オーブの司令室は騒然としていた。世界各国から情報を集めてはその真偽に忙殺されていたからだ。
カガリ・ユラ・アスハの元に次から次ぎへと情報がもたらされては、混乱に拍車がかかっていくのみだ。
「南米ジャブローとの連絡は?」
「ありません。通信途絶」
電波障害の可能性がある。しかし、近隣の地区からそのような情報は伝わってこない。反対に、アマゾンの一帯で通信の繋がらない場所があるとの情報もあった。しかしそれは単に中継局が森の奥すぎてそもそも存在していないだけかもしれない。
「難攻不落と言われたジャブローがまさか陥落したのか? 核保有国はどうしてる?」
「各国とも関与を否定しています」
そもそも南アメリカ合衆国は世界安全保証機構に参加している。攻撃するとすればプラント以外考えにくいが、カガリは今ここで核のカードを切る理由を見いだせなかった。
そんな時、卓上の円盤がふるえた。黄色いドレスに日傘の少女の立体映像が浮かび上がる。
「カっちゃん、大変かしら」
「私をカっちゃんと呼ぶなと言っているだろう。金糸雀、今は緊急事態だ。よほどのことでない限り……」
「月面でも核爆発が観測されたかしら」
この情報の確度はすぐに高められることになる。他の職員からも情報がもたらされ、モニターにはその時の様子を捉えたカメラ映像が流された。たしかに月面で巨大な爆発が観測されたのだ。
これが撮影された座標に、カガリは見覚えがあった。
「エインセル兄さんが最後の戦場に選んだ場所だな」
「はい、しかし妙です。現在、あの基地はザフト軍が占拠していたはずです」
「たしかに妙だな。機密情報を消したいと考えるのは大西洋連邦の方だ。だが……」
大西洋連邦が機密ごと焼き尽くそうとしたのなら理解できる。では、ジャブローの方はどうだろうか。こちらも大西洋連邦軍の仕業とでもいうのだろうか。その違和感は、金糸雀の口からも語られた。
「同盟国の基地を攻撃する理由にはならないかしら。偶然、複数の勢力が核を使用したかしら?」
「核攻撃はユニウス・セブン条約の明白な違反だ。ジョーカーをきるには相応の覚悟が必要なはずだが、それが偶然に重なるものか。金糸雀、それぞれの基地の共通点を調べてくれ。軍事基地という以外でだ」
少女の姿をしていてもAIでもある金糸雀だ。人にはあり得ないほど素早く膨大な資料を読み解き答えを示した。
「どちらもユグドラシルの発射台が置かれていたかしら」
「ジャブローにも巨大ビーム照射装置があったとは聞いている。だが、それもユグドラシルなのか?」
「原理はまったく同じかしら。ただ、ジャブローのものは地球の大気による減衰があって月面に比べて扱いづらいだけかしら」
「つまり誰かがユグドラシルを破壊しようとしたのか、勢力の垣根を越えて」
プラントでも、大西洋連邦でもない。それでいてユグドラシルをより脅威と感じる宇宙空間に拠点を有する勢力ということになる。もっとも、これらの条件を満たす勢力など、カガリには一つとして思いつくことはなかった。
ただ一つ、ヒントがこぼれ落ちてきた。慌てた様子で、司令室に駆け込んできた男がいたのだ。カガリの側近で、名はレドニル・キサカ。
「カガリ様、生存者です! ジャブローの生存者が発見されました!」
それは地球の反対側ほども遠く、アマゾン川の支流でクレーン船によって引き上げられていた。破損した装甲、むき出しのフレーム、破壊された頭部からコードで垂れ下がったカメラは腐り果てた死体を思わせる。専門家であっても判別が難しいほどに破壊されたデュエルダガーだった。黒く塗られた、ジェネラルの影と呼ばれたファントム・ペインの機体だった。
時は数時間前にさかのぼる。
地底に置かれた秘密要塞ジャブローはその姿を白日の下にさらしていた。核爆発が岩盤を突き崩し、巨大な穴となって天窓を開いたのだ。そして、そこにミサイルが次々と降り注ぎジャブローは絶え間ない爆発と爆音とに揺さぶられていた。
