貴族派からの攻撃を受ける予定のニューカッスル城を離れて、風竜と黄竜の姿があった。
黄竜の上には、ケヴィンとルイズの2人きりである。
時はさかのぼり、前日のパーティをぬけ出したあとでの、ルイズが宿泊する部屋での話しがあったのは、
「ルイズ。今日までのことや、この先も含めて、まとめて話せることはあらためて話そう」
「えっ? これからのことも?」
「そう。そうでなければ、途中で必要以上の疑問がわくだろし、それはルイズにとっても見過ごせない事態がおこるかもしれないからね」
「見過ごせない事?」
「ああ。たとえば、アンリエッタ姫殿下がウェールズ皇太子についていく決心をしてしまうとかね」
「ある意味よいことじゃないの?」
「その時にウェールズ皇太子が、貴族派に組していたとしても?」
「そんなことあるわけないじゃないの!」
「普通ならね。ただ、ウェールズ皇太子が操られることになっているんだよ。本ではね」
「……本といえば、今日、ウェールズ皇太子を説得しようとしたところ、わたしを目で制していたわよね?」
空気が読めないルイズとしては上出来な対応だっただろう。
「ああ。ルイズの直接的な説得では、ウェールズ皇太子は亡命しないだろう」
「……そうなの。それで貴方は部屋に残っていたようだけど、どうしたの?」
「亡命を勧めた。ただし、王家の名誉ある死では、彼が護りたかったアンリエッタ姫殿下を護ることはできないと言ってね」
「どういうこと?」
「爆死をすすめたのさ」
「……ななななんていう方法を進めているのよ。よく首がつながっていたわね」
「そうだね。ただ、これは、ラグドリアン湖で水の精霊が護っていた『アンドバリの指輪』
が関係するんだ。その指輪は、偽りの命を与える。そうすると、知識はそのままで、指輪を使った者の命令をきいてしまうようなんだ。しかも、主君が戦死した場合に、顔を焼くとか、傷をつける程度では『アンドバリーの指輪』は簡単に偽りの命を与えた上に、その傷も治してしまうのではないかと思われるんだ。だから、人体が残ったままで死んでもらっては困るとね」
「そそそそんな」
「とはいっても、ウェールズ皇太子には、風の指輪を預かったから、その行方がトリステインであることを話してもらってはこまるというだけというのと、貴族派が聖地を目的にしているのが、本気であろうが、なかろうが、わが小国であるトリステインは少なくとも狙われるだろうという話もした。しかし、それでさえウェールズ皇太子がどちらを選ぶかわからないけれどね」
「……」
ルイズの直接的な説得とは異なり、ケヴィンの王家の名誉ある死さえも否定してしまうような話は、貴族一般の中でも認めがたい。
ただ、そうしても、ウェールズ皇太子が動くかどうかはわからないという。
ルイズは、今から亡命を再度してみようかとも思っていたが、説得に行く気は失せた。
ケヴィンとしては、ウェールズ皇太子の話はここまでとして、次の話をしたいことがある。
そうワルドのことだ。
「ルイズ。ウェールズ皇太子のことはおいといて、ワルド子爵のことで話したいことがある」
ルイズが急にそわそわしだす。
婚約の破棄について、親に手紙を送っていなかったことをせめられるのかと思ったのだが、ケヴィンからでてきた言葉は意外だった。
「ワルド子爵からは、ヴァリエール公爵家より婚約の解消の意志の伝達があった場合、無条件で受け入れるとの確約書を預かっている」
「えっ!? なぜ?」
聖地との情報交換としての条件だったのだが、それを素直に伝えるわけにもいかず、
「ワルド子爵は、これから貴族派に間諜として、身を投じる。そのために一時的でも、ワルド家の城の紋章に不名誉印がつくかもしれないとわかっていてもだ」
「ワルドって、そんなことをしようとしているの?」
「ああ。ただし、まだ周りには秘密だ。たとえアンリエッタ姫殿下にたいしてもだ。姫殿下は今のところ、ゲルマニアに嫁ぐことになっているから、唯一言えるのはマザリーニ枢機卿に対してだろう」
「今のところ? それって、本に書いてあることなの?」
ケヴィンが正直に言うかどうかをしばらく考えた後に答えた。
「いいや。ここまで、ルイズがこの情報を知ったうえで動かなければ、本の内容は変わらないかもしれない。けれど、貴女は知ってしまった。だから、これからの状況は変わってくるかもしれない。話は戻るが、ワルド家は名誉を回復したとしても、この噂はいつまでもワルド家の名誉に響くだろう」
「それって、私から婚約の解消を申し出るの?」
「そうだね。ワルド子爵家も元をただせば、ヴァリエール公爵家とは遠いながらも血縁関係にあったよね。だが、彼自身が、公爵家へ婿入りする意志があるのなら、ルイズとより、長女であるエレオノール様との結婚が早道だろう。彼にそこまでの意志はなかったようだ」
「そうなの……」
ルイズは親へ、どのように手紙をかくのか悩んでいる。
ケヴィンは、ここまでの経過からルイズが親に婚約の破棄についてもちだすのを言い出すのを、出しづらいということに気がついてはいた。
しかし、戦争がおこるであろうから、その時に、正式にその話を持ち出せればそれでよいとも思っていた。
「それで、今までのことって?」
「大きな流れはかわっていないよ。細かいところは違うけどね。たとえば、ルイズの使い魔が平民だったから、寮では同じ部屋に泊めて、使用人代わりにしていたけど、俺の場合は、さすがにそういうわけにはいかないだろう?」
「……」
「フーケのゴーレムと戦ったり、姫殿下のお願いの元ここまできたり、その最中で傭兵と戦ったりするのは大きな違いはない。けれど……」
「けれど?」
「これからは少し、違った道を行くことになるかもしれない」
「どういうこと?」
「アルビオンの貴族派だよ。こみいっているので、あまり話せないのだけど、皇太子が亡命するのと、しないのとでは、大きな流れも少し変わるかもしれない」
「なんで?」
「悪いが、ここはまだ言えない。ただ、あとは親の力をあてにしないといけないかもな」
