トリステイン魔法学院外の広場では、最後の召喚の儀式を行っている少女。
皆も予測されているとおりルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが使い魔召喚の魔法で失敗を繰り返している。
その失敗と呼ばれる魔法は爆発。
使い魔召喚に、一人であまりに時間がかかりすぎている。
この儀式の監督者であるジャン・コルベールも、時間がかかりすぎると感じはじめたが、そのルイズの目の前に使い魔召喚用ゲートが浮かんでいた。
あとは、その召喚用ゲートから、使い魔が出てくるのを待てばよい。
そうして待っていたが、中々、使い魔がでてこない。
しびれをきらせている生徒たちからヤジがとびだしてきた。
「『サモン・サーヴァント』でゲートが開いたのに、使い魔がこないじゃないか!!」
「きっと、使い魔になるのを嫌がってこないんだぜ」
「さすが、ゼロのルイズだ」
この儀式の監督者であるコルベール氏も、このような事態は始めてである。
何回も失敗したあとの、ようやく『サモン・サーヴァント』で開いた使い魔召喚用ゲートからは、何もでてこない。この教室の前に行ったタバサの場合は、出てくるまで多少は時間はかかったが、ここまで時間はかかっていない。
相手となる使い魔に拒絶されているのだろう。
ゲートが開いてもでてこないということは何回かあったが、そうすると、また『サモン・サーヴァント』を行わないといけないが、このルイズという少女は何回失敗するかがわからない。
思案のしどころであったが、結局はルイズと生徒たちが言い争いをはじめたので、それをたしなめて、再度、ルイズに『サモン・サーヴァント』を行いなおすように言った。
ルイズも反論しかけたが、使い魔がいつまでもでてこないのでは、進級できないので仕方がない。
再度『サモン・サーヴァント』を開始するが、また失敗の爆発だ。
やっぱり、さっきの使い魔召喚用ゲートから使い魔がでてくるのを待てばよかったのにと悔やんでいたが、すんでしまったものはしかたがない。
後悔先に立たずである。
だが、今度は10数回ほどの失敗のあとに、また、使い魔召喚用ゲートが浮かんでいた。
あとは、そのゲートから、使い魔がでてくるのを待つのだけである。
今度こそ使い魔がでてくるようにと、ルイズとコルベール氏も願っていたが、別な方向から声がかかってくる。
「ミスタ・コルベール。俺の前に、使い魔召喚用のゲートが開いているんですけど」
その声の主は、別な教室の者であり、すでに使い魔召喚はすんでいた生徒で、サンドリオンと呼ばれている。
灰色に近い銀髪が特徴で、灰かぶりを意味するサンドリオンは偽名であろうが、本名はコルベールにも知らされていない。
また190サントと背が高く、目は右目が黒で、左目が青色であり、青色と赤色の月のように色が違うので通称は『月目』と呼ばれている。
なかなかの美形ではあるが、サンドリオンという偽名らしきものを名乗っていることと、迷信深い地方では月目を不吉なものと、忌み嫌うものがいるところから、魔法学院の生徒たちからの受けはあまりよくはない。
そして、彼が呼び出した東方のドラゴンと呼ばれている、前足は五本指で、後ろに足はなく、黄色の背の毛が目立つが、翼が無いのに空中に浮かべる使い魔だ。
そのサンドリオンの横に見られるのは、使い魔召喚用のゲートと似ている鏡に似たものである。
「そのゲートは、どうやってあらわれたのかね?」
「最初は使い魔と過ごしていたところに現れたのです。この使い魔に尋ねてみると、同じようなゲートから来たと解ったので、時間的にここの使い魔召喚じゃないかと、あたりをつけて来ました。」
一瞬の間があいたあと、
「それで、今のルイズの『サモン・サーヴァント』で使い魔召喚用ゲートができたのと同時ぐらいに、俺の目の前にできたのですが」
「……君は、そのゲートをくぐる気は?」
「召喚相手と、召喚後の条件次第ですが……」
ようは、単純にはくぐらないぞと言っているのである。
くぐってしまえば『コントラクト・サーヴァント』の儀式までは「春の使い魔召喚のルールはあらゆるルールに優先する」ということで儀式はすすんでしまう。
だからこの場合は、召喚される相手が納得しなければくぐらないであろう。
