普通のMMOゲームなら、ゲーム正式オープン初日と来れば、プレイヤーは我先にと狩り場に出たり、出現数制限のかかるアイテムやクエストの確保に走るものだ。 次世代型を自称し何から何まで異例なPCOでもそれは変わらない。 オープニング特別イベントの開始を告げるウィンドウが展開されると同時に、それぞれの仮想ウィンドウにゲームスタートの文字が躍り、リアルの上空に浮かぶ蒼天も同じ画面を表示し、プレイヤー達が一斉に行動を始める。 他の会場や、VR会場も含めてオープニングイベント参加者には、初期ポイント1000にプラスして、来場特別ポイントが300ポイント付与されている。 ゲーム内での通貨はメテオとされているが、1ポイント10メテオで、ゲーム内装備や消費アイテムが購入が出来る事になっている。 ゲーム内初期資金は10000メテオが支給されるが、今回のイベント参加者はその代わりにポイントが付与されている。 そして特筆すべき事は、ポイントを使ってゲーム内アイテムを買うとリアルアイテムが”おまけ”で付随するということだ。 各店舗のブースでは関連グッズや、飲食物が販売されているが、現金、ポイント両方が使用可能となっていて、リアルアイテムには簡易ミッションと追加効果が付随している。 ドリンクや、軽食の場合は、その感想を専用サイトにあげることで、追加で消費アイテムが支給されたり、一定期間のブースト効果が得られたりなどだ。 VR会場参加者には後日通販で商品が送付されたり、無料券が添付されることになっている。「まずはどこ行く! トップでとれんだろ!」 美月達がギリギリに飛び込んで来たので、結果的に一斉に駈けだしたプレイヤー達の先頭グループに躍り出られた誠司がテンション高めに吠える。 「追加装備優先。整備系。その後は狩り! ポジションはいつも通りで良いな! 亮一場所は?」 「伸吾。壁強化装備は西の2F免税ショップ外によさげな店有り。誠司の探査強化は中央4階に固まってる。僕は回復系の追加アイテムを中央3階ラウンジで。合流は到着ロビーでOK?」「応! 高山達は基本装備を揃えたら、手頃な非戦闘クエストを探して、行くって話だよな! クエストで良いの見つけたらすぐ知らせるから回線を開けとけよ! ゲーム開始時は殺気だった奴が多いから気をつけろよ!」 VRMMOではないがオンラインゲームで固定パーティを組んでいたという男子3人組は息の合った会話を交わし方針を決めると、一気に散開して最寄りの入り口へと向かっていく。 「ありがと! そっちも気をつけて」「あたし達は2階の出発ロビーね!」 伸吾達コンバート組は初期装備に加えて、特殊装備がすでに搭載準備されているが、美月達のような新規組はオープンβで使用していた装備類は一度全解除されて、初期艦ごとの初期装備のままになっている。 ただしテストプレイ中にあげた装備熟練度は、再装備でそのまま適用されるので、まずは店買いできるものに走った方が良い 買い物に手間取ると、それだけスタートダッシュに乗り遅れる。 まずは無期限クエストを連続受注して、無理をせずしっかりと1つずつクリアして、資金とスキルの上昇をすること。 どうせリセットされるからと、無理にやったβテスト最後みたいな強行偵察は、本番では難しい。 せっかく手に入れ強化した装備がロストしたり、デスペナでスキルレベルダウンやスキルロストすれば、それだけ攻略速度は減少してしまう。 死んで覚えられることもあるが、無駄に死ぬことも無いように。 無茶をするのは、無茶をしてもリカバーできる準備が揃ってから。 ゲーム初心者の美月達に対する、コーチ役である美貴のアドバイスを思い出しながら、悪目立ちするマントをたなびかせ先導する麻紀を何とか追いつつ、美月は仮想コンソールを起ち上げ、搭乗艦への指示を出していく。『燃料補給率50%。戦闘用物資搭載10%に変更』 物資積載量を大きく下げて、追加装備を搭載するだけの枠をまずは大きめに空ける。 人死にを嫌がり、トラウマを呼び起こされる麻紀のことを考えれば、戦闘系クエストはなるたけ避けたい。 