━━━━━ エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル ━━━━━
「いや、もう…………最初の3時間はひたすらネギ先生に甘えられました。
おでこや頬にキスされたり、抱きしめられながら髪の毛を手櫛で梳かれたり、抱きつかれて胸に顔を埋められながら「刹那さんはやっぱり良い匂いしますね」って言われたり、耳や首筋を唇で甘噛みされたり…………。
何というか天国でした………………事前に「命令です。動かないでください」って言われたりしていなければっ!
…………だってアレですよ。動けないんですよ。
ネギ先生に抱きつかれても抱きしめ返したりとか出来ないんですよ。頭撫でて髪の毛のサラサラ感味わったりとか出来ないんですよ。コッチからキスとか出来ないんですよ。
生殺しでしたよ、もう…………。
で、3時間ほど経ったら今度はネギ先生が大人verになりました。そして今度は私が甘えさせられましたよ。
…………いや、まだ“動くな”の命令が有効でしたので、私をまるで壊れ物を扱うように…………丁寧に繊細に触れられて、色んな言葉を囁かれました。
膝の上に載せられて抱きしめられたり、お菓子をアーンで食べさせられたり、猫のように喉の下を撫でられたりもしましたし…………烏族の服を着せられていたんですけど、アレって羽根を出すときの邪魔にならないように背中が開いているんですよ。
私は背中が裸の状態でネギ先生はTシャツ一枚の状態だったので、背中にネギ先生の体温が布一枚越しに感じられました。
次に脇腹から手を服の中に入れられて直接肌を触れられ、徐々に手が胸の方へ上がっていったときは「遂に卒業しちゃうのかも?」なんて思ってしまいましたよ。
…………触れるか触れないかで手が再びお腹へ下がっていきましたけどね。しかも背中にキスされたりとかもあったし…………。
………………ああ、中でも大人のネギ先生に耳元で「可愛いね、刹那」って名前を呼び捨てされたときは、背筋がゾクゾクとしました。
マズイです。アレは中毒になります。呼び捨てにされるだけで大ダメージです。
そしてもう3時間ほど経ったら、今度はこのちゃんが巻物の中に入ってきました。
今度は2人がかりです。ええ、今度はこのちゃんとネギ先生の2人がかりです。
…………はい。もちろんまだ“動くな”の命令は有効ですよ。まだまだ生殺しの時間が続きました。
あ、これこのちゃんとの“仮契約カード”です。ネギ先生が契約陣を書いてくださいましたので、このちゃんと『仮契約』しました。前々からそういう話しはしてましたので。
あの巻物の中でも『仮契約』出来るものなんですねぇ。
そして最後の3時間………………今度はこのちゃんが大人verになりました。この頃には感覚がおかしいを通り越して、もう頭の中が溶けていました。
“動くな”という命令はかろうじて守っていましたが、普段言わないような私の本心を2人に言ったり…………言わされたりとか、もう思い出すだけで恥ずかしいです。
イヤ…………どういうこと言ったかは勘弁してください。
でも、アレはアレでやはり快感というかクセになるというか…………正直に言いますと、もう次は何をされるのか期待しちゃってました。
目の前にいるのは大人になったこのちゃんとネギ先生。2人でだけ何やら話し合って、私を見てニッコリと笑いかけられたときは特にっ! もう私の進むべき未来が見えていましたよっ!
………………その後に、私を放って目の前で2人にイチャつかれたらワケがわからなくなりましたけどね。
ええ…………ネギ先生に手間をかけさせているお仕置きだそうです。
最初のうちは我慢してました。このちゃんとネギ先生がそういう関係になるのは私としても喜ばしいことですので。
でも………………やはりイチャついている2人を見ているのは辛かったです。
まあ、イチャついているの見ているのというより、2人の目に私が映っていなかったのが辛かったのかもしれませんが。
2人を見てたら何だか頭の中がグルグルと回り始めて、今までのことを思い浮かんできたりして…………いつの間にか泣いちゃっていましたね。5分ぐらいで。
あの焦燥感は言葉に出来ないです。本気で世界に1人だけ取り残されたような気になりました。
そしたら「お願いだから1人にしないで」って、このちゃんとネギ先生に泣いて頼んでましたよ。ネギ先生への言葉使いも元に戻っていましたし…………」
5分しかもたなかったのか!? 完璧に色ボケしているな、この駄鳥!
