━━━━━ ネギ・スプリングフィールド ━━━━━
「ありがとうございますっ! 一生の宝物にしますっ!!!」
「サ……サインを直接頂戴出来ただけではなく、こうやって握手までしてもらえたなんて………………握手してくださったこの手は一生もう洗いませんわ!!!」
「洗ってください、お嬢様。
でも…………本当にありがとうございます。大切にします」
喜んでいただけたようで何よりです。
…………黒委員長さんみたいな喜び方されると、逆に引くようになってきたんですけどね、最近。
グラニクスにいたときからそれなりにファンの人にサインとかしてたんですけど、日が経つにつれてドンドン凄い勢いになっていったんですよ。
アレでファンが怖くなってしまって…………。
コレットさんのような単純な喜び方や、ベアトリクスさんの隠そうとしても隠し切れない喜び方は素直にコッチとしても嬉しいですけどね。
こういう人達にはサービスをしようって気になります。
だけど控え室まで押しかけてくるようなお姉さん方は無理です。
本当にああいうのは無理です。目が怖いです。
「タダ飯食わせてくれるって聞いたから来たんだが…………これはどういう状況なんだ、ネギ?
ああ、兄貴は昨日の決勝の余波で仕事が増えてな。来れなくなったわ」
「「ゴチになりまーす!」」
「おや、あの方はオスティアの総督様じゃないかい!
ネギ君は色んな知り合いがいるんだねぇ!」
あ、トサカさんにチン&ピラさん、それとママさんまでよく来てくれました。
控え室に押しかけてくる女性ファンを身体を張って止めてもらうなど、特にトサカさんとチン&ピラさんには大変お世話になりましたからね。
それらに対してのお礼ですので、好きなだけ飲み食いしてください。
それとバルガスさんはお仕事ですか。
1人だけ来れないのは可哀想なので、トサカさんにお土産でも持っていってもらいましょうか。
どうせオスティア総督がケツ持ってくれてんですから。
「それにしてもネギ君はやっぱり凄いねぇ!
こんなにちっこいのにあのジャック・ラカンに勝っちまうなんて、私も元拳闘士として尊敬しちゃうよ、ハッハッハ!」
頭撫でられるのはいいけど毛がくすぐったいです、ママさん。
「(…………ネギ先生って何だかんだでクママさんに懐いてんだよなぁ)」
「(確かに。普通に“ママさん”って呼んでいますしね…………)」
「(あー、お兄様はいわゆる“オカン”みたいな人には結構心を開くんですよね)」
「(…………母親がいなかったせいかな? マザコン…………とまではいかないと思うが)」
「うーす、タダ飯食いに来たぞー」
ラカンさんもお疲れさまー。いやー、昨日の試合はいい試合でしたねぇ。
また今度遊びましょう。僕のストレス解消的に。
というかトサカさんと言ってること同じじゃんか。
「ラ、ラララカンさんっ!?
ラカンさんまで来るなんて聞いてねぇぞ、ネギっ!」
「ジャック・ラカンまでーーーっ!?
お願いです! サインください!」
「…………な、何という桃源郷。
ネギ様だけでなくラカン様まで昼食をご一緒出来るなんて…………」
「わ……私にもサインを…………」
「うおっ!? 元気のいい嬢ちゃん達だな。いーぜー。
…………って、おお。懐かしい顔があるじゃねーか。久しぶりだなぁ、クルト」
「え……ええ、お久しぶりですね」
とりあえず昨日の怪我は問題ないみたいでよかったよかった。
実は結構ドキドキもんでした。何しろウェールズでイノシシに『雷の暴風』でやったときは木っ端微塵になりましたからね。
弱めの『紅き焔』だから大丈夫だと思ってたけど、本当に大丈夫でよかったよかった。
まあ、頭さえ無事だったら“東風の檜扇”でおそらく治せたから、結局は多分大丈夫だったんでしょう。きっと。
ラカンさんがしつこいくたばりぞこないで本当に助かりました。
でもまたアスナさん達にセクハラしようとしたら、こんどはこっぱみじんにしますからね。あのイノシシのように。
それと誘われるであろう今夜の舞踏会に出ればもっとタダ飯食べれますよー。
「アラ、随分と変わった面子が集まったのね。
まさか候補生の子達までいるなんて…………」
「セ……セラス総長!? 何故ここに!?」
「おー、ラカンじゃねぇか!