そうすると請け負うのは搬送系か、調査系クエストがメインだ。 美月の選んだアクアライドは探知能力に優れ、麻紀の種族ランドピアースは交易系スキルを豊富に持つトレーダー種族。 まずは両者の長所を大きく引き出す方針を定めた美月達は、先ほど全力疾走で駆け下りたばかりの階段を逆に駆け上がって、搭乗手続きを行う出発ロビーのある2Fに突入する。 通常なら飛行機への搭乗手続きをする各航空会社カウンター前には、AR投映で『砲撃装備あります』『各種探査機取りそろえ』『娯楽ユニットセール中』など色取り取りの文字や、船のパーツ映像が躍っている。「5分で買い物を済ませて次ね! 人が多かったらクエスト先で!」「うん。また後でね」 入り口で麻紀と別れた美月は、ギルドページに繋ぎ金山達が作成中の店舗マップの案内ナビに従い、アクアライド船専用基本装備ショップに迷うこと無く駆け込む。「いらっしゃいませ。栄えある最初のお客様。ご購入はグッズでしょうか。装備でしょうか?」「基本装備購入でお願いします。ポイントで」「はい。ポイントで装備購入ですね。リストオープンします」 ニコニコと微笑む売り子の女性店員に軽く会釈を返しながら、新規仮想ウィンドウを起ち上げて店舗情報とリンク。 一斉に商品リストがずらりと並ぶ。 アクアライドは種族イメージが水棲種族になっているので搭乗艦も魚や水生生物をイメージした船になっている。 美月が選んだ初期艦はM型LD432星系調査艦。通称『マンタ』と呼ばれる惑星探索調査用艦種になる。 その名の通り、低度だがステルス性のある平べったい船体と、艦尾から長く伸びたテールアンテナをもっている。 ソート機能を使い、マンタ用装備を抜き出して確認し、性能を流し見て手早く選択していく。 船体塗料を変更して多少の重量増加と引き替えにステルス性をアップし、テールアンテナを付け替え探査距離を強化。 この改造で最大速度は落ちるが、落ちた速度分は搭載物資を減少させて補う。 初期艦としては航続可能距離や無補給航行日数が長い調査船の搭載量が多いメリットを使い、装備を変更しても元のスペックは維持させる。 費用や時間に余裕があるなら、主機関や推進器周りも弄りたいところだが、この交換だけで400ポイントを消費している。 残ったポイントは万が一のことも考えて半分は残すとなると、買えるのはせいぜい1つか2つだが、今のリストに引かれる物は無い。 それに今の美月の抱える整備員のレベルではこれ以上の装備積み替えは、リアルで数時間はかかる大整備になる。 塗装とユニット交換ですむテールアンテナだけならゲーム内時間で2時間。リアルタイム10分程度で済む。 取引終了ボタンを押すころには、他のプレイヤーも鈴なりに集まってきていた。 あと少し遅れていたら、リスト呼び出し範囲にはいるのさえ苦労していただろう。「ご購入ありがとうございます。ポイントで装備ご購入のお客様には、東都水族館の割引入場券が付属しています。アカウントに送られていますのでご確認ください。ご利用ありがとうございました……ゲーム頑張ってくださいね♪」 売り子女性店員がにっこりと微笑みながら頭を下げる。 これだけ人が増えてくると応対も大変になるだろうが、最初のお客である美月の印象が強かったのか、おそらくマニュアルには無い挨拶を付け加えてくれた店員にもう一度軽く会釈をして、人込みを掻き分けて店頭前を抜け出す。「消費アイテムにいくには……人が多いか。まずは麻紀ちゃんと合流して先にクエストを」 基本装備の類いを扱っているためか出発ロビーに集まってきた人数が多い。抜け出すだけでも時間がかかる。 手順を変えようとした美月が中央の天井付近に表示されている案内モニターへと目を向けると、表示されていた宇宙船の動画がいきなり切り変わりはじめた。 フロア内の全ての映像モニターも一斉に同じ映像を表示し始める。 画面に映るのは地球陣ではあり得ない、猫のような獣耳をつけて額に3つ目を開いたNPCキャラクターだ。 『星系連合統一議会より緊急放送を配信します。