ふむ。予想は外れたか。「いやぁ白熱した戦いでしたが残念、引き分けでしたか」「あんたの思惑通りか。どこまで俺達を玩べば気が済む!」 眼下。廃船置き場近傍で行われていたバトルと、その後のやり取りまで余すこと無く観戦しギャラリーに徹していた俺は観戦の楽しさでにやけた表情を使い、俺とは対照的な渋面を浮かべる柳原さんを煽る。 思惑通り? いやいや、予想外の流れと結果で正直驚いていますよ。 美月さん麻紀さんコンビ対サクラさんエリスコンビの戦闘の流れと結果は、俺の考えていた物より、高度かつ意外な形で終焉を迎えた。 双方の被害と得た物を考え一応引き分けという話だが、俺が審判なら、美月さん達の勝利と判定する。 いくらエリスが初心者とはいえ、その相方はHSGOのカリフォルニア州ライトクラスチャンプのサクラさん。 以前お遊びのイベントに飛び入り参加した時に体験したあの猛攻は、正直攻撃をアリスに任せて、防御に専念できるからこそ何とか完封できただけ。 それもこっちは初心者アカなんで、油断したら一瞬で絶命高速コンボを叩き込まれる恐れもあって、かなりの緊張感を強いられるハイレベルなプレイヤースキル持ち。 まぁだからこそ楽しめたわけだが。 そんなサクラさんの猛攻を、せっかくの新装備を半壊させつつも防いだ麻紀さんの技量もさることながら、最後の最後で外せばアウトなブレイクウェポン攻撃を仕掛けてきた美月さんの度胸と、その寸前で行った緻密な仕掛けは賞賛物だ。 エリスは狙いは良かったが、あれじゃあまだちと弱い。緊急跳躍ブースターをジャミングエリアで狙撃はタイミング的には完璧だったが、それじゃデバフを解除しただけ。勝つ為なら、それが最後の一撃であるならば、麻紀さんを落とすのが、最低限の仕事だ。 もし俺とアリスだったら麻紀さんはアリスが何とかするからと信じて、ブースター除去に集中。除去後に俺が美月さんを落としての完勝狙いでいく。 もちろんこいつは全部を見た上での結果論。だが出来た、出来るじゃ無く、俺らならそういう方針でいくってレベルの話だ。「くくっ。玩ぶなんて聞こえが悪い。俺が求めているのは皆さんの幸せですよ。さてサクラさんが勝てば、お二人を大切な人達に会わせてあげるという賭けでしたが引き分けですね……なら一人分だけとしましょうか」 常に狙いは勝利のみ。だから今回の予想外の結末も、組み込み直して策略と変える。俺のヘイトを最大限までブーストするために。 胸から取り出したるは、種も仕掛けも無いカプセル型修正プログラムアイテムの外観データ中身無し。 デバフ攻撃を受けてステータスダウンした際に使う治療アイテムなわけだが、使い方が実際の薬と同じく経口摂取タイプという代物。 戦闘中にデバフを受けた状態でカプセルを取りだして飲めって、結構難度高いだろと思ったのだが、会社間の枠を越えて増殖中の、細かい所にまでこだわるロープレ派な開発関係者の要望でこんな形になっている。 最上位タイプなら遅延石化解除やら放射能除去まで出来る効果持ち。種類ごとにそれを可能とする屁理……もといフレーバーテキスト付きというこだわりの逸品だ。 全アイテムのフレーバーテキスト分量が、とある街の図書館蔵書を全部電子化した際のデータ量の二倍ほどに達している段階で、力のいれどころが間違っているのは、俺の気のせいだろうか。しかも日々絶賛増殖中だし。 「こちらのプログラムをどうぞ。貴方と姪御さん。どちらが会うかはお任せしますよ」 周りは無重力の宇宙空間なんで、外した際には格好つかない事この上なしなんで、滑るように移動して数歩分を近づいてから柳原さんに投げ渡して、慇懃無礼に一礼と。