━━━━━ 絡繰茶々丸 ━━━━━
ネギ先生は今日も拳闘試合を休みにして、ジャック・ラカン氏の元を訪れるするようです。
昨日いきなり決まったようですが、私としてもネギ先生は1週間に30戦というハードスケジュールをこなしていましたので、休みが増えることなら大歓迎です。せっかくの昨日の休みは騒ぎに巻き込まれてしまったそうですし。
ジャック・ラカン氏の元へは千雨さんもついて行くようでしたし、私と龍宮さんもグラニクスに残っても特にすることはありませんでしたので同行させていただきました。
「…………はい。お腹の傷もこれで完治です。
痛みが残ってたり、筋肉が突っ張ったりするところはありませんか?」
「……うん…………いや、ないな。治癒に感謝する、ネギ殿。
それにしても見事な治癒だった。ネギ殿は戦士としても優れていたが、治癒術師としての方が一流を名乗れると思うぞ。なあ、ラカン殿」
「ああ、俺も正直言って驚いたわ。
昨日の『雷の暴風』からするとあんまり魔法は得意じゃねーのかと思ったけど、この治癒魔法だったらアルの奴よりも上だぜ」
「それはそれは…………評価していただきありがとうございます。
僕の得意な魔法は一に治癒、二に転移、三に補助、四に結界、そして五に攻撃って感じです。…………あ、それより前に、零に研究ですかね」
「ふむ、研究とな?」
「(そういえば昔貰ったタカミチの手紙には“顔はナギ似だけど性格はアリカ寄り”って書いてたなぁ……)」
…………まさかジャック・ラカン氏の元を訪れる理由が、石化と傷の治療だとは思っていませんでしたが。
あの人が昨日ネギ先生を襲った犯人、カゲタロウさんとやらですか。
まあ、ネギ先生襲ったとはいえ、元はと言えばネギ先生のお父上の友人であるジャック・ラカン氏に頼まれたことだったみたいですので、ネギ先生が納得している以上は私達から何も言うことはありません。
そもそもネギ先生の返り討ちにあい、重傷状態で石化された上で一日放置されていたのなればもう十分でしょう。
それに今朝の時点でグラニクスでは“名を上げるためにネギ先生に街中で仕掛けた阿呆が返り討ちに遭い、石化された上で放置された”という噂が流れていましたので、ネギ先生の目的は果たされたのです。
これで拳闘試合以外でネギ先生に突っかかってくるような人間はいなくなるでしょう。
「それでは改めて自己紹介をさせてもらおう。私はボスポラスのカゲタロウ。
昨日はラカン殿に頼まれたからとはいえ突っかかったりして悪かった。その詫びに今の石化と傷の治療の礼を受け取ってほしい」
「げ、まるで俺が悪者じゃねーか、カゲちゃん」
「悪者かどうかはともかく、原因はラカンさんですよね。
まあ、カゲタロウさんはもういいですよ。詫びと礼は受け取ります」
「かたじけない。約束通りこれ以上野試合を挑んだりしないし、そちらのお嬢さん達と他にもいるという連れのお嬢さん達には何があっても絶対手出ししないと誓おう。
…………とはいえ、私も拳闘士の端くれ。昨日の借りはいつか正式な拳闘試合で返させていただきたい」
「はい、そういうことでしたら喜んで。僕もカゲタロウさんとの戦いは心躍るものでしたからね。正式な試合というのなら断る理由はありません。
しかし、あいにく僕は“ナギ・スプリングフィールド杯”が終わったら現実世界に帰るつもりなので…………」
「あ? 旧世界へのゲートポートは全部壊れたって聞いたぜ。…………オスティアのか?
ま、カゲちゃんのリベンジに関しては大丈夫だろ。何しろ俺達もその“ナギ・スプリングフィールド杯”に出るからなっ!」
「え? “俺達も”ってことは…………ラカンさんもなんですか?」
「私もその話は初めて聞いたのだが…………」
「そりゃカゲちゃん石になってたからよ。でも別に文句はねぇだろ?