少なくとも、使い魔召喚が成功しなければ、ルイズは退学である。
「召喚相手と、召喚後の条件次第っていうのは?」
「まず、本当に召喚主はルイズであることが一点目。もうひとつの条件は……今、ここでは言いたくない」
「それって、本当?」
「ああ。このゲートからもルイズの声が聞こえてきているから、召喚者はルイズで間違いないと思う。ただ、召喚後の条件は、できれば二人きりか、難しいのならミスタ・コルベールを含めた少人数で話をさせてもらいたい」
コルベール氏に、そしてルイズも困惑している中、サンドリオンが、
「ミスタ・コルベール。オールド・オスマンに確認をとってみては?」
渡りに船とばかりにコルベール氏は、
「そうだな。皆は教室に。君たち二人は、学院長室にて話をしよう」
皆は学園へ飛んでいくがルイズが飛べないため、サンドリオンの黄竜に乗って学院長室の塔に向かおうとしたが、さすがに乗馬とは勝手が違うようでルイズが乗るのに苦戦している。
初めて黄竜に乗るルイズに見かねたのかサンドリオンは、
「ああ、ルイズ。背中の毛でもつかんでいればふりおとされるようなことは無いから、つかんでいてくれ」
「わかっていたわよ」
わかってはいなかったが、素直ではないルイズである。
もしかしたら、サンドリオンにつかまるか、どうかしないと、っとちょっとばかり思っていただけである。
「さっき言っていたゲートをくぐってくれる条件って何?」
「ある程度は……たとえば、俺がどこの領主の息子であるとか話さないといけないだろうから、それを知っている、オールド・オスマンの元で話すのが良いと思う……」
先ほどの態度に比べ、若干ながら声のトーンは低いが、自分の退学か進学かの進退に気をとられているルイズは気がついていない。
学院長室に入ると、オールド・オスマンことオスマン氏は机のところで座っていて、ルイズとサンドリオンはその前で立って、コルベール氏がくるのをまっている。
そしてその横では、学院長秘書のロングビルが居て書類整理で忙しそうにしている。
そこで、無言のまま待っている間に、ようやくコルベール氏が入ってきた。
いきさつの詳細をコルベール氏が詳細にオスマン氏へ話していたが、その話も終わったころ、
「それで、サンドリオン君。本名を明かすのかね?」
オスマン氏からの確認で、サンドリオンは、
「ええ。ミス・ロングビルが、このままここの話をだまっていただけるか、もしくは退室していただければですが」
「うむ。ミス・ロングビル。席を外しなさい」
メイジであっても、平民であるロングビルに席をはずさせ、オスマン氏は、
「これでいいかね?」
「ええ、感謝します。それで、俺はド・フランドル伯爵家長男でケヴィン。身分そのものを隠したのは、今となってはたいしたことではない」
「それって、どういうこと?」
「この月目のせいで忌み嫌われると考えて、不必要にド・フランドル伯爵家への影響をさけたつもりなんだ。実際にはそれよりも、偽名を使っていることの方が、影響がおおきかったからね。貴女も俺の月目は気にしていないだろう?」
「……そうね」
「俺が本来ここにきたのは、学院長にも話していなかったが、興味本位で来ていただけだったんだ。俺の家での予言書には、今年ヴァリエール家の三女にメイジでも無い平民が召喚されるというのが残っている。それが俺にかわったので、対処方法を考えなくてはいけなくてね……」
その中でルイズが嫌そうに言う。
「わわわ私が平民を召喚。そそそんな馬鹿なことがあるわけないでしょう!」
「平民でなくても、人型の使い魔を召喚するところに意味あるんだけど、それはあとにしよう」
「あとに?」
「これから話すことは、未来を決める重要なことだ。もし、俺がルイズの使い魔になったら、使い魔という運命をどちらかが死ぬまで召喚者から外れることはできない」
「たしかに、そうねぇ」
「まずは、ド・フランドル家について、どれくらい知っているかな?」
「なぜ聞くの?」
「知らなければ、まずは俺の家のことを知らせる必要があると思ってっているからさ」
「馬鹿にしないでね。同じゲルマニアからの侵略をしている伯爵家なら、そらで言えるわよ。特に、海に面していることから、空海軍を常駐させているのは、異色だわ。家の格も公爵家におよばなくても侯爵家に匹敵するでしょう。ざっとしたところ、これくらいかしら」
