ルイズとケヴィンが、学院長室からでたのは、もう昼食の前だった。
「思ったよりも時間が、かかったなぁ」
「貴方が、あんなに話すタイプだとは知らなかったわ」
ケヴィンは前世から普段は無口だったが、なんかの拍子で話し出すと中々とまらないという特徴があった。
こっちの世界でも、その性格は引き継がれたようだ。
「そういうこともあるさ。これから、ゆっくりとお互いのことを知ろうじゃないか」
「貴方の持っている予言書って、わたしのことが、どれくらいのっているの?」
意外に鋭い質問である。
だが、ケヴィンは、
「表面上のことしかわからないよ。そもそも使い魔そのものが違っているしね」
「その言葉に嘘は無い?」
「ああ、ルイズの使い魔兼、婚約者になることに誓ってね」
真っ赤なウソを、さらりと言ってのけるケヴィンである。
まあ、ケヴィンの顔をまともにみていたら、微妙に表情が固まったのに気がついたかもしれないが、ケヴィンの月目とそれにあった髪色に、整った顔立ちをみていたら、コントラクト・サーヴァントのファーストキスを思いだして、まともに見ることができないルイズであった。
昼時なので、昼食をとる『アルヴィーズの食堂』に向かうと、中では同じ2年生から
「おい。あれ、ルイズだろ。隣にいるのは誰だ?」
「ルイズの隣なら使い魔契約をするのしないのと言ってた、サンドリオンじゃないのか?」
「いや、髪の毛の色が違う」
がやがやと、噂がサザナミのようにひろがって行く。
中にはケヴィンの変化した髪の毛を見て
「あら、いい男じゃない」
とかいう赤毛の女性がいたとかいないとか。
そんな話を聞きながら、ルイズはいつもの席に向かうが、ケヴィンがいつまでもついてくる。
席が違うはずなのにとルイズは思い、
「ケヴィン。どこまでついてくるの?」
「うん? 隣の席で食べようと思っているけど」
「それだと、いつもの席と違うじゃないの!」
「別に席は2年生のところであれば自由だろう? それに俺はルイズの婚約者になる予定だ。使い魔でもあるけどさ」
そっと、聞き耳をたてていた2年生の中には、
「ケヴィンってだれだよ?」
「使い魔って言っていたから、やっぱりサンドリオンじゃないのか?」
「だけど、髪の毛の色が違うぞ」
「もしかして、染めていたのかー」
「私生児じゃなくて、お忍びで来ていたのね。つばをつけておけばよかったわ。」
最後、トリステイン貴族っぽくない声もきこえたが気にすまい。
こうして、噂の中心になる二人である、ルイズが席につき、ケヴィンがその隣の席に着く。
ちょっとしてから、ケヴィンの席にいつもすわっていた、ぽっちゃり気味のマリコルヌがきて、その見覚えのない髪の毛の人物に向かって言い放つ。
「そこは俺の席だ。どけろ」
「そんな規則はどこにあった?」
ケヴィンが振り向いて、マリコルヌを確認しながら言う。
たいしてマリコルヌは、話しかけた相手が特徴的な月目であることから、
「もしかして、サンドリオンか?」
「ああ。今朝まではそう名乗っていたが、ルイズの使い魔となったからには、改めて挨拶をしよう。ケヴィン・ド・フランドルという。同じ教室になるようだから、よろしくな」
「そこは、俺の席だが」
「席なら空いているところが、まだそこらにあるだろう。俺はルイズの使い魔だから、そばにいるのさ」
「ケヴィンというのか。ゼロのルイズの使い魔にされて不憫だな。それに免じて席を譲ってやろう」
そう言うマリコルヌの手はケヴィンにたいして不安感で震えていたが、
「そういうことで、よろしくな」
マリコルヌが、その場を離れるとわずかにあった緊張感が霧散していく。
そして、昼食はゆっくりはじまるが、行儀よく静かに食事は進んでいく。
ゆったりと食事の時間が進むなかで、徐々にだが、席を立ち中では話会う者たちがでてくる。
そんな中、自分をバラに例えて話しているきざな生徒である、ギーシュのポケットから小瓶が落ちたのを見ていたケヴィンだが、
「特に関係しなくてもよさそうだから、いいか」
ここで、小瓶をとりに行って、最終的に剣でいどむのが、もともとのところだが、放置プレイを決め込んだ。
