視察を兼ねた昼食を終えた俺とアリスは、火星を離れ地球軌道上に停泊するディケライア本社である創天へと向かう星系内小型定期移動船に搭乗していた。 小型と言っても、そこはやたらと規模のでかい宇宙尺度。地球の大型タンカーほどの大きさがある船だ。 搭乗している乗客は俺とアリスのみだが、貨物室には火星で収穫、採取された補給物資が山積みとなっている。 超絶進んだ科学文明を持つ銀河文明においては、元さえあればあらゆる物資が合成可能。だが逆に合成可能が故に、天然物が喜ばれ崇められ、とりわけ嗜好品がその傾向が顕著。この天然物至高教は程度の差はあれ宇宙も地球と変わらず。 「補給物資のリストは送ったから、各部署からのリクエストに合わせて配分。人気が高いのは抽選制ね。いつも通り外れた部署や人には外れポイント追加して、次の時に抽選回数を増やしてあげて」 隣席に座るアリスは、透き通るような銀髪から出たウサミミをゆらゆらと揺らしながら、リストと睨めっこしつつ兵站管理中。 銀河文明基準で原始文明に属する地球文明産物資は、天然物かつ人手のかかった珍品扱い。 出すところに出せば(非合法)かなりの大金となるが、現状のルールでは研究名目以外での持ち出しや輸出は基本不可能。 その宝の山をいつか解禁されたときの為に溜め込むんじゃ無くて、無理をさせている社員への福利厚生として使ってしまおうってあたり、アリスらしいっちゃアリスらしい。 「……ずっ」 そんな相棒の横で、お土産としてもらった茶を時折飲みながら、俺は無言で企画書を作り上げていく。 まずは企画書を会議で通して、その後は関係各部署で煮詰めて、アリスやら白井社長のゴーサインをもらって実行。 細々とした手間はかなり省いているが、会社としての最低限のルールを維持しているのは、俺が思いつきで暴走しないためのセーフティ。 面倒事、それも放っておくと後々やばいやら、時間経過でどうにもならず、むしろ悪化する事態が複数重なったらどうするか? 一つ一つ丁寧に対応しましょうといえるのは、個人なら余裕のある奴、もしくは組織なら、人手も資金も潤沢にある大手と決まっている。 余裕が無い社畜や、倒産間近の会社としては、今ある手持ちで何とかしないといけない、というか何とかする。出来無ければアウト。 もちろん今の俺らは後者。一つ一つ個別に対応している時間も、人手もいない。 となりゃ、視線を変えて複数の懸念を一つの課題としてまとめ上げ、解決に持っていくしか無い。 最優先解消すべき懸念の一つ目。暗礁に乗り上げ中の暗黒星雲調査計画。 二つ目。現状無理ゲーと化してしまったPCOの暗黒星雲調査計画クエストが、攻略プレイヤーから見放されないための対策。 そして最後の三つ目。リアル時間で1週間後に創天へと訪れる、星系連合広域特別査察官シャルパ・グラッフテン女史への対応。 細々な問題を無視して、大局的に見ればこの三個に集約される。 1,2は関連性は強い。必要なのはプレイヤーらのやる気を促進させつつ、対応能力レベルアップ。 暗黒星雲内での謎の攻撃への対策と、調査継続を同時にこなすミッション。 だが3番のシャルパさん対策は、毛色が違う。しかしそれをどう纏めあげるかはこちらの考え次第。 くそ真面目で、優秀で、個人的忠誠心がマックス。そして幾人かの元同僚から聞き及んだ話から考察できる仕事スタイル。 仕事が出来るからこそ、真面目すぎるからこそ、嵌めやすい、嵌まらざる得ない罠を用意する。「すみませんアリスちょっと借ります。ちょっと考えたんだが、こういう手でいくつもりだがどうだ?」 1~3番までの懸念を一緒くたに纏めた企画案をでっち上げた俺は、通信画面の向こう側のオペ子さんへとひと言断ってから、まだ横で物資配分に頭を悩ませていたアリスへと提示する。 