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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第29話「創られた人のため」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/06 21:05
 砂漠の虎アンドリュー・バルトフェルド戦死。
 この事実はジブラルタル基地の南の守り、ザフト軍アフリカ方面軍に多大な混乱を招き、地球軍反撃の切っ掛けを与えることとなった。大西洋連邦軍が軍需産業ラタトスク社の協力により完成させたモビル・スーツの存在はザフトから技術的優位を奪い去り、日に日に前線を後退させていた。指揮系統の混乱と敵軍新型機の配備。この両者が、まるで示し合わせられたような同時期に生じたことがアフリカ方面におけるザフト軍の危機を加速させたのである。
 3年という長きにわたって停滞を続けていた戦況は確実に動き出そうとしていた。
 地球軍は歩調をあわせジブラルタル基地奪還へと動き出す。大西洋連邦、ユーラシア連邦の同盟軍は紅悔を渡海する機会を虎視眈々と狙っている。アフリカ北部では南アフリカ統一機構軍、及び大洋州連合軍がザフトの勢力圏を徐々にこそぎ落としていた。
 そして、北部ヨーロッパ方面においても、大洋州連合の本格的な反攻作戦が実施されていた。
 大洋州連合、ブダペスト近郊。
 背の高い木々が整然と並ぶ森を巨人の足音が震わせている。巨人は自分の背丈ほどもある木に囲まれ、その首をせわしなく動かしてはゴーグル状のカメラで付近の情報を拾っている。右手にはビーム・ライフル。左手にはシールド。ライフルはともかく、シールドはまだ傷らしい傷のない新品同様の状態である。
 この機体、GAT-01デュエルダガーは配備後、満足な戦闘に参加したことがないのである。
 それだけ、この地区における大西洋連邦軍の優位を示していた。ジブラルタル基地を中心に地中海沿岸をその手中におさめたザフトであったが、モビル・スーツの投入によって戦況は急速に悪化。次第にジブラルタルへと追いやられていた。ザフトを押し返す最前線ならばともかく、残党狩りともなれば十分な戦闘経験を持たないものに当てられるのが常であるのだ。
 箱を重ねたように角の多い装甲とて、その灰色の塗装は削げ落ちていない。デュエルダガーは単なる偵察任務と高をくくっていた。この地区のザフト軍はすでに撤退を開始しており、遭遇する危険性は低いと見積もっているのである。
 すると、森の一角に不自然な倒木を目にすることとなる。そこは付近の木々が倒されたことで開けた空間になっていた。木は折り重なるように倒れており、デュエルダガーの腰ほどの高さの山となっている。
 見るからに怪しげである。
 デュエルダガーはセンサー、カメラを駆使し、その山を探りながら近づく。重なる木々の隙間を見つけ、徐々に倍率を拡大する。中の様子が倍率に比例して見えてくる。何やら見覚えがある。丸く、そして輝くもの。
 ZGMF-1017ジンのモノアイをその山の中に確認するなり、デュエルダガーはシールドを前に構え、そのすぐ脇からライフルを突き出した。
 標準がジン、そのモノアイに合わせられる。すると、そのロックオン・サイトは大きくずれた。システムの不具合でもなければ、操縦ミスでもない。デュエルダガーの体が大きく傾いたからである。
 木々に隠れるジンとは別のジンが、いつの間にやらデュエルダガーの背後をとっていた。そのジンはデュエルダガーの左肩に手をかけると、後ろへと引き倒している。これだけ後ろに傾かされもすれば標準などつけられるはずがない。それどころか、反撃さえおぼつかない。
 ジンは逆手に構えた金属の塊以外の何者でもない無骨な剣を、首と装甲の間へと突き立て、一気に貫いた。フレームが妙な形に破損したのか、途中までは死ぬ間際の虫のように手足を小刻みに動かしていたデュエルダガーも、刃が中腹までその体に埋められることにはすでに身動きを止めていた。
 ジンは死に絶えた敵を無造作に蹴り飛ばす。その亡骸は木々の山に頭からぶつかると、木をへし折りながらその山の内部を露わにする。そこには、破損し、首だけとなったジンの頭部が木に支えられているだけであった。明らかな罠であった。

「まだまだ甘いな、ナチュラル」

 この言葉は、ジンのパイロットの発したものである。




 偵察任務とは言え、小隊がばらばらに行動することなど馬鹿げている。敵ながらその行動が忌々しい。肩から頭と剣を生やしているデュエルダガーの姿を見下ろしながら、ジンのパイロット、イザーク・ジュールは苦いものでも噛んでいるかのような顔をする。
 イザークはザフト軍学校を10位以内の好成績で卒業した証である赤いノーマル・スーツを着ているエリートであるが、マニュアルにあるようなヘルメットは被っていない。前線では教科書通りの戦法など使えなければ臨機応変さが求められていることを、イザークは知っていた。
 だが外してはならないこともある。油断しなこと。見くびらないこと。1人でできることなど高がしれていることを知ること。このデュエルダガーはそのすべてを外していた。敵だったからよいものを、味方ならぶん殴ってでも修正すべき輩である。
 イザークの不機嫌の理由がこれである。上機嫌とは言えない顔の理由である。ただ、イザークはまだ若い。いくら顔ですごんでみせても、悪ぶりながら、どこか微笑ましい様子を残しているように、その顔にはまだ純朴さとあどけなさを残している。
 優秀なパイロットでありながら敵の挙動を逐一感情的に捉えてしまうのはそんな幼さの現れであろう。事実、イザークはまだ15であり、若くしてその才覚を認められることの多いプラントにおいても若い部類に入る。
 木々をかき分け、1機のジンが現れる。先程のデュエルダガーに比べるとずいぶんと装甲の欠損が激しい。右肩など装甲そのものがなく腕と胴体をつなぐ可動部がむき出しになっている。ジンの頭部に鶏冠状に延びるセンサーはへし折れていた。左手には敵から奪ったと思われるデュエルダガーのシールド。これも、本体以上にひどい損傷に見舞われている。
 幾度の戦いを乗り越えたのか、語らずとも伝えてくる。

