「通信、繋がりました」ブリッジに一際高い少女の声が響く。同時に正面のメインモニターに一人の人物の姿が映しだされた。6話:非常識な常識そこに映されたのは一人の男だった。年齢は恐らく二十代後半。褐色の肌に、短めの白髪をした少しだけ風変わりな様をしている。「こちらは機動戦艦ナデシコ艦長ミスマル・ユリカです。行き成りで不躾ですが貴方は誰ですか? それと敵さんですか、味方さんですか?」そして画面に映った男性に対してのユリカの第一声がそれだった。「ちょ、ちょっと艦長、行き成りそれは失礼じゃないかしら……」余りに率直なユリカの質問に、思わずぼそぼそっと彼女にそう告げるミナト。確かに敵か味方分からない相手には違いないのだが、普通の人ならば初対面の相手に行き成りそんな質問をされれば気分を害するのではないかと彼女は思ったのである。「まさか行き成りそう聞かれるとはな……まあ、名乗られたなら名乗らなきゃな。こっちはディ……ヘンリー・Gだ。そして、お前の敵か味方かはまだわからねぇが、今俺が戦ってるこいつらは俺の敵だな」だが、このモニターに映った人物だどうやら少し普通では無かったらしい。ユリカの問いに一瞬呆気に取られたような表情をしたが、直ぐにニヤリと唇を歪めるとあっさりとその質問に答える。「じゃあ、味方ですね」「ちょ、ちょっと艦長、そんなにあっさり信じていいんですか!?」「だって昔から敵の敵は味方っていうじゃないですか。だから大丈夫ですよ」あっさりと相手の答えを都合よく解釈するユリカ。その答えに呆れ顔を浮かべる周囲のクルー。だが、直ぐに皆『まあ、艦長だし』と納得する。「それで、ヘンリーさん聞きたい事があるんですけど」「手短にな」「はい、その貴方が回収したエステバリスのパイロットは無事ですか?」その質問をすると同時にルリがはっとした表情をしてユリカの方を向く。ユリカはそんなルリに対して軽くウインクをして返した。「エステバリス……ああ、この機動兵器の事か。なら生命反応は確認したから恐らく無事だ」その答えを聞いた途端、ルリの表情が変わる。絶望から希望へと。「で、このパイロットはお前さん達の仲間なのか?」「はい、その人は、ナナシさんは私達の大切な仲間です」ヘンリーの問いに力強く答えるユリカ。彼女は先ほどの自分が言った言葉を反芻していた。彼女はナデシコを守るために一度は彼を切り捨てた。それは十を守るために一を切り捨てる選択。それは『戦艦の艦長』として正しい選択だった。そしてナナシもあの時は正しいと言った。だが、違ったのだ。そう彼女は『ナデシコの艦長』なのだ。誰一人失いたくない。普通に聞けば笑われるような理想。「今からヘンリーさんを援護します! ルリちゃん、グラビティブラストの目標をを敵戦艦にしてください!」だが、そんなバカらしい理想を彼女は選んだ。その名の如く気高く堂々とした自分らしい生き方、『ナデシコの艦長』らしい生き方を彼女は選んだのである。例えそれが『戦艦』の『艦長』として間違っていたとしても。それは他のクルーも同じだった。たった一人、皆が絶望した中諦めなかった人物。自らの命を賭してナデシコを救おうとした勇者を助けたいと感じていたのだ。「ちょっと艦長さん。貴女、本気でそんなこと言ってるのかしら?」だが、ただ一人納得していない者がいた。「はい、もちろんです!」「なら、どうやって助けるのかしら?」「グラビティブラストで敵戦艦を殲滅、ミサイルで援護しつつ、その間にエステバリス隊でナナシさんを回収します」ユリカは自分が考えいた作戦をイネスに伝える。だが、イネスはそれを聞くと冷めた視線でユリカを見つめた。「まったく……本当に正気を疑いたくなるわね」「どういうことですか?」「だって貴女の作戦はあの未確認機動兵器のパイロットが完全な味方という前提のものでしょう? でも、相手は一度も『味方』とは言ってないのよ」「でも、少なくとも敵じゃないと思います」「そうかもしれないわね……でも、貴方達は気づかないの? あの機体は異常さに……」イネスはそう言って戦場を映しているモニターを指さす。「よく考えてごらんなさい。この機動兵器が使っている敵を追跡するレーザー、何も無い所から現れる爆弾、そしてディストーションフィールド無しにグラビティブラストすらも防ぐ防御機能。こんな私ですらも見た事がないオーバーテクノロジーを積んだ機体が一体何処の誰に造れるんでしょうね?」イネスはまるで得体の知れない物をみるかのような視線でモニターを見つめる。その問いに動き出そうとしていたクルー達の動きが止まる。そう、確かに彼女の言うとおりなのだ。混乱の中気づいていなかったが、単騎で、しかもエステバリスを一機抱えた状態でバッタの大群を凌いでいる能力。いままで出てきたどの系統にも当てはまらない特異なフォルム。