ケヴィンとしては、このあとのつじつまあわせを悩んでいたが、時間的制約もあり、まずは確実そうな線からおこなってみた。
「ミスタ・ワルド。2人きりで、お話をさせていただきたいのだが、よろしいでしょうか?」
「……よいだろう」
「まわりに聞かせたくは無いので、サイレントをかけさせてもらいたいのだが」
「うむ」
ワルドとしては、ルイズとの婚約の話だろうと思っていた。
自分の風の偏在を何らかの方法で対処したのはたしかだが、それは風の偏在の油断だろうと思っている。
ここで何かをおこされても、ドット1人が相手なら、油断さえしなければ、おくれは取らずに、周りの援護も受けられるだろうと考えていた。
しかし、そこで待ち受けていたのは、
「お話をさせていただきたいのは、『聖地』のことなんだが」
ワルドは、絶句した。
聖地は自分が殺してしまった、母親の日記に書いてあった行くべきだと思っている場所だ。
その日記や、母親の肖像があるペンダントも身に着けている。
ケヴィンも、ルイズやサイトの行く末が、持っている本の通りにいくのか、大隆起に対抗は不可能でも、他の情報は集めていた。
ワルドの母がその時期としては珍しくアカデミーにいたことや、それが突然やめたことやら、ワルド自身が異常なほどに聖地の情報を集めていることも。
ワルドの返答が無いことから、ワルド自身が母親を殺めたことや、母親の日記を見たことに確認をもったケヴィンはこう言った。
「聖地へ行く確実な方法があるのだけど、聞いてみないかい?」
ワルドにとっては、まさに悪魔のささやきである。
その後、ワルドはケヴィンの話を聞いて、ワルドが一時茫然としながらも、ワルド自身に損は無い判断としたワルドは、それにのることにした。
ケヴィンからしてみたら、ワルドの口約束だが、現状影響を与えている部分が少ないところでは、相変わらず本の内容は信用できると思っている。
そしてここから、本から明確に外れだしていく部分だ。
いかに、ウェールズ皇太子の対応をするかである。
ワルドを味方につけるだけならば問題は無いが、事はルイズの機嫌にもかかわってくる。
感情に支配されやすいルイズの性格を考慮すると、行動の予測が難しく、当初思っていたより考えなければいけないことに気が付いていたケヴィンだった。
アルビオン大陸の下部にある雲の中で、巧な操船でニューカッスルについたイーグル号とマリー・ガラント号の一向は、年老いた老メイジの歓迎を受けた。
老メイジは、
「ご報告なのですが、反徒どもは明日正午に、攻城するとの旨、伝えてまいりました。まったく、殿下が間に合って、よかったですわい」
「してみると間一髪とはまさにこのこと! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな」
老メイジがウェールズのそばにいるルイズ、ワルド、ケヴィンを見て、
「して、その方たちは?」
「トリステインからの大使殿だ。重要な要件で、王国に参られたのだ」
「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、バリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃいました。たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が模様されます。是非ともご出席くださいませ」
ルイズたちは、ウェールズにつき従い、城内の彼の居室へと向かった。
城の一番高い天守は、王子の部屋には見えない、質素な部屋であった。
王子は、机の引き出しに入れてあった宝箱をとりだし、一通の手紙を取り出した。
それがアンリエッタの手紙であり、彼は改めて読み返し、そしてルイズに手渡した。
「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出発する。それに乗って、トリステインにお帰りなさい」
ルイズは受け取った手紙をじっと見つめているので、ケヴィンが声を出す。
「僭越ながら、私の使い魔である黄竜で、トリステインへ戻った方が、移動速度も速く、安全に帰れるでしょう」