「イザーク隊長、こちらも片づけました」

 イザークへと届いたこの通信は傷ついた機体から入ったものである。もっとも、イザーク自身の機体もまた、無事な箇所など存在していない。

「よくやった」

 そんな短い労いの言葉をイザークは発した。コクピットのモニターには友軍機のコクピットの様子が映されている。
 パイロットは少年であり、イザーク同様赤いノーマル・スーツにヘルメットを被っていない。黒髪を無造作に伸ばし、その顔はすでに大人としての落ち着きを帯び始めている。イザークの部下であるカナード・パルス。イザークが状況の確認をしている最中にも油断なく付近を警戒し、隊長を補佐しようとしている。
 モニターには他に森の不整地の中で、傾くように止まっている小型ホバー・トラックが映っている。索敵、偵察を担当するこのトラックは、戦場に出るため一応の堅牢性が確保された構造になっている。戦車ほどではないが、鉄板を繋ぎあわせた外観をしており、装甲車としてなら十分に機能する。ただし、戦力として脆弱であることに変わりはなく、その鉄製の箱を思わせる構造から動く棺桶と揶揄する者も多い。
 イザークはこの棺桶を見る度に、死者を運ばせるつもりはないと決意を新たにさせられる。

「アイザック、付近に敵影はないか?」

 トラック内部にカメラはないため、届くのは音声だけである。1人で索敵から管制塔の役割までこなす少年、アイザック・マウの返事があった。

「ソナー、レーダーともに反応はありません」

 とりあえず、追撃を振り払うことはできたようだ。その報告に満足するイザークへと、アイザックは不出来な報告を続けた。

「ただ、シホさんが……」

 カメラはないため、イザークは頭の中でアイザックの様子を思い浮かべた。イザークと同い年の少年である。顔は凡庸、性格は平凡、髪型1つとっても決して奇抜でないごくふつうの少年は、何にしても踏み出すことのできない優柔不断な様子を垣間見せることが幾度となくあった。

「報告ははっきりとしろ! シホがどうした?」

 少々怒鳴りすぎたせいか、報告がさらに遅れてしまった。そうしている内に、ジンが視界に現れる。カナード機とは別方向から現れたジンは、損傷が危険域にまで達している。左腕が肩から先が丸ごとなく、左胸の装甲が溶解しては内部機構がのぞいている。歩き方そのものもぎこちない。

「左腕をやられました。ジェネレーターに飛び火した恐れもあります」

 アイザックに比べると、はっきりとした報告である。
 モニターの中で、パイロット、シホ・ハーネンフースは気丈にも落ち着き払った表情をしている。シホもまた、赤服であるとともにヘルメットなど被っていない。手入れの行き届いた長い髪を背中に垂らしている。イザークやカナードがヘルメットを使用しないのは視界が狭くなることを嫌ってのことだが、シホの場合、髪が痛むのを避けるためであるのかもしれない。もしもそんなことが理由なら無理にでもヘルメットを被せたいところだ。
 シホ機が歩くこと自体に支障を見せていないことを確認してからイザークは自機を歩かせた。敵機を撃退できたとは言え、ここが敵の勢力圏であることに変わりはない。先頭を行くカナード機が付近の索敵を行いながら木を押し退け道を開く。そのすぐ後ろをホバートラックがつきしたがっている。
 イザークはシホ機を先に進ませ、自らは殿として最高尾についた。
 前にいるのは部下たちである。まだ若いイザークが初めて得た部下であり、かけがえのない仲間である。

「シホに限らんが、これだけは言っておく。俺の隊から戦死者を出すことは許さん。許可もなく死ぬな」




 隊長からの一括通信をシホは聞いていた。すぐさま入るのはカナードからの通信である。

「まったく無茶を言ってくれる」

 命令を故意に破ることはできても死なないことばかりはこちらの意志だけでは仕方がない。ため息混じりのカナードの愚痴はある意味では正論である。
 カナードの言うとおり無茶な命令に、シホはつい笑みをこぼした。

「ご命令なら仕方ないわ。もう少し、無理するとしましょう」

 冗談のようなことを本気で言う。それがイザーク・ジュール部隊長なのである。諦めるつもりでいたわけではないが、もう1戦程度なら戦い抜いてみせよう。幸い、乗機の右腕は無事であり、アサルト・ライフルにも十分な弾数が残されている。
 余談ではあるが、この通信は隊長には聞こえていない。暑苦しい隊長に付き合う内、自然と仲間内だけで通じるチャンネルを用意するようになってしまった。
 この仲間にはアイザックも含まれている。

「シホさん、もしまた戦闘になったりしたら、無理しないでくださいね」

 この隊の中ではイザーク隊長と同じくアイザックは若い。どちらも、本心を隠すことを苦手としているところまで共通している。

「心配してくれるの、アイザック?」

 モニターに顔は映し出されていないが、シホにはアイザックの今の表情が手に取るようにわかる。頬を赤らめ、見えもしない視線を反らしているのだろう。

「いえ、その……」

 そして、いつもこの先の言葉を続けることができない。
 シホはここで、通信のチャンネルを変えた。こう言うときは決まってカナードが話をふってくるからだ。それも、2人だけで使用できる回線を使って。

「わかりやすい奴だな」

 素直なアイザックに対して、カナードはひねくれている。1度も笑った顔というものを見たことがない。

「そんなところ、かわいいと思うわ」

 こんな冗談にも、返ってきたのは冷淡な声だけである。

「わかっているだろうが、今の俺たちにそんな余裕はない」
「もしかして妬いてるの、カナード?」
「言っていろ」

 即答である。本当にこの男はつまらない。




 ここは食事をとる場所であった。しかし、適度な広さと整然と並べられたテーブルは談話をするためにも最適である。実際、ここアーク・エンジェルの食堂では一度懇親会が開かれたこともあった。
 テーブルはただ効率を優先した細長いもので、その左右に椅子が1列に並べられている。
 キラ・ヤマトはテーブルの端に立って、左右に並ぶ面々に視線を配っていた。アイリス・インディアからマリュー・ラミアス艦長まで。捕虜であるはずのディアッカ・エルスマンの姿さえあった。

