━━━━━ 龍宮マナ ━━━━━
いつも通りにネギ先生の試合をテレビで見つつお菓子を摘んでいたら、長谷川がいきなりこんなことを言い出した。
「マジでこの生活飽きてきた」
…………気持ちはわかる。私もこの生活には退屈を感じているところだ。
でもその台詞を1日1回聞かされるのにも私は飽きてきたぞ。
「持ってきたゲームはどうした?」
「もうとっくに全クリしたよ。それどころか3週ぐらいしてる。もっと色んなゲーム持ってくればよかった。
…………何かやることないかな?」
「それなら茶々丸達について行けば良かったじゃないか」
「いや、私にはコッチの世界の調べ物なんか出来ないから足手まといになっちゃ悪いし、何よりネギ先生を放っておくわけにはいかないからな。
…………つーか、神楽坂達はいったい何をやっているんだ? 賞金稼ぎ結社と抗争した上にその結社を潰すなんて…………」
「“抗争”といっても、ただ獲物がかち合ってしまったせいで争いになっただけらしいがな。それに潰したのは結社の内の1部隊だけだ。
それでも賞金首奪い合いに勝って独占したことから、少しばかり“白き角”の名前が世間に知られてきたようだが…………」
あいつらも着々とネギ先生に毒されてきたなぁ。
まさかシルチス亜大陸で名を挙げている賞金稼ぎ結社“黒い猟犬”を1部隊とはいえ潰すとは…………。
まあ、実力的には十分なんだろうけどな。エヴァンジェリンとネギ先生の修行は伊達ではあるまい。
あのメンバーなら例えエヴァンジェリン無しだとしても、そんじょそこらの魔法使いは相手にならない。
それでもコッチの世界に染まりすぎだろう。
「…………それよりもネギ先生だ。予定では神楽坂達と合流するまで残り10日間。
長谷川、それまでネギ先生が爆発しないで済むと思うか?」
「いや…………無理だろ。
この前のラカンさんやカゲタロウさんとの一件でいくらかストレス解消出来たとはいえ、今回の神楽坂達が賞金稼ぎ結社とガチンコしたって話を聞いてからはネギ先生の機嫌は急降下中だぞ。酒の量もますます増えて、一日にウィスキー1瓶は空けてるし。
…………なあ、ネギ先生が茶々丸とアルちゃんにその賞金稼ぎ結社について調べるように言ってたのって、いったい何が目的をしてだと思う?」
ニコニコと笑いながら頼んでたよなぁ。ただし笑いは笑いでも、肉食獣が獲物を見つけたときに浮かべる笑いだったけど。
おかげで茶々丸達は“黒い猟犬”情報収集のために出かけることになったし。
それと理由としてまず考えられるのは、“黒い猟犬”が報復を考えていたときの場合の対処のためだな。
アチラさんにも面子があるだろうし、もしかしたら“獲物を奪われる”なんて恥をかかせた“白き角”に対して報復を考えているかもしれない。
潰した部隊自体とは手打ちが済んでいるようだが、これは“黒い猟犬”全体がどう考えるかだからな。アチラさんの動向を探るのは間違っていないだろう。
で…………最悪の場合は、神楽坂達に攻撃してきたらしい“黒い猟犬”を潰すためだよな。抗争も向こうから手を出してきたらしいし。
“黒い猟犬”の本拠地も調べるようにも言ってたからなぁ。
まあ、ネギ先生のことだから向こうがこれ以上手出ししてこなければネギ先生の方からは手出しすまい。
………………と思うんだが、最近のネギ先生の機嫌次第ではわからない。
それぐらいネギ先生の機嫌が最悪だ。試合でも強者がなかなかやってこないのでつまらないみたいだし。
「長谷川、そんなに暇ならネギ先生のストレス解消でも付き合ってみたらどうだ?」
「“つき合う”ったって…………何すりゃいいんだよ? 私は戦いなんて出来ないぞ」
「そんなことはわかってる。
酒の量が増えているってことは、酒でストレス解消しているんだろ。だったら酌の一つでもしてやったらどうだ? それか一緒に酒を飲むとか…………」
「おいおい、酒に付き合うって私は未成年だぞ………………ネギ先生もだけど。
それに今まで酒は飲んだことがないからどこまで飲めるかはわからないけど、少なくともウィスキー1瓶空けて平然としているネギ先生に付き合えるとは思えん。そもそもネギ先生はあんなに飲んでよく拳闘試合に響かないよな。
…………まあ、あんだけ目の前で飲まれていると、酒自体に興味を持ってきたんだけどな。ネギ先生があそこまで飲むのなら、少し興味が出てきた。
そのくせ私がネギ先生が酒を飲んでいるところを見てたら「未成年が飲んじゃ駄目ですよ」とか言いやがるし…………」
ネギ先生って「ソレはソレ、コレはコレ」ってダブルスタンダートをよくやるんだよな。
長谷川は14歳で学生で未成年者飲酒禁止法がある日本人だから駄目で、ネギ先生自身は10歳だけど独り立ちしている教師で未成年者飲酒禁止法なんてないイギリス人だからOKって感じで。
あれだけ飲んで拳闘試合に響かないのは、気による身体制御で肝臓機能の強化して………………ん? 考えてみたら、ネギ先生が気による身体制御をしなかったらどうなるんだろう?
