『あの子達にも目的があるから、ゲームが有利になる情報が目の前にあれば狡だと思ってもついつい手を出しちゃうでしょ。だから噂だ……』 父親としちゃ可愛い娘様が発する実に楽しげな声に、ほっこりするべきなんだろうが、その中身が陰謀増し増しな、上手く嵌まれば人間不信症発症間違いなしなえげつない手って辺りに、そこはかとなく将来性に不安を感じるべきなんだろうか。「いやーさすがうちの子。昨日の今日でなかなかに手段を選びませんね。仕掛けておいてよかったです盗聴器」 エリス対策でVR空間に緊急集合してもらった面子を前に、とりあえず俺は軽く笑っておく。 まぁ緊急集合といっても、正式オープン前のこのクソ忙しい時間にわざわざ呼び出して参加してもらったのは、最終決定権を持つうちの社長と、開発部を牛耳る佐伯さんに、親父さんの後を継ぎ全権管理者となった中村さん、そしてもって広報担当な高性能どじっ子大磯さんとある意味で何時もの面子だ。 何せ時間が無い。 宇宙側の情報にダイレクトリンクできる特別設定空間内にいた人らのみで、内部時間流を遅延させている地球時間ではなく、通常の宇宙時間に合わせて、少しでも時間を稼いでいるところだ。 「三崎君……エリスちゃんも、実の娘に盗聴器を仕掛けている父親には、手段うんぬんは言われたくないと思うよ」「主目的はエリスの動向調査じゃなくて身辺警護のためですっての。うちの子あれでも稀少存在なんで。銀河帝国末期時代には散々跳躍ナビゲートの強化法則を解こうといろいろしていたようで。同族をクローン培養して実験を繰り返したり、散々失敗した末に俺らみたいなブースト種族を作ってみたりと、さすが絶対最高権力を持っていただけあって、宇宙脱出のためとはいえ今じゃ到底は出来無いようなことも平気でやっていたみたいですから」 若干引き気味な大磯さんに俺は一応訂正を入れておく。 やり過ぎた上にその目的が同族のみでの現宇宙脱出で、ディケライア社初代姫社長様を激怒させて、帝国その物をぶっ潰されたのは計算外だったろうが、旧銀河帝国が持っていた技術力や科学力は、現銀河文明さえも凌いでいたのは紛れもない事実。 ディメジョンベルクラドとして銀河系最強クラスの跳躍管理能力を持つ銀河帝国皇帝家末裔な相棒と、その力をもっとも引き出すハイブースト性質を持つ銀河帝国最後の実験生物地球人である俺との間に生まれたエリス。 まだ幼くて、パートナー候補すら見つけていないうちの子がナビゲートできる跳躍距離は極めて短い。 だがその力は、今日みたいに跳躍を得意とする送天を介してとはいえ、鋭すぎる感覚を持つアリスや、地球圏全域を監視するリルさんに空間異常を気づかれること無く、地球へと跳躍してのけるほどの精密さを持つ。 もしこの精密さを持ったまま成長を続け、成人してアリスに匹敵する光年距離ナビゲートが可能となれば? それが今の跳躍難度、距離の問題で移動制約を受けて、ある意味で閉塞した銀河文明に何をもたらすか? そしてこれが特殊な例ではなく、地球人という種族が持つ特性であれば…… 「そういやこっちに付いて来ている狼娘が、ほとんど離れず側にいる理由も本人達の意思もあるけど護衛の意味もあるって前にいってたね」「えぇ。だからカルラちゃんが地球にいるならエリスもいるだろうなと、んで盗聴機能をオンにしてみたらこの会話って次第です」 探知機だけじゃなく空間にも色々細工してばれにくくしているようだが、あいにくだなエリス。 お前の耳に被っているサポート機器は、例え銀河の反対側だろうとすぐに位置や周囲の状況が検索できるようにあつらえた特殊性。 何せあれ1つで最新鋭探査機がダース単位で買えるハイグレード品だ。 地球から見れば、神の所行としか思えない科学力を誇る銀河文明を持ってしても、空間跳躍を行うには、特殊な人材の存在が不可欠。 それこそが我が相棒であるアリスが持つ、他次元を感じ取る感覚ディメジョンベルクラド。 