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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第44話「ボアズ陥落」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/08 22:08
 核の光照らす要塞にて、ガンダムの戦いが終わろうとしていた。
 GAT-X105Eストライクガンダムがその巨大な対艦刀でしてZGMF-X09Aジャスティスガンダムを抑えつけていた。ジャスティスの背後には宇宙要塞ボアズの地表が広がっている。そして、ジャスティスを狙う2機目のストライクガンダムの銃口。
 身動きを封じられたジャスティスへと向けられた銃口にビームが瞬く。
 それは一瞬の出来事であった。
 鍔迫り合いを、ジャスティスは放棄した。ビーム・サーベルのエネルギーをカットし刃を消滅させる。
 ソード・ストライクのパイロットであるカナード・パルスは驚くばかりで反応できない。相手に押しつけていた勢いのまま対艦刀が前のめりにジャスティスの頭頂部めがけて振り下ろされる。
 額から伸びるブレード・アンテナは切り裂かれ、しかしジャスティスは身をひねる。対艦刀の軌道はそのままに、ビームはジャスティスの左肩へと吸い込まれそのまま左腕を切断する。
 一歩タイミングを間違えればそのまま体が縦に二つになっていた。決断、度胸、技術、イザーク・ジュールという男のすべてがカナードを驚愕させた。

「正気か!?」

 生じた隙--仮に万全の体勢であったところで動けただろうか--を、イザークは、ジャスティスは逃さなかった。
 左腕を失いながらもジャスティスはその体をソード・ストライクの懐へと忍び込ませた。そのまま体当たりのを仕掛けるとともに浮き上がらせたストライクの体を強引に盾にする。ランチャー・ストライクの射線上に置くことで。
 ビームは背中からソード・ストライクを焼く。バック・パックが爆発してなおビームはストライクの左腕をもぎ取る。ボアズに着弾してまだ巨大な爆発を引き起こすほどの熱量を保持していた。
 ビームの描いたエネルギーの奔流は爆発に包まれた。コントロールを完全に失ったソード・ストライクがボアズに叩きつけられる光景に、シホ・ハーネンフースは心ならず声を上げた。

「カナード!」

 シホは意識して気を持ち直す必要があった。この程度で隙を見せていたなら命がいくつあっても足りない。イザークとはそういう男なのだ。
 爆煙が膨れ上がる。ミノフスキー・クラフト搭載機は全身から推進力を放っている。存在するだけでそこには斥力が働いている。ジャスティスは煙を弾き飛ばすなりただまっすぐにランチャー・ストライクを目指す。

「隊長……!」

 ジャスティスはビーム・ライフルを失っている。戦闘機ほどの大きさを持つバック・パックに搭載されたビーム砲はさきほどの爆発のためか銃身が歪んでいる。
 この距離で、今のジャスティスの勢いでかわす余裕などないはずだ。ランチャー・ストライクは保持する長大な銃身からビームを放つ。一直線に伸びる光線は、しかし命中の確信をシホにいつまでも与えてはくれなかった。
 そういう男なのだ、イザーク・ジュールという男は。傷だらけの刃のような男なのだ。なまくらならば新品同然の内に捨てられる。上等な刃物は刃こぼれおそれ死蔵される。惜しまれるほど際だった輝きなどなくとも使われ続ける刃。ただ一度も折れたことはなく、ただ一度も切れなかったことなどなかったのだから。
 ビームはかわされた。シホの想像を上回る方法で。ジャスティスがバック・パックを分離する。その脱着の衝撃を利用して機体とバック・パックとの間を押し広げた。その隙間をビームは通り抜けていく。
 ジャスティスはザフトの技術者であるサイサリス・パパがストライクのデータを流用して作り上げた機体だとシホは聞かされていた。バック・パックは着脱式であると考えるべきであったことだろう。そうであったとしてもシホは考えもつかなかった。イザークの土壇場の舞台度胸なしではできない芸当なのだ。
 そして、ミノフスキー・クラフトに包まれた、戦闘機ほどの大きさを持つ鋼鉄の塊がそのまま突っ込んでくるとは思いつきさえしなかった。
 長大なランチャーを縦に構え、襲いかかる強大な衝撃を受け止める。機体に激震が走る。ヘルメットをつけていない髪が大いに振り乱された。銃身は完全に折れ曲がっていた。

(さて、武器を失って、少しは加減してもらえるかしら……?)

 目の前から光の塊となって迫ってくるジャスティスのパイロットは。

「この大馬鹿者がー!」

 身を思わずすくみ上がらせる声とともに、ジャスティスのビーム・サーベルが振り下ろされた。




 先程までは壁のように思えていたものが、横たえられると床のようにも感じられる。プラントのような地球上に国土を持たないプラントの出であるカナードにとってさえ、上下の感覚というものはこびりついて離れない。
 戦闘は終結しつつあった。戦いの輝きが徐々に少なくなり、夜空は星を取り戻しつつある。
 上空では、シホのストライクが隊長に左腕を切り落とされているところであった。カナードの機体はもはや動かない。ランチャーの砲撃がジェネレーターにも熱を伝えたのだろう。

「隊長、聞く気があるなら聞いていろ。なければ勝手に話す」

 イザークが勝てたなら話す。そう約束したのだから。

「俺はコーディネーターではない。ただのナチュラルだ。あんたも知ってはいるだろうが、遺伝子調整を施すには金がかかる。そんな金を子どもをもうける度に支払える家庭がどれだけあると思う?」

 撃墜されたシホ機がカナードと同じようにボアズへとたたき落とされた。落下地点はカナード機とさほど離れてはいない位置に同じように傷だらけの体を横たえていた。
 カナードは特に気にすることなくかまわず話し続けた。

「コーディネーターに理想を抱いて移住したナチュラルの間には誰もが遺伝子調整を受けられるわけではないと知って絶望した奴は大勢いる。親がコーディネーターでも金がなければ子どもはナチュラルだ。政府は補助金も出していない。それも仕方がないことだ。調整にはそれだけ膨大な金がかかる。そう考えていた」
「隊長……?」

 シホが不安げに尋ねる隊長はボアズに着地していた。右足はすでに撃ち抜かれている。左足だけでボアズに立つと、片膝をつく形でジャスティスは動かなくなった。無理な動きもした。ジェネレーターへの過負荷が表に出たのだろう。
 さて、隊長は今何を考えているのだろうか。決して寡黙ではないが、無駄なことを話したがらない隊長はだんまりを決め込んでいた。