ネギ先生は常に気で身体制御をしており、なおかつ他人に気づかれないぐらいの微弱な『咸卦治癒』を発動しているはずだ。
だったら素のネギ先生は案外酒に弱かったりするんじゃないか?
というか、もしかしてネギ先生はその事に気づいていないんじゃ…………?
酒に酔いたかったら酒の量を増やさずに、気とか『咸卦治癒』をOFFにすればいいんだし。
「どう思う、長谷川? ネギ先生はどこか抜けている…………アホの子なところがあるから、ありえない話ではないと思うんだが」
「…………すっげぇありそう。確かに気づいてなくてもおかしくないわ。
なるほどねぇ…………試してみるか。どうせ今のままでいったらジリ貧のまま進んで爆発しそうだからな。酒で酔っ払ったらストレス解消になるかもしれないし」
「どうせ明日は拳闘試合も休みだ。もしネギ先生が二日酔いとかになっても大丈夫だろう。
二日酔いになってもそれこそ改めて『咸卦治癒』を発動させればいいんだしな」
「…………ついでに私も酒を飲んでみるかな。酒の話をしてたら飲んでみたくなったし、何より暇つぶしになりそうだ。
初めてでウィスキーはきつそうだから…………よし、フロントに電話して、高そうなワインを何本か見繕ってもらうか。私達の飲酒についてネギ先生は良い顔しないだろうけど、引き返せないところまで進めたら結局は許してくれるだろ」
「だな。ネギ先生は私達に何だかんだで甘いし。
…………私も飲んでみるとするか」
「? 龍宮は飲んだことないのか?」
お前は私のことをなんだと思っている。
いくら大人っぽい外見とはいえ、酒を飲むほど不良ではないぞ。
━━━━━ 綾瀬夕映 ━━━━━
そして遂に選抜試験当日です。
念のために私とコレットがコンビを組んで出場してもいいかどうか確認しておきましたが、お祭り中のオスティアは物騒になるので即戦力が欲しいらしく、優秀な候補生は何人いても困らないらしいので大丈夫そうです。
もちろんコレットがそれなりの力を見せつけないと駄目みたいですが、エヴァさん直伝の地獄の特訓を行なった結果、コレットの実力もメキメキと上がっていきましたので問題ないでしょう。
…………たまにコレットが遠くを見詰めるような目をするようになったり、「旧世界怖い」と呟くようになったのは問題あるかもしれませんがね。
別に現実世界の魔法関係者の全員があんな修行をしているわけではありませんよ。
まあ、ネギ先生に会いに行くためにあの地獄の特訓を生き延びたのですから、コレットもやるときはやるのです。正直言って見直しました。
これなら選抜試験も良いところまで食らいつけると思っていたのですが…………。
「オホホホホッ! やってしまいなさい、愛衣!!!」
「『全体 武装解除』!!!」
グッドマンさんと佐倉さんコンビが地味に強敵でした!
