ふと目を覚まし、瞼を開くとこちらを覗き込む相棒の顔がすぐ上の方にあった。 鈍く光る銀髪から突き出たウサミミがせわしなく揺れ、金色の瞳で見下ろしていたアリスと目があう。 頭の下からはほんのりと温かく柔らかい触感。どうやら長ソファーの上でアリスに膝枕されているようだ。 まだ意識が半分ほどしか覚醒していないのかぼーっとするが、もはや本能となった動きでステータスチェックを無意識で呼び出し、仮想ウィンドウの位置情報表示でここがVR空間内の創天だと知る。 ここがVR空間だと知ったことで、うちの嫁がリアルの銀髪金目でいることの意味を察する。 誤認目的だなこの野郎と。「あー……なんで膝枕されてんだよ」「シンタ。大丈夫? 働き過ぎで疲れてるかなーって。だからサービス」 俺の質問に対して、アリスは心配そうな顔を浮かべて俺を気遣う台詞を宣う。 しかしなアリス。頭のウサミミが不規則に揺れているから動揺しているのは、お見通しだ。 はは。雰囲気に流されるかどうか五分五分と予測したか相棒。その見通しは甘いぞ。 俺はゆっくりと右手を挙げて、アリスの横顔を撫でる振りをしつつ標的をロック。「そうかそうか……余計疲れさすおまえが言うな! このアホ兎!」 電光石火の一撃で左手をさっと動かし、その握り拳で左こめかみをぐりぐりと抉る。 はーはアリスの悲鳴で余計に記憶がはっきりして来やがった。アリスが余計な茶々を入れてきた所為で、仕掛け中だった柳原さんのコンボ攻撃に撃沈されてからの、時間経過は約30分か。 完全にクエスト失敗じゃねぇか。 「びやぁっ!? ちょ、ちょっとシンタ痛い! 痛いって!」「てめぇ。ヘイト調整中に余計なことすんなってリーディアンでしつこく教えたのを、忘れたとは言わせねえぇぞ」 悲鳴をあげるアリスに構わず、躾を続行。 くくっ残念だったな。アリス。過剰ダメージによる不意のログアウトでの意識混濁中を狙った懐柔策みたいだが、なめんなよ。 こちとらおまえと同じく元廃神。復帰直後でも直前の戦闘配置や、敵味方のバフ、デバフ状況をざっと思い出せる用に対ショック訓練なんぞとっくにしてあるっての。「そ、そうくるならシンタはどうなのよ! あれ完全に横殴りでしょ! 私がテンションあげきって、いざ行こうとした最高の場面で掻っ攫っていったじゃん!」 しかしアリスも元廃神。継続ダメージ中で痛みを感じていようが普段通りに動くなど標準必須装備。 俺がアリスの両腕の内側から手を伸ばしてガードしているので、自分が手を使えないと判断するや、キスでもするかのように頭を下げてきてフリーの両ウサミミで同じように、俺の両こめかみを抉って来やがった。 くっ。ウサミミに対処したらアリスの両手があく。こうなりゃ我慢比べだ。 「横殴りやって謝ってもこない奴なんてPKされても文句は言えないし言わせねぇぞってシンタが言った癖に! だからあれは正当な報復行為! ハックにも気づかないシンタが悪いって須藤の親父さんやサエさんならいうもん!」「時と場合だ! 第一あれ横殴りじゃねぇぞ! パーティ内での連携ミスった奴のフォローだろうが! それに身内からのハックを常時警戒しろってどこの殺伐とした職場だよ!」「ミス!? どこがミスかな!? 時間配分的には問題無かったでしょ! シンタがあの明るいノリを嫌がっただけでしょ! そんなだから陰険ハラグエロ夫なんて言われたりするんだよ!」「てめぇっ! 全然反省してやがらねぇな! しかもエロなんてどこからもって来やがった! 陰険、腹黒は良いがエロは無いだろ!」「ギルマス時代にカナヤンと組んで、他の女性プレイヤーの装備が、エッチい系の装備に見える外観変更MODを製作して裏で配布してたでしょ。ちょっとおっぱい強調型の! あれあたしのMODデータ流用してたでしょ! 新装備の見た目が気にくわないから使いたいっていうから貸してあげたのに、あんなことに使うんだって呆れてたんだから!」「ちっ! アリスMODレベルの胸の動きに合わせて自然に動くビキニアーマーMODなんぞ、おまえの基本MODデータからでも流用しなきゃ素人に作成できるか!」 くっ。まさかばれていたとは。だが言わせてもらうならエロこそ世界共通の男限定コミュニケーションツール。 性癖の違いはあれどそこはそれ。エロさを語るに言葉なんぞいらない。