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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第21話「愛国者」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:550c6d3c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/12/31 10:18
 アフリカ大陸北部。広がり続けるサハラ砂漠のとある場所に小さな街があった。そこには夜ともなると街灯がぽつりぽつりとまばらにし見える、そんな小さな土壁の家屋が敷き詰められた平らな街並みがあった。
 C.E.75年現在においていまだ数百年前の世界のまま留まっているかのような、そんな宇宙にまで飛び出した戦争とは無縁の場所のように思えた。
 しかし、そんな甘い幻想は朱に染められた夜風とともに吹き飛んでしまう。
 爆発が起きたのだ。爆風が炎をまとって広がる。そんな赤い轟音が街をまたたく間に支配した。そして、爆発は各所で立て続けて生じた。街の誰もが理解したことだろう。事故ではない。襲撃なのだと。
 その証拠に、爆発地点のそばには平たい街並みから上半身を突き出したモビル・スーツが炎に照らされていた。地球軍のデュエルダガーである。ビーム・ライフルにシールドという簡潔な装備の旧型機は、目立つ建物を見つけるとビームを撃ち込んでいく。その度に爆発が夜空を染める。
 軍事施設など見当たらない街は逃げ惑う人々であふれ、ただ蹂躙されるのを待つだけかのように思われた。
 この認識は二つの意味で間違っていた。その理由は、どちらも破壊された家屋の中にあった。高くとも3階建ての建物が多いこの街において、そこは小規模なビルほどの高さがあった。デュエルダガーがそこをビームで破壊すると、内部は空洞、さらに基礎を貫いて地下深くまで縦穴が伸びていることが露見した。
 巨大なエレベーターである。
 思わず確認しようとするデュエルダガーに対し、縦穴の中から飛び出したモビル・スーツが強烈な蹴りを見舞った。とっさにシールドで受けるデュエルダガーだが、敵機の正確な姿を確認できないほどの奇襲である。大きく体勢を崩された。
 その隙に、敵機は四つん這いの姿勢になったかと思うと街の規模にしては広い道を夜の闇の中へと溶け込むように疾走する。
 デュエルダガーはすぐにビーム・ライフルで攻撃を仕掛けるも獣のように素早い敵機を捉えることができない。無為に道を爆発させるだけである。
 そして、獣は闇の中から襲いかかった。すれ違いざま、デュエルダガーの右腕がかみ切られたかのようにちぎれた。
 この時のことだ。ようやく、獣は姿を現した。カンテラのような淡い光が闇の衣を剥がし、黒い装甲を持つそれは犬を思わせた。かつてザフト軍が使用したバクゥという四足獣型モビル・スーツと似たシルエットながら、より鋭角的で凶悪な印象を与える。しかもその背にはさらに二つの首を持つケルベロス・ウィザードが装備されその姿はまさに地獄の番犬を思わせた。赤く発光するビーム・サーベルが三つの首それぞれから伸び、それは獲物の血を滴らせた牙のよう。
 ザフト軍が現在配備する可変モビル・スーツ、ヒルドルブである。
 ヒルドルブはまた走り出した。闇の中に黒い体が溶け込み、赤い牙だけが存在感を強調する。それはライフルを右腕ごと失ったデュエルダガーへと襲いかかると、その直前でその姿を変えた。体を起こし、脚を足に手に変え人型の姿を得るとともにその両手にはビーム・サーベルを、背中の一対の首のものとあわせて4本ものサーベルを振りかざし襲いかかる。
 デュエルダガーはシールドで必死に防ごうとするも次々とサーベルが叩きつけられる度に目に見えて押され始める。少しでもシールドに身を隠すことができなくなればデュエルダガーはまたたく間に獣に食い荒らされたかのような無残な姿をさらすことになるだろう。それは時間の問題に思われた。
 妨害が入らなければ。
 振り下ろされる光が両者の間に割って入ったのである。
 飛び退くヒルドルブに、光はすぐさま追撃をかけた。光はビームであり、ヒルドルブのサーベルとぶつかり合い夜の街に火花を散らした。
 血の滴る牙のようなビーム・サーベルに対峙するのは、全身を血染めにしたような機体であった。地球軍のガンダム・タイプ、イクシードガンダムである。ザフト軍からカラミティのコード・ネームで呼ばれるこの機体は一対の大型ビーム・サーベルを力任せに振り下ろし、それをヒルドルブが4本のビーム・サーベルでいなしている。
 まさに力と技。闇の中切り結ぶ2体の巨人は致命的な力をぶつけ合う度、まばゆい光を放った。