そんなさなか、縦穴から直接ジャブローに進入する飛行機があった。翼の一部が欠け、煙をたなびかせるその機体は、すぐそばをミサイルがかすめるほど危険なアプローチを採用したのだ。
よって、搭乗員はこの基地の代表であるエドモンド・デュクロだと基地の誰もが理解した。
事実、不時着同然の飛行機から扉を蹴破らんばかりの勢いで現れたのはデュクロ将軍だった。頭から血を流しているものの、その気迫に衰えはない。
「将軍、お怪我が!」
「ベッドは会議室に置いてきた。状況は?」
ずかずかと施設内へと歩き始める将軍のすぐ後を、たまたまその場に居合わせただけの職員が追いかける。
「核による奇襲を受けました」
「防空警戒は何をしていた?」
「完全なイレギュラーでした」
タブレットにはユニウス・セブン条約で締結された、各国の核ミサイルの保管場所の情報が表示されている。それによると、どの国も核を使用していないことになる。監視体制の穴をつかれたか、あるいは、どこかの誰かが条約違反を働いたか、だ。
だが、ここでじっくりと検討している余裕などありはしない。
将軍がやがてたどりついたのは格納庫だ。そこには黄金に塗装されたヅダの姿があった。
「お前も脱出を急げ! この基地は放棄する」
将軍はどうされるおつもりですか、そんなことを聞く無粋な輩はこの基地にはいない。職員が直ちに走り出すと、エドモンドは愛機を見上げた。1人の戦士と認める男にあやかった輝きがまばゆい。
「エインセル代表、思った以上に早い再会になりそうだ」
ジャブローでは戦闘が激化していた。ミサイル攻撃がやむとともに、識別反応のないモビル・スーツが多数、降下してきたからだ。
それは奇妙な存在だった。緑を基調とし、丸みを帯びた装甲はザフトの意匠だ。しかしガンダムであり、背中には大西洋連邦軍において開発されたタル状の複合ユニット、ガンバレルが2機、装備されている。デザインの連続性というものをまるで感じさせない、異形ともいえる姿だった。
無論、所属は不明。そんな機体が多数、ジャブローに光の柱を突き立てる穴から降下していたのだ。
基地防衛側の不利は明白だった。レナ・イメリアの率いるデュエルダガーの部隊は奇襲を主としビーム兵装は必要最低限度のものしか装備されていない。機動力についてもだ。
上空からビーム・ライフルを降り注がせる謎の機体に対して、デュエルダガーはビーム・ピストルを撃ち返すことが精一杯だった。かつてエインセル・ハンターを狙ったザフト軍をユグドラシルによる対空迎撃と奇襲とで撃退した精鋭たちがなす術なく砲火にさらされていた。
その中には、ファントム・ペインであるレナの姿もある。ノーマル・スーツに着替えている余裕もなかったのだろう。軍服姿のままコクピットに座っていた。いつも通り、軍帽を目深にかぶりその表情は伺い知ることができないものの、焦りがひしひしと感じられた。
もしもそのような雰囲気を払拭できる者がいるとすれば、やはりこの男だろう。カタパルトで上空に飛び上がった黄金の機体、それが巨大な戦斧を謎の機体の首に一気呵成にたたきつけたのだ。
「やはりフェイズシフト・アーマーか! だが!」
装甲に刃は通っていない。しかし、フレーム部分は確かに損傷し、黄金のヅダが放った回し蹴りが首をちぎりとばしたのだ。
新たな敵の出現に、謎の敵たちは一時、体制を整える時間を必要とした。その隙にヅダはデュエルダガーたちと合流する。
「将軍、戻られたのですか?」
「レナか。しぶとく生き残っていたか、さすがは、エインセル代表が見込んだだけはある」
交わせたのはこの程度のことだった。謎の敵は再集結、人とは思えない見事な編隊を組むとビームと小型ミサイルによる爆撃を繰り出す。
もはや一刻の猶予のなかった。
「全機に告ぐ。現在、我らが基地は謎の攻撃を受けている。何者かが世界を壊そうとしている。この事実を誰かが伝えなければならん! 諸君等の任務は生き延びることだ。生きてこのことを世界に伝えよ!」
