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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第38話「五日前」
Name: 後藤正人◆f2c6a3d8 ID:c129d3c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/07/11 23:51
 月での戦いは終わった。しかし戦争は終わらない。
 月面を離れた地球の艦隊を襲ったのはそんな当たり前の事実だった。突如鳴り響いたアラームがそれを告げていた。
 艦長であるイアン・リーが厳しい表情で叫んだ。

「何事だ!?」
「敵襲です!」
「そんなことはわかっている。敵戦力は!?」
「ゼーゴックの編隊です。確認されるだけでも1個大隊相当戦力があるようです!」

 ブリッジのモニターには、足を逆エビに折りたたみ重爆撃機を思わせる姿となったザフトのモビル・スーツが映し出される。小隊単位で見事な編隊を組み、艦隊へと肉薄しようとしていた。

「ザフトにこれほどの練度の部隊があるとはな。モビル・スーツを展開しろ!」

 艦長の指示とともに慌ただしさをますブリッジ。格納庫ではパイロットたちが1秒を惜しんでコクピットへと飛び込んでいく。臨戦態勢。今まさに戦いが始まろうとしていた。そんな緊張感に浸るブリッジへと、腕に包帯を巻いた少年が飛び込んでくる。

「おい、おっさん、何か機体貸せよ! 俺が出てやる」

 生粋の軍人であるリー艦長をおっさん呼ばわりするのはアウル・ニーダしかいない。何度言っても呼び方を直そうとしないアウルに、リー艦長はただ額を押さえる他ない。その代わりに応えたのはオブザーバー席に座るニーレンベルギアである。

「だめよ。あなたはまだ骨にひび入ってるんだから、主治医として出撃は禁止します」
「ザコがいくら出ても無駄だろ!」

 衝撃が突如、ブリッジ全体を揺さぶる。艦の近くで生じた爆発のせいだ。味方モビル・スーツが撃墜されたことで生じたものである。
 戦闘は劣勢の様相を呈していた。ゼーゴックたちは3機小隊で編隊を組み、その推進力で絶えず優位な位置関係を維持していた。地球側のモビル・スーツをそれぞれの小隊の車線が直角になる位置に置き、十字砲火を浴びせているのである。逃げ場を失い、ストライクダガーたちは次々と被弾していた。
 状況を打開する必要があった。しかしリー艦長が思案を巡らせるよりも先にモニターに少女の顔が映し出された。

「ここは私に任せなさい!」

 ヘルメットをかぶったヴァーリである。特徴らしい特徴がない。ヴァーリらしくニーレンベルギアやラクス・クラインと同じ顔をしているのだが、表情があまりに普通であり、それこそどこにでもいそうな少女を思わせるのだろう、何ともヴァーリらしくないヴァーリであった。
 アウルも同じことを考えていたらしかった。

「誰だよ、この地味顔?」
「顔、ヒメノカリスやニーレンベルギアと同じって知ってる?」

 Lのヴァーリ、ロベリア・リマはおそらくコクピットの中にいる。ただ、戦場の棺桶の中にいるにはあまりに緊張感がない。リー艦長はすでに理解の限界を超えているらしく口をいびつな形で結んでいるだけだった。やはり、ニーレンベルギアがどこか自信なさげに話しかけた。

「え~、それで、ロベリア姉さんが出るの?」
「私もゲルテンリッターのパイロットだってこと、みんな忘れてない? ね、雛苺?」
「ロベリア、準備万端なの!」

 ロベリアの周囲には桃色のドレスを着たアリスが浮遊している。アリスの中でも幼い印象で、余計に緊迫感をそぎ落としている。

「よし! ゲルテンリッター6号機ガンダムクライネリーベ、出撃します!」

 そして、映像は切れた。残されたのは戸惑うばかりのリー艦長である。

「ロベリア・リマといえば、かつてはガンダム・タイプに搭乗しヤキン・ドゥーエ攻略戦にも参加したと聞きましたが……」
「はい……。あれでもゲルテンリッターのパイロットですから……、まあ、何とかしてくれるかも……」

 ブリッジには戦闘中とは思えないなにやら微妙な空気に包まれた。
 ロベリアの出撃は、すぐにミルラの部隊に捕捉された。

「隊長、何やらでかいのが出てきました」

 無理もない。その大きさは、大型であったフォイエリヒガンダムよりもさらに大きい。物体の大きさを確認しづらい宇宙空間ではあるが、周囲のモビル・スーツ、軍艦との対比から求められる大きさは30mもの大きさとはじき出していた。宇宙の闇に溶けてしまいそうな漆黒の体に、ガンダム・タイプ固有の顔。何より目立つのは背負われた円盤だろう。その手には何も持たず、そのため円盤が存在感を増している。