「突然ですが、今日ここで、ヴァーリについて少しお話しようと思います」
「今になって、唐突に思えるが?」

 ナタル・バジルールの指摘に、キラは苦笑しながら答えるしかなかった。

「本当は話すつもりなんてありませんでした。でも、ここにはアイリスがいる。あなた方はヴァーリというものに触れすぎてしまった。今後、身の振り方に悩んだ時、もっとヴァーリのことを知っていた方がいい。そう、判断しました。順番にお話します。まず、ブルー・コスモスから」
「ヴァーリじゃなくて?」

 次に疑問を発したのはフレイ・アルスター。ただでさえ長くなるのになかなか話に入れない。

「まずはヴァーリが生まれた背景を知っていてもらいたいんだ。今ここですべてを明かすことはできないけど、何故ヴァーリが生まれたのか、作られたのか、歴史的な背景として知っていてもらいたい。まずブルー・コスモスとは環境保護団体を前身にもつ思想団体にすぎません。それこそ旧暦から活動を続けている、多少過激な環境保護団体の一部所が始まりです。それが変わったのは、ジョージ・グレン。ファースト・コーディネーターの登場でした」

 遺伝子の操作は非倫理的であり、とうてい許されるものではないと、告白が行われたその年の内に大規模な反対運動を起こしたのである。その後、ブルー・コスモスは遺伝子工学を専門的に扱う環境保護団体として分離独立。当時の有力な人権保護団体と合併する形でその勢力を急速に拡大した。
 ただし、あくまでも環境保護団体であり、当初その活動は多少過激ではあってもテロ、あるいはテロ紛いの行動まで実行していた訳ではない。ただし、一部では過激なメンバーが遺伝子にまつわる研究所を脅迫すると言った事案も社会問題となった。

「元々食品、家畜の遺伝子組み替えにさえ警鐘を鳴らしていた一派です。コーディネーターなんて認められるはずがありませんでした。それでも社会は全体としてコーディネーター容認に動きました」

 それも歴史の講釈にあたる。容認派はコーディネーターを作り続け、否定派は作らない。すると自然と、コーディネーターは数を増やしていく。否定派は、作らないだけでコーディネーターの間引きを行ってはいなかったから。
 容認派は既成事実を積み上げていく。

「そのことを原因として反コーディネーター思想の中に過激な意見が台頭し始めたことは歴史の授業で学んだことではないかと思います」

 こう語っても、誰も表情を変えようとはしない。真剣なままである。これくらいは、少しでも社会に関心がある人なら知っていて当たり前なことだからだ。
 こうして、ブルー・コスモスは反コーディネーター思想を先鋭化。より過激な行動も辞さないという風潮が芽生え始めた。

「でもその当時でさえ、現在のように軍に意見できるほどの力を持っていた訳ではありません。あくまでも環境保護団体の域をでないものでした。では、ブルー・コスモスが何故このような力を持つに至ったのか、それを語るためには、ラタトスク社のことを知る必要があります」

 アイリスとフレイ。この2人が目に見えて目を細めた。聞けば、この2人はラタトスク社のCEOであるエインセル・ハンターと面識があるらしい。

「ラタトスク社は意外かもしれませんけど、まだ10年ほどの若い企業です。アズラエル財団の御曹司が親から受け継いだ遺産と、ピスティス財団の子女との婚姻で得た、それはもう膨大な資金を会社設立に当てました」

 なかなか想像はつかないことではあるのだろうが、それは大国の国家予算並みの資金が動いたとされる。

「その御曹司の名前がムルタ・アズラエル。今ではエインセル・ハンターと名乗っています」

 みな、反応は様々だが、一様に驚いたようだ。
 ナタル・バジルール少尉はエインセルとキンバライト基地で顔をあわせたことがあるそうだ。普段から微笑んでいるような印象を与える人では決してないが、今も厳しい顔をしている。

「あの男がいつも連れている秘書の名前はメリオル・ピスティスだが、ピスティス財団との関係は?」

 メリオル・ピスティスは眼鏡をかけた女性で、エインセルがキラとゼフィランサス・ズールの前に現れた時も側に侍らせている。アルテミスにも連れてきていたと聞かされている。

「メリオル・ピスティスはピスティス財団の人間で、あの2人は婚姻関係を結んだ夫婦です」

 この言葉に妙な反応をしたのはフレイである。

「やっぱり結婚してたんだ……」

 口元に手を軽く添えて、どこか落胆しているように見えなくもない。ただ、特に聞きたいことがあるわけでもないようなので、キラは先を続けることにした。

「このことは御曹司の贅沢なお遊びだと経済誌を騒がせました。当時、軍需産業は円熟期にあって新規参入なんで常識的に考えられない状況にあったからです」

 実際、銃器ならMEP社、戦闘機ならアナハイム社というように、すでに業界は確立しており、立ち入る隙はないと考えられていた。そこで、ラタトスク社は経営戦略として、新機軸の兵器を生み出したのである。満を持してのラタトスク社の新製品は世界を驚かせた。

「機動兵器というと、ジンやガンダムを想像するかもしれませんが、元々ラタトスク社がメビウスの発表とともに生み出した概念です。宇宙における戦闘は戦艦による撃ち合いが想定されていた当時に、とは言ってもほんの10年前のことですが、ともかく革新的なことでした」

 ラタトスク社は重戦闘機としてメビウスを開発。宇宙における戦闘を戦艦が担っていたこの時代において、独立して高機動、高出力を維持できる機体というものは斬新であり、瞬く間にシェアを広げたのである。

「そこにはゼフィランサスの力も大きかったのだと思います。ゼフィランサスは10年の間、ラタトスク社で働いていたようです。メビウス・ゼロのように高性能ながら使い手を選ぶ、そんなところが、ゼフィランサスらしいと思いませんか?」

 また、ラタトスク社は何故か、実戦配備の機体よりも試作機の方が強力なことがあるというおかしな矛盾をしばしば見せる企業だとも知られている。
 キラは左手前にいるナタルの方を見た。

