使い魔召喚の翌日、最初の授業が始まる前の時間にあたるころ、ルイズとサンドリオンがいるはずの教室では噂話が流れていた。
「ルイズが今日きていないってことは、やはり使い魔召喚に失敗したのか?」
「いや、その前に、ルイズの使い魔にサンドリオンがなりたいと思うか?」
「そうだよなぁ」
「けれど、サンドリオンは私生児だから、案外なるかもよ」
サンドリオンという明らかに偽名であることから、貴族の私生児という噂も流れているが、当人による否定も肯定もなかったので、流れている噂話である。
一方、同じ時間の頃、魔法学院の外の広場では、3人組がいた。
一人は、髪の毛の薄さが目立つコルベール氏に、もう一人は桃色がかった金髪のルイズ、そしてもう一人は黒いダークブラウンの髪であるが、月目と呼ばれる黒い右目と青い左目の組み合わせが強烈な印象を与えるだろう、サンドリオンである。
昨日までは、灰色に近い銀髪だったが、こちらが本来の髪の色である。
コルベール氏が再度形式的に質問する。
「ミスタ・サンドリオンではなくて、これからはミスタ・フランドルと本名をなのるのだね?」
「ええ、サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントまで成功すれば、ですがね。それは、このルイズとの誓約書に記載してある事項です」
その誓約書には、サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントが成功したあかつきには、ケヴィン・ド・フランドルはルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔となることと、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは、ケヴィン・ド・フランドルと婚約し、ラグドリアン湖でそれぞれの誓いをたてる、と記載されている。
いつそれぞれを行うとは、時期の明確化はされていないが。
これは今朝の食堂でルイズから、
「貴方を使い魔にする条件は、了承するわよ!」
ムッとした感じではあるが、小声で話したルイズである。
ワルドからは連絡もないし、婚約も、戯れに、二人の父が交わしたあてのない約束……ワルドからはとうに反故にされたのだろうと思ったのだ。いや、そう思い込みたかったのかもしれない。
「わかった。準備をするから、あとで、ミスタ・コルベールの研究室で、会おう」
そう言って、ケヴィンは自分の部屋に戻り、魔法薬で染めていた髪の毛を元にもどした。
さらに、昨晩のうちに用意をしておいた誓約書を持って、ミスタ・コルベールの研究室でルイズと再会後、研究室でお互いにサインをしあって、この魔法学院の外にいる。
髪の毛の色が変わっていたことに驚いていたルイズだが、
「本名をあかした以上、魔法薬で染めていた色をおとしたんだ。召喚に失敗したら元にもどすけどね」
そう言うだけだった。
「それでは、春の使い魔召喚の儀式を再開する。ミス・ヴァリエール、儀式を始めなさい」
ルイズが使い魔召喚の魔法であるサモン・サーヴァントの呪文を唱える。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」
今度は、爆発もせずに、ルイズの前に使い魔召喚用のゲートが開き、サンドリオンと名乗っていたケヴィンの前に、昨日見た鏡のようなゲートが浮かんでいた。
「今度は、一回で成功になりそうだな」
「ルイズ。約束は守ってくれよ」
爆発しないのは、距離とかに関係するのだろうか? とも疑問に思ったが、虚無に関しては考えるだけ無駄だとあきらめて、ケヴィンが誓約書をひらひらさせながら言うと、
「そんな紙がなくても、約束は守るわよ。私は貴族よ!」
「わかったよ。それじゃぁ、入るか」
ケヴィンがちょっと両肩をあげさげしたあとに、鏡のようなゲートへ入るとほぼ同時に、ルイズの前にある使い魔召喚用ゲートから、ケヴィンがでてくる。