それとネギも吹っ切れすぎだ! 少しは自重しろ。私にはしなくてもいいけど。
それにそこまでしておいて最後までしないなんて、生殺しにも程があるわ!
「ウチは役得やったわ~」
「このちゃんはいいじゃないですか! ネギ先生とあれだけイチャついておきながら、それからも普通通りにネギ先生に接してもらえているのですから!
私なんて他の人とのバランスをとるために、あの日から5日間もずっとネギ先生に触れていないんですよ!!!」
いいなぁ~、私もそういうのをネギとやりたいが………………この場合だと刹那のポジションは非常にヤキモキさせられそうだな。
よし、茶々丸! お前が刹那ポジで私が木乃香ポジな!!!
「お断りいたします。
それよりもマスター、もう直ぐ決勝戦が始まりますので解説席に移動した方がよろしいのではないでしょうか?」
ム、もうそんな時間か。
まあ、VIP席も悪くないが、解説席という最も試合場に近い席でネギとラカンの試合を見れるのなら悪くないか。
さぁて、それならそろそろ行くとしよう。
「(…………な、何なのじゃこの娘達は。最近の若者はここまで積極的だというのか……っ?)」
「(そろそろネギ君に注意したほうが良いのかなぁ)」
「(ネギの野郎、ナギ以上の漢になりそうだぜ…………)」
「(リカードの暑苦しい髪型がサッパリしたのは悪くないけど、性格自体が変わらないとどうしようもないわね)」
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『さあ! いよいよ“ナギ・スプリングフィールド杯”決勝戦、ネギ・スプリングフィールド VS ジャック・ラカン&カゲタロウ の試合が始まります!
なお、解説席にはネギ選手のパートナーであるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル(コピー)さんにお越しいただいておりますが………………あの、マクダウェルさんは試合に出なくてよかったのですか?』
『ウム、持病の癪が疼いてな』
『はい、仮病ということですね。
しかしネギ選手が1人で戦うことになってしまいますが、やはりこれはネギ選手が望んだことなのでしょうか?』
何か“闇の福音”としての威厳もヘッタクレもなくなった気がする。
周りの観客は私が本物の“闇の福音”であることを知らないから仕方がないとはいえ………………どうせネギのことだから、そのうちヒョッコリと「ん? ああ、このエヴァさんは本物ですよ」とか言ってバラすことになるんだろうがなぁ。
『………………まあ、そういうことだ。ネギが1人だけでやりたいということなので、私は病気を理由に出ないことになった。
それにネギのするであろう戦い方は、ネギの戦い方の事前知識が無い人間にはワケがわからないものとなるからな。観客にとってはつまらない戦いになるかもしれないことをネギが憂慮したので私が解説をする。
私もネギの切り札を全て知っているわけではないが、それでもいくらかは解説出来るぞ』
『わかりました! そのときはよろしくお願いします!
…………しかし“切り札”ですか。ネギ選手には“切り札”があるというわけですね。これは大変楽しみな試合になりそうです!
あ…………今3時になりました! 選手入場です!!!』
その言葉をキッカケに、観客の歓声がますます強くなる。
そして割れんばかりの歓声の中、ネギ達が姿を現した。
一方にはネギ。いつも通りの黒いズボンと黒いシャツ。それに白いローブを着て背中には自分の背丈ほどもある杖をつけている。
10歳の少年の小柄な身体。何も知らない人間が見れば、何故こんな闘技場に子供がいるのかと不思議に思うだろう。
しかしこの会場にいる人間で、そのようなことを思うものはいない。ナギの息子であるということも関係しているだろうが、これまでの拳闘試合からネギの実力は魔法世界全土に知れ渡っている。
結局、1ヵ月ほどの日程で見事100連勝をするという記録を打ち立てたネギの実力を疑う者はいまい。
そしてもう一方にはジャック・ラカン…………と、ついでにカゲタロウとやら。死ぬなよ。
“千の刃のラカン”の異名を持つ伝説の傭兵剣士で、世界を救った英雄の1人。
そのラカンの顔には隠しきれぬ笑みが浮かんでいる。ナギの息子であるネギと、こういう舞台とはいえ全力で戦えるのが嬉しいのだろう。
…………何も知らないのって幸せだよな。
「よく来たな、ぼーず。いっちょやるか?
