『破壊の杖』を取り戻してきた5人は、学院長室にいる。
「さてと、君たちはよくぞ『破壊の杖』を取り返してきた」
貴族であるルイズとキュルケとタバサにケヴィンは礼をする。
「『破壊の杖』は、無事に収まった。一見落着じゃ」
オスマン氏は貴族である4人の頭をなでる。
「君たち4人には精霊勲章の授与を申請しておいた」
「ほんとうですか?」
キュルケが驚いた声でいう。
「ほんとじゃ。あのフーケから無事に『破壊の杖』を取り戻したのと、フーケらしき人物の顔もわかったのじゃ。それくらいの価値はある」
「ミス・ロングビルには、何もでないんですか?」
「残念ながら、彼女は貴族ではない」
「私は、オールド・オスマンの秘書ですから」
オスマン氏はここで、ぽんぽんと手を打って雰囲気を変えたいようだ。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。この通り『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通りとり行う」
キュルケが「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」と言う。
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」
そこで退室していく中で、ケヴィンだけが引き止められて、ロングビルは踊りの用意をするようにさがらせた。
オスマン氏とコルベール氏にケヴィンの3人だけの学院長室で、
「君は、『破壊の杖』が奪われることを知っておったのじゃな?」
「ええ。そして、それは必要なことだったんです」
「必要なことじゃと?」
「2,3週間後にアンリエッタ姫殿下が、この学院に立ち寄られるでしょう。その時に、ルイズへの精霊勲章の授与のことを、アンリエッタ姫殿下に覚えておいてもらわないといけないんですよ」
本来はシュヴァリエの爵位授与であったはずなのだが、ケヴィンはしれっと答える。
「そっちは、明後日ぐらいまでに部分的翻訳の中に書き込めますので、そちらでも読んでください。そんなところで納得していただけませんか?」
「明後日ぐらいということは、まだ、この後も何かあるのかのぉ」
「今の魔法学院には、直接は関係ないところですけどね」
「ふむ。明後日にはその翻訳部分をだすのじゃぞ」
「はい。了承いたします」
「それとじゃ」
退室しようとしたところで、声をかけられケヴィンが不思議そうな顔をして、振り返る。
「なんでしょうか?」
「君に『破壊の杖』が使えない、なんて教えたかのぉ?」
「ああ、それでしたら、予言書に理由がかいてありましたよ。オールド・オスマンの恩人が持っていた、異世界の武器でしょう? ワイバーンを1発で倒したとか。今あるのも、1回しか使えないのは、ガンダールヴのルーンで確認しましたよ。それでは失礼いたします」
今度こそ呼び止められなかった。
学院長室から退室したあとのケヴィンは、その足でロングビルの部屋の窓の下に行き、小石を念力で何回か軽く小突いた。
すでにドレスに着替えているロングビルが窓から顔をだし、
「ミスタ・フランドル。何かようですか?」
「本当はお話をさせていただきたいのですが、このあとは『フリッグの舞踏会』だから疲れるでしょう。できたら、明日の朝食の前でも、お話を少しばかりさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「今日のことですか? それなら早めに話をした方が、よろしいかと思いますが?」
ロングビルは戸惑ったように、返答をする。
「アルビオンへの仕送りの話とかですね。また、明朝きますので、考えておいてください」
ケヴィンは、ロングビルに言ったあとは、身をひるがえして男子寮にむかっていた。
ただ、遠方には、カイザーがいて、そこからロングビルの様子を見て、第3幕の最初はうまくいったと確信を得る。
それまでは、結構冷や汗を背中にながしていた。
この手は、廃屋でロングビルが離れたあとにも使って、杖を振った直後に、ゴーレムが生成されているのも目撃していたのだ。