「見たことのない機体だな。おまけにガンダム・タイプか。各機、ゲルテンリッターの恐れがある。まずは奴から仕留めるぞ」
「了解!」

 先陣を切ったのはミルラの機体だった。飛び出すと足を伸ばしモビル・スーツ形態へと変形する。両腕それぞれのビーム・ライフル、胸部ビーム砲、合計3門のビームが一斉に黒いガンダムへと向かう。
 しかし、黒いクライネリーベは全身を輝かせると、ビームに道を譲る。フォイエリヒガンダムとは比べるべくもない鈍い動きだが、ミノフスキー・クラフトによって最低限の機動力は確保されているらしかった。だがそれでゼーゴックの編隊から逃れられるはずもない。周囲を飛び回るゼーゴックたちはビーム・ライフルの引き金を一斉に引いた。
 放たれたビームがガンダムを瞬く間に破壊するはずだった。しかしビームはクライネリーベの装甲に弾かれまるでダメージを与えていない。

「フォイエリヒと同じか、厄介だな」

 ビームを弾く装甲には膨大なエネルギーが必要となるが、機体の大きさが通常の1.5倍以上もあれば動力の大型化も可能となる。攻撃を受けることを前提とした移動要塞のような運用を想定したモビル・スーツなのだろう。
 クライネリーベが開いた手を突き出す形でゼーゴックへと腕を向ける。指先には発射口があり、5本の指すべてからビームが発射される。単発のビーム・ライフルであれば回避は容易だが、5本同時に放たれれば点ではなく面の攻撃となる。ゼーゴックの1機がかわしきれずに右腕を吹き飛ばされる。

「その状態では爆発はしないだろうが戦闘は無理だな。撤退しろ」

 無理をすればジェネレーターが熱暴走を起こす。1機のゼーゴックが編隊を離れたことを見届けた後、ミルラは再びクライネリーベの周囲を旋回しながらビーム・ライフルを放つ。
 クライネリーベはその大きさゆえ小回りがきいていない。背後をとることは難しいことではなかったが、やはりビームは弾かれてしまう。加えて敵はこのガンダムだけではない。ストラクダガーたちからの攻撃も徐々に激しさを増していた。体制を立て直しつつあるのだ。

「厄介だな。相手にしている余裕はないが、無視できる相手でもないときた」

 ミルラが焦りを覚え始めた頃、クライネリーベの中でも同じく苛立ちを募らせている者がいた。ロベリアがモニターに表示される命中率の低さに眉を歪めていた。

「敵が早いなぁ。ニーレンベルギア守れないとブルーノさんがっかりさせることになるし、いいよね? 雛苺、やるよ! 私はロベリア・リマ。私は、見えざる力の主」

 雛苺がロベリアの正面に移動することを合図として、コンソールに表示されたクライネリーベの3Dモデル、そのバック・パックが変形していく。円盤状であったそれが展開し、何かの発射口を思わせる内部構造が露出する。円と曲線とで描かれた幾何学模様が現れた。そしてそれは実物のクライネリーベにおいても同じことが起きていた。
 突然、ゲルテンリッターが装甲を展開した。このことに自然とゼーゴックたちは緊張を強めた。発射口からはどんな苛烈なビームが飛び出してくるのか。そう、身構えていた。
 しかし、何も起こらなかった。少なくとも何かが発射されたようには見えなかった。だが、ゼーゴックたちのビーム・ライフルが突如、暴発する。ミルラが確認できただけでも四つものライフルが一斉に爆発したのだ。整備不良や偶然のたぐいではない。

「一体何が起きた!?」

 ミルラの疑問に答えてくれる者などいなかった。
 目に見えて浮き足立つゼーゴック。再びゼーゴックの1機がビーム・ライフルを使用すると、ビームはクライネリーベに弾かれ、ビーム・ライフルが爆発する。ビームの発射に合わせて反撃しているように見えた。別のゼーゴックが同じようにライフルを失った時、ミルラは決断せざるを得なかった。

「撃つな!」

 当然、部下たちからは疑問の声が相次ぐ。すでにストラクダガーたちの横やりも無視できないほどに激しさを増している。ゼーゴックたちが攻撃を控えればその分、ストライクダガーが安全に近づくことが可能となる。比例して敵の攻撃はより苛烈になることのなる。

「詳しい理屈はわからんが、ローゼンクリスタルと類似のシステムのようだ。ミノフスキー粒子に作用し何らかの力を発生させているらしい! ビーム・ライフルでは奴に力の通り道を与えかねん!」

 詳しい解析は技術屋任せにするしかない。そもそもミルラの推測自体間違いである危険性もあった。それでも悠長に正解を探している余裕などなかった。
 無防備に接近してくるストライクダガーに対して、それでもミルラはビーム・ライフルを向けることはできなかった。一方的にビームを放たれ機体を逃がすことしかできない。