この2人は以前ネギ先生と模擬戦を行ったことがあるらしく、それが縁でネギ先生にアドバイスを何度か貰っていたようですが…………。
『クロイス&ヴァンアイク組、高度30m以上飛行で失格です!』
「「しまったぁーーーっ!?」」
佐倉さんの『全体 武装解除』がこんなに厄介だったとは予想外でした。
グッドマンさん組の戦闘方法は、まず佐倉さんは『全体 武装解除』妨害役に徹します。
生徒間での直接攻撃魔法は厳禁ですので『武装解除』の撃ち合いになるこの競技では、アーティファクト“オソウジダイスキ”による『全体 武装解除』がとてつもない威力を発揮します。
何しろ無詠唱のくせに広範囲の『武装解除』を撃てるのです。
避けるには範囲が広すぎることに加え、佐倉さんは私達が上へ逃げるように誘導して撃ってきますので、無理に避けようとしたらクロイス&ヴァンアイク組みたいに“高度30m以上の飛行は反則”というルールで失格になってしまいます。
障壁で防ごうにも専門のアーティファクトから放たれる『武装解除』は、防ぐにも一苦労ですのでコチラの魔力消費だけが増えていきます。
そしてグッドマンさんもまた厄介なのです。…………いや、むしろグッドマンさんが厄介ですね。
佐倉さんが妨害に徹している分、グッドマンさんの役目は移動なのですが、よりにもよってグッドマンさん自身は箒に乗った上で『百の影槍』で佐倉さんを引っ張って移動しているのです。生徒間での直接攻撃魔法は厳禁ですが、この使い方なら確かに反則ではないはずです。
おかげで佐倉さんは“オソウジダイスキ”で『全体 武装解除』を撃ち放題です。
それに加えてグッドマンさんはカーブを曲がるときも減速しないで突っ込み、電灯などに『百の影槍』で掴まって無理矢理軌道を変えるなんて無茶な飛行をしているのです。あ、電灯ひん曲がった。
これではいくらグッドマンさんの速度が佐倉さん1人を抱えている分だけ遅いとはいえ、カーブである程度減速しなけばいけない私達は直線で追いつけてもカーブを曲がるときに大きく引き離されることになってしまいます。………………引っ張られている佐倉さんは大変そうですけどね。むしろ顔が青くなってる?
要するに、直線とカーブの差し引きで速度ではほぼ互角…………一応私達が少し勝っているのですが、向こうは一方的にコチラへ攻撃し放題なので障壁で魔力を消費するわ足留めされるわ、というとても厳しい状態なのです。
ネギ先生ぇ…………グッドマンさん達には魔法を教えるのではなくて、魔法を使っていかに効率的に目的を果たすかについてを教えたらしいのですが、これは色々と教えすぎですよ。
「ユエーーーっ、どうすんの!?
脱落者を除いたら私達ずっと最下位だよ!?」
「大丈夫です! 最下位といってもグッドマンさん達が少し先行しているだけで、残りは全員そのすぐ後ろでダンゴ状態です。この程度の後れならいくらでも取り返せます。ですので私達はこのままのペースを維持して、魔力の温存をしておきましょう。
このペースなら約1分で都市外壁から出ます。平野に出ればあの『全体 武装解除』から逃げるスペースはいくらでもありますし、何よりグッドマンさんの何かに掴まって無理矢理軌道を曲げるなんていうアクロバティック飛行は出来なくなります。
私達はこのまま魔力を温存しておき、平野部で勝負に出ます!」
「わかった! ………………けど“ダンゴ”って何?」
そういえば魔法世界人に“ダンゴ状態”って言ってもわかりませんね。スイマセンです。
あれ? でもコレットが通販で“ナギまん”という饅頭を買っていた用な気が………………ま、いいです。
しかし、周りが消耗してくれるなら悪くありません。まだレース序盤の市街地内であるにも関わらず、最初からクライマックスだぜ! と言わんばかりに皆さんデッドヒートしているのですが、このままでは最後には息切れしてしまうでしょう。