「ナタルさんたちは認めたくないかもしれませんけど、現在の大西洋連邦は急進派、いえ、ブルー・コスモスとその代表であるムルタ・アズラエルによって牛耳られています。それもすべてラタトスク社の急成長ともに生じた膨大な資金源に加え、ラタトスク社製の兵器が地球各国の軍内に幅広く受け入れられてきたからです。エインセル・ハンターは軍事的、政治的影響力を同時に獲得するとともに、C.E.67年、ブルー・コスモスの代表につきました」

 軍事面でもラタトスク社の影響は大きい。地球の企業の中で唯一モビル・スーツの開発に成功し、GAT-01デュエルダガーの量産体制が整ったであろう現在、その影響はより強力になっていくことだろう。
 政治面とて、莫大な資金力を背景に政治家を抱え込み、ブルー・コスモスという巨大な大票田を有することで、ロビー活動を通じて政治的な権限さえその手中に収めている。
 プラントは野放しにはできない。そう考える人々がブルー・コスモスの意志と正当性を支えている。そして、その支えが厭戦機運を遠ざけ、招かれる戦いがラタトスク社を肥え、太らせる。そして、蓄えられた金が、ラタトスク、ブルー・コスモスの双方の地位をさらに盤石なものにしていく。

「エインセル・ハンターは財団の御曹司としての出自も、この戦争さえも利用して、自分の理想を実現しようとしています。それは濁流のように逆らう者を押し流して、川岸さえ自分たちの都合のいいように削り取って、そして着実に流れ続けています」

 アーク・エンジェルの、穏健派の戦いも抵抗も、結局同じ流れの中にある。ラタトスク社の開発したガンダムは各地の戦場で目覚ましい戦果を挙げた。すなわち、ラタトスク社の商品の広告塔であり、よりラタトスク社への信頼を高めることに繋がっている。
 誰もが言葉を失う中、意外にも声をあげたのはフレイだった。この頃、目に見えて表情が明るくなった気がする。

「ねえ、キラ。そのさ、どうしてエインセルさんはコーディネーターを滅ぼそうとするのかな?」
「そのことはこれから話すよ。まずラタトスク社やブルー・コスモスの現状を把握していてもらいたかったから。次にヴァーリについて話すから、答えはその時に一緒にね」
「物騒なことになってるな」

 ディアッカだ。椅子にもたれかかって、頭の後ろで両手を組んでいる。飄々としたところは、初対面の頃から変わらない。もっとも、当時は懲罰房の中、今は食堂である。
 ディアッカのほぼ真向かいに座るフレイは眉を寄せていた。

「前々から疑問に思ってたんだけど、捕虜が勝手に出歩いていいの?」

 怪訝な顔。それはディアッカも同じである。どこか自分のおかれている状況を信じることができずに、その視線はせわしなく泳いだ。

「いや、それが、いいみたいなんだが……」

 ディアッカの目は泳いだ。それは他の人々も同じで、視線は1人の女性に泳ぎ着く。マリュー・ラミアス。この戦艦の艦長である。代表して、アイリスが問いかけた。

「いいんですよね、ラミアスさん……?」
「ええ……、特に危険な人物とは思えないし、乗員を助けてくれたことには感謝しているわ」

 必死に笑顔を作ろうとされているのだろう。しかし普段厳めしい顔をしていることの多い艦長は微笑み方一つとってもどこかぎこちない。見ているだけで妙な息苦しさを覚えてしまった。




 キラたちが話をしている頃、アーク・エンジェルのブリッジでは、留守を守るダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世が艦長席の脇に置かれた小瓶に気づいていた。
 ダリダはアーノルド・ノイマン曹長が操舵手からパイロットに配属替えがあった後は実質的な副艦長としてブリッジを仕切っている。副艦長として艦長の身辺を見守る必要がある、そう、無理に理由付けができなくもないが、ダリダは興味からつい小瓶を手にとった。

「胃薬……」

 ストレスにまずやられるのは消化器系であると、誰かが言ってはいなかっただろうか。




「ヴァーリの前にもう一つだけ。コーディネーターは、言われているほど万能じゃない。たとえば、みんなが似たり寄ったりの形質ばかり選択したがるから血が濃くなる傾向にある。現在でも出生率の低下が起こりつつあるなんてデータもあるくらいです。まったく縁もゆかりもない人と親戚関係が肯定されてしまったり、反対に親子関係が否定されてしまうなんてことも実際起きています」

 これはプラントのお話。当然、反応を示すのはプラント市民であるディアッカである。この少年は、プラントの民でありながらどこか客観的に、悪く言えば斜にかまえているところがある。

「それは俺も聞いたことがあるな。よく言われる話だが、大体今の20代後半は青い髪のやつが多い。30年くらい前にプラントで青い髪の何とか、とか言うドラマが流行ったからだ」
「どっかファッション感覚なんだ」

 フレイらしい言葉のように思う。ただ、こんなことは予備知識でしかない。

「ここで問題にしたいのはそんなことじゃないんだ。コーディネーターは秀才は多いけど、反対に天才はとても少ないんだ。天才というのはある種のギャンブルだから。ナチュラルの中には優れた人も、残念ながら才能に恵まれなかった人もいる。そんな人をグラフに分布させると、平均的な人が一番多い山なりの図形を描くことになる。言い方は悪いけど、雑多な交雑の中から、時折天才が現れる。偶然天才という形質が構成されることもある」

 指で山の形を示す。それはキラの目の前を横切る形で一般的な人が想像するであろう、山の形を描いた。どちらでもいいが、この麓のどちらかが天才と呼ばれる一握りの人ということになって、山頂がいわゆる普通の人だ。

「ところがコーディネーターの場合、そんな遊びをなくしてしまう。現在優れているとされる形質を発現させようとして、すると今度はもしかしたら天才を生んだかもしれない未知の形質をわざわざ子どもに持たせようなんて親はいない。すると、平均値は確かに前進するけど、天才も劣った人も少ない、山裾の狭い尖ったグラフになる。とても人の幅が狭くなるんだ」