「このままではじり貧だな。ミサイルを使う! 各機、タイミングは任せる! ガンダムを狙え!」

 ゼーゴックの翼に取り付けられたミサイル・ポッドから小型ミサイルを放つ。赤外線誘導のミサイルを放つことのできたゼーゴックは全体の半数にも満たない。まばらな密度のミサイルはクライネリーベへ接近すると、折り曲がる爆発する。あのガンダムの周囲にはビームから還元されたミノフスキー粒子が漂っているはずである。ミルラの推測は否定されない。
 ビームは装甲が弾き、実弾は不可視の力が妨げる。優れた防御力に攻撃力。まさに移動要塞ともいえるモビル・スーツだった。
 現在も残りのゼーゴックがミサイルをばらまいているものの、死角は見つかっていない。数少ないミサイルがうまく突き刺さってくれることを期待するのは甘い考えといえた。
 ミルラはストライクダガーに追われながらオープン・チャンネルで通信を飛ばした。

「聞こえるか、ニーレンベルギア?」

 慌てたのはどちらかと言えばニーレンベルギアの方である。これでは会話の内容が垂れ流しになってしまうからだ。ブリッジの中でほとんど反射的に通信をつないでいた。

「ミルラお姉様? 何してるの?」
「あまり時間がない。手短に答えろ。お前は私にユグドラシルのことを話さなかったな。それはなぜだ? お父様の意向に逆らうことになるとは思わなかったのか?」
「ここで聞くようなことかしら?」
「時間がないと言っているんだぞ」

 たしかにまだ戦闘は継続している。ブリッジから見える範囲でもガンダムクライネリーベを中心にゼーゴックとストライクダガーとが入り乱れている。
 ニーレンベルギアは小さく息を吐いてから、奔放な姉につきあうことにしたらしい。

「ほんの少し、疑問に思っただけよ。お父様の望まれる世界が、本当に価値のあるものかどうかを」
「な!? お前はダムゼルだろう? お父様の望まれる世界を否定するのか?」
「お姉様、私たちダムエルは3年前、天地がひっくり返るような体験をしたのだけど、わかるかしら?」
「ああ、あれだ。ゼフィランサスが男と逃げたことだろう?」
「正解」
「馬鹿を言うな」
「私たちダムゼルは絶対にお父様に逆らうことはできない。そんな絶対の価値観をゼフィランサスは否定してしまったの。あれは私たちダムゼルの世界を変えてしまった」

 ちぎれることがはないと考えていた鎖が、案外と脆いことに気づかされた。すると、世界は鎖の長さから解き放たれ広がっていく。

「私たちはお父様に疑問を持つようになった。いいえ、持てるようになったの。だから私たちは誰もが、お父様のお望みがなんなのか、わからなくなってしまった……」

 しかし、ここで時間切れだった。地球軍の増援が到着したのだ。ストライクダガーを中心とした大隊相当戦力である。かろうじて保たれていたバランスを一気にザフトかはぎ取るには十分な戦力といえた。

「ゲルテンリッターの戦闘データを手土産に納得してもらうしかなさそうだ。撤退するぞ」

 しかし、堅牢な装甲を持ち透明な力を用いるガンダム、ただそれだけのことにどれほどの価値があるのか、ミルラ自身、疑問ではあるのだろう。ヘルメットの奥に見えるその顔は決して満足げではない。それとも、ニーレンベルギアが告げた世界の崩壊が、ミルラの価値観にも影響したのだろうか。




 プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。彼はプラントでは優れた為政者としてばかりでなくタレントのような人気をも備えている。街角で演説に立てば女性支持者が取り囲み、女性誌には映画の一場面を切り取ったかのような写真が並ぶ。そのファッションの特集が組まれるほどだ。その巧みな弁舌もあいまってその演説はそれこそショーの様相を呈する。
 美しい指導者がプラントの正義を語り、コーディネーターの偉大さを宣言するのである。その姿にプラント国民は酔いしれていた。
 そのことは議長が演説台を離れ、プライベートを過ごしているとしても変わりなかった。取り巻きの若手議員を引き連れ街のバーに現れた議長の姿は、演説と同様、威風堂々としていた。落ち着いたバーの雰囲気もそれを手伝っている。
 若手議員との交流の場にここを選んだのだろう。議長を先頭に他の議員たちが後につく形である。

「はい、デュランダル議長がこの国のため尽力されていることは周知の事実です。しかし、悪意ある報道に忸怩たる思いを抱えておられることと思います。それでも国民のために働くその意気込みについて教えていただきたいと」

 しかし、当の議員は若手議員の言葉よりも興味をひかれるものがあったらしい。足を止め、先客の一人を見ていた。

「すまない、今日は一人にしてもらえないだろうか?」

 議長の意向に逆らうことのできる議員などいない。若手議員たちは未練を残しながらもこの場を離れるしかなかった。そんな彼らに、いつか埋め合わせはすると言い残し、デュランダル議長は客のもとへと近づいた。