「ムルタ・アズラエルは教えてくれたよ。補助金は出せないのではなく出さないのだとな。能力は相対的なものだ。コーディネーターだけではその中に能力の格差が生まれてしまう。優れた人であることが代名詞であるはずのコーディネーターが、優れたコーディネーターと劣ったコーディネーターに分かれてしまうことになる。それは定義に矛盾する。だからプラントは必要としている。能力に劣り、コーディネーターたちに自分たちは優れているのだと思いこませる被差別民の存在をな。ムルタ・アズラエルはその事実に気づかせてくれた」

 シホのところに現れたムルタ・アズラエルはどこか粗野な男であったらしい。カナードには白いドレスの少女を連れた白いスーツの男だった。彼は饒舌に語っていた。プラントが如何に人々を差別し、差別することを必要としている歪んだ国なのかということを。

「俺たち潜在ナチュラルや障がい者はコーディネーターの滑稽な幻想のために用意された生贄にすぎないのだそうだ。プラントは世界的に見ても社会福祉にかけられる費用が少ない、国民皆保険制度のない唯一の国だ。夜警国家もいいところだろう。力のある者は素晴らしい。だから優遇されるべきだ。ところが、そこにはからくりがある。富裕層は子により優れた遺伝子調整と教育を施すことができる。そうすれば子もまた優れた能力を得やすく、能力者を優遇するプラントならば富が集まりやすい。すると、また子どもに優れた遺伝子と教育を施す。貧者はこの反対だ。プラントという国家はまだ40年と経たない現在においてさえ、貧富の格差が拡大し固定化されつつある」

 暗いコクピットを揺らす振動が徐々に激しさを増していた。核攻撃が続けられているのだ。地球軍はボアズを橋頭堡にするつもりはない。徹底的に破壊しつくす。その破滅の光が徐々にこの区画にまで近づきつつあった。

「俺は許さない。俺たち潜在ナチュラルをオナラブル・コーディネーターと呼んでくださったコーディネーターどもをな!」

 オナラブル・コーディネーター、名誉コーディネーターであると認めてくれたということだ。ナチュラルどもがかわいそうだからせめて優れたコーディネーター様と名前だけでも同じ扱いをしてくださる。
 虫酸が走るほどありがたい話だ。
 さて、これで聞かせるべきことはすべて話した。約束は十分に果たしたことだろう。
 ジャスティスはようやく動き始めた。ミノフスキー・クラフトの輝きははっきりとしている。これならば核爆発の範囲外へと離脱することも可能だろう。
 心優しいシホは隊長に離脱を促そうとする。

「ここはまもなく核の火に包まれます。逃げるのでしたらお早めにどうぞ。なっ……!」

 暗いコクピットを照らすモニターには残された右腕だけでシホのストライクの手を引くジャスティスの姿があった。一体何をしようとしているのか。ジャスティスはストライクを引きずるようにゆっくりとした動きでカナードのすぐ上にまで移動する。

「カナード。その機体まで持って行くことはできない。捨ててこちらへ移れ」
「何を言っている……。俺は敵だぞ」

 まさか助けるつもりなのか。この核の炎がいつ襲ってくるかわからないこの状況下において。隊長の声は以前と何も変わってはいない。部下に決して死ぬことを許さず、そして自分はいつも最前線に身を置いていた頃と。

「貴様らは俺を見限ったのかもしれんが、俺はまだだ。お前たちは優秀な部下だった。裏切ったことを除けばな」
「見限るに十分すぎる理由でしょう……」

 さすがのシホも呆れ顔である。ヘルメットをつけていないため、モニター越しであってもその顔はよく見えた。
 まったく、隊長は何も変わっていない。何があっても、何が立ちふさがろうと。

「やはりあんたは、俺たちが隊長として仕えるに値する人だった……」

 こんな人に全力で挑み、そして破れることができた。もう思い残すことなどないのだ。

「もういい。行ってくれ。この機体はとっくにいかれている。ハッチは焼き切りでもしない限り開けられそうにない」

 そしてシホはヘルメットをつけていない。生身で宇宙空間に飛び出せばどうなるか。内圧にやられて目玉が飛び出すなんてことが言われていたこともあったか。少なくとも血液は沸点を越え、体の内外から窒息死させられることになる。
 シホがコクピットを出られたなら、カナードのストライクを引きずっていくこともできたことだろう。だが、それは不可能であり、カナードは今更生きながらえたいとは考えていない。それはシホも同じことか。

「私も置いていってください、隊長。核から逃れるためにはストライクは重しにしかなりません」
「行ってくれ、隊長。あんたを巻き込んだなんて間抜けな結末にはしたくない」
「馬鹿なことを言うな!」

 隊長はまだカナードたちのことを救うつもりでいるらしい。このままではこの意地っ張りは本当に核に焼き尽くされるまでこの場に残ることも十分に考えられた。それではだめなのだ。
 カナードはコンソール脇のケースを重たい手応えとともに開ける。中には回転式のレバー。回すとレバーそのものが浮き上がり、全体がボタンとして機能するようになる。これほど厳重に他の機器との押し間違えを防止しているものと言えば、無論自爆装置である。
 モニターではシホも同様にボタンを展開していた。

「もしも行かないというのなら私たちはこの場で自爆装置を起動します」

 これにはさすがの隊長も狼狽したようだ。カナードのモニターにはイザークの顔を映してはいないが、息を強く吸い込む音は聞こえていた。

「お前たちにとって、プラントはそうまでして滅ぼさなければならない相手なのか……?」

 2人が語る必要がある時には、まずシホに譲ると決めていた。

「父からは目を背けられて母からは睨まれる。私が軍人になったのは、家を離れる手っ取り早い手段であったからです。それほど両親は私を疎んじました。自分たちで勝手にそう作り出した癖に。プラントはこんなひどいことを許す国でした」
「能力主義を謳うコーディネーターはナチュラルを認めようとしない。当然だな。コーディネーターはナチュラルなんてものは自分たちの有能さを証明するための小道具としか考えてやしない。それがプラントだ」

