―タカミチ視点―
ルーミア君が麻帆良学園に現れてから数日が過ぎた頃。
みんなのルーミア君に対する意見が代わりつつあった。この僕、高畑・T・タカミチも含めてね。
―ガンドルフィーニの証言
「あの子は本当に妖怪なのですか?その一言に尽きます。確かに最初は疑っていましたが……監視した上ではっきりしました。あの子は悪い子ではありません。あのような無垢な子をエヴァンジェリンに預ける事こそが間違っています!悪の手に染まる前に我々が正しい道を示すべきです!」
あのガンドルフィーニ教諭があそこまで認めたなんて、正直驚きましたよ。余計な正義感をあの子に与えないでくださいよ?
―シスター・シャークティの証言
「ルーミアですか?あの子は無邪気な子供そのもので、美空に見習わせたいぐらいの素直さがあります。……あの噛み癖は困ったものですが、加減もできて反省もしますし、特に問題は無いでしょう。あの子には健やかに育って欲しいものですね」
事前にルーミア君のことを聞いてたとはいえ、見事に噛まれてしまったしね……。健やかに育って欲しいという意見には同意しますよ。
―高音・D・グッドマンと佐倉愛衣の証言
「えー…あー…良い子…ですね?」
(えっと、お姉さまはルーミアちゃんと戦った時のショックをまだ引きずっているようなんです…学園では大人しくしてますし、基本的に良い子なんですけど…噛み癖がちょっと…)
あー、学園長が実力を試したいって言って戦わせたあの日からね……。
噛まれた恨みもあってか、高音君は凄くやる気を見せたけど……見事に負けちゃったね。あの攻撃を難なく避けたり、あんな弾幕を撃ってきたり、すごかったなぁ。
けど一番かわいそうだったのは……あの弾幕で脱げちゃったことか。ご愁傷様。
あの子もさすがに反省してたから、そろそろ許してあげなさいね。
―瀬流彦の証言
「あの子はあちこち出歩いてるみたいで、今や生徒のみならず先生方の人気者なんですよ。新田先生なんかルーミアちゃんを我が子のように可愛がってて…。最低限の礼儀も知識ありますし、心配ないと思いますよ?」
いつもフラフラ出歩いているのかルーミア君って……。まぁ、問題を起こしていないみたいだから、いいとするかな。
―ネギ・スプリングフィールドの証言
「え?ルーミア?良い子だよ?明日菜さんと木乃香さんとも仲良くなったし……え?嬉しそうな顔してる?……うん、ルーミアと遊んでると、なんかアーニャを思い出すんだ。だからかな?一緒にいると楽しいし、凄く落ち着くんだ」
生き生きしてるなぁネギ君。ここに来て以来、初めて同い年の友達ができたから無理も無いかな。
魔法の関係者だってこともバレていないみたいし、大丈夫だろう。噛み癖にだけは気をつけてね。
―学園長の証言
「いやぁ、気まぐれに駄菓子をやったら随分と喜ばれてのぉ。以来、必ず挨拶にきては駄菓子をねだってくるんじゃ。もう一人、孫娘ができたようで嬉しくなるわい」
「……学園長、いくらなんでも甘やかし過ぎじゃありませんか?」
「ルーミア君を見てると仕事の疲れが癒されるんでのぉ」
ろくに仕事しない癖に……。
「何か言いたいのかねタカミチ君?」
「いえ、別に」
勘が鋭いなぁ学園長は。そんなに怖い目で見ないでくださいよ。
「しかし予想以上に多くの者からルーミア君は認められておるようじゃな。しかも早いうちに麻帆良学園に馴染んでおる」
「特に2年A組の適応が異常に早いですね。あの癖の強い子達相手に平然としてるあたり、彼女はある意味で強い子ですよ」
「ふむ、木乃香から詳しく聞いた話によると、ネギ君と明日菜君とも仲良くやってるらしいしの」
「明日菜君はよくルーミア君に噛まれているようですけどね」
この前に見かけた時なんか、顔を真っ赤にしてまで、手に噛み付いてきたルーミア君を振り払おうとしてたぐらいだし…必死だったんだなぁ明日菜君。
「ふぉっふぉっふぉ、悪戯程度で収まってるようじゃから大丈夫じゃろう」
こうやって笑って話しているだけだと、とても人喰い妖怪の日常だとは思えないだろう。
話しておいて難だが、やはり無害な…いや噛み癖は小さな被害だけど…それでも大きな問題は起こっていない。