「やぁ、俺を知っているよな?」
「何を言っているのよ! ケヴィン」
「いや、ちょっとした、お茶目だ」
そう言いつつ、自分自身のいた世界であろうということを確認していたケヴィンだった。
それで次は、ルイズに近づいて行き、
「コントラクト・サーヴァントを続けておこなうんだろう?」
「そそそそうよ!」
ケヴィンの独特な月目が、神秘的な感じをルイズに受けさせる。
これから、使い魔としての儀式とはいえ、ファーストキスの相手であり、なおかつ昨日までの灰色に近い銀髪ではなく、黒いダークブラウンの髪が月目とあいかさなって、その美貌をひきたてている。
何気にルイズは美形に弱い。
この年頃の少女であればそうであろうが、使い魔とのコントラクト・サーヴァントにすぎないのだが、相手は同じ貴族でもある。
ちょっとばかり、頬も染めて視線をケヴィンから外している。
空気を読んでいないコルベール氏が、
「ミス・ヴァリエール。気分でもわるいのかね?」
「いえ。そんなことは、ありません」
「それでは、儀式の続きを行いたまえ」
「はい」
ルイズは、意を決してケヴィンに向いたあと、自分の気持ちをごまかすかのように目をつむる。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
そして、ルイズの唇が、ケヴィンの唇に重ねられる。
顔を真っ赤にしたルイズが唇を離す。
「終わりました。」
「コントラクト・サーヴァントも無事にできたね」
「って、俺の全身が熱いんですけど。わかっていたけど、きついですね」
ケヴィンが言葉を発してから、少したったのちに自身の左手を見つめている。
そんなケヴィンのそばにコルベール氏が、
「珍しいルーンだな」
「ちょっと、ためさせてください」
そう言って、いきなりブレイドの呪文を唱えだす。
そして、左手のルーンを見て、
「やはり、ダメか」
「何がダメなのかね?」
「もう一つためしてから話しますので、まっていてくれませんか?」
そして、ケヴィンはそのまま、錬金をとなえて、青銅の剣をつくる。
今度は、作った剣を右手で持ちながら、左手を見て、
「よさそうだな」
そう言った後に、剣を手放す。
左手のルーンが淡く輝いていたのを確認していたのだ。
コルベール氏が興味深げに、
「何をためしていたのかね?」
「この左手のルーンについてです。読みづらいですけど、古ルーンで『ガンダールヴ』って読めますよね?」
「そそそうね」
ケヴィンのすぐそばにそのままいた、顔を真っ赤にしていたルイズだが、ごまかすように言っている。
顔が赤いのを指摘するのは無粋であろう。
「『ガンダールヴ』? どこかで聞いたような……」
「……始祖ブリミルに従えた使い魔と、我が家の予言書にはのっていました」
少々、考えた感じで、間を空けてからケヴィンが言った。
「それが真実ならば、世紀の大発見。さっそく、学院長に報告して、指示を仰がないことには……」
「そうですね」
話の展開についていけないルイズは、ぽかんと口を開いている。
ケヴィンがその状態を見て、フォローをする。
「ああ、ルイズ。貴女の失敗と呼ばれた魔法の結果……あくまで結果を、すべて四系統の魔法の法則に例えて考えてみるとよいと思うよ。そうすれば、ルイズの魔法の特異性がわかると思う。あくまで、予言書を読んでいるから考え付くことだけどね」
「その予言書とは?」
コルベール氏から質問がすると、
「東方の書物なので、普通の人には読めませんよ。それでも良ければ、お見せいたしますが」
「研究材料はほしい。あとからでもよいので、見せてほしいのだが」
「ええ。結果の外れた予言書ですが、参考になることはあるでしょう。30年前のアカデミーの活動のこともね」
「……きみは、いったい何を知っているのだね?」
それまで、単純な温厚で気弱な部分もみえていたコルベール氏の雰囲気が、歴戦の戦士にみえたようなのは気のせいだろうか?