 だから滅ぼすと決めた。ムルタ・アズラエルに約束させたのだ。プラントという国をこの世界から取り除いてくれると。

「でも隊長、あなたと過ごした戦いの日々は悪くありませんでした。他の何者でもない、シホ・ハーネンフースとして見てくれたからです」
「隊長はナチュラルだと知った後でさえ、手をさしのべてくれた」
「行ってください、隊長。あなたには生きていてもらいたいから」

 自爆装置に手を置いたままにしておく。隊長がもしもまだ躊躇うようであればカナードも、おそらくシホも迷わない。2人が死ねば隊長もこれ以上ここに残る理由はなくなるのだから。

「お前たちは……、とんだ阿呆だ……」

 ジャスティスがミノフスキー・クラフトの輝きを放ちながらボアズから離れていく。影響圏外に離脱できるかは不安を残すが、隊長ならばうまく逃げることだろう。
 カナードは気が抜けたように自爆装置から手を離した。核の衝撃は徐々に近づきつつあった。

「後悔はないか、シホ」
「あるとしてもどうなることでもないでしょう。穏やかな気分よ。ただ、アイザックをこの手にかけたことは予定外。あなたがもっとしっかり押さえていればあんなことにはならなかったのに」

 この女はまだこんなことを言っている。計画ではジブラルタルを脱出したシャトルは無傷のまま地球軍に引き渡すつもりであった。ところがアイザック・マウが機転をきかせたことで事態は急変した。それをカナードがしっかりと抑えていなかったからだとことあるごとに言ってくるのだ。

「お前がアイザックを一撃でしとめていれば問題なかっただろう」

 そうすれば少なくともブリッジが制圧されていると艦内に伝わることはなかったはずだ。しかしシホは急所を外し、アイザックが警報装置を起動させるための余力を残してしまった。

「私のことを好いてくれた子の急所を撃てというの?」
「急所でなければ引き金を引ける神経がわからん」

 シホとは同じ部隊に配属されたことで知り合った。ただの同僚がいつの間にか共犯者になり、今ではともに死に臨んでいる。
 果たしてシホとはどのような関係であるのだろうか。単なる戦友で、いつの間にやら秘密を共有する間柄になっていた。思えば、示し合わせた訳でもなく一つの望みを共有し、その結果が今の状況である。まったくもって訳が分からない。
 シホも似たようなことを考えたのだろう。妖しく笑い、カナードは苦笑する他なかった。
 そして、最期の時が訪れる。

「終わりだな……」
「ええ……」

 核の光が迫ってきていた。電磁波がモニターを激しく焼き、高熱と衝撃波が機体の周囲に白い尾を引いて飛び去っていく。
 裏切り者が英雄に討たれ命を落とす。悪くはないエピソードだ。

「隊長……、いい死に花をいただいた」




 連続して撃ち込まれる戦術核は次々と悪魔の方程式を描き出す。微量の物質が光の速さを駆け上がる速度で光と熱とに変換されていく。この現象を人の目で確認することは不可能である。なぜなら、放たれる膨大な光量の前には視神経がキャパシティー超過を引き起こすから。膨大な光に白く塗り潰された光景しか見ることは許されない。
 もしも、人がそれでもこの光景を目撃したなら、地獄を見ることができたことだろう。
 まずはボアズの地表が割れた。ところがそのひびさえ追い越して光と熱とが岩盤を滑らかに溶かす。要塞内部へと入り込んだ光はすべての区別をなくしていく。人も物も一緒くたに溶かし燃やし、その炎が基地の開口部という開口部から外へとあふれ出し、外で猛る核の火はその内なる炎さえ呑み込んで暴れ狂う。
 膨大な死が混ざり込んだ炎には毒が含まれている。
 愛国心溢れる者であっても、物陰で震えていることしかできない者であっても区別なく、冥王の息吹はすべてを包み込んだ。
 やがて光がやんでいく。プラントの最後の盾の姿はどこにもなく、焼け残ったわずかな岩石が漂う静寂だけが残されていた。戦闘の荒々しさに隅に隠れていた星々が、安心したように夜会を再開していた。




 傷だらけの姿でジャスティスが漂っている。左腕、右足は戦闘によって消失している。核の衝撃から逃れたとは言え、装甲には確かな爪痕が刻まれている。欠損し、あるいは一部が淡い光を放っている。フェイズシフト・アーマーさえ完全には機能していないのだ。
 コクピットの中は暗い。パイロット・シートに座るパイロットの姿さえ見えないほどに。

「こんなことが……」

 そして、何かを叩く音が闇の中強く響いた。

「こんなことが望みだったというのか、お前たちは!」




 ボアズ陥落。
 この事実はこの戦争を極めて単純化させた。
 残すはプラント本国を守るヤキン・ドゥーエのみ。ヤキン・ドゥーエが落ちたなら戦争は終わる。プラントが地球を退けたなら戦争は続くだろうか。大西洋連邦軍、ユーラシア連邦軍、赤道同盟軍、大洋州連合軍、オーブ軍からなる地球軍は圧倒的戦力を保持しているという事実。
 ことは単純である。まもなく戦争が終わる蓋然性は高い。
 ヤキン・ドゥーエが落ちればすべてが終わる。
 決戦の舞台はプラント本国へと移っていた。




 小高い丘に立ち並ぶ石碑。それぞれが膝の高さほどしかない小さな墓標が等間隔に敷き詰められていた。天を見上げればそこには空ではなく強化ガラスが斜めに天へと上っていく姿が見える。
 ここは砂時計の底。プラントのコロニーの中なのだ。
 だがそのことを気にする者などいるはずもない。プラントの民にとって空のない光景など見慣れた当たり前のものでしかない。何より共同墓地にいる者が上を見ているはずなどないのだ。
 一つの墓に花が落とされる。丁寧に置かれたのではない。投げ落とされた花束は、しかし不器用な優しさを見せていた。投げられたにしては、花は一輪たりとも1枚の花びらさえ散らせてはいなかった。
 死者に花を捧げたのは褐色の肌の少年であり、そのすぐ後ろには男性が1人、少女が2人付き添っていた。
 三つ編みに束ねた桃色の髪の少女は少年へとそっと寄り添う。

「どなたのお墓なんですか?」
「ニコル・アマルフィ。同じ部隊のパイロットでな。仲間を逃がすために1人で戦場に残ったらしい」

 らしい。この語尾に一際関心を払ったのは赤い髪をした少女であった。わかりやすく眉をひそめ、桃色の髪の少女を見るために首だけで振り向いた少年はたやすく何が疑問を抱かせたのかを感じ取る。