…………でも本当にエヴァの力を借りなくてもいいのか?」
「構いませんよ。僕1人でやりたいですからね。
カゲタロウさんと戦うのもアレ以来ですね」
「ああ、久しいな、ネギ殿。
いつぞやの借り、今日ここで返させてもらう」
『それでは…………試合開始です!!!』
審判兼実況担当の娘のその言葉を合図に、ネギが左手の五指にそれぞれ魔法を固定し始めた。そして右手の五指にもそれぞれ気を収束し始める。『闇の咸卦法』の準備だ。
ラカンはその様子をジッと見ているが、これは試合の前に“最初の準備だけはお互い邪魔しない”という取り決めをしたからだ。
ちなみに先日、ネギとラカンの間でこんな会話が交わされていた。
「ラカンさんにカゲタロウさん。
試合前から『闇の魔法』を装填しておいたり、遅延呪文を体内にたくさん埋め込んでおくのって、試合のルール的には大丈夫ですよね?」
「…………フム、確かにルール的には問題ないだろうが…………」
「…………“たくさん”って…………どのくらいなんだ、ぼーず?」
「どれくらいって………………“いっぱい”?」
「「……………………」」
この会話の後にその取り決めと事前準備無しが決まったが、お互いに納得しているのならそれでいいだろう。
ネギは数えてたときに指を4本立てていたが、おそらく4個じゃなくて4桁なんだろうなぁ…………。
ま、それではそろそろ解説に入ろうか。
「術式兵装『固有時制御』!!!」
ネギの『闇の咸卦法』が完成するが、特に肉体的には変化は見られない。
そして完成と同時にちびネギがネギの肩に出現する。
これがネギの切り札その一、『固有時制御』。
この『固有時制御』は簡単に言ってしまえば“固有結界”…………じゃなかった、“幻想空間”の範囲を自らの体内に設定したものだ。
一般的に“幻想空間”は現実との時間差を作ることが出来る。
例えば私の巻物では肉体も取り込めば最大72倍もの時間差だ。
ではその状態で…………精神だけが72倍加速している状態で、現実の様子を認識出来て、尚且つ肉体すらも動かせて魔法も使えるのならいったいどうなるのだろうか?
もちろん肉体的に無理なものは無理だから元の72倍で動けるなんてことはないだろうが、それでも元の状態よりは早く、そして速く動けて考えることが出来るようになるだろう。
そして『固有時制御』とは肉体の加速ではなく、思考の加速を突き詰めた技だ。
今のネギの思考速度は通常の何百倍にもなっていて、周りの世界はまるで止まっているように見えているはずだ。
幼い頃から“幻想空間”を多用していたネギにとって、これを戦闘に応用する考えに至るのは当然だったのだろう。
ちなみに使った5つの魔法のうち、1つはもちろん“幻想空間”に入り込むための魔法。
もう1つは『戦いの旋律』。これで徹底的に脳機能を強化する。
残り3つは『治癒』で『咸卦治癒』も発動させている。高速思考で脳が焼き切れたら洒落にならんからな。
上級魔法とはいえない3種類の魔法だが、組み合わせ次第では極悪と化す。
「…………お待たせしました。それでは始めましょうか。最初はどちらから? ラカンさん? それともカゲタロウさん?