しかし、その落ちた小瓶をわざわざ拾いにくるものがいた。
茶色のマントを着ていることから1年生であるのがわかる。
それは少女であって、
「ギーシュさま……」
さすがのギーシュもその小瓶、香水入りの小瓶をみて、うかつにも自分のポケットから落としてしまったのを、見られたことに気が付いたのだろう。
言い訳を始めたが、ギーシュから「ケティ」と呼ばれた少女からは、思いっきり頬をひっぱたかれた。
さらには、その様子を本来の彼女であったモンモンランシーにも気が付かれて、言い訳も火に油をそそそぐようなものであり、彼女がテーブルに置かれたワインの瓶をつかむと、中身をどぼどぼとギーシュの頭の上からかけられた。
哀れ、ギーシュ。誰もが君の不幸を期待していたようだ。
そんな様子を観察していたケヴィンに、小声で問いかけられる。
ルイズである。
「今、ギーシュの方を、ずーっと、みていたでしょう! 香水の瓶が落ちるより前から。あれが何かあるの?」
「……ああ。あそこで、平民が小瓶を拾って、ひと悶着おこしていたんだけど、今の俺が、それをする必要性があるか、無いかっていうところで、必要なさそうなんでね。はぁ」
「平民が、貴族と? なんて馬鹿な平民なのよ」
ケヴィンは肩をすくめて、ルイズには直接の返答をしていなかったが、時折、とある女性からの視線を感じ取っていた。
午後の講義にでるため、教室に行ったルイズとケヴィンの二人には、興味の視線がそそがれているが、誰も質問を発しようとはしない。
その中に現れた教師は、コルベール氏。
開口一番告げられたのは、
「皆もわかりづらい人物がいるだろう。あらためて、自己紹介をしてもらおう。ミスタ・
フランドル」
ケヴィンがそれにしたがって立ち上がる。
「俺はケヴィン・ド・フランドル。今までは髪の毛を染めて『サンドリオン』と名乗っていたのは、特に気にしないでほしい。以上」
「たしか、君の二つ名は『小石』だったよね? それでかまわないというのかね?」
「今後、自然に別な二つ名がつくでしょうから、わざわざ、こだわる必要はないと思っているので」
それで、自己紹介はおわりとばかりに、そのまま席に座る。
通常、貴族が話すのは、長めの自己紹介となるのだが、ケヴィンの自己紹介に、コルベール氏はやれやれとばかりに、首を横にふって、講義を開始しだした。
コルベール氏の講義は、現在1年生の時に習った基本的なことの復習だ。
その合間に、先ほどのケヴィンの自己紹介から、部屋の中でこそこそと話がはじまる。
「フランドルって、たしか、ゲルマニアとの国境付近にあるところだよな?」
「ルイズのところもゲルマニアとの国境のところだったよなぁ」
「キュルケとの仲の悪さをみればわかるだろうよ」
「もしかして、サンドリオンじゃなくてケヴィンとルイズって、知り合いだったんじゃないのか?」
「たしか、フランドル伯爵家って、ゲルマニアとも面しているが、海に面したところだと思ったぞ。下手をすれば侯爵格じゃないか」
「知り合いかどうかはわからないな。しかし『小石』と『ゼロ』かよ。お似合いじゃないか」
「そうそう、食堂では、婚約者とか言ってたな。しかも使い魔だってよ」
「それは、お笑いだな」
クスクスと一部で笑い声が広まっているが、コルベール氏の頭の中では、戦争と魔法学院が襲われたときに、自身の環境に変化がおこるという予言書の話に気をとられたままで、普段ならとめる私語も注意をせずに、講義をすすめていた。
その日の夕食後、ルイズの部屋にケヴィンが居る。
ちゃっかりと、使い魔であることを理由に、堂々と女子寮に入る許可証も持っている。
もうひとつ理由としてあるのは、ルイズが予言書に興味を示していることにより、オスマン氏とコルベール氏へ提出する予言書の翻訳のうち、現在だせる部分の訳を行うところをリアルタイムで見ていることだ。
ケヴィンとしては、まずはルイズとの距離を縮めておく必要があると考えていたので、渡りに船だ。
同じ部屋にいて、翻訳をしているのを同じテーブルの上で見せながら行えば、肉体的な距離が近づくと、精神的な距離感が近づくという心理を利用できると考えている。
