「ナデシコより通信をキャッチ」「ん、やっとか……」ナデシコと併走飛行を続けることに少し退屈さを感じていた所にエイダの静かな声が届く。数十分前、ナナシという人物が乗る機動兵器を無事ナデシコに届けた時に、自らをプロスペクターというちょび髭のオッサンから話したいことがあるので安全が確認できるまで一緒について来てほしいと言われていたのだが、漸くその安全が確認できたらしい。「さて、一体何の話か聞かせてもらうとしますかね」「通信繋ぎます」9話:パラレルワールド「すみません、お待たせしました」通信用画面にちょび髭のおっさんの顔が映る。「ああ、ずいぶん待たされたぜ」「いやはや、それは申し訳ありません」待たされたことに少し皮肉を返してみたが、相手は申し訳なさそうに答えつつもまったく動揺した様子を見せず軽くかわされた。どうやらこういった会話には慣れているらしく、見かけどおりの普通のおっさんではないらしい。「まあ別に気にしちゃいないさ。 それより、一体何の話があるってんだ?」「話が早くて助かります」長ったらしい前置きは不要――というより嫌いだったので早速本題に入る。相手も、同じ気持ちだったらしくにっこりとした笑みを返してきた。「それで、私が貴方を呼び止めた理由なのですが――」「――っと待った、そっちの話を聞く前に一つだけこっちから聞きたいある」だが、相手が早速用件を切り出そうとした瞬間、その声を遮る。用件を促しておいてなんなのだが、こっちには一つだけ最優先で確認しなければならないことがあった。「ふむ、何でしょうか? こちらに答えられることならば可能な限りは答えますが」「なら教えてくれ。一体全体この火星の変わりようはどうなってやがるんだ?」赤くない火星。大気中に無数に漂うナノマシン。そして見たこともない未知の兵器そう、これらのまったくわけのわからない状況の理由を一刻も早くディンゴは知りたかったのだ。「はて、今その事をお聞きになる理由は良く解りませんが……今の火星の現状というのなら貴方も知っておられるでしょう。火星は木星圏からやってきた謎の宇宙人、通称木星トカゲによって襲撃され、見てのとおり今ではほとんど壊滅状態のはずです」「――!?」だが、返ってきた答えは、自分の予想をはるかに超えていた。「ちょっとまて! バフラムの連中は? 地球のやつらは一体何をやってたんだ?」一瞬耳を疑った。先ほど戦ってきた敵の持つ空間歪曲場は確かに厄介だが、バフラムのオービタルフレーム軍団が遅れを取るとは思えない。いや、それどころか十分圧倒できる性能をもっているはずだ。「バフラム……とは何を指すのかはわかりませんが、およそ一年前、当時の地球軍は相手の持つディストーションフィールドに対して有効な手段を持っておらず何もできず敗退しました。現在、火星に残っているのはほんの辛うじて生き残った避難民だけです」(ばかな……バフラムを知らない?)予想もしていなかった答え。(しかも火星は襲ってきた謎の宇宙人よって壊滅……それも一年前にだと!?)火星を襲った謎の宇宙人。壊滅した火星。まったく知らない事実に頭が痛くなってきた。「今更どうしてこんなことをお聞きになるのかは知りませんが、これで納得していただけましたかな?」「いや、最後に一つだけ聞きたい……」「はて、まだ何か?」「今は……何年だ?」「はぁ、今は2197ですが……それがどうかしたのですか?」質問に怪訝な表情で答えてくるプロス。だが、既に今の自分にはその答えに返答する余裕はなかった。「すまん、数分ほど通信を切る」「え、ちょっと待ってくだ―」その言葉と同時にプロスの台詞を最後まで聞くことなく通信を切る。そのまま項垂れるように頭を下げ、シートに持たれかかると深く息を吐いた。「エイダ」項垂れたままエイダに声をかける。「はい」「今の会話を聞いてたよな?」「はい、念のため通信データも保存していますので、ご希望なら再度確認も可能ですがどうされますか?」「いや、それはいい。それより……一体どういうことかわかるか?」いまだに混乱したままの思考。こんな自分の頭では、まともな考えができると思えない。だから客観的な視点を持つエイダに答えを求めた。「わかりました。先ほどの会話、そして現在の火星の状況を考慮した上で現在私達が置かれている状況を説明するのに、幾つか該当する答えがありますが、その中で最も有力だと思われる答えが一つあります」「……言ってくれ」「はい、それはここが『並行宇宙』俗に言うパラレルワールドであるというです」「はぁ!?」