各惑星、ひいては各種族の代表として選ばれた数十万の星連議会議員達は、それぞれが超人的な能力を持ち、機械的補助を用いずとも、瞬時に万を超える並行思考を可能とする思考速度を持つ者等はザラ。 なかには銀河帝国の設立すらはるか前。数十億年にわたり1つの精神性を一切摩耗せず維持し続けている剛の者さえもいる。 そんな彼らが、目の前で起きている異常事態に一様に言葉を失い思考を停止させた後、それぞれの方法で思考を働かせて、事態を把握するまで費やした時間は、十数秒か、それともさらにその倍か。 一瞬の隙や油断が不利益を招く生き馬の目を抜くような星連議会において、代替わりしたばかりの新人議員(それでも本星議会での重鎮政治家)ならばともかく、ほぼ全ての議員がこのような状態になる事などあり得るわけが無かった。 だがそれは起こった。起こってしまった。 会場中は基本的に銀河全域に専用チャンネルで公開放送されている星連本議会場で、こうも堂々と夫婦喧嘩を繰り広げているから……ではない。 無論数え切れないほど争論が起きる星連議会といえど、なにやら意味の判らない単語がやたらと入り交じるものの、主に子供に対する教育やら夫婦間での諍いをネタにした喧嘩など前代未聞だ。 だがそんな内容はともかく、もっと重要な事がある。 その喧嘩を行っているのが、ディメジョンベルクラドとそのパートナー。それも当代最高峰どころか、歴代最大という声さえも上がり始めているパートナー同士が揉めているという事だ。 異次元ナビゲーション能力者ディメジョンベルクラドの力の強さは、偏にパートナーとの信頼で強くも弱くもなる。 相手を知りたい、感じたい、思いたい。その感情が時空間を越え、この広大すぎる宇宙を、彼女、もしくは彼ら流にいえば、暗すぎる宇宙を、パートナーという存在が明るく照らしだしてくれるのだと。 感情によって得られるこの力は強く、だが脆い。 死という概念がほぼ無くなったこの時代においても、パートナーとの諍いからの離別で、力の大半を失ったディメジョンベルクラドなどさほど珍しくない。 そしてそんな力を失い欠けのディメジョンベルクラドでも、僅かな距離でも空間跳躍ナビゲートが出来るのだからと重宝されるこの時代。 当代最高峰のディメジョンベルクラドの力が、今まさに失われるかも知れない瀬戸際の光景が目の前で繰り広げられているのだ、議員達が一瞬でも茫然自失となったからといって誰も攻めれはしまい。 だがその状態から復帰した後の彼らは速い。議会正式発現、水面下、裏ルート、様々なアクセス手段を用いて、この状況に介入するために行動を開始し始めた。『星連議員の皆様から様々なアクセス要請を承りました。”事前”に決められておりました基準において分類いたします』 星連議会本会場と比べればその規模は格段に小さくなるが、ほぼ同じような形式を取っているディケライア社仮想球状本会議場にリルの声が響くと共に、待機していた全社員や、今回の事態で急遽ヘルプ要員に入った地球人火星組の面々が一斉にその伝達情報から分析に入る。 創天に送られたのは、文字通り宇宙中のありとあらゆる言語、思考、電気、熱等々、様々な思考伝達方法によって伝えられたメッセージだ。 本来ならそれだけ様々な意思を翻訳するだけでも一手間なのだが、そこは腐っても全宇宙を股に掛けた大企業とその本社艦にして旧帝国謹製AI。一瞬で翻訳を終えた上に、その文章内容から微妙な変化を見つけ分類する。 さらにそれを受け取るのが、中央に鎮座する巨大な一枚岩形状を取ったディケライア専務ローバーだ。 彼は受け取ったそれを適材適所に担当部署に簡易指示を出しながら分配し、仕事量を調整し、全体の速度調整を開始する。 それは三崎と個人的親交のあった者からの真摯に二人を諫める内容から、二人の関係性の崩壊が招く損失を無機質的にとくもの、もちろん中には議会侮辱罪を持ち出し、強弱はあるが脅しを含んだ物まで様々。「今回の臨時議会開催に協力してくださった方々には、今回のプランの詳細を最優先でお願いします。三崎さんの案に元々乗る方々ですので、面白がるとは思いますが、騒がせたお詫び文は確実に。不安のある方は専務に確認を確実にしてください」 陣頭指揮を執るディケライアの金庫番経理部長サラス・グラフッテンは、分類されたメッセージ割合が、事前の予測よりも、若干こちらに都合の良い物が多いことに、逆に眉を少しだけ顰める。 星連議会の本会議に、会社として呼び出されたというのにいきなり夫婦喧嘩を披露。普通ならばこんな事をしでかしたら非難囂々。会社としての形さえ保っていられなくなるだろう。 だがそうはならない。それだけ、どこの星もディメジョンベルクラドが足りず、少しでも強い者との繋がりを欲する星が多い。 