夕食前にワルド子爵から、ギーシュとケヴィンの実力確認のあとは、すでに夕食だというのに、ケヴィンがルイズになかなか近寄れない。
キュルケがケヴィンにちょっかいをかけて、いるからである。
ケヴィンからしてみると、むげに断れない。
それがルイズの機嫌をそこねている根本で、そのおかげでルイズがワルドの口車にのりはじめている。
さすがにまずいと思いケヴィンは、夕食も適当に終わったところで、ルイズに声をかける。
「すまないけれど、2人きりで話をしたい。ほんの少しの時間でいいんだ」
「ああああんたはキュルケとサカッテいればいいんだわ」
ルイズが、可愛らしい顔を悪鬼のようにゆがめて答えていた。
ケヴィンが夕食前に同じことを言えば、ここまでこじれなかったであろうが、ルイズの気分は、もう最悪である。
「今日は、やっぱりワルドと一緒の部屋にいるわ」
話もないという風に、ルイズが自分に割り当てられた部屋に行く。
そこへ追い打ちをかけるように、
「ケヴィンくん、わるいね」
そういって、ワルドもルイズと部屋の中へ入って行った。
ルイズは、部屋の中でワルドと二人きりになったところでハッとした。
ワルドにせまられたら、最後まで赦しちゃうのではないかと。
そう思うと、なんとなく、身を固まってしまう。
ルイズが気分を落ち着かせようとテーブルにつくと、ワルドもテーブルにつき、店で用意してあるワインの栓を抜いて、2人の杯についだ。
ワルドがそのまま杯をかかげて、
「二人に」
ルイズはちょっとうつむいて、杯を合わせた。
「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」
今まで、ワルドやケヴィンに気をまわしすぎていたルイズは、ポケットの上から、アンリエッタから預かった手紙があることを確認して安心した。
魔法学院でのアンリエッタが最後に書き添えた一文の表情から、託された内容は予想できる気がした。
考え事をしている自分を、ワルドが興味深そうに覗きこんでいたので、
「……ええ」
「心配なのかい? 無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」
「そうね。心配だわ……」
「大丈夫だよ。きっとうまくいく。なにせ、僕がついているんだから」
ふとその時に、ケヴィンはこのあたりのことでも知っているのではないか、と思って考え始めて黙っていると、ワルドが小さいころの話を始めていたので、生返事をしていたら、
「……確かに、きみは不器用で、失敗ばかりしていたけれど……」
「意地悪ね」
「違うんだルイズ。きみは失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。魅力といってもいい。それは、きみが、他人にはない特別な力をもっているからさ。僕だって並のメイジじゃない。だからそれがわかる」
「……」
特別な力というのは、虚無のことだろうと考えたが、始祖の祈祷書を手に入れなければならないことはわかっている。
それが手に入らなければ、今のままだ。
アンリエッタ姫殿下の挙式の詔として貸与されるとのことだったが、なぜそのようなことになるのかは、思い当らなかったが、この手紙の任務を取り返すことなんだろうとは、思いついていた。
「きみは偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」
ワルドは熱っぽい口調で、ルイズを見つめた。
「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」
「え……」
「きみに悪い虫がつかないようにね」
ワルドにとって悪い虫とは、ケヴィンのことであったが、彼を使い魔とするにあたって、婚約の破棄を言われている。
誓約書では、そこまでかかれていなく簡易に婚約しとなっているが、一晩考えさせられたので覚えている。
ただ、ワルドとの婚約破棄について、どう説明しようかと1人で勝手に悩み続けていたルイズであった。
それをうまく表現する方法をみつけられなくて、
「あのねワルド。小さい頃、わたし思ったの。いつか、立派なメイジになって、皆に、父上や母上にほめてもらうんだって。まだ、わたし、それができてない」
小さい頃に思った話をだした。
ワルドは、ルイズの新しい婚約者になるケヴィンの話題を避けるためだろうと思い、
「わかった。この話は取り消そう。今、返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、きみの気持ちは、僕にかたむくはずさ」
ルイズはあいまいながらもうなずいた。
「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう」
その頃、ケヴィンたちは1階でワインを飲みながら、ハルケギニア式トランプであるカードで、サンクスと呼ばれるポーカーと似た内容のゲームをしていた。
最初はタバサも加わっていたが、一人勝ちしたところで、「もういい」と言ってぬけてしまった。
タバサにとっては、10日ほど前の仕事でのイカサマ賭博で、調子がくるっていないかの確認行為だった。
タバサはそのまま、また本を読んでいるので、残りの3人でおこなっている。
ケヴィンとしては、ルイズが部屋からでてくることを祈っていたが、それはならなくて、ギーシュと一緒の部屋でねることになった。
翌朝、朝食前にルイズとワルドがでてきて1階のテーブルにつく前に、ケヴィンがルイズに声をかけた。
「ルイズ、2人きりで話をしたい。ほんの少しの時間でいいんだ」
「きみ。昨晩も断られたんじゃないのかね? 往生際が悪いんじゃないかね?」
「ケヴィン。いいわよ」
「なにっ?」
「ほんの少しで終わるが、まわりにきかせたくないので、ちょっと隅の方ではなさせてほしい」
ルイズが了承をした以上、ワルドも驚きながらも無理には止めることはできない。