エヴァが考案し、実演してくれた「闇喰い」による被害も全く無い。むしろ負の感情が消えるからか、大抵の人間はすっきりして安堵感を得られるようだ。
そして最も大きな変化が起こったといえば、あの「闇の福音」ことエヴァンジェリンだ。
いつしかルーミア君といるエヴァの顔からは以前の冷たさが消え、逆に暖かさを垣間見るようになってきた。
まるで世話が焼く妹を相手にしているかのように、常に叱り怒鳴っているものの、ルーミア君に親しみを覚えている。
ルーミア君もそんなエヴァを慕っているようで、殆どは彼女らと茶々丸君の三人で行動している。
―しかし……だからこそ逆に不安がにじみ出てくる。
「……学園長」
「不安なんじゃな?ルーミア君がいずれエヴァンジェリン君の下から去る時が来るのが」
いやいやいや、驚きを隠せませんよ。亀の甲より年の功というか、学園長って実はエスパー……なわけないか。
僕の不安をズバリ見抜かれてしまったようだ。
(君の気持ちはわからないでもないが、ルーミア君が麻帆良学園に置けるかは彼女次第なんじゃ。彼女にそれを押し付ける権利はわしらには無い)
学園長の言葉が頭から離れないなぁ。言っていることはわかるんだけどね……。
ルーミア君が人を喰わない妖怪になったから麻帆良学園に居られる、という問題ではない。
ルーミア君は、知らずに麻帆良学園に迷い込んだだけの迷子だ。害が無いからと身元を預かる形で麻帆良学園に留まっているだけに過ぎない。
いずれは彼女も自分の居場所に帰るだろう。……いや、本当はすぐにでも帰りたいのかも知れない。
けど……エヴァはどうするんだろうか?
以前、彼女にもしルーミア君が帰ることになったらどうするのかと聞いてみたことがあった。
『好きにするがいいさ。むしろお守りがいなくなって精々する』
とかいってルーミア君をのけ者のように言い放っていた。
けど、僕は見逃さなかった……見逃せられなかった。
一瞬だけど浮かんだ、エヴァの寂しげな顔を。そんなエヴァの傍らにいた、茶々丸君の困惑した顔を。
彼女も、もとはといえば不本意でこの麻帆良学園に縛られ続けているんだ。
千の魔法使い(サウザントマスター)、ナギ・スプリングフィールドにかけられた「登校無限地獄」が予想以上に強くて、本来なら三年間だったはずの呪いが15年経った今になっても解けなかった。
呪いをかけたナギはといえば未だ行方不明で、死んだとまで噂されるぐらいだ。
このままずっと彼女はこの学園に拘束され続けるかと思うと・・・心が痛む。
「悪の魔法使い」として魔法使いから恐れられ、繰り返し学園に取り残される故に生徒達からいずれ忘れ去られる。
―彼女は、不本意でずっと孤独の中をさ迷っているんだ。
だからこそ、そんなエヴァに明るみを取り戻してくれたルーミア君には感謝しているんだ。
不必要な程に明るくて能天気な君がエヴァの傍にいることで、彼女は明るくなれた。
時には叱られ、時には遊んで、時には弄られ、時には笑いあう……。エヴァとルーミア君、茶々丸君の三人で過ごす日々はとても楽しそうだった。まるで家族のように。
―彼女には、これからもエヴァンジェリンの傍に……。
「高畑先生っ!」
後ろから僕を呼ぶ明日菜君の声がした。……物思いにふけちゃったね。
―ルーミア視点―
「つ、つえぇ……さすがデス、メガネ……」
―ドサッ
わー。高畑せんせーってやっぱり強いんだねー。
せんせーより大きな人を吹っ飛ばして倒しちゃった。ポケットに手を突っ込んで避けていただけなのにね。
「さてと……無事かな?明日菜君、ルーミア君」
「は、はは、はい!ありがとうございました!」
「ありがとー」
明日菜さんと一緒に高畑せんせーにお礼を言う。
助けてもらったらお礼を言うものだって、けーねせんせーから教わったもんね。
けど明日菜さんって高畑せんせーの前だといつも赤くなるんだね。おまけに震えてるし。なんでだろう?
「……で、なんで空手部の大学生に襲われていたんだい?」
「あー、えっと、ですね……」
高畑せんせーの前で赤くなって俯く明日菜さん。口篭っちゃった。
「えーっとね……」
ここはルーミアが言うべきなんだろうけど……どっからどう説明すればいいんだろ……?