「……どういうプログラムだ」 ふわりと飛んだカプセルと柳原さんが片手キャッチ。 ゲーム攻略はサクラさんに任せてリアルで俺の身辺調査など色々とやっているから、あまりログインしていないが、これがゲームアイテムだとは気づいた様子。 柳原さんはすぐにアイテム欄チェックをしているが、そこには何の表示も無し。 そらガワだけなんで当然なんだが、そんなブラフだとは気づかず、不審な色をさらに深くする。 中身説明無記載な薬なんぞリアルでもVRでも遠慮したい怪しげさぶっちぎり代物だわな。「飲んだ瞬間に安らかな死をお約束する片道切符ですので、ご利用は計画的に」 だったらその不信感を最大利用。ついでにこの後諸々も考えてもう数歩分近づいておく。「なっ!? 話が違う!」 柳原さん側から踏み出せば、俺につかみかかれる位置まで詰めては見たが、動きは無し。 問答無用でカプセルを投げ返してくるか、殴りかかってくるかと思ったが。ふむ。まだちょいと弱いか。 すぐに手が出ない辺り、シルヴィーさん情報通り理性的なご様子。 うむ。となると、大佐から聞いていたシスコンな辺りを突かせてもらいましょうかね。「おや、言いませんでしたか。死ななければ会えませんよ。ですが無駄なサンプルをこれ以上増やしていく余裕も、意思もありません。そう貴方の姉君のように無難なサンプルなんかはね」 ちょっと前に星連議会の規制派のお偉いさんに言われた台詞をちょいと改変して拝借。 いやー実に対等扱いしてくれないそれでいて情の無い台詞を頂き感謝感謝。おかげさまでこっちも裏工作で本国で落選させてやろうと色々と手加減無しに行けた次第。 俺でもちょいとむかついた位なんだから、柳原さんにとっては、姉というよりも、育ての親なサクラさんの母親への侮辱。 ガチ切れ確定の台詞に柳原さんが拳を握りしめ、怒気を乗せ無言でこちらに一歩を踏み出してくる。 明らかに怒り状態な痛恨の一撃が来るので、すぐに逃亡したい所だが、ヘイト管理調整と、観衆の皆さんに共感してもらうため、ここは無痛、無敵状態で食らってさらに煽りと。 大佐仕込みのベアナックルなんぞ、まともに食らったら洒落にならんから対策を発動と。 余裕ありげな悪意を含んだ笑みを浮かべたままの俺は後ろで仮想コンソールを叩いて、痛覚レベルを無痛状態へと下げようとして、【システムエラー。痛覚コントロールはアリシティア・ディケライア取締役社長の権限により一時封鎖されています】【特製料理で看病してあげるから覚悟しなさいよシンタ!】 そんなシステムメッセージと共に目の前に現れたデフォルメされた2頭身アリスちびキャラがあっかんべーをしながら、俺の目の前で痛覚レベルメーターを無痛では無く、最大感度まで跳ね上げてみせる。 ちっ!? ウイルスだと!? いつの間に。無意識にログを確認。仕込まれたのは約30分前。 さっき喧嘩別れした直後か! あの野郎、隙を狙って物理的に俺をダウンさせるためにVR側からの痛覚攻撃を企んでいやがったか。 幻痛+強制ログアウトの精神的疲労で半日は動けなくさせる腹づもりだったか。このクソ忙しいときに! すぐにウィルス除去、いやその前に柳原さんの攻撃を、 とっさに回避行動を取ろうとしたが、既に遅く俺の目の前には切れた鬼が一匹。 柳原さんの腕を防ごうとガードをあげたが、予想に反してきたのは腹部への強烈な痛み。 ひ、膝かよ。しかも下がった首元目がけて肘打ちの態勢をとっていらっしゃる……大佐、即死コンボすぎんぞ。「がっ!?」 文句を口に出す暇も無く首に食らった強烈な一撃。 俺の意識は過負荷の影響で強制シャットダウンを食らって闇に染まった。