「ああ、こいつが戦死した時、俺はアーク・エンジェルの捕虜だったからな。俺って本当に間抜けだよな……」

 何も知らず過ごしている内に友は死に、それを後になって知る。少年はそんなことを2度繰り返した。
 誰かがあなたのせいではないと言ってあげることは簡単であり、事実であり、故に無意味であった。少年を苛むのは罪悪感以上に無力感であって、何ら責任も手段も担う立場になかったと突きつけることは残酷以外の何者でもない。

「私もこれまでに何人も戦友を失った。その度にこの職業を選んだことを後悔させられてきた。この感覚はなかなか慣れない。君はどうして軍人に? プラントは志願制だと聞いているが?」
「別に理由なんてない。ただ、周りの奴らも行ってるし、地球の奴らにプラント壊されるのもごめんだったからな」

 男性の言葉に短く答えて、少年はしゃがみ込んだ。墓標にはニコル・アマルフィという名前とともにC.E.55年からC.E.71年まで、わずか15年足らずの短すぎる時間が記されている。

「ニコルの遺体なんざここにはない。ここの大半は空の墓なんだろな。それでも俺たちは花を手向ける。理知的だとか言ってるコーディネーターでさえ人の死を前にすればこのざまだ」

 広い広い共同墓地には、彼らの他にも死を悼む人々の姿が見られた。墓石を前に何もできずにたたずむ人の姿もあれば、話しかけながら墓石に一輪ずつ花を備えている少女、一体どれほどそうしているのか座ったまま動かない人もいた。
 そんな人たちを追悼から引き戻したのは行進する人の声であった。
 丘からほどよく見下ろすことができる道を進むデモ行進の声が聞こえていた。必ずしもその内容は明瞭に聞こえてはこない。
 立ち尽くす者は振り向き、花を供える手を止めて、人々はデモ行進の様子を眺め、その声に耳を傾けていた。この墓に眠る人々はなぜ死ななければならないのか、こんなことがいつまで続くのか。デモに参加している人々の声が、人々の意志を代弁している。

「反体制のデモだな。ザラ政権は失敗続きだ。アラスカ侵攻の失敗にけちがついてジブラルタル、グラナダ、ボアズの立て続けの陥落だ。この期に及んでザラ政権は和平の道さえ模索しようとしていない」

 この丘は広い。まだ墓を掘るだけの余力を残している。
 デモ隊は告げていた。終わらぬ現実と迫り来る現実を。

「誰だって、死にたかない……」

 ここにはその願いかなわなかった人々が眠っている。




 ここはプラント。かつてジョージ・グレンによって建てられたこの国は理想郷になることが期待されていた。
 コーディネーター。優れた人々による、理知的な人々による、人類の未来を占う人々による国家。そこには旧来より続けられてきた民族紛争、宗教戦争、利権争いによるしがらみの一切ない、真っ白な状態から世界をやり直すことが期待されていたのだ。
 もはやほぐしようのない縄を解くよりも新しい縄を用意した方が遙かに効率的により強固な結び目を作り出すことができるだろう。
 そう、多くのコーディネーター、コーディネーターの未来を信じる人々がこぞって移住を決めた。
 新たな人類による新しい理想郷。
 しかし、そこに悲しい皮肉があった。コーディネーターもまた人という枠をはずれることはなく、新たな民族が生まれただけにすぎなかったのである。コーディネーター自身が自らを人類の未来の担い手と捉えること自体が、ナチュラルというもう一つの民族との軋轢を生じさせていた。
 それは誇りが抱える宿痾であったのだろう。優れていると自信を持つということは優れているという性質を絶対視することに他ならない。それはすなわち、優れてはいない人の持つ多様な価値を一方的にそぎ落とし下位の存在と見下すことに等しい。
 誇りを持つことはすなわち、自分の持つものだけを至上と思いこみ、価値観の一元化を当然として生み出す。
 コーディネーターは新しき未来を作り出す。この理想はナチュラルによって否定され、コーディネーター自身の手によって貶められ、残されたのは戦争によって疲弊した国、その現実だけであった。
 デモ隊は突き進む。掲げられたプラカードの文言は統一を見ない。戦争拡大を推進するザラ政権への非難。あるいはナチュラルへの怨嗟。戦争反対を謳う文言。戦費拡大を吸収する形で課された増税から生活苦を訴えるもの。
 シュプレヒコールが街を練り歩く。
 街角。ショーケースにはライフル銃から拳銃まで多様な銃器が並んでいる。そんなガン・ショップの中では身なりの整った紳士が婦人とまだ年端もいかない子どもを連れて恰幅のよい店主と話をしていた。
 店主から手渡されたライフル銃を、紳士はたどたどしい手つきで構えて見せる。指先が銃身に触れていることを店主に注意されるほどに拙い。これまでに銃など触れたことなどないのだろう。
 それは婦人も同じらしく、夫を見る目は憂いを帯びて瞳を小さくしていた。子どもに至っては状況をまるで理解していないらしい。そんな子どもにさえ、店主は小さな拳銃を手渡した。
 子どもの手に小型のものとはいえ拳銃は大きく、不釣り合いに見えた。それこそ子どもの玩具のようである。
 紳士は即金で銃を購入する。子どものための拳銃とライフルに散弾銃。
 こんなものがどこまで自分たちの安全を守ってくれるものかわからない。しかしプラントではジブラルタル陥落を皮切りに各世帯の銃保有率は確実に増加した。モビル・スーツを相手に、コロニーに核を撃ち込んでくる相手にこんなものがどこまで役立つのか、確信を抱いている人は少ない。それでも何かせずにはいられない。
 人々は銃を買いあさる。
 紳士がその家族を連れて店から出てきた時でさえ、まだデモ隊の長い列は続いていた。その先頭はすでに郊外に達し、隊列の声は訓練場にまで響いていた。
 プロト・ジン。現在でも前線で使用されているZGMF-1017ジンから余計な装甲を取り払い、色を橙色に塗装した初期型のジンは現在新兵たちの訓練機として使用されている。高いフェンスに囲まれた訓練場では、プロト・ジンが並び、その足下にはノーマル・スーツ姿の少年少女が並んでいた。
 皆まだ10代前半のあどけなさを残している。
 ザフトでは血のバレンタイン事件を契機に民兵組織であったザフトの国軍化が進められ、軍学校が整備された。修学期間は1年。その中で特に優れた成績で卒業することができた者は赤服と呼ばれる赤い軍服を与えられることが特に知られ、すべてではないにしろ各コロニーに置かれている。
 しかし、ザフトは人的資源に乏しい国である。膠着状態が長かったとは言え、すでに5年目を数える戦争の被害は大きく、人材の不足は深刻であった。
 地球では長引く戦いによって多くの熟練兵が命を落とした。アラスカでは必勝を期して多数の熟練兵が大西洋連邦軍の壮絶な自爆に巻き込まれ、ジブラルタルでは誇り高い兵士ほど率先してしんがりを申し出たことで貴重な人材は海に消えた。地球の最前線を支え続けた精兵の多くは地球に取り残され細々としたゲリラ活動を行うでしかない。
 わずか1月足らずの間に40万kmもの後退を見せた前線は、ザフト軍熟練の兵士たちを遙か遠方に取り残した。残されたのはこれまで3年以上に渡ってザフト軍が制空権を握っていた宇宙において鉄壁と恐れられた要塞で日々をすごしていればよかっただけの者、いまだ地球へと降下する時期を見計らっていた新兵だけが残された。
 かつてザフトが計画し、しかしかなわなかった電撃作戦。それを地球軍はより華麗に確実に、鮮やかにしてのけたのである。
 訓練所に並ぶ若い兵士たち。彼らは皆唇を固く結び、指導教官--こちらもまだ20にもならないほど若い--の言葉に耳を傾けている。
 デモ隊の声は確実に聞こえていよう。しかし誰も気にとめるそぶりさえ見せない。一語聞き逃せばそれが命取りになるかもしれない。軍学校の修学は1年から短縮され、場合によっては半年で戦場に出されることも珍しくはない。今この一瞬が自分と国の未来を決するのだと誰もが理解していた。
 プラントは建国からわずか30年。あらゆることにおいてあまりに性急すぎた国家のあり方は様々な歪みを生み出していた。
 歴史に仮定を持ち込むことは空しい。それでもプラントの民は考える。血のバレンタイン事件などなければプラントは素晴らしい国になっていたのではないかと。そしてナチュラルは考えていた。血のバレンタイン事件などなくともプラントは歪んでいると。
 そして戦争はまだ終わりを見せない。




