『三崎。開始まであと1分! 最終チェックと全プログラムの展開準備も終わってる。今回はスタートで一気に持っていくから最初から飛ばしていけよ!』「ういっす。こっちは準備オッケーいつでもいいっすよ! 寒いんでとっとと始めましょう!」 天上から響くGMルームで総指揮を執る中村さんの檄に負けないように俺は大きな声で返事を返す。 システム的には別に大声を張り上げなくても伝わるんだが、ついつい返事がでかくなるのは耳元で轟々と音をたてる突風の所為か、それともVR復活と他ならぬ相棒のために仕掛ける大事を前に抑えきれない高揚感だろうか。 がちがちと歯の根がなるような寒さに身震いしながら強風に煽らればたばたとはためくスーツの裾を気持ち程度に直し、胸元のタイピンでネクタイをがっちりと固定。 リアルの肉体測定データで作った仮想体は本物と変わらない。手の長さ指の形その全てが慣れ親しんだ物なんだから、明かり一つ無い真っ暗闇の中でも特に問題は無しだ。 気になるのは、凍えるような寒さと文字通り地に足がついていない頼りない感覚だが、これはしょうが無いだろう。これも演出の一つだ。 寒いのは我慢するとしても、宙を漂うってのはどう堪えたものか。何せ人間に翼なんってついてい……ウサミミ宇宙人やらスライム宇宙人がいるくらいだから有翼宇宙人もいるんだろうか?『三崎君。オープン10秒前カウントいれるよ……10……9……8』 ふとくだらない妄想に浸りそうになっていると、待機している大磯さんの少し緊張を感じさせる声が響きカウントダウンが始まる。 足下を見下ろせば、遙か下方でぽつぽつと明かりが点り始めていた。 「了解。準備オッケーいつでもどうぞ! ど派手にいきましょう!」 前回の同窓会本番時は記憶の風景を少しずつ見せることで徐々に期待を盛り上げていく方式をとったが、今回は多数のVR企業と個人事務所の人間を招いた法人向けの説明会。 VR慣れした連中相手に特に思い入れが無いであろう舞台で勝負を仕掛けるんだから、自然とその取るべき手法は前回とは変わっている。 まずは一発度肝を抜く。それが今回の作戦だ。『外周部から火いれていけ! 本命は来客直後! 出現タイミングをずらすなよ! ウチの腕の見せ所だ!』 中村さんの声もお客様を招いた本番の気合いを感じさせる、さらに鋭い物へと変化する。 さて……いよいよ開幕といきますか。 『3……2……1……一斉接続スタート!』 カウントがゼロになった直後に俺の周囲をほのかに照らし出す仮想体生成リングが無数に出現して、高速回転をして老若男女の姿をそれぞれ作り出していく。 その数は237人。飛び込みの説明会参加希望者も全て受け入れたためにウチの当初の予想より参加企業は3割増し、人数も倍近くなっていた。 その程度の数なら、最盛期には十万人近くが同時接続していたシステム的には問題は無いが、再現小学校のグラウンドや校門等に一度に呼び込むと少し手狭になる。 だから今回俺らは特等席からのスタートとあいなった。「へ!? ちょっと! どこ! ここ!? 寒っ!」「ふん。風の感じが自然だな。なかなか再現率高いシステムを使ってるな」「……っお。白井さんところらしいな。最初から奇をてらってきたのか」 出現したお客様の反応は概ね三パターンって所か。 周囲が真っ暗闇な上に地面すら無く強風が吹き荒れる空間に出現するとは思っていなかったのか、悲鳴を上げる女性陣やら驚き顔の営業畑リーマンのざわざわとした声。 技術屋らしきふてぶてしい表情をした連中は、出現場所よりもうちで使っている環境再現システムの数値データが気になったのか落ち着いたもので、中には仮想コンソールを叩いて早速解析を始めているようなのもいる。 あとはウチのやり口をよく知っているような、付き合いのある同業者やら個人事務所の方々があきれ顔やら面白げな笑みを浮かべていたりと、慣れた様子で次を待ちわびている。 さてこの中にアリスもいるはずなんだが、さすがにこの人数相手では一瞥だけでは見つけられない。というか時間があっても無理かもしれない。 何せ完成した成人バージョン仮想体をチェックしようとしたら、本番の楽しみに取ってろとアリスの奴は隠しやがった。つまりは当てて見せろって事だ。 仕方ないんでユッコさん経由で手に入れようとしたら、そっちもユッコさんからのシャットアウト状態。 