 右利きなので右側を天才とすることにした。よってコーディネーターの山はナチュラルの山頂よりも右側に、切り立った鋭い山の形を描くことになる。
 平均値はナチュラルよりもコーディネーターの方が高いことになる。しかし、人間像の幅が小さく、最小値が高い位置にある反面、最大値もまたナチュラルの天才には及ばない。
 もっとも、プラント政府はこんなことを認めてはいないが。

「だから時々、調整することが禁止されている形質にまで手を出す親も現れる。僕の知っているプレアっていう子は、わずか10歳にしてモビル・スーツの開発を任せられるほどの天才だったけど、同時に何らかの致死遺伝子が発現していた……」
「ゼフィランサスさんと一緒にいた子どもですよね……?」

 アイリスもオーブ行政府官邸でプレア・レヴェリーの顔は見ているはずだ。まだ10歳。本当にあどけない少年で、しかしその出生に苦しんでいた。

「コーディネーターは人の新しい可能性。でも、皮肉なことに人の、それこそ清濁併せ持つ様々な可能性を封じ込めて一辺倒の人間にしてしまったのがコーディネーターの現実なんだ。このことは公表はされていないと思うけどプラントでは建国当初から問題とされていた。ヴァーリはそんな現状を打破すべく生み出された」

 ようやく、本題に入ることができる。一度、アイリスの目を見た。何とも不思議な目をしている。決意を感じさせる強い瞳ではないのに、それでもまっすぐにキラのことを見ている。決意はなくても覚悟はある。そんな、後ろ向きとも前向きとも言えない顔をしていた。
 息を吸い込む。そんなことをためとして、キラは話し出す。

「プラントは天才を必要とした。そのための研究が、ヴァーリと呼ばれる存在です。天才を生み出す遺伝子は何なのか、それぞれの分野で優れた性質を発揮するために必要な形質は何なのか? それを探るため、一つの受精胚のクローンをいくつも作り出してそれぞれに別の遺伝子調整を施しました。元が同じだから形質の違いがはっきりとわかる。そんな対照実験のためです」

 はじめの条件をできる限りそろえておけば手を加えたことの違いがわかりやすい。ヴァーリが皆同じ顔をしているのはそのためで、クローンでありありながら髪や瞳の色、素質は異なっているのはそのため。
 だから彼女たちは同じ顔をしている。

「アルビノとして生まれたゼフィランサスは例外ですけど、他の姉妹たちはどの研究室出身かわかるように記号が残されました。アイリスが、同じ出身の姉妹と同じ桃色の髪と青い瞳を持つようにです」
「要するにヴァーリっていうのは、同じ顔が26人いるってことなのか?」

 そういえばディアッカには26人という数だけ伝えていただろうか。キラがつい苦笑したのは、別にディアッカの戸惑いが原因ではない。どう答えていいものかわからなかったからだ。

「その質問に答えることは難しいな。26人だとも言えるし、6人だとも言える。35人と言ってもいいし、やっぱり15人、あるいは無数かな」

 ヴァーリは26人。ダムゼルは6人。ドミナントである9人をあわせれば35人だし、成功作というくくりなら6人と9人で15人。失敗作をどこまでも含めるのだとすれば、数え切れない。
 ディアッカも他の人もわからないというように眉をひそめたが、キラは話の手順を変えることはしなかった。

「もう一つ、ヴァーリと平行して進められた実験がありました。こちらは単純明快に高い身体能力だとか知能指数、ヴァーリで得られたデータを還流する形で汎用的な天才を生み出すための研究です。ヴァーリから派生した研究で、そのため名前の由来が異なっています。生物学の用語で優占種を意味するドミナントと、それは呼ばれました」

 ヴァーリはスカンジナビア王国の神話に語られる神の名前である。

「ドミナントはヴァーリほど特徴的ではありません。対照実験の必要がないから男性も女性もいれば、容姿もバラバラです。ヴァーリはみんなアルファベットの名前を持つように、ドミナントの9体の成功作は数字で呼ばれました。古い言葉で1を意味するアルファ、そしてワン。アルファ・ワンは一号試作体。今はアスラン・ザラと名乗っています。9はテットとナイン。テット・ナインは僕のかつての名前です」

 他にもカガリ・ユラ・アスハはギーメル・スリー。3号試作体ということになる。他にも6人の仲間がいたが、あの日、その大半が死亡してしまったとされている。

「以前ラミアス艦長にはお話しましたけど、僕はドミナントとして生まれ、当初から投入が予定されていたモビル・スーツの訓練を受けていました」
「ようやく、合点がいったわ」

 ラミアス艦長は心底ほっとした様子で息を吹いた。聞いた話だが、一時期キラをスパイと疑う意見もあったらしい。この艦を守る者として気苦労が絶えなかったのだろう。
 その点、バジルール少尉はどこか飄々と、マイペースであるようにも思える。

「しかし、ジョージ・グレンはどうなる? 彼は希代の天才としてコーディネーターの代表する人物ではないか?」
「コーディネーターがナチュラルに比べて有利である点は一つしかありません。その才能を予定されていることです。たとえば、ゼフィランサスが天才的な才能の持ち主であることに異論を持つ人はいないと思います。でも、ガンダムを作ることができたのは彼女が天才だからではなくてヴァーリであったからです。仮にゼフィランサスが市井で生まれた普通の女の子であったとします。そんな子どもに誰が国家予算並の開発費を与え、兵器を開発させますか?」

 ゼフィランサスはすでに物心ついた頃から研究に従事していた。あくまで研究者のサポートという形だとは聞かされているが、ゼフィランサスの考えた新しい発想は大いにモビル・スーツ開発を推進したそうだ。

「何かを造るということはお金との戦いです。高性能なものほど一つ一つのパーツに目が飛び出るほどのお金がかかる。試作機一つ造る度に桁を指折り数えるほどの金額が動きます」

