━━━━━ クルト・ゲーデル ━━━━━
「…………何というかさー、君達って中途半端だよね。
そもそも魔法世界の住人が幻想だというなら、“完全なる世界”に移住させずにそのまま消滅させちゃえばいいのに」
「「「「「は!?」」」」」
「魔法世界の住人が何も知らない木偶でこの現実に存在する必要が無いというのなら、“完全なる世界”に移住させるなんてメンドイことはせずに消滅させちゃえ、って言ってるんだよ。
君達は矛盾している。魔法世界の住人が何も知らない木偶人形だと言っているくせに、“完全なる世界”に移住させて幸せにしようとしている。
何で人形を幸せにする必要があるの?
もういらなくなった人形ならタンスに閉まって場所塞ぎにするより、ゴミの日に出してスッキリさせればいい。幸せな世界に連れて行くという事自体が、彼らを人形と思っていない証拠だろうに。
君達は中途半端なんだよ。相手を木偶人形と思っているなら全て捨てろ。相手を人間だと思っているなら崩壊を防ぐ方法を探すのを最後まで足掻けよ」
もうやめてあげてください。アーウェルンクスのライフはゼロです。
そんな言葉が浮かんでくるほどネギ君の言葉は辛辣ですね。
アリカ様も厳しいところが御有りでしたが、そんなところに似ているのでしょうか?
いや、しかし…………この“火星-水星間魔法輸送扉プロジェクト”とやらは…………え? これ本気で出来るのですか?
この計画を実行出来たのなら根本的な解決にはならないまでも、計算上では再び千年単位の延命が出来るみたいですね。
何しろ魔力の供給元は太陽に尤も近い水星です。
いくら水星が火星より小さいとはいえ、太陽から降り注ぐ魔力の量は距離の関係からして火星より多いのは明白。
何しろ水星の大きさが火星の2/3だとしても、水星から太陽までの距離は火星-太陽間の1/4程度ですからね。
それにこれが出来るなら、水星だけではなく他の惑星からも魔力を供給出来ることにでしょう。
そうすればますます延命をすることが出来ますね。
問題としては根本的な解決にはなっておらず、あくまでも延命策であるということですが、それも千年単位で延命出来るなら別に問題ありません。
その千年の間に根本的な解決策を見つければいいだけですからね。
先ほどのネギ君の話ではこの魔法世界が崩壊するまで10年弱とのことでした。
そこまで短いというのは予想外でしたが、それもこのプロジェクトが実行されるの問題ありません。
ましてや既に試作品で実地試験が完了しており、麻帆良では既に量産体制