ルイズは、ハッとした。
ケヴィンはこの先を知っていて、自分が亡命をすすめることを。
しかも、くやしいことに、失敗するであろうと。
いつものごとく、なんで事前に知らせてくれないのかと思うのだが、言っても『7万人を一人で相手にするのは避けたい』になるから、それ以上は問い詰められないでいる。
イーグル号での話では、ここでさえ5万人が相手らしいのに、いったいどんな状況で、そのようなことになるのやら。
ウェールズは、水時計をみて、
「もうまもなく、パーティの時間だ。きみたちは、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」
ルイズは部屋の外にでた。
ワルドとケヴィンは居残って、ウェールズに一礼した。
「まだ、何か御用がおありかな? 子爵殿」
ケヴィンは無視されているわけではないが、爵位を継承していない以上、この場での優先順位はワルドにある。
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
「なんなりとうかがおう」
ワルドはウェールズに、自分の願いを語って、それを聞いたウェールズは、驚きながらも快諾した。
ワルドは部屋の外にでて、ケヴィンはまだ残って、ウェールズに一礼した。
「まだ、何か御用がおありかな? フランドル殿」
「恐れながら、殿下にお願いしたい議が2つばかりございます」
「なんなりとうかがおう」
「僭越ながら、1つ目の願いは、始祖の指輪と秘宝をトリステイン王国へお預け願えないですか? 運ぶのは私目でも、大使であるラ・ヴァリエール嬢でも、殿下の御心のままに」
「先ほどの姫からの手紙には、そのようなことは書いていなかったが?」
「私目の家は古く、各種の書物が残っております。その中に始祖の指輪や秘宝についてのっておりました。そして、始祖の指輪と秘宝は、王家の血筋に現れる虚無の担い手に残しておくものであり、決して貴族派に渡してはなりませぬ。アルビオン王国の王家あるいは虚無の担い手を継げる者へ渡せるまで、トリステイン王国へ預けていただけないでしょうか」
「……虚無の担い手? 古い家系ならば、そのようなことが残っていても不思議ではない。船での水のルビーと、風のルビーを近づけると虹をつくるのを知っていたならば、そうであろう。風のルビーは、望みの通りにトリステイン王国へ預けよう。しかし、始祖の秘宝というと、僕も今ある場所は知らない。父王に尋ねてみよう」
ウェールズより、風のルビーを預かったケヴィンは、
「まずは、風のルビーにつきましてありがとうございます。始祖の秘宝につきましては、殿下が直接お尋ねするのではなく、間にどなたかを通して、殿下に情報が入らないようにしていただけないでしょうか?」
ウェールズは、なぜ自身へ始祖の秘宝について聞かないよう、告げられぬかわからず、
「なぜ、僕が始祖の秘宝のありかについて、知らないようにしようとしているのだ?」
「ラグドリアン湖から、水の精霊が護っていた『アンドバリの指輪』が盗まれたようなのです」
ウェールズは、話の展開が読めずに黙って聞いている。
「その『アンドバリの指輪』は貴族派にわたっているようです。指輪の能力は、偽りの命を死体に与えることです。殿下は、王家として、名誉ある死をお望みでしょうが、偽りの命を与えられた時に、始祖の秘宝の場所の情報を知っていた場合には、早々と貴族派に始祖の秘宝をさぐりあてられてしまうでしょう。それをさけたいのです」
いっきに言ったので、ウェールズの反応をケヴィンは待つ。
「うむ。理由はわかった。そのように手配しよう。さて、議は2つあると申していたが、もう1つとは?」
「姫殿下の望み通りのトリステイン王国への亡命もしくは……」
「アンリエッタの望みとは知らぬが、もしくとは?」
「怒らないで聞いていただきたいのですが……爆死です」
「……爆死? なぜ、そのような不名誉な方法で、僕は死ななければならないのだ」
さすがのウェールズも先頭にたって死ぬつもりだったので、爆死など本来なら論外であった。
