ハイムダル。現在のスカンジナビア王国を中心に語られていたゲルマン神話に出自を持つ神である。主神オーディンの息子にして、神々の国の番人。たぐいまれな目と耳を持ち、世界のすべてを監視しているとされる神だ。
そして、この神には人の娘との間に子どもをもうけたとされるお話がある。子は3人。
戦士となるようたくましい子どもを。
貴族となるよう美しい子どもを。
奴隷となるよう醜い子どもを。
神は神々の国にかかる橋を守る番人だ。そして、神々の黄昏が訪れた時、角笛を吹き鳴らし世界の終末を告げるという。
プラントは、ロゴスはAIにこの神の名を与えた。
そして、それは訪れた。木星圏から飛来したそれは、小惑星を加工し、移動要塞としたものだった。地球上ではありえない、逆円錐形の岩石、その脇には小型化されたジェネシスである大量破壊兵器が搭載され、その数kmに及ぶ巨体の内部には数十年にわたって蓄積されてきた数々の兵器が収容されている。
本来であればプラントに多大な貢献をするはずであった武器たちは、平等にすべての命を奪うために用いられる。
この要塞の名はギャラルホルンと命名されていた。ハイムダルがラグナロクの際に吹き鳴らすとされる角笛、その名である。
要塞には、世界の終わりを告げる名が与えられていた。
ハイムダルの反乱に伴うザフト軍の動きは様々だ。各都市に駐留する部隊は否応なしにカオスの部隊との戦いを強いられた。しかし、上層部はハイムダルを事実上、黙認。援軍の望みもないままの戦いだった。
すでに一部の部隊は現場判断として地球軍との連携を始めていたが、上層部はあくまでもハイムダルを利用すると主張、ハイムダルを敵性勢力と認めつつも地球軍への攻撃を続けていた。
ダムゼル。ヴァーリの中でその能力と父への忠誠心を評価された6人の少女たちであってもそれは変わらない。誰もが父であるシーゲル・クライン、その遺志を継ぐラクス・クラインの手駒になっている訳ではなかった。
エピメディウムと同じく緑の髪を持つダムゼル、デンドロビウム・デルタは母艦の中でプラント市民への救助活動、その指揮をとっていた。カオスの情報の共有、市民の避難誘導、物資の補給など、プラントにおける対ハイムダル戦線の指揮官を務める形となっていた。
ブリッジのモニターには、破壊されたプラントの街並みに、容赦なく攻撃を浴びせるカオスの姿が映し出されている。ただでさえ感情を露わにすることの多いデンドロビウムだ。カオスに対してはモニター越しとはいえむき出しの敵意をぶつけていた。
Dのヴァーリ、その腹心の部下であるコートニー・ヒエロニムスはいつもその後ろを守っている。
「ラクス様から集結要請が再三届いていますが」
「ほうっておけばいい。暇つぶしの嫌がらせだろ」
この状況で動けるはずがないことくらい、至高の娘は知っているに決まっているのだから。
燃える街並み。採光用のミラーが破壊されたことでコロニー内は夜を演出していた。崩れたビルに炎が照らしたカオスの異形のシルエットが映り込み、その影が逃げまどう人々を追っていた。
この光景の呼び名を、人は数千年前から知っている。
「ラクス、本当にこれがお父様の望まれた世界なのか?」
外宇宙の方向から飛来した核ミサイルが、ユニウス・ワンに地獄を顕現させた。
ユニウス・セブンの再来だった。
砂時計の上下をつなぐ軸、そこを核は容赦なく破壊、切り離された上下がそれぞれ、核による熱と放射線を浴びながら住人を乗せたまま弾き飛ばされていく。幸い、周辺コロニーに激突することはなかった。
プラントもバカではない。ユニウス・セブン以来、連鎖破壊を防ぐために各コロニー間の距離は調整されているのだ。
アスラン・ザラを隊長とする部隊はユニウス・ワンを眺めていた。急速に失われていく大気が太陽光を拡散し、まるで光を宇宙に撒いているような幻想的な光景だった。それが命の散り様そのものだと言っても過言ではない。実際、大気とともに人が光の中、宇宙へと投げ出されていく様がモビル・スーツのカメラでも確認できた。
むろん、居合わせたのは偶然ではない。プラントを狙った核ミサイルを破壊しようとした地球軍の部隊、その迎撃にあたったのがザラ隊だったからだ。結果、ミサイル迎撃は失敗。この有様だ。
動揺はザラ隊においても広がっていた。