ハッハハァッ! ネギのぼーずに負けた感想はどうよ!?」
「…………え、お前さん誰?」
「リカードじゃリカード。ネギのホテルに押しかけた際、ノックもせずに部屋に入ったせいでネギに排除されてしもうての。
その時に髪の毛や髭がああまでバッサリと…………」
「テ……テオドラ皇女殿下ですか? 貴女までいらしたのですか…………?」
セラス総長にテオドラ皇女もお元気そうで何よりです。
この前は邪険にしてしまって申しわけありませんでした。何しろいきなりノックもせずにホテルの部屋に入り込んできたものだから、ついつい気が昂ぶっちゃって。
でもオッサンは呼んでねーぞ。
しかし、本当に来てくれたんですね。
一応、誘いはしましたが、忙しいから無理だと思ったのですが…………。
「確かに私はお祭りの警備を担当しているから忙しいけど、ここまでの面子が集まるとなると見張っていないと不安なのよ」
「確かにの。今このレストランでテロでもあったら、本気でお祭りが吹っ飛ぶじゃろうて。
(妾はジャックが来ると聞いたからなのじゃが…………昨日のことは気にしていないようじゃな。てっきりネギに負けたのを気にしているかと思ったが…………。
まあ、ジャックらしいといえばジャックらしいか)」
「こんな面白そうな場面を逃がせるかよ!」
アンタには聞いてない。
「僕達もご馳走になるよ。ああ、飲み物は珈琲で」
「お、お邪魔しまーす」
「フェ……フェイト様ぁ、本当に大丈夫なんですか?」
「こんな敵地のド真ん中に…………」
「あ、ウチは緑茶があったら緑茶お願いしますー。
いやー、魔法世界来てから和の物が全然食べれなくて…………」
ハッハッハ、フェイト達まで来たのか。
払いはクルトさんなんだから遠慮することはないよ。何でも好きなの頼んでいいから………………え?
「「アー「「「「「ちょっと隣の部屋まで来い!」」」」」……ウェ…………ルンクス?」」
フェイトを見たタカミチとクルトさんが凄い勢いで立ち上がったけど、エヴァさん達の剣幕の前に沈黙しちゃった。
僕も僕で思わず『固有時制御』とかONしたけど…………え? エヴァさん達何やる気?
「…………僕はネギ君に話しがあって来たんだけど」
「いいから来い! 月詠から聞いているんだろう!?」
「な……何なんですか!? フェイト様にいったい何の用があると「フェイトを男に戻したくない?」………………失礼、詳しく教えていただけますか?」
「…………あのー、皆さん何する気ですか?」
「大したことじゃないえ。ここには他にたくさん人がいるから、隣の部屋に行って話し合おうな。
ネギ君、そんなわけでウチらちょっとこの子達とお話してくるわ。ネギ君はここでコレットさん達とお話しててーな」
と言いつつ、調さん達と一緒にフェイトを引き摺っていくエヴァさん達。
…………そりゃエヴァさんがいればフェイトだって変な真似は出来ないだろうけど…………ちびネギもいるし、大丈夫か。
「ネギ君…………アレどうしようか?」
「…………今すぐ戦闘を始めるわけにはいかないでしょう。
ゲーデル総督。外にいる兵達に付近の住民を避難させるように言ってくれませんか。どうやらフェイト達は戦いに来たわけではなさそうですが、それでも何が起こるかわかりませんし」
「わ……わかりました。すぐ手配します。
それと応援も呼んでおきましょう、セラス総長」
「わかったわ」
「妾は…………どうしようかの?
ジャックやネギ達の側にいた方が、これから避難するより安全だと思うのじゃが…………」
ええ、お願いします。でもテオドラ皇女は帰った方がいいと思いますよ。
戦うのは僕1人で十分なので、兵隊達には住民の避難、タカミチ達は伏兵への警戒をお願いします。
まあ、戦闘にはならないと思いますけどね。話があるから来たみたいですし。
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そして10分後、ションボリした顔のエヴァさん達とガッカリした顔した調さん達、それに相変わらず無表情なフェイトが戻ってきました。
叫び声が聞こえたりもしてたんですけど、本当に大丈夫だったんでしょうか?
「くそっ! 何故だ!?
理論的には完璧だったのに…………」
本当に何しようとしてたのさ、エヴァさん?
