翌日、虚無の曜日も昼食の時間になろうかというところで、ケヴィンとルイズが黄竜であるカイザーにのっている。
そのカイザーから2本の綱が2頭の馬にまでつながっていた。
カイザーの遠出が、どれくらいできるかの試しもかねている。
そこで、ケヴィンが
「そろそろ、ラグドリアン湖だ。ルイズは、太后マリアンヌの誕生日を祝う園遊会で来ていたんだろう?」
「よく知っていたわね」
「それも予言書に書かれている内容からの推測だったけど、アンリエッタ姫殿下の影武者をしていたとか」
「やだー。そんなことまでのっているの?」
「まあ、髪の毛の色が特徴的だったので、ルイズのことじゃないかと思っただけだよ。それで、ここの湖畔を見てかわったことに気が付かないかい?」
「えっ? そういえば……」
いつの間に丘の上まできていたのか、空から見下ろすラグドリアン湖の青くまぶしかった。
陽光を受けて、湖面がキラキラとガラスの粉をまいたように瞬いている。
そこの中の一点をルイズは凝視して、
「湖から屋根がでている。そんな湖じゃなかったはずなのに」
「村が飲み込まれたみたいだね。多分、水の精霊が怒っているんだろう。今、水の精霊の御許で誓約しても、禍となすだけだろうな」
この状態でも、ここで、祈っておけばよかったと後で後悔するのだが、
「今日はここを見ての食事だけにして、帰ろうか?」
「貴方、知っていて来たわね?」
「まあ、本にのっていたからね。ただ、誓約書を書いた時には、そこまでは思いつかなかったよ」
ケヴィンは、カイザーに指示をだして、適度に湖を見渡せる位置に舞い降ろさせ、この小春日和の中、シートを広げてルイズへ座るように即した。
まるでピクニックのようである。
持ってきた魔法学院のランチを開いてみるとパン、ソーセージ、チーズ、豆を煮て味付けされたものが入っている。
ランチを開始する中、ケヴィンがパンを縦長に半分ほどに切り、ソーセージや豆にパンをはさんで、マスタードをつけてサンドウィッチのように食べようとしていたところでルイズが、
「何! その食べ方!」
まるで行儀が悪いとでも言うようだ。
普通の貴族ならば、それぞれ別々にして、行儀よくわけて食べていくものである。
「そういえば、馬の上で食べているんじゃなかったな」
「なんで馬の上で食べるの?」
「自領で平民出の兵士と一緒に行動しているから、馬の上で食事をする癖がでたんだろう」
「平民出の兵士? なんで、そんなのと一緒に食事をしているのよ」
「空海軍の兵士の編成は知っているかな?」
「それと、今の話に何の関係があるの?」
「あるから聞いているんだよ。それで知っているかな?」
ルイズは一般の軍務や、魔法衛士隊のことは親がそのような任務についていたので、知っているが、さすがに空海軍の細かいことは知らない。
「いいえ」
「空海軍は、メイジとしてよりも、船を動かす技量が重要だ。そこではメイジも平民も関係ない。そして、俺のところの領は海に面しているのと、ゲルマニアにも接しているから、空海軍の一部が常駐している。それは、知っていたよね?」
「ええ」
「そして、その空海軍の方式を陸上でも取り入れた方が、戦力の運用に適しているから、フランドル家ではそうしている。ただ、他のところでは、やっていないけどね」
「貴方のところのやり方は、ゲルマニアとそっくりね」
「地方の前線では、中央の方式をそのままっていうわけにはいかないからね。公爵家なら、そうしなくても大丈夫なのかもね」
ルイズとしては、気勢をそがれたようなものだ。
話題を変えてみるにあたり、昨日の講義で気になった件を聞いてみる。
「そういえば二つ名の『小石』だけど、どうやってついたの?」
「簡単にいえば、相手の杖を落とすのに小石をつかったからさ」
「どういうこと?」
「言うよりは、実際に見る方が早いだろう」
そう言って立ち上がり、ブレイドの呪文で杖が茶色に輝く剣状にかわる。
さらにききなれない呪文だが、詠唱時間は短いことからドットのスペルだろうとはわかるが、その効果はケヴィンのいたところとは違う場所にあった小石が、近くにある木々に衝突して、穴を開けている。
「見た通りで、これが二つ名である小石の由来だよ。試合の時には、これよりも威力を落としていたけどね」
「貴方、本当にドットなの?」
「ああ。ラインスペルを唱えても、その魔法は使えない」
「けれど、その威力を見せたら、もっとすごい二つ名がつくじゃないの!」
「興味は無いが、あえてルイズのために知らせておくなら、今のはコモンである念力で、それを古ルーンに翻訳しなおしている」