 それこそガンダムの開発には国家予算並という比喩も的外れでも大げさでもないはずだ。特に存在を隠蔽したままの開発となると機密保持にさらに莫大な資金を必要とする。そうなれば、国家規模の組織、あるいは世界有数の多国籍企業の後ろ盾、バックヤードの類を必要とする。
 ゼフィランサスには、まだ15でしかない少女にはそれが惜しげもなく与えられていた。このことの異常性を説明するためには、コーディネーター、ヴァーリという存在が必要になる。

「ゼフィランサスはもしかしたら工学博士の道なんて目指さないかもしれない。仮に志したとして、飛び級をして大学院に入ったとしても実際モビル・スーツの開発に関わることができるのは10年先か、20年先か、それでもガンダムを開発できるほどの潤沢な資金を湯水のように与えられるとは思えない。ゼフィランサスはヴァーリで、はじめからその才能を予定されていたからこそ、プラントも、そしてラタトスク社も莫大な予算を与えたんです。ナチュラルの中に同等の天才がいたとしてもこうはいかなかったでしょう。コーディネーターは別に優れている訳じゃなくて優れているように見えるだけです」

 それこそ天才の数だけで言えば埋もれて消えてしまったナチュラルの天才の方が遙かに数が多いだろう。かのアインシュタインも学校の成績は奮わなかったというのは有名な話だ。どんな数式も完璧に解くが、その過程を誰にも説明できなかったことが理由だそうだ。
 天才を理解するには、それこそ天才的な閃きが必要になるのかもしれない。

「それに、ジョージ・グレンは厳密には初めて発表されたコーディネーターであって、ファースト・コーディネーターではありません。遺伝子治療までさかのぼれとは言いませんけど、遺伝子を調整された人間はそれ以前に大勢いました。当然、当初は手探りだったことでしょう。ヒトゲノムが解析されたのだってほんの200年前。当初は人とという物語が描かれた本を手に入れただけでした。そこに書かれている内容がわかっただけでした。それを解読して、読み解いて、かみ砕いて、勝手に好きなお話に書き換えられるなったのはそれこそ100年も経っていません。そして現在でさえそれは完璧じゃありません」

 何かいい例はないだろうか。そう考えて、思いついた内容を口にする。

「この中で小説や詩を書いたことがある人は?」

 キラ自身挙手して、ここに集まった人の挙手を促す。すると手が挙がったのは1人だけだった。白い軍服に厳しい眼差し、マリュー・ラミアス艦長その人が顔の高さにまで手を挙げていた。
 キラを含めて、みな思うところがあったらしい。どんな顔をしていいのかわからず、その微妙な雰囲気を艦長も察したのだろう。

「な、何か問題でも?」

 イメージにあわない。そんなことは口が裂けても言わないことにして、キラは意識して話を続けた。

「それならわかりませんか? 文字も言葉もわかってる。でも、最初に書き始めた小説や詩は、見るも無惨なもので、小説の形をなしていない、詩になんてとてもなっていない作品だったとは思いませんか?」
「確かに、公表することは、できそうにないわ」

 小説なら燃やしてしまえばいい。詩なら記憶の隅にとどめて自分の歴史の中の暗部として忘れるよう努力に務めることもいいだろう。
 ただし、それが人間だとすればどうだろうか。燃やしてしまおうか。忘れ去ってしまおうか。

「コーディネーターもそれと同じです。たくさんのフリークスを生み出して、人として生まれてくることのできなかった大勢のジョージ・グレンを生み出して、廃棄して、その中からようやく得られた一人のジョージ・グレンに多大な資金を与え、教育し、宣伝にさえ膨大な予算を投じた。そうして作り出された虚構の天才はコーディネーターのすばらしさを吹聴し、世界はコーディネーター優位論に包まれました」

 実際は、秀才でこそあったジョージ・グレンに周囲が多大なサポートを行うことで、潤沢な資金を与えることで虚像の英雄を作り上げたにすぎない。貧乏な秀才よりも富める愚者の方がよほど立派な家を建てられるだろう。

「アイリス、君も知っているはずだ。ヴァーリの研究でも、人になれなかった姉妹たちのことを」

 一度だけ見たことがある。サンプルとしてホルマリン溶液に入れられた胎児が大きな倉庫の棚一杯にしまわれている光景を。その子どもたちは人の形をしていない者も多くあった。ただ、人でない胎児の方がまだ見ていられた。人の形をしているモノの中には、ヴァーリの面影を持つ胎児が数多くあったからだ。
 アイリスは口元を押さえうつむいた。すぐ隣に座っていたフレイがせなかをさするように手を伸ばしてから、キラのことを軽く睨みつける。

「ちょっと、キラ!」

 無神経だったとは言われなくてもわかっている。ただ、これが現実なのだから。人は失敗から学んで成功に近づいていく。この流れは必然であって、だからこそ兵器の開発には莫大な予算を必要とする。試行錯誤。膨大な数の失敗を繰り返しながら。

「ドミナントは僕を含めて9体。ヴァーリは成功作として6体のダムゼルと20体のフリーク。そして、名前も与えられなかったたくさんの兄弟姉妹たちがいる、僕たちにはね」

 ジョージ・グレンにも、初めてのコーディネーターとは呼ばれなかったたくさんの初期のコーディネーターがいたように。
 アーノルド曹長が声をあげた。寡黙ではなくとも積極的に話をする人ではないように考えていたが、それは不必要なほど消極的でもない。早い話が、必要と判断すれば話しかけてくるということだ。

「以前から疑問に思っていたことがある。ジョージ・グレンを作り出したのは、一体誰なのだろうか?」
「プラントという国を欲した勢力。今、言えることはこれだけです」

 これで十分だとは思わない。ただ、ジョージ・グレンを作り出した勢力について語るには時間も予備知識もまるで足りていない。ここでは高価たることしかできない。

「そしてもう一つ。ヴァーリのデータを流用する形でドミナントが作り出される事件が起きました。一部の研究者がデータを持ち出し、地球の富豪の依頼で彼のクローンを作りだし調整を加える。今で言うところのドミナントを作りだそうとしました」
「ブルー・コスモスが黙ってないな、こりゃ……」

