「タイミングはこちらから指示します」「わかった」はきはきとした声でそう告げてくる画面の中の女性。ディンゴはそれに対して軽く肯いて返す。「ありがとうございます。それじゃああと少しの間だけ……ナナシさんをよろしくお願いします!」7話:人工知能の心女性は最後にそう告げると笑顔のまま通信を切った。もちろん通信自体はいつでもできるように、回線自体は繋がったままである。通信が切られ、再び静かになるコックピット。戦闘が続いているのに静かというのは変かもしれないが、通信から聞こえてきていたナデシコと呼ばれる戦艦の艦長とクルーの会話が聞こえなくなったためそう感じるのだ。そしてそんなコックピットの中でディンゴは通信画面の向こうでの会話を思い出しながら、苦笑を浮かべていた。「何故、あのように簡単に信用なされたのですか?」そんなディンゴに対し、尤もな質問をするエイダ。何しろあれほど不確定要素の多い相手だ。何の確証も無くその相手の言葉を信用した理由がエイダにはわからなかったのである。「大切な仲間助けたい……その言葉を信用しちゃあ悪いのか?」「相手が嘘をついていないならばの話です。ですが今回の相手は信用するには情報が不足しています」ディンゴの答えに対し、予想通りの返答をしてくるエイダ。だが、ディンゴはその返答を聞いて再び笑みを浮かべるとこう答えた。「確かお前の言うことは正論だな……だがな、あの女の言葉は嘘じゃねぇ」「貴方の言葉の根拠が理解できません」「ま、簡単に言えばあの女の言葉は俺の『ここ』に十分響いたってわけだ」ディンゴはそう言って自分の胸を指す。「上っ面だけの言葉は『ここ』には響かねぇからな。あの言葉は俺の『ここ』に十分響いた、だから信用したのさ」もちろんそれは科学的にみればあまりに不確定な事実でしかない。だが、ディンゴにはわかった。バフラムでランナーをしていた時代に培った経験が、ジェフティを通じて知り合った者達と育んだ心が、信用しろと告げていたのである。「……理解不能」「はは、確かに今のお前にゃあわからねぇだろうな。……そうだな、もしもお前があの戦艦の艦長で、この俺が抱えている機動兵器のパイロットがあのレオって坊主だと仮定してみればわかるんじゃねぇか?」「仮定の意味が不明です……何故そこでレオがでてくるのでしょうか?」「はは、それこそ自分で考えろ」まるで戦闘中とは思えぬ会話が繰り広げられているにもかかわらず、何故かジェフティの動きは乱れる様子がない。いや、寧ろ先ほどよりも活き活きとさえしているようにすら感じられるほどだ。ディンゴは飛んでくるミサイル群をH・レーザーで迎撃しながら、ふと近寄ってきたバッタを捕まえる。そして、何を思ったのか捕まえたバッタにゲイザーを纏わせるとそのまま敵陣目掛けて投げつけた。超高速で敵陣目掛けて飛来していくバッタ。人型機動兵器の戦闘の概念でありえそうでありえない光景。無重力下ならともかく重力圏内で、しかも数百キログラムはありそうな鉄の塊を、人間のように片手投げつければ腕の駆動系が壊れてしまうのが普通だ。事実エステバリスでも、少しの距離ならば可能なのだろうが、野球のボールのようにこれだけの高重量物質を投げるのは不可能である。だが、ジェフティはそんな常識すらぶち破るほどポテンシャルを秘めている機体だ。メタトロン技術の粋を集めて作られた芸術性すら感じさせるシャープなボディには、通常では考えられない強度とパワーが秘められているのである。飛んでいったバッタはそのまま敵陣にいた一体のバッタに激突する。流石にバッタのフィールドでは、超高速で飛来してきた自分と同サイズの鉄の塊(バッタ)を受け止めることはできなかったらしく、フィールドを貫通してそのまま敵のバッタに直撃するゲイザー付バッタ。だが、中途半端にフィールドが作用したのか、バッタは爆発することなくまるでビリヤードの玉のように弾けとびまわりながらゲイザーを次々と別のバッタに伝染させていった。「お見事です」「別にビリヤードは得意じゃなかったんだがな」自分でも予想以上に上手くいったことに少し驚きつつも、ゲイザーで電子機器が麻痺し動けなくなったバッタを通常のH・レーザーで破壊するディンゴ。初めは見たこともない敵に少し混乱していたものだったが、戦闘をしている内にパターンが読めてきたらしい。戦闘の合間に軽口を挟む余裕すらディンゴにはでてきていた。「通信をキャッチ。繋ぎます」そして先ほどの通信より約一分。準備が整ったのかナデシコからの通信が入り、通信画面が再び開かれる。「こちらナデシコ。今から座標を指定しますのでそこに移動してください」「……!?」今度は先ほどの女性とは違い、まだ十代前半であろう少女が座標を指定してきたことに一瞬驚くディンゴ。だが、今はそんなことは重要ではないと自分に納得させるとすぐさま短い返事を返した「了解」「データの受信を確認。指定された座標をレーダーに表示します」エイダはディンゴにわかるようにその座標をレーダーに表示する。同時に指定された座標まで一気にジェフティを移動させるディンゴ。その直後――「グラビティブラスト発射!」――繋がったままの通信の向こうからそんな声が聞こえると同時に、今までとは比べ物にならないほどの巨大な重力波がジェフティの横を通り過ぎた。敵戦艦に突き進んでいく巨大な重力の波。