「先ほど言いました、偽りの命の問題です。これを使われた場合に、殿下がどこまで能動的に貴族派へ話すかはわかりませんが、始祖の秘宝のありかはともかく、風のルビーのありかが漏れてしまいます。これは、トリステイン王国へ早々と攻め入る口実となりえます」
予想外の情報に、ウェールズも唖然としている。
「貴族派が聖地奪還の理想を掲げているのに、聖戦を望んでいないのは、ある一定の範囲で、戦争を止めるつもりでいるのでしょう」
貴族派が聖戦を望んでいる、いないの情報はワルドに渡していない。
ただ、ワルドには聖戦が聖地へ行く一番の早道だと、船で話したのである。
幸いにして、ワルドには、護衛にあたってかなりの裁量権がわたされていた。
聖戦を行うためには、ロマリアから布告される必要がある。
ワルドにしても、ロマリアを動かさなければならないこの方法は、視野に入っていなかったのであろうから、聞いては来なかった。
貴族派であるレコン・キスタを裏で動かしているのが、ジョセフ王であるならば、ハルケギニアの滅亡を望んでいるであろうから、多分その方法を取らないともみていた。
「その範囲とは、多分我が国トリステインまで、広げてもゲルマニアまででしょう。遅かれ、早かれ、トリステイン王国と貴族派の争いはとめられません。トリステイン王国へ亡命して、再度アルビオンの復興をはかられることをお勧めいたします。明日までに熟慮されることをお願い致します」
「僕に名誉ある死の道は残されていないのかね?」
「私目には思いつきかねております」
「……そうか、明朝までに決めよう」
ケヴィンは、このような王家にとって非常識な話をきいてもらったことに対して一礼をし、部屋をでた。
パーティに出席する前に、今晩泊まる部屋へ案内される。
数は少ないがすでに預けてある荷物を確認しようとすると、扉からノックの音がする。
「どなたですか?」
「わたしよ」
ルイズの声だ。
ルイズから、何らかの形でも、こちらの部屋にくるのは、初めてだ。
扉に向かって行き開くと、ルイズがさっそくとばかりに、
「貴方、わたしが皇太子を説得しようとすることを知っていたわね! そのあと、皇太子と何を話していたのか、きっちりと説明しなさいよ!」
「せっかく呼ばれている、ここでの最後の晩餐だ。そのあとで、話せる限り話すよ。いつもの通り、泊まっている貴女の部屋でね」
ルイズは、感情が高ぶっていて、男性の部屋へ自分から訪れていたことに、はっと気が付いた。
それとなく、ケヴィンとの精神的な距離感が近づいているのだが、ルイズは気が付いていない。
「パーティに遅れるよ。一緒にいこう」
「……わかったわ」
パーティは、明日で滅びるとわかっている中で、残っている貴族たちは園遊会のように着飾り、最後のこの日のためにとってあった、様々なごちそうが並んでいた。
アルビオン王国の王であるジェームズ一世の言葉がこの大陸から離れてもよいとの声が響いたのに対して、残っている貴族たちからは、『全軍前へ!』との言葉から、明るくパーティがじゃ開催された。
ここの貴族にとって、こんなときにトリステインからきた客が珍しく、かわるがわるルイズたちの元へきて、明るく料理や酒を勧め、冗談を言っては、去っていく。
ルイズは、このような場所の雰囲気に耐えきれずに、顔を振ってホールの外へ向かって行く。
ケヴィンもそれにあわせて、ルイズの後を追う。
ちょうど、ホールの外で、ロウソクの燭台を受け取っていたルイズにケヴィンは追いついた。
「ルイズ。約束通りに、話せることは話そう。それでいいよね?」
ルイズは悲しげな雰囲気のまま、だまってうなずいた。
そして、ルイズの泊まる部屋へ入ると、ケヴィンはルイズにむかって話を始めた。
翌朝、アルビオンから離れる、風竜と黄竜の姿があった。
そこに乗っていたのは……
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『ワルドには、護衛にあたってかなりの裁量権がわたされていた』というのは、3巻でルイズたちが王宮に行った時、アンリエッタからワルドが見えないことに対して「別行動をとっているのかしら?」というところからの解釈です。
2012.05.09:初出