 アスラン・ザラがその街を訪れた時には、すでに砂の地平線に太陽が昇った後のことであった。街では黒煙が立ち上り、火災がまだくすぶっている様子である。そんな過酷な一夜を乗り越えた街には破壊されたデュエルダガーが残骸となって転がっていることに加え、ヒルドルブたちがいまだ周囲を警戒した様子で街のところどころに立っていた。
 復旧はこれから始まる。そんな街をルナマリア・ホークを連れて歩くアスランは目当ての青年を見つけたことで足を速めた。

「お久しぶりです、ダコスタ司令代行」

 膝をつきたたずむヒルドルブの前にいた青年は、振り返るとそのどこか純朴ながらも厳しい眼差しのままアスランを出迎えた。

「アスラン・ザラ、君か。3年前は子どもに思えたが、今ではザフトの騎士と呼ばれるザフト軍のエースだな」

 敬礼をし合うアスラン、ダコスタの脇でルナマリアはどこかアスランの後ろに体を隠すような位置関係でダコスタを見た。

「アスランさん、この人がマーチン・ダコスタさんなんですか?」

「ああ。司令代行の前で言うことでもないかもしれないけれど、映画だとあまり目立たない役で、役者もあまり似てない人だったからルナマリアにはわかりにくいかもしれないな。ただ司令代行、この街の様子、地球軍ですか?」

「ファントム・ペインだ。切り裂きエド、そう呼ばれるエドワード・ハレルソン率いる部隊の襲撃を受けた」

「しかし、我々も警戒していましたが、周囲に敵の大型艦の存在はうかがえませんでしたが?」

 ダコスタは一度、アスランから視線をそらした。街の惨状を再確認するためか、あるいは他に理由があるのか、少なくともアスランにはわからない。すぐにダコスタは首を戻した。

「ファントム・ペインはカスタム機を扱っていることが多い。だが、敢えてカスタム機を用いない者も少数ながらいるようだ。切り裂きエドはそんな1人だ。カスタム機を用いないということは、一定の規模の基地であればどこであっても整備が容易であるということだ。特殊なパーツを用いていないのだからな。そして、彼の部隊は遊撃隊だ。特定の基地、母艦を持たず小隊単位のモビル・スーツで砂漠を移動し続けている。補給は電源車、修復は状況に応じて基地を変えることで神出鬼没な戦いを得意としている。こと継戦能力に限ればファントム・ペインの中でも随一の実力者だろう」

 答えたのはルナマリアだ。

「でも、それなら偵察機でも飛ばせば見つかりそうですけど……」

 ダコスタは今度は街に首を受けようとはしなかった。ただ、わずかに目を細めることでしかめた表情を作った。先ほど、アスランの言葉を受けて街を見た時も同じ顔をしていたのかもしれない。

「……お嬢さん、ザフト地上軍のアフリカ方面軍にそのような余力はない。このように街の地下に隠れ潜むしかできないほどにな」

 地球軍も地下基地の情報を掴んでいたのだろう。デュエルダガーは執拗にエレベーターを狙って街を攻撃していた。とは言え、モビル・スーツ戦が行われたのだ。住民を標的にしたものでないとしても少なくない人命が失われたことは明白だった。
 実際、アスランたちのそばを死体を乗せた担架を運ぶ人が通り過ぎた。

「基地がある。だからと市民ごととは、地球軍のやりそうなことですね」

「でもアスランさん……」

 つい先日、自分達も基地を攻撃し、周辺の街に損害を与えたではないか。ルナマリアはそんなことを口にしようとして、しかしできなかった。だが、アスランは察したのだろう。

「ルナマリア、彼らは卑劣なだけだ。だが、俺たちは生き延びるために手段を選ばない覚悟を決めた。そんな地球の愚劣さと俺たちの覚悟を一緒くたにしてはいけないよ」

「は、はい……」

 ルナマリアは完全に納得した様子は見せなかったものの、それ以上聞こうとはしなかった。
 人によっては睨まれているのではないか、そう思えるほど、ダコスタ司令は厳しい表情を崩さない。それほど、司令代行という立場を意識しているのだと考えることは簡単であって安易でもあった。

