ウェールズとアンリエッタがだきあっている中、魔法衛士隊隊長であるド・ゼッサールが、声をかけづらそうにしながらも、
「姫殿下!」
アンリエッタとウェールズは宮中だということを思い出し、互いに離れた。
その様子をみた隊長が引き続き話す。
「亡命とのお話は、マザリーニ枢機卿より、お知らせいただいていないのですが」
「そのことは、わたくしより、枢機卿にお話しいたします」
アンリエッタはまわりを見回し質問をする。
「……ところでワルド子爵は?」
ルイズが答える。
「今、この場でお話しは、できません」
「……そうですか。とにかく、わたしの部屋でお話ししましょう。他のかたがたは別室を用意いたします。そこでお休みになってください」
キュルケ、タバサ、そしてギーシュは謁見待合室に誘導されて、ウェールズ、ルイズにケヴィンはアンリエッタの居室に招かれた。
部屋へ入ったところで、先ほどのウェールズとの抱擁をごまかすかのように、尋ねる。
「ワルド子爵ですが、まさか……敵の手にかかって?」
ルイズが答えづらそうにしているが、事情を知っているウェールズからも切り出すわけにもいかず、ケヴィンが話す。
「ワルド子爵は、アルビオンの貴族派と内通していて、手紙をうばって、貴族派に向かいました」
「あの子爵が裏切りものだったなんて……。まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて……」
現状では、そうではないんだが、近々ゲルマニアに嫁ぐことになる予定のアンリエッタに、ルイズもウェールズも否定することはできない。
しかし、ルイズはアンリエッタを安心させるように、
「姫さま! 手紙は無事です。ワルドが持って行ったのは、こちらにもってくるということにしておいた返答の手紙です」
「えっ? どういうこと?」
「ケヴィン。詳しく説明できる?」
ルイズだと、正直すぎて、話の途中で顔に反対のことがでてしまうことがあるかもしれないので、あらかじめ黄竜の上で話してあったことだ。
「ええ。ワルド子爵は、読み古した感じで使った作った手紙を持っていきました。これは、アルビオンの貴族派がどこまで入り込んでいるか不明なためです。姫殿下よりの手紙は、ルイズが別なところにもっております」
そう言われて、ルイズは苦く思っていることをなんとか隠して、アンリエッタから最初にお願いがあった、手紙を渡した。
続けてケヴィンが、
「アルビオンの貴族版の件は、事実、俺の実家にもそれとはなしに、アルビオンからの誘いがあったと父から聞いておりましたので、魔法衛士隊のワルド子爵であっても、例え元帥格であっても我が家より、宮廷での席次も低いので誘いがあったのではと、疑問をもっておりました。我が家にも、アルビオンからの誘いがあったのはすでに、宮廷には報告しております」
「そうすると?」
「まことに申しにくいのですが、残念ながら、我がトリステイン王国の貴族に信用おける者が報告していない者の中に何人いるのかは疑問です」
「……なんてこと」
「それは、マザリーニ枢機卿にまかせるとして、一時的に預かっております風のルビーは、ウェールズ皇太子にお返しすべきでしょうか?」
「かよわいわたくしには、それさえも事前に発言することができませんが、枢機卿にはウェールズ皇太子に返却されるよう話をしてみましょう」
そして、ルイズからは、魔法学院出発から、宮廷にくるまでの道中のことを、簡単に話をした。
ルイズが話を終えたあとにケヴィンが、
「姫殿下。お願いの議がございます」
「なんでしょうか?」
「王族の結婚式では、貴族より選ばれし巫女が必要と聞き及んでいます」
ただ、この場でケヴィンが雰囲気も読まない発言をする。
アンリエッタが思いたくもない現実をつきつけて、さらに話を進める。
「ルイズをその巫女に選んであげていただけないでしょうか」
「……ええ、考えておきますわ」
「ありがとうございます」
ルイズには、始祖の祈祷書を入手しやすくするための話をすると、ケヴィンは言っていたが、宮廷行事にくわしいわけではない、ルイズが巫女になることと、始祖の祈祷書が手元にくることの関連性に気がつくのはまだ先の話である。
そしてアンリエッタとウェールズを残して、ルイズとケヴィンは退室し、魔法衛士隊の隊員にしたがって、キュルケたちがいる謁見待合室にむかった。
王宮から、魔法学院に向かう空の下、キュルケはどんな任務だったのか聞き出そうとし、ギーシュはアンリエッタが自分のことを気にかけてくれたことを聞き出そうとしていたが、いずれも、ケヴィンから「お忍び」と「一言も無し」と言うだけだった。
魔法学院に戻った一行は、すでに授業時間を終了していたので、各自の部屋でのんびりすることにした。
しかし、ケヴィンには行うことがあった。
まずはオスマン氏に会うことである。
学院長室に入ったケヴィンへかけられたオスマン氏からの言葉は、
「なんじゃ、お前かの」
「ミス・ロングビルではなくて、悪かったですね」
「そうじゃのー。彼女が戻ってくるのはいつくらいになりそうかの?」
「いったん、私の自領の孤児院についていくでしょうから、あと1週間ぐらい後かと」
そう、ロングビルことマチルダは、すでにアルビオンに向かって、アルビオンのモード大公の妾の子であり、なおかつハーフエルフであるティファニアを迎えにでかけていたのである。
時期的には、このあとでは、アルビオン貴族派の目を盗んで、行き来するのは難しいからであるが、ケヴィンのフランドル家につかえている、衛士にも特徴があった。
平民の身分にあるのではあるが、必ずメイジである者をやとっていたのである。
しかも裏事情に詳しい者をやとっている。
これはトリステインで、次男や三男が泥棒などにはしる場合もあるが、その場合は、裏の者と手をつなげなければ、単独行為でつかまりやすくなってしまう。