希少特性であるディメジョンベルクラドの中でも、光年距離跳躍をナビゲートできるトップクラスディメジョンベルクラドはさらにほんの一握り。 宇宙はとてつもなく広大で広い。 だがそこを素早く渡る手段は、人材は限られている。 類い希なるナビゲート能力を持っていたアリスのご先祖達が銀河に覇を誇れたのも、高度な空間跳躍技術を持っていたからに他ならない。 「しかしそうなると三崎君の所の娘さんが、こっちに来ちゃうのはまずいんじゃないかな。つけ込まれるよね。彼らから見れば地球は未開の惑星。免疫のない病原菌やらなんやらとか理由はいくらでもでっち上げられるだろ」 のほほんとしているように見えて状況判断は的確。しかも少し楽しそうに見える辺り、さすがうちの社長としか言いようが無い。「はい。俺以外の奴が生身で地球に降りるのは、グレーを通り越して真っ黒です。色々借りや恨みを買ってるんで、何を要求されるか。このまま公にはしない方向で行くってのがベストっていうか唯一の解決策です……と、まぁこっちはあっちで何とかしますけど、問題はこっちですよね」 エリスの行動は宇宙的な問題の方が規模も影響も大なんだが、そっちの対処は方針だけ頼んで細かなところは法務専門家のローバーさんをリーダーにして任せ済み。 俺ら的には、お客様を楽しませるを至上命題とするホワイトソフトウェア社員としては、エリスの手段の方が、緊急性と重要度が高い。「真偽を確かめるために簡易チェックをやってみたが、不正アクセスやらゲームデータを抜かれた痕跡を発見できないんだが、親父さん仕込みなだけはあるか」 中村さんが額に手を当て重い息を吐き出す。 正式オープン直前に内容流出なんぞ、考え得る限り最悪な事態。 しかもうちのシステムの表も裏も知り尽くした親父さんに指導されたエリスのクラックを防げってのが土台無理な話で、我が社の良心。中村さんの心労はますます増しているようだ。 なにせ美月さん達を嵌めるためにエリスが用いたのは、PCOで今現在導入している購入、入手可能な全アイテムの入手法を記載したデータ。 要はアイテム限定完全攻略本が、一人のプレイヤーに渡った状態。 しかもそのプレイヤーが俺が裏の目的のために目をつけていた美月さんで、エリスはその美月さんを他プレイヤーの恰好の標的に祭り上げる予定と。「本当にすみません中村さん。ゲームプレイ以外は余計なことが出来無いように指定回線以外ではアクセスできないようにしていたんですけど、まさかこっちに直接来るとは考えて無くて」「流れたものは仕方ない。気にするな。こっちも一度システム全体を見直すが、対策はしておけよ」 エリスが侵入出来たって事は、他の連中だってできない理屈はない。 俺が持ち込んだ宇宙関係でただでさえ忙しいのに、ますます仕事が増えていく中村さんには申し訳ない限りだ。「ったく性悪のあんたがしてやられるなんぞ情けないね。娘相手じゃ警戒レベル下がってんのかい」「いやーさすがに常時娘を監視なんてしてたら、大磯さんがいうように変態ですって。娘に変態なんぞいわれたらしばらく仕事が手に付かないくらい凹みますよ俺」「ったくこれだから男親はしょうが無いね。それで対策は? あたしらを集めたって事は手を考えてるんだろうね」 同じく娘を持つ身として気持ちがわかるのか社長や中村さんは頷いていたが、佐伯さんが軽く一睨みして一蹴すると、時間が無いんだから早くしろとぎろっと睨んで促してきた。 まぁ娘の不祥事をそのままにしてちゃ親として問題有り。 だがそれ以上にゲーム危機とくりゃ、どうにかしなければGMなんぞ名乗ってられない。「今回の情報漏洩をオープニングに合わせて特別イベントにしようと思います。こっちが企画書です」 エリスの企みに対して、速攻で書き上げた大まかな企画案を俺は表示する。 地域段階制手配システム。跳躍ゲート裏ルート。海賊ギルド。保安NPC。報奨金。 