ルイズからみた、ケヴィンが持ってきた予言書は、思っていたよりも非常に小さい。
教科書に使っている本の半分ほどの大きさだろうか。
使っている紙も薄いのに、やぶれにくそうなほどである。
最初に度肝をぬかれたのが、最初の色つきの紙である。
黒髪の見知らぬ服装の少年はともかく、自分自身に、オスマン氏、ミス・ロングビル、ギーシュにタバサ。そしてあまり顔をあわせたくないがキュルケが、特徴をつかんでのっていたことだった。
見知らぬ黒髪の少年が、この本にのっていた平民ということだが、その平民の前で脱ぎ掛けている色つきの絵をみて、これをケヴィンが見てたと思うと恥ずかしい。
あくまでも、本というところで、実際にケヴィンにそのような様子をみせたことはないけれども、昨日きていた下着が、まさしくこの本の絵と同じだったのだ。
一方ケヴィンの方は、翻訳するのにうなっていた。
数字については、さすがに関連性はすぐに気が付かれるだろう。
それ以外については、実質上表音文字しか知らないルイズに見せても、表意文字の概念をもてない限り、ひらがなも、カタカナはともかく、漢字は理解できないだろうと考えている。
ルーン文字や、古ルーンにも、文字一つにつき、前世の世界では意味があったはずだ。
しかし、この世界では無いことを確認している。
問題となってくるのは、翻訳しているときに、下手に言葉として出したり、ハルケギニア語で書く時に、余計なことを書きすぎると、困ることになる。
他にも、挿絵そのもので、先行きが読めてしまうようなところがある。
例えば、キュルケが平賀才人にせまられているところだ。
そう、ケヴィンが持ってきている予言書とは、前世で『ゼロの使い魔』という題名で呼ばれていた本である。
フランドル伯爵家に全部はそろっていないが、ケヴィンが前世で少しは読んだ覚えのある本だった。
これに興味を示して、実際に自分が、同じ時期に魔法学院に入学することができるということもわかり、興味本位で魔法学院にはいってきたのだが、まさか自分が、使い魔になるとは思わなかった。
召喚用ゲートらしきものが自分の前に来た時に頭へ浮かんだのは、ルイズの退学はまずいという一点だ。
あとは、ルイズが自分と恋愛に向くかという点では自信がなかったので、即席で考えた結果が、使い魔になる条件としての結婚だ。
性格はともかく、顔は可愛らしい。
問題は、ルイズの両親だが、昨晩である程度作戦はねっている。
今朝おきて再度考えたが、多分、これでなんとかなるかな? と思いつつ今の現状にいたる。
ルイズに、
「今日はこれぐらいにしておくか」
「えっ? 翻訳がそんなにすすんでいないようだけど」
「東方の文字は難しくてね。読むのに時間がかかるんだよ」
実際、ケヴィンに聞いてわかった、数字と絵以外に、わからないルイズにはそれで納得するしかない。
「それと、寝る前に、風呂ぐらいには入りたいからな」
フランドル伯爵家は、ゲルマニアと面しているために、小競り合いが発生する。
ケヴィンも前線には出ないが、戦場にはすでにたっている。
ここの領地をまかされるには、体を動かすのが必要と判断し、魔法学院にはいってからも、夕食までの時間に身体を動かす訓練はしている。
さすがに、乾燥している地方で、香水で体臭をごまかすということを知っていても、前世の記憶のせいか、ここの地下の風呂は気に入っているので、平日は毎日入っている。
他の貴族は、毎日というわけではないので、風呂好きなのは自分ぐらいだろうと思っていた。
たまに、キュルケみたいに、自分の部屋に風呂も用意している生徒もいるが、少数派だろう。
ルイズの部屋から出る間際、
「じゃあ、明日、ラグドリアン湖へ行くのに、迎えにくるから」
「そうね」
気乗りはしていなさそうだが、貴族として約束をしたからには、それをはたすのが、貴族であると思っているルイズである。
『さて、明日は水の精霊にあえるかな?』
水の精霊と早めにあえれば楽だな、と考えているケヴィンが居た。
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2012.03.23:初出