「なぜ、そんなことを?」
「魔法は詠唱速度が短い方がいいからね。同じなら普通の話し言葉よりも古ルーンの方が詠唱が少なくてすむ。実戦ではいかにはやく詠唱するかが重要なのは知っているだろう?」
「そーね」
そのあとは無言のまま、二人の間に会話は無かった。
ケヴィンも、コモンを古ルーンに翻訳したというのを話したのはまずかったかなとは思うが、現状のルイズの性格を考えると極端なトリステイン貴族の色にそまっているだけあって、下手なことを言えば、信頼関係を築けないまま、使い魔を続けなければいけなくなる。
だからといって、ルイズのトリステイン貴族色をうまく消す最短な方法は、思い浮かんでいない。
その日はそのまま二人とも無口なまま、魔法学院まで帰った。
そして、そしらぬ顔をして、ちゃっかりと夕食後にはルイズの部屋で、予言書の翻訳をしているケヴィンはいたが、ルイズがそばに拠ってはこなかった。
実力に対して低い小石という二つ名に対して、トリステイン貴族なら、汚名返上と動くだろう。
しかし、このケヴィンは、そのことに対して気にしていない様子である。
自分のゼロという二つ名にコンプレックスをいだいているルイズにとっては、どう取り扱ってよいのかわからないのであった。
虚無の担い手であるというのも、現在のところ、本当なのか自信が無いのもあるのだろう。
一方のケヴィンは、ルイズの様子は気にしていないように見える。
次の日も各食事や、講義に、夜間にいたってはルイズの部屋にいるケヴィンである。
そして、ケヴィンの主観によって、出してもよさそうなところの翻訳が終わると、オスマン氏のところに提出している。
とはいってもまだ本の1巻までだが。
ルイズが、短時間でケヴィンに気を許すとは思っていない。
しかし、肉体的距離が近くなれば、精神的距離も近くなるという前世の記憶に頼っているケヴィンにとっては、時間の問題だと思っている。
それよりも、気にかかる要素がもうひとつある。
それはケヴィンに視線を感じさせた赤毛の女性である、キュルケであった。
他の貴族へのあからさまなアプローチとは違い、サラマンダーで監視しているようだ。
サイトが貴族ではなかったから、サラマンダーで監視していたのはわかるが、なぜケヴィンに対しても同じ方法をつかってくるのかが不明だ。
キュルケとしては、今まで眼中になかったサンドリオンが、ケヴィン・ド・フランドルと、ゲルマニアに隣接するトリステインの貴族だけに、少々作戦を練る必要があるかと多少は考えていただけだった。
そして、それは虚無の曜日の前日に行われた。
ケヴィンがいつもの通りに、夕食後の時間は自分の部屋へ一旦よって、本や書き物を持ってルイズの部屋にやってくる。
そのルイズの部屋の前に、サラマンダーが眠たげに横になっていた。
「サラマンダー。そこをどいてくれないかな?」
そう言うと、今、気がついたとでもいうふうにケヴィンを見上げると、彼のもとによってきて、きゅるきゅる、と人懐こい感じで鳴いた。
ケヴィンはそのままにしていると、サラマンダーが上着の袖をくわえたまま、ついてこいというように首を振った。
「ついてこいというのか?」
上着から口をはなして、きゅるきゅる、と鳴きながら、首を縦に振る。
「わかった。キュルケのところか?」
これも、首を縦に振られたので、
「それじゃあ、先導してくれるかな?」
首を縦に振ってから、隣のキュルケの部屋へ向かっていく。
そのサラマンダーの後をケヴィンが付いていくと、サラマンダーは器用にドアを開けて入るが、ドアは開けっぱなしだ。
そのドアをケヴィンがノックする。
「中へ入って、扉を閉めて?」
部屋の中からは、当然のごとくキュルケの声がする。
「いや、女子寮への入寮許可証は、廊下とルイズの部屋までになっている。だから、このままでいたい」
「あらん。そんなお堅いことを言わないで」
「用事が無いなら、帰るぞ!」
「うーん、寒いから、扉を閉めて、入ってもらいたいのだけど」
「そんなに寒いか?」
「私が、どんな格好をしていると思う?」
「恰好はわからないけれど、窓の外に、貴女の恋人がきたようだよ」
「ベリッソン! ええと、二時間後に」
「話が違う!」
窓枠ごと、ベリッソンを吹っ飛ばした。
キュルケが扉へ振り返ると、すでに閉まっていて、そこにケヴィンの姿はなかった。
その後に、キュルケの部屋へ男たちがきたのかは不明である。
ケヴィンが、いつものようにルイズの部屋へ入ったが、ここ1週間の中では少しばかり時間が遅い。