「エルスマン議員、相席よろしいですか?」

 テーブルで一人ワイン・グラスを傾けていたその客は無言で頷いた。雰囲気を重視するこの店にあって周囲のテーブルとの距離は開けており話をするには悪くない場所といえた。
 議長がテーブルにつくと、客は、タッド・エルスマン議員はグラスを置く。

「密室で政治を動かすことは好まないのだがね」
「そんなつもりはありません。ただ、リリーのことを聞かせていただきたいだけです」
「息子たちに預けているが元気なものだよ。最近は会えていないが、電話の向こうでは息子が手を焼かされている様が見て取れる」
「それはそれは」

 エルスマン議員を老人とするにはまだ若いが、それでもリリーについて語る様は孫のことを楽しげに語る祖父を思わせる。
 しかし、議員はあくまでも議員であった。現在、クライン派は最高評議会の過半数を占め、他の会派の議員であっても議長に同調する者は少なくない。事実上、エルスマン議員のみが野党としての立場を鮮明にしている。その関係上、デュランダル、エルスマン両議員がそろえばそれはプラント最高評議会の議場と化す。

「だが、なぜ数えられない娘がいるのか? そして君がヴァーリとどのように関わりがあるのか? 他にも、どうして引き取っていたリリーをアイリス君に預けたのかね? 君も私に話さなければならないことはあるのではないかね?」
「たいした話ではありません。ユニウス・セブンの崩壊によってヴァーリのデータの多くは失われましたが、研究そのものは続けられていました。リリーが作られたのは技術の立証、ただそれだけのためです」
「作ることができるか確かめるため、それだけのためと言うことかね?」
「その通りです。だから彼らはリリーそのものにはさして興味をもっていません」

 エルスマン議員は眉をひそめ露骨に不快感をあらわにしたが、デュランダル議長とて努めて平静を装っている様子もあった。

「プラントらしいと言えばその通りだが、では、それを知っている君は何者かね?」
「議員ともなればご存じでしょう。ロゴスを支えていたのはクライン家、ザラ家ばかりではありません。デュランダル家もまたその一つです」
「ではなぜリリーを手元から離したのかだが、これは答えにくいことかな?」
「なぜそう思われます?」
「タリア・グラディス。特装艦の艦長をしているそうだね。たしか、ミネルヴァとか言う。プライベートに探りを入れたことは謝罪するが、ヴァーリを連れてきたとあれば嫌でもしなければならないだろう」

 議長にしても多少、痒いところに触られたのだろう。思わず苦笑している間に、エルスマン議員は言葉を重ねた。

「君が彼女と別れたのは一年ほど前だと聞いたが、リリーを預けに来た時期とも重なる。まさか女性との破談が関係するとは考えにくいが遠因ではないのかね?」
「ただ気づかされただけです。叶わぬ思いなら早々に諦めた方がよいと」
「リリーに対しては何を諦めたのかね?」
「家族……、いえ、何を言っても詮無いことです。申し訳ありませんがこれ以上、お話することはありません」

 しばし沈黙が続く。エルスマン議員はグラスに手を伸ばすことはなく、議長もまたただ椅子に腰掛けていた。そのせいか、店員でさえ注文を聞きに来ていない。他の客たちも失礼にならない程度に両議員がつくテーブルに関心を向けていた。
 不可侵領域になってしまったかのような重苦しい空気は、しかしデュランダル議長はまるでふと世間話を思い出したかのように話し出したことであっさりと瓦解する。

「それより議員。我々が提出した法案についてどのようにお考えですか?」

 エルスマン議員もまた、重圧を感じている様子は見せない。

「無論、反対だ。最高評議会を無視して議長にあらゆる権限を付与するものだ。独裁的と言って差し支えないだろう」
「しかし現在は戦中です。決断の遅れはそのまま国民の危機に直結することになります。議員が適法性を重視していることは理解しているつもりですが、それはある意味では理想論に近い。ですが戦争は現実です」
「私も子どもが生まれる時には車のアクセルを効かせたものだが、ブレーキはいらないと考えなかった」
「それは誤解です。我々はブレーキを外そうとしているのではありません。単にアクセルとブレーキを同じ人が扱うようにすべきと言うだけです。それこそ、運転を分業するなんて車はありません」
「現在の車には衝突防止の自動ブレーキが搭載されているのが当然だが、君の法案では自動ブレーキは何に当たるのかな?」
「強盗に追われている時に自動ブレーキは必要ありません」
「だが君の法案では限定は付されていない。君の主張は乗用車に軍用車の常識を持ち出しているかのようなちぐはぐさがある。何より、この法案は事実上の改憲にあたる。最高評議会全議員の3分の2以上の出席の上、出席議員の3分の2を超える賛成が必要となる。君たちクライン派は過半数を占めているが、私を含め4名の議員が反対に回るだけで廃案となる。今回ばかりは難しいのではないかね?」