僕としてはラカンさんの“千の顔を持つ英雄”と戦ってみたいんですけど…………」
「お、俺をご指名か。おもしれぇ。
いいよな、カゲちゃん?」
「フム、さしものネギ殿もラカン殿のアーティファクトには興味があるか。
よかろう。初手はラカン殿にお譲りする………………が、何故式神で会話を?」
「ああ、今の本体は喋れないし聞こえないんですよ。ですので式神が中継してます」
これが『固有時制御』のデメリット。
要するに今のネギにとって、現実は何百分の一の速度に遅くしたビデオを見ているような状態だ。その状態では耳で音を拾ったとしても、何百倍に伸ばされた音は元の音に聞こえない。
そして元の速度にあわせた声を出すことも出来ない。話そうとしてもビデオの早回しのときのような音声で、私達では何を言っているかはわからないだろう。
だからちびネギが代わりに聞いて、それを念話でネギにもわかるように伝えている。
まあ、他には目はちゃんと見えているので視覚、それと魔法のソナーのようなものを使って周りの状況を認識しているはずだ。
「おーし、じゃあやるか。
今日は見料特別サービス。これが“千の顔を持つ英雄”だ!!!」
「……………………」
ラカンがアーティファクトを発現し、様々な武具にその形を変化させる。
これが如何なる武具にも変幻自在・無敵無類の宝具、“千の顔を持つ英雄”。
私も見るのは初めてだが…………確かにこれは圧巻だな。そんじょそこらのアーティファクトとは比較にならん。
対するネギは詠唱もせずに一秒にも満たない時間で自らの周りに数十の魔力球を生み出し、その魔力球が炎に、水に、雷に、風に、砂に、光に、氷に、石に、影に、闇に、ありとあらゆる属性へと変化していく。
そしてそれらが剣を、槍を、矢を、斧を、短剣を、棍を、弾丸を、刀を、槌を、盾を、ありとあらゆる古今東西の武具を形作っていく。
様々な属性で作られた様々な武具がネギの後ろに浮かんでいて、獲物に喰らいつけるのを今か今かと待っている。
これらの武具を揃えたのは5秒にも満たない時間………………が、本当はもっと早い。あの程度の量なら本当なら1秒もかかるまい。
どうせラカン達に見せるためにゆっくり準備したんだろう。
「…………おいおい。それはいったいなんだよ、ぼーず?
今って詠唱はしていないよな?」
「大したことではないですよ。一人前の魔法使いなら展開速度はともかく、これらのうちの1つを無詠唱で作り出すことぐらいは出来るでしょう。
僕は1つ作り終わったら、また次のものをドンドン作り上げていっているだけですよ。
…………いくぞ、千の顔を持つ英雄――――武具の種類は充分か」
そして武具の撃ち合いが始まった。
ネギは魔法で出来た武具。ラカンはアーティファクトの武具。それをお互いに撃ち合っている。
互いの武具がぶつかり合って壊れ、また新たな武具を用意して撃ち合う。
一見互角の戦いだが、ラカンの武具は発現させる端から撃ちまくっているのに対し、ネギはラカンに匹敵するだけの武具を撃ちまくると同時に周りに浮かぶ魔力球をドンドンと数を増やしていく。
これではそのうちネギが押し切るだろう。
『マ、マグダウェルさん!? ネギ選手のアレはいったい何なのですか!?
詠唱もせずに、あんなたくさんの種類の魔法を一度に使うなんて…………?』
『あれがネギの切り札その一、『固有時制御』の効果だ。
簡単に言ってしまえば『固有時制御』は思考速度を加速させる魔法でな。その加速速度にあわせただけ無詠唱魔法を扱えることになる。
おそらく今のネギの思考速度は通常の数百倍…………要するに無詠唱魔法も通常の数百倍の数を扱えるんだ』
ちなみにネギはこの『固有時制御』と『咸卦治癒』の微弱なものを常に発動させている。のどかの“いどの絵日記”対策も、この『固有時制御』だ。
数百倍の思考速度加速なんてのはさすがのネギも『咸卦治癒』の補助無しに行なうことは出来ないが、数倍程度の思考加速なら素のネギでも十分出来るからな。
ネギは中級魔法までなら無詠唱で使えるから、『白き雷』や『雷の投擲』クラスの魔法が数百の規模で襲ってくることになる。
これが上級魔法…………『雷の暴風』クラスを無詠唱で使えるようになったらマジで洒落にならん。