お手元の通信機を起ち上げ公共チャンネルに接続、もしくは公共スクリーンを視聴してください』 緊急放送を模したらしき突発イベントにざわついていたプレイヤー達が一斉に押し黙り、会場のあちらこちらに設置されているモニターや手元に目を向ける。『昨日恒星間ネットワーク情報管理惑星アーケロスで重大な事故が発生いたしました。事故の影響にともない…………………』 三ツ目の猫アナウンサーが話し始めたのは先ほどオープニング特別イベントで伝えられていた事件の詳細や補足説明だ。 『現在星連議会では拡散した情報の回収を行っております。情報を取得された市民の皆様は決してデータ閲覧や開封することは無くお近くの…………』 曰く、最近巷を騒がせる謎の情報ファイルは、銀河最大の情報アーカイブであるアーケロスから、不正規に流出した情報である。 もし偶然にも入手してしまった良識ある星連市民は、決して開封せず、”すぐ”に最寄りの惑星政府や星連軍駐屯地に提出をしてほしい。 この指示通りに提出すれば、僅かながら報奨と功績値。 それと流出情報に関連したNPCや組織からの友好度が少し上昇するというものだ。 流出データには元々特殊な処理が施されていて、正規の手続き、機材を持たず開封すればすぐに開封プレイヤーの情報や搭乗艦位置が判明する仕組みとなっている。 リアル時間で今日中に届けなければ、データは消滅しペナルティは無し。 もし開封すればクエスト失敗となっていて、その情報の重要度に合わせて罪に問われる(ゲーム内ペナルティ付与)というものだ。 PCOは情報重視のゲーム。 他のプレイヤーが持っていない情報データには、大きな価値がある。だからプレイヤーの良識や、判断を問うイベントといっていいのだろう。 だが……美月にはどうしても違和感が付きまとう。 あれだけ大げさな渡し方をして、これだけなのかと? 漠然とした物だが、もっと何か深い物があるのではないかと、どうしても深読みしてしまう。「美貴さんに相談して……」 提出するか無視するか、それとも開封するか? 考えがまとまらない美月は、美貴に連絡をしようとしてゲーム内連絡用の通信画面を立ち上げたが、いつの間にやら1つの新規メールが届いていることに気づき声をあげる。 メールが着信すれば判るように設定していたはずだ。 もしかしたら買い物に夢中で見逃していたのだろうか。 麻紀や他の誰かからの緊急連絡かと思い、ついそのまま開封すると、新しいウィンドウが立ち上がり、『求む! アーケロスファイル!』 やけに禍々しい紋章らしきデザインをバックにそんな一文がでかでかと表示されていた。 艦を編成し自動運行で出航させたり、艦整備や乗員訓練などの指示をしたあとは、目的星域にたどり着くまで少しばかり操作時間が空いている。 無論自分で搭乗艦を操作したり、訓練の詳細指示や直接操作を行って経験値効率も上げることも可能だが、大半のプレイヤーは別のことにいそしんでいた。 あちらこちらで集まって情報交換したり、各企業ブースを回り取扱商品リストや購入したグッズが、どうゲーム内で反映されるか。 手探りの攻略はまだまだ始まったばかりだ。 そんなプレイヤー達と同じく、美月達も最初の買い物やクエスト申し込みをすませ、艦が目的惑星や宙域まで移動している僅かな時間を使い、それぞれ会場の開いているスペースに移動しVR通信で作戦会議を行っていた。 その議題の内容は、特別オープニングイベント『暗黒星雲調査計画』に継いで判明した情報ファイルについてだ。 その思わぬ正体に、美月達はこれからの行動方針で頭を悩ませていた。「裏社会へのパスポートですか?」 美月は提供されたファイルを共有ウィンドウに表示しながら鸚鵡返しに尋ねると、画面の向こうの美貴が面倒なことを眉をしかめながら頷く。『簡単に言えばね。元々、ゲーム内の裏社会。犯罪組織、反星連組織、闇商人シンジケートとかは、みんなも知ってるとおり、敵対キャラとしてクエストに出て来たり、討伐対象になってたりしてたでしょ。だからプレイヤーが敵対するだけのMOB組織だと思ってたけど、この説明を聞いた限りだとこっちも完全にプレイアブルね。