ロングビルからみると、ケヴィンは一見、フーケの正体を誤誘導してくれた、おめでたい少年だったが、ここでいきなり評価を変えなければいけないことになる。
仕送りの送り先は、ウエストウッドの村。
正体を隠す必要があるので、ティファニアの名前はだせていないが、場所が判明しているだけでも問題がある。
先ほどまでは『破壊の杖』の調査にかけた時間に対しての結果に嘆いていたが、今度は自分の身だけでなく、保護をしていたモード大公の娘の心配を直接しなければいけない。
ゆうゆうとしたように見えるケヴィンの足取りを見ながら、今朝からの行動を考えてみて、彼の抹殺だけではすまなさそうな気がしてきたロングビルだった。
まあ、考え過ぎなのだが、決して単独ではわからないことがらなのだから、ロングビルこと『土くれ』のフーケが勘違いするのもしかたがなかろう。
場所は魔法学院食堂の上の階にあるホール。
『フリッグの舞踏会』に限らず、各種パーティなどで集まる時に使われる。
ここの壁際で、ケヴィンは先ほどまでのキュルケとの会話を、それなりに楽しんでいた。
キュルケにしては、ルイズがいない間に興味をもたせようとのことなのだが、ケヴィンがそれにのっているようにみえている。
踊りの約束を勝手に言いつつ、他の男性の輪の中へ入って行った。
彼女にはふさわしい行動だろう。
ケヴィンもトリステイン貴族ではなくて、ゲルマニア貴族の方が好ましいとの思いもあるが、ここで生まれ育った上に、まさかガンダールブになるとは思いもしていなかったので、そういうわけにもいかない。
ケヴィンは、今日の主役の中で、壁際にぼけっと突っ立っている黒いパーティドレスに身をつつんだ少女を見つけたので、声をかけてみる。
「ミス・タバサ。よければ、今日戦った友として、あとで一緒に踊っていただけませんか?」
ケヴィンとしては、断られるだろうと思っていたが、
「……食事の後なら」
思いもよらない返答だった。
「それでは、その時によろしくお願いいたします」
軽く、会釈をして元の位置にもどってきた。
ホールでパーティを行うときの定位置になっている。
ただし、以前までは、サンドリオンという偽名とともに、髪の毛を灰色がかった銀髪に染めていたので、まるっきり無視されていたのが、対して少しばかり違うのは、一部ながらであっても女性からの注目を集めていることだ。
トリステイン貴族の女性は、男性から声をかけられないと、通常は踊らない。
まあ、今回は、ルイズにタバサと踊るくらいだろうと思っている。
いまだに全員が集まっていない中で、舞踏会は華やかな感じとなっていき、歓談や、タバサみたいに、テーブルの上の食事と奮闘しだしているものもいる。
ケヴィンも先に皿へ料理をのせて、定位置の壁で食事をしながら、ぼんやりしている。
ホールへルイズが入ってきたところで、
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」
との声が響きわたり、今日の主役がそろったことを確認した楽師たちが、音楽を奏で始めた。
ルイズのまわりに男達が群がりはじめている。
まだ、ゼロという二つ名がひろまっていなかった、昨年の『新入生歓迎の舞踏会』の時以来だろう。
ケヴィンも婚約者として、ルイズのもとに行くことにした。
「やぁ、ルイズ。今日の主役は貴女だけど、最初に踊るのは婚約者である俺だよね?」
やれやれとした感じで
「そうね。ケヴィン」
「ミ・レィディ。俺と1曲おどっていただけませんか」
「よろこんで。ジャントルマン」
まわりへの印象も、しっかりうえつけたし、あとはルイズと踊るものがいても、それほど気にすることはない。
逆にルイズも、ケヴィンがキュルケとさえ踊らないならば、他の女性と踊っても気にしないだろう。
ケヴィンは、サンドリオンとして過ごした1年が長かったので、あまり踊りたいとは思っていなかったが。
ルイズと数曲おどったあとに、いったんわかれたところで、いつもの定位置にもどった。
そこで、ふと、タバサがいないことに気が付いた。
北花壇騎士団の仕事がきたのか?