 現在、クライン派と呼ばれる議員は7名いるとされる。しかし、残り5名の内、4名の議員は議長の動向に同調しており事実上、デュランダル議長は11名という圧倒的多数で政権を運営してきた。だがそれはあくまでも地球に対する政策における話である。プラント国内の政策ではエルスマン議員以外にも反対に回ることがあった。
 その点をエルスマン議員は指摘しているのである。そのことはデュランダル政権のアキレス腱であるはずだったが、それでもデュランダル議長は余裕を崩そうとはしない。議長はどこにいても議長であった。

「それも、おかしな話には思いませんか? 多数決で選ばれた国民の代表である議長の提案を他の議員たちが妨害できる。それこそ政治の停滞、民主主義の失敗にも思える」
「間接民主制が直接民主制が現実的でないが故の苦肉の策ではないことくらい君ほどの男であれば常識だろう。そもそも多数意見が正しいことに論理必然はない。議論の結果、少数意見が多数派に返り咲くことも考えられるのだからね。国民が議論することは難しいが、間接民主制であれば国民から選ばれた議員たちが意見を戦わせることができる。間接民主制は、直接民主制の発展であって代替などでは決してない。それがわからない君ではないだろう」
「議員は夢想家と言えば失礼ですが、やはり現実に即しているとは思えない。議員のお考えでは国民は誰に代表してもらうべきか正当に判断できる国民のみで投票者が構成されていることを前提としていることになります。しかし、実際はどうでしょうか? プラントでは潜在ナチュラルが5割にも達するとの報告もあります」
「それこそ矛盾だろう。多数であっても誤った意見があると認めるのに、自身が国民の多数に認められたことを権力の正当性に用いるのかね?」
「それは誤解です。私はコーディネーターのプラント国民の半数以上に支持され議長となりました。ナチュラルを自身の多数派の根拠としたことはありません。私は考えています。人が戦いをやめることができなかったのは、愚かな民衆によって愚かな指導者が選ばれたからに他ならないと。優れた人々と優れた指導者がいれば、それは理想の国家になるのだと」
「優れた人がなぜ間違わないと言えるのかね? どれほど高性能な車でも誤った地図であれば目的地にたどり着くことはできない」
「間違ったナビゲーション・システムしか搭載されていないような車を優れた車とはそもそも言わないのでは?」
「それもある種の矛盾だ。正しい意見の持ち主を優れた人と呼ぶとしても、優れた人が正しい意見を持っていることにはならない。前提と結論を取り違えている」
「では民主主義こそが至高だとでも? 時間と手間をかけても正しい意見が得られるとは限らない。理想的な政治体制は、良き独裁とも言われます」
「私も触れても火傷しない火があれば料理も安全にできると思っているよ」

 無論、そんな火は存在しない。人がそれをどれほど理想だと考えていたとしてもだ。
 両名とも引くことはない。最高評議会の議場には円卓が置かれ、プラントの12の市からそれぞれ選出された議員12名によって議事は進行する。だが、デュランダル政権では事実上、対立軸はデュランダル議長とエルスマン議員によって構成されていた。すなわち二人が挟む小さなテーブルは円卓であり、ここは最高評議会の性質をまとうことになる。

「議長、あなたは理論の堂々巡りに陥っている。正しい指導者に全権を与えれば正しい政策が迅速に実行されるとしているが、そもそもなぜ指導者が正しいのか証明がない。指導者が正しいのは、正しい政策を実行できるからだ。では、その政策が正しいか根拠は、正しい指導者によって行われているから。そう、結論と根拠が入れ替わりながら回り続けるだけだ」
「その考えなら民衆に実権を与えることも正当性がないことになる」
「その考え方自体が大きな誤りだ。そもそも、国家権力の源は国民にある。国民が相互に国家に権力を委任すると契約を交わしたことにある。仮に国民に権力の正統性がないのであれば、国家はその権力をどこから与えられたことになるのかね?」
「それは歴史的事実と矛盾します。国民主権、そんな考え方が誕生する以前から国家権力は存在しました」
「我々を文明人たらしめているのは我々自身ではなくこれまでの人々が発明した文明の利器だ。人権は君のいうとおり世界開闢とともに存在したものではない。人類の偉大な発明品なのだよ。プラントを近代国家たらしめているのは我々コーディネーターではなく人権という文明の利器のおかげと言える」
「人類の発展に貢献した蒸気機関は、しかし内燃機関にとって代わられました。人権という新たな段階に入るべきではありませんか? 一つの事実として、人権は大いなる足かせだ。コーディネーター技術の発展のためにはプラント憲法は人権を制限する形で規定しなければならなかった」
「コンコルド。知っているかね?」