いいインスピレーションが生まれたという感想だけはユッコさんから聞いているから、突飛な物では無いと思うしかない。 問題は外見変えまくっていてアリスだと気づかなかったときだ。いろいろ後でブーブーいわれそうな予感がするんで早めに当たりを付けたいところだ。「皆様! 本日はお忙しい中、弊社の新規事業説明会へとご来場いただき誠にありがとうございます!」 アリスは気になるがそればかり気にしていては司会の大役をこなせるはずも無い。 意識を切り替えた俺は声を張り上げながら周囲に目印代わりの火球を呼び出して注目を集めつつ口火を切る。 てんでばらばらだった視線がざっと動き、注目が一斉に俺に集まる。 うむ……なかなかのプレッシャー。好意的な物から、試すような視線。さらには微かな悪意も交じり気味な視線やらごった煮な雰囲気だ。 ウチがどのようなことをやるのか視察にきた連中も当然いるだろう。あわよくば企画をかすめ取るもしくは模倣しようって連中もいるかもしれない。 だがそんな連中だろうともウチのシステム内にいるなら、我が社の大事なお客様。誠心誠意誠実な心でいかせてもらいましょう。「今回のナビゲートを勤めさせていただきますホワイトソフトウェアの三崎伸太です。まずは百聞は一見にしかずとも申します通り。今回の事業の肝である再現校舎その全容を見ていただきます」 無駄な挨拶や長ったらしい説明は省いてまずは勢い重視。 何せ今日のゲスト様は俺が生まれる前からVRに関わってきたようなのもごろごろいる。そんな先達達相手に長々講釈をたれるなんぞできる訳もなし。 注目を集めるために使った火球を右手を振って真下に向かって向けて放り投げる。 大げさな身振りを見せる一方で、目立たないようにしていた左手で仮想コンソールを展開して指を走らせて、あらかじめ組んだプログラムを発動。 俺が投げ落とした火球はその勢いを増しつつ巨大化していく。天から一直線に落下していく様はさながら隕石とでもいった感じか。 火球の明るさで周囲が明るく染まり、眼下の光景も照らし出されはじめる。 めらめらと燃える火球によって姿を現したのは住宅街にある小学校を中心に広がる静かな住宅街の景色だ。 全ての始まりである舞岡北小学校再現計画は、校舎や屋上から見える光景まで再現しようと凝り性で完璧主義な佐伯さんのもと、同窓会が終了したあとも未だに折を見て調整が進んでいる。 金と時間さえあれば日本全国の過去の状態を、”趣味”としてVR再現しかねないのがウチの開発部の恐ろしいところだ。「下に何かあるけど……ミニチュア模型?」「いや違うな。VRで再現した町並みか? そうなるとここは空か」 お客様方もここがどこなのか気づかれたようだ。 百聞は一見にしかずとばかりにまずは全容を見てもらう為に、出現地点として用意したのは、舞岡北小学校上空千メートル地点だ。 自然落下するでも無く特殊な機材を用いるでも無く、何時ものスーツ姿の俺が上空に留まれるのは、ここがやはりVR空間の恩恵といえるだろう。 人が空を飛ぶ。荒唐無稽なあり得ないことが体感出来る夢の世界。これぞVRだ。 しかしこうやって周囲に大勢の人がいる状態で空に浮かんでいると、どうしてもプレイヤー時代の記憶が刺激される。 飛翔魔術を解除した自由落下チキンレースやら、島サイズの巨体を誇る大型ボスフォレストドラゴンへのプレイヤー数百人による同時急降下先制攻撃。通称ルーデル戦法等々、楽しかった思い出が心をよぎる。 その思い出が、規制されたVRの復活に向けて今日仕掛ける初手の重要性を俺に再認識させ気を引き締めてくれる。『佐伯さん。んじゃ次お願いします』 巨大な火の玉に眼下の町並みが映し出される何とも派手な見た目と迫力だが、これはまだ序の口。肝はここからだ。 地上まであと百メートルの目標高度を火球が通過した瞬間、巨大火の玉は破裂した花火のように無数にはじけ飛んで、地上へとサークル上に降り注いだ。『よし。いくよ! 陽竜昇天!』 佐伯主任の何とも嬉しそうな声と共に、着弾した火の欠片が火種となり一瞬で燃えさかったかと思うと、街をぐるりと取り囲む巨大な輪を作り、さらには徐々に形を変化させ意味ある物へとなっていく。 灼熱に輝く爪と牙。うねうねと動く炎で出来た鱗。身体からこぼれ落ちる火の粉は金色の粒子となりきらきらと輝く幻想的で雄大な雰囲気を醸し出す伝説上の聖獸、龍が地上に出現していた。 無数の火を纏うと龍は一度大きく身震いして身体を揺らしてから、その巨体には似合わない軽やかな動きで身を起こし天へと登り始める。 