俺はぼーずの実力に興味があってな。拳闘試合もカゲちゃんのときも結局は本気出してなかったろ。本気っつーか、ぼーずは力を抑えている…………封印しているって感じっぽいな。
それにあのユニコーンガンダムとやら以上の切り札を隠していると見た」
おや、さすがは“紅き翼”のジャック・ラカン氏ですね。
ネギ先生が魔力と気を1/10に封印していることに気づきましたか。
「へー、やっぱりラカンさんクラスならわかってしまいますか」
「…………私は戦ったら何となく、といったところだな。
力と技術がアンバランスというか…………力を持たないものには持たないものなりの戦い方があるのだが、ネギ殿の戦い方はそれではなかった。
手加減されていたというわけではないのだが…………」
「実を言うと、魔力も気も半分以下に封印しているんですよ。
僕は普通の人よりも魔力と気の総量は多いので、大抵の相手は力押しだけで何とかなってしまうんです。しかしそれですと戦闘技術の効率的な向上は見込めないですし、この状態なら消耗しているときの戦い方の修行になりますからね。
これも言ったと思いますが、拳闘試合は運動と修行を兼ねていますので…………」
「おいおい、カゲちゃんの面目丸潰れじゃねーか、ハッハッハ!」
「ムゥ…………“ナギ・スプリングフィールド杯”までに何としても鍛え直さなければ…………」
1/10を半分以下と仰られるのですか、ネギ先生は?
…………まあ、嘘はついておられないのでそれは置いておくとして、ジャック・ラカン氏が“ナギ・スプリングフィールド杯”出場ですか………………別に問題ありませんね。
むしろ話題が盛り上がるのでネギ先生の顔を売るのに都合がいいでしょうし、ネギ先生は強者と戦いたがっていますので、その点ジャック・ラカン氏はうってつけの人物です。
それと“紅き翼”の人の技を使えるネギ先生ですが、さすがにジャック・ラカン氏の技だけはネギ先生は使うことは出来ません。
「相変わらず『気合防御』ってなんなんだよ…………」
みたいなことを“紅き翼”の記録映像を見て呟いていたこともありました。
理論的にモノを考えるネギ先生的には難しく…………いえ、ちゃんとラカン氏の技もよく考察すると理に適っているらしいのですが、ネギ先生的には頭が拒否してしまうそうなのです。
私としても「『気合防御』!!!」とか「『ネギカイザー』!!!」とか叫んでいるネギ先生は想像出来ないですし…………したくないです。
他にジャック・ラカン氏のアーティファクト、如何なる武具にも変幻自在・無敵無類と名高き“千の顔を持つ英雄”には興味を持っており、正面から戦ってみたいと思っていたそうです。
これはそれの良い機会です。
「それなら“ナギ・スプリングフィールド杯”を楽しみにしてますよ。
僕も明日からまた拳闘試合を再開して、出場の切符を手に入れなければいけませんね」
「おう、頑張れやぼーず。お前なら問題ないだろうけどよ」
「それなら私もボスポラスへ戻り、出場切符を手に入れるために拳闘試合に出場しなければならんな。
ラカン殿はどうする? ラカン殿が地方大会に出るとなると騒ぎになるだろうから、“ナギ・スプリングフィールド杯”までは私1人でも構わないが…………」
「お、頼めるか。カゲちゃん?」
「是非もない。鈍った体を鍛え直すには足りないぐらいだ」
「それではオスティアでまたお会いしましょうか」
思わぬところで重大事が決まりましたね。
ネギ先生の出現だけでお祭り騒ぎになっていたのに、隠遁して行方不明になっていたジャック・ラカン氏が出場するとなると“ナギ・スプリングフィールド杯”の盛り上がりはかつてないものとなるでしょう。
ネギ先生も楽しそうで何よりです。
「あ、その前にカゲタロウさんの石化と傷の治療費しめて200万ドラクマ。耳を揃えて払ってくださいね」
「「え?」」
「…………え? もしかしてタダだと思っていたんですか?」
ネギ先生も楽しそうで本当に何よりです。