 アプリリウス市第1コロニー、アプリリウス・ワン。プラントの首都であるこのコロニーにプラント最高評議会は置かれている。無論警備は厳重。狙撃を恐れて窓さえない廊下は、しかし人工の環境に暮らすことに慣れた人々にとって何ら苦痛を与えるものではない。
 コロニーにも空気循環のための風が定期的に起こされる。しかしそれも空調の類でしかなく、自然の風を室内に取り込みたいと考えるプラントの住民は少ない。
 窓のない廊下。窓枠を思わせる出力装置に投影されるプラントの街並み、その映像と太陽光を模して注がれる照明が、ここをごく普通の廊下であるように演出していた。
 この見せかけの廊下を少女が歩いていた。桃色の長い髪を揺らし、身につけた服はゆったりとしてどこか衣装じみている、あるいは儀礼服であろうか。少女の纏う独特の雰囲気でして、少女をその名、ラクス・クラインに相応しい出で立ちに着飾らせていた。
 その向かい側。反対側の廊下から歩いてくる男は厳めしい顔をしていた。プラントの現在の最高責任者であるパトリック・ザラ議長である。
 ザラ議長の姿を認めるなり、ラクスは頭を垂れる。

「パトリック・ザラ議長」

 しかしパトリックは意に介した様子はない。鼻をわずかに鳴らし、頭を下げたままのラクスの横を通り抜けようとする。無視をやめたのは、すれ違いざまの一瞬だけであった。

「クライン家の人形と話すことなどない」

 パトリックは足を止めることさえなく歩き続ける。
 ラクスは顔を上げた。しかし歩き去る議長へと振り向くこともない。

「ご子息の許嫁に対してあまりのお言葉」

 この声は冷たいものであった。侮蔑ではない。ただ冷静に状況を把握し、それこそ冷静に放たれた声であった。
 この言葉のどこに議長を引き留めることがあったのかはわからない。その声調か、あるいは子息アスラン・ザラの名前か。事実として、ザラ議長は立ち止まった。しかし振り向くことはなく、2人は背中合わせのままである。

「アスランはレノアの作品にすぎん。私の息子ではない」
「故に、戦場に送り出すことも辞さないと?」
「アマルフィ議員、エルスマン議員も同様だろう。皆で武器を持て、皆で戦え。子どもから老人に至るまで武器を持て。でなければ皆で殺される」
「私たちが戦わなければならないのは敵が攻めてくるからではありません。正しき明日のためなのです。クライン家とザラ家が長年夢見た理想を実現するためなのです」
「入り婿の私には関係ないことだ」

 興がそがれたか、ザラ議長は再び歩き始めようとする。しかし、その足は最初の一歩を踏み出したところでとまる。ラクスの声は一際大きく声をだし、議長との会話の継続を望んだ。

「ではあなた様は一体なぜ戦っておられるのですか?」
「血の責任は血であがなわれなければならない」

 人には譲ることのできないものがある。パトリック・ザラはいついかなる場所でもその主張を曲げることはなかった。血のバレンタイン事件の責任を地球側は一切負っていない。無論、パトリック・ザラとてプラントの裏側を知る者として血のバレンタイン事件の真相を知っている。
 核ミサイルではなく、原子炉の暴走による証拠隠滅。そのために20万もの民が犠牲にされた。そんなことはどうでもよいのだ。たとえユニウス・セブンの崩壊にどのような理由があろうと、妻であるレノア・ザラを殺したのはブル・ーコスモスであることに何ら支障ないのだから。

「そのためには民を犠牲にしても構わないと? お父様はこのような戦争、望まれてはいませんでした。民が誰1人傷つくことなく世界を平和に導くことさえできたのです」
「私が求めているのは支配ではない」
「では復讐なのですか?」
「私は当然賛成票を投じたが、ニュートロン・ジャマーの投下を決めたのはクライン政権だ。復讐について講釈垂れるはお門違いではないか?」
「私はそうは思いません。たしかにお父様は戦争の拡大に舵を切ってしまわれました。それは結果にすぎません。あなたは復讐のために、民の命を手段と捉えてしまっています。犠牲を道具としているか、結果として生じうるかでは違うのです」
「馬鹿げたことだ。ダモクレスの剣をちらつかせている暇があるのならばまず手ひどく殴りつけてやればよい。でなければ奴らは気づかん。ナチュラルどもがどれほど尊いものを我らから奪ったのか、痛みでして教え込まねばならん。復讐は仕置きと同じだ。罪には罰があることを教えることにこそ意味がある!」