「えと……またシンタらしい手だよね。しかも詫び石っていうこれを?」 共有ウィンドウに作成した、たたき台をパッと流し見たアリスがジト目で俺を睨む。その目とぴんと立ったウサミミはこの性悪と言外に物語っていた。 特に詫び石と称した、開発は終わっているがまだ未実装な機能を、全プレイヤーへ配布するのが気になったようだ。「運営が設定ミスったり、何か粗相をしでかしたら、詫び石配布は、この業界のお家芸って相場が決まってる。クエスト調整ミスってクリアできないって声があって謝罪となりゃ、古式ゆかしい伝統に沿うべきだろ」 「どっちかって言うと石を投げつけてるでしょ。攻略組とそれ以外のプレイヤー間の離間が進みそうだけど」「そこらは後々のバランス調整とシャルパさん対策もかねて考え済み。要は今回のオープニングイベントの全振りか、それとも先に備えて力を蓄えるかの2選択。両者総取りは時間的に無理にしとくつもりだ」 アリスの懸念に対して俺は茶を啜り、少しこった首をならしながら答える。正直な話、ここまでの5回の暗黒星雲調査計画での、探査機全消失は計算外の損失。 余裕が全くないわけではないが、無駄に浪費できる時間も機材があるわけでも無い。 となれば、攻略に特化した、背水の陣の覚悟で挑んでくれるプレイヤーを増加。 それ以外の試しでやってみるとか、記念で参加という端から攻略を諦めているプレイヤーは別ルートへと誘導。 ……まぁ入選微妙なラインにいる参加プレイヤーが減れば、ちと苦戦気味な美月さんを筆頭に当落線上の初心者組にも少しは援護となるってのはある。 表だってやったら、贔屓となるんでちょこっとだが援護だ。 無理なときは無理で手も考えてはいるが、やはりエンディングは、すっきり笑いあってってのが、プレイヤーに楽しんでいただきい開発者としての望み。「だけどこれ将来的に考えたら、後で有利な方針を取ったほうが良いやってなる、トッププレイヤー達もいない? ゲームはこれからも続くんだし」「そこはイベント入賞者のトップクラスにはプロライセンス配布で対応。HFGOとのコラボ発表と同時に予定していたプロ契約制度を餌にする。ただ法律関係対策やら、世間様の反対意見が根強いんで、こっちは力技やら、いろいろ下準備不足なんで、後々面倒だが、背に腹は代えられん」 禁止されているRMT以外で、ゲームをやって生活ができる。廃人プレイヤーにとっちゃ夢の生活をプレゼント。 数ヶ月から一年単位の範囲で支払う契約金と、それ以外に月々の宣伝功績に対する報奨金を設定し、PCOの宣伝担当となるトッププレイヤーを囲い込む。 HFGOがやっている手の二番煎じも良いところどころか、プロリーグまで作って大々的にやっているあちらさんから見りゃ後発も良いところ。 しかしそこは後発の強みと、戦闘特化ゲーなHFGOと違い、良い意味でごった煮なPCOの違いを明確に差別化。 「んで並行して、コラボ商品のスポンサーへの宣伝効果の立証。リアル商品データを使ったVR大会を開催して、現実での販促を促し、各プレイヤーへと還元って感じか」 こっちの強みは、様々なVRゲーとその開発会社を取り込んだ連合体勢って事。 宇宙大戦争から料理対決まで。活躍する幅の広さが、そのまま宣伝の場の広さ。 社命や商品名だけで無く、その商品その物をVR上でプレイヤーに直接に試して貰い、良さや使いやすさをアピールする。 VRだけで満足となるとあれなんで、一部商品を除いて、使用可能回数や、期限を切った限定アイテムという形がベストだろう。 