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「“アルテミシアの葉”があったぞ、ネギ先生。
治癒魔法が得意なネギ先生がいれば必要ないかもしれんが、薬草としては最上級品だから売れば結構な金になる」
「いえ、貰える物は貰っておきましょう。それに僕や木乃香さんがいないときでも使える回復手段を持っておくのは重要です。
…………“イクシール”とかないのかなぁ?」
「何だこれ? “RAKAN FILM”…………自主制作映画? あのオッサンの趣味か? とりあえずこれも入れとくか。
…………これは伊達メガネか?」
「それは認識阻害効果があるメガネですね。それをかけているだけで違う人物に認識されるようになります」
「ネギ先生、ラカン氏所有の飛行船の鍵を見つけました。グラニクスの停船場に泊めてあるみたいです。
型式としては10年以上前の古いものですが、一緒にファイルされていた整備記録によると定期的に整備をされているようなので、今でも十分使えると思います」
「へぇ~…………この書類を見る限り、使いもしないのに一年に一度はちゃんと整備してたんですか。足があるのはいいですね。これも貰っておきましょう。
…………家の中見ても思いましたけど、ラカンさんって顔に似合わずシッカリしてますよね。むしろタカミチの方がだらしないですよ」
「お兄様お兄様! 隠し金庫を見つけました!!!」
「おっ、よくやったねアルちゃん! えーと鍵は…………いいや、斬っちゃえ。
…………おー、結構入ってますね。これを合わせると現金が30万ドラクマか。飛行船は…………スペック見る限り結構高性能ですから、中古で40万ドラクマにしときましょうか。“アルテミシアの葉”とか認識阻害メガネとかの小物は…………キリ良くオマケしてこれも30万ドラクマにしておきましょう。これで合計100万ドラクマ。
ラカンさん、あと100万」
「…………いい加減勘弁してくれねーか、ぼーず達。
あ、これ……トサカって奴宛のサイン出来たんだけどよ……」
「だが断る。
そのサインは小物に含めますね」
「(…………ネギ殿はいったいどういう育ち方をしたのだろうか?)」
思わぬ臨時収入ゲットです。お金が払えないカゲタロウさんを再び石にするのを止める代わりに、ラカン氏が快く?財産を譲っていただけることになりました。
しかしラカン氏手持ちの現金も足りなかったために、家にあった現物を差し押さえさせていただくことになりました。
魔法世界には流通量が少ないのでお金を出しても手に入らない品物が多いのですが、さすがはジャック・ラカン氏です。そんな品物がたくさんお持ちのようです。
しかしこれぐらいなら、伝説の傭兵として活躍してきたラカン氏にとっては極一部の財産にしか過ぎないのでしょう。
「もう一回カゲタロウさんを石にさせてもらえるんなら、別にそれでもいいって言ったじゃないですか。
まあ、その場合でも腹の治療費で5万ドラクマは貰いますけどね。それすら貰えないならもう一回腹も刺す」
「それではラカン殿。私はボスポラスに帰る!」
「逃げんなカゲちゃん!
…………いや、あの石化魔法は並みの治癒術師じゃ治せないらしいから、カゲちゃん石にされたらもう治せなくなっちまうだろ…………つーか石化治癒代金が195万って、そのことわかっててやってるだろ、ぼーず。
あんな石化魔法を何処で覚えたんだ?」
「少し前に麻帆良にやってきた爵位級の悪魔、ヴィルさんから(無理矢理)教えてもらいました。
さーて残り100万ドラクマなら今日じゃなくて、また次の機会のときでもいいんですが………………お? この巻物からエヴァさんの魔力感じますね?」
「マスターのですか?」
ネギ先生が手に持っているのは古びた巻物。
私から見ればただの呪文の巻物でしかありませんが、何故ラカン氏がマスターの魔力が宿った巻物を持っているのでしょうか?