それにしても随分と大勢集まったなぁ。
僕達“白き角”に加えてタカミチやガンドルフィーニ先生一行の麻帆良関係者。それにトサカさん達拳闘団関係者にコレットさん達アリアドネー関係者。
そしてラカンさんやテオドラ皇女にセラス総長などの魔法世界のVIPまで勢揃いだったのに、ここへフェイト達までもが合流してきたんですから。
しかもレストランの周りは、クルトさんの私兵やアリアドネーの戦乙女騎士団の人達が囲もうとしているはずです。
楽しいお茶会のはずが、一気にキナ臭い雰囲気になってきました。
「…………で、何しに来たのさ?」
「少なくとも戦いに来たわけじゃないよ。
…………だからアチラコチラに潜ませた式神を何とかしてくれないかな。君と戦っても勝ち目がないということはわかっているから、コチラから手を出したりしないよ」
お、ちびネギに気づいたのか。
だったら安心かな。この包囲網の中でなら、そんな良からぬ事を考える余裕もないだろうし。
「さっきも言ったけどネギ君に話があって来たんだ。決して戦闘が目的ではない。
でもあなた達が仕掛けてくるというのなら、僕としても周囲への被害も考えずに抵抗するしかないね」
「「「クッ…………」」」
「落ち着いてください、タカミチ、ゲーデル総督、セラス総長。…………何にせよ話があるのなら聞いてみようじゃないですか。
話を聞いてる間に住民の避難や応援の要請をして戦闘の準備をしておけばいいでしょう。時間が経てば経つほど有利になるのはコチラなんです。
…………それとフェイト。僕なら周囲への被害を出さずに君達7人を無力化する自信があるんだけど、そのことについてはどう思っているのかな?」
「…………その時は諦めるしかないね。
僕達を取り押さえるというのなら、どうぞ御随意に」
…………ム、少し面白くないな。僕の性格が知られているかも。
僕のことをだいぶ調べたみたいだ。そういう言い方されたら手出ししにくい。
グラニクスにいたとき、調子に乗ってインタビューとかでサービスしすぎたか。
でも本当に何故僕の目の前に現れたんだ?
僕相手に戦闘では勝ち目がないことはフェイトだってわかっているはず。フェイトにフェイトガールズ、それに月詠さんを合わせた7人相手でも、僕なら周りへの被害を出さずに一瞬で勝てる。
というか敵に値するのは実質フェイト1人で、他の6人は物の数にもならない。月詠さんは数年後ならわからないけど、今はまだ無理。
…………そういえばゲートポートのときは気づかなかったけど、月詠さんってメガネつけてないや。
コンタクトレンズにでもしたのかな?
「ま、いきなり押しかけたのはコッチだからね。当初の予定通りに歓談を続けるといいよ。
僕の話はクルト・ゲーデルのときと一緒でいい」
…………そうやって下手に出られると逆に困る。僕から手を出す理由が見つからないじゃないか。
僕は相手に手を出させてから反撃するようにしているから、“正当防衛”などの明らかな敵対理由がないと戦い難い。
今までの経緯からして先手を打っても別に問題ないだろうけど、何考えてるかわからないのが不安だ。
それにクルトさんとの会話を聞いてたみたいってことは、僕達がホテルを出てからずっと監視していたのか。
殺気には敏感に反応出来る自信あるけど、殺気がなければ逆に気配察知は普通なんだよなぁ。
でもエヴァさんやタカミチ、ラカンさんまでもが気付かなかったってことは、本当に戦いに来たわけじゃわけじゃないんだろう。
それに時間が経てば僕達の方が有利になるのは間違いないからね。
時間をくれると言うのなら素直に甘えましょう。
このレストランの周りにはドンドン警備兵が集まっているだろうし、ラカンさんからもらった飛行船に積んである大量の式神符を遠隔操作で起動して街に放ったので、デュナミス辺りが別行動で何か企んでいても大丈夫。
ちなみにちびネギへの命令は唯ひとつ、“見敵必殺”。以上。
「…………わかった。それなら好きに飲み食いして時間潰してて。
払いはコッチのゲーデル総督持ちだから、遠慮しなくていいよ」
「ありがとう、ご馳走になるよ。クルト・ゲーデル総督」
「………………クッ!」
悔しそうな顔をしないでくださいよ、クルトさん。
コレットさんやトサカさん達みたいな一般人がいるここで戦闘を始めるのが好ましくないのは事実なのですから。
それと今のうちにちびネギでレストランをスッポリ覆うような『魔力吸収陣』とか『念話妨害結界』とかの準備しておきますので、戦闘の準備はバッチリですよ。
それと体内に遅延呪文の埋め込み開始とかもしておきますので、いつでも『闇の咸卦法』を発動可能です。
僕は前準備があればあるほど戦闘力を上げれますので、安心してもらって良いですよ。
━━━━━ フェイト・アーウェルンクス ━━━━━
…………なかなかの珈琲を出すね、このレストランは。
オスティアでは紅茶の方が有名だからあまり美味しい珈琲を味わえなかったけど、このレストランの珈琲は美味しい。
暦君達が雑誌で見たことがあるという結構有名なレストランだけはある。
「さて、コレットさんやトサカさん達一般人は帰ったから話を始めましょうか。
ゲーデル総督とフェイト、どちらから先に話をします?」
「…………私は彼女の……アーウェルンクスの話が終わってからで構いません」
「わかった。それじゃあ僕から話をしよう………………あ、その前に珈琲をもう一杯」
「…………次で4杯目でしょ。飲みすぎじゃない?