考えてもしかたがないがレコン・キスタの裏にガリアがある以上、手は早めに打っておくべきだろうなと思いつつ、軽くワインを一人で飲んでいた。
『フリッグの舞踏会』も終わったころ、ロングビルが、ケヴィンの部屋の明かりが灯ったのを見ると、窓辺へフライで飛んでいく。
窓から部屋をのぞくと、ケヴィンは『フリッグの舞踏会』で少し酔っているように見えた。
そこで、軽くノックする。
振り向いたケヴィンが、ちょっと驚いたような表情をしたが、すぐにもどったのを見て、彼女は、主導権を握ることができるとふんだ。
窓を開けたケヴィンが、
「ミス・ロングビル。夜にきていただいたのにすまないが、部屋の中に入れることはできないよ。ルイズが誤解するとこまるのでね」
「部屋の外ならかまわないわけね?」
「ああ」
「それなら、ヴェストリの広場はいかがかしら」
「……わかった。そこならパーティ用の衣装ではなくて、いつもの制服に着替えていくから、貴女もそうしたらいかがかな?」
ケヴィンからすれば、女性の方が着替えに時間がかかるので、その間に作戦の練り直しを図るつもりだった
「私の方は、このままでかまいませんわ」
「そうですか。それでは、なるべく早く着替えてから、ヴェストリの広場に向かうので、向こうでお待ちいただけますか」
「そこで、お待ちしておりますわね」
ロングビルが笑顔で答える。
ケヴィンは、ロングビルが窓辺からさると、窓を閉めて、すぐ制服へと着替えたが、背中にデルフリンガーを背負っていく。
正直なところ、精神力切れがそろそろ近いから、今晩ではなくて、明日と話を持って行ったのだが、先ほどのロングビルを見ていると、今晩話さなければ、このまま逃げられる可能性をみたのだ。
魔法学院の西に位置するヴェストリの広場は、昼間でも暗いが、夜は気分的になお暗く見える。
2つの月明かりをもとに、ヴェストリの広場へ向かうと、ロングビルが待っていた。
15メイルほどまで近寄ったところで、
「あら、なぜ剣なんかもってきているのかしら?」
「新しい杖にしようと思っていてね。それだけだよ」
「物騒なのね」
「家は、軍人の家系だからね。それよりも、本題に入りたいのですが、できたらサイレントの呪文で、まわりに聞こえないようにしていただけませんか?」
「あら、女性におこなわせる気?」
「俺はしがないドットですからね。さすがに今日は、もうほとんど魔法も使えないんですよ。そして、今は夜。また、『土くれ』のフーケがくるかもしれないですから、多少は余力をもっておきたいんですよ」
「それなら、しかたがないですわ。私はラインですが、今日はそれほど魔法を使っていませんから」
「それではお願いしたい」
それにこたえて、ロングビルが、サイレントをとなえる。
風のラインでも、この距離を囲うのは、難しいのだが、ロングビルにとっては、どうってことはなさそうだった。
風でもラインの上位の力を有するのだろう。
「アルビオンへの仕送りの件で、いいんだよね?」
「そうですわ」
メイジとしての力量差と、まだ精神力の残りの差があると信じているロングビルは、自信をもって答える。
「まずはあわてないで聞いてほしい。『土くれ』のフーケ、いや、マチルダ・オブ・サウスゴータ」
捨てたはずの名前を言い当てられたのは、ロングビルもといマチルダには、多少のショックはあったが、アルビオンへの仕送りの件ということで、そこまでは予測していた範囲内だった。
しかし、フーケと言われた方がショックである。
「なぜ、その名を」
「フーケの方と、マチルダの方とどちらかな? それとも両方かな?」
「……両方よ」