 プラント、遺伝子調整に寛容にならざるを得ない人々が暮らす国家出身のディアッカでさえ、このように遺伝子を好き勝手に作り替えることについては違和感を覚えているらしい。不快感まではいかないにしても苦笑しているように見える。

「実際そうだった。この事件以来データの流出を恐れたプラント政府はすべての研究を一カ所に集めた。もう、10年前、ブルー・コスモスの襲撃にさらされ、破壊されしつくしているから今はもうないけれど」
「ユニウス・セブン、血のバレンタイン事件……」

 Iのヴァーリの言葉だ。まだフリークス--奇形を意味する失敗作を示す言葉だ--の記憶から立ち直り切れてはいないようだが、アイリスは強い。しっかりと自分と、ヴァーリという存在と向き合おうとしている。
 そう、血のバレンタイン事件にブルー・コスモスが関わっていることは事実だ。だが、それは世間で言われているほど単純な構図ではない。
 バジルール少尉は目で見てわかるほどに驚いていた。

「あの事件は地球がプラントの食料生産を管理しようとして引き起こした事件ではないのか!?」
「実際、食料生産もしていました。でも、みなさんの認識は作られたものです。プラント政府はヴァーリの存在をひた隠しにしています。ブルー・コスモスも何故か公表しようとはしなかった」

 そうして、いつの間にか血のバレンタイン事件は地球軍による核攻撃による悲劇だとされ、プラント政府はそれを否定しなかった。その結果、プラント国内では独立機運が急拡大し、政府はニュートロン・ジャマーの降下、及び開戦を選ばざるを得なくなった。
 それからの戦争のことは、軍人である艦長たちも詳しいことだろう。

「すべては10年前から始まっていたということなのかしら?」
「とんでもありません。もっと以前からです。僕はエインセル・ハンターに会いました。彼は僕の兄だと名乗りました。失われたはずの、プロト・ドミナントとも言える存在、それは、僕たちドミナントの兄にあたる」

 富豪に依頼された技術者が富豪のクローンを作りだし、ヴァーリのデータを元に遺伝子調整を施した。そんな未熟きわまりない技術が、それでもドミナントを生み出してしまったとしたなら、エインセル・ハンターの出自は不気味なほどムルタ・アズラエル、アズラエル家の当主との暗合を見せる。

「フレイ、君は聞いたね。エインセル・ハンターは何をしたいのか? それを想像するなら復讐じゃないかな? 僕たちドミナントもヴァーリも抱えている勝手に命を弄ばれたことへの憤り、それを彼が感じているとしたら、プラントを滅ぼす動機になる」

 これは何の皮肉だろう。コーディネーターの排斥を謳う組織の代表がその最先端技術で生み出された存在であったとしたなら。そして、だからこそ、彼にはプラントを滅ぼす意思と資格があると言えなくもない。
 そして、そんな彼が究極的に目標と定めるのはヴァーリ、そしてドミナントの開発に携わった二つの家。

「エインセル・ハンターの目的は恐らく、ヴァーリ、ドミナントを作り出した勢力への復讐だ。だとすれば、アイリス、君たちのお父様も標的だろいうことになる」

 ザラ家。そして、クライン家。

「プラント最高評議会議員を務めるパトリック・ザラ。そして、君たちヴァーリのお父様であるシーゲル・クライン」




 プラント最高評議会。12の市より選出された12の議員。その合議制によりプラントは動く。その立場は名目上平等であるために中心がくり貫かれた円形のテーブルを使用する。円をなし、どこを前とも後ろとも定義づけることに意味のないその場所で、1人の議員が立ち上がっていた。
 紫をした議員用の制服を身につけた女性である。銀の光沢を有するその髪は短く整えられ、化粧が完璧に施されている。女性として、議員として、その女性は一分の隙もなく立っていた。
 名はエザリア・ジュール。国防委員を兼任し、急進派代表を務めるパトリック・ザラ議員の自他ともに認める懐刀である。

「では、新議長に選任されましたパトリック・ザラ議員より、お言葉をいただきたいと思います」

 エザリア議員は司会を務めていた。1期4年、2期までの再選が求められる最高評議会議長の椅子を上司であるパトリック・ザラに与えるという言葉を、エザリア議員はそれはそれは高らかに発した。
 パトリック・ザラ新議長が立ち上がる。その堀の深い顔つきをさらに深くして、渋い顔をしている。エザリア議員は主の登場に、道をあけるべく物音1つたてずに着席する。
 新たな議長は、まず、居並ぶ議員全員の顔を眺めた。そして、その喉を震わせる。

「本来ならば、ここで抱負の1つでも述べるべきなのだろうが、そんなものに意味はない」

 会議場は静まり返り、ただ新議長のお言葉のみが響きわたる。

「何故なら、私のしてきたことも、するべきことも微塵も変わることがないからだ!」

 パトリックは拳を強く握りしめ、それを見せつけるように前へと突き出した。大げさなパフォーマンスでまず関心を引きつける。これがパトリック流の演説術であり、見知っている者にとっては演説の始まりを告げる合図である。

「人の歴史は、圧政者との戦いの歴史であったとしても過言ではない。自由と権利を求める先人たちの不断の努力と戦いの歴史でもあるのだ!」

 基本的人権、奴隷制度の禁止、身分差別の撤廃、宗教上の自由、真っ当な報道活動。上げれば切りがないこれらのことは、今では当たり前のことは、決して有史以来存在してきたものではない。時に運動を、時に革命を。市民が力となって動き、思想家が権力を抑える構図を描く。そうして長い年月をかけて徐々に培い、勝ち得てきたものである。