 突然の言葉に、さすがに議長も言葉を詰まらせた。しかし、知らない言葉は、知らなくてもいい言葉なのだと確信しているかのようにエルスマン議員に優位を譲ることはない。

「超音速旅客機が登場してから100年以上だが、実は200年以上も前にも運行されていた。しかし、墜落事故の発生に加え、コスト・パフォーマンスの悪さゆえに人は超音速旅客機を手放した。発明は必ずしも一方向ではない。ただ新しいものだからと言って古いものよりも発展したものと捉えるのは早計ではないかな?」
「なるほど。我々は結局、同じ問いかけを続けている。果たして正しいのは誰なのか? 指導者でもない、民衆でもない。それではどうしろと言うのですか?」
「決めるべき人々に決めてもらう。それしかないだろう」
「民衆だと言うのですか? それこそ循環論法だ。人権があるから民衆に主権がある。そもそも人権が存在するのは民衆が主体でなければならないからではありませんか?」
「人は人であるというだけで無条件に権利がある。それが人権というものだ。だが、近代国家が人権を規定する憲法の下に発展してきたこともまた歴史的事実だろう。人は衣服を身につけることで獣と異なるとすれば、近代国家が国家と異なるのは人権による。人類が誇るべき発明とは形ある物に限られない」
「コーディネーターもまた人類の偉大な発明です」

 互いにこの場で言うべきことはすべて言い終えたと考えたのだろう。声を荒らげることもなく、しかし譲ることもなく静かに進んだ議論は静かに終わりを迎えた。
 エルスマン議員がグラスを再び手にし、デュランダル議長がゆっくりと立ち上がる。この光景に安心したのはこの店と客たちかもしれない。これ以上、いたずらに神経を使わされることがなくなったからだ。

「エルスマン議員、今夜はとても興味深いお話を聞かせていただきました。皮肉ととらえてほしくないのですが、あなたのような議員の存在はこの国の民にとって幸いでしょう」




 ルナマリア・ホークは上機嫌だった。久しぶりのプラント、帰宅を許されたことで半年ぶりに自宅に戻ることができるからだ。地下鉄からマンションに直通するエレベーターに乗り込めば3階ホーク宅へはあっと言う間だった。玄関ドアが開くと、姿を見せた妹であるメイリンにルナマリアは抱きついた。

「メイリン、元気してた!?」
「お姉ちゃん……。苦しいよ……」

 そして二人はリビングに置かれたソファーの両端に座ると、ルナマリアの思い出話を始めることとなった。

「それでねそれでね、アスランさんてやっぱりすごいの! 本当なら自分でエインセル・ハンターを討ちたかったはずなのに。歴戦の勇士って言うのよね、ああいうの。戦果にがっついてないとこ、もう名誉なんて飽きたって感じ」

 ルナマリアはアスランとの出会い、そしてくぐり抜けた激戦について話を聞かせた。エインセル・ハンターを追い鉄の森へ行ったこと、大西洋を渡りアマゾンに隠された基地を攻撃したこと、そして、人類の未来をかけて行われた月面での決戦のことを。

「それでエインセル・ハンターは仲間おいて逃げだそうとしたところを乗ってた軍艦ごとバ~ンだったんだって。だから誰か一人を表彰するより活躍した人たち10人くらいに勲章をあげようって話になってるみたいなんだけど、もしかしたら私がもらえるかもしれないんだって! 五日後の祝賀会でもしかしたらもしかするかも!」

 ここでルナマリアはふと気づいた。話しているのは自分ばかりで、メイリンは時折、相づちを打っているだけなのだと。メイリンはクッションを抱えたまま、どこか不安そうにさえ見えた。

「メイリン? どうしたの? なんか元気ないけど?」
「そ、そんなことないけど、お姉ちゃん、あまりシンさんのこと、話さないね?」
「シン?」
「うん。ほら、メールじゃよく書いてくれてたから」
「もう部隊違うからね。それになんかシンて子どもなのよね。いつまでも昔のことにこだわって現実が見えてないって言うか。月での戦いでもシンの部隊、目立たなかったみたいだし」

 ルナマリアが話を盛り上げようとしてもメイリンはなかなか乗ってこない。体を小さくする様はおびえているかのようにさえ見ることができる。

「訓練辛いの? いい教官に会えたって喜んでたじゃない? イザーク何とかさんだっけ? 昔ガンダムに乗ってたって聞いたけど、映画には出てないのどうしてだろ?」

 『自由と正義の名の下に』ではプラントの英雄、アスラン・ザラの戦いの歴史が描かれている。どれほどザフトが勇敢に戦い、まだ未熟だった若者を英雄にまで育て上げたのか、そんなドラマチックな英雄譚にプラントを支持しない者は登場しない。それはプラント、そしてコーディネーターの理想に殉ずる戦士たちの物語なのだから。
 姉は英雄を知っている。妹は英雄とは呼ばれなかった無名の戦士を知っている。

「お姉ちゃん……、デュランダル議長って、どんな人だった?」
「そりゃすごい人よ。まだ若いのに威厳があって、世界がどうあるべきかビジョンがあるって感じの人。それに格好いいし。大西洋連邦の大統領なんて見た? ただの太ったおじさんでしょ」