確かに、直ぐに信用しろと言われれば躊躇してしまう相手である。「分かってもらえたかしら?」皆の表情を見て、満足したかのようにイネスは言った。「私はこのまま当初の予定通り、ナナシ君を見捨ててさっさと逃げることをお勧めするわ」それはクルーに取って悪魔の囁きに聞こえた。確かにナナシは助けたい。だが、イネスの説明によって生まれてしまった謎の機動兵器への疑心暗鬼。そして、既にナナシが自分を見捨てていけと言った事実。この相反する二つの感情のぶつかりが一瞬、クルーの心は揺がせた。「だったらもし味方だったらどうするんですか!」だが、それでも揺らがない者がいた。「ナナシさんはナデシコのために命を賭けてくれました。だったら今度はナデシコがナナシさんのために命を賭ける番です!」それは普通に考えれば余りに非常識な発言だった。「それに、きっとこのままナナシさんを見捨てたら『ナデシコ』は『ナデシコ』じゃな無くなっちゃうような気がするんです!」だが、その言葉は間違い無く『ナデシコの艦長』としての言葉だった。「グラビティブラストの標準敵戦艦に修正完了しました。いつでも発射可能です」静かなルリの言葉が静まったクルーの心に一滴に雫となって舞い落ちる。「艦長、ナデシコ何時でも動けるわよん」落ちた雫は、止まっていたクルーの心に小さい波紋を生み。「こちら格納庫、エステバリスは何時でも発進準備OKだぜ!」そしてそれは大きな波へと変化し、大きな力を生みだした。「ようし、行くぞお前ら!」「うっしゃー、燃える展開だぜ!」「あーん、待ってよう」「ふふ、艦長の言葉に皆感動……」駆け出して行くエステバリスのパイロット達。準備を始める格納庫の整備班。他のクルーもそれに呼応するかのように動き始める。そう、ユリカの言葉は確実にクルーの心を掴んだのだ。「ヘンリーさん、少し長くなりましたがそう言うわけです!」ユリカはその事実を確認すると、持ち前の天真爛漫な笑顔で今まで黙っていたヘンリーにそう伝える。「……いい仲間達じゃねぇか」ヘンリーは一瞬驚いたような表情をしたが、直ぐにまた先ほどのニヤリとした笑みを浮べ、そう返す。「はい、このナデシコのクルーは最高の人材が揃ってますから♪」性格は問わず能力だけは最高の人材を集めた最新鋭の戦艦。だが、今はもう違う。性格も能力も全てが揃った最強の戦艦へとナデシコは成長しつつあるのである。「グラビティブラストで敵戦艦を撃破後、エステバリス隊で援護に向かいます。ヘンリーさんはそれまで持ち堪えてください!」------------------------------------威勢の良い声が響くブリッジ。目まぐるしく動きだすクルーの姿。「非常識にもほどがあるわ……」そんな光景を一人置いてけぼりにされたかのように眺めていたイネスはひっそりと溜息をついた。「まさかたった一人を救うためにクルー全体の命を賭けるだなんて……まったくこんな非常識なクルーを集めた人の顔が見てみたいわ」「いやはや、それを言われると少し辛いものがありますな」背後から行き成り聞こえてきた声に、イネスはと少し驚きながら振り向く。そこにはいつの間にかプロスペクターが佇んでいた。「貴方なのかしら? こんな非常識なクルーを集めたのは?」「はい、そうです。このナデシコは性格は問わず、能力は一流のメンバーで構成されていますので、はい」「だとしても、もう少し性格は選んだ方がよかったんじゃないかしら……特に艦長は」イネスは少し皮肉を含んだ言葉をプロスに送る。「いえいえ、やはりこのナデシコの艦長は彼女にして正解でした」だが、プロスはいつもの笑顔でそう彼女に返す。「あら、どうしてかしら?」その答えが予想外だったのか少し驚いた表情でそ聞き返した。「これだけ非常識なクルーの心をこれほど掴める人物は彼女以外にいませんので、はい」相変らずの笑顔でそう答えるプロスに、彼女は再び目まぐるしく動くクルーに視線を戻す。先ほどまで意気消沈していた気配は既にそこにはない。皆一様に何かを信じているような、希望に満ちた表情にはそこにはあった。「それに、何だか上手くいくような気にさせてくれるんですよ、彼女は……もちろん何の根拠もありませんが、はい」「確かに……そうかもしれないわね」そしてそう答えた彼女も、自身がいつの間にか何の根拠も無しにこの作戦が上手くいくような考えになっていた事に気づかされた。「まったく……不思議な艦ね」「それがナデシコですから、はい」そう言って二人は目まぐるしく動くブリッジを見渡した。__________________________あとがき今回はナデシコパート。良くクロス作品でどちらを主役にするかという話がありますが、私はクロスされた作品に優劣は無いと思います。簡単に言えばどちらも主役ですね。