ケヴィンとマチルダの会話を、ひそかにみていたものがいた。
「ふむ。まさか、ミス・ロングビルがフーケじゃとは」
それは、オスマン氏。
学院長室で遠見の鏡でみていたのだが、彼は読唇術にたけていた。
「さて、どうするかのー」
100歳とも300歳ともいわれるオスマン氏だが、王室に勤める者の悪行をつかんでいるからこそ、王室からの無理難題をはねのけられる。
とはいっても、女王となったアンリエッタから、銃士隊を派遣されるのをとめられなかったが、今回はどうなることやら。
「ふむ、明後日あたりにくる、翻訳でも待ってからでも遅くはなかろう」
老人の時間的感覚は若者と違って、のんびりしたものであった。
ケヴィンがルイズの部屋で、予言書の一部とはいえ、時々、ルイズへ本の中身を見せないようにしているのに、気が付いた。
「ケヴィン。どこまで、私のことが載っているの?」
至極当たり前な質問だろう。
「うーん。以前言ったように、この本をそのまま信ずるならば、俺は1人で7万人を相手にしなければ、ならない。けれど、そんなのは、ごめんだ。そして、ルイズには先を知らないからこそ、先に出してもよさそうな予言は、一部ながら書こうとしているんだけど、それで納得してもらえないかな?」
「けれど、やっぱり気にかかるの。貴方がどれくらい私のことを知っているのかを」
ケヴィンがしばらく目をつむって、考えたあとに、
「内容を思い出せる範囲で、今、伝えても、困らない部分だけになるけど、それでもいいかい?」
「わたし、貴方のことをほとんど知らないのよ。貴方のことも知りたいけれど、わたしのことを、どれくらい知っているのかを知りたいのよ」
「そうだね。俺のことはおいおいわかっていくだろうけど、俺がルイズについて知っていることを話そう。例えば、長女のエレオノールがきつい性格であるために何回も婚約破棄の憂き目にあっているし、次女のカトレアは身体の水の流れに何か問題があるようで病弱だとか、父親は一見厳しいが娘には甘そうだとか、母親が烈風カリンその人であるとかかな」
「そそそそれって、わたしの家族のことであってわたしのことじゃないでしょう。それにしても、私の母が烈風カリンってのっている、てことは、その予言書を信じてよいのかしら」
多少、思うところがあるのか、ルイズの身体が震えている。
彼は、その震えを気が付かないように言い始める。
「この本から言えるルイズの過去は少ないんだよ。例えば幼少の時は、何かあったらボートに逃げ込んだとか、幼少から3年前まではアンリエッタ姫殿下のお相手をしていて、物をよくとられてしまったとか、昨日ならば、敵に後ろを見せないことを言うとかだね」
「……そこまで、わかっているじゃないの。けど、昨日は、そんな風に言った覚えがないのだけど?」
「本来なら、昨日はもう少し危ない橋を渡っていたんだ。何せルイズの使い魔は平民だったからね。そこで、ルイズの貴族としての気持ちがでたんだろう。けれど……」
「けれど、何?」
話すかどうか、考え込んでいるケヴィンだが、
「今は、話さない方が良いだろう。話してしまうと、それにそってしまうか、逆に反発してしまうだろう。俺が7万人と対戦するのを避けてしまうかのように」
「だけど、本当にわたしは虚無の系統で、始祖の祈祷書さえ、手に入れば魔法を使えるの?」
「虚無なのは、魔法が必ず爆発していることから、その通りだと思う。始祖の祈祷書は、入手の仕方は、わかっているが困難な道かもしれない」
「わたしには、始祖の祈祷書の入手方法をどうやっても考え付かなかったわ」
「以前にも言ったけれど、時期がきたら話すよ」
「貴方って、そればかりね」
「悪いが、先ほどの理由によって内容は言えないんだ」
そうケヴィンは肩をすくめて、翻訳の作業を進めていく。
ルイズとしては、自分の未来を知る相手がいるのは、気持ち悪いところもあるが、今のところ悪用されているようには感じていない。
これは、ケヴィンにとって結婚詐欺師に手口が似ているのではないか? と質問されれば、閉口するであろう。
オスマン氏との約束の日、2巻の一部翻訳と、以前出した1巻も内容の付け足したものに予言書の1巻そのものを持っていく。
ルイズに見られているので、ワルドのことは書けなかったが、そのあたりのエピソードはすっぱりと抜いて書いてある。
翻訳されている中身を見ていたオスマン氏は、ロングビルがいる中で、
「フーケは、このあとどうなるのかの?」
「さあ? のっている記憶はありませんが」
まるでどこかの政治家の答弁である。
オスマン氏からみると、それではなぜフーケの正体であるロングビルを、助ける風にケヴィンが動いているのか、謎なのである。
なんらかのメリットがなければ、そうは動かないだろうと。
「仕方がないの」
そう言って、杖をふる。
そうすると人間大だが2体の真鍮製ゴーレムが、ケヴィンとゴーレムのそばにできて、のど元に、剣をつきつけている。