「アスラン、やっぱりおかしいですよぉ」
戦闘用の補助AIとしては幼い印象を与える翠星石がコクピットの中、膝を抱え漂っている。
アスランは無視した。というより、翠星石の言葉に興味を示すことさえなかった。レーダーを確認し、次の敵を探している。モニターに表示されたデータ、そのすぐ奥にはユニウス・ワンの惨状が広がっているのだが。
本来であればすぐにでも臨戦態勢をとらなければならないはずの部隊員たちが、戦争初日の新兵のように隊列一つ、まともに組めずにいた。
「ザラ隊長。地球軍の行動は結果としてプラントを守ることに繋がっています。我々の行為は無為に市民へ犠牲を強いているだけではありませんか?」
「フィンブル落着の際、デュランダル議長はプラント宙域への地球軍の進入を許さなかった。君も正しい判断だとご高説たれていたじゃないか?」
その結果、地球では1億もの人命が失われた。それに比べればプラントのコロニーは1基あたり20万程度だ。安い出費だと喜ぶとアスランは本気で考えていたのだろうか。黙ったままの部下に芝居がかった調子で驚いて見せた。
「君はジェネシス照射こそ、コーディネーターがとるべき唯一の道だと言っていたじゃないか? プラントは地上部隊も地球の住民もやむを得ない犠牲だと切り捨てきた。それがプラント市民に対象が変わっただけだろう?」
「本国には息子がいるんです」
「ああ、障がいがあると聞いているよ」
隊員の方は迫真の演技で驚いて見せた。誰にも話していなかったからだ。アスラン・ザラにスカウトされこの部隊に転属した時でさえ、息子の障がいのことは隠してきたからだ。
「なら惜しむことはない。どうせ、レーベンズボルン・プランに生きる価値のない命と判定されるだけだ」
思わず銃を向けようとしたのだろう。しかし、銃口が突きつけられたのはインパルスガンダムの方だった。アスランの、ガンダムヤーデシュテルンの方が速かったのだ。
「今回、君のスコアは2機だったね。ちょうど君のお子さんの年齢と同じ数だ。やはり、君に来てもらって正解だった」
むろん、部下を撃ったりなどしない。冗談だとは相手もわかっているはずだ。だが不思議と、銃を下ろしても誰も笑ってはくれなかった。
レーダーに反応。それはシグナルからわかっていたが、翠星石は律儀にも叫んだ。
「アスラン、敵機接近中ですぅ!」
反応できたのは部隊内でもほんの2、3機だった。敵機の方向にインパルスたちがビームを発射し、返し矢となって戻ってきた自らのビームに撃ち抜かれた。その中には息子のために戦う、高尚な戦士も含まれていた。
「子どもを残して逝ってしまうなんて、戦争は本当に痛ましい」
そして現れたのは後光を背負ったかのようなガンダムだった。特機だが、ゲルテンリッターではない。ゼフィランサスが最初に手がけたゼフィランサス・ナンバーズ、その最後の1機だ。ガンダムトロイメントだった。
「クルーゼ隊長、まさかまた戦場でお会いできるとは」
体調を崩し、車椅子に頼っていると聞いていた。わざわざ戦場に舞い戻った理由など知ったことではない。ただアスランは暇つぶしの相手ができたことを喜ぶことにした。世界が滅びるまでの寸暇を潰せるのだ。
「アスラン、部隊を撤収させろ。これはもはや戦争ではない」
「では何だと? 互いに独善的な価値観を振り回し敵を貶め、ではどうすれば戦争を止められると聞けば誰も口をそろえる! わからないと!」
アスランはヤーデシュテルンを飛翔させた。手加減をする意味も理由もない。フル・ミノフスキー・クラフト機が全力を発揮した証である淡い光を放ちながらの飛行だ。
ラウ・ル・クルーゼのガンダムトロイメントもまた同じく光を発しながら追従してくる。かつてアスランたちの隊長であった時と同じ動きで、それは初めてトロイメントを目撃した時、多くの避難民を乗せたシャトルを破壊した時と何も変わらないのだ。
「全部これだ! 正義と信じわからぬと逃げ、自ら招いた終末だろう! 人は滅びる、滅びるべくしてなあ!」
ヤーデシュテルンの2丁のビーム・ライフルがトロイメントを狙う。しかし、トロイメントのドラグーン・ユニットはビームを偏向させる機能を有する。ビームは弾かれ命中することはない。だが、それだけだ。ビームを敵に反射させることもできるはずのドラグーンだが、もはやドラグーンの機動力ではガンダムの全力についていくことはできない。ヤーデシュテルンどころか、トロイメントにまで置き去りにされる形で反射したビームはあらぬ方向に流れていった。