よくそんなに飲めるねぇ。僕も珈琲は好きだけど、一度に2杯も飲んだら胃もたれするんだよ。
(『咸卦治癒』使えば平気だけど)」
へぇ、ネギ君は英国人なのに珈琲も飲むのか。
てっきり紅茶ばっかり飲んでいると思ってたけど…………。
僕は逆に珈琲党だね。紅茶が嫌いなわけじゃないけどさ。
それにしてもこの店は紅茶をブランジャーポット…………フレンチプレスで淹れているけど、普通はプランジャーポットって珈琲を淹れるのに使う器具じゃないかな?
確か日本ではこういう使い方をするって聞いたこともあるけど、これだと紅茶が押し潰されるせいで苦味や渋みが出るんだよね。
ま、そんなどうでもいいことは置いておこう。
…………上手くネギ君を説得出来るかな?
説得出来なかったら僕達は終わる。
どうせ抵抗は無駄だし、誠意を見せるためにもネギ君に戦闘の準備の時間をあげたんだけど、本気で容赦なく戦闘の準備をされてしまった。
レストランの周りには警備兵らしき気配が多数あるし、何よりレストランがスッポリといつでも結界で覆われるような準備がされている。結界が発動したら魔法が使えなくなるんだろうな。
それにこの部屋の上の階にも足元の地面からも式神らしき気配がする。戦闘が始まったら一瞬で終わりだ。
こんなことなら調さん達を連れてこなければよかったな。
「今日、君の前に姿を現したのは戦いに来た訳じゃない。
平和的に話し合いと取引をしようと思ってね」
「降伏の申し出? それだったら自首後の口利きをしないでもないけど?」
…………それが出来たら楽になれるんだろうけどね。
さすがにそういう話をしに来た訳じゃないよ。
「そういう話じゃないよ。君は僕達が何者なのか……何を目的としているのかを知らず、状況に流されるままに僕達と敵対…………というか僕達を返り討ちにしているだけにすぎない。
一度僕達の話を聞いて………………いや、単刀直入に言おう。僕達の仲間にならないかい?」
「ゴメン。僕の好みは年上の女性だし、誘拐してでも女性を手に入れようとは思わ「そういう話でもない」…………えー、だって君達は“ょぅι゛ょ誘拐犯”でしょ?」
…………そこから説明しないと駄目なのか。
高畑・T・タカミチやジャック・ラカンは今まで何をやっていたんだ。君達は本気で“ょぅι゛ょ誘拐犯”と命を懸けて戦ってたとでも言うのか?
「…………ネギ君、彼らは“完全なる世界”。20年前の大戦を引き起こした原因です。
その目的は“世界を終わらせること”でした」
「…………前から言いたかったんだけどさ。
確かに彼らは年端もいかない少女を誘拐したことがあるけど、決して“ょぅι゛ょ誘拐犯”というわけじゃ…………」
「いや、知ってましたけど。
さすがにアレを本気にしているわけではないですって。んなもんフェイト達を挑発するための冗談に決まってるでしょう」
「え?」「え?」「え?」
…………ありがとう、クルト・ゲーデルに高畑・T・タカミチ。
今だけは素直に君達に感謝することが出来るよ。
というよりネギ君はわざとだったのかっ!?