新しいギミックを作り上げる余裕はないが、既存のこれらシステムを組合わせて、当初から計画通りのお客様を楽しませるイベントという体を作り出すというのが俺の狙い。 PCOには出来無いことは無いと豪語できるほどにあれやこれやと色々システムや制度を組み入れている。 賞金稼ぎプレイ。スパイプレイ。海賊プレイ。 情報1つをとっても、いかに活用できるか、それをどうプレイに繋げるか。 プレイヤーの手腕1つで、何のことはない屑情報が、大国すら揺るがす大騒動に発展させることだって不可能ではない。「……ふむ。そう来るか。そうなると彼女たちだけじゃなくて、あれこればらまかないといけないね。サエさんいけそうかい?」「偵察している連中は三崎の所以外にも色々いるから、そいつらの集めた情報量にあわせて、内容閲覧したら判る特別メールで送るかね。中村。リストアップついでに手配システムと報奨金の相場を組み立てできるかい? ゲームバランスを崩さない程度で」「リスクとリターンの程度を考えると、報奨金は一律の雀の涙。ただし重要度に合わせて各組織との友好値を+。手配システムはイエロー、レッド、クリムゾン、パープルの4種って所でどうですか。それなら既存システムと登録番号を組合わせてすぐに行けます」 「よし。ならいこうか。大磯君はこの企画書と今言った内容を追加して、全社員及び関係企業に正式に通達。イベント期限及び情報交換期限は今日一日としようか。各地の空港にいる予備人員を全員投入しよう」「は、はい。すぐに準備しておきます。お客様用のイベント説明ポップも各イベント会場に送ります」 あっという間に話をまとめ、さらに具体的な案を決めた上司群は、空中から決済印を取りだした社長が書類を呼び出して渡すと、次々にポンポンと軽く判子をついていく。 VR空間なんで判子はイメージだが、要は各責任者の電子署名を押した正式採用の印だ。 相変わらずというかなんというか、突発事態でもフットワーク軽いなうちの会社。 「いやー三崎君が本領発揮しだしてから突発企画やら、即時対応が増えた所為か、僕らも慣れたもんだね」「はん。この程度あたしらにはどうってことないさね」「なにをしでかすか判らないってのが判っているから、イザって時の余剰員数を用意して、毎回投入するってのも間違ってる気もしますけどね」 社長の笑いに、裏ボスな佐伯さんは鼻で笑い、苦労人な中村さんがあきらめ顔を浮かべていた。 あ……なるほど俺が原因か。PCOを企画した頃からあれこれ無茶と無理しまくってるからな。「本当に申し訳ありません。この借りは仕事で返します」 社長達の言葉に納得するだけの思い当たる節がありまくりなので、恐縮するしかなく頭を下げる。「僕らには返さなくて良いから、全部お客様に返してくれれば良いよ。それより情報漏洩の大元役を誰にやらせるんだい? 君の所の奥さんは、さすがに今回は使うわけにはいかないだろ」「アリスなら喜んでやりそうですけど、あいつ今回は真面目にいく予定ですから、こっちの伝手で用意します。ついでに広報宣伝役も確保しておきます」 社長の問いかけに俺は即答する。 今回の突発イベントに対してアドリブバリバリの即興プレイをやれて、さらに言えば俺のやり口をよく知っている連中。 気心の知れた同盟ギルドのマスタークラスが、何の因果かそろっているんだ。 使わない手はない。 あいつらと組んだ俺のやり口はちょいと違うぞ。 くく。エリス。上手いこと嵌めたつもりだろうが、ゲームは真面目にやろうな。 まぁエリスが強硬手段に出たのも、仕事仕事でちゃんと遊んでやれなかった俺が悪いっちゃ悪い。 だから可愛い可愛い娘の望みだ。おとーさんが叶えてやろう。「さてエリスお望み通り遊んでやるぞ。エリス”で”たっぷりとお父さん達がな」「うわぁ……悪い顔してるよ三崎君」 遊び仲間と一緒に遊び尽くすという心躍るシチュエーションに現役プレイヤー時代の気持ちが蘇ったのか、俺が浮かべた笑顔に、今度こそ大磯さんがどん引きしていた。