小説家になろう様からの移動です。千雨魔改造物です。
このSSは自身のブログ「メルの小さな記憶の物置」にも掲載しています。
よろしくお願いします。
03/21 チラシの裏へ投稿
04/04 チラシの裏から赤松板へ移動しました。
07/16 追記 このSSには次の要素が含まれます
とらハ 視点変更 1人称 3人称 麻帆良認識阻害結界
第1話 夢の始まり
「長谷川さん。 長谷川さん!」
この良く出来た夢は、一見なんてことはない、良く晴れた春の教室の一室から唐突に始まった。
「んぁ?」
長谷川さん、と。聞き慣れない声で名前を呼ばれて顔を上げてみれば、教壇の上から女の先生が教科書と教鞭を持ってこちらを見つめている事に気付いた。ジャージ姿で教鞭を持つその姿を見て、小学校かよ、と思わなくもないが。変人揃いのこの麻帆良だ、十分許容範囲どころか、ど真ん中ストライクと言って良いだろう。
それに実に動きやすそうだ。おそらくもう少し反応が遅れれば、私の机の元へ向かってきただろうことは容易に想像できた。
「長谷川さん! 先生がいま何て言ったか聞いていましたか?」
そういえば授業中だった。いけない、ボーっとしすぎたか。周りを見なくてもクラスメイトの視線が突き刺さっているのが感じられた。やばい、赤面ものだ。いや、この程度このクラスじゃどうってことないのはわかってるけど、私には私のアイデンティティってのがある。こんな些細なことでも、目立つのは嫌なんだ。
急いで何か返答しないと、えーっと、そもそも今は何の授業だったか……? 机の上の教科書が開いているページは、っと。
そう思い、視線を机の上に向ける。だが、そこには。
「もう、やっぱり聞いてなかったのね。もう一度聞きます、"ななのだん"は覚えてきましたか?」
「……は?」
開けっ放しの窓から入ってきた風が、机の上の教科書を数ページ戻らせる。
そこには "はじめての九九" と書いてあった。
「……は?」
それは、一見とても甘く優しい夢。そう、夢を見ているのか、夢から覚めてるのかのも分からなくなるくらい、甘い甘い蜜のような夢だった……。
千雨の夢 はじまります。
ってモノローグっぽいこと言ってる場合じゃねぇよ! 七の段!? 七の段って九九のあれだよな!? なんだ、とうとう小学2年生からやり直しになったのか!? 1年生からじゃかわいそうだから1年オマケしてやるよってか!? うれしくねーよ!! バカレンジャーだけつっこんどけばいいじゃねーか!
いや、それより今はとりあえず七の段だ、落ち着け、確かに七の段は九九の中では鬼門だ、私的には最大の難関だった。っつーか語呂合わせ的なあれで答えりゃいいのか? しちいちがしちしちにじゅうし、って言っていけばいいのか!?
「長谷川さん、ほら、しちいちが――」
しってるわボケー!! わざわざ隣から教えなくてもいいって! 誰だ、綾瀬か!?
「高町さん、教えちゃダメですよ? ちゃんと自分で覚えないと意味が無いんです。」
高町さん!? 高町ってだれだよ!? てか良く見たらこのクラスガキしかいねー!? さすがに那波、龍宮は無理があったか!? 鳴滝姉妹がその辺にまざってねーか!? ってか私だって無理があるわ!!
いや、待て、七の段だ、落ち着け、とりあえず七の段だ。こういうときはあれだ、まず慌てず騒がず立ち上がって、しれっと七の段を答えて座っちまえばいいんだ。他の事は取りあえず落ち着いてからだ。
よし、まず椅子を引いて、立ち上がって、七のって何だこの視界? 妙に低くねーか? まるで身長が30センチくらい縮まったみてーな、って……
身長が 本当に 縮んでやがる
やばい どーなってるんだ これ?