「あ、おったおった!ネギくーん!明日菜とルーちゃんおったえー!」
あれ?木乃香さんだ。後ろで走ってるのは……ネギ君?追いかけて来てくれたんだねー。
到着した頃には、ネギ君は肩を上下させてぜーぜー言いながら呼吸してる。
「はっ……はっ……や、やっと追いついた……!」
「ネギ君に木乃香君じゃないか。一体どうしたんだい?」
んーっとね、結果的にルーミアが悪いんだよね。
ルーミアが散歩していたら、明日菜さんと木乃香さんとネギ君に会ってね。途中まで一緒に歩いていたの。
そしたらお腹空いちゃって……つい明日菜さんの手を食べ……じゃなくて噛んじゃったの。
そしたら明日菜さんがルーミアが噛み付いたまま走り出しちゃって、二人してさっきの学ランおにーさんにぶつかっちゃって……。
「……で、明日菜さんが必死に謝ったらおにーさんが許してくれたんだけど、そこへ高畑せんせーが攻撃してきたの」
「あー……そういえばあの子は喧嘩好きで、僕に時々挑んで来た子だったな……」
そしたら、高畑せんせーの勘違いがきっかけで喧嘩になっちゃったんだね。凄い戦いだったなー。あはは。
「笑ってんなー!」
あいてーっ。
高畑せんせーに何かあったらどうすんのって、明日菜さんから叩かれちゃった。はんせー。
その後、高畑せんせーはおにーさんに謝って、問題はあっさり解決。
おにーさんも、不慮の事故だけど高畑せんせーと手合わせできてよかったって言って帰っていったし……めでたしめでたし、だねー。
「めでたくないよルーミアー」
あいて。
ネギ君にも突っ込まれちゃった。心配させちゃったねー。ごめん、ごめん。
「いやー、二人とも随分と仲良くなったねー」
高畑せんせーが嬉しそうにルーミアとネギ君を見てる。……そういえば、高畑せんせーとネギ君って昔からのお友達なんだっけ。
「うん。ネギ君面白いもん」
「面白いって……そんな言い方しなくてもー」
だって本当なんだもん。マスターが目の敵にしているのは知っているけど、遊んでいると楽しいんだよね。
「こんなところにいたかルーミア」
―あ、この声。
「マス……お姉ちゃん、茶々丸さん」
ルーミアのマスターことエヴァンジェリンさんと、茶々丸さんだ。なんでここにいるの?
マスターがネギ君をちらりと見たら、ネギ君が少し脅えちゃった。マスターの目つきって、時々怖いんだもん。しょうがないよ。
「そろそろ夕飯時だ。帰るぞルーミア」
もうそんな時間なんだ?けど茶々丸さんの作るお料理、凄く楽しみ~♪今晩は何かな~♪
「は~い。……じゃあルーミアは行くね。ばいば~い」
歩き出したマスターの背を追いかけながら後ろを向いて、ネギ君達に手を振ってお別れ。
ルーミアの隣では、茶々丸さんがぺこりと頭を下げてお別れの挨拶をしてる。
「うん。じゃあねルーミア」
「気をつけて帰ってえな~」
「じゃあね。(次噛み付いたら許さないからね!)」
あわわ、明日菜さん凄い目つき。怒っているんだろうなー。顔がそう言ってるよー。
いい加減に噛み付く癖を直さないと、危ないかなぁ?
―あれ?高畑せんせーはいいの?ネギ君達いっちゃうよ?
「少しルーミアから聞きたいことがあってね」
「夕飯時だから帰る、と言ったはずなんだがな?さっさと貴様も帰れ」
マスター、なんかイライラしてるね。わかる、わかる。おなかペコペコなんだねー……あいたっ。
いたた……なんで叩くの?マスター?
「君がいる前で聞きたいんだ」
マスターがいる前で高畑せんせーが聞きたいこと?なんだろ?