「“マスター”? …………そういえばその嬢ちゃんは、エヴァンジェリンの従者のチャチャゼロに似てんなぁ」
「はい、私はエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルに使える従者、茶々丸と申します。
私がネギ先生に同行しているのは、マスターからネギ先生のお世話役とお目付け役を命じられたからです」
「そうか、あいつもこっちに来てんだったか。
…………あれ? でもナギに封印されて、麻帆良に縛り付けられてるって昔聞いたぞ?」
「ああ、『登校地獄』なら僕が解きましたよ」
「お、そうなの? ナギの馬鹿が力任せにかけたから誰にも解くことが出来ないってタカミチから聞いていたが、それすら解くってことはやっぱりぼーずは治癒とか解呪方面に適正があんのかね。
…………どうだ? その巻物を100万ドラクマで。それはエヴァンジェリンがその昔記した『闇の魔法』の巻物だ。
『闇の魔法』はまだ弱っちかったエヴァが編み出した禁呪でな、ポテンシャリティは『咸卦法』にも匹敵する」
「『闇の魔法』? それだったらネギ先生ってもう使える奴だよな?」
「ええ、使えますよ。
使えますけど…………千雨さん、ラカンさんとは“ナギ・スプリングフィールド杯”で戦うことになるので、あまり僕の手の内を明かすような発言は避けてください」
「…………あ、ごめんな。ネギ先生」
「いえいえ、次から気をつけてくれればいいんですよ」
そういえば…………マスターがネギ先生から頂いた“紅き翼”の記録資料を見ていたときに、そんな話を聞いたことがありますね。
大抵見ていたのはナギ・スプリングフィールドの記事や映像だったのですが、ジャック・ラカン氏やアルビレオ・イマさんのも暇つぶし程度にご覧になっていたこともあります。そのジャック・ラカン氏の資料を見ているときに「…………こすいイカサマしおって…………」「…………そういえばあの巻物どうなったんだろ?」と、独り言を呟いていたことがありますね。
…………賭けでもして負けたのでしょうか?
「…………いや、そんなことよりぼーずって『闇の魔法』使えんのか?
あれは適性がない人間にはリスクがデカイだろ。さすがの俺もアレは使いこなすことは出来ねーし」
「え? 僕は5歳の頃にはもう出来てましたよ。取り込むのは治癒魔法でしたけどね」
「治癒魔法!? …………へ~、その発想はなかったわ。
普通の『闇の魔法』は敵に仇なす攻撃魔法を取り込むもんだが、逆に味方を癒す治癒魔法を取り込むか。…………なるほどねぇ。
…………それ以前に何やってんだ、5歳児?」
「もちろん今なら攻撃魔法とかも取り込めますよ。
…………うん。じゃあ残りの100万ドラクマはこの巻物で結構です」
「いいのか? ネギ先生はもう『闇の魔法』を使うことが出来るんだろ?」
「構いません。使うことが出来ると言っても、アレは僕の自己流ですからね。…………まあ、アレに自己流も他者流もないとは思いますが、エヴァさんが書いた巻物には興味があります。
それにこの巻物をエヴァさんに返してあげるのもいいでしょうしね。
じゃあ、ラカンさん。これで差し押さえは終了でいいですよ」
「終了…………と言われても、手元にあったものは粗方持ってかれてるよな。これ以上出せっていわれてもさすがにもう無理だぜ。そりゃあ銀行とか他の隠し拠点行けば他のもあるけどよ。
つーか、本気でお前はいったいどういう育て方をされたんだよ?」
「極々一般的な育て方をされたと思いますよ。
さーて、この巻物はどういうのなのかな~?」
「あっ、馬鹿っ! 不用意に開けんな!」
「大丈夫大丈夫。大抵のことなら何とかなりますって」
ネギ先生が巻物を開くと、そこには呪文や複雑な魔法陣が書かれていました。
呪文の筆跡は確かにマスターのものですので、あの巻物を書いたのはマスターであることに間違いないのでしょう。
『言ッタナ餓鬼ガ』
「ん?」
開いた巻物がいきなり発光し始めました。書かれていた魔法陣に魔力が流れるたのも確認出来ます。
それに今の声はマスター…………あ、巻物からマスターが!?
『闇ガソレホド容易イもオブッッッ!?!?』
…………巻物からマスターが出てこようとしたのですが、胸のあたりまで出てきたところでネギ先生に頭を抑えられて再び巻物の中に戻されました…………というより突っ込まれました。
あのマスターは…………人造霊でしょうか?
あの巻物は『闇の魔法』を習得するためのものらしいので、マスターのコピーであるあの人造霊がその役目を果たすということなのでしょう。
「お……おい、ぼーず?」
「…………おかしいな。裸のエヴァさんが湧き出てこようとしたように見えた。ここ1週間で拳闘試合30戦したから疲れてるのかな?
とりあえずラカンさんは後ろ向いててもらってもいいですか。あまりエヴァさんの身体を他の人には見てほしくないので。
………………あの、茶々丸さん。以前から思ってたんですけど、エヴァさんてもしかして露出狂の気が…………?」
「違いますネギ先生! マスターは決して露出狂などではありません!!!