まともな返答を求めた矢先、更なる予想の上を行く答えがエイダから返ってきた。パラレルワールド。それがエイダが導き出した答えだったのだ。「……念のためもう一度聞くが本当にそれが一番可能性が高いのか?」「はい、他にも様々な可能性がありますが、先ほどの会話が全て嘘だったとしても、今までに収集した情報からみて間違いありません」一瞬聞き間違えかと思いもう一度問い返してみるが、返ってきたのはエイダの太鼓判を押した答えだった。「……ったく、信じられねぇな」並行宇宙、パラレルワールド、異世界。言葉やイメージとしての知識はあっても、実際に存在するかどうか聞かれればまず否定するような存在だ。まさか、そんな夢物語のような世界に自分が行くようなことになるとは思ってもみなかった。「ですが、可能性としては十分ありえる事実です」「ん、どういうことだ?」「あの時、確かにアヌビスの動力部をぶつけることでアーマーンの溜め込んだエネルギーを相殺しました。ですが太陽系を破壊できるほどのエネルギーを一度に相殺したため、その余波で空間の歪みが臨界を突破したのでしょう。それにメタトロン自体にも未だに未知の部分が多数存在します。そして恐らく私達はその歪みに巻き込まれ、数多くの要因が重なった結果、並行世界に飛ばされる結果になったのだと思われます」「なるほどな……」確かにエイダの言うとおりなら今のこの状況もありえるのかもしれない。何しろアーマーンには天文学的なエネルギーが溜め込まれていた。そのエネルギーを一気に相殺したのだ。それ相応の余波があってもおかしくは無い。しかも、その爆心地点にはメタトロンが大量に存在していた。メタトロンの空間を圧縮するという特性を考えれば、空間に穴が開くようなことがあるのかもしれない。「それに並行世界自体は量子理論で既に定義的には存在するとされています。事実メタトロンコンピュータの演算処理は量子的にみれば別の宇宙で行われているとされています。かの有名なシュレディンガーの猫やエヴェレットの多世界解釈を例にとってみても――」「だぁー、わかったからもう説明はいい。それよりここが並行世界だとして、どうやって元の世界に帰るかだ」説明を続けようとするエイダの声を遮り、強制的に話を変える。ちなみに、決してこれ以上量子理論など説明されてもさっぱりわからないからと理由ではない。「現在のところ考えられる方法は二つです。一つ目はこの世界の技術に異世界に渡る技術があると期待すること、二つ目はアーマーンを破壊した時と同じ規模の現象を発生させることです。ですが成功率から考えて二つ目の案はあまりお勧めできません」「後者は明らかに無理だしな……ってことは実質選択肢は一つだけってことか」仮に、後者の方法を実行しようとすれば、空間に穴を開けるほどのエネルギー、即ちアーマーンが溜め込んでいたエネルギーと同等のエネルギーが必要ということになる。だが、実際問題そんなエネルギーなど早々簡単に集めれるわけもなく、仮に集められたとしてもあまりに危険すぎる。「で、これからどうするかだ……」「元の世界に帰る手段を確保するためには、この世界の住民との接触が不可欠です。その点を考えれば、現在のところナデシコが一番有力候補です」「ま、やっぱりそうなるよな」どうやらエイダの考えと自分の考えは一緒だったらしい。何しろ、ちょうど都合よく向こうから接触をしてきているのだからこの機会を逃す手はないと言っていい。「よし、エイダ、とりあえず通信を再度繋いでくれ。相手に協力するか否かは話を聞いてからだ」「了解」同時に通信用画面が再度開かれる。そして再び数分前と同じく、いや、今度は少しあせった表情をしたプロス顔が映し出された。「いやはや、行き成り通信を切られたので一体どうなされたのかと心配しましたよ」「そいつはすまなかった。少しばかりこっちに問題が発生してな」「それはお気の毒に……して、その問題は解決されましたかな?」「ああ、一応はな」一瞬、こちらの事情を相手に話そうという案が頭に浮かんだがそれは直ぐにやめた。まだこちらの事情を話せるほど信用できる相手ではないとわかったわけではないからだ。「それでは、そろそろこちらのお話を聞いてもらってよろしいですかな?」「ああ、こちらから聞きたいことは今のところもう無いからな」どうやら余程待ち遠しかったらしく、その答えを聞くと同時に今まで見た中で最も嬉しそうに笑顔を浮かべるプロス。ここがパラレルワールドだとすれば、恐らく相手も少なからずこちらの特異性に気づいているのだろう。