いつものように丸テーブルに予言書をおいて、そのまま翻訳を実施するかと思ったら、声をかけてきた。
「ルイズ。先ほどキュルケから部屋へ入らないかと……」
「なんですって!!」
「話は最後まで、聞いてくれ。当然、断ったさ。ただし、しばらくは、つきまとわれるようになるだろうから、明日は、予定通りに剣を買いに行こう」
「それも載っていたこと?」
「若干、異なるけどね」
「なんで、わたしに先に言わないのよ」
「言っていたら、今日のことをどうしていたと思う?」
ルイズがビクッとする。
「多分、止めにはいっただろう? そうすると、明日、剣を買いに行く意味がうすれるんだよ」
「明日、剣を買いに行くことと、今日、キュルケに誘われるのに、何が関係するのよ!」
「それは、まだ言えない。言えるとしたら、明後日の『フリッグの舞踏会』が終わったあとだね」
「そんなに待つの?」
「それでないと、ちょっと困ったことになるかもしれない」
「わかったわよ。終わったら、きっちり、教えてちょうだいね」
「はい。ご主人様」
「こんな時ばかり、使い魔のふりをして」
「それじゃ、婚約者らしく、貴女のとなりで愛の語らいでもしてる方が、好みかな?」
ケヴィンが笑いながら声をかけてくるが、それもいいなとは思いつつ、ついつい反対の言葉をかけるルイズの癖で、
「そんなこと、いいから、書ける部分までの翻訳を、早くすませなさいよ」
「そうだね」
その日は、それまでと同じようにすすんでいった。
翌日の虚無の曜日は昼食後、使い魔であるカイザーにのって王都トリスタニアへ向かい、武器屋に行く。
時間をさかのぼること昼食時には、ケヴィンがルイズに、
「じゃぁ、あとで、カイザーでトリスタニアへ行こう」
ルイズが一瞬ムッとした顔をするが、
「ええ、そうね」
ケヴィンがルイズにここで、行き先を告げることを、ルイズに言ってなかったのである。
この話を聞いていたキュルケが、さりげなく昼食を中断して、席を立つのは確認していた。
そして、黄竜にのっている最中に後方で、風竜にのったタバサにキュルケが居ることを遠見の魔法で確認はしている。
武器屋で買ったのは、見た目は錆だらけの大剣と、手元には見えないが、腰につるされた小剣を1本ずつ購入した。
実際には大剣はケヴィンで、小剣はルイズがお金をだしているが、そこは先に大剣の分だけお金をケヴィンからルイズにわたして、店でお金をだしたのはルイズのように見えてたはずである。
サビサビの大剣で100エキューと、店の中では大剣の中では最安値だが、ケヴィンにとっては2ケ月分の小遣い分だ。
一方、ルイズには店一番のものよりは、実用的なものが良いと念押しをしてある。
そうでなければ、どれだけのものをふっかけられるやらと思ったが、意外と素直にルイズはケヴィンの意見にのった。
ルイズには剣の見立てがわからなかったので、ケヴィンの見立てを信じたまでである。
ケヴィンとしては、少々、このあたりの違いが、今後どう変化していくのかが気がかりなところである。
その夜、いつもの通りに、ルイズの部屋で、ケヴィンが翻訳をしていたら、この部屋へ、キュルケとタバサはきたが、ルイズはタバサのことが、眼に入らない。
ケヴィンは、キュルケから渡された剣を、さもよさそうに見ている。
実際に名剣と言って差し支えない出来ではあるが、残念ながら硬化の魔法が切れているのを、武器屋ではディテクト・マジックで確認している。
この時、武器屋の室内全体へもディテクト・マジックをひろげたところ、反応の空白地帯にあったのが、ボロボロの大剣であるデルフリンガーだった。
話をさせるとうるさかったので、今はさやの中にいれてあるので静かである。
「どういう意味? ツェルプストー」
「だから、ケヴィンが欲しがっている剣を手に入れたから、そっちを使いなさいって言っているのよ」
「おあいにくさま。大剣なら、ケヴィンが自分で目利きをして買ったわ」
どうしてルイズは、こっちのシナリオを簡単に崩してくれるんだと、頭をかかえたい気分のレヴィンだった。
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ラグドリアン湖に向かったのは、サイトが寝込んでいた時期のイベントの変わりも含んでいます。
ブレイドの魔法を使いながら念力も使えるのは、烈風の騎士姫のカリンの空中戦(多分フライ)を使いながらブレイドを使っている概念を使っています。
2012.03.30:初出