家であられもない姿で過ごしていることはありますが、それはマスターがモノグサだからです! それにマスターは生まれたのが数百年前ですので、現代の方達とは違う価値観を持っているだけなのです!!!」
お願いですからマスターの目の前でそのようなことは口走らないでください!
ネギ先生に露出狂かと思われていたと知ったら、マスターがショックで泣いてしまいます。
「…………なあ、ネギ先生の腕が巻物に突っ込んだままだけど大丈夫なのか?
何か黒い雷みたいなものがバチバチ鳴って…………おい、今度は腕が出てきたぞ?」
巻物からおそらくマスターの腕と思われるものが出てきて、突っ込んでいるネギ先生の腕をガリガリと引っ掻き始めました。
まるで水の中に顔を突っ込まれて抵抗している人のようです。
「ああ、エヴァさんがまだ出てこようと頑張っているみたいなので…………。
すいません。このままじゃ埒が明かないので、ちょっと巻物の中に入ってこのエヴァさんと話をしてきます」
そう言ってネギ先生は巻物を頭から被られました。
そしてそのまま地面に落ちた巻物以外は何もなく、巻物に肉体ごと入られたのでしょう。
まるで長瀬さんのアーティファクト“天狗の隠れ蓑”を使用したときの消え方みたいですね。
「おいおい、大丈夫なのかぼーずは?
肉体ごと中に入るとなると、ぼーずが体験するであろう“幻想空間”の現実との時間差は何十倍にもなるぞ。
俺も似たのを喰らったことがあるが…………まさに無間地獄だぜ。フツーは自我がもた「ただいま帰りました。『断罪の剣』見てから『天地魔闘の構え』余裕でした」………………オーケイ、ようやくわかった。
このぼーずははフツーじゃねぇんだな」
ご理解していただけたようで何よりです。
━━━━━ ベアトリクス・モンロー ━━━━━
「ビー! まだ再生出来ないんですの!?」
「もう少々お待ちください、お嬢様」
私も見たいですから、全力で用意致しますって……。
それにしても、お嬢様はすっかりネギ・スプリングフィールドに夢中ですね。
まあ、お嬢様は母娘2代に渡るナギ・スプリングフィールドのファンですし、その息子のネギさんも10歳という若さで拳闘試合に出場して、1週間のうちに30連勝という前代未聞の記録を打ち立てるという、まさにナギの再来ともいえる方です。
そんなネギさんに熱を上げるのは仕方がないですね。きっと今頃は奥様も実家で大騒ぎしていることでしょう。
「それにしても、一昨日と昨日の2日連続で試合を休まれたときは心配しましたが、まさかラカン様に会いに行っていたとは…………。
やはりあのネギ様はナギ様の息子! ああ、是非ともネギ様の勇姿を見に“ナギ・スプリングフィールド杯”に行きたいですわ!!!」
「それはさすがに無理ではないでしょうか?
祭りに行くという理由で外出許可が出るとは思えません」
「わかっていますわよ!
…………しかし、この機会を逃がすといつネギ様を見れることになるやら。どうやら旧世界に帰る方法を研究中とのことですから、もしかしたらこれが最初の最後の機会かもしれません!!!」
それは…………どうでしょうか?
いくらあのネギ・スプリングフィールドさんといえどそんなことが出来るのでしょうかね?
…………再生準備出来ました。
今日の授業中に予約録画しておいた拳闘試合を再生しますよ、お嬢様。
「よし! さあ、ネギ様の勇姿を見ますよ!!!」
はいはい、再生が始まりましたよ。最初は今日の午前に行なわれた拳闘試合ですね。
どうやら試合前のネギさんのインタビューから始まるようです。
『おはようございますデス、ネギ選手! この2日間でゆっくり休むことは出来たデスか!?』
『ハハハ、ちょっとトラブルに巻き込まれましたけどね』
『昨日は何でもあのジャック・ラカンに会いに行ったとか!? いったい何の話をされたのデスか!?』
『んー…………まだ秘密です。今の時点でのネタ晴らしは止めておきます。
もうしばらくしたら皆さんビックリしますので、とりあえず楽しみにしていてください、とだけ言っておきます』
おお…………いったい何があるのでしょうか? もしかしてジャック・ラカンがネギさんと戦うために“ナギ・スプリングフィールド杯”に出場するとかでしょうか?