これはまた厄介な事を最初から仕掛けてきたわね』 美月が受け取った新規メールがイベントの一環で有ると、それも相当に厄介だと美貴は断言する。『求む! アーケロスファイル!』 紋章つき単文メッセージにはご丁寧にも、空間座標を現すコードが添付されていた。 そのコードや紋章が指し示すのは、宇宙海賊やら反乱軍が跋扈する、いわゆる高レベル敵対MOBがひしめく危険宙域であり、そこに出現する組織の旗印だ。 このメッセージが来ているのは美月のように、アーケロスファイルを手に入れた者達のみ。 そしてゲームが始まり、何かの条件フラグが立ったのかアーケロスファイルを手に入れたという報告も少しずつ上がり、同時にその明らかに怪しげなメッセージが来たという話がでていた。 気の早い者は、その座標が近場だったので実際にすぐに向かい、正規軍に提出するよりも、桁が3つは違う報酬とレアアイテムが取得できたという情報も流れている。 ただ問題は、それを行ったプレイヤーの肩書きが反逆者となった事だ。 『反逆者って肩書が付くと、中央星域どころか星連の影響度が強い自治星域でも、犯罪プレイヤー扱いみたいね。一応は肩書を消すクエストやらも出現したみたいだけど、かなりの手間だし罰金としてお金もかかるようね……金山。今の段階で予測できるメリットとデメリットって表示できる?』『あいよ。デメリットの方はともかく、犯罪者側の方のメリット情報が少なすぎんぞ』 デメリット 中央星域及び星連の影響力が強い地方星系の入港禁止 主要航路を回るNPC艦隊からの敵性認定 一般プレイヤーから攻撃をされても、攻撃側にPKペナルティが付与されない 跳躍ゲートの星連直営ブルーゲート使用不可 個人所有や地方星系所持のイエローゲートも一部使用不可だったり利用料金高騰 同様に武器、燃料マーケットでも締め出しや、値段高騰 メリット 同組織所属性敵性MOB艦隊から攻撃を受けず、他プレイヤーとの戦闘時に援護がはいる 所属を問わず、一般貨物船や客船への襲撃可能。(襲撃スキルという新規スキルツリー解放、上位スキルに惑星収奪スキルや大海賊団スキルカテゴリー等の噂有り) 非公認ゲートであるブラックゲートや、ブラックマーケットと呼ばれる闇市場へのアクセス権付与(高額すぎるが、取得にレベル制限がかかるアイテムが低レベルでも入手可能だったり、高難度クエスト報酬のみのはずのアイテム名がリストに載っている)『括弧したのは確定情報じゃないからな。 反逆称号にもいくつかの段階があるようで調査中。情報を出すなら画像もあげろっての』 今も真偽不確かな情報が次々に上がるなかから、ざっと目に付いた情報が表示されていく。 メリット、デメリット共にずいぶん強力な感じが現段階でも見て取れるリストだ。『まともな星じゃ補給や訓練も出来無くなるけど、代わりに提供した組織に所属可能で、攻撃不可能な船も含めてあらゆる船を攻撃対象に出来ると』『ほほう。海賊やら反乱軍プレイも有りかぁ。中身がはいると今までのプレイヤー戦術が完全変わるねぇ。デメリットを受けた人柱サンに感謝感謝』『ただでさえAI難度あげてきたところに中の人も投入かよ。これ迂闊に高レベル地域に強行偵察したらいい餌食になるな』 低レベル状態で無理矢理高レベル帯に偵察を仕掛け、無理をすることで大量の経験値を稼ぐ方法も、ステータスは高いが画一的な反応が多かったNPC相手だからこそ出来る無茶だ。 『かといって犯罪者側の方もきついな。安定した航路とか大きな星系なんぞ、どこも守護艦隊が出現してるはずだ。難易度はこっちの方が跳ね上がってるぞ』「そうなると得られるメリットに対してリスクが大きいってだけでしょうか?」 もしそうなら自分の選択は素直に提出の一手だけだ。 そう考える美月に対して、画面の向こう側のKUGCの面々が一斉に首を横に振った。『まさか。あの人らが関わってリスクに見合うメリットが無いわけ無い無い』 『PvP盛り上げるためにしてもちょっと弱い。なんかこっちもあるだろうな。つーか絶対にある』『そうなると…………特別イベントの未知領域へのゲートって未発見だったわね』『そりゃそうだろ。その噂のゲートを探すのがまずクエストの、って! そうか! ブラックゲート!』 