「ところで、ピートリー級が届くはずだったと聞くが?」

「ボパールの戦いで2隻を喪失し、1隻は修復が必要な状況です。当分は無理でしょう」

「また、アフリカ方面軍は後回しにされる、そういうことか?」

 アスランはすぐに返すことができなかった。本国から満足な支援も受けられず、砂漠の地下に潜まなければならないザフト地上軍アフリカ方面軍の司令官の言葉は、明らかに棘を含んだ物言いだったからだ。


「司令代行、ボパールにはエインセル・ハンターがいました。彼の殺害はザフトの悲願です。やむを得ません」

「ではなぜ君がここにいる? ザフトのエースが一番槍を担ってしかるべきだと思うが?」

「戦略的にデリケートなことです。お話できません」

「ザフトの騎士がエインセル・ハンターに破れたとあれば都合が悪いからか?」

 再び、アスランは返事をするまでの時間を必要とした。表情こそ変えないまでも、その眼差しにはダコスタ司令代行への警戒心がにじむようになっていた。目をそらそうとしなくなったのだ。そのため、

「ルナマリア、少し席を外してもらいたい」

 アスランはルナマリアの方を向くことなく、ルナマリアも特に不満を明らかにすることもなくその場を離れた。
 ここにはザフトの騎士と砂漠の狐とは残された。

「エインセル・ハンターを倒せば戦いは終わります。しかし、臆病な鼠を巣穴から引きずり出すことは簡単ではありません。慎重に動かなければならないことはおわかりでしょう?」

「つまり、大事を見て戦いを避けたのだろう?」

「蛮勇はしょせん蛮勇です。たしかにエンセル・ハンターはパイロットとして優れた面もありました。しかしそれも3年前の話です」

「それならばなおさら、君がボパールに行かなかった理由にはならない」

 砂漠の乾いた風が2人の間を吹き抜けた。

「……司令代行、何がおっしゃりたいんですか?」

 ダコスタは愛機であるヒルドルブを見上げるため、アスランに背を向けた。それは単にアスランから目をそらすための口実であったのかもしれないが、どちらもとってもどうでもいいことだろう。
 ダコスタは背を向けたまま話し続ける。

「3年前地球を離れてから、地球に来たことは?」

「1度もありません。ああ、もちろん、3年前の降下が地球に来た最初の最後の機会です。わかります。こうおっしゃりたいんでしょう。現場を知らないホワイト・カラーの言いそうなことだと。お言葉ですが、俺も3年前の戦いでは地球軍のパイロットと面識があります。地球のことは……」

「映画ではその出会いは描かれていなかったようだが?」

 『自由と正義の名の下に』では、アスランが出会ったのはアンドリュー・バルトフェルドであって、地球軍の兵士ではなない。ザフトの騎士が尊敬するのは同じザフトの戦士であって敵の兵士ではない。
 アスランは言い返すことはなかった。しかしその様子は単に発言を途中で邪魔されて不機嫌になっただけのようにも思える。
 ただ、ダコスタ司令代行のみが言葉を繋いでいた。

「我々がバルトフェルド司令とともに地球に降下してからまもなく5年になる。映画では司令はプラントの正義を掲げる忠臣と描かれていたが、それは我々の認識とは大いに異なるものだ。デュランダル政権はプロパガンダ、いや、国民の煽動が過ぎるのではないか?」

「デュランダル議長の支持率がどれほどあるかご存じではないのですか?」

 常時6割を超えている。その事実を告げる時、アスランは明らかに司令代行を小馬鹿にしたように息を吐いて見せた。

「国民はデュランダル議長を支持している」

「だがそれも、国営放送、およびタカ派の会長がいるような民放による印象操作で下駄を履かされたものだろう? 先代のザラ政権をマスコミは非難しているが、それはクライン政権自体に生じた問題をザラ政権へと責任転嫁しているロ調のものも少なくない」