友人の息子の力を確かめるために同じ試合に出る。まるで英雄譚の一幕のような話ですね。
…………あれ? そういえば、ネギさんの肩の上にアルちゃんがいません。しかもネギさんの隣にはネギさんより少し幼い金髪の少女が立っています。
もしかしてパートナーの交換!? この少女がネギさんのパートナーなのですか!?
「だ……誰なのですか。ネギ様の隣に立っている小娘は…………」
あ、どうやらお嬢様もそのことに思いついたらしく呆然としています。
インタビュアーの人! 早くその少女について聞いてください!!!
『さて…………ところで先日までのパートナーのアルちゃんの姿が見えないということは、コチラの女の子がネギ選手の新たなるパートナーということなのデスか?』
『ええ、ここまでやってしまうとそろそろ広範囲殲滅魔法を使ってこられそうなので、もしものことがあった場合はアルちゃんでは自分の身を守るのに不安がありますからね。
元より僕独りだけで戦うつもりですが、それでも念のために自分の身を守れる人の当てがついたのでアルちゃんには交代してもらいました』
『……………………』
『ほほお、そういうことデスか。確かに今まで全ての試合でネギ選手独りで戦っていたデスからね。
しかしそちらの少女は誰なのデスか。ネギ選手の言葉では自分の身を守れるぐらいの実力をお持ちのようデスが…………』
『この人はエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルさんですよ、“闇の福音”の。
…………と言っても本人じゃなくて、そのコピーですけどね』
『え?』
『…………だからとんでもないことをそんな簡単に言うのは止めろというのに…………』
…………。
……………………。
………………………………は? エ……エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル? “闇の福音”?
…………音がありません。
私達の部屋の中も、何千人と観客がいるはずのテレビの向こうの拳闘場にもまったくと言っていいほど音がありません。さっきまで騒いでいたはずの観客も静まり返ったということは、私の聞き間違いではなかったようですね。
お嬢様は今の言葉が衝撃的だったらしく、脳がフリーズしているみたいです。
『…………ピ、ピギャアアアアアァァァーーーーーーッッッ!? な、何でそんなバケモノがいるデスかぁーーーっ!?!?』
『(殺すか、この女?)』
『マイク持ったまま叫ばないでくださいよ。
大丈夫ですよ。このエヴァさんが言うには本体の数分の一の力しか持っていないらしいから僕よりも弱いですよ。
そもそも僕がエヴァさんに勝ったから、こうしてパートナーとして出場してもらっているわけで、現状では僕の式神……使い魔みたいなものです。僕が魔力供給してますし』
『それ以前に何故“闇の福音”のコピーなんぞと一緒にいるのデス!? 何処で知り合ったというのデスか!?
ネギ選手が住んでいた旧世界の通貨で600万ドルという大金をかけられた賞金首デスよ!!!』
『何故って言われても…………ジャック・ラカンさんですよ。ラカンさんはその昔にエヴァさんの本体が書いた巻物を持っていましてね。それから出てきたのがこのエヴァさんです。
…………あれ? 賞金ってエヴァさん本人じゃなくてコピーでも有効なんですか? でもこのエヴァさんが宿っている巻物の解析は終了してますから、1日1枚のペースで量産出来ますよ。
凄い…………日給600万ドルじゃん』
『え? …………嘘だよな? 私の解析が終了して量産出来るってのは嘘だよな!?
…………やめろ。絶対やめるんだ、ネギ! 例え出来るとしても絶対やめ「ピッ!」
ちょっと休憩。再生を一時停止して休憩です。
………………どうしてこうなった?
そういえば今日はヤケにネギさんの話題をクラスの人達がしていましたね。
私達はお嬢様が映像を見るまではネタバレを聞きたくないということで話には混じりませんでしたが…………。
…………とりあえずお茶でも淹れてきましょうか。私も頭を少し落ち着かせたいし、何よりフリーズしっぱなしのお嬢様を再起動させなければいけません。
ああ、甘いものも食べたいですね。この精神的疲労が和らぎそうです。夜中に甘いものを食べると体重的に怖いことになってしまいますが、今夜ぐらいはそれらを忘れてもいいでしょう。
━━━━━ 後書き ━━━━━
というわけで、拳闘試合のパートナーがエヴァコピーに変更になりました。戦いませんけど。
そのうち本体とコピーが秘密裡に入れ替わって、賞金首のことをなかったことにします。