 罪は罪でしかなく、罰によってその尺度は絶えず示される。クライン派の考える平和にパトリック・ザラは意味など見いだしていない。まずは殴りつける。そして教えなければならない。どちらが上位種であるのかということを。
 従順な犬とて、しつけを誤ればつけあがる。

「クライン派は貴様等で好きにするがいい。だが、痛みを教えてやらねば獣はまた噛みついてくる!」

 今度こそ、パトリック・ザラは足を止めることはなかった。足音が徐々に遠く響いて消えていく。
 ザラ政権は水面下でさえ地球側との和平のテーブルにつくことを拒んでいる。降伏という形でこの戦争を終わらせることを望んではいないのだ。多数の要塞を失い、敵の大艦隊が押し寄せてくる現状さえパトリック・ザラの気炎を衰えさせることはない。
 国内では、しかしザラ政権への世論は完全に二分している。戦争を続ける政権への反対派は確かに大きな規模を有している。しかし報道はデモの様子を大きく報じることはなく、反対派は連携できないでいる。急進派支持層はいまだ盤石なのだ。
 無条件降伏後、プラントが第2のホロコーストの現場にされないとは限らない。それはすなわち、攻めてくるナチュラルとコーディネーターは異なっている。そんな自意識の発露に他ならない。コーディネーター故に持つナチュラルへの潜在的な不信が戦争集結を遅らせる遠因の一つになっていた。
 コーディネーターがコーディネーターである以上、この戦争においてプラントが敗北を認めることはないのである。
 パトリック・ザラの足音が完全に聞こえなくなった頃、ラクスはようやく動き始めた。

「お父様はそのようなことは望まれていません、パトリック・ザラ議長」

 一度も顔を合わせて話すことなどなかった。
 ラクスは歩き出す。小気味よいリズムを刻む足音が消えると、廊下は何事もなかったように静けさを取り戻した。




「ディアッカさんのお父さんて、陽気な人なんですね……」
「いや、別にそんなことはない、はずなんだが……」

 ある会場の入り口に立つアイリス・インディア。そのすぐ隣にはディアッカ・エルスマンが戸惑ったように視線を泳がせていた。
 個人の邸宅にしては広いシアター・ルーム。椅子はすべて取っ払われ、代わりに置かれたテーブルの上にはバイキング形式で様々な料理が並べられている。立食パーティに招かれた客はアーク・エンジェルのクルーたち。見慣れた顔があまり見慣れない私服姿で会場を埋めていた。
 主催者はこの家の主であるタッド・エルスマン議員。波立つ長い髪をした男性は自ら率先してボトルを傾け人々に飲み物を振る舞っていた。
 今後の展望について大切な話がある。そう、自宅のシアター・ルームに呼ばれたディアッカは呆気にとられ、アイリスは状況を把握することに苦労を強いられていた。
 この様子を、タッド議員はパーティの慎ましやかさに戸惑っているととらえたのだろう。ボトルを片手に息子とその女友達の元へと歩み寄るとその一見厳格にも見える容貌とは不釣り合いな口調で議員は話しかける。

「すまない。本当なら業者を呼んでガーデン・パーティでもしたかったが、今の状況では大騒ぎははばかられる」
「いえ、そんな……」

 アイリスの言葉はほぼ条件反射に近い。とくに何か意図することはなく、ただ戸惑っているということだけがわかる。それはディアッカにしても変わらない。

「親父、どういうことだ?」
「優秀な傭兵諸君が激戦をくぐり抜けて挨拶に出向いてくれた。歓迎すべきことだろう」

 そう言う議員はすぐそばに立っていた整備士の男性のグラスが空であるとみるや酒を勧めていた。
 アーク・エンジェルのクルーたちは突然のパーティに戸惑いながらも少しずつ自分たちなりの楽しみ方を始めているようではあった。いまだ戸惑っているのは会場についたばかりのアイリスとディアッカの2人だけであった。
 フレイ・アルスターはアーノルド・ノイマンとともに会場の片隅に腰掛け、議員とその子息の話に耳を傾けていた。

「私たちの隊長ってディアッカじゃないの?」
「彼はあくまでも部隊長だ。正確な雇い主にはタッド・エルスマン議員が登録されている」

 ディアッカが父であるタッド・エルスマンに泣きつくことでアーク・エンジェルをザフト軍に割り込ませた。ディアッカ・エルスマンが戦争中に行方知れずになりながらも中道派として自身の主張を一切曲げることのなかったタッド議員であったが、やはり我が子かわいい人の子だと周囲の苦笑を買ったことは、ここでは別の話である。
 事実こうして見るなら、議員は気さくな男性にしか見えないことだろう。しかし、この人物は間違いなくプラント最高評議会を動かす12議員の1人なのである。
 ナタル・バジルールはアーク・エンジェルを任せられる艦長としてあくまでも態度を崩そうとはしていない。酒を振る舞っている男性に対して、躊躇なく敬礼する。

「エルスマン議員。私はアーク・エンジェルの艦長を務めておりますナタル・バジルールともうします」
「これはご丁寧に。やれ、この艦には美人が多いね。ディアッカがうらやましい限りだ」

 この軽口は息子を大いに呆れさせ、続く言葉は一瞬にして会場の喧噪を鎮めることとなった。

「ヴァーリにドミナントまでいるくらいだからね」

 誰もが議員の一挙手一投足に関心を示し始めた時、それでもタッド議員は飄々としていた。自分のグラスを手に取ると直接酒を注ぎ、味わう、そんな言葉がよく似合う様子で酒に唇を湿らせる。