グッドマンさん達も他の全組を相手にして互角以上に戦っているとはいえ、さすがに2人だけで他全員を相手するのには消耗が激しいはずです。
対する私達は早々に首位争いを諦めて後方に下がり、悠々と他の皆さんのデッドヒートを観戦していたので魔力は有り余っています。グッドマンさんとの距離は時間的に換算するならわずか30秒ほどですので、いつでも挽回することが出来るでしょう。
それにアーニャさんからネギ先生の“千の絆”を借りてますから、“天狗の隠れ蓑”に入っているビーム・マグナムを使えば魔力を温存して攻撃することも出来ますしね。
でもマグナム弾が攻撃系が多いのでこのレースでは使える種類が少ない上、例えルール的に使えたとしても心情的に反則過ぎて使いたくないのばっかりなのが困ります。ネギ先生は『武装解除』系はあまり好まれないんですよね。
一応はコレットと一緒にこのレースに備えていくつか策は用意してきたのですが…………。
「そろそろ都市外壁を出ます! 準備はいいですか、コレット!?」
「オッケイッ! いつでもいいよ!!!」
街中で2組脱落したので私達を入れて残り5チーム。その中でも強敵はグッドマンさん達と、今でもグッドマンさん達に食らいついている委員長達の2組です。
しかしその2組とも消耗が激しいので私達にも付け入る隙があるはず…………。
「外が見えたよ!」
「…………よし、行きますよ!」
「「『加速』!!!」」
都市外壁を出た直後に一気に加速して、息切れして遅れ気味になっていたフォン・カッツェ&デュ・シャ組とド・ノワール&ド・ブラン組をあっという間に追い抜きました。
今までずっと最下位にいた私達には注意を払っていなかったらしく、あまりの加速具合に反応が遅れたせいで妨害をすることに出来ない2組。
「いくですコレット!!! フォア・ゾ・クラディカ・ソクラティカ…………」
「合点ユエ!!! アネット・ティ・ネット・ガーネット…………」
ですが追撃されても面倒なのでここで落としておくです。
「「『風楯』!!!」」
ただし置き障壁風味!
「待て、落ちこぼゲフォッ!?!?」「ちょッ!? いったい何が!?」
あ、私達に追いつこうと加速し始めたフォン・カッツェとド・ブランが、私達のバラ撒いた『置き風楯』にぶつかって墜落したです。
残りの2人も見えない妨害物警戒のために急停止したですので、これでこの2組は気にしなくてもいいでしょう。
…………別に構いませんよね。攻撃魔法を使ったわけじゃないですし。
ネギ先生はこういうことよくやってくるんですよねぇ。
「今日の修行では攻撃魔法を使いません」
↓
「『ディストーションアタック』!!!」
てな感じで障壁纏って突っ込んできたりとか…………。
あの攻撃法は単純がゆえに、ヘタな攻撃魔法よりも対処が難しいんですよ。しかもネギ先生の身のこなしで突撃してますから回避するのも一苦労です。
ま、それはともかくとして、残りは2組。魔獣の森というところで前の方を飛んでいる人影が見えてきました。
順調にいけばもうすぐ追いつけるはず…………おや? グッドマンさん達は見えるのに、委員長達が見えませんね。
もしかして委員長達がトップになって先に進んだのでしょうか?
ム…………しかしグッドマンさん達がスピードを落として私達を見ている?
いくら消耗が激しいとはいえスピードがあそこまで落ちるとは考えにくいですし、第一佐倉さんはまだ魔力の消耗はそんなにしていないはずです。
何かあったのでしょうか?
「グッドマンさんと佐倉さん! 何かあったのですか!?」
「そ、それがセブンシープさん達が近道しようとしたらしくて、魔獣の森に入っていってしまったんですぅ!
やっぱり私達がやりすぎたんですよぉ、お姉様!!!」
「わ、私達のせいですかっ!?
…………コレットさん! ここの森は入っても大丈夫なんでしょうか!?」
「ええぇっっ!? 委員長ったら何やってんのさ!?