「フーケの名は、廃屋での戦闘で、使い魔をつかって貴女の行動を見させてもらっていた。それに、農村へいけば早朝から調査しに行った者がいたかどうか、調べればすぐにわかるだろう? マチルダの名の件は、偶然だ。ウエストウッド村を襲いに行ったはずの盗賊団が、記憶を失ってなっていたから、そこで調査をしているうちにウエストウッド村の娘の特徴から、たどり着いた推測さ。緑色の髪の毛の土のトライアングルのメイジが、わざわざ、モード大公の娘を保護していればね」
ケヴィンは、ウソをついている。
マチルダがウエストウッド村に送金の際に、偽名をつかっているところまでしか、実情報はつかんでいない。
モード大公が亡くなったことや、サウスゴータの領主が入れ替わった時期が、ほぼ一致しているのは、普通に情報としてでまわっているので、調査のうちにも入らないだろう。
「なぜ、フーケとわかって、黙っていたのさ」
マチルダの地が剥がれ落ちた。
「お互いの利益になると思ったからさ。俺としては、モード大公の娘を他に利用させたくない。貴女は彼女を守りたいのであれば、話し合う余地があると思っているのだが」
「……話し合う余地? わたしは貴族が嫌いだし、あんたをこの場で殺すこともできるのよ」
ケヴィンは、相手が“白炎”のメンヌヴィルでなくてよかったと思っている。
背中に流れている冷や汗どころか、心拍数があがって、体温の変化なども感じ取っていただろう。
「殺されるなら、そこまでの命だったというところだな。折角、フーケの正体をかくしていたのに、全部ばれるぞ。しかもモード大公の娘の種族も書いていて、そういう手配ができるようにすんでいる」
これはケヴィンの賭けではあるが、実家に自分が死んだ時ようの手紙は、死ぬまであけないように依頼をかけて、封をして送ってある。
これは、今日のフーケ討伐に関してもだ。
両親がどう思っているかというのは、非常識なところがある息子というところは一致しているが、見捨てているわけでは無い。
困ったのは、フーケでもあるマチルダだ。
ケヴィンがモード大公の娘の種族と言っているところは、人間ではないと言っているようなものだ。
自分自身だけなら助かるかもしれないが、それなら、今までモード大公の娘をかくまっていたのか、自分の人生を悔やむことになるだろう。
「話し合う余地というのは?」
ケヴィンは、賭けに勝ったと感じた。
「モード大公の娘は、俺の自領の孤児院であずかろう。ここは、フランドル家が昔から、軍人やメイドとして雇えるように教育を兼ねているところで、ブリミル教は関係していない。たとえハーフエルフであっても、大丈夫なように手配をしておこう」
ハーフエルフの言葉にマチルダは、一瞬ビクリとしたが、やはり知っていたのか、という思いしかない。
「アルビオンから、自領の孤児院まではフェイスチェンジができるメイジも、護衛としてつける。貴女自身を、孤児院の世話役として雇うことも可能にできる。どうかな?」
相手が青年以上なら「命令できない男は嫌いさ」とでもいうであろうが、マチルダからみてまだ少年に見えるケヴィンにその言葉は出せなかった。
代わりにでたのは、
「そこまで知られているならば、しかたがないわ。あいにくと全てを信用することはできないけれど、事情をある程度つかんでいるのね?」
「ああ」
そうして、ケヴィンとマチルダのもとで話は進んでいく。
「ふむ。まさか、ミス・ロングビルがフーケじゃとは」
それを学院長室の、遠見の鏡で見ていたオスマン氏の言葉だったが、彼は読唇術にたけていた
ケヴィンはひと時の安堵感をたもったが、オスマン氏の動向を知ったらどう思うのやら。
*****
オスマン氏が読唇術をできるというのはオリ設定です。
原作で、タイミングよくでてくるので、こういう設定にしてみました。
しかし、我ながらデル公の出番を作れないな。
もしかしていらない子?
2012.04.07:初出