「知ってるのか?」

 息子の言葉にも、父はそばのソファーに腰掛けるほどの気楽さを見せて応じる。

「ゼフィランサス・ズール君は最高評議会にも顔を見せたことがある。何より、ここまで登り詰める間には裏側のことは自然と耳に入る」

 陽気な主催者からプラントの最高権力者の1人へ。周囲の人々の認識は瞬く間に変わったが、とうの議員は何ら態度を変えていない。議員が腰掛けた一人掛けのソファーが会場の人々が目にするために適した位置にあったことからも、パーティ会場は自然と議員の座談会へと雰囲気を変える。
 その中、1人の少年がまったく物怖じする様子もなく議員の前に立つ。

「初めまして。かつてはテット・ナインと、今はキラ・ヤマトと名乗っています。ナインス・ドミナントです」
「タッド・エルスマン。評議会議員と法務委員の代表を兼任している」
「ぜひお話を聞かせていただきたいと考えていました。この国のあり方についてです。この国は、必ずしも正当な発展を遂げているようには思われません。そのことについてあなたの立場からお話願えませんか?」
「何をもって正道、邪道とするのかは難しい話だが、君の立場を考えたなら選民思想についてかな。このことについては私もかねがね考えさせられていた。この国はジョージ・グレンによって作られたコーディネーターのための国だ。しかしそれはコーディネーターのためだけの国だとしても過言ではないからね。すぎた能力主義はコーディネーターによる社会の支配を肯定し、肯定されるが故にコーディネーターはナチュラルを支配するに足る存在であると自ら思いこもうとする。油に火を近づければ燃え上がり、やがて類焼していくことになる。当然の帰結というものだね」

 議員はボトルとグラスとを側のテーブルに置く。やはり、何か纏う雰囲気が変わった訳ではない。そうであるにも関わらず、周囲は完全に議員を議員と認めた。

「このようなことを聞きたい訳ではないだろう。こんなことは少し考えれば誰にでもわかることだからね。では、私なりの話をさせてもらうこととしよう」

 法を司る者として。

「人権というものの捉え方は大別して2種類が存在する。人権は神様でも何でもいいんだが、何か不可侵の概念をより所にして存在しているという考え方。次に法律によってしっかりと決めてしまうべきとする考え方だ」
「ディアッカが時々変なこと知ってるなって思ってたけど、お父さんの影響なんだ……」

 フレイの声は食器を鳴らす音を除いて議員の声しか聞こえない会場において思いの外大きく響いた。思わず注目を集めてしまったことにばつが悪そうなフレイに対して、議員は笑いかけた。

「君に生け贄になってもらおう。君ならどちらの人権の方がいいと思うかな?」
「え……? その……、ほ、法律で決めることでしょうか。その、私、特に信じてる神様なんていないし……」
「実際、前者の考えは人権の概念が曖昧になってしまうという弱点がある。法律で決めてしまった方が人権がどのようなものかしっかりとさせることができるだろうね。ところがだね、法律で決めてしまえるということは裏を返せば法でいくらでも書き換えてしまうことができてしまうことになる。事実、悪名高いナチス・ドイツは合法的に人権の中から権利をそぎ落としていった。ところで話は変わるが、20世紀初頭にはこんなことが議論にあがった。クローンや遺伝子を操作された人間に人権を認めるべきかと問題にされたことがあった」
「当然認めるべきだろ」

 ディアッカである。人がどこか遠巻きにタッド議員を眺める中、一つ抜き出る形で立っていた。アイリスもまた、ディアッカの側から離れない形で周囲に比べれば目立つところにいる。

「私としても息子の友人のためにも認められるべきだと言いたい。しかし、一つの意見だと前置きさせていただくが、それでは都合が悪いこともある。君のように可愛らしい女性ならいくらでも人権を上げたいくらいだが、たとえば失敗作はどうだろうね? 中には人の形をしてこないこともあれば、生命維持装置なしには生きていくこともできない個体も実験の過程では誕生せざるを得ない。そんな人たちにも人権は必要だろうか。ここでは、安楽死、尊厳死問題は省いて考えることとしよう。するとどうなるかな?」

 議員は一度言葉を区切り、人々に対して考えるための時間を与えた。特に答えにたどり着いて欲しい訳ではない。ただ、自分の問題として考えるためのきっかけを与えた後、議員は再び話し出す。

「失敗作と言われる人も国家は人権の名の下生かし続ける義務を負う。その責任は、やはりクローンを生み出した研究所が負うのだろうね。すると失敗作が誕生する度、彼らが天寿をまっとうするまで研究所は財政的な負担を義務づけられることになる。研究費を余計にとられてしまうことにほかならない。それは研究にとって大きな負担だ。そこでどうするか、考え方は人権にそって2種類に分けられる。まず、人権は天授のものであって不可侵のものであるとした場合、クローンだから人権を剥奪するということは難しい。人権を法律でこうと決めることができない以上、人である人権は生まれながらにして持っていてしかるべきと考える。無論、人の定義を決定してフリークスのような失敗作を人ではないとすることもできるだろう。しかしこれでは実質的に法律で人権を規定しているにも等しい。地球上の国々では人権は自然に発生するものと考える国だ。そのため、地球ではクローンの人権問題を解決することは難しいとしてクローンの研究そのものが禁止されている」

 このことは地球出身者が多いアーク・エンジェルのクルーならば知っていることだろう。少なくともクローンを作り出すことが禁じられていることに関しては。もっとも、その理由にまで考えが及んでいる人は少ないだろう。

「ところが、遺伝子操作や調整、人体の操作を行う上でそれでは都合が悪い。研究もさせてもらえないし、失敗作の処分に多額の費用を負担させられるにも等しいわけだからね。そこで人権を法律で決めるとした場合どうだろうか。簡単なことだ。法律でこう決めてしまえばいい。失敗作には人権を付与しないと。障がい者の人権は制限すると」

 ちょうど、地球に国土を持たないどこぞの国は障がい者の人権を抑制し、堕胎の要件を健常者に比べて幅広く認めている。不妊手術が認められているのも遺伝子に疾患を抱える障がい者に対してだけである。

「事実としてプラントは人権を法定の権利と規定している。極論だが法律で如何様にも人権を制限してしまえる。研究者は大喜びだろう。失敗作は処分してしまっていい。人間ではないのだから殺人罪に問われることもない。また、人権は選ばれた者の特権であるという意識が都合よく構築されていく事実もずいぶんと研究を助けてくれる。人を作ることは驚くほど簡単だ。ほんの一対精子と卵子さえあればそれでできるからね。人体工場に並ぶ死体からは様々な人のパーツが手に入る。もちろん、人権に考慮する必要なんてない。そういえばこんな話を知っているかな? 美食の行き着く先は人肉食だそうだ。考えてみれば当然だね。人は自分の体にとって栄養にできるものをおいしいと感じる。人肉には、人体を構成する養分が、それこそすべてが含まれているからね。文字通り、おいしい商売だということだ」