「だから何だと? なんであれ、議長は国民に支持されている。それは数字が証明している。政治の世界において真実なんて必要ありません。ただ国民の根拠のない感情にどう訴えかけるか、それだけです。デュランダル政権はそれが巧みなだけです」

「エインセル・ハンターの殺害もその一環なのだろう?」

「ええ、そうです。奴さえ死ねば戦いは終わる。馬鹿な地球人どもも目を覚ます。そう、プラントの国民は信じています。テレビがそう言い続ける限りはね」

「エインセル・ハンターは傘のようなものだろう。あれば便利だろうが、外出を心に決めた者であればずぶ濡れになっても走り出すだろう」

「誰もそんな言葉に耳を傾けなんてしませんよ。国民に必要なのは真実じゃありません。都合のいい風説です。あの国の国民は馬鹿で異常で惨めな奴らだ。自分たちは尊敬されるに相応しい。そこに根拠なんていりません。それはつまりこういうことです。仮にそんな耳にさわりのいい言葉を否定する事実を突きつけられたとしても、国民は甘言にすがり続ける!」

 ダコスタ司令代行の言葉が仮に真実であったとしても、それはプラントにおいて何の価値もない。そう、アスランは断言し、ダコスタを政治のイロハも知らない、しょせんは現場指揮官の1人に過ぎないと見くびりさえした。
 荒くなった息を無理にでも抑えているアスランに対して、ダコスタはあくまでも冷静だった。

「君は変わったようだな」

「あなたに何がわかると? そもそも、あなたはザフト軍のアフリカ方面軍の司令だ。あなたが地球に組み入れする理由は何もないはずだ!」

 ダコスタは答えない。ただアスランに背を向けたまま、視界に誰かの姿を見つけたことで唐突に歩き始めた。

「ああ、すまない、顔を見せておかなければならない人が来たようだ」

 ダコスタが歩み寄るよりも早く、その相手は小走りにダコスタへと近づいた。赤ん坊を抱いた褐色の肌の女性だった。フードを見つけた身なりなどからもその女性が現地の人間なのだろうと、アスランは目星を付けた。

「どなたです?」

「私の妻子だ」

「しかし……、ダコスタ司令はプラントを離れて久しいはずでは?」

「君と最後に会ってから3年、私が地球に降りてから5年になる」

 5年もあれば、女性を伴侶に迎える心構えもできる時間であり、アスランが地球を離れた3年もの時間があれば結婚し子をもうけることも可能である。ただアスランはプラントの国民が国外の人間と婚姻を結ぶという可能性に言及することができなかっただけである。
 ダコスタはお互いの無事を確かめ合うように、その腕に妻とまだ幼い我が子を抱きしめた。




 プラントはコロニー国家であり、そのコロニー内部には様々な地球環境が再現された。しかし、そこに砂漠はない。嵐もなければ吹雪もない。定期的に予定される降雨だけが、気象と呼ばれる唯一の現象である。
 そんな擬似環境の中で、ある記者会見が行われていた。
 記者たちを前に取材を受けているのは桃色の髪をした少女である。確かな眼差しは、まだ二十歳にも満たない少女に凛とした気迫を与え、歳不相応に落ち着き払った態度は往年の議員を思わせた。決して広くはない会見場とは言え、数十人もの記者を前に平然とした様子で、少女、ラクス・クラインは質問がある、そう手を上げた女性記者を指し示した。
 女性記者は立ち上がる。

「ラクス議員、T4号法案が最高評議会に送られました。まずはおめでとうございます」

「ありがとうございます」

「しかしT4号法案ですが、反対意見も少なくないようです。障がい者差別だと言われていますが、そのことについてどう思われますか?」

「私はそうは思いません。たしかに、出生前診断を義務付け、障がい児と判明した場合の国に報告しなければなりません。しかしそれでまさか中絶を義務付けてはいる訳ではありません。国勢調査の一環に過ぎません」