トロイメントの大型ビーム・ライフルが発射される。
「それが君の望みか? 世界を滅亡させることを望むのか?」
「それだけの業、重ねたのは誰だ! ニコルとジャスミンを殺したのはお前たちだろう!」
トロイメントのビームはヤーデシュテルンを捉えることができない。
トロメントはゼフィランサス・ナンバーズだ。設計そのものは10年前のものだ。すでに型落ちした機体と言えた。ドラグーンが高速化した戦闘に追従できていないことなどその証拠だろう。
あるいは、ラウ・ル・クルーゼが衰えたか。アスランは残念ながら聞いていた。ラウ・ル・クルーゼという男がドミナントの失敗作でありそれゆえ父に疎まれたことを。ファースト・ドミナントであるアスランは、しかし父に認められなかった。
だからなんだと言うんだろうか。アスランは意味もなくトリガーを引く指に力がこもった。ヤーデシュテルンの両腰の展開式レールガンが放たれドラグーンを直撃する。
「これこそが人の望み、人の業! わかっていて突き進んだ道だろう!」
俺は何を期待している。そう、アスランは自身に問いかけた。目の前の男なら、裏切り者なら父に愛されなかった自分の境遇を理解してくれるとわずかでもよぎったからだろうか。
ビームを撃ち合っているだけではらちがあかない。ヤーデシュテルンはビーム・サーベルを抜き放つ。それは剣術などと呼べるのだろうか。ただ力任せに剣をぶつけるだけの力任せの攻撃は、トロイメントにいなされる。
「アスラン、君とパトリック・ザラのことは知っている。あの男はザラ家の人間ではない。君をロゴスの計画に必要な存在だと知ってはいても認めなかった」
「だからなんだ! あの男が俺の価値を十分に理解していればこんなことは起きなかったと言いたいのか!?」
「私もそうだった。私はプロト・ドミナントの失敗作だ。父はそんな私を認めようとしなかった。私は悲しんだよ。このように自分を創っておきながらそれを拒絶するのかと。同時に苛立ちもした。自分のような道具としての人の存在を容認する世界についても」
あの男は最後の瞬間までアスランを認めようとはしなかった。アスランを理解しようとはしなかった。だが、敵は
「アスラン、君ならわかるはずだ。このようなことをしていても、屍の山の上には後悔しか残らないと」
「勝手なことをぬかすなぁ!」
衝突同然の体当たりを仕掛けたことで、強引に振るったサーベルでもトロイメントのライフルを切断することができた。まだトロイメントは体勢を崩したままだった。
構えたビーム・サーベル。
血を流し、目の前で息絶えた父の姿を思い出していた。最後までアスランを認めようとしなかった。ラウ・ル・クルーゼはアスランと同じなのだ。
アスランの目の前で討たれたニコルのことが思い浮かんだ。ニコルは陰謀のために殺されたのだ。ラウ・ル・クルーゼの策謀によって。
ヤーデシュテルンのビーム・サーベルが、トロイメントを貫いた。ビームの圧倒的な熱量があふれ出し火花が傷口から瞬いた。
ラウ・ル・クルーゼの声が聞こえた気がした。しかし、それを聞き取ることができぬまま、トロイメントはヤーデシュテルンに突き刺されたまま爆発する。爆煙の中からフェイズシフト・アーマーに守られたヤーデシュテルンは無傷のまま現れる。
「ブルー・コスモス三巨頭の最後の1人だ。これは十分な戦果だろうな」
「でも、アスラン、泣いてるですよ」
翠星石に指摘されて初めて、フェイスガードに張り付いた水滴の正体に気づいた。
「馬鹿を言うな。父を名乗った男が目の前で息を引き取った時だって、涙なんて流れなかった。流さなかったんだぞ!」
そこはまるで玉座の間だった。正確にはムスペルヘイムのブリッジなのだが、艦長席とは別に設けられた議長席がまさにそれなのだ。艦の指揮をとるでもない議長に細かなコンソールなど必要ない。しかし、一段高くなった場所にその席は置かれている。簡素さがかえって特別を演出し、それはまさに王の座する椅子だった。
ギルバート・デュランダル議長はそこに腰掛け、では、膝の上に座るのは王女だろうか。