美貴の呟きに、すぐに金山が反応し声をあげる。 犯罪組織や反乱軍が所有する非公認でありステルス装備で隠匿された跳躍ゲート。通称『ブラックゲート』『未知のワープゲートっていうから、封鎖星域のゲートかと思ってたけどそっちもありだろ!』 未知領域にいたるゲートは、テスト終了直前に挑んで惨敗した無人艦隊が跳梁跋扈する危険星域に存在すると美月も思っていた。 だからあそこに挑むだけの戦力とスキルを揃えなければならないと。 それが父の行方を知る手がかりだからと。「……未知領域へのゲートがあるんですか」 しかし思わぬ予想に一瞬呆然としてしまう。 もしそこを使えば、無駄な時間浪費や、戦闘をせずに未知領域に挑めるかも知れない。 三崎が出した父の行方を知る為の方法は、オープニングイベントで入賞すること。 入賞する為には特別イベント関連のクエストをクリアして功績値を貯めなければならない。 他のプレイヤー達に先んずることが出来れば、初心者の自分でも対抗できるかも知れない。『ストップ! 落ち着きなさいって。可能性ってだけ。大体未知領域へのゲートって言ったて、それが1つかどうかも判らないんだから。複数あるゲートの1つって可能性もありでしょ。それにこれがブラフってのも十分あるわよあの外道マスターなら。目先のこれ見よがしの餌で釣られたら笑えないわよ』『……うぉ。やべぇ。忘れてた』『美味しい毒の作り方を心得てたね……そういや新歓麻雀でもこの感じで』『うぁぁっ! 言うな! あの悪夢は忘れろ!』 思わず舞い上がって勇み足にならないよう美貴が苦言を訂すと、すぐに全員が冷静さを取り戻す。 過去に何かあったのかトラウマを発症している者も若干いるが。 他プレイヤーを出し抜けるかも知れない。 自分だけが有利な情報を知っている。 先行有利。 そんなオンラインゲームプレイヤーの思考をよく知っているGM達なら、先読みさせて罠にかける手段も使いかねない。 美貴の言うことは確かに説得力がある。 それは美月にもよく判る。 『ともかくまずは最初のクエストをやって様子見。AIレベルがあがっているハードワールドに行くギルメンらは警戒厳重ね。美月ちゃん達もノーマルワールドでも、本番で何を仕掛けてくるか判らないのが相手だから気をつけてね』「…………」 だけど普通にやっていたら、自分は入賞することが出来るのだろうか。 どうしてもその不安が頭を過ぎる。 現にAI強化されたハードワールドではなく、慣れるまではとノーマルを選んでいる。 しかし難易度の違いはそのまま入手できる功績ポイントに反映される。 ゲーム初心者である自分が熟練のプレイヤー達に対抗するには……『美月ちゃん大丈夫?』「ぇっ……す、すみません! どうしようか考えていてぼうっとしてました」 思考の迷路に嵌まりかけていた美月は、美貴の声に我に返り頭を下げる。『今日一日だけの限定イベントだけど、少しでも情報を集めるから、それから決めれば良いわよ。まずはゲームを楽しむ。それが最優先よ。金山。そっちはアンテナ高めで頼むわね』 美月が浮かべた焦りや言葉に何を考えていたのか判ったのか、美貴は優しげに笑って励ます。 ゲームを楽しめ。 美貴の言うことは道理だ。 ここにいる皆はゲームを楽しむ為に参加しているのだから。 『人使い荒いな。どうせ情報収集でうちからも物好きな人柱が幾人か出るだろ。今のうちに弾丸特急と連携して進めとく』 攻略サイトも運営しているという大手ギルドの名をあげた金山が画面から消える。 早速情報集めに動き出したようだ。 口では面倒そうに言いながらも表情が楽しげなのは、攻略情報収集が楽しいからだろうか。 だが必死な自分に今はゲームだと楽しむだけの余裕はあるのだろうか。 気を使ってくれたり、協力してくれる美貴達には心の底から感謝しながらも、どうしても美月は隔たりを感じていた。 飛行中のメイン浮力を生み出す大型回転翼が停止し、横向きの推進モードになっていたティルトローターが角度を変えて上向きの垂直離着陸モードにかわる。 