「ですが、障がい児と判明した場合の補助金の打ち切り、また中絶可能な期間を障がい児に限り22週目以降も認めることは事実上の障がい児堕胎の推奨ではありませんか?」

「障がいをもって生まれることが悪いとは思いません。だとしても、人が本来負うであろう苦労に、障がいによる苦労をさらに背負うことになることは事実です。そのような子どもを持つ親にも苦労を背負わせることになります。ただ、生まれてくる子どもがたまたま障がいを持っていたというだけでです。それならそのような子どもを持たないという選択をできる期間を長く設けたい、そう、考えただけなのです」

「障がい児の補助金の打ち切りの理由が不鮮明ではないでしょうか?」

「障がい児を持ちたい、そう考えることは個人の選択として尊重されなければなりません。ですが、その負担を国家が負う義務はありません」

「障がい児を負担としている時点ですでに差別的ではないでしょうか?」

「それは誤解です」

 しかし、具体的にどのような点に解釈の間違いがあるのか、ラクスは答えようとしない。
 ここで一区切りがついたのだろう。本来ならば他の記者が質問に立ってよいはずであるが、誰も手を上げる者はいない。それも仕方がない。デュランダル政権は取材を受ける報道局を制限している。本来、この女性記者のように攻撃的、批判的な質問をする記者、およびその所属する報道機関がこの会見場に立ち入ることはできないはずなのだ。
 そのため、女性記者の行動は周囲からは異常とも映っていた。同時に、寝ている虎に石を投げるような行為に、周囲の記者たちは怯えたような様子さえ見せていた。
 周囲がこれである。質問は女性記者の独壇場と言えた。

「では続いて、新たな憲法草案についてですが、立憲主義に反するものではないかと危惧する声もあるようですが?」

「憲法も法であって、時代とともに変わるべきです。そもそも、憲法が権力を縛るものという発想そのものがすでに古いのではないでしょうか?」

「しかし、権力とはすぐに暴走してしまうものではないでしょうか?」

「これまでお小遣いを遊びに使っていた子どもが、次は勉強の本を買いたいからお小遣いが欲しいと言いました。これを最初からどうせ次も遊びに使うんだろうと決めつけることは失礼です」

「そのたとえは適切でしょうか? お小遣いであれば、損失はその範囲に留まります。しかし権力の場合、損害に歯止めはかかりません。それこそ、権力はお小遣い感覚で渡してよいようなものではないでしょう」

「仮に私のたとえ話が適切ではなかったとして、それが改憲法案の問題とは結びつきません」

 ここで再び2人のやりとりはとまってしまう。女性記者が期待する答えにたどり着く前にラクスが話を止めてしまい、ここで話は終わりなのだと女性記者が気づいた頃にはすでに話の腰が折れてしまっているからだそう。
 あるいは女性記者自身、ここでこれ以上のことを聞き出せるとは踏んでいないのかもしれない。
 やはり新たな質問者は現れず女性記者は新たな一石を投じた。

「では、反対を表明されているタッド・エルスマン議員はこう述べています。権力の暴走が疑われるから憲法があるのではない。権力が性質として暴走するものであったからこそ、憲法が発明されたのだと。歴史上、多数の独裁政権が誕生しました。しかし、デュランダル政権がそうならないとする保証はあるのでしょうか?」

「そうなる保証もありません。それに、プラントは民主主義国家です。そしてデュランダル政権は支持されています。それはつまり、国民は改憲を……」

「デュランダル政権は一度も改憲を表明して選挙を戦ったことはありません。それはつまり、デュランダル政権を支持する人が必ずしも改憲まで支持しているとは限らないこと、また、一度も国民の信を問うていない事柄についてまで信任を得たと述べることは民主主義に反するのではないでしょうか?」

「意見として筋は通っています。けれど、支持されているとは限らない、とは支持されている場合も含まれます。あくまでも可能性に幅を持たせただけなのですから。そして、そのことをここであなたと議論しても仕方のないことでしょう。客観的な事実は、論者の出来不出来で決まるものではないからです」