「ねえ、ギル。どうして、私をアイリスに預けたの?」
「仕事が忙しくなって君にかまってあげられなくなる前に信頼できる人にお願いしたかったからだよ」
「タリアはどうしたの? よく一緒にいたでしょ?」
「知っていたのかい、タリアのことを? 残念ながら別れたよ。体の相性が……」
言い終えるより早く、何者かが議長の後頭部を叩いた。フレイ・アルスターがその下手人である。
「子ども相手に何言ってるんですか」
もちろん、ただこずいただけである。議長は大して痛がる様子も見せずにただ後頭部をさすっているだけだった。
「議長の頭をはたいた君は誰だい?」
「フレイ!?」
リリーは当然、フレイのことに気づいた。
「知り合いかい? どこかで聞いた名前だな」
「アーク・エンジェルの操舵手してたから、それかも」
「ああ、思い出した。しかし、君は捕虜のはずだろう」
「ラクスに聞いてください」
議長はここで警備員を呼ぶようなことはしなかった。
「なら、ディアッカ君もここに呼ぼうか? リリーのお礼もしたいしね」
どちらかと言えば警戒心を露わにしているのはリリーの方だろう。
「それで、フレイは何の用があるの?」
「私、ラクスを助けたいんです」
「君が? ラクス議員をかい? そもそも、彼女は助けなんて必要としていないさ」
「会ってわかりました。あの子、とても、悲しい目をしてるから」
「なるほど。では、君に私の目はどう写ってるのかな?」
フレイは前屈みになって議長の顔をのぞき込むブリッジのクルーたちは当然、フレイのことに気づいていたが、あまりに堂々としている態度にまさか捕虜が出歩いているとは考えなかったのかもしれない。
「あまり悲しそうな目じゃありませんね。どちらかというと過渡期って感じ」
「君には人を見る目があるのかな?」
「そんなのありませんよ。ただ、見たことがあるんです。鏡の中で」
目は心の鏡と誰かが言っただろうか。フレイがのぞき込むことで議長もまたフレイの瞳に映った自らの瞳を目にすることになる。
「悲しいことがあって、私は最初に自暴自棄になったんです。自分なんてどうでもいいって思ってるから何でもできるんです。どんなことでもしでかせるって気持ちが、どんなことも可能なんだって意味にすり替えられていって、最後には万能感に変質するんです」
かつて両親を失い、後先考えないまま軍に入隊した。その時のフレイはまさに万能だった。友達を巻き込むことだってできた。自分にも周りにも嘘をつくことだってできた。
「そんな根拠のない万能感抱いてる時って自信満々の顔して、そのくせ、瞳は自信なさげに震えるんです」
小娘の他愛のない話だ。そう、デュランダル議長なら一笑に付すこともできたはずだ。
「私、知ってるんです。ラクスはエインセルさんに似ていて、議長は私に似ています」
プラント最高評議会で議員たちを相手に舌戦を繰り広げてきたギルバート・デュランダル議長が、それでもフレイの言葉に耳を傾けた理由は、単なるお遊びにすぎなかったのだろうか。決して正面からは向き合わず、話をはぐらかそうとするだけだったのだから。
「いやはや、なかなか興味深い話だったよ。ただ、君の目的はラクス・クラインだったね。残念だが、彼女はこの艦にはいない。出撃したからね」
それはいびつな形をしていた。夜空の星を抽象化したかのような鋭い構造が四方八方に延びている。しかし、星と形容するには、取り付けられた銃器、剣のように突き出た複数のユニットがそれをまがまがしく装飾している。
たとえるなら、人の悪意の放射が目に見える形をとったかのような、おぞましい星の似姿だった。
モビル・スーツの3倍程度もある巨大なモビル・アーマーであるそれはペルグランデと名付けられ、本来であれば母艦に収容することさえ難しい巨体である。しかし、ムスペルヘイムのような巨大戦艦はやすやすと受け入れ、ゆっくりと花火でも打ち上げるかのようにペルグランデを放出した。
操縦席に座るのはラクス・クラインである。ノーマル・スーツに身を包み、世界そのものを取り込むかのように軽く息を吸い込んだ。
その後頭部に銃口が当てられる。
ミルラ・マイクのゼーゴックが至近距離からペルグランデへとビーム・ライフルを突きつけていたのだ。
「ラクス、これはどういうことだ?」