「……ルーミア、君は自分の居場所に帰りたくないのかい?」
―エヴァンジェリン視点―
タカミチめ……よりによってこんな時に余計な話をしおって……。夕飯時になったからルーミアを迎えに来てやったというのに……。
それに聞くまでもない質問では無いか。
知らずに迷い込んだこの地より、生まれ育った地に帰りたくなるのは当たり前だ。
いずれ去ると解りきっている相手にそんな質問をするのも馬鹿らしくなる。
「帰らないよ?」
―あっけらかんと、さも当たり前のようにルーミアは答えた。
何を言っているの?と言わんばかりの表情を浮かべ、首を傾げている。
いや、むしろ私達が首を傾げる側だろう。私達はてっきり元の場所に帰りたいのかとばかり考えていたからな。
「帰らない?」
「あ、違う。『まだ』帰らない、かな?」
二文字加えるだけで確かに意味合いは違う。だが肝心の意味合いはまったく同じ。
『帰れない』なら解る。
行き方がわからなければ帰り方がわからないも同意で、結果、帰りたいと願っても帰れないという状況。こうなってしまっては仕方ないだろう。
だが『帰らない』となれば話は違う。
帰るという意欲よりも、この場に留まりたいという意思表示があるということだ。だが……『まだ』とはどういう事だ……?
「……いいのかい?そんな悠長に構えていて」
「幻想郷は来る者は拒まず、去る者は追わず、がモットーだから大丈夫だよ」
「いや、そうじゃなくて、君の帰りを心配している人とかいないのかい?友達とか……」
「んー、いないことはないんだけどね。けーねせんせーとか、チルノちゃんとか」
「なら帰らなくていいのかい?」
「けど、まだ帰りたくないのかー」
「……なぜ?」
ルーミアとタカミチとのやり取りは、もはや無駄な質問ごっこだ。
頑なに帰りたくないと唱えるルーミアに、タカミチも私も、疑問を覚える。ルーミアがここに残りたいという理由はなんなのか。
ルーミアの口が開くのを待つタカミチと私。
「マスターともっと一緒にいたいから」
―拍子抜けした。
私もタカミチも、そして茶々丸ですら、目を見開いてルーミアを見る。
予想外すぎだ。残りたい理由がそんな単純かつ……意味の無い理由だなんて。
「……ルーミア」
「なーに?」
―こいつには、はっきりと伝えなくてはならないようだな。
「勘違いしているようだがな……私は貴様の封印の秘密を知りたいが為に、仕方なく私の僕として置いてやっているだけだ。貴様を利用しているだけだ。……そんな悪の魔法使いの傍にいたいだと?笑わせるな」
だってそうだろう?
私は女子供を殺さない主義だ。しかし人を殺した。傷付けもした。騙した。欺いた。奪った。
それをこいつはそれを知らない。
こいつに教えたのは、世間に出回っているナマハゲのような私の逸話と、子供に聞かせるような昔話。
こいつは知らないんだ。
普段はバカのせいで振り回されて、遊ばれて、子供のような喧嘩をしているが、私は正真正銘の悪の魔法使いなんだ。
「いい機会だ。さっさと私の下からいなくなれ。貴様のようなバカのお守りはもう沢山だ」
ついでに言えば、私は貴様が嫌いだ。バカで、阿呆で、愚直で、能天気で、子供っぽくて、変に頑固な貴様が。
なんだタカミチ、茶々丸。そんな可哀想なものをみるような目で私を見るな。
私はこいつが居なくなってくれることを心から望んでいるんだ。本心なんだ。
「……それでも」
だがルーミアは、あんなことを言われたにも関わらず、私を真っ直ぐと見て言う。
「それでもルーミアは、マスター……エヴァンジェリンさんと茶々丸さんが好きだから、一緒にいたい」
いなくなれといったのに……なんで貴様は……そんな真っ直ぐとした目で私を見ることができる!?
「……ふざけるな!!」
もう我慢ならない!このうち震える身体をこいつにぶつけないとやってられん!
私はかつあげのようにルーミアの襟元を掴んで持ち上げ、首筋に鋭い爪先を向ける。
「マスター!」「エヴァ!」
煩い黙れ!私は、私が力技に出たにも関わらず黙って私を見続ける、このバカに聞いているんだ!
「他人を利用し、殺し、悪の限りを尽くした私が好きだと!?こんな……こんな私を!!」
「幻想郷はそんな見ただけの物は気にしない。肝心なのは過ごした時間で知りえた事だから」
「たった十数日程度で私を……私の六百年を理解できるものか!!貴様に何がわかる!!」
「エヴァンジェリンさんは意地っ張りで捻くれ者で我侭で怒りっぽくてえらそうで意地悪で悪者っぽくて物知りで強くてかっこよくて優しくて真っ直ぐで綺麗な……吸血鬼の魔法使い」
言いたい放題言いおってこのガキ……っ!
だがそれは表でしかない!そんなことが理解できたところで、私の過去の所業が解るはずがなかろう!?