 その後も、ラクス・クライン議員と女性記者のやりとりは続けられたが、結局は同じことの繰り返しであったように思われた。つまり、ラクス議員は終始議論をはぐらかし、最後には支持率を盾に議論を封じようとするのである。
 会見は終了した。
 その後、女性記者は会見場を後にした。そのすぐ目にとめられていた車、その助手席に乗り込むと、運転手はすぐさま車を発車させた。女性記者はすぐに眼鏡を外すと、髪留めのピンをいくつも外した。それだけでもずいぶんと雰囲気が変わる。
 その様子を横目で見ていた運転手、ジェフ・リブルは運転しながらどこか楽しげである。

「会見場に忍び込むなんてね。俺も大概ですけど、ナタル所長には勝てませんね」

 スーツの襟を正す。そうする頃には、ナタル・バジルールはいつもの様子を取り戻していた。

「私も普段ならこんなことしようとは思わないだろうな。ただ、今回は確かめておく必要があった」

「何をです?」

「プラント政府が妨害を仕掛けてくるかどうかだ。プラントは地球の国家からすれば考えられないほどの監視社会だ。コロニーという土地柄、人、物の出入りを極めて高度に管理することができる。当然、我々の入国も把握されていることだろう」

「でも、俺たちってただのフリーのジャーナリストでしょ。そんなにマークされたりしますかね?」

「私の経歴が問題だな。ザフト軍にいたことがある。聞いたことはないか? 大西洋連邦軍を抜けた戦艦がオーブを経てザフトに入ったことがあったことを」

「俺が知ってるのだと、アーク・エンジェルくらいですね」

 ちょうど、車は赤信号にさしかかろうとしていた。ジェフがブレーキを踏み始めた頃だ。ナタルが答えた。

「その艦で艦長をしていた」

 思わず強く踏み込まれたブレーキに車が信号を前に急停車する。ジェフが思わずハンドルに額をぶつけそうになったのは、しかし、この衝撃ばかりが原因ではないだろう。ジェフは赤信号の間、終始落ち着かない様子で、青信号を機に発車した頃になってようやく口を開いた。

「……き、聞き間違えじゃ、ないんですよね……?」

「そもそもどう聞き取ったのか、私は知らないぞ」

「アーク・エンジェルの艦長がプラントに入ったって、マークされないはずがないじゃないですか……」

「そう、私も考えていた。ラクス議員は馬鹿ではない。すぐに何らかの接触があるのではないかと考えていた。しかし何もない」

 強制連行どころか、警告さえない。そのため、ナタルは現在、自由にプラント国内での取材活動を行うことができていた。それこそ、身分を偽り会見場に足を踏み入れることができるほどである。
 泳がされている、とするにしてもあまりの放任ぶりと言えた。
 難しい顔をしているナタルはもちろんのこと、ジェフもハンドルを握る顔はどこか真剣な面持ちとなっていた。

「どういうことでしょう?」

「もしかすると我々に気づいていないだけかもしれないとも考えた。しかしさすがに今日は気づいたはずだ。たが、尾行されている様子はないことからそれも外れたらしい。つまり、少なくとも我々の行動を監視、制限するつもりは一切ないらしい」

「でもどうしてそんなこと?」

「それがわからない。何にせよ、ラクス議員には何か隠された目的があることに間違いはなさそうだ」

 しかし、ナタルたちに自由な取材を許すこととどのように結びつくのか、その答えは車内のどこを探しても見つかることはない。




 ラクス議員の記者会見の様子はお茶の間のテレビでも放映されていた。ナタル1人が質問に立つ場面が終わると、映像はスタジオに変わる。コメンテーターたちはみな一様に笑っていた。

「いやはや、常識知らずな記者もいたものですね」

「まあまあ、こんなのでもコロニーの一つでも地球軍に占拠されれば目が覚めるでしょ。この人は護憲護憲と言いますがね、いざ地球軍が攻めてきた時にね、ああだこうだ言って何も決まらない、なんてことでは守るに守れない。こういうのを平和ぼけ、平和主義って言うのかもしれないけどね、あまりにあんまりだね」

「それにこの人、ザフト軍をまるで侵略者のように言いたいみたいですけど、ザフトが地球に降下したことで多くの大西洋連邦に占領されていた地域が解放されたんです。そのことを我々マスコミはもっと伝えなきゃいけませんよ」