ギャラルホルンの接近によって戦火は拡大を続けている。ミルラから送られてきた映像には、すでに3基が崩壊したプラントの様子があった。
「私がお前に従う理由は、お前が至高の娘だからだ。お前こそがシーゲル・クラインの理想を実現できる存在だからだ」
「でも、あなたはお父様に反逆しました」
「それでもあの人は私の命を救ってくれた。だから私は見たいんだ。お父様が望まれた世界が私たちに犠牲を強いる価値のあるものだったのかどうかを。そしてお前ならそれを見せてくれるはずだった!」
「ではご照覧ください。これが、お父様の望まれた世界、そのものです」
ゼーゴックのコクピットには様々な映像が流れた。崩壊する砂時計。核の炎。地球軍に協力すると決断したザフトと、残留したザフトが戦っていた。そして、水晶の夜と呼ばれた暴動の様子から、反ナチュラル団体によるデモ行進まで、プラントの抱える宿痾、その結果まで次々と投影されていく。
「ふざけるな!」
「何を怒っているのです?」
普段のひょうひょうとした態度はどこにもなかった。今、ミルラの全神経は引き金を弾みで引いてしまわないために使われているのかもしれない。
「あなたは知りたかったのではありません。期待していたのです。お父様が自分たちを犠牲にしたのは理由があったからだとご自分を納得させたかったのでしょう? ミルラ、あなたは雨に濡れる子どもです。いつまでも迎えに来ない父を待つ、涙する子どもです」
「ラクス、貴様!」
もはや引き金を引く指にためらいは残されていなかった。足りないものがあるとすれば時間だ。あらぬ方向から飛来したビームがゼーゴックの腕をライフルごと破壊した。そればかりではない。あらゆる角度から放たれたビームがミルラ機を次々に切り刻んでいく。
周囲にはミルラ配下のゼーゴックが複数展開していた。隊長機が撃たれたことに即座に反応したパイロットたちであったが、それでもまだ遅かった。
しかし、彼らは気づくことができた。ペルグランデから放たれた複数のドラグーン・ユニット、そこから放たれたビームが正確であり確実であり無慈悲に降り注ぐのだと。
エリート・パイロットたちが一撃も許されないまま切り刻まれた残骸となってペルグランデの周囲を漂い、彩った。
ラクスはコクピット内で立ち上がりその両手を高く高く広げた。
「ごらんください、お父様。あなたが望まれた世界が、腐って爛れるこの様を」
恍惚としたまなざしで、天に住まう父へと高らかに伝えたのである。
胴体のみを残したゼーゴックがオーブの艦艇に回収された。もっとも、ビームの熱量と爆発にさらされたためすぐにゼーゴックと判別することは難しいかもしれない。
コクピットを強制的に開放した整備は、やや覚悟した面持ちで覗き込んだ。しかし、すぐに待機する医療班へと手を振った。
コクピット内からはほぼ無傷のミルラが運び出された。担架に乗せられ、脳震盪こそ起こしているらしかったが命に別状はないようだ。あれほど破壊しつくされたモビル・スーツから引きずり出されたにも関わらずだ。
ミルラはしかし、自分をのぞき込む緑の髪のヴァーリに気づくなりおびえ始めてしまう。
「エピメディウム……。ま、待ってくれ。あれはラクスの命令に従っただけなんだ、わ、わかった、金だな。いくらでもやる、だから助けてくれ」
「大丈夫そうだね」
結局、ミルラはミルラだった。
「じゃあ、僕を仕損じたのもラクス・クラインの命令だったのかい?」
「いや、保険をかけておきたかっただけだ。ラクスが本当にお父様の望まれた世界を実現できるのか確信がもてなかったからな」
「ラクスは、お父様のお言葉に従ったからね。勘違いして欲しくないけど、僕はお父様と袂をわかった気はないんだ。ただ、ラクスの方法だと。いいや、もうお父様の望まれた世界なんて存在しないんだってわかったんだ。もしも、お父様が今の世界を見たら絶対に軌道修正を測ったに決まってるよね? でも、もうお父様はいないんだ……」
「ラクスは忠実に実行しただけ、そう言いたいのか?」
「きっとラクスは知ってたんだ。命令通りにすれば、必ず失敗するって。それを、見せつけたかったんじゃないかな?」
「従うことこそが反逆なのか?」
「最初からお父様の、ロゴスの描いた理想なんて絵空事だったんだよ」
「それが、私たちを犠牲にしてまでたどり着いた答え、そのものなのか?」