その進路上にいたバッタは一瞬で飲み込まれ、敵戦艦も一瞬だけ耐えたものの、超重力の前にあえなく圧壊、爆発炎上していった。「敵母船撃破、敵増援停止しました。後は敵小型無人兵器のみです」「こりゃあ……すげぇな」予想以上の威力にディンゴは珍しく呆気にとられた表情をする。ナデシコが放った重力波は、威力だけを見ればジェフティの武装でも最強の威力を誇るサブウェポン、ベクター・キャノンに相当するのではないだろうかディンゴにと思えるほどだったのだ。「ナデシコより五機、機動兵器の出撃を確認。どうやら援護に来たようです」重力波が発射された後、すぐさまナデシコから飛び出した五機のエステバリスが、それぞれフォーメーションを組みながらバッタ達を掃討しはじめている。どうやらこの敵とは戦い慣れているらしく、手馴れた様子で次々と敵機を撃破していた。「なかなかやるじゃねぇか……エイダ、H・ミサイルの再装填はもう終わってるよな?」「はい、30秒前に再装填は完了しています。いつでも発射可能」「よし、さっさと片付けるぞ!」「了解、H・ミサイルフルオープン」ジェフティの背後に無数のH・ミサイルが翼の様に展開される。その数17発、ジェフティが一度に発射できるH・ミサイルのぎりぎり限界の数だ。「ターゲットロック、発射します」火星の空に散らばっていくH・ミサイル達。直後、同数のミサイルが再装填され再び発射される。放たれたH・ミサイルの数は総数34発。恐らくその様はナデシコから見ればジェフティから鳥の群れ飛び立ったかのように見えただろう。しかもそれらはただの鳥ではない。その速さは隼の如く素早く、その嘴は名刀の如く鋭い。そしてそれらは有能なリーダー、エイダによって完全に統率されている。その彼女によって一発一発が完全に統制されたそれらは、お互いに接触することなく縦横無尽に火星の空を舞い、敵陣目掛けて突き進んでいった。それから後は一瞬だった……。火星の空に飛び交っていた獲物達を鳥達が食らい尽くすのは。「敵機全機撃破」「おいおい、俺の出番は無しかよ……ってか容赦ねぇなお前……」指示しておいてなんだが、予想以上のH・ミサイルの破壊効率に呆れるディンゴ。明らかに最初に撃った時の倍以上の敵を落としている。モニターに写るエステバリスとかいう機動兵器のパイロット達も同じ様に思ったのか、何か言いたげ視線をメインカメラ越しこちらに向けているように感じられた。「原因は貴方です」「は? なんで俺が原因なんだよ?」「貴方が先ほどおっしゃった仮定をシミューレションした後、何故か私の敵に対する処理能力が上昇しました。敵機を全て撃破できのはそれが理由です」「はは……そりゃよかったな」そう苦笑いをしつつディンゴはエイダの言葉に思わず冷や汗を流していた。何故か今のエイダには人間でいう怒気というものがディンゴには感じられたからだ。(とりあえず今後はこいつの前であの坊主のことを馬鹿にするのはやめるか……)ディンゴはそっと心の中で誓う何しろ相手は自分の命を預かっている相手なのである。「周囲の索敵を終了。戦闘行動を終了します」-----------------------------周囲に敵がいないことを確認したナデシコは、すぐさまナナシ機を未確認機から受け取った。そのあまりの急ぎように相手側も驚きの表情を浮かべていたほどである。もちろんその理由はある、ナナシの容態を心配したユリカとルリが急かしたからだ。「おい野郎共、いそげ!」ウリバタケが筆頭となり、整備班がコックピット周辺の拉げた装甲を引き剥がし始める。そしてそれらが完全に取り除かれるとその中にいるナナシの姿を確認した。「こりゃあ……おい担架だ、早く担架をもってこい!」ナナシの姿を見たウリバタケが一瞬目を見開き、すぐさま声を張り上げ担架を呼ぶ。そう、彼の目の前にいたのは全身を血だらけにし、ぐったりとしたナナシの姿があったのだ。即座に担架と共に駆けつけて来る医療班。コックピットから慎重に引きずり出されたナナシがゆっくりと担架に乗せられていく。「ナナシさん……」その光景をルリが心配そうに見詰めている。本来ならば未だにこの危険な区域でオペレーターが離れることなどあってはならないことなのだが、今は誰もそのことを注意する者はいなかった。「だいじょうぶよ、ルリルリ」そしてそんな彼女をミナトは背後からそっと慰めるように抱きしめる。少女は背後から抱きすくめられたことに一瞬体を震わせたが、そのまま何も言わず腕にしがみ付いてきた。その手はわずかに震えていた。それはおそらく恐怖のためだろうミナトは思う。だが、それでも何故ルリという少女がナナシをそこまで心配する理由が彼女にはわからなかった。今まで特に接点が見えなかった二人の間に何があったのかまったく分からないである。もちろん今のルリにそんなことを聞くわけにはいかない。いくら普段無表情で大人びた表情をしているように見えても、まだ11歳の少女なのだ。だから彼女はそれ以上何も言わず、ただ震える少女を抱きしめ続けた。(ナナシ君……起きたら絶対説明してもらうからね)そう心の中で呟く彼女の視線は、担架で運ばれる黒い男に向けられていた。_______________________あとがき次回はナナシ君とルリの関係が少し明らかに……(なるかもしれません)謝罪:戦闘シーンを一部書き足すの忘れていたまま投稿していました。本当に申し訳ございません。