ゆっくりと降下を始めた巨大飛行船蒼天は、滑走路の一角にその巨体にもかかわらずふわりと柔らかく着陸した。 すぐに艦底部格納庫の大型気密隔壁が開いてスロープが下ろされると、そこから大型の無人低床トラック十数台が降りてくる。 さらにあらかじめ空港内に待機していた同型のトラック数十台も、メイン会場となっているエプロン周辺のあらかじめ決められていた位置へと分散していく。 移動したトラックが停止して車輪を固定し、コンテナの扉を開いて、コンテナ内に折りたたまれていたアームを伸ばし、積み込まれていた連結型簡易式フルダイブ筐体を展開。 荷台から10メートル四方に展開された4列5席の計20シートに、電源車でもあるトラック本体から電力が供給され、荷台に積まれていた粒子通信ネットワーク端末との回線を繋げ終える。 設置時間約5分。 あっという間に1000人以上が同時使用可能なフルダイブ専用シートが設置されていた。「さっきの衣装を作ったのホウさんかよ」 FPJギルドマスターロイドこと井戸野はオープニング会場の熱気にゲーマー魂がうずくのを何とか我慢して、本業の取材を続けていた。 会場を見渡せる搭乗ロビーの一角、喫煙ルームに位置取り、即席で組み立てられるフルダイブ用設備の様子を撮影しつつも、旧知の仲である弾丸特急ギルドマスター鳳凰こと大鳥への独占取材を続けていく。「まだ完成形じゃないけどな。数回使ったらダメになるからコスト面でもあんまりよろしくないんだが、インパクト重視ってことだ」 ロイドから取材料としてせしめた煙草を、ゆっくりと肺まで吸い込みながら大鳥は、共有ウィンドウにデータを表示する。 デザインや個人微調整が簡単に変更可能な特殊素材といえば聞こえは良いが、諸々の経費を含めて1人分の生地だけで都内に一戸建てが土地付きで建てられる計算。形状変更機能だけで無く、硬度変化や色彩変化まで盛り込んだ新素材の開発途中で、端から耐久性や採算性は考えていない。 健康志向やら世間のしがらみで長年攻防を続けていた1カートン198の大台を昨年ついに突破し2万円に入った煙草代を惜しむ大鳥からすれば、そんな代物をリアル投入は大盤振る舞いも良いところだ。「しかしそれシンタの奴がよく反対しなかったな。他に手を考えるだろ」「アリスが資金調達手段なんかを秘密裏に進めた。下手したら今頃は喧嘩してるんじゃないかあいつら」「またかよ……かわらなさすぎんだろ」 雑談に近いインタビューを交わしながら、井戸野は眼下や周囲を見渡して、お祭り騒ぎになっている会場の様子も収めていく。「3階のペットショップブースの猫缶。3缶セットで15ポイント。ゲーム内での戦闘用生物のHP完全回復効果にあわせて、食べてる猫画像と一緒に投稿アップで、30日間モンスターテイミング成功率+だとよ。お前んち猫飼ってたな!」「動物使役系か。有りだな。よし行くぞ!」 設置された企業ブースをいくつも見て回ったり、目当てのものや、実生活で実現可能な追加条件が出ていると聞いて売り切れ前に走るプレイヤー達。「冷たいコーヒーフロート10ポイントでいかがですか! 搭乗員の疲労回復効果に加えて、ゲーム内で1週間のあいだ目玉販売商品リストに登録可能ですよ!」「植物園ユニット購入で、チューリップの球根をプレゼント中。ゲームで育て方を学びながら上手く咲かせてみませんか~。リアル連動機能で3ヶ月の植物育生ブーストが発生しますよ~。プランターセットで300ポイント。ご自宅まで配送可能です~」 他ブースに負けないように声を張り上げる呼び子達が、ゲーム内データと連動したグッズという名のリアル商品を宣伝している。 提供されている商品は全て、協賛企業からの試供品だったりお試しサービスだ。 新規開発商品のマーケティングや、宣伝目的のみならず、VR規制によって敬遠されて業績を悪化させていたVRカルチャー教室等々。 手広くというよりも、節操なくといった方が正解なラインナップは、リアルのあらゆる行動、活動がPCOに影響され、またPCOでの行動もリアルに影響するという、双方向関係性のコンセプトを目指しているからだろう。 