「我らはそれを引き継がねばならぬ」

 大仰な手振り。その手が指し示しているものを、周りの誰もが知っている。大西洋連邦。いや、もっと広く、果てなく、ナチュラルそのものである。

「圧政者に正義はない。自由は我らのものだ」

 パトリックは、その背後に歴史を証人として侍らせていた。プラントが建国時代に味あわされた屈辱は、歴史上幾度となく繰り返された植民地支配の1つでしかない。

「我らコーディネーターの輝かしき未来は、この戦いに勝利してこそ初めて訪れる」

 独立。旧き地球に毒されることのない理想郷を作り上げる。これはジョージ・グレンから脈々と受け継がれるコーディネーターの悲願である。

「ナチュラルに何ができる!」

 突然、パトリックは怒鳴った。この手法さえ、演説を平坦なものにしないための常套手段である。感情的。そう思わせる仕草さえ計算付く。それが、プラント最高評議会議長にまで上り詰めたパトリック・ザラという政治家である。

「知らず、学ばず。ただただ惰眠を貪っておきながらいざ先へ進もうとする者が現れれば声を張り上げこれを非難する!」

 宇宙へと進出する技術がありながら、本格的に宇宙に居住を始めたのはプラントに集ったコーディネーターであった。持つ者と持たざる者。コーディネーターとナチュラルはよくこう表現される。だが、ナチュラルは決して持たざる者ではない。持とうとしなかった者なのである。
 ジョージ・グレンはコーディネーター技術を世界へと公表した。では、何故自分の子どもをコーディネーターにしなかったのか。しないと決めたのはナチュラルたちである。その事実を忘れ、嫉妬に狂い、ただただ羨望のまなざしで見ていればいいものをテロや戦争のような凶行にまで走る。

「奴らの蛮行こそが人類の発展を妨げ、世界を軋ませてきたのだ」

 いつまでも地球を食いつぶすことしかできない。いつまでも他人を羨んでいることしかできない。いつまでも戦いをやめうことができないではないか。

「我らは戦わねばならん。我らのために、そして、人類の未来のために!」

 ここにパトリック・ザラ議長は大西洋連邦との徹底抗戦を宣言した。巻き起こる拍手。ただし、11名全員分のものではない。急進派、そして中道派は拍手を行った。ユーリ・アマルフィ議員が急進派に転向したことで、穏健派は急進派の半分の人数しかおらず、その勢力は衰えていた。よって、穏健派のボイコットは、さして拍手の音色を乱すほどではない。パトリック・ザラの威光は微塵も揺らいでいない。
 決して得意気ではなくとも、厳めしい面構えのまま、パトリックは円卓の一角を見やる。

「ご理解いただけますかな?」

 返事があったのは、しかし、そのパトリック議長が目標とした隣りの席からである。アイリーン・カナーバ議員。エザリア・ジュール議員が急進派の懐刀であるのならば、アイリーン議員は穏健派の腹心である。黙して語らない主に代わり、アイリーンが答えようとしたのである。強気とも見えるその瞳は、しかし狼狽している様が見て取れる。

「ザラ議長……」

 使命を帯びたアイリーン議員の言葉をとめたのは、主が小さく片手を掲げた、そんな些細な仕草であった。
 しわがれた声が、会場に断続的に響く耳障りな乾いた音とともに響く。

「パトリック、いや、今はザラ議長と呼んだ方がいいかな? 君は素晴らしい。その飽くなき理想の追求は、爪の垢を煎じて飲ませてもらいたいくらいだ」

 その声は加齢によるかすれた音を含みながらも、それを感じさせない快活さが聞こえている。そして、また音が響く。

「だがね、前ばかり見ていると、足下がおろそかになってよくない」

 パトリックが顔をしかめたのは指摘に憤慨したのか、それとも先程からとまらない音を不快に感じたものかはわからない。その音は、相手が床へと突き立てるように保持している杖、それを指で叩く音である。重厚な金属光沢を有する杖であり、指で叩く度、音が響く。
 少なくとも、政敵を苛立たせる小道具としては機能している。

「私の娘たちに核動力の研究をさせていることは聞いているよ。ただ、それを国外に持ち出されてしまったそうじゃないか」

 パトリックの顔から、厳めしさが訝しさにいつのまにか入れ替わり、その目は不快感を露わにする。

「サンプルを無事に回収できたのも、娘のおかげだろう。エピメディウムは気だてのいい子でね」

 声には笑いさえ混じり端から聞く分には、家族自慢をする父親にしか見えないことだろう。また、杖を指が弾く音がする。
 この音を、パトリックはその両の腕を机に叩きつけることで遮った。

「私がことを起こさねばならないのは、すべてあなたの弱腰にある! 違いますかな、シーゲル・クライン元議長殿」

 シーゲル・クライン。
 すでにその顔には皺が深い堀として刻まれている。その髪、豊かな口ひげにはところどころ白髪が混じり、初老と言って差し支えない特徴をしている。ただ、それが意味するものなど何もない。シーゲルは悠然と構えている。紺色の外套の下には衰えを感じさせるものなどなく、杖を掴むその腕は今にも金属を軋ませる音をたてるのではなかろうか。

「どうだろうね? 今のプラントは地球の資源なしでは成り立たない。違うかね?」

 杖の頭に両手を置いている。この体勢では、指が可動できる面積の狭さから力を込めることは難しい。シーゲルが指を起こすと、それは杖を叩くために降り下ろされる。金属同士を打ち合わせたような、音が響く。

「私は、プラントとは蛹になる前の蝶だと思うよ。少々葉が苦いからと言って、木を引き裂いてしまうのはどうだろうね。たとえ蝶になれたとしても、次の子どもたちの取り分がなくなってしまうじゃないか」

 パトリックは椅子に腰掛けた。ため息をつき、それはいつもと変わることのない、大げさな嘆きを演出する。

「その木が毒を持ち始めたとすれば別だ」

 何故そんなこともわからない。パトリックはその目に同情さえ浮かべて見せた。

「その毒というのは核のことかな?」

 シーゲルは笑う。子どものいたずらを見つけた親のように。ニュートロン・ジャマーを無効化する装置の国外流出の危機。そのことを揶揄しているのだと気づけないほど、パトリックは愚鈍ではいられない。
 嫌な虫でもかみ殺すように、現議長の口元が歪む。シーゲルはあくまでも笑っていた。

「力だけでも、思いだけでも、うまくはいかないものだよ」

 最後にもう1度、シーゲルは杖を鳴らした。


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