それによくよく考えれば、先ほど見てきた機動兵器とこのジェフティを比べれば明らかに異常だ。そしてほんの少ししか会話していないが、この相手がその事に気づかなわけがない。「それではさっそくお聞きしたいのですが……もしよければ貴方の正体を教えていただけませんか?」さっそく核心を突いた質問。気を引き締めようとした矢先だったが故に、一瞬表情が引き締まる。「……それは一体どういう意味だ?」「言葉の通りの意味です。貴方の乗っているその機体は連合宇宙軍はもちろんのこと、今までこのナデシコが確認してきた木星トカゲの機体にも該当する機体はありませんでした。それで、そんな機体に乗っている貴方の正体を知っておきたいと思いまして」こちらの心情を知ってか知らずか、相変わらず困ったような表情でそう答えるプロス。だが、その表情のその奥に潜む鋭い視線をディンゴは感じ取っていた。「なるほどな。だが、それを知ってお前はどうするんだ?」確かに最もな質問と言っていい。もちろんこちらとしては素直に答えるつもりはなかったが、それではつまらないのでもう少しばかり相手の反応を見てみることにする。するとプロスは済まなさそうな表情をしながら――。「そうですな……万が一貴方が私達の敵、そう仮に木星トカゲのスパイだったとすれば、私達は貴方を倒さなくてはなりませんので」――さらりとすごい返事を返してきた。「はっ、中々面白れぇ事言ってくれるじゃねぇか」「いえいえ、これは万が一貴方が敵だったらという話ですので安心してください」そう言ってナデシコの重力波の発射口をこちらに向けながらにっこりと微笑むプロス。それを見て思わず『ちょっとまて!』と口にしそうになった。明らかに言っている事とやっていることが矛盾している。もしも、こちらが不審な動きを見せた瞬間、あの発射口から黒い津波がこちらを襲うことは間違いなかろう。「って……しかも万が一の時のために準備も万端ってわけか」自分とナデシコの距離にしてもそうだった。既にこの戦艦の持つ空間歪曲場をいつでも展開できる準備をしているのだろう。併走している時に微妙に距離を置いて併走していたのは、フィールドの内側に入らないギリギリの位置を保つためだったのかと今更ながら気づいた。(まったく……いい仕事してやがる)まったく未知の相手に対し、準備を怠らない注意力。思わず舌を巻きそうになる。しかもこのままだと、こちらの返答しだいで最悪、戦闘にすら発展しかねない雰囲気だ。このままでは色んな意味でまずい。そう思い、再度気を引き締めようとした瞬間――。「ユ、ユリカ!? 交渉が終わるまでこっちにいろってプロスさんが――」「プロスさん、そんな話か方じゃあケンカになっちゃいますよ」――絶妙のタイミングで情けなさそうな男性の声と、どこか気の抜けた女性の声が割り込んできた「か、艦長、今は相手と交渉している最中でして……」「交渉もなにも、ナデシコの艦長としてそんな相手を脅すような交渉の仕方は認めません」同時に、青髪の女性がプロスに指を突きつけながら画面に割り込んでくる。そう、確かユリカとかいった名前の女性だったはずだ。「ヘンリーさんはナナシさんの命の恩人なんですよ。そんな人に対してこんな事したら失礼です。 それにヘンリーさんと話がしたいって言ったのも、願い事があるだけだって言ってたじゃないですか!」「しかしですな艦長、幾らこちらの助けてくれたとは言え、完全に味方とはわかるまでは安全のために」「だめです、艦長命令です!」「いや、しかしこの場合は――」緊迫した空気を一瞬にして崩壊させた女艦長は、あれこれ弁解するプロスの言葉をにべも無く切り捨てる。このユリカという女性は、戦闘中もそうだったが、相手を自分のペース巻き込む天才であるということが、眺めているだけでも容易に感じ取れた。先ほどまで自分に巧みな交渉(もとい脅し)を見せていたプロスに反論させることなく、ずいずいと押しきっていく。しかし、それでも、交渉人を名乗るだけあるのかプロスも必死に弁解と説得を繰り返している。「おい」「「……はい?」」だが、壮絶な言い争いをしているのはいいが何時までたっても終わる気配を見せない二人。流石に終わるまで待っているというのも億劫だったので声をかけた所、二人は呆けたような表情でこちらを見返してきた「まさかとは思うがお前ら、こっちの事忘れてねぇか?」「「あっ!?」」「って図星かよ!?」思わず突っ込みを入れる。前言を撤回しよう、この二人は交渉人でもなければ天才でもない……。ただのバカだ。「……」「……」「……えっと、あれ?」沈黙する男二人。