「ミスタ・コルベール。貴方のその発言を聞く限り、我が家の予言書は、ある程度まで信用できるようですね」
冷静にケヴィンに指摘された、コルベール氏はまた元の気弱な面を見せだし始めた。
「君がどこまで知っているのかしれないが、アカデミーか……」
「とりあえず、オールド・オスマンに相談しませんか?」
ケヴィンとしても、すべてが計算通りに行っているわけでは無い。
ルイズは、若いだけあって、現在のところは、比較的コントロールはできやすそうだが、ルイズに嫉妬をおこさせなければいけないのは、頭がいたい。
オスマン氏やコルベール氏はそういうわけにはいかないだろうと考えている。
学院長室にそろって向かった3人は、ミス・ロングビルが席を外したあとの、オスマン氏が座っている学院長席の前に立っている。
「それで、たかが、使い魔召喚の儀式が成功したことを報告するのに、ミス・ロングビルを退出させてまで話さなければならない内容とは何だね?」
「オールド・オスマン」
コルベール氏が興奮をおさえられないように、声が震えている。
外での会話を考えから切り離すかのように。
「このミスタ・フランドルの左手には、あの始祖ブリミルの用いた使い魔である『ガンダールヴ』のルーンがきざまれたのですぞ」
「ミスタ・コルベール。始祖ブリミルは、呪文を唱える時間が長かった……、その強力な呪文ゆえに。そんな呪文をとんさえている間、己の体を守るために始祖ブリミルが用いた使い魔が『ガンダールヴ』じゃ。その強さは……」
「千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並みのメイジではまったく歯が立たなかったとか!」
そこで、ケヴィンが口をはさんだ。
「俺じゃ、このルーンの力をかりても、そこまでの力はでませんよ」
「……なぜ、そう言いきれるのかね?」
「我が家の予言書では、始祖ブリミルにつかえていた『ガンダールヴ』はエルフだったそうです」
「なんじゃと!! そんなこと、あるわけが……」
「ロマリア教皇は知っているでしょう。ただ、聖地を奪還するにあたって、始祖ブリミルの使い魔がエルフだったということは、隠しておきたかったのではないのでしょうかね?」
「うむ……君はそうだとして、ミス・ヴァリエールは?」
ルイズの評判がゼロとの評判なだけに、始祖ブリミルの魔法の強力さとの印象がかけ離れている。
それをあっさりと、
「虚無の系統です。ただし、この魔法の呪文を唱えるのに必要なのは、始祖の指輪と、始祖の祈祷書が必要でしょう」
「始祖の指輪はともかく、始祖の祈祷書。あれは、あちらこちらに、これこそは本物だと言っていて、それらを集めるだけで図書館ができるほどで、どれが本物かまったくわからないぞ?」
「本物は、予言書のとおりなら、トリステイン王家にある、文字が一つも見当たらない始祖の祈祷書ですよ」
「わたし、魔法を使えるの?」
ルイズが発した言葉。
短いが切実そうな言葉だ。
「問題は、始祖の祈祷書が国宝なので、どうやって近づくかだ」
「ほう! 始祖の指輪は、なんとかなりそうなのか?」
「ええ。ミスタ・コルベールが赤色のルビーの指輪を持っていれば、それが始祖の指輪の一つのはずです」
「ミスタ・コルベール。きみは赤いルビーの指輪をもっているのかね?」
「ええ、本来の持ち主を探して、渡さなければと思ってはいましたが、今までロマリアに行く機会を逃しておりました。まさか、始祖の指輪だったとは思っていませんでした……」
「わかった。ところで、ミスタ・フランドル」
「はい。なんでしょうか?」
「その予言書の中身をもう少し教えてもらえないだろうか?」
「……時が来たら、お伝えできますが、今は話せる内容を、まとめてからとさせてください」
「なぜかね?」
「予言を知ってしまうと、それを変えたくなることが発生します。例えば、予言書で召喚される平民は、7万人の軍隊と対立することになっています。俺は、そのような目にはあいたくありません」
「なんじゃと! 7万人を相手に1人で?」
「ええ。だから、そのような予言にはならないようにしたいのです。けれども、そこがかわると、その後の予言にずれがでてしまうでしょう。だから、帳尻合わせをする必要があり、知らせない方が良い内容があったりいたします」
「わしらが知っても、内容を変えないように動くと、始祖ブリミルに誓ってもかの?」
「そうですね。例えば、この魔法学園が襲われるって言ったら、信じますか?」
「このメイジの塊のところに襲ってくるようなことは無いであろう」
「そういう油断がうまれます。そして、それはそのうち訪れると予言書には、時期も含めて書かれています。例えば、今から言っておいていいのは、トリステインが戦争に参加した直後に、ここが襲われます。そこで、ミスタ・コルベールには大きな変化が訪れるのが予言書に書かれています。これはその後に、おこってほしいことがあるので、事件そのものがなくても、同様な結果をおこしてほしいのですよ」
「戦争? ここが襲われる? そして、ミスタ・コルベールに大きな変化が訪れるとな?」
「ええ、予言書ではそう書かれております。そして、ミスタ・コルベールを取り巻く環境は変わってほしいのです。本人が望むと望まざるとにかかわらず。だから、あかせる内容はあかしますが、そうでないのはその時期が過ぎてから、お知らせいたします」
「ふむ。その内容とやらは、まずは待つとしよう」
オスマン氏は納得し、コルベール氏は突然ふってわいてきた自分への話に困惑している。
ルイズはルイズで、どうやって、始祖の祈祷書に近づくか考えている。
ケヴィンは、ちょっとあかし過ぎたかな?っと、少々後悔を始めたが、後悔先に立たずである。
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2012.03.20:初出