戦士たちの反応は早かった。一斉に各方面へと離脱を始めたのだ。それぞれが独自の動きながらもジャブローの構造物を乗り越え進むその様は、その漆黒の姿もあいまって東洋に語られる忍びを彷彿とさせる。
しかし、敵も早かった。各方面に必要な戦力を算定、瞬く間に編隊を小隊単位に分けると追撃を開始した。だが、十分な戦力を確保できた訳ではない。ジャブローに残った部隊があったからだ。それは、赤いヅダ、青いヅダ、色とりどりのヅダだった。非常に人目を引くカラーリングをしているとはいえ、あくまでもヅダである。ガンダム・タイプが相手では数、質ともに劣っていた。
ただし、デュクロ将軍たちはそんなものに戦わない理由を求めることはしかなった。
双剣を装備したヅダが仕掛けた。謎の機体に短刀を振りかざしそれはシールドで防がれ、フェイズシフト・アーマーを装備した肩を貫くことはできない。謎の機体が脚部に装備された爪状のユニットを展開するとその先端にはビーム・サーベルが発生した。一撃で左腕を切り裂かれるヅダ。残された短剣で謎の機体の額、メイン・カメラをまっすぐに貫いた。しかし反撃もここまで。脚部ビーム・サーベルはヅダを切り裂いた。
これで、脚部にビーム・サーベルが装備されていること、そして、パイロットは人間的な感情を有していないことがわかった。コクピットめがけて飛び込んでくる巨大なナイフを前にあれほど冷静でいられるだろうか。
もう1機のヅダは大剣を投げ捨てただただ上空へと飛び上がった。ジャブローの縦穴さえぬけ、ただただ空を目指して。謎の機体はすぐに後を追うもののなかなか追いつく気配がない。無理もない話だ。ヅダはリミッターを解除し限界速度を超えている。すると謎の機体たちは次々と変形する。爪を展開した足を前へと突き出し、頭部をは虫類を思わせる外部装甲で覆った。簡易的な変形により、謎の機体は巨大な手を持つ怪物へと変形する。それは一気に勢いをましヅダを追い抜くと、四方から向けたビーム・ライフルによってヅダの姿を爆煙の中に完全にかきけしてしまった。
これでおおざっぱな加速力、および可変機構を備えた機体であることが判明した。
黄金のヅダの前に変形した謎の機体が編隊を組んで正面から飛来する。
「丸い装甲に、ガンダムとはな! この可変システムはザフトには見られん機構だ! まさにカオスだ!」
カオス、デュクロ将軍が呼んだこの名称が、今後この機体の呼称となった。
大仰に構えられた大斧。隠れる気などみじんも感じさせない黄金の機体は真っ正面から飛び出した。
狙え、声高に叫んでいるようなものだ。カオスたちは頭部の外部装甲、その中心部から突き出たビーム砲に一斉にビームの輝きをにじませた。
「その武装も見せてもらおうか!」
発射されるビーム砲。それはヅダの体をたやすく貫き建造物を炎に包み込む。
これで、ビーム砲の火力のほどが伺いしれた。モビル・スーツの装甲を貫くに十分な攻撃力を有するが、闘志までかき消すことが出来ない程度の威力であると。
業炎の中、大破したヅダがまだ黄金の輝きを随所に残したまま飛び出したからだ。
「貴様は! エインセル代表への手みやげにいただいていく!」
もはや瀕死の将軍は、それでもかまわず声を張り上げた。
戦斧を大胆かつ繊細にカオスの胴体と腰部の隙間へとたたき込むと、フェイズシフト・アーマーに守られていないフレームを力任せに破断させた。
「カガリ! これはどういうことだい?」
オーブへと戻ったユウナ・ロマ・セイランを待ち受けていたのはあわただしくかけずり回る人々の波だった。
「荷解きをしている暇はないということだ。エドモンド・デュクロ将軍が亡くなられた。壮絶な戦死だ」
カガリから投げ渡されたタブレットには、しかしデュクロ将軍の戦士の様子がレポートされていた。カオスと呼ばれる、謎の機体、その性能についてもだ。
ユウナが驚くのも無理はない。会合に乱入してからまだ一日と経っていないのだ。人が突然いなくなる、そんな状況を受け入れる余裕は、しかし存在しなかった。