ヤバイのに出会っちゃったら命がマズイよっ!」
そりゃ“魔獣”ってつくぐらいなんですから、魔獣はたくさんいるでしょうね。
確か事前に調べたところでは、森には竜種もいるはずですが…………。
「『来れ』!」
「ユエ、それってアーティファクト!? 『仮契約』してたの!?」
私のアーティファクト“世界図絵”で検索したところ………………うわ、マズイじゃないですか。
魔獣の森に生息している鷹竜なんかは今の時期だと大変凶暴になっているみたいですよ。そんなのと出くわしたりしていなければいいのですが…………。
「あの…………森の方から悲鳴と木が倒れるような音がしてません?」
…………はい。儚い願いでしたね。確かに「助けてー」とか「メキメキッ!」とか聞きたくない音が聞こえてきました。
これでは箒レースどころの話じゃなくなったですよ。
そして木々の倒れる音と共に森から出てきたのは委員長達と鷹竜。どうやら最悪の予想は当たってしまったようです。
ですが鷹竜は委員長達に気を取られているらしく、まだ私達にはまったく気づいていません。
ならばっ!
「フォア・ゾ・クラディカ・ソクラティカ!
逆巻け夏の嵐 彼の者等に竜巻く牢獄を! 『風花旋風 風牢壁』!!!」
『風花旋風 風牢壁』でまずは隔離を!
とはいえ鷹竜は下位種ですが歴とした竜種。おそらく閉じ込めるのが出来るのは30秒が精一杯でしょう。
しかし、それだけあれば委員長達を保護することが出来ます。
「…………グッドマンさん!」
「わかってますわ、綾瀬さん!」
そして私の意を悟ったグッドマンさんが影槍で委員長達をフィーッシュッ! ………………あれ? ちょっと釣り上げすぎじゃないですか?
まあ、鷹竜の側にいるよりはマシでしょうし、失格となる30mまでは釣り上げていないので問題ないでしょう。
「コレット。あなたは委員長達の保護をお願いします。
もし怪我をしているようでしたら治癒して遠くに避難を、この場で治せないような大怪我でしたら急いで街に戻って治癒術師に連れて行ってください!」
「そ、そんなこと出来ないよ! 役立たずかもしれないけど、ユエ達を置いて私だけ逃げるなんて出来ない!!!」
「大丈夫ですわ、コレットさん!
とにかく委員長さん達とやらの確認をお願いします。もし無事なようでしたら遠くから魔法で牽制してください」
「コレット早く! 『風花旋風 風牢壁』が破られます!!!」
「…………う~、わかった! 委員長達の介抱をしたら戻ってくるからね!!!
それまで無事でいてよ!!!」
いえ、正直言って足手まといというか何というか…………。
それにグッドマンさんにブン投げられた委員長達が本気で心配なのですが…………大丈夫でしょうかね?
障壁をちゃんと張ってあったのなら地面に激突したときもそんなに衝撃は来ていないと思うのですが…………。
「やれやれ。それにしてもまさか私達ものどか達のように魔獣退治をすることになるとは思いませんでしたよ。
箒レースどころじゃなくなりましたけど、仕方がないですね」
「そうですわね。しかし私達は選抜試験自体には関係ないゲストですので、こういう事情ならレースを降りても大丈夫でしょう。
それに麻帆良の名を背負っていることから恥ずかしいことは出来ませんが、それならむしろレースに勝つより魔獣を倒す方がいいかもしれませんわ。愛衣、あなたも大丈夫ですね?」
「は、はい! 大丈夫です!」
『風花旋風 風牢壁』が破られ、鷹竜が姿を現しました。
横槍を入れたのが私達と知っているのか、それとも目に付くもの全てに攻撃してくるのかはわかりませんが、どうやら標的を私達に定めたようです。
さて、コチラの戦力は3名。それぞれ平均的な見習い魔法使い以上の力は持っていますが、それでも竜種相手となると微妙。
何より火力が足りません。
鷹竜の特殊攻撃はあのカマイタチのブレスのみですが、問題は奴が常に身に纏う風の障壁。