そして状況を理解していのかその二人の顔を交互に見回す艦長。「艦長、今度こそちゃんと『お願い』しますので向こうで待っててくださいませんか」「え?」「副艦長、艦長をそちらへお願いします」沈黙を破ったのはプロスだった。流石にこのまままずいと判断したらしい。「さあユリカ、こっちで大人しくしてるんだ」「え、ちょ、ちょっとプロスさん、ジュンくん!?」青年が艦長を捕まえ、画面の外に引っ張り出していく。そしてプロスはそれを見送ると、そのまま何事も無かったかのように此方を振り返った。「それでは、交渉を再開しましょうか」「……ああ、そうだな」仕切りなおし言わんばかりにそう言って交渉を再開するプロス。だが、その額に微妙に冷や汗が浮かんでいたのをディンゴは見逃さなかった。「さて、交渉を再開する前に……貴方の正体に関してなのですがもう何もお聞きしません」「へぇ、それでいいのか?」「ええ。私としては少し不満なのですが艦長命令ですので、はい」そう言って苦笑するプロス。「まあ、この話はこれでお終いにしましょう。そろそろ本題に入りたいので」「……そうだな」示し合わせるようにうなずく二人。今度こそ、それが本当の仕切りなおしの合図だった。「んで、その本題ってのは一体なんだ?」「はい、先ほど艦長も仰られていたことなのですが、貴方の腕を見込んで一つお願いしたいことがあるのです」「お願いしたいこと?」お願い事という言葉に一瞬戸惑いを覚える。正体を隠しておいてなんだが、まさか素性も知れない自分にそんな事を言ってくるとは思っても見なかったのだ。だが、相手の方からこういった話を持ちかけてきてくれるというのは此方としてはありがたいことだった。「内容による。俺にだってできる事とできない事があるしな」「いえいえ、決して無理を言うつもりはありません」「じゃあそのお願いってのを聞かせてもらおうか?」「はい、私達がお願いしたい事……それはずばり、火星から脱出するのに協力してほしいということなのです!」何時に無く力を込めてプロスはそう答えた。彼が言うには、現在のナデシコは先ほどの戦闘で主動力部をかなり酷使したため、かなり不安定な状態になっているらしい。しかも、このナデシコの主動力部は大気圏内では100%の能力を発揮できない特性のため、単独ではこの敵陣のど真ん中である火星からの脱出が非常に困難だという。「先ほど計算してみましたが、貴方の協力が得られるか否かで脱出できる可能性がかなり違います。ですから是非とも――」「――俺に力を貸してほしいと?」「はい、その通りです」頭の中で思考を巡らせる。この提案を受ければ、相手の情報を得られる可能性は高い。それに今の自分達の現状を考えれば、この世界の住人に恩を売っておけるという利点もある。だが、同時にそれは自分もこの世界の戦いに介入するということでもある。このオービタルフレーム・ジェフティの存在はこの世界はでは異質だ。そしてそのジェフティに使われている技術も異質だといっていい。そんな存在である自分達が、この世界に大々的に介入すればどうなるだろうか……?(……面倒なことになりそうだな)深く考える必要すらないほど、厄介な未来が脳裏に浮かぶ。ディンゴとしては、これ以上戦争というものに関わるの勘弁してほしいというのが本音だった。「貴方にとっても悪くない条件だと思うのですが……それに、もしも貴方に仲間の方がいらっしゃるのならこの際、一緒に火星から脱出するというのも一つの手かと」「いや、あいにく俺は一人でね」「それならばなおの事ご一緒した方がいいのではないでしょうか? 貴方も一人では何かと不便でしょう」プロスは言葉巧みに自分達を自陣に引き込もうとしている。確かに彼の言うように、この世界では自分達は本当に意味で孤立しているといっていい。それを考えれば彼の要求を飲まざるを得ないということは自分でも良くわかっている。だが、何故か自分の中の迷いは中々消えなかった。そう、最後の一押しが足りないのだ。「エイダ……お前ならどうするべきだと思う?」ディンゴはその最後の一押しをエイダに任せることにした。「貴方が決めてください。私はそれに従います」「いいや、それじゃあ駄目だ。今回はお前が選べ」「無理です……プログラムである私にはそれを決める権限がありません」「んなもん俺が許可してやる。それにお前も一度ぐらい自分の道は自分で選んでみろ」自分で決めようとせず、こちらに決めさせようとするエイダの言葉をディンゴはあくまで拒否し続ける。「私が……選ぶ……」「ああ、そうだ」エイダの戸惑った声。