「キサカ、宇宙にあがるぞ。例の宙域に何があるのか判明次第、送るように言っておいてくれ。核ミサイルが発射されたと思われる場所だ」
「ぼ、僕もいくよ!」
「ユウナもか?」
「そりゃ、僕には戦うなんてできないよ。でも、君の夫になる人間なんだ」
説得する時間を惜しんだのか、背伸びする子ども微笑ましく見つめるような様子で、カガリはそれ以上、拒絶はしなかった。懐から円盤型のプロジェクターを取り出すことを選んだ。
「金糸雀、久しぶりの実戦だ。機体はさび付かせてないな?」
「黄金はさびないのかしら!」
金糸雀の敬礼は、一応形にはなっていた。
カガリがユウナを連れて廊下を歩き出そうとした時だ。レドニル・キサカが追いついた。
「カガリ様、判明しました」
「早いな」
「戦略核を搭載できる規模の艦船は限定されます」
さすがのカガリも呆れるほかない。どうやら、指示される前から目星をつけていたのだろう。渡されたタブレットをカガリは眺めた。
「節操なしのオルトロスの正体はなんだ?」
そして、思わずレドニルの顔を見上げた。
「これは本当か!?」
後ろから必死にタブレットをのぞき込もうとするユウナが、その正体を読み上げた。
「ツィオルコフスキーってジョージ・グレンの!?」
ファースト・コーディネーター、ジョージ・グレンの最大の偉業は諸説あるが、その候補にあげられるのが木星圏への探査だ。その航路は、木星への往復4年にも及ぶ資源獲得のためにそのまま流用され、ツィオルコフスキーはその役目についていたはずだった。
カガリの胸中では、帰還したはずのツィオルコフスキーが行方をくらませていると報告されたことを、思い出していた。
不気味な点と点とが、危険な線で結びつこうとしている。
しかし、状況はカガリの予感など相手にしていなかった。
キラ・ヤマトをはじめとしたファントム・ペインもあわただしく動いていた。
「カガリ、僕たちも宇宙にあがる」
「ジョージ・グレンの顔でも殴りにか?」
「ツィオルコフスキーは君に任せたい。無差別攻撃が始まったんだ。標的は地球軍ばかりじゃない」
「プラントも攻撃を受けているのか!?」
宇宙に浮かぶ砂時計。それが並ぶのがプラントという国家だ。そこが、攻撃にさらされていた。カオスと呼ばれる機体群が奇襲を仕掛けたのだ。
砂時計の間を飛び交うカオスの群。そのビームはコロニーを覆う特殊強化ガラスをたやすく貫通すると穴をこじ開けた。次々、侵入するカオスに、軍事施設でないコロニーが対応できるはずもない。逃げまどう人々の上を影が通り過ぎ放たれたミサイルが無慈悲に街を破壊していく。
プラントとて無策であった訳ではない。地球軍の主立った艦隊は随時補足しレーダー網の整備も進めていた。だが、そのどれにも属さない部隊が味方識別信号まで出して接近してきたならどうすればよいのだろう。
対応は後手ながらも軍部は動いていた。
たとえばミネルヴァもそうだ。タリア・グラディス艦長のもと、すでに出撃体制を整えていた。
格納庫ではあわただしく整備士たちが動き回る。戦力補充のため、インパルスガンダムが次々運び込まれているのだ。レイ・ザ・バレルが隊長を務めていた時には事実上、1個小隊でしかなかったが、すでに6機目のインパルスが運び込まれている。
それを、ヴィーノ・デュプレは複雑な面もちで見上げていた。ルナマリア・ホークの声が聞こえたのはそんな時だ。
「ヴィーノ、久しぶり」
「ルナマリア、え? だってザラ大佐の部隊にいたはずじゃ?」
「私もそうしたかったんだけど、転属命令が来ちゃてね」
そう、胸を張るルナマリアの階級章の脇には副隊長であることを示すバッジが取り付けられていた。では、ルナマリアの後ろに続くパイロットたちがその部下だろうか。もっとも、1人厳つい顔をした男性を、ヴィーノはなんとなく隊長だと判断したが。
「そう残念がることはない。ザラ大佐は君に自分の後ろではなくて隣に立ってほしいと望んでいるのだよ」