 何の気なかったのだろう。そのため、ルナマリアがふと立ち上がった時、メイリンは姉を止めるのが遅れてしまった。

「あ! 窓開けない方が……」

 その時には、ルナマリアは窓を全開にしていた。そして部屋には大音量の罵詈雑言が流れ込んできた。

「殺せ! 殺せ! 殺せ! 害悪ナチュラルはたたき出せ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 害悪ナチュラルはたたき出せ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 害悪ナチュラルはたたき出せ!」

 マンションのすぐ前の通りを列をなして歩く集団がいた。それぞれ服装もばらばらで一般人であることがわかる。そんな普通の人々が腕を振り上げシュプレヒコールを行っていた。そして、女性の声が拡声器で届くと頭が痛くなるほどだった。

「コーディネーターの皆さん、ナチュラルの皆さん、こんにちは! でも、ナチュラルの皆さんは早くここから出て行ってください! ここはプラントです。地球じゃありません! またエイプリルフール・クライシス起こしますよ! 10億殺しますよ!!」

 ルナマリアは思わず窓を閉める。これで音が遮られ外の音はかすかに耳に聞こえるにとどまる程度に静寂を取り戻した。

「何なのよ、これ!?」

 怒鳴ったところでただメイリンをおびえさせるでしかない。メイリンはクッションを抱く手により力を込め、下ろしていた足をあげてさらに小さくなってしまう。

「あのね……、最近、どんどんひどくなってて……。昔からナチュラルを差別する人っていたけど、差別は恥ずかしいことだってみんなわかってた。でも……、議長がコーディネーターをすごいって言ってるから、そんな人たちが許されてる気持ちになってるんだと思う……」

 外ではまだデモが続いている。ルナマリアはそんな様子を一瞥すると、不機嫌そうにカーテンを閉める。その表情のままソファーへと座り直した。

「議長が悪いんじゃないわ。あいつらが勝手に図に乗ってるだけよ」
「でも、あの人たち、デュランダル議長のこと、支持してるんだよ……」
「デュランダル政権になってプラント経済がどれくらい持ち直したか知ってる? あの人はプラントを救ったのよ!」

 ルナマリアがおもむろにテレビをつけると、そこには水道管が破裂し水が道路に噴き出す事故のニュースが映し出されていた。
 メイリンは特に表情を変えなかった。もったいない、水を浴びた車からドライバーはちゃんと逃げたのだろうか、そんなありふれたことを考えたからだろう。ただ、ルナマリアは先ほどまでと打って変わって表情を柔らかくした。

「プラントの水ってやっぱり綺麗だよね。地球じゃこうはいかないでしょ」




 タッド・エルスマン議員はディセンベル市出身の議員であるが、プラント最高評議会のあるアプリリス市の宿舎に生活の基板を移している。そのため自宅に戻ることはまれであり、今回の帰宅も数ヶ月ぶりのことだった。
 玄関に一歩足を踏み入れたエルスマン議員は、思わず苦笑せざるを得なかった。
 廊下にまで積まれた資料の束。設置されたクリップ・ボードにはデュランダル議長他、プラントの重要人物の顔写真が貼り付けられている。

「久しぶりの我が家が何の有様だね?」

 杖をつく音とともに息子であるディアッカが出迎える。

「反体制派ジャーナリストが拠点にしちまったってとこだな」
「やれやれ、これでは次の選挙は危なそうだ」

 言葉ほどには危機感のない顔は、ディアッカの後ろからリリーが駆け込んできた時によりいっそう強調される。

「お帰りなさい、タッドさん」
「おお、リリー。元気だったかね?」
「うん!」

 笑みを浮かべリリーを抱き上げる様は昨晩、デュランダル議長と真っ向から議論を戦わせたとはとても思えない。それこそ孫をあやす祖父のようである。
 続いて姿を現したのはスーツ姿の女性である。敬礼するその姿は堂に入っており服装は違えど在りし日の姿を思い起こさせた。

「エルスマン議員。お久しぶりです」
「バジルール艦長。ではジャーナリストというのは君かね?」
「はい。軍はとうの昔に抜けました。今はプラントの記事を地球に送る仕事をしています。議員の立場としてはあまり愉快な活動に思われないかもしれませんが」

 そうは言いながらも敬礼するのはある種の職業病だろうか。
 エルスマン議員がふと見ると、クリップ・ボードの脇にプラント国内のナチュラルとコーディネーターの軋轢について書かれていた。どうやらこれが近時のテーマなのだろうとエルスマン議員は考えたらしかった。
 リリーに手を引かれる形でリビングに移動している間も話題はやはり報道についてだった。

「記事の善し悪しを政治家が決めてしまったらその国は終わりだよ」

 答えたのはナタルではなかった。リビングで食事の準備をしているフレイ・アルスターの方である。食器を並べながらも話に入ることができるのはフレイの気さくさ故だろう。

「でも報道の中立性ってありません?」
「ではその報道が中立かどうかを判断するのは誰かな? 結局は国ということになる。とすると厄介なものさ。国は自分たちに都合のいい報道には何も言わないが、都合の悪い報道は中立性を欠くと攻撃できてしまうからね。報道の中立性を政府が言い出したらそれは報道弾圧の芽生えと捉えた方がいい」
「なるほど」