ちょっと1階のつきあたりになるところで、ケヴィンがサイレントをかけて、まわりとの音をさえぎった後に、
「ルイズ。キュルケを突き放せないのは訳があるんだ」
「……いいわ。聞いてあげる」
少なくとも聞く耳をもってくれているルイズに多少は安心をして、
「多分だが、俺たちの行動はアルビオンの貴族派、レコン・キスタに察知されているだろう。そこで、キュルケ達の戦力をあてにしないといけないんだ。それが突き放せない理由なんだ」
「わかったわ。信用してあげる」
ルイズとしては、昨晩は冷静さを欠いていたとトリステイン貴族のプライドの高さから、ケヴィンから言ってくるのをまっていたのである。
「けど、なんで教えてくれなかったの?」
「すまなかった。『フリッグの舞踏会』のあとに、キュルケが必要なことを言うと約束していたのに遅れて」
「他には?」
「あるけれど、今言っても信用されるかどうか……」
「いいから言ってみてごらんなさい」
「少なくとも、この任務中のワルド子爵との結婚は無い」
昨晩、ワルドに言われた内容に類似していることに気が付いたルイズは、
「任務中ということは、その後は?」
「ルイズは、使い魔が7万人を1人で切り込むところまで、結婚はしていないよ」
「その後は?」
「悪いが、今はここまでにしてくれないか」
機嫌を損ねるとわかっていても、ワルドのことを悪しざまに言うと、ルイズのことだから顔にでてしまうか、逆に反発されてしまうだろうと予想している。
それはそれで、まずいだろうから、
「ふぅ。わかったわ。キュルケのことは見ないふりをしててあげるけど、だからといってキュルケの手にのったら承知しないんだからね」
「ありがとう。ルイズ」
ケヴィンとしては、失敗しかねない状況だとおもっていた中での言質である。
ルイズも自分が聞いていなかったのも少々悪かったなと思っていたが、これでケヴィンの上をいけたと、多少は満足げであった。
朝食は早めに済まして、港町ラ・ロシェールへ向かう。
ルイズはワルドといるが、ルイズにしては、考えているという感じがでていて、ワルドの言葉にも返答が、滞りがちだ。
キュルケはケヴィンにちょっかいをだしているが、ケヴィンもほどほどに相手をしている程度である。
港町ラ・ロシェールの入り口でもある狭い峡谷では、上空からタバサのシルフィードとケヴィンのカイザーがいるからなのか、あるいはまだ日が落ち切っていないからであるのか、山賊のたぐいはいなかった。
それで、今は、ラ・ロシュールで一番上等な宿『女神の杵(きね)』亭にそろっていた。
『桟橋』での城船交渉にはワルドとルイズで向かったが、やはりアルビオンにわたる船は月が重なりアルビオンが一番近くなるスヴェルの月夜の翌朝とのことだった。
金をつめば、風石を余計にのせていく船もさがせばあるだろうが、貴族向けの船には、そういうのは無い。
そして夕食後の夜、宿の1階の酒場で全員が飲むことになった。
アルビオンへは明日ということになっているので、それを酒の肴にしている。
多分、そろそろ、傭兵が襲ってきても良いはずだが、フーケがかかわっていない分、どのように時間がかわるかは、わからない。
出発は明朝ということで、飲めるだけ飲んでいるのはキュルケと、ギーシュだ。
少しずつ飲んでいるのがルイズとワルドにケヴィンで、タバサはアルコールを飲んでいない。
外から妙な気配を感じているのはあらかじめここが襲われると考えていた上に、実際の戦場にもたっているケヴィンだけのようだ。
ワルドは、この際あてにならないだろうし、後ろから打たれないように気を付けないといけない。
その妙な気配が現れてから、ほんの少しで、玄関から傭兵の一隊が現れたので、魔法で各自応戦して、第一波を撃退した。
その間に手早く、床と一体化したテーブルの脚を折り、それを立てて盾にする。
さらに傭兵隊の第二波がきたが、メイジとの戦いになれているようで、第一波の迎撃をみて、こちらの魔法の射程距離を把握したようだ。
こちらの射程外から弓矢を射掛けてくる。
ケヴィンは、おそってくるのは把握していたので、今後のために精神力を温存するためにも、第一波に対してはマジックアローの射程をわざと短くしているので、まだ射程距離内にいるものも多いが、ワルドの言葉を待っている。
この様子を観察していたのか、ワルドが低い声で言う。
「いいか諸君。このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」
こんな時でも、本を読んでいたタバサが本を閉じ、そして、ワルドの方を向いた。
自身とキュルケとギーシュを指して「オトリ」と呟いた。
それからワルドとルイズとケヴィンをさして「桟橋へ」と呟く。
その上で「今すぐ」と言い、それを受けてワルドが、
「聞いての通りだ。裏口にまわるぞ」
「悪いが、足止めをしていてくれ。帰ったら、タルブ産の古いワインでもおごる」
「ねえ、ヴァリエール。勘違いしないでね? あんたのためにオトリになるんじゃないんだからね」
「わ、わかっているわよ」
ルイズはそれでも、キュルケたちにぺこりと頭を下げた。
酒場から厨房に出て、通用口にたどりついたところで、酒場から派手な爆発音が聞こえてきた。
「……始まったみたいね」
ルイズが言った。
ワルドがぴたりとドアに身を寄せて、向こうの様子をさぐる様子をみせている。
「誰もいないようだ」
ケヴィンからみるとそれが、意図されたものかどうかは不明だが、訓練された者ほど、与えられた条件に対して同じパターンを繰り返すという心理状況について、前世の知識で覚えている。
フーケがいなくても近いことになるだろう。
ワルドがドアを開け、3人は外へ出た。
「桟橋はこっちだ」
ワルドを先頭に、ルイズ、ケヴィンが続いて、月が照らす中、桟橋のある山へ向かっていった。
しかし、ケヴィンは、ここで背中にあるデルフリンガーを出すかで悩んでいた。
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2012.04.21:初出