お、今度はネギが直径300mの中央アリーナ全体に魔法陣を敷いたか。
『あの魔法陣は『魔力吸収陣』だな。
お互いに武具を撃ち合って散々壊れているが、その壊れた武具を構成していた魔力をあの魔法陣で吸収している。しかもラカンの分も含めてだ。
あれだけの数の魔法を放っているネギだが、あの『魔力吸収陣』を併用すれば燃費の効率は恐ろしく良くなる。多分7~8割は回収出来るだろうし、ラカンの分を含めればヘタしたら収支はプラスかもしれん』
『え、何ですか。その反則は?』
それは私が一番言いたい。『魔力吸収陣』は消されたりしても魔力糸で1秒未満で再構成出来るし。
何、この『無限の武具製』。
これでは戦闘ではなくて戦争だ。
ちなみに2人をチェスで例えるなら、
ラカンが“1ターンの間に2回行動出来て、100回攻撃しないと倒せない城兵”だとすると、
ネギは“1ターンの間に配下駒の全てを動かせる王。しかも駒の量は常人の10~20倍+駒の再利用アリ”…………だ。
どちらの相手をするのも厄介だろうが、ネギに相手にするのは無理ゲーにも程がある。一人で軍隊に勝てと言われるのと同じようなものなのだからな。
“魔法使い”は従者に前衛を任せ、自らは後方で砲台の役目をするのが一般的だが、今のネギはそれに当てはまらんな。一応は“魔法使い”タイプなのに。
現にラカンは攻撃ではなく防御に徹しなければならないところまで押されている。
まあ、アレだけの数の魔法を撃ちこまれば仕方がない。
「あ~~~っ! もう、ウゼェっ!!!」
あ、ラカンがアーティファクトをやめて素手で迎撃し始めた。
これでネギは変幻自在・無敵無類の宝具、“千の顔を持つ英雄”に打ち勝ったことになるな。
とはいえ、ラカンはアーティファクトを使うより素手で戦った方が強いから、まだ勝負はどうなるかわからない。…………観客的には。
「ラカン殿! 私も参加させてもらおう!」
おー、カゲタロウも参戦か。本気で死ぬなよ。
…………と思ったが、やはりカゲタロウも中々の実力者のようだ。
自分は影槍でネギの攻撃を弾くことに専念し、ラカンに体勢を立て直す隙を与えた。
これで1対2。
2人がかりでネギを相手するなら、あの絶対的な物量にも立ち向かえるのかもしれないが………………残念ながら、ネギの駒は昇格も出来るんだよなぁ。しかも何度でも。
「うおおっ!?」
雷槍を迎撃しようとしたラカンだが、迎撃する直前に雷槍が魔力球に戻り、そして今度は氷槍になった。
氷槍はラカンの拳に迎撃された瞬間、砕け散ることなくラカンの腕にそのまま蛇のように巻き付いていく。
今のように“魔力球 → 雷槍 → 魔力球 → 氷槍”といった感じで、刻一刻と魔法の状態を変化させることも出来るのも『固有時制御』のメリットだ。
何しろネギは数百倍は思考速度を加速させているので、そういう変化は簡単だ。
これが厄介なんだよなぁ。
散弾を弾こうとして広範囲障壁を張ったら、障壁に当たる前に散弾を1つに収束されて障壁をぶち破られたりしたことがあったし、その逆に特大の一発を弾こうとして一方向に分厚い障壁を張ったら、今度は障壁にぶち当たる前に分散されて範囲攻撃をされてしまったことなんかもある。
常に先出しジャンケンをしつつ、
相手がそれに対応した手を出してきたら、
その手に合わせて後出しし直せる、とか卑怯すぎるわ。
「ぬんっ! カゲちゃん、援護頼む!!!」
「心得た!!!」
ラカンが気を腕に篭めて絡み付いた氷を吹き飛ばし、そしてネギに向かって突撃する。
このままやっていてもジリ貧になるだけだろうからその選択は間違っていないが、ネギがそう簡単にラカンを近づけさせるわけがない。
カゲタロウも援護しているが、自らの身を守るのですら難しい状況なので効果的な援護も行なえていないな。
さーて、ラカンよ。英雄の名に恥じぬ戦いをしてみせろよ。
まだ『固有時制御』の全容を明かしたわけではないし、私の理解出来ていない切り札もまだ残っているが、何処まで戦えるやら。
ネギに攻撃を一発も当てられなかったら、後で思いっきり笑ってやるからな。
私? …………私はちゃんと当てたぞ。
『永遠の氷河』で私自身を巻き込んでだけどな!