ネギ君はいつも表情が笑顔から変わらないから、本気なのか冗談なのかの区別がつき難い。僕とはまた違ったポーカーフェイスだ。
「そうだね。彼らの言っていることは間違ってはいない。
そして君の母親…………アリカ・アナルキア・エンテオフュシアは“完全なる世界”の黒幕として処刑されたんだったね」
「ッ!? アーウェルンクスっ!!!
違います、ネギ君! アリカ様は“完全なる世界”の黒幕などではありません!!!
アリカ様はMM元老院の手によって、不毛な戦争に疲れ果てていた不満と憎しみを押し付けられるための生贄にされたのです。
本当に世界を救ったのは彼女だというのに…………っ!」
「いや、それも知ってましたけど。
例の映画も見ましたし」
怒らないでくれよ、クルト・ゲーデル。僕は別に嘘をついているわけじゃないんだからさ。
むしろ喜んでもらってもいいんじゃないかな。元老院がひた隠しにして、この世界の誰もが知らなかったことをネギ君に教えてあげたんだからね。
ネギ君に勝つのは無理だ。だったらネギ君を仲間にいれるしかない。
“黄昏の御子”であるネギ君が仲間になってくれたら、魔法世界の再編などに関する問題も一気に片付く。
そして彼の母親…………アリカ・アナルキア・エンテオフュシアは元老院によって生贄にされた。
この件に関しては“完全なる世界”はノータッチだったから、僕から話しても別に問題ない。
問題があるとするならクルト・ゲーデルの方だろう。彼は曲がりなりにも元老院議員でもある。
どうやらクルト・ゲーデルもネギ君を仲間に…………良いように利用しようと思っていたみたいだけど、母親の件を知ったネギ君が素直に仲間になってくれるかな?
クルト・ゲーデルの方からバラされていたらわからなかったが、既に僕がバラしたので今からではもう遅い。クルト・ゲーデルが何を言っても、言い訳のようにしか受け取れないだろう。
…………ネギ君は既に知っていたみたいだけどね。
それと何でジャック・ラカンは明後日の方向を向いて口笛を吹いているんだ?
「だったらわかるだろう。確かに以前は“完全なる世界”は敵だったかもしれないが、今の君の敵はむしろMM元老院なんじゃないかな。
何しろ君の母親に汚名を着せて処刑をしようとし、それを助けた君の父親を反逆者として扱った。クルト・ゲーデルが言うように、彼らこそが世界を救った立役者だというのに…………。
ネギ君…………君は恩を仇で返すようなMMのために働くつもりなのかい?」
「いや、働くつもりないけど」
「え?」「え?」「(ネギ君ならそうだろうなぁ…………)」
…………随分とアッサリしているね。
まあ、ネギ君が地位や名声を求めてるなんてのは思えないし、組織のために命をかけて動くような人間には思えないのは確かだけど。
「…………今のネギ君は子供だからまだいい。しかし君がもう少し大きくなれば、元老院は君を政治的に利用しようとするだろうね。
母親のことは衆目に明かせないにしても、英雄ナギ・スプリングフィールドの実の息子だ。ましてや10歳という幼さで父のライバルであるジャック・ラカンに勝ってしまったんだ。英雄の後継として、元老院にとって都合のいい神輿にされるだろう。
そしてその逆に君の事を危険視している元老院議員もいる。君は元老院にとっては神輿だけなのではなく爆弾でもあるからね。
君は知らないかもしれないが、現に君が3歳の頃には君を暗殺しようと刺客を送られたこともあるんだよ。つまり元老院とはそういう連中の集まりさ」
「いや、それも知ってるけど」
「え?」「え?」「(…………多分、実際に襲われたとしても返り討ちにしてたんだろうなぁ)」
「そこら辺の事は、君達が麻帆良に送ってきたヴィルさんから聞き出したよ。
ヴィルさんってその時に父さんに返り討ちにあったんだってねぇ」
ヴィルさん? ………………ああ、ヘルマン卿のことか。確か彼の名前が“ヴィルヘルム”だったはずだ。
そういえば彼はナギ・スプリングフィールドに会ったことがあるらしくて、その息子であるネギ君に会えることを随分と楽しみにしていたね。
結局は情報も持って帰れずに、ネギ君に返り討ちにされたみたいだけど。
そうか。ネギ君は彼から情報を聞き出していたのか。
僕達に関しての情報はあまり与えていなかったから、僕達の目的などがバレているということはないと思うけど…………。