データコピーやら流失は、リルさんがいるからあり得ないんだが、さすがにスポンサーな協力企業に、銀河文明の超高性能AIがついていますなんて電波な説明ができる訳も無いので、納得させれるだけの対策を施す必要ありで、すぐに発動は無理なんで、まずは計画発表か。 ここら辺は俺じゃ人脈不足。アリスも広げているとはいえまだまだ。人たらしな白井社長に頼んで、地球側企業を丸め込んでもらう方針……あの謎の人脈の広さと、警戒させない信頼感はさすが特殊スキル持ち揃いのホワイトソフトの社長だ。 「現段階だと見事に絵に描いた餅だよね。これで釣れるの?」 元々下地は作っていたが、急造投入で色々と粗が多いのが目立つのかアリスはまだ少し懸念を浮かべる。 まぁそれも当然。なんせこの企画書を画面に出すときはその下にはかならず、現在開発中の物で仕様変更の可能性がありますと表示しなきゃならない類いだ。 無論、こちらとしては持っていくし、その自信もあるが、それを信じるか、信じないかは各々のプレイヤー次第。 「しかも本番の暗黒星雲調査はゲームと違ってレベルダウンって訳にもいかないし、現状難度でクリアしないとでしょ」 それにゲーム内だけならいくらでも難度調整できるが、俺らの本命はリアルの暗黒星雲調査。ゲームをクリアしたらそれでリアルが解決じゃ無い。 となれば、まずは一度でも良いからあのクソゲー難度をクリアできると、プレイヤーに証明しなければならない。 問題は、大嵐の真っ直中でただでさえ探知レベルが下がる暗黒星雲内での謎の攻撃。 現状の探査機のスペックでは、探知精度や距離限界で攻撃元を特定できず、さらに攻撃に対しては既存防御装備では防ぎきれておらず、一発で撃沈されるというスペランカー仕様。 しかし探知機器の性能を上位機種にすれば、場所は取るし、エネルギー消費が上がり、機動性や防御性能を犠牲にする。 逆に機動性、防御特化では、探知可能距離が激減で、暗黒星雲内調査という主目的に対して本末転倒で支障あり。 かといって両方取りとなれば、探索機を大型化せざるしかなく、そこまででかくなるとシミュレーション上だが、空間デブリやら、星間物質の多い暗黒星雲内での飛行可能領域が大幅に限定される。 今の探索機の大きさがベスト。だが探知距離特化でも、防御特化でも支障あり。結局の所総合スペック不足なのが問題。 一見無理ゲー。しかしそいつは見方を変えればすぐに解決策に至るはずだ。ゲーマー目線。それもMMOをやったことのある連中なら、すぐに気づく路線。 MMOプレイでソロを除いて、強キャラとして輝くのは、バランスキャラじゃ無く極化キャラ。 攻撃能力はゴミでも、敵MOBに囲まれようが、ボスキャラの必殺攻撃だろうが、耐えてみせる、あるいは躱し続ける近距離職。 雑魚の攻撃でも一撃死な紙装甲でも、広範囲を攻撃できる範囲性能と、ボスキャラの回復力を凌ぐ高DPSをたたき出す遠距離職。 戦闘全般ではお荷物でも、一つの武器にのみ限定した職人芸に秀でた生産特化なマイスター職。 それぞれ癖は強いが、その分野においては、バランスキャラを大きく引き離す、瞬間風速を発揮できる連中だ。 出所不明で探知距離が限定された状況下。一撃死可能な敵キャラの攻撃。 こいつをクリアするための手札は俺は持っていないが、”俺達”なら持っている。「そこはコンビプレイでクエストクリアといくぞ相棒」 攻撃特化を得意とするアリス。そして防御特化を得意とする俺。 俺達のコンビプレイならば、なんとかなる。なんとでもなる。これは希望でも、願望でも無く、確信。 積み上げてきたゲーマーとしての勘が俺に告げている。こいつはクリア可能なイベントだと。「一度クリア手順さえみせてみれば、地球の廃神連中ならどうにでもするからな。