「は、長谷川さん!?」
もう、無理。私は、意識を手放した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
掛け布団を蹴り飛ばし、勢い良く起き上がる。心拍数は最高記録を絶賛更新中で、息は喉が裂けるのではと思うくらい荒く、全身汗でびっしょりと濡れて。薄暗さのためか、興奮のためか、視界は狭く世界は白黒だ。
1分か、2分だろうか。兎に角起きたまま固まっていたが、少し落ち着いたところで辺りを見回す。先ず目に入るのはいつも寝ている自室のベット。次にコスプレ衣装が入っているクローゼット。そしてデスクの上に置いてあるパソコン、カメラ、部屋の隅に固められた撮影機材。
そこは既に1年以上を過ごした、見慣れた寮の自室だった。
「良かった……! 夢落ちでホンットに良かったぁ……!!」
やっぱあれか、最近流れてる学年最下位だと小学生からやり直しって噂、あれのせいか! いくら麻帆良でもそこまでしねーだろ、とは思っていたけど、心のどっかではあれを信じてたのか。で、夢に出たと。
くそ、ここにいるかぎり安眠もできねーのかよ!
「ちっ……はぁ。シャワーあびよ。」
……まぁ、それもいまさらか。まだ大分はえーけど、夢のせいで汗かいて気持ちわりーし、シャワー浴びて登校の準備でもするか。
あぁ、今日も最低の一日になりそうだ。
「あー、ねみぃ。」
結局いつも通りの時間に登校して、特に何事も無く授業を受けて。昼休みに入り私はふつーに一人で飯を食ったが、休み時間はまだあと30分くらいある。いつもならこの時間はノートブックでブログ更新の下地でも作ってるんだが、どうも今日は眠くて眠くて仕方ない。睡眠時間はいつもと同じくらいなんだけどな、やっぱあの夢のせいか。
どうすっかな、ブログの更新ネタも作らねーといけないんだけど。こう眠くちゃ、ネタが浮かんできやしねー。
机の上にノートブックを出しはしたが、私はそれを開かず何と無くクラスの様子を見渡した。あーあ、悩みが無さそうな連中ばかりだな。テストも近いっつーのに。……まぁ、テスト云々は私が言えた事じゃね―けどよ。
「おや、いつにも増して眠そうですね、長谷川さん。」
「ん……綾瀬か。」
あくびを一つして、伸びをしたり目の周りを揉んだりとなんとか眠気を撃退しようと格闘してたところに、隣の席の綾瀬が話しかけてきた。黒髪を顔の両サイドで三つ編みにし、後ろ髪は長く伸ばして先端の腰の辺りで二つにまとめるという良くわからない髪型のちびだ。
綾瀬は机の上にハードカバーの本を置き、栞をページの上に垂らしつつ私の様子を見ていた。テストの点は悪い癖に哲学書やら文芸書やら色々読むんだよな、こいつ。親父だかお祖父さんが哲学者なんだっけ。私には縁のない世界だな。
隣の席という事も手伝って、こいつは2Aの中でもまだ話せるほうだ。とは言っても比較的、という程度でしかないが。
「今日は夢見が最悪でな、ぜんぜん寝れた気がしねーんだ。」
まぁでも友人の範囲に片足の先が入り込む程度には喋る仲でもある。ほかの連中が濃すぎるだけに、綾瀬も一歩引いた位置に良くいるためだ。
「午後一番は新田先生の授業です。ある意味眠気が覚めるかもですが、何なら授業前に起こすので一眠りしてはどうですか?」
新田か……。新田の前で眠そうにしてたら朗読や感想なんかをわざわざ当てて来そうだな。国語の授業なんて只でさえ眠くなるっつーのに、新田の場合はボーっとしてるだけでも目敏く見つけて当ててくる。ある意味拷問だぜ、あれは。ここは大人しく綾瀬の好意に甘えるか。
「あー、悪い。それなら寝させてもらうかな。」
「ええ、眠気覚ましの飲料も用意しておくですよ。」
「いや、それは……いい……」
こいつの飲み物は、変なの……ばっかりだから、な……
「おや。本当にすぐ寝たです。そんなに夢見が悪かったですか。」
「ゆえー。炭酸コーヒーのトマト味で良いー?」
「ええ、実にお誂え向きです。2本お願いするです。」
「わ、わたしはオレンジジュースでいいやー。」
「……あぁ、のどかの分ではなく、長谷川さんにですよ。」
「……ん? 布団?」
私はすっと目を覚ます。綾瀬に起こすよう頼んでいたんだが、そんな感じでは無い。
それに、なんで私は横になって寝てんだ? 机で寝てたような。あと妙に静かだよな……って、ここは、保健室?
「あー、長谷川さん! 起きたの? 大丈夫?」
「ん……えっと、高町さん?」
ま た こ の 夢 か !