会場内では走らないでくださいと、半ば無視されて空しい注意放送が響き渡り、騒々しいことこの上ない。 仮想世界を楽しむのがVRだというのに、そのオープニングイベントでリアル世界をここまで活気に溢れるさせるとは。 時間制限、機能制限を盛り込んだVR規制条例があるから仕方ないとはいえ、逆境を逆手に取り、周囲を巻き込んでいくその手管は、追い詰めれば追い詰めるほどに生き生きとしていく三崎の手その物だった。『謀ったわね! 謀ったでしょ!? あんな楽しそうなのやるなら私も混ぜなさいよ! もっと盛り上げて見せたのに!』「アホか! てめぇが参加したらさらに時間がかかるだろうが! しかもサカガミ一人で手一杯なのにセツナの負担が限度越えるっての! 経費がかなりかさんでるのに時間まで越えられるか!」 ちっ! 案の定クレームを入れて来やがったなアリス。クソ忙しいってのに。 銀河各地で同時展開中の仕掛けを確認しつつ、アリスの対応をしているがこちらが不利だ。『それくらいならセッちゃんなら大丈夫! ゲームで暴れればすぐに解消するでしょ!』 お気に入りのオモチャを取り上げられた子供のように半泣き半切れなうちの嫁に、お前そろそろ一児の母だと自覚しろといいたい。 だがそれを言ったらお前も一児の父の自覚しろと、周囲総ツッコミなのは目に見えている。 現場泊まり、長期出張(ちょいと銀河中央まで数年)当たり前な仕事馬鹿の自覚くらいはある。「いきなり餓狼モードのセツナなんぞ出たら阿鼻叫喚だろうが! ゲーム内で収集付かなくなるわ!」 ストレス最大状態のセツナの戦闘力は、短時間だけならロープレモードアリスさえ上回る暴虐の嵐。 目に付くモブ敵のみならず、動いている相手にとりあえず斬りかかっていく通称餓狼モードの時は近づけば死あるのみだ。 リアルの鬱憤をVRゲームにぶつけるのは、ゲームの使い方としては正解っちゃ正解なんだがバーサカーぶりに限度があんだろ。「そんなことより教授との友好度しっかりアピールしたんだろうな! 一応公式じゃファーストコンタクトだろうが!」『当たり前でしょ! 仕事はきっかりやるわよ! そっちこそコソコソと画策しすぎて肝心なこと見落としとかしてないの!』「物の見事に見落としたわ! てめぇが原因で! 会場設備の方はともかく、なんで繰り返し使用が不可能な衣装の方まであんなクソ高い素材使ってやがる!」『べーだー。それは概要だけざっと見て、詳細書類を見落としたシンタが悪い! いいでしょ予算内には収めたんだから!』 他に手はあるのに予算ギリギリまで使うって、お前はどこの決算期の役人だ! 重要度の低い書類束に紛れ込まされて、つい見落として承諾したのは痛恨のミスだが、相変わらず油断ならない。 ギャアギャア言い争いながら、俺は各地の進行度、ステータスを確認し調整が必要な場所を確認して、トップであるアリスに認証させていく。 口喧嘩しつつもアリスは即座に既読にして、いくつか細かい注文をつけて送り返してくるので、負けじと即座に修正案を加えて再提出。 言葉の応酬とともに、書類の押収で優劣をつけてやろうと俺らは互いに全力を出していた。『お二人ともそろそろお戯れはよろしいでしょうか。次のステージが始まりますよ』 何時もと変わらない冷静さだが、若干呆れ気味にも聞こえなくもない声でリルさんが俺達に注意を促す。 俺の方は、エリスの介入で急遽変更して追加したイベントにおける美月さん達を初めとしたコアプレイヤーの動向確認と、それに合わせた攻略調整。 アリスの方は、蒼天を中心とした位置情報ネットワークシステムのプレゼンからの、地球圏での情報通信網への攻略。 地球人の俺が宇宙を攻略し、宇宙人のアリスが地球を攻略。 役目がそれぞれ逆じゃねぇかと思わなくもないが、どちらも失敗は許されない計画の要だ。「いつでもどうぞ! アリス抜かるなよ!」『準備できてるわよ! シンタもヘマしないでよ!』 ここでまだ準備ができてないと答えたら、相棒に何を言われるやら。 アリスの方もそう考えたようで、俺らは同時に準備完了だと言いあって、そのまま画面越しに睨み合いながら、捨て台詞なエールを投げ合って、通信をほぼ同時に切った。