返事はサムズアップの一つで十分だ。 あれのおかげで、大同盟を組んだり、レイドボス戦での同盟外プレイヤーとも協力体制を組めたりしたんだが、さすがにそれを口にするのは男同士の秘密の共有という仁義に反する。 カナやら後輩、後同盟ギルドの多数の男プレイヤーからの依頼だったとはいえ、今更そんな大昔の話を持ち出して来やがるとは。 だがこんな大昔の大ネタを切り出してきたって事は、逆にいえば今回は自分の分が悪いとアリスが思っている何よりの証左。 大ネタでピンチに追い込まれたからこそ、ここは強気で押し切る。「はっはっ。露骨に話題変えて来たのはおまえが今回は悪いって判ってるからだろ。ほら、ごめんなさいと謝るなら、許してやるぞ! エリスに自分が悪いと思ったらすぐに謝る事って教えてたのはどこの誰だったかな!」「うにゃぁ! むかつくほんとむかつく! 何その開き直り!? ちょーっと悪いかなと思ってたけど今ので謝る気なくなった!」 俺が右手の回転速度を上げると、瞬時に反応したアリスもウサミミ力を全開にしやがって抉りこんで来る。 痛覚感知は通常状態設定で痛みが順当に増すが、ここで顔に出すようじゃ廃神なんて呼ばれない。互いに平然とした顔で、いつ勝敗が付くとも知れぬ不毛な攻撃を続ける。 失敗したクエストの結果や再挑戦だって有るってのに、ここで無駄な時間を費やす余裕は無いが、このまま負けるのも業腹。 「こ、このままじゃ千日手だな。い、いつも通り決着つけるぞ」「ふ、ふ、も、もう降参。で、でも仕方ないから受けてやるわよ」「この間は、お、おまえが選択したから今回は俺だな。桃鉄改リアルタイムバージョン、デスマッチルールでど、どうだ」 涙目になりながらも強気は口調で返すアリスに対して、夫婦喧嘩になった際の最終決着手段を切り出す。 大昔の家庭用ゲームやらアーケードの初期名作類が50年経って版権切れになったからと、それの改造データが出回って一部マニア間でブームになったのは暦上では少し前。俺の現役学生時代の頃。 その時にKUGCで改造した作品のうち1つが、鉄道会社運営双六ゲームの改造ゲー。 ターン制からリアルタイム制に切り変え、初期はひたすらサイコロを回して常に動き回って相手を妨害しつつ自分の資産を増やし、さらにゲーム内の各種イベントを大金を使って発動可能とした為、後半は文字通り札束で殴り合う重課金制ゲームへと変貌している。 その中でもデスマッチルールは、年数無制限で、シリーズ全妨害イベント、シリーズ全カード解放で、如何に相手の手持ち資金を-百兆円へとたたき落として、倒産させる=ゲーム終了という、リアルバトル頻発ゲームへと変貌している。「リ、リアル社長であるあたしに会社経営で挑むなんて、ひゃ、百万年早いってお、思い、し、知らせてあげる」「か、会社潰しそうになって、泣きそうになっていた癖に勝てると思うなよ。貧乏神を背負いまくらせてやる」「なっ!? それいう!? ほ、本気で叩きつぶしてあげるから覚悟しなさいよ」「の、望む所だ。途中で泣き入れてきても手加減なんぞしねぇからな」 痛みで歪みながらも余裕を見せるため好戦的な笑顔を浮かべてくるアリスに向かって俺が啖呵を切っていると、「話は纏まったかなご両人。君たち夫婦は一体どれだけ仲良く喧嘩をすれば気が済むんだ? それと内容をせめてもう少し、地球人と異星人カップルらしくしてほしい。せっかく私がソウジを説得し納得させたのに、今の会話で不信感を抱いたじゃ無いか」「シルヴィー……さすがに無理がある。この二人の会話内容で片方が宇宙人だと信じろは。君の学説を初めて聞いたときよりも無理がある」 呆れ気味に聞こえるが常にそれがデフォルトな冷静な女性声と、困惑気味な柳原さんの声が響いてきた。 アリスの攻撃を受けながらも何とか声が聞こえて来た横へと目をやれば、応接用テーブルの対面ソファーに、声の主達がいた。 先ほどまで攻略していた柳原さんが首を横に振っていて、その横では婚約者であり、こちら側のお仲間になった宇宙地質学者のシルヴィーさんが、なにやら分厚い専門書を片手に読書中。「私に言われても困る。それとソウジ。彼女は異なる星の生まれ。異星人だ。宇宙人という大まかな枠で語るのは、現実にそぐわない」 この人、学者な所為か、それとも性格なのか、何時も冷静で、妙に細かい事にこだわって訂正する癖がある。 