「それって?」
「功績次第で隊長への昇格も夢ではないということだ」
「私、がんばります」
母艦を撃沈された直後の初対面のルナマリアに比べて明らかに明るくなった印象だった。しかし、ヴィーノはその時にはなかった違和感を払拭できずにいる。
「ヴィーノ君だね。私はサトー隊長とでも呼んでくれ。すまないが挨拶は抜きだ。いつでも出撃できるよう、スタンバイしてくれ」
「了解です」
パイロット・スーツに着替えるため、ヴィーノたちは移動を始めた。これからどんな戦いになるのだろう、そうヴィーノが考える横でルナマリアは違った感想を抱いていた。
「でも、今回の核攻撃、ひどいですよね? 地球軍、また核使ったんでしょ」
「地球の仕業ってわかったのか?」
「別に証拠ないけど、プラントは味方に核を使うなんてしないでしょ。あ~あ、やだやだ。信念とか理念じゃなくて利益だけの結びつきって」
サトー隊長もこの話題には乗り気らしい。
「だからこそ、我々コーディネーターはプラントを建国したのだよ。道半ばといえど、優れた人々による理想郷は決して桃源郷ではない」
「優れてるってなんなんだろ?」
何の気なしに口にしたヴィーノの言葉は、サトー隊長をはじめとした部隊員たちの注目を誘ったらしかった。
「あ、いや、平均点80点のテストで70点なら劣ってるって話だろ? でも、今度は90点以上の奴集めたら平均点は95点で、90点しかとれなかった奴は劣ってるって話になる。そしたら、94点以上の奴集めて平均点を97点にしたら、94点でも劣ってるてことになるだろ?」
「そんなの、ちょうどいいところでとまるに決まってるでしょ」
そのちょうどいいところとは、自分たちにとって都合の悪い人は切り捨てられて、自分たちは残される、そんな絶妙なバランスなのだろう。世界がそんなに都合がいいなら戦争なんてしていないのではないか、ヴィーノは簡単に飲み込めずにいる。
それが、ルナマリアには気に入らなかったらしい。
「あのねえ、シンたちとそんなことばっかり話してたの? そういうのエコー・チェンバーって言うって知ってる? 狭い中で反響して増幅するってやつよ」
「その点、君はしっかりしていると感心させられる」
「すいません、勘弁してあげてください、ヴィーノなんで」
ヴィーノは服装をただすふりをしてわざと歩みを遅くした。先に進むルナマリアたち。そんな中で、ルナマリアは輝いて見えてしまった。部隊員の誰もがルナマリアに注目し、まるでアイドルかお姫様のような扱いだったから。
ザフト軍は2隻の巨大戦艦を保有している。1隻は旗艦ムスペルヘイム、もう1隻が同じく1km級の巨体を誇るヨートゥンヘイムだ。その中の一室、独房にミルラ・マイクの姿はあった。タブレット片手にレイ・ザ・バレルを冷やかしにきたのだ。
「どうだ? サイサリスに聞いても答えてもらえなかったが、やはりミノフスキー粒子が使われているのだろう?」
映像には、黒い大型ガンダムが手をかざしただけでミサイルを破壊する様が映し出されている。以前、ミルラの部隊が交戦したときの様子だ。
レイはベッドに腰掛けながら退屈げに応じた。
「おそらくな。ミノフスキー粒子にはエネルギーを加えるとメガ粒子化する性質がある。ローゼンクリスタルの手品はその性質を利用したものだ。だが、ミノフスキー粒子にはもう一つ、斥力を発生させるというものがある。システムとしてはゼフィランサスの方がはるかに高度な技術が用いられているようだが、ローゼンクリスタルも同様のことも可能だろう」
ゼフィランサスのガンダムはサイサリスのガンダムを超えている。
「やれやれ、サイサリスの前にはいつもゼフィランサスがいるな。知ってるか? サイサリスはゼフィランサスをライバル視してる」
「馬鹿げた話だ。技術者としてどちらが優れているか、一目瞭然だろう」
「ゼフィランサスだな?」
「違う、サイサリスだ」
間違いを指摘された形にも関わらずミルラは茶化したような笑みを絶やさない。このMのヴァーリにとってはどちらでもいいことなのだろう。