「…………そして君は気づいているかどうかはわからないが………………まあ、どうせ気づいているんだろうけど、君は『完全魔法無効化能力』を持つ“黄昏の御子”だ。
この世界の創造神の娘の末裔の証である“黄昏の御子”には神代の魔法が宿る。
元老院はオスティアの地と“黄昏の姫巫女”を手に入れるためにアリカ女王を陥れた。もし君がその“黄昏の御子”であることに気づいたら…………」
「いや、それも知ってるけど。
あまり言い触らしていいことではないから黙ってるけどさ。
だから昨日のラカンさんとの試合では『完全魔法無効化能力』を使わなかったんだよ。ゲートポート事件で提出した茶々丸さんの記録映像もちゃんと編集しておいたしね」
…………そういう意味で昨日の試合では『完全魔法無効化能力』を使わなかったのか。
てっきり楽しむために使わなかったのだと思ってたけど、ネギ君もちゃんと考えて行動しているのか。
…………いや、ネギ君は常に考えて行動していることはしているな。
天然さでわかりにくいだけかもしれないけど…………。
「…………だったら話は早い。悪逆非道なMM元老院に対抗するためにも、僕達の仲間にならないかい?
“完全なる世界”は世界を終わらせるつもりだけど、それには理由がある。
この魔法世界はね………………実はもうすぐ滅びの時を迎える。これは避けられない現実だよ」
「いや、それも知ってるけど。
魔法世界は火星に築かれた人造異界で、その異界を構成している火星の魔力がもうすぐ尽きるんだよね。このままのペースだと10年弱でこの幻想が終わる。
そして亜人みたいな魔法世界人も同じ幻想なので、地球への脱出は不可能。
魔法世界が崩壊したら、生き延びられる可能性があるのはメガロメセンブリアの純粋な人間6700万人のみ」
「え?」「え?」「(…………マズイ。さっきからのクルトとアーウェルンクスの驚いた顔で噴きそう)」
…………これも知っているのか。
ネギ君は何でも知っているんだね。
「何でもは知らないよ。知ってることだけしか知らないさ。
…………で、次は?」
「なぜ君がそのことを……っ!?
この件についてはほとんど誰も…………まさかアルビレオ・イマが!?」
「いや、アルビレオ・イマさんからも聞きだしましたけど、その前から知ってましたよ。
それに知らなかったとしても、魔法世界に来た時点で理解できたと思いますね」
そう言ってネギ君はケーキの最後の一切れを、フォークで刺して口に運ぶ。
そしてフォークを口から出したときにはフォークの先端が存在しなかった。
…………フォークを魔力に分解して食べた?
確かにこういう食器なんかも魔法世界の存在で出来ているので同じく幻想だ。
『完全魔法無効化能力』………………いや、もしかして既に『リライト』すら使えるのか? “黄昏の御子”の力を十全に扱えるとでも?
さっきからネギ君が予想外過ぎるんだけど。
「…………うん。えーっと…………そんなわけで僕達は滅びゆくこの世界を何とかしようと思っていたんだ。
まず地球に移民するのは無理だ。幻想である魔法世界人は元より、メガロメセンブリア6700万人の受け入れすら地球の今の情勢では無理だろう。
そこら辺のことはわかっててもらえるだろう。ネギ君もクルト・ゲーデルも」
「まあ、そうだろうね。6700万人もの難民を受け入れる余裕は地球にはない。
無理矢理にでも移民しようとしたら、地球の国家とメガロメセンブリアの間で泥沼の戦争になるだろうね」
「そういうこと。だったら残った方法は一つだ。
魔法世界に住む全ての存在は、例外なく世界から消えてもらう。君の力で魔法世界を書き換え、封ずることによってね。
もちろん消えてもらうといっても殺す訳じゃない。書き換えられた世界=“完全なる世界”に移り住んでもらうだけさ。
そこは永遠の園。あらゆる理不尽、アンフェアな不幸のない“楽園”と聞いている。
…………。
……………………。
………………………………これは知ってた?」
「いや、想像はしてたけど確証は持ってなかったね
ふーん………………“完全なる世界”ねぇ?」
よかった。ようやくネギ君の知らなかったことを教えることが出来た。
さっきまでのことは全部ネギ君は知っていたみたいだから、情報を渡して仲間になってもらうという狙いが外れるところだった。
でも知っていたということは、現状についてネギ君は肯定しているということかな?