暦上の年齢ではまだ25才と若く、しかも女性だってのに、倍率の高かったルナプラント行きの切符を手に入れて月の地質調査を任されたくらいだから優秀なんだが、月に行きたがった真の目的が、月が宇宙人によって作られた外宇宙船だという自説を証明するためという、世間ではトンデモ学者とされている一人だ。「私だって異星人とはどのような人達だろうと密かに期待していたのに、最初のファーストコンタクトで出されたのが各国の料理。しかも我々アメリカ人向けにはホットドック、ハンバーガーとポテトさらにコーラだぞ。それに比べれば少しはマシだろ」 シルヴィーさんとも結構な付き合いになっているので判るのだが、無表情にこっちを見る眼鏡の奥が少し不満げなのは気のせいでは無いだろう。 いきなり施設ごと送天内に回収され時間凍結で保存。解凍後に面会した地球人は俺。後はディケライアが誇るラインナップ豊富な異星人揃い。しかも地球は銀河の遥か彼方に火星やら伴って跳躍。太陽置き去り。 この無駄にややこしい状況で警戒心を少しでも下げるために、食事として最初に提供したのがその人達が慣れ親しんだものとしたんだが、シルヴィーさんにはそれがご不満だったようだ。「そうか。俺は満足だったがな! パテはぶ厚く、ジューシー。ホットドックは熱々でケチャップマスタードたっぷり。文句のつけようがなかったな。シルヴィア君もソウジも細かい事を気にするな! この二人の喧嘩なんて何時もこうだぞ。あれだな。温かいホッドドックは俺も好きだが、熱い夫婦喧嘩はドッグも食わないって奴だろう!」 そんな二人とは違い、アメリカンジョークと呼んで良いのかさえ判らない実にくだらない事を言いながら、サクラさんの父親のダグラス・オーランド元海軍大佐が、二人掛けの席だってのに半分以上を一人で占めるゴリマッチョボディで豪快に笑っている。 なんつーかこの人の場合は、日本人が想像するアメリカ人タフガイその物という言葉がぴったりな御仁。 異国人、それも結構年の離れた日本人の嫁さんもらった所為で、一時は出世コースから外れた癖に、そのリーダー力と精神的強さから、月に派遣されてルナプラント所長という大役を務めることになったんで、結構すごい人である事は間違いない。 最近は火星で趣味が講じて酒造り集団を率いていたりと、この状況をエンジョイしまくっていやがる親父組の一人だ。 「ほら続けろシンタとアリスも。火星は娯楽が少ないからな、おまえらの喧嘩を見たがってる連中も多い。ゲーム対決のオッズも盛り上がるだろうからもっと煽れ」 その大佐は、カメラ片手にリアルタイムで俺達の喧嘩を中継してやがったご様子。この不良軍人親父は。「大佐……人んちの恥部を晒すな。アリスとの決着はちゃんとつけるにしても後だ後! つーかアリス! 大佐がいるなら喧嘩売って来んな! この人暇つぶしのために何でもしやがるぞ!」 「先に売って来たのそっちでしょ! やられっぱなしよりマシだもん! 重いんだからとっとと退いてよ!」 俺の当然と言えば当然の文句に対して、怒ったアリスはウサミミを使って俺の身体を前にごろんと押し出す。予想外の不意の攻撃にそのままバランスを崩した俺は、ソファーからこぼれ落ちて床にべちりと落ちる。 頼んでねえのに勝手に膝枕して、何とか雰囲気で誤魔化そうとしてこの言いぐさか。 言いたい事はいくらでもあるが、柳原さんが目の前にいる状況かつ、大佐が横からカウントを取っている状態でこれ以上ペースを乱されるても、碌な結果にならないのは目に見えている。 今の状況。そしてこれからの流れを取り戻すために、立ち上がった俺は服の汚れを払ってから、改めて不審な顔を浮かべている柳原さんに向き合う。「色々と予想外の事がありましたが、改めて事の経緯や真相をすりあわせしたいのですがよろしいでしょうか?」「うわー胡散臭い笑顔。さすが陰険ハラグエロ夫」 仕切り直そうとした俺が今は反撃、反論してこないだろうと見越したアリスが、当て逃げなひと言をぼそりとつぶやきやがった。 こ、この野郎上等だ。こうなりゃ陰陽師からのワープ飛びで資金0にした上に、大金はたいてハリケーン、キング、ブラック、ゾンビ、デビルと極悪系貧乏神フルコンボお見舞いしてやろうと俺は心に誓った。