 突然、食器が一斉に鳴る音が響いた。何か、何のことはない。食事を続けていた人たちが一斉に食器を皿に置いたのだ。皿の上には特に肉料理が残されていた。
 なるほど、議員の言葉は誤解を招いたらしい。

「さすがのプラントでも人肉の販売はされていない。みな養鶏場の鶏肉だ。安心して食べてくれたまえ」
「どうして鶏肉なんだ?」
「1人1人の宗教を調べている余裕はなかったからね。ヒンドゥー教では牛が、イスラム教では豚を食べることが禁じられているそうだが、鳥を食べることを禁じる宗教は、とりあえず思いつかなかった」

 息子のちょっとした疑問にとりあえず答えておいて、議員がグラスに注がれたままであったアルコールを口に含み、その喉を湿らせた。

「さて、プラントはコーディネーターの国であり、その研究を続けるためには人権を操作できることが好ましい。そのために人権は法律によって規定されるものとする法律制度が好まれた。人権とは一部の人間に対して与えられるものであり資格を必要とする。プラントでは障がい者や社会的弱者への差別が激しい。それはもちろんコーディネーターの国であるためだが、同時にコーディネーターの国であるための法制度の中にさえ選民思想を助長する土壌は含まれてしまっている」

 法の視点から眺めたなら、プラントとはこんな国だ。

「こんなもので如何かな、ヤマト君。かいつまんで説明したつもりだが」

 キラ・ヤマト。アスラン・ザラにはなれなかったドミナントの失敗作は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。では、もう一つだけ。この国は、コーディネーターによって作られた国です。それとも、コーディネーターのために作られた国なのでしょうか? こんな制度やコーディネーターの存在が当然としてこんな国になってしまったのでしょうか? それとも、このような国になることを予定してこのような制度を作り上げたのでしょうか?」
「ギリシアの時代から哲学者を悩ませる難題だね。卵が先か鶏が先か? 私は一緒に食べてしまうことが好きだが、様々な考え方があるのだろうね。宗教家はこう答える。神はすべての生命をそのままの形で作りだした。まず生み出されたのは鶏のはずであって、卵は後だと。生物学者はこんな観点を示す。それは定義の問題だ。鶏とは何で、鶏の卵とは何か。鶏が生まれる卵を鶏の卵とするなら、先なのは卵だろう。鶏の産んだ卵を鶏の卵とするなら鶏が先だ。哲学者は頭を悩ませ続けている。そして私は、鶏が先だと答えよう」

 ジョージ・グレンという鶏が産んだ卵こそが、このプラントという国なのだから。

「かの神祖ジョージ・グレンは14年にも渡る長い長い旅路の中で世界がコーディネーター、ナチュラルに分裂することを望んでいた節がある。世界の混乱を予期、いや、期待していたようにも思われる。そう考えるとすべてがうまく繋がってくれる。ジョージ・グレンは国を必要としていた。そうすれば、そこは治外法権どころではない、完全に独立した主権の範疇だ。それこそ外部の国家の干渉は内政干渉だと突っぱねることもできれば、法律を自由に制定しコーディネーター研究に都合のよい環境を生み出すこともできるからね。君たちドミナントやヴァーリの研究が国内ではとは言え許されたのもプラントという国があり、その主権を守る意識が各国にあったからだ。もっとも、テロリストはこんな時、強いものだね」

 世界中を納得させるだけの証拠はなくとも、自分たちが確信すれば動くことができる。ブルー・コスモスによるユニウス・セブンのテロとはそうして引き起こされた。
 しかし同時に疑問もわく。ブルー・コスモスはデータにアクセスできたはずだが、データを公開してプラントを糾弾しようとはしなかった。データを持ち出すことができなかったのか、それとも戦争を望んでいたのかは、今となってはわからないことである。

「ジョージ・グレンは当然知っていたことだろう。コーディネーターの存在は地球に不和の種を蒔く。そんな時、木星圏から帰還しては颯爽と仲裁に乗り出すように見せかけては体よくプラント建国を各国に認めさせた。その国の中で都合よく法を整備し、体制を整え、コーディネーターの、コーディネーターによる、コーディネーターのための国を作り上げた。結局そういうことでないかな? コーディネーターには選民思想主義者を生み出す当然の土台がそもそも存在する。ジョージ・グレンの卵は、当然のようにこんな国家に孵化するのだろう」

 コーディネーターに選民思想が根付きやすい当然の土壌は存在する。しかし、それを助長せんとこの国は建てられた。ファースト・コーディネーター、ジョージ・グレン指揮の下、ジョージ・グレンを産みだした組織の意向を受けて。
 タッド・エルスマン議員は思わず笑い出してしまった。こんなことを真面目に語る自分がおかしくて仕方がなかった。

「君も人が悪い。私がプラント建国に参加した時、私はまだ10代の若造で、ジョージ・グレンに出会う機会にはついぞ恵まれなかった。だが君はドミナントでジョージ・グレンに会うことはいくらでもできたはずだ。君は私を試したのかな?」

 果たしてジョージ・グレン、そしてその背後の組織についてどれほど知っているのか。
 キラ・ヤマトは頷きながら答えた。

「はい。プラント最高評議会議員がどこまで気づいているのか、それが知りたかったので」
「ロゴスのことならほとんどの議員が気づいている。ただ、あれは不可侵にして決して手を出すべからず。それが、不文律でね。名を口にすることさえ忌避されている。それほど恐ろしい存在だ」

 もはや議員は笑ってさえいない。ロゴス。この言葉の意味を知る2人だけの間で得体の知れない緊張感が張りつめる。
 このような中にあって唯一声を上げることができたのは、議員である父の威光に慣れているはずのディアッカであった。しかし何かを確かめながら声をだしているように、妙な抑揚を伴った。

「親父、……ロゴスとは何だ?」
「ジョージ・グレンを生み出した団体とだけ答えておくよ」
「ディアッカ、これ以上はまだ聞かない方がいい。これ以上のことは、この世界の明日に向き合う覚悟のある者だけが知っておかなければならない事実だからね」


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