今回もアリシティアたちへの貸しとするための機会と捉えた星もさぞ多いはずだ。 この予測よりも若干有利な数字がその何よりの証拠だろう。 サラスは自社が有利な状況だから眉を顰めたわけではない。 ディケライアが有利。 それは逆に言えば、サラスの予測よりも若干だが宇宙全体の星々が窮しているという事でもある。 無論大国や交通の要所にある星系には関係ない話だが、全盛期跳躍門の大半が失われた今の時代ほとんどの星が物資運搬に苦労している。 ならばそこに商機と、勝機を見出す。 そう口を揃えていった姪っ子とその夫は、今もその売り込みの第1段階として夫婦喧嘩を継続中。「姫様のディケライアの泣き虫社長という評判もいかがかと思いましたが、今回の事でなんと噂されるか……」 この後の評判を考えると、先ほどよりもサラスの眉はより険しく、髪からひょっこり飛び出たイヌミミが警戒を現しぴんと立つ。 前に、それこそアリシティアが社長業を継いだばかりで、すぐに大きな星系開発失敗をしでかして星連議会に呼び出された時は、ショックからまともに話せず泣きじゃくって終わった時があった。 それも無論銀河全域に放映されて、アリシティアにトラウマとして今も若干残る星間ネット嫌いの原点となっている。 サラスにはかなり昔のことのように思えるそれも、宇宙文明の時間感覚からすれば、ほんのちょっと前の事でしかない。 それほどまでに、今の銀河文明人は増えず、減らず、変化しない。 今回の開催で三崎にまた良いようにやられ手を焼くよりも、そのパートナーで精神的に弱いアリシティアを同時に呼び出す事で牽制材料にするというのがおそらくアリシティアの同伴を条件にあげた一派の狙いだったのだろうが、それがまさかこうなるとは夢にも思わなかったはずだ。 初っぱなにブラフを噛まして、欺瞞をぶち込んだ上に、その反応から、第一情報まで取り入れようとするほど、図太く成長しているなんて見抜けるわけがない。 ましてや、他の種族と比べても、極めて肉体、精神成長の遅いディメジョンベルクラドがだ。『今のアリシティア様でしたら、どのような二つ名でも嬉々として勲章として受け入れるでしょう。なんと呼ばれようとも、まさしく狙い通り状況を操った証として』「妙な成長の仕方をなされたものですね。それにしてもあの二人の喧嘩はいつも心臓に悪いですね。あれが演技だと知っている私ですら心配になるレベル……リル様。演技ですよね」 いつの間にやら言葉も無くなり互いの頬を全力で引っ張り合う純粋な我慢比べに入っている二人をちらりと見たサラスは、つい不安になる。 最初は演技のはずが力が入りすぎて本気の喧嘩になったのではないかと。 ディメジョンベルクラドとそのパートナーは、サラスも何百組と見知ってはいるが、あそこまで、というか喧嘩をしょっちゅうしていると実例で知るのは姪夫妻だけだ。『先ほど指信号でこれ以上言葉を交わすと、音を得意とする種族に見抜かれる恐れがあるから無音に移行ととっさに打ち合わせをしておられました。ご安心ください。お二人とも。社長とGMである前に一流のゲームプレイヤー。それも名コンビ同士です。絶賛喧嘩の最中であろうともお二人が言う所のボス戦が始まっているのであれば、即時和解して、大喧嘩の振りをした謀略戦を仕掛ける事なんて造作もありません。彼の世界においては、初期は良くそれで敵対ギルドを出し抜いていた十八番です。途中から直前まで喧嘩してようがなんだろうが、コンビ力が変わらないと見抜かれまして封印なさっておられましたが』 ここはゲームで無く現実。しかも相手は百万戦錬磨な星連議会議員達。 状況を一緒にして語ってはほしくないのだが、星連成立前から稼働するリルから見れば、古株のサラスもひよっこにしか過ぎない。言ってもしょうが無い。 リルと少し会話を交わしている間に分類が完了。傾向と分類が終わり、それぞれの議会議員の立ち位置や色、ひいてはその星のスタンスも見えてくる。 だがまだこれは表面だけだ。ここからだ。わずか1社で星連議会を、ひいては銀河全部を相手にしようというのだ。サラス達の本領発揮は今から。「優先度は各惑星の星間運航船運行情報と登録ディメジョンベルクラドに関するデータ。効率的なプレゼンは専務と私で組み上げますので、使えそうな情報があればどんどんあげてきてください」 ディケライア+火星組の総力態勢。だがこれはあくまでもサポート。 今からの戦いに必要な情報を、カードを集め出しているに過ぎない。 そのカードを用い、星連議会と戦うディケライア側のプレイヤー二人は、その頃になってようやく、自分達が映されているのだと気づいて、慌てて取り繕う振りをしていた。