ケヴィンがくる前から準備をして、あとは杖を振ればよいようにしていたのだが、杖をもっていながらも、杖を振らないように気をくばりながら会話していたのも、年の功であろう。
当然、のど元に剣を突き付けられているケヴィンとロングビルは、いきなりなので、確証を持てないが、どちらかがフーケと疑われていると考えたのであろう。
ケヴィンからでてきた言葉は、
「俺をフーケと思っているのですか? だとしたら違いますが」
責任逃れではあるが、ロングビルとも言ってはいない。
しかし、この場合には、ロングビルに押し付けたともいえよう。
「私でもありませんわ。下着をのぞかれている度に、報復されているからですか?」
ロングビルにしても、疑われていたとは今まで思っていなかったので、多少青ざめてはいるが、剣をのど元に突き付けられているのだから、声をだせるだけでもたいしたものだ。
「昨晩のことじゃ。おぬしたち会っておっただろう」
そこで、2人ともはっとする。
オスマン氏の使い魔であるネズミのモートソグニルが、昨日の会話を報告したのだろうと。
こうなってくると、いつ、気が付かれたのかは問題ではない。
フーケであるロングビルは当然つかまるであろうが、フーケの正体を知っていながら、それを違う人物にすりかえたケヴィンも何らかの形で、法の下で裁かれるだろう。
あわてるのはケヴィンである。
「これには、理由があってですね」
「その理由というのをじっくりと聞きたいものじゃ」
こうなるとケヴィンは、蛇に睨まれた蛙である。
昨日はハーフエルフの話までしているので、オスマン氏の使い魔がどこまで正確にはなしているかわからなくても、ハーフエルフのことはさすがに強烈に覚えるだろうと考えた。
自分の身の可愛さで、フーケにかかわることをしゃべりたてまくる。
ロングビルもあきれるぐらいだ。
それでも、ロングビルがいるということで、ワルド子爵のことはだまって話せるぐらいの機転はきいたが。
それでもだまってオスマン氏は最後まで話をさせていたところで、
「その『大隆起』というのは、なんじゃ?」
ケヴィンとしては先刻までは隠しておく話のつもりだったが、
「地下に大量の風石の鉱脈が育っていて、それが空中に浮かび上がるんです。アルビオンのように。それが、ハルケギニアの大地の約半分の土地でおこるとか」
「その話は本当なのか?」
「少なくとも、そう書いてあって、ロマリアでは密かに研究されていることになっています」
「その大隆起は、なんとかなるのかね?」
「いいえ、わかりません」
オスマン氏は、フーケについて、軽くけん制するつもりだったのだが、藪蛇をつついてしまったようだ。
大隆起など、人間の手にあまる。
ここで、オスマン氏はゴーレムを消すと、口を半開きにして、よちよちと歩き始めた。
今きいたことを忘れて、ぼけたふりをしているのである。
ロングビルは、この様子になれているだけあって、
「ミスタ・フランドル。ちょうど良いですわ。聞かなかったことにしてくれるようです。今のうちに、もう一度入りなおすところから始めてください」
そうロングビルに即されて、ケヴィンは、一度渡した、翻訳の2種類の内容をもって、学院長室から出て、外から学院長室扉をノックした。
入ったところで、オスマン氏から、
「今日は遅かったのう」
「ええ、ちょっと、個人的な事情がありましたから」
オスマン氏が先ほどのやりとりがなかったかのように質問をしてきたので、内心はあせりながらもケヴィンは答えた。
事務的にやりとりを行いながら、次の翻訳をもってこれそうな話などをしている。
ちなみに、すでに翻訳が終わった1巻は、コルベール氏には渡さないで、ケヴィンが持っていることになった。
その学院長室の目の前で、ロングビルとケヴィンが短く会話したが、
「聖地なんか行く気もないだろう?」
「何が好き好んで」
「それなら、先ほどの話は忘れた方がいいよ」
この日のあとは定期的にオスマン氏へ、一部を翻訳した内容を1週間に2度のペースでもってきているが、内容について深く聞かれることはなかった。
ただし、4巻がとんで、6巻になった時には、
「5巻はどうしたのかの?」
「前に説明しませんでしたか? 全部そろっているわけじゃないんですよ。抜けているうちのひとつです。次回はこれから翻訳する巻のリストでももってきましょうか?」
「うむ。よかろう」
そして、風系統の教師である黒っぽい服装をしている、若手だが人気が無いギトー氏の授業で、ついにその日が来たことがつげられる。
魔法の授業の最中に、教室の扉がガラッと開き、緊張した顔のコルベール氏が現れた。
彼は珍妙ななりで、頭に馬鹿でかい、ロールした金髪のカツラをのっけている。
ロープの胸にはレースの飾りやら、刺繍(ししゅう)やらが踊っている
「ミスタ?」
暗っぽい感じのギトー氏が眉をひそめていると、
「あややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」
「今は授業中です」
ギトー氏が短いが強い口調で言う。
「おっほん。今日の授業はすべて中止であります!」
コルベール氏は重々しい調子で告げた。
教室中からは歓声があがっているが、その歓声を抑えるように両手を振りながら、コルベール氏は言葉を続けている。
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
もったいぶった調子で、コルベール氏はのけぞった。
のけぞった拍子に、頭にのっけた馬鹿でかいカツラがとれて床に落っこちる。
教室中がクスクス笑いに包まれる。
一番前に座っていたタバサが、コルベール氏のつるつるに禿げ上がった頭を指差して、ぽつんと呟やいた。
「滑りやすい」
教室が爆笑に包まれると、キュルケが笑いながらタバサの肩をぽんぽんと叩いて言った。
「あなた、たまに口を開くと、言うわね」
コルベール氏は顔を真っ赤にさせると、大きな声で怒鳴った。
「黙りなさい! ええい! 黙りなさいこわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ! これでは王室に教育の成果が疑われる!」
とりあえず、その剣幕に、教室はおとなしくなった。
「えーおほん。皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、よき日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります」
コルベール氏は横に向くと、後ろ手に手を組みなおした。
「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアからのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」
教室がざわめいているが、
「したがって、粗相があってはいけません。急なことですが、今から全力を揚げて、歓迎式典の準備を行います。そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること」
生徒たちは、緊張した面持ちになると一斉に頷く。
コルベール氏はうんうんと重々しげに頷くと、目を見張って怒鳴った。
「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」
魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると、整列した生徒たちは一斉に杖を掲げ、しゃん! と子気味よく杖の音が重なった。
正門をくぐった先に、本塔の玄関がある。
そこに立って、王女の一行を迎えるのは、学院長のオスマン氏。
馬車が止まると、召使たちが駆け寄り、馬車の扉まで緋毛氈(ひもうせん)のじゅうたんを敷き詰められる。
呼び出しの衛士、緊張した声で、王女の登場を告げられた。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーりーーーーッ!」
しかし、がちゃりと扉が開いて現れたのは枢機卿のマザリーニで、周りの生徒たちは一斉に鼻を鳴らした。
しかしマザリーニ枢機卿は意に介した風もなく、馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取ると、生徒の間から歓声があがっている。
王女はにっこりと薔薇のような微笑を浮かべると、優雅に手を振っている。
「あれが、トリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの」
あきらめがつかないのか、ケヴィンに時々からんでくるキュルケがつまならそうに呟く。
「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」
ケヴィンにキュルケは尋ねるが、答える前にルイズの方を見ると、ルイズはまじめな顔をして王女かワルド子爵を見つめていた。
毎晩、一緒にいるのに、いまだワルド子爵の方が上か? という疑問は、ケヴィンの中でわくが、それ以上は詮索しない。
キュルケにとっては単なる暇つぶしだったのか、グリフォン隊隊長であるワルド子爵を見て、ぽーっと顔を赤らめて見つめている。
ケヴィンはタバサからある言葉がでてくるのを待っていたが、でてこなかった。
また、どこかで細かいところが変化しているようだ。
踊りに誘ったのが原因かな? と考えるケヴィンだった。
そして、その日の夜……。
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オスマン氏が、真鍮製ゴーレムを作れるというのはオリ設定です。
2012.04.08:初出