「わかります。VTRを用意しています。どうぞ」

 司会者が画面に向かって語りかけると、テレビにはすぐに別の映像が映し出された。
 地球のどこか、地球軍が基地を建造している現場だろう。そこでは多くの地元民が強制的に働かされ、家族を奪われた人々がフェンス越しに嘆いていた。地球軍は脱走を図った地元民に対してこともあろうに銃さえ向けた。
 しかし、救いは残されていた。
 颯爽と登場したインパルスガンダムが基地を襲撃。地球軍を蹴散らしフェンスを破壊したことで地元民たちは家族と再会することができた。手を取り合い喜ぶ彼らの映像が流される。
 このテレビを、1人の少女が見ていた。まだ少女と呼ぶには幼いかもしれない。年齢としては10歳前後だろう。ニュース映像をどこか退屈そうに見ているだけだった。その証拠に、ツイン・テールにした髪をもてあそび、ほとんど画面を見ることもなくなっていた。
 そんな少女に声をかけたのはディアッカ・エルスマンだった。テレビとはやや離れた位置のソファーに座っている。

「リリー、テレビはまた後にしとけ。今のうちに宿題片付けておかないと後で本命のドラマを見逃すことになるぞ」

「は~い」

 リリー、そう呼ばれた少女はテレビを消すと、勉強道具を取りに行ったのだろう。テレビの前から離れた。
 そんな少女を見送りながら、フレイ・アルスターはイタズラっぽい表情を浮かべた。

「でも、まさか2人にもうこんな大きな子どもがいたなんてね、驚き」

「頼まれて預かってるだけだ」

 やや呆れた様子で返事するディアッカだが、フレイも同棲3年目のカップルが10歳の子どもでは計算が合わないことは当然わかっている。すぐにディアッカから興味をなくすと、本を抱えて戻ってきたリリーの方へと歩き出した。リリーがちょうど、テレビ前のテーブルに教科書を並べている最中だった。

「よしよし、じゃあ、あたしが勉強を見てあげよう」

「え? フレイおばさん、勉強できるの?」

「ちゃんと高校出てるって。それに、お姉さんと呼びなさい、お姉さんて。まだ二十歳にもなってないんだからね」

 リリーの年相応の生意気さを特に叱るでもなく、フレイは何の気なしにその隣に座った。

「じゃあフレイおばさん、問題ね。あなたは軍人です。同時に二つの通信が入りました。一つは故郷の街が敵軍に襲撃されているという報告で、もう一つは国の偉い人のいる基地が襲撃されているという報告です。どちらかにしか行くことができないとしたら、どっちに行くべきでしょう?」

「そんなの答えなんてないでしょ。人それぞれだし、状況にもよるだろうし」

「違うよ。正解は国の偉い人を助けに行く、だよ。故郷の街を守っても国がなくなっちゃったら意味ないでしょ。じゃあ、次。地球の人たちはどうしてプラントを攻めようとしているのでしょう?」

「戦争してるからでしょ。で、その戦争の理由だけど、いろいろ複雑で……」

「また違う。正解はナチュラルが嫉妬してるから。ナチュラルって人たちはコーディネーターが優れてることに嫉妬して、その八つ当たりで戦争してるの。じゃあ、次ね。ルール違反は悪いことです。でも、それが許される場合があります。それはどんな時でしょう?」

「ルールが間違ってる時とか?」

「仕方がないって考えられる時だよ。たとえば、前の戦争でプラントはジェネシスで地球を攻撃しようとしたけどそれも仕方ないことだったでしょ。だって、あれがなきゃ、戦争に負けてたかもしれないんだから」

「本当にそう……?」

 すっきりとしない様子であることに、まだ幼いリリーもさすがに気づいたようだ。フレイは終始そんな様子だったのだから。すると、リリーは別冊の解答集をフレイに開いて見せた。

「ほら、答えに書いてあるでしょ!」

 事実、解答にはリリーが言ったとおりのことが書かれていた。リリーの解答はすべて正解だったのである。そのことをフレイは理解した。しかし、納得できないでいるのだろう。その額による皺は深いままだった。
 そのことを、リリーは解答を見てもまだわからないのだと捉えたらしかった。