正面からでは私の最大火力の『白き雷』や佐倉さんの『紅き焔』では突破出来ないでしょう。グッドマンさんの影槍や影の使い魔でもそれは同じです。
幸い障壁は奴が意識した一方向にしか防御出来ないので、二手に分かれてクロスファイヤを行なえばドチラかの攻撃は当たるのですが………………ビーム・マグナムは使えませんね。ネギ先生の魔法が篭められていますので『雷の暴風』であろうと周りの被害が大きすぎます。
せめて上から下、もしくは下から上に向けて撃たないと、撃つ向きによっては街にまで被害が及びます。
「『黒衣の夜想曲(西のリフルVer)』!!!」
おお、グッドマンさんがその身を何重もの影槍で包み込みこみました。そしてまるで影槍の集合体で出来たような身体になり、人型の上半身から無数の影槍が生えてそれで地面に立っています。
ネギ先生のアドバイスでバージョンアップした『黒衣の夜想曲(西のリフルVer)』ですね。これで攻撃・防御・移動の全てを詠唱無しで行うことが出来るようです。
このバージョンは今までの『黒衣の夜想曲』とは違い、影の使い魔を失くして全ての魔力を影槍につぎ込んだものです。
今までのバージョンで使用していた影の使い魔は確かに手数が増えて便利なのですが、例えばネギ先生のような圧倒的な単騎勢力には烏合の衆と成り果ててしまう弱点がありますので、それを克服するためのバージョンですね。状況によって今までのものと使い分けるそうです。
影の使い魔が役に立つのは多対多か、自分と同じくらいの実力の持ち主だけなのでしょう。このことについてアドバイスしたネギ先生は「昼食は超包子で天津飯にしようかな」と、何故か関係ない話もしていましたが………………ところで“西のリフル”ってどういう意味なのでしょうか?
「綾瀬さん、大きいのを用意しますので牽制を頼めますか?」
「鷹竜には風の障壁があるですよ。“大きいの”とはそれも突破出来るのですか?」
「ネギ先生から威力についてはお墨付きを貰っています。15秒ほどください。
『風花・風障壁』クラスの障壁なら無理ですが、並みの『風楯』なら10枚単位で突き破ってみせますわ。
ただし愛衣の協力も必要ですし、障壁が無い方がいいのは否定しませんが…………」
「オーケイです。それで行きましょう。気を逸らすのと障壁は何とかします。
どうやらアッチも我慢の限界のようですからね」
クルオオーーーン! と叫びながらカマイタチブレスを溜める鷹竜。
しかし、“溜め”をこんな私達の目の前でするなんて甘すぎますよ、ヘビトカゲ!
「私は左から攻めます!」
「わかりましたわ! 『影よ』!」
「私は準備を! ネイプル・メイプル・アラモード……!」
放たれたカマイタチブレスをグッドマンさんが影槍で柵を林立させて防ぎ、私はその間に左から瞬動で出て攻撃を仕掛けます。無詠唱の『魔法の射手』が数本ですので、あくまで牽制ですが。
こんなことなら体内に箒レースということで障壁とか武装解除ばかりではなく、攻撃呪文を遅延呪文で埋め込んでおけば良かったです。
ヘビトカゲは柵で姿が見えなくなったグッドマンさん達ではなくて私に狙いを定めてきたようですが…………人間を舐めるなです、ヘビトカゲ!
戦い方についてはネギ先生にみっちり教わっているですよ!
「『光よ』ッ!」
ヘビトカゲの目前にただ強い光を発生させるだけの初心者用魔法を放ちます。
初心者用魔法ですが、戦いにおいてこれほど簡単で効果的な魔法はないです。
グルアァッ! と苦しむヘビトカゲ。そりゃあんな強い光を目の前で見せられたらどんな動物でも苦しむです。
これが火や風を起こすだけの初心者魔法では効果はないですけどね。
そして『光よ』を連発しながら瞬動で上空に移動。
一瞬遅れて私がいたところにカマイタチブレスが炸裂しました。目が見えないので当てずっぽうで撃ったみたいですが無駄です。
上空に逃れた私ですが虚空瞬動はまだ出来ないので、そこから箒を使ってヘビトカゲの直上に移動。
続いて遅延呪文を解放!