レイはかまわず続けることにした。
「ゼフィランサスの創る機体はどこか芸術じみてる。目が飛び出るほどの開発費、量産できないほどの製造コスト、おまけにパイロットはスーパー・エース限定ときた。夢のような条件が満たされなければゼフィランサスは何も成し遂げられないままだったろう」
ゼフィランサスの手がけるガンダムとは、まさに子どものおもちゃじみた機体たちだった。
「それに比べてサイサリスはザフトのほとんどの機体に関与している。ガンダムが技術力の向上に寄与していることを加味しても、技術者としての貢献度はサイサリスの方が上だろう」
「ゼフィランサスが名声を気にしてるとは思えない。独り相撲だな」
もっともこのことをサイサリスに聞かせたところで何にもならないことだろう。よって、これ以上、話に意味はない。レイは手早く次の話題に切り替えた。
「それで、暴動は鎮圧されたのか?」
「ああ、大勢の逮捕者も出たぞ、ナチュラルのな」
コーディネーターによるナチュラルへの迫害、それが極端な形で現れたのが今回の水晶の夜のはずだった。レイは自身が考えているほどポーカー・フェイスになじんではいなかった。
「レイ。地球の水は体にあったようだな。だが、差別主義者なんてどの世界にもいるだろ?」
「社会の成熟度は差別主義者の有無では決まらない。いざ差別が起きた時に、何人が立ち上がることができるかで決まる」
どこか満足げなミルラはタブレットをレイの隣に放り投げた。
「端末は置いていこう。さすがにオフラインだが、暇つぶしにくらいはなるだろ」
画面には、いまだに黒いガンダムの見せた不可視の力が映し出されていた。
ミルラが戻ってきたのはムスペルヘイムの一室だった。もっとも、同型艦だ。内装から規模までまったく同じで別の艦に移ったという印象はなかった。
そこは休憩室で、すでに2人のヴァーリの姿があった。ジュースを片手にくつろいでるのはリリーだ。
「どこ行ってたの?」
「デートに決まっているだろう」
実際、レイと監獄デートを楽しんできたばかりだ。
「付き合ってる人、いるの?」
「当然だろう。ヴァーリは男性への依存心が強いんだ。リリーだって恋を知る歳になればわかるさ」
ミルラが頭をなでようとすると、リリーに不機嫌そうな顔で払いのけられてしまった。そんな2人の様子をやはり不機嫌そうに見ているのはサイサリス・パパだ。子守を押しつけられたことへの不満もあるのだろう。
「冗談に決まってるでしょ。真に受けないで」
「でも、アイリスはディアッカと付き合ってた。赤ちゃんが生まれるんだって」
「ああ、だから戻ってきたんだ。ま、ヴァーリにお母さんなんていないし、家族ごっこはもう終わりってこと?」
リリーの動きは早かった。サイサリスが反応するよりも早くその胸ぐらに掴みかかったのである。今にも泣き出しそうな、あるいは怒りをたたえた顔をして。
また、ミルラの動きも早かった。リリーをうしろから羽交い締めにすると、手際よくサイサリスから引き離しのだ。
「さすがは我らが妹君だな」
「何なのよ、いったい!?」
ミルラの腕の中でリリーも徐々に興奮が落ち着いてきたらしかった。少なくとも、自らの首をさするサイサリス本人への関心は薄れたようだ。リリーを下ろしたミルラは手を繋ぎ部屋から連れだそうとする。
「リリー、アイスでも食べに行かないか? このヨートゥンヘイムではアイスクリームを製造できるんだ」
まだ不満げではあるものの、リリーはしぶしぶミルラへついて行くことを決めたようだった。
「ジョン・ダニエラのチョコ、私はそれしかやらない」
「よしよし、お姫様、ご案内しよう」
子連れで廊下を歩きながら、ミルラはふと地球側の記事を思い出していた。あの会見以来、ヴァーリをプラントの姫君と称する向きがあるのだと。
ミルラはリリーに聞こえぬようにふと、つぶやいた。
「姫か、着飾らせても奴隷は奴隷だろうにな……」