天へと登っていく龍がアギトを開いて奏でる咆哮は、新たなる世の始まりを告げるラッパのように勇壮で勇ましく、世界に響いていく。 幻想的かつ圧倒的な光景。そしてこの龍が作り物だと忘れ去れるような圧倒的な存在感。 ウチの会社の持つ技術を総動員して行われたオープニングには、VR業界の一癖も二癖もあるような連中もついつい言葉を失っているようで、驚きや惚けた顔で龍を見ていた。 俺達のすぐ横を通り過ぎてさらなる高みへと登っていった龍は、空の頂点まで至るととぐろを巻いて身を丸めながら、さらに炎の勢いを増し盛んに燃えさかる。 真円を模る龍が己の炎に覆い隠され、俺らがよく知る星へと変化する。すなわち明るさの化身太陽だ。 肥大化した龍もとい太陽によって俺らの周囲は燦々と輝く陽光に覆われ、身が震える凍えるような寒さも和らぎぽかぽかしてくる。 地上に縛られた龍が数多くのプレイヤーの力によって封印の楔から解き放たれ天へと登り至り、失われた太陽の代わりとなり日の光がもう一度地上を照らし、暖かさを取り戻す。 『陽龍昇天』はリーディアンが無事に稼働していたならば、フィールドを全て夜状態にし、既存MOBモンスターおよびボスキャラをアクティブ化+スキル強化して、当社比1.5倍まで強化。 さらには最終的には新型Dおよび新ボスを投入する冬から今年の春先にかけて予定していた中期型大規模世界クエストの新規アップデートメインイベントとして用意していたギミックの一つだ。 完全お蔵入りとなったはずの物だったが、現状に丁度良いからと今回掘り起こしてきたわけだ。 こいつは見た目の派手さとウチの確かな技術力を見せる効果以外に、意味を持たせている。 要は新たなる世界の開幕。気障な言い方をするならば俺達ホワイトソフトウェアの目的は、規制という名の暗い夜に沈んだこの業界に、もう一度明るく開けた前途に満ちた太陽をうち上げる事。 世界を新生させるためのイベントは今の俺らの現状にぴったりというわけだ。 しかしそこらは抜きにしてもさすがは佐伯主任。普段の言動は鉄火場が似合う女傑な割に、実はファンタジー好きな完璧主義者の面目躍如って所か。 何ともど派手なオープニングは、場の空気を次に何が起こるのかとお客様に期待させるこちらの願っていたペースを作り上げてくれた。「では皆様。日も昇りました所で地上へと降下し説明会を解説させていただきます。ただ我が社が当初見積もっていたよりも多くの方が参加なされていますので、複数の斑へと分けさせていただきます。末尾がAの番号をお持ちのお客様は私三崎が引き続きご案内をさせていただきます。Bの番号をお持ちの方は地上におります大磯。Cの番号……」 さてここからは俺らの腕の見せ所。事前情報によってお客様は30人単位でいくつかのグループ分けにしてある。 専門的なVR技術にはあまり詳しくない営業系の相手への売り込みは俺やら営業部の先輩。 壮年な社長系やら重役系には、息子の嫁候補として絶対的に受けの良い大磯さん。 ディープな技術関係の突っ込みがきそうな所には開発部の佐伯さん等々。 適材適所で別れた説明でどれだけの会社と人をこちらへと引き込めるかに、この先が掛かっている。「こちらは当時の秋に行われた合唱コンクールの再現映像を流しております。クライアントの方々から様々な映像、動画をご提供いただけましたので、このように複数の動画をつなぎ合わせ補正することで、当時の発表順に完全再現することも可能となっております。ただ客席に関しては映像が少ないため、あやふやな部分となっておりますがそこらはご勘弁を」 ご案内しているお客様一同を引き連れ上空に浮きながら、ガラスのように透明となった天井から見える体育館で行われている合唱コンクールの様子を解説していく。 無論リアルの天井が透明なんではなく、中が見えるようにただ透過率を上げただけなんだが、そこらの壁からのぞき見るよりも、こうやって上から見る方が何とも非現実的で楽しいってのはあるかもしれない。 プロの合唱団がやるように声の調子や感じが揃った物では無いが、それでも明るく元気に響く子供の歌声は何ともほほえましい物があるんだろうか。 おそらくそれくらいの子を持つ、もしくは持っていたお客様はまるで我が子を見るかのように楽しげだ。「君。これは音声と映像は別物かい。発表会という割にはやけに歌声のみが綺麗に聞こえるんだが。