「ねえ、フレイおばさん、本当に学校行ったの?」

「失礼ね。行ったって言ってるでしょ、も~」

 フレイは努めて明るく、リリーの額を軽く突いてみせた。
 もっとも、リリーにとってフレイは勉強を見てもらう相手として不足に見えたのだろう。あるいは、すでに課題を終えたのだろうか。

「じゃあ、朗読もあるから聞いてくれる?」

 そう、リリーはテレビを背にする形で立ちあがると、伸ばした手に教科書をしっかりと持っていた。

「ボアズを守るために決死の戦いに行った人たちのことを私は知りました。その人たちは怪我をしていた人もいます。障がい者だっていました。それでも、そんな人たちでもプラントを守るため、死ぬしかない戦いに行きました。きっと、怖かったと思います。苦しかったと思います。でも、それでもその人たちは国のためにその命を捧げました。それはとても立派で、すごいことだと思います。この国があるのもその人達のおかげです。だから私もそんな人たちに恥じない、立派な大人になりたいです。……どう?」

「うん、……いいんじゃない」

 フレイが作った笑みにリリーは満足げに微笑むと、ちょうど、台所の方からアイリス・インディアの声がした。

「リリー、そろそろご飯にしますから手伝ってくださいな」

「は~い」

 しっかりと教科書をテーブルの上に片付けてから、リリーは子ども固有のすばしっこい足取りで台所の方へと駆けていく。
 残されたフレイはどこか重たげな足取りで立ちあがると、ディアッカの座るソファー、そのもたれに後ろから寄りかかった。ちょうど、互いの顔が話をするにはやや近い、そう思える距離にある。

「なんだか、もう子連れの夫婦って感じね。結婚はしないの?」

 痛い話題だったのだろう。ディアッカは片手で器用に読んでいた本を閉じると、息を吹きながら背もたれに体重を預けた。

「お前こそ、アーノルドさんとはどうなんだ?」

「あの人、優しい人なんだけど、大切にされすぎちゃってるってところかな」

「なんだかわかる気がするな。10歳差だろ。恋人ってより兄みたいな気持ちがつい先立っちまうんじゃないか?」

「あ~、そんな感じ」

 と、ここで、フレイは盗み見るように台所の方をうかがった。リリーはアイリスの手伝いをしっかりとしているようだ。当分、こちらにやってくる気配はなかった。
 ここからが本題になる。フレイは声を抑えた。ディアッカも同様だ。

「ねえ、さっきの本だけど?」

「道徳の教科書のことか?」

「あれ、何?」

「プラントじゃ道徳も教科なんだよ。まあ、付き合ってやれ。赤点なら補習させられるのはリリーだからな」

「でも何が正しいかなんて答えのでる問題じゃないでしょ。なのに、どれもなんて言うか、権力者に都合のいいというか、今の政権に好都合なことばかりが正解になってるように思えるけど?」

「親父もそのことを批判してたな。道徳を教科にする時、権力者は自己弁護のためにそれを利用するってな。孫子の論語がもてはやされたのも一つには主君を尊ぶべきとする思想が権力者に都合がよかったからだって話もある。まったく、デュランダル政権がむちゃくちゃするから親父は何でも批判する、批判のための批判してばかりだと批判されてる」

 ディアッカとしては少しでも雰囲気を和らげるつもりだったのだろう。しかし、それが何の意味もないことは当人が一番理解しているはずだった。

「ディアッカは、これでいいの?」

 かつて、ディアッカは同じ部隊の仲間を失っている。地球軍の侵攻を押しとどめる時間稼ぎのために障がい者、傷病兵で組織された兵士たちが使い捨てられた。その中の1人だったからだ。
 それはリリーが音読したような国のために命を捧げた英雄たちでではないことを、ディアッカは知っている。

「……いい訳ないだろ。ジャスミンは、国のために死んだんじゃない。国に殺されただけなんだからな……」

 食卓のセッティングに何時間もかかるはずもない。リリーから声がかかったのはまもなくのことだった。

「ディアッカ、フレイおばさん、ご飯だよ」

 ここで、2人は空気を入れ換える。

「すっかりおばさんが定着しちまったな」

 そう笑うディアッカの頭を、フレイは軽くはたいた。

「うるさい」


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