「だいたい、そうだね」
ド・フランドル家は、宮廷の席次も、名門であるグラモン伯爵家ともほぼ変わらないが、ケヴィンはそのあたりをあまり気にしていなかった。まだ、表にでていない情報もあるがわざわざ言うまでもないであろう。
「それで、ケヴィンって言ったわよね。今のと何が関係するのよ?」
「だから、使い魔になるには、それ相応の代償を要求したいので、ド・フランドル家のことをまずは知っておいてもらいたかったんだ」
「代償?」
「ああ。俺と結婚するとかね」
「けけけ結婚。ななななんで、あああ貴方と結婚しなきゃいけないのよ」
「結婚は早すぎたな。今は婚約でもかまわない。これらの代償が必要な理由がある。聞いてくれるかい?」
「……」
まだ、ルイズは話をのみこめていないようだ。
オスマン氏の様子からは、何を考えているのかは不明だ。
コルベール氏は、ただ、事の成り行きに流されているように見える。
サンドリオンことケヴィンは答える者がいない中、語り始める。
「使い魔となった幻獣などは、主人への忠誠心などが高くなっていく。俺もそのような影響から完全には抜け出せないだろう。なら、一層のこと、結婚ということを考えた。それで、ルイズに婚約者がいるのならば、そちらへの破棄の手続きを願いたい」
まわりの様子を確認して、言葉がしみわたっているのを確認してから、
「そう。どちらかというと政略結婚のたぐいになる」
「で、でも……」
「返答は、これから事態が動くので、1週間以内ぐらいで婚約するのかきめてほしい。色々と、これから俺自身で動かなければいけないからね」
ルイズにとっては、少なくとも、家族にメイジとして認められたいという気持ちがある。
けれど、使い魔召喚にいたって、いきなり婚約だのという話をだされても、困惑が深まるだけであった。
現実味を帯びてはいなかったが、ワルド子爵という婚約者もいる。しかし、婚約は反故になったと思っていた。
沈黙が続く中、オスマン氏が、
「その予言書だが、信用のおけるものかね?」
「その予言書も、オスマン氏に縁の深い言葉として『元の世界』というのが、のっていましたが、それでどうでしょうか?」
「……うむ。ミス・ヴァリエール。すぐには、答えも出ぬ問題じゃろう。まずは一晩考えてみてはどうかの。」
「……はい。そうさせていただきます」
そうしてルイズとケヴィンを学院長室から退出させたあとに、オスマン氏は、
「ミスタ・コルベール」
「はい」
「これから、時代が動くかもしれぬかのう」
それには、返答できないコルベール氏がいた。
他方、ルイズは部屋に戻って、心の整理をつけ始めている。
貴族として、使い魔召喚を成功させるために婚約をするのか、それとも親がきめた憧れでもあるワルド子爵との婚約を再確認するのかと。
当事者の一方であるサンドリオンことケヴィンは、今日召喚したばかりの黄竜に話かけている。
「名前が無いのも不便だな。俺の記憶に残っている前世の記憶では、黄竜は四方の竜を統べる上に、人間の皇帝を導きし物とある。その皇帝だが、こちらの世界ではカイザルと言うが、それよりも新しい言葉であるカイザーというのはどうだ?」
うれしそうに、首を縦にふる黄竜をみて、
「じゃあ、カイザーとこれから呼ぶな。しかし、サイトじゃなくて、俺が選ばれるとはなぁ。単純にここには見にきただけのつもりだったんだがなぁ」
ケヴィンとしては、自分が生存していくのに、ルイズとサイトの行く末を見守るつもりで、影響を最小限にするつもりだったのだが、なぜか、召喚のゲートはケヴィンの目の前に開いてしまった。ゲートからの声からしてルイズだと思ったので、緊急的に、結婚という条件を思いついたのだが。
しかし、ケヴィンが嘆いた意味をはかりかねた、カイザーは首を横にかしげていた。
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原作2巻のルイズとワルドの結婚式で、ルイズが結婚式を望まなく、ウェールズ皇太子がフラれたことを指摘したことの箇所より、独自・拡大解釈(1754年『ハードウィック婚姻法』以前などもあります)として、ルイズからワルド子爵へ何らかの方法により婚約破棄できるとして、構成されております。
2012.03.18:初出