子供なんてついつい雑談してしまう物だろう。うちの娘もじゃじゃ馬で五月蠅い方でね」 無論。今回はどのような事を行っているのか、どのようなことを出来るかを見に来ているんだからこういう質問も飛んでくる。 質問をしてきたのはすだれ頭のおっちゃん。人の良さそうな笑顔で苦笑いを浮かべている。 俺の方に回されてきたって事は技術畑じゃ無く営業系の担当者だろうか。この人はVR世界にあまり慣れていないのか、それとも興味を引かれているのかあちらこちらを見ては、さっきからずいぶん熱心に俺に質問してくる。 おかげで先ほどから他のお客様が若干放置気味だが、各々そこらを見て、解説書を読んでいるようなので特に問題は無いようだ。 視界の片隅から飛んでくる視線はあるが、そちらはあえて放置。なんせこっちは今お仕事モード。 あいつと話したら一瞬でそのモードなんぞかき消される。せめて一段落するまではもうちっと真面目にいく予定だ。「鋭いですね。岡本さん」 この岡本とかいう聞いたことの無いVRイベント代理店の営業部課長とかいうおっちゃん相手に気を抜けないってのもある。 岡本さんの問いかけ自体は技術的に踏み込んでくるような物で無くすぐに答えられる物が多いが、今回の音もそうだがやたらと細かなこと、こちらが気を使った部分に気づく辺り見た目の凡庸さに反して結構鋭いかもしれん。「はい。当時の動画データが複数ありましたのでそれらを合わせてノイズを除去し、雑音の無いクリアな音に変化させています。今現在は純粋に歌を楽しむ鑑賞モードですが変更も出来ます。当時の雰囲気を味わいたいなら雑音や環境音交じりの再現モードといった感じに切り替えといったところです。これはご本人だけで無く、場合によっては親御さんやご兄弟の方にもこの場を楽しめるようにと考慮して設けた物です」 これは同窓会という名目で謳っているがそれ以外の目的つまりは”在りし日”のあの人の映像。亡くなってしまった方を思いさらにはその空気を感じる為の機能とでも言えば良いんだろうか。 おそらく大々的に売り始めれば、同窓会のみならず当然その様な需要もあるだろうと予測し、準備している機能の一つだ。「ふむ。なるほどなるほど。しかしこういった物は反感も買うのでは? 先ほどからの説明を聞いていると、ここは人の思いを利用しているあざとい物を多くあるようですが。それを大々的に商売にする事はどうお考えですか」 何気ない口調で試すかのような岡本のおっちゃんの問いかけ。俺が含みを持たせた意味に気づいたんだろう。 少しばかりトーンが変わったのは気のせいじゃないか。やはり結構やり手かこのおっちゃん。 確かに指摘されたとおり、うちの企画は昔を思い出し懐かしんで貰う為にあざといといわれても仕方ない気持ちに訴えかける機能が多い。 過去の自分を目にすることの出来る再現映像や当時の飲食物を味わえるデータ群はまだいいかもしれないが、人の思い出や生死にかんしてとなると、これをどう思うかは受け取り側次第だろう。 だがこの質問に対して答える回答に不安はない。 ホワイトソフトウェアの原初にして最終目標が俺の中にはしっかりと根付いている。「確かにそう思われるかもしれません。ですが私どもの思いは常に一つです。お客様に満足し楽しんでいただける世界を作る事。本業であるVRMMOと今回の事業はその業態は変化しておりますがそれは変わりません。ですから常に満足していただけるように鋭意努力を重ね、さらには成し遂げる。それが我が社です」 お客様を楽しませる。サービス業としてもっとも基本にして絶対のルールを口にし俺は相手の目を捉え断言する。 玉虫色の答えや曖昧な回答は逆効果だと勘が告げる。このおっちゃんもおそらく自分の仕事に誇りと矜持を抱く人種。 不安や迷いが強い相手をビジネスパートナーとして選べるか? そう質問されてYESと答える奴は少ないだろう。何せパートナーを見誤れば自分にそのつけが来る。かといって根拠無しの強気な答えや勢いだけで中身の無い答えを返すのもまた×。「その為に今回はこの説明会に向けた新機能を施しており、さらには正式稼働に向けまた新たな企画もいくつか考えております。この後に弊社の白井からご挨拶をさせていただきますが、そこから新たなる可能性を見いだしていただけるならば嬉しく思います」 だからあくまで淡々としかし自信は込める。 自分がプレイヤーとしてGMとして過ごしてきた年月。 