恐らくこのような事を言われたのは彼女にとって初めての出来事なのだろう。いつもは瞬時返ってくる答えが、今回はなかなか返ってこなかった。「あのー、先ほどから誰かとお話されているようですが……もしかしてお仲間の方でしょうか?」エイダの答えを待っていた時、突然プロスの声が通信機越しに聞こえる。同時に、向こうにはまだエイダの紹介をしていないことに気がついた。「ああ、言い忘れてたが俺のもう一人の仲間みてぇなもんだ。 おい、エイダ、おめぇも聞こえてるなら自己紹介ぐらいしろ」「……私がですか?」「ああ、それぐらいおめぇもできるだろ。さっきの答えはその後でいい」「……了解」自己紹介をしろと言われ、一瞬戸惑いを見せるエイダ。恐らく先ほどの問いかけに対する答えが見つからず、考えがループし続けていたのだろう。中々行動に移そうとしないので、先ほどの答えを後回しにしていいと言うと、一瞬の間の後、自らの音声を通信機につないだ。「はじめまして」「おや、貴方がエイダさんでしょうか? できれば顔も見せていただけるとありがたいのですが……」「いえ、私には顔というものは存在しません」「はて、それはどういう……」「私は当機、オービタルフレーム・ジェフティの独立型戦闘支援ユニットです」「な!? ま、まさか貴方はAIなのですか!?」「はい、その通りです」向こうで目を見開くプロス。どうやら、エイダがAI(人工知能)という事に驚いていたらしい。「エイダがどうかしたのか?」「い、いえ、何でもありません」「ん、ならいいんだが」あからさまに怪しい態度を見せるが、あえてそれは突っ込まなかった。何しろ異世界なのだ。今更此方に何かしらおかしいことがあってもそれをいちいち突っ込むというのも馬鹿らしかった。「でだ、さっきの提案の答えなんだが……」「え、ええ、できれば嬉しい返事を聞かせてもらいたいのですが」「答えは……おいエイダ、お前の答えはでたか?」「貴方が答えるのではないのですか?」「ああ、今回はちょっと特別でな」AIに選択を任せた自分がかなり奇異に見えたのだろう。プロスは、先ほどまでとはまた違った驚きを見せている。まあ実際自分もこの重要な判断を、何故エイダに任せるような気持ちになったのかはよく理解していない。しいて言うなら……そう、短い間ではあるが、今までコイツは自分の無茶な選択に付き合ってきてくれた。それにコイツは今までアーマーンを破壊するというたった一つのプログラムに縛られて生きてきたのだ。ならばこそ、コイツにも自らの運命とやらを選択する権利ぐらいあってもいいのではないかと思ったのが理由なのかもしれない。「では、エイダさん。貴方の答えをお聞かせ願えますかな」「……わかりました。私はそちらの提案をのむことに賛成します」「交渉成立ですね」にっこりと笑顔を浮かべるプロス。そして、それがエイダが生まれて初めて選んだ自分の答えでもあった。「なるほど、それがお前の選んだ答えか」「はい、これがあらゆる可能性を考慮した上で、もっとも元の世界に帰れる可能性が高い答えでした」「本当にそれだけか?」「少なくとも相手の艦長は『信頼』できると判断しました」「……へっ、言うようになったじゃねぇか」「今までの情報から推測した結果です」淡々とそう答えるエイダ。だが、ディンゴはその答えを聞いてニヤリとした笑みを浮かべた。このAIは今自分が発した言葉の意味を本当に理解しているのだろうか。コイツは自分から相手を『信頼』できると言っていたことに。「さて、交渉もまとまったところで……」「ん、なんだ?」「はい、さっそくなのですが――」「あ、ルリちゃん……にナナシさん!?」無事(?)交渉もまとまり、プロスがさあ何か言おうとした時、艦長の素っ頓狂な声がそれを遮る。どうやらブリッジに誰かが入ってきたらしい。「おや、ナナシさんじゃないですか? もう動いて大丈夫なのですか?」「ああ」直後、画面に映る妙にシュールな二人組み。片や黒ずくめの怪しげな男もう片方は、戦闘中に一度だけ通信画面で見た銀髪の少女だった。「それでナナシさん、ブリッジに何かご御用でも?」「はい、ナナシさんがヘンリーさんと話がしたいって……ナナシさん?」少女が説明しようとした矢先、プロスと自分の間にすっと割り込んできた黒ずくめの男。そして変わったバイザー越しに視線を向けてきた。「何だてめぇ?」「貴方がヘンリーか?」交錯する二人の視線。そして、この世界に迷い込んできた二人の異邦人の最初の顔合わせであった。__________________今回はアヌビスパート