「親の力? フランドル家のこと?」
「ああ。フランドル家には空海軍が常駐している。逆にいえば、空海軍にはある程度、顔がきくんだ。今回、本の中では、初戦でアルビオン空軍がトリステイン空海軍を圧倒することになっているが、親から情報を流してもらえば、互角にもちこめるかもしれない」
「戦争がせまるのはわかるけど、くるとわかっていれば、トリステインだって、そんな最初から負けないでしょう?」
「戦争は多分おこるだろう。どのような形であっても。それを警告しておくことは悪くはない。そして、その前に、ルイズの虚無の力を目覚めさせるのに、少なくとも始祖の指輪と始祖の秘宝が必要なことだよ」
「それ以上、教えてくれないの?」
「今はね」
翌朝、ケヴィンは始祖の秘宝である始祖のオルゴールの場所についての場所を手紙とともに知らされたが、アルビオンの最北部付近にあるために、すぐに入手する算段は思いつかなかった。
折角の情報だが、ジョゼフ国王のエクスプロージョンを防げるかどうかは、戦端を早めにひらけるかどうかにかかりそうだ、とケヴィンは判断した。
そして今は、カイザーの上ではルイズとケヴィンの二人だが、となりといっても少しはなれているシルフィードには、タバサ、キュルケ、ギーシュに、ギーシュの使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデと、ウェールズ皇太子がのっている。
カイザーが3人や荷物を乗せての飛行能力の限界ラインが現在のところ不明だとの理由で、いったんはラ・ロシュールへ向かっていたが、途中でキュルケたちにあったので、ウェールズ皇太子には、カイザーよりも航行速度が速いシルフィードに移ってもらった。
ニューカッスルから離れる前にウェールズは、自身が見えないことによる士気の心配をしていたが、そこは、ケヴィンが身代わりとなる魔法人形のスキルニルを使って、ウェールズ皇太子にそっくりな身代わりをたてた。
このウェールズ皇太子に化けたスキルニルが爆死する予定になっている。
そしてそれは、功をそうした。
真っ先に精神力を使い果たした、ウェールズに化けたスキルニルは、前線ではなく、城の中で爆死した。
それは、敵を巻き込んでの死であり、王党派の最後の抵抗を味方に印象づけるものであった。
そして、ここでの戦いは、20倍近くの敵を死なせたのであったが、元々の規模が異なるために、影響は軽微であった。
ただし、そのことから、王家との最後の戦いには、傭兵たちに印象づけるものであっただろう。
シルフィードとカイザーは当初のラ・ロシュールから、トリステイン王国の王都トリスタニアに向かっている。
一刻も早く、アルビオンから遠ざかるためであるが、その間にウェールズがキュルケの対応に困ったとか、困らなかったとか。
トリステインの王宮へ、上空から近寄ったところで、マンティコアにのった魔法衛士隊が大声で、ここが現在飛行禁止であることをつげたが、気にするメンバーではない。
そのまま、王宮の中庭に着陸した。
着陸したシルフィードとカイザーはから、それぞれのメンバーは降りたが、そこにマンティコアにまたがった隊員たちが、レイピアのような杖を向けて、
「杖を捨てろ!」
侵入したメンバーの一部にはむっとした表情を浮かべたが、ウェールズ皇太子が、
「ここは王宮だよ」
そういうと、全員が、杖を地面にすてた。
ケヴィンは、剣であるデルフリンガーを背負っているが、杖とはみなされなかったのであろう。
特に何も言われなかった。
「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」
ルイズが、そこで言い放つ。
「わたしは、ラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しいものじゃありません。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」
隊長であるド・ゼッサールが口ひげをひねって少女を見つめている。
ラ・ヴァリエール公爵夫人となった、元上司でもあう烈風カリンに目元が似ている。
ただ、それだけでは、姫殿下に取り次ぐわけにはいかない。
「して、要件をうかがおうか」
「それは言えません。密命なのです」
「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日にはこちらの首が飛ぶからな」
こまったように隊長が言う。
「密命だもの。言えないのはしかたがないでしょう」
ルイズもこまったように言っているが、ケヴィンがここで助け舟をだした。
「魔法衛士隊ならば、ここにいらっしゃる方の顔を見覚えはあるのではないか? アルビオン王国のウェールズ皇太子だ。アンリエッタ姫殿下に亡命をすすめられてきた客人だ。必要以上待たせるのは、国の恥と思いますが」
そう言われて困ったのは、ド・ゼッサールである。
ウェールズ皇太子の亡命の話は聞いていないし、もし聞くとしても、マザリーニ枢機卿からであろう。
返答にこまったところで、宮殿の入り口から、鮮やかな紫のマントとローブを羽織った人物が、ひょっこりと顔を出した。
魔法衛士隊に囲まれた人物たちを見て、あわててかけよってくる。
「ウェールズさま!!」
ウェールズがかけよってくるアンリエッタを黙ってだき寄せた。
それ以上はまわりも、動きは無い。
ただ、ここでケヴィンが、
「思った通りに事態は動いてくれるのかな」
と小さくぼやいたが、周りにはきこえていたか、そうではないか、はなはだ不明である。
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『ワルド子爵家』と『ヴァリエール公爵家』が(遠いながらも)血縁関係にあるというのはオリ設定です。
『スキルニル』は血を吸った人物に化けることができる古代の魔法具の一種です。
2012.06.06:初出