ノープスさんに現状を模したランダムマップを製作依頼してある。この間できた火星産バーボンと引き替えだからとびっきりの高難度でアップしてくんだろ」 必要なのは、実際にクリアしてみせる事と、有限とはいえ度重なるトライアンドエラーを実行できる環境。 俺らがクリアしてみせたのに出来無いのかと煽り、無限に挑めるのでは無く、制限された環境下でプレイヤーの緊張感を維持し練度を高める。 そして今回配る詫び石は、クエストクリアの為だけで無く、クリアを諦めたプレイヤー達を別ルートへと導き、その別ルートがシャルパさんへの妨害工作となる。 さらにはここの所ゲームができず、さらにシャルパさん関連でストレスを溜め込んでいるであろうアリスへのご機嫌伺いを兼ねている。 練習マップとはいえ、さすがに俺らでも一度でクリアは難しいだろうが、逆に言えば思う存分ゲームに挑める。業務の一環として。メインルートクリアに必須のプレイとなりゃ、社内の反対意見も押さえれる。 名目も保ちつつ、ゲーム三昧。これならアリスも反対する訳が……「えー今忙しいし、どうしようかな。さすがに一度でクリアは無理だから、慣れるまで付ききっりになるでしょ。今社長業に専念してるし」 おいこら。この廃オタ宇宙人。何を言い出しやがる。 アリスの奴は企画書を読んで頭のウサミミをぶんぶんと嬉しそうに振っていたが、顔だけは難色を浮かべやがった。 まぁ耳を見なくても、口元は緩んでいるし、口調は棒読みなんで、俺の提案に喜んでいるってのは分かり易いが、さらにこの上に何を望んでいやがる。 「他に何が望みだてめぇ」 このクリア計画にはアリスは必須。俺と抜群に息の合う唯一無二の存在。駆け引きなんぞせずとも全面降伏。単刀直入に追加希望を聞くしか無い。「調整する探索機の装備はシンタが決めるけど、カラーリングとコードネームは私に決めさせて。それなら良いよ」「お前……また趣味に走る気だろ。わーったよ好きにしろ」「仕事は楽しくなきゃ。シンタのほうはメリクリウスで赤色、あたしの方はヴァイエイトで青。防御特化と遠距離特化ならやっぱこれでしょ。というわけでお仕事は速攻片付けて攻略にいきましょ」 相変わらずの謎ルールを提案したアリスは、火星でみせた憂い顔はどこかに吹き飛ばした見惚れるような笑い顔で楽しそうに兵站管理へと戻っていた。「楽しそうで何よりだわな……」 リアル地球でアリスの本性を解禁したのはいいが、その弊害であまりに古典作に詳しすぎでリアル年齢詐称疑惑が出ているんだが、自業自得過ぎるんで無視だ。 まぁさすがにリアル年齢500オーバーな宇宙人とは思わないだろ。見抜ける奴がいたらとりあえず病院行きを勧めるべきだな。うん。 PCOは日本時間の土曜日朝方4:00から5:00にかけて緊急メンテナンスを実地。 早朝に行われたとはいえ、土曜日ということや、夏休み期間中で多くの学生プレイヤーや社会人プレイヤーがプレイの中断を余儀なくされ、緊急メンテナンスに対する、愚痴や文句が攻略掲示板や、ゲームサーバーとは別に運営されているギルド内チャットで少なからず囁かれることになる。 だがそれらはある意味で、本番の祭りの前哨戦でしかなかった。 緊急メンテ明けと同時に公開されたプロゲーマー制度導入に向けたガイドラインの発表や、スポンサー企業ありの各種賞金大会情報、そして無理ゲーと叩かれていたクエストに対して、隔絶したコンビプレイを魅せるGMミサキとディケライア社長アリシティアのプレイ動画。 何より詫び石代わりと称し、先行導入された亜空間ホームの実装。 後にプレイヤー間で『惑星ガチャ争乱』と呼ばれる事になるこの発表は、本格的なPvP時代の幕開けを告げる鐘であった。