんて、死んでも言うかよ――」
だから、と俺は付け足した。
「とりあえずそこの喫茶店で作戦会議かねて休むぞ。病み上がりが無理してんじゃねーよ」
「……はい」
俺は少女の手を引いて、近くにあった喫茶店を目指すことにした。
「で、その探してる相手ってのは?」
「姉。……社長」
「へえそうかい。っと、邪魔するぜ」
俺は呟いて、入店する。
いつも通り客のいない店に、店主は佇んでいた。
「いらっしゃいませお客様。今日も女連れで、すか……?」
何故か、からかうような店主の声は尻切れになって消えた。
彼女は、驚いたように俺の隣を見ている。
そして、驚きの声は、俺の隣からも上がっていた。
「姉さん……!?」
――誰か説明しろ。
―――
……三話で終わるか怪しくなってきました。
そして、長引く分、いつもよりちょっと書くのに時間が掛かってます。
返信
男鹿鰆様
予想外の展開でもなんでもなく、ムラサキさんと店主はこんなオチでした。
しかし、薬師の首をねじ切る方法はググればいけそうですが、薬師の息の根を完全に止める方法はどこにあるやら。
RPGにあたらなかったのはきっとムラサキさんに配慮したんですよ。
普通は痛いじゃ済みませんからね、対戦車系ですから。
通りすがり六世様
既に今回のラストでシリアスが死んだ気がします。
店主がメインって時点で既に死んでいた気もしますが、つまりあれですかね、北斗のお前は既に死んでいる猶予期間とか。
とりあえず詳しい話は次回に回しつつ、本格的に薬師が巻き込まれていきます。
おっさんと店主で両手に華ですね、もう地雷踏めばいいのにと思います。
七伏様
今回遂に店主の姿が見え隠れしたりしなかったり。
果たして何行出たのか……。七行でした。その内店主をメインに据えたのは四行でした。
じ、じじじじじじ次回に期待ですよはい、次回は活躍しますってほんとこれマジデ。
これが今回のメインと見せかけて、メインを攫われた例が幾つかある件についてはノーコメント。
wamer様
久々ですね。新スレ移行でうっかりタイミング逃してからが辛かったです。
やるよといっておいて、しばらくなにもしないシリアスやるよ詐欺状態でした。
そして、おっさんのガード能力は中々のようです。
戦争への参加については今後の展開次第ですかね。どちらでも行ける様な空気でこのシリアスは進めていくので。私の手が暴走した暁には。
kimimare様
今回もきっと立て逃げ責任は取らないのコンボが炸裂することでしょう。
果たして今回立てるフラグは二本なのか。おっさんの動向に注目が集まります。
おさわりまんに関しては、予定通りです。文字入れ替えしただけでこの変態力の高まりようは素晴らしいと思います。
どんな人間も些細なきっかけで裏返るように悪に染まってしまうという警告なのでしょうか……。
最後に。
家事スキル完備の社長とか、また凄まじい物件が。