 まもなく商事の準備が整ったところでその場の全員がテーブルについた。エルスマン親子を始め、ジャーナリスト3名にリリーまで座っている。そのため、やや手狭な印象を受ける。まだアイリスが座っていないことからしてもなおさらだろう。アイリスは最後の仕上げとしてスープを配っていた。この配膳が終わったところでようやく食事が始まったのである。
 人々がスープにありつく中、それでもアイリスは食卓に着こうとはしなかった。ディアッカのすぐ隣に立った。

「ねえ、ディアッカさん」
「どうした?」
「後でお話いいですか? 少し大切なことがあって」
「気になるな。今じゃだめなのか?」
「だめじゃないですけど」

 心なしか、アイリスは喜んでいるようにうれしそうにも見える。そのためだろう。ディアッカは興味を引かれ好奇心を抑えきれなくなっている様子だった。

「別に聞かれてまずいってことでもないんだろ? なら今、聞かせてくれよ」
「実は……」

 少々のためが入ったからだろうか。スープをすする手こそ止めていないが、ディアッカ以外にもアイリスの言葉が気になっている者がいるようだ。特にフレイなどあからさまに横目で二人の様子をうかがっていた。
 アイリスはそっと自分のお腹に手を当てた。

「赤ちゃんができました」

 突然のことに気が動転したのだろう。ほとんど話を聞いていなかったはずの何人かが思わずスープを吹き出した。もっともダメージが大きかったのはナタルだろう。どうやら吹き出した際に気管にまともに入ってしまったらしい。咳が止まらず椅子から転がり落ちてしまうほどだ。床に膝をついたまま、まだ咳をしている。そんな所長をジェス・リブルが背中をさすってなだめようとしている。

「所長、しっかり!」

 効果のほどは疑わしい。
 もっとも、中にはフレイのようにいまだに余裕で食事を続けている者もいる。

「恋人になって長いと思ってたけど、やっぱりやることやってたんだ」

 ナタルは心のどこかでアイリスのことをまだ子どもだと考えていたのだろう。フレイとのそんな感覚の違いが被害の代償を生み出したように思われる。まだナタルが苦しんでいる中、エルスマン議員は辛うじて復帰することに成功していた。

「ディアッカ、父として、いや、男として話しておかなければならないことがあるようだ」

 布巾で口元をぬぐいながら息子を見る父の目は、ディアッカに余計な緊張感を与えるに十分なすごみがあった。

「いや、ちょっと……。なあ、その子どもって、いや! 疑ってる訳じゃないぞ! お隣のアレックス君に子犬が生まれたなんて話しじゃないんだよな?」

 そんなはずもなく、アイリスはただ微笑みながらお腹の子どもの父親を見つめていた。ディアッカは危うく倒れそうになりながらも歩き出した。

「ちょっ、ちょっと待ってろ!」

 まもなくして戻ってきたディアッカの手にはむき身の指輪が握られていた。

「これ、お袋のなんだけど、お前に受け取ってもらいたいんだ。箱は、なくしたんだけどな……」

 ここで、ディアッカは指輪をどう渡すべきか悩んだ様子だった。単に手渡すだけでは味気なく思ったのだろう。ただ、なかなか決意がつかない様子であたふたと小刻みな動きを繰り返していた。それもまもなくのことだった。

「アイリス、左手出してもらえないか?」

 ディアッカは杖を脇に挟む形で体を支えると右手で少々の不器用さを見せながらも真剣な様子でアイリスの薬指に指輪をはめた。

「細かいことは戦争が落ち着いてからになると思うけど、その……、これからも一緒にいてくれるよな?」
「ディアッカさん……。はい、もちろんです」

 そうして二人が二人だけの世界に浸っている中、周囲の人々は思い思いの反応を見せていた。フレイのように気にすることなく食事を続ける者もいれば、ナタルのようにようやくダメージから立ち直ろうとしている者もいる。エルスマン議員にしてもすっかり本調子を取り戻したようだ。

「では次の休日に前祝いでもしようか。この国は年がら年中戦争をしているが、祝賀会が開かれるらしいのでちょうどいいだろう」

 月での勝利を祝う祝賀会は国を挙げて行われる。それまでには五日あり、一息置く意味でもほどよいと考えたのだろう。
 こうして段取りが整っていく中、ナタルが椅子へと復帰する。まだ喉の調子は完全ではないらしく時折、咳き込みながらだが。

「まったく、ここには子どもも、いるんだぞ……」

 しかし、そういうナタルでさえ、リリーが食事の手をとめ、うつむいていることに、暗い表情を隠していることに気づくことはなかった。


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