「まあ、まずは魔法世界やそこに住んでいる人たちが幻想であるということに対して、僕がいったいどう思っているかを言うけど………………ぶっちゃけ気にしない。
そんなことは僕の仲間に茶々丸さんがいる時点で「ふーん……で、それが?」で終わらせることだからね」
「…………ネギ君ならそうなんだろうね」
「だいたい僕達との違いは、肉で出来てるか魔力で出来てるかの違いだけでしょ。
この世界の魔力が尽きたら消え去るって言ってるけど、地球に住んでいる人達だって空気や水が無くなったら死ぬって。
たいした違いじゃないじゃん」
「いや、地球の空気や水は無くなったりしないと思うけど…………」
「は? 何言ってんの?
太陽風によって地球から1秒当たり水素は3kg、ヘリウムは50gずつ宇宙へ散逸しているんだよ。30億年後には北極と南極ぐらいにしか水は残らないとも言われているね」
「…………気の長い話だ」
「それで“完全なる世界”なんだけど………………“殺人快楽者にとってはどういう世界になるのか?”みたいな疑問はとりあえず置いておこう。
要するに現在の火星では生成される魔力より消費する魔力の方が大きい。だから省エネの“完全なる世界”に全員移動させよう、ってことでしょ。簡単に言えば」
簡単に言えばね。
………………というか本当に簡単すぎるよ。
「確かに火星が生成する魔力は地球に比べて格段に少ない。これは生命活動が行なわれていないからで、生成というより太陽から降り注ぐ魔力ぐらいしか増える要素が無い。
火星が出来てから約46億年。魔法世界が出来てからは約2600年。
この2600年程で太陽から46億年分降り注いだ魔力を使い果たしかけているというのだから、現状のままでは確かに滅びは避けられないね」
「うん。だからこその“完全なる世界”なんだよ。“完全なる世界”ならその太陽から降り注ぐ魔力のみでも構成可能だ。
この世界を滅びから救うには他に方法は無い」
「…………“地球人類が火星に殖民し始めたらどうすんの?”とも聞きたいけど、もっと根本的な疑問がある。
というか…………さっき“永遠の園”って言ってたけど、“永遠”はさすがに無理だと思うけどなぁ。
だって…………太陽は123億年後には白色矮星になって光るの止めるんだよ。
そしたら火星に魔力が降り注いでこないから“完全なる世界”を構成し続けるのは無理になるけど、その時の対策法は考えているの?」
は? 123億年後? 白色矮星?
話のスケールが大きくなりすぎて、ネギ君が何を言っているのサッパリわからない。
調さん達もあの太陽が光るのを止めるなんて理解出来ないみたいだ。
確かにそれだと“永遠”というのは無理なのかもしれないけど………………アレ? そういう問題なのか?
「実を言うと僕でもこのことに関しては解決策を用意してたんだよ。今回の旅行はその解決策を実行出来るかどうかを調べるためでさ。
これその計画書ね。とりあえずこれ読んでみてくれない。あ、ゲーデルさんもどうぞ」
…………“火星-水星間魔法輸送扉プロジェクト”?
ちょっと待って。よく読んでみるからちょっと待って。
もしかしたら僕達の今までの苦労を台無しにされるかもしれないけど、よく読んでみるからちょっと待ってくれ。
━━━━━ 後書き ━━━━━
斜め上過ぎる回答のせいで困るフェイトでござる、の巻。
…………まあ、生命活動の無い火星に魔力が存在していた理由が、太陽のおかげなのかどうかはわかりませんが。
そういえば自分が子供の頃は、“太陽が膨張してしまって最終的に地球すら飲み込むほど大きくなる”って聞いたことがあるのですが、現在の研究では地球は飲み込まれないそうですね。
何でも太陽が膨れ上がると太陽の重力がそれにつれて弱まるので、地球が太陽からドンドン離れていくそうです。ですので太陽が膨張しても地球は飲み込まれずに済むそうです。
つっても、そんなことになったら地球に住むことなんて出来なくなるのは変わらないですけどね。
鎌倉幕府成立が1192年じゃなくなったりで、今の小・中学生の教科書がどんなになっているかに興味が出てきます。
機会があったら読んでみたいですね。