そして社長を初めとした上の連中や先輩らが作り上げてきたリーディアンの思い出が俺の答えに説得力をもたらしてくれる。 俺達なら出来る。どのような苦境でもお客様を楽しませる事が出来ると。「ふむ……いやいや失礼いたしました。少々気になりましてね。なるほどではこの後もいろいろ拝見させていただきますよ」 俺の答えに満足いったのか一つ小さく頷いた岡本のおっちゃんは俺からゆっくりと離れて体育館の客席側を見やすい場所へと、おっかなびっくりといった様子の頼りない足取りで空中を歩いていった。 これも前回のユッコさん達の同窓会の反省を生かして新規投入したシステムの一つ。やはり空中からの映像も見せた方が良いだろうと、急遽開発した物だ。 GMを中心にして半径50メートルほどを半円型ドーム上に覆った特殊フィールドを展開して内部のお客様を空間毎移動させることで、安全確実な操作と手早い移動をしつつ、さらには空間内では機能制限したフライトシステムによる鑑賞を楽しめるようにした限定的機能だ。 初心者でも簡単に操作可能を目指している機能なんだが、正直まだ未完成も良い所。 慣れてない人間にはやはり機能制限されていても、ちょっと扱いが難しいらしい。 まぁ、実際VRでも空中浮遊や飛翔を投入しているサービスは、飛ぶこと自体を目的にした種別や、ファンタジーやら戦闘系などVRMMOのような物がメインだってのもあって、触れたことが無い人も結構いるってのがある。 何せ調整やら管理といったメーカ側の負担とプレイヤー側のコツと慣れが必要な機能だ。無くても困らない種別なら別に無理して付ける必要も無いといったわけだ。 実際に今見ていてもVR世界管理をする技術者よりも、リアルを主な職場とする営業畑な連中が多いだろう俺の担当斑はどうも千鳥足気味な人が多い。 まぁ若干一名すいすいと慣れた様子で飛んではフラフラとあちらこちらを見ては小さな歓声を上げている人物がいるが。 栗色のロングヘアーはリアルでやったら何時間かかるんだろうというレベルで複雑に編み上げられ、その髪の束にもやたらとヒラヒラした装飾が施されまるで動物の耳のようにも見える。しかし服装は茶褐色の女性向けのビジネススーツで落ち着いた色合いとデザイン。 頭の方をそこまで飾っていると、普通ならちぐはぐでごてごてとしたくどい印象を抱きそうなもんだが、なんというか全体的には一つのデザインで調和されていて上手く噛み合っている。 さすがユッコさんのコーディネイトといった所か。 独特の髪型とうろちょろしている姿が野生の野ウサギっていった感じのうら若い女性は、さきほどから時折こちらに視線を飛ばしてくるだけで自分からは近づいてこない。 しかし会話に聞き耳を立てているのか耳のような髪を揺らし、時折まじめくさった俺の物言いがおかしいのか小さく噴き出しそうになっていやがる……失礼な奴め。 当てて見せろとかぬかしていやがったがあまりに分かり易すぎる行動に、このまま無視してやろうかと思いつつも、この後の個人的な勝負のためにもこの茶番に乗るしか無いと諦める。 俺は軽く空中を蹴って、上の方に浮かんでいたその女性へと近づく。 平均的な成人男性であると俺とさほど変わらない女性としては高い身長は偽物のプロフィールに合わせてか。それとも小柄な本来の肉体へのコンプレックスだろうか。「さてと……ではそちらの社長さんはどういったご感想を抱きましたか」 横に並んだ俺はささやかな抵抗として、こいつが昔嫌がった糞丁寧な問いかけをしてやる。 「えぇ。なかなかに興味深い物ですね。さすがは三崎さんの所属する会社だと感心します」 うむ……俺の負けだ。白旗を揚げよう。 他の奴はともかくこいつに三崎さんと呼ばれると実に居心地が悪い。落ち着かん。姿形は変わってもその聞き慣れた声がどうにも違和感を刺激する。「アリス……いつも通りでいけ。大勝負の前なのに調子が狂う」 憮然とした顔で他の客の手前周囲に聞こえないよう小声でつぶやいた俺にたいして、「りょーかい。これでいいでしょシンタ。どう? 前に気持ち悪いっていったあたしの気持ちがわかったでしょ」 ここが空中だと忘れさせるような自然な動きで軽やかに俺の前に回ったアリスは、少し大人びた顔立ちに変化させた見慣れない仮想体でありながら、何時もの笑顔でからかい気味な目を浮かべてやがった。 この野郎。数年前の意趣返しか。執念深い相棒だ。