「六百年なんて関係ない。吸血鬼だなんて関係ない。悪の魔法使いだなんて関係ない。ルーミアは、今まで一緒にいてくれたエヴァンジェリンさんが好きなの」
関係ないはずがなかろう!?私は六百年の間、どれだけそれらに囚われ、苦められていたと思っている!?
「……幻想郷は全てを受け入れる。人間も、妖精も、妖怪も、鬼も、吸血鬼も、天人も、神様も」
それは貴様の居る地のルールだろう!?妖怪の賢者とやらが決めた絵空事!それが何の関わりがあるというんだ!?
「だからね、エヴァンジェリンさん」
現在の私を知って、過去の私の所業を除いて、幻想郷とやらの包容力を伝えて。
それがなんになるという?それがなんの意味を持つ?
―私は、貴様が……っ!
「ルーミアは、エヴァンジェリンさんを受け入れたいの」
―受け入れられる。
―受け入れて……くれる?
「……っ!」
そんなことは必要ない!そんなことに意味はない!私は貴様を傍に置ける資格なんかないというのに!
理由なんかわからない!わかりたくもない!
―だから、今は放っておいてくれ!
「あでっ」
両腕で突き飛ばして吹っ飛んだルーミアを他所に、私は走る。
タカミチと茶々丸の呼び止める声が聞こえるが、そんなことに構っていられない。
私は走る。意味など無い。
―ただのストレス発散だ。
―タカミチ視点―
「……行ってしまったね」
エヴァンジェリン君が走り出した途端、茶々丸君、ルーミア君の順で彼女を追いかけていった。取り残された身としては、少し寂しい気もするけどね。
まぁ、こればかりは彼女達の問題だ。僕のような部外者が割り込むのは、無粋ってものだろう。
―けれどこれで確信が持てた。ルーミアは信頼できる。
あの子は、本当に純粋で無邪気な子だ。誰よりもエヴァンジェリン君を『個人』として見てくれる。
過去や所業などを気にせず、誰よりも真っ直ぐとした目で人を視る力がある。
これならネギ君を、英雄の子としてではなく、一人の男の子として見てくれる。
例えエヴァンジェリンからネギ君の事を聞いていたとしても、きっとそうしてくれるだろう。
恐らくは学園長も魔法で見ているのだろうけど、直接伝えに行こう。ルーミア君は、麻帆良学園に良い影響を与えてくれると。
―本当、子供というのはいいもんだね。
―ルーミア視点
ようやくエヴァンジェリンさ……マスターが止まってくれた。
2対1の追いかけっこが終止符を打たれた頃には、あたりは真っ暗。月の光で照らされるのは、ルーミア達と、ゴールであるマスターの家。
マスターはこっちを振り向いてくれない。ただ黙っていた。
「「マスター」」
だから、ルーミアと茶々丸さんはマスターを呼ぶ。
いつか、いつでもマスターのことを名前で呼べたらいいのになぁ。
さっきはついつい名前で呼んじゃったけど、あくまでルーミアはマスターの僕。
いつか、名前で呼べるぐらいの仲になるのが、今のルーミアの目標なんだ。
「……本当に甘ったれた人喰い妖怪なのだな、ルーミア……」
相変わらず、マスターは振り向いてくれない。さっきみたいに怒ってはいないけど、なんの感情も込めずに言ってくる。
「マスターは、そんなルーミアといるのは嫌?」
「……嫌ではない。考え方が気に入らないだけの……ただのわがままだ」
「マスターは誰かと一緒に居るのは嫌なの?」
「私は……私の周りには、今まで、誰も居なかったから……」
―だから、居て欲しいと願う資格は、私にはない。
マスターの背中と言葉には、そんな意味が込められているように感じる。これはルーミアの錯覚か、思い込みかもしれないけど。
―だから、ほうっておきたくない。
「じゃあ、主《マスター》の傍に、ルーミアと茶々丸は居てもいい?」
「……近い日に決行することがある。私の悲願を達成できるかもしれん」
あ、答えてくれない。ちょっとずるい。
「私の傍に居たいと言うのなら、働いてもらうぞ。……我が僕《しもべ》、ルーミア・B・D・ナイトレア」
マスターはやっと振り返ってくれた。それと同時に、一陣の風が舞う。
月明かりに照らされた金髪が舞い上がり、吸血鬼の尊大さを物語らせてくれた。
―かっこいいなぁ。
「……わかりました。マイマスター、エヴァンジェリン」
マスターの為になるっていうのなら、ルーミア、がんばる。
―どんなことを手伝うかはわからないけど。
―完―