「『風よ・最大出力』!!!」
私の直下にいるヘビトカゲに向かって突風を起こします。
障壁を上に向けて用意してなかったヘビトカゲが一度は地面に叩きつけられますが、すぐさま障壁を上に向けて展開。風を防いだようです。
しかしこれで障壁は上方向に展開済みの上、障壁ごと風で押さえつけられているので動きを封じることが出来ました。
「グッドマンさん、今です!!!」
「了解ですわ! 愛衣、やりなさい!!!」
「離れてください綾瀬さん! 『紅き焔』ッ!」
そのまま箒に乗って飛び去ろうとして、ふとグッドマンさん達のほうへ目をやったところ………………何ですか、アレ?
そこにあったのはまるで大砲。
どうやら影槍を使って組んだ私がスッポリ入れそうなぐらいの黒い円筒形の物体があり、その中からこれまた影槍で組んだ大型の鏃がヘビトカゲへ向いていました。
そして鏃が入っている反対側の円筒へ向かって、佐倉さんが爆炎を放つ『紅き焔』を………………って、洒落にならないですよコレは!!!
退避するんでもうちょっと待ってくださいーーーっ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
…………結果として、綺麗な赤い花が咲きました。弱点の角を折るどころの話ではありませんでした。
しかも赤い水を噴き出す噴水も出来たです。
どうするんですか、このオブジェ?
「これで一件落着ですわね。無事に終わって何よりですわ」
「…………いえ、私が退避するのがもう少し遅かったら、あの赤い噴水を頭から被っていたのですが…………」
「(ここまでやって良かったのかなぁ?)」
苦し紛れで虚空瞬動やってみたら出来ましたので、それについては儲け物ですけどね。
それにしてもグッドマンさん達の性格が最初に会ったときと比べて変わってしまっている気がします。やっぱりこれもネギ先生のせいですかね。今の合体技もネギ先生がアドバイスした結果完成させたようですし。
高畑先生達が言うには、ネギ先生に一番影響されているのは私達ということですけどね。
まあ、今までの修行のせいか、別にあの赤い噴水を見ても特に感慨深いものは浮かんでこないので、何かを反論出来るわけではありませんが…………。
グッドマンさん達も普通に賞金稼ぎとか出来たっぽいですよね。
「ユエーーーっ、大丈b……って何じゃこりゃあーーー!?」
「…………こ、これはいったい? まさか下位種とはいえ竜種を…………」
「旧世界の魔法使いって…………」
おや、コレットに委員長にベアトリクス。
委員長達に大きな怪我もなさそうですし、これで本当に無事に終わったですね。
さ、それでは街に戻りましょうか。
一応チェックポイントは通っていきますが、この状態で新たに箒レースを再開するという気分ではないですので、もう順位についてはどうでもいいですね。
ゆっくりと戻ることにしましょうか。
そんなに私達を怯えたような目で見ていないで行きますよ、3人とも。
ちなみに後日談としては、無事にコレットと委員長とベアトリクスは警備兵として選抜されることが決まりました。
というのも、他の4組のうち2組はグッドマンさん達のせいで高度30m以上飛行の反則をとられて失格。
残りの2組、フォン・カッツェ&デュ・シャ組とド・ノワール&ド・ブラン組なのですが、私達が仕掛けた置き障壁にフォン・カッツェとド・ブランが激突した際にどうやら気絶したらしく、飛行不能となってこれまた失格となりました。
つまりは私達ゲストを除いて無事だったのはコレットと委員長とベアトリクスしかいなかったのです。
順位なんてもう有って無いようなものでしたし、委員長達は助け出された側でコレット組にすると1人しかいない。ですので人手が足りないので3人とも警備兵として選ばれたのです。
しかしセラス総長がその事を告げたとき、皆さんが疲れた顔をしていたのは何故でしょう?
「でもオスティアに行けることになって良かったじゃないですか。
ねぇ、コレット?」
「っ!?!? う……うん、そうだね、ユエッ!!!」
何ビクついているんですか、コレットは?
━━━━━ 後書き ━━━━━
残った鷹竜はアリアドネーの研究者が(研究素材として)美味しくいただきました。
フォン・カッツェ&デュ・シャ組は脱落です。
どうせ原作でも出番ないから問題なゲフゲフンッ!!!