そうではなく、裏の者と手をつないで生き延びるすべを覚える程度には頭がきれるものを雇うのである。
ある意味フランドル家が裏の物とつながっているゆえに、その手の者がフランドル家領地内で犯罪行為をおかさなければ、フランドル家は他領でのことを見て見ぬふりをする傾向にあった。
このこともケヴィンのこの世界での新たな人生の性格形成に影響を与えたといえよう。
ゆえに、自領の地上軍で平民を比較的高い地位とするが、その場合はすべてメイジである。
これが、トリステインでの限界ラインと暗黙の了解事項であり、他領地では貴族であることにプライドをかけていることから、行う、行われないの差でもある。
これは、昔からアルビオンとの境の領地で伯爵家でありつつ、ここ数百年ではゲルマニアからの進行を食い止めつつも、侯爵の地位にあがらぬ理由でもあるのだが、北東の地にあるフランドル家領が古くもあり、宮廷での席次も比較的高いこともあり、他家から表だって批判をあびぬが、王宮の内部から見ると伯爵でとどまらせているのである。
「特に信頼のおける我が家の2名をつけましたので、ミス・ロングビルは無事にアルビオンまではもどってきますでしょう。ただ、ここまでもどってくるかどうかはしりませんけどね」
「なぬー」
「まあ、給与そのものは、魔法学院の方が高いはずですから、彼女の性格から、一回は魔法学院にもどってくるとおもいますけどね」
ケヴィン自身、マチルダの性格をすべて把握しきっていないが、お金をかせぐためにウェストウッドの村を離れるという選択をした彼女なら、そうして、ここでの秘書をやめるのならその手続きをきちんとするであろうと思っていた。
「…ほんとかのー、そうだとしたら、わし、さびしいのじゃが」
「そこまではわかりません」
「もし、やめるのであれば、次の秘書をやとわなければのー」
ケヴィンが知っている限り、新しい秘書はやとわれていないので、マチルダがどう判断するかは興味があるところであった。
このあたり、本からのかい離が始まった現在、それがどのように影響していくかを考慮していく必要がある。
オスマン氏は比較的出番が少なかったので、話をかなりしても問題は少ないであろうとケヴィンは考えていたが、本当にすべてを伝えるべきかは、悩みどころである。
「それで、今回の経過は別途だすとしまして、今回まで起こるはずだったところは、自室で、書いてありますので、お渡しいたしますね」
その書いてあった内容を渡すとともに、主に異なった点を説明する。
ケヴィン自身、行ったことに対してのすべてで自信があったわけではない。
本で書いてある内容は、実際に終わったことをルイズの部屋ではなく、自室に書き溜めてあるので、それをオスマン氏に渡すだけであるが、自身がおこなった変更で気が付いていなかった部分について、無意識的に評価をほしがっていたのである。
「しかし、大きいのは、ウェールズ皇太子の生存の可否じゃの」
「いえ、今わかっている範囲では、それよりもアンリエッタ姫殿下が、今後どのように動くのかが大きく変わる心配がございます」
アルビオン進行はアンリエッタが女王になって、その私心によっておこなったものであるようにみえるのに対して、今回は、ウェールズ皇太子をアルビオンへの正当な王家の跡継ぎとして動くというところが大きな違いであろう。
ただ、その場合、そのあとでのアンリエッタ自身の行動の根拠が変わってくる。
これはアルビオン戦後の、対ガリア戦での行動で大きな変化をともなうはずである。
単純な点をみれば、その通りであるのだが、ケヴィンにとって不幸なのはバタフライ効果ということを知らない事であろうが、それはまだ後の話である。
「ところで、もう一点あるのですが」
「うむ。ミスタ・コルベーヌのことであろう」
「その通りです」
「ならば、これからおこるであろう探検にミスタ・コルベールをつれていけばよかろう」
「はい?」
ケヴィンにとって、おもいがけない発想である。
なにせ、キュルケにこれ以上はかかわらずに、キュルケへコルベールの強さを認識させて、ほれさせようと思うところで悩んでいたのであるのだから。
「そうすれば、我が校は安心して、休学に入れるであろう?」
たしかにその通りである。
だいたい、銃士隊が発足されるかどうかは、いまだ未定である。
ならば、オスマン氏の発想もわからぬでもない。
「でも、どうやって?」
「最後に確実な『飛行機』というものに興味をもつであろう。その間に、ガンダールブの真の力を試す機会も必要なのではないかね?」
ケヴィンがかくしていた、ガンダールヴの力の一旦にオスマン氏は気が付いていたようである。
過去の経験を切り離して、新たな視野を持って考えたのであろう。
ケヴィンも部分的に気が付いて言葉を紡ぐ。
「それは、よいのですが。それだと、ルイズがへそをまげませんか?」
「ミス・ツェルプストーのことじゃな。そこは私にまかせておきなさい」
「わかりました」
ケヴィンもすべてを自身の力で解決できるとは、思っていない。
それに気が付くには少し時間がたち過ぎたのではあるが、このアルビオンでの行動である。
親の力をあてにしなければ、自身の考えのみでは全体をうごかせないのだ。
これは、単なる傍観者として入ったつもりであるケヴィンとして、気が付く点において遅いのか、早いのか、それとも適正なのかは後世の真実を伝えられたものにとっては興味深い議論の対象となるであろうが、後世にどこまで正確な情報が残るかは謎である。
そして、ケヴィンに興味をもちだしたキュルケが、親密になるためと宝探しを提案したところで、事態は、ほんのわずかながら、ななめ上に動き出す。
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2012.06.22:初出