でも直ぐに抜け出されたけどな! しかもそのせいで対応策を考え付かれて、益々手に負えなくなってしまったけどな!!!
………………ラカン、本当にスマン。
━━━━━ ジャック・ラカン ━━━━━
「オラァッ! 『斬艦剣』!!!」
「甘いです」
数十mの長さを誇る『斬艦剣』が『風花・風障壁』に弾かれる。
これも効かねえのかよ!?
まったくもって厄介な戦い方だ。これだとナギとのケンカじゃなくて、大戦時に軍隊相手に戦ったときのような感覚に陥るぜ。
最強を誇った俺達“紅き翼”だが苦戦したことがなかったわけでもなく、普通に数に押し切られてマズイ事態になったこともあった。
あんときはナギと二手に分かれて戦ったけど、今度はカゲちゃんと別れて戦ったら真っ先にカゲちゃんが落とされ、カゲちゃんの援護を受けている俺もその次に落とされる。
くそっ! マジでどうする。ぼーずの戦い方はけれんみがなくて、ただ単に物量が圧倒的なだけの基本に忠実すぎる戦い方だから隙がねぇ。
ぼーずを甘く見てたつもりはねーが、ここまで強いのは予想外だ。エヴァ達のあの笑いの意味がようやくわかったぜ。
それにぼーずは力の使い方が上手い。
今の『風花・風障壁』だって正面から受け止めることはせずに、斜めに逸らすやり方で防御している。
俺が100の力を使って攻撃してたとしたら、ぼーずは30ぐらいの力しか防御に使っていない。消耗戦では俺の方が明らかに不利だ。
解説のエヴァの話からすると、魔力消費も俺に比べたら全然マシみてーだしな。
そもそも俺の使った力さえも回収してるなんて反則じゃねーか!
“1ターンの間に配下駒の全てを動かせる王。しかも駒の量は常人の10~20倍+駒の再利用アリ”とはよく言ったもんだぜ!
確かにぼーずはナギよりはアリカ似かもしれねぇなぁ!!!
まあ、ぼーずの攻撃は激しいが1発1発はそう大したことはねぇ。あくまで無詠唱魔法だから、俺の致命傷になるような上級魔法は撃てねぇと考えていいだろう。
とはいえ豆鉄砲ってわけじゃないから無視は出来ん。
被弾を覚悟しておけば耐えられるが、無防備のところに食らえばダメージになるぐらいの攻撃が秒間何十発も降ってくるんだからよ。
しかも試合場に浮かんでいる魔力球がアチラコチラに散らばり、どれが襲ってくるかがわかんねぇ。
数も軽く数百は浮かんでいるぞ。
「ラカン殿、後ろだっ!!!」
何ぃっ!? …………って何もねぇぞカゲちゃブペッ!?!?
いっつー…………ドタマに『石の槍』食らっちまった。
「い……今のは私ではないぞ! 魔力球のどれかから私の声がしていた!!!」
「声真似は風魔法の応用で簡単に出来ますよー。
つーか『石の槍』当たっても平然としているラカンさんがやっぱ凄ぇ。『石の槍』の方が砕けちゃった」
このぼーず、完璧に俺達をおちょくってやがる!?
『そりゃー、ネギが本気で勝つつもりになったらもっと酷いからな。
光魔法で大光量の光を出してコッチの視覚を潰してくるわ、風魔法で大音量の騒音撒き散らしてコッチの聴覚塞いでくるわ、唐辛子とかニンニクとかワサビみたいな刺激物の匂いと味がする魔素を撒き散らしてコッチの味覚と臭覚奪ってくるわで最悪だぞ。
もし更に毒も使ってきたとしたら極悪だ。軽いものなら幻覚作用や麻酔作用によって触覚を麻痺する程度ですむが、酷いものだと本気で死ねる。…………いや、マジに冗談抜きで。
開発していつでも使える準備をしているとはいえ、まだ一度も使ったことがないらしいのがせめてもの救いだ。
でも少なくとも五感全て潰された上でのフルボッコになることは間違いない』
『な…………何ですか、その外道戦法?』
『現実世界の警察や軍隊の暴徒鎮圧方法を参考にした結果だ。
具体的に言うと、閃光弾とか音響兵器とか催涙弾とか嘔吐剤とかの非致死性兵器のことなんだが………………非致死性だからって何やっても良いわけじゃないんだがなぁ。
非殺傷設定だからってバカスカ撃ちまくる魔砲少女じゃあるまいし』
『ム…………旧世界っていったい…………?』
何なんだ、その戦い方は!? やっぱりこのぼーずはフツーじゃねぇよっ!
ぼーずが生まれ育ったナギの生まれ故郷の村って、マジでどんだけ人外魔境なんだよ!?!?
くそっ、マジで打つ手がねぇ。
カゲちゃん…………まだなのかよ。カゲちゃんを庇いながら戦うのは、さすがの俺も疲れてきたぞ。
「(くっ…………ラカン殿。ようやく準備が出来たぞ)」
「(お、だったらそろそろ仕掛けるか)」
おーし、なら反撃開始だ。
さっきカゲちゃんに時間をくれって念話で伝えられてから大分経っていたけど、カゲちゃんの策はぼーずに通じるのかね?
さすがに俺も今までの攻撃を凌ぐのに精一杯で、良い策なんて思いつかなかったからカゲちゃんに任せるけど、いったいどういう方法でぼーずに挑むんだ?
「(先ほどの『斬艦剣』のような大きくて派手なものを頼む。それをキッカケに私が隙を作るから、ラカン殿はそのまま攻撃を)」
「(オッケー、楽しみにしているぜ。あの生意気なガキに一泡吹かせようや)」
「…………“生意気”って酷くないですか? 少なくともラカンさんみたいな不良中年じゃないだけマシだと思いますよ」
即時念話盗聴!? ぼーずはどんだけ引き出しの数が多いんだ!?
…………いや、例え俺達の念話を盗聴していたとしても、俺すらカゲちゃんが何をするのかわからないんだから、ぼーずがカゲちゃんの考えを読んでいるわけがねぇ。
ぼーずが知ってるのは今の会話と俺達が何かを企んでいるってことだけだ。
だったらこのまま突き進む!
「オラァッ! 『斬艦剣』!!!」
多数の大小様々な武具と共に『斬艦剣』を放つが、また『風花・風障壁』で弾かれる。
だが、『斬艦剣』の巨大さでぼーずまでの道は開けた。
カゲちゃん、頼むぜ!
「ヌンッ!!!」
カゲちゃんが何かに命令を下すように腕を振り上げる。
その瞬間、ぼーずの足元の地面が膨れ上がり、地面から影槍が飛び出してきた!
地面を通しての攻撃か!
ぼーずは魔法のソナーで周りを認識しているらしいが、おそらくはそれは空気中だけの備えであって足元の地面への備えを怠ったんだろう。
影槍が地面から出てきた瞬間には気づいたんだろうが、明らかに事前の迎撃や防御の準備をしていなかった。
ならこの隙は逃がさねぇ!!!
ぼーずが足元に新たに魔力球を生み出し、影槍への防御をする。それと同時に試合場に浮かんでいた魔力球が俺やカゲちゃんに殺到してくる。
カゲちゃんはぼーずに気づかれないように自分の靴の裏から慎重に影槍を地面に通していて、ネギに攻撃を仕掛けている影槍をコントロールするためにも動けないようだが、俺にはそんなことは関係ねぇ!
ぼーずの攻撃は数は多くても、1発1発は威力も速度もそれほどでもねぇからな!!!
「ぬぅ…………ぐっ!」
殺到してくる武具を切り払って前に進む。
服が破けて身体のあちこちに傷が出来るが、俺を止めるにはこの程度じゃ足りねぇ!
「『零距離・全開……」
ぼーずの目の前に辿り着く。カゲちゃんの地面からの影槍は既に防がれている。
カゲちゃんの作ってくれた隙を無駄には出来ねぇ。悪いが小細工無しの真っ向肉弾勝負に付き合ってもらうぜ、ぼーず!
迎撃しようと新たな魔力球が俺の拳の前に飛んでくるが、俺の全力を無詠唱魔法なんかで止められるわけねーだろーが! 『風花・風障壁』で防御しようとそれごと貫く!!!
シメだ! ネギ・スプリングフィールド!!!
「……ラカン・インパクト』ォォォッッ!!!」
「グハアァァッッッ!?!?」
俺の全力全開の一撃が魔力球を貫いてぼーずのドタマにブチ当たり、骨を折って肉を貫いた感触が伝わってくる。
あー…………ちっとガキ相手にマジになりすぎたかな。
そして、俺が一撃を放ったと同時にカゲちゃんの悲鳴が後ろから聞こえた。
さすがのカゲちゃんもあの数の魔力球の総攻撃を喰らったら一溜まりもなかっただろう。
…………けどよ、この一撃は確かにカゲちゃんのおかげだぜ。
いやー、それにしてもぼーずもやるもんだな。きっと俺1人じゃ封殺されて終わってた。カゲちゃんがいなかったら負けてたのは俺だっただろう。
それぐらい圧倒的な攻撃だった。ここまで出来るんならぼーずを一人前と認めてやるよ。
だがこれはタッグ戦なんだから、相棒の力を借りて勝つことは悪いことじゃねぇ。ぼーずも味方をつれてくるんだったな。
この勝負…………俺達の勝ちだ!
………………って、そんなこと言ってる場合じゃねぇな。早くぼーずとカゲちゃんの手当てしねぇと。
アレだけの総攻撃を食らったカゲちゃんがどんな状態になっているのかを見るのは少し怖いが、ヘタしたら命に関わるからな。
とりあえずカゲちゃんに応急処置だけでも………………アレ?
…………。
……………………。
………………………………何で、何で俺の腕がカゲちゃんの身体をブチ破っているんだ?
「あの囲みを突き破り、僕の眼前に立ちましたか。さすがですね。
さすがは“千の刃”。さすがはジャック・ラカン」
ぼーずの声…………俺の全力の一撃を全然応えていねぇ。
…………いや、俺の攻撃が当たっていない!?
『まったく持って残念だ、ジャック・ラカン。
あの状態のネギは、入城すら駒の種類も敵味方も関係なく出来るんだよ』
「以前言ったと思いますが、僕の得意な魔法は一に治癒、二に転移、三に補助、四に結界、そして五に攻撃って感じなんですよ」
こ……これはっ!?
『風花・風障壁』辺りに変化すると思っていた魔力球が、扉になっている!?
そしてその転移先がカゲちゃんの近く…………背中に位置している魔力球で作られている扉になっていて、そこから出てきた俺の腕がカゲちゃんの腹をブチ破っている。
お……俺が攻撃したのはぼーずじゃなくてカゲちゃんだった…………だと?
━━━━━ 後書き ━━━━━
ネギィはさ、どんな大人になりたいの?
お父さんの英雄の称号を引き継いだら、どんな風にそれを使ってみたい?
「嫁さん達貰っての平穏な生活。テメェラのケツはテメェラで拭いてください。
…………え? “200人乗ってる船”と“300人乗ってる船”のどちらを選ぶって?
大切な人達が乗っている方です」
『固有時制御』
はい、これがネギの切り札その一です。要するに格闘ゲームを1/100の速度でやっているようなものですね。
格闘ゲームに慣れた人はむしろやりにくいでしょうが、キーコマンド入力し放題で、フェイントも効かなくなるので敵の攻撃見てから回避余裕です。
“幻想空間”で72倍もの時間差を簡単につけられるのなら、それを戦闘に応用すればいいんじゃね? という発想から生まれました。
別におかしくはないと思います。
ネギは『皇帝たる不死鳥』とか『魔力レーザー砲』みたいな必殺技を考えるのは楽しんでやってますが、これらはあくまで趣味の範囲内での話です。
戦闘に使うのはこういう“能力の全容がバレても対応されにくい能力”を好んでいます。
そしてこういう切り札はまだ残っています。
『魔力吸収陣』は切り札とまではいかないかな?
よし! 読者の皆様にはラカンより先に絶望感をあたえておいて差し上げましょう。どうしようもない絶望感をね。
ネギは切り札をきるたびに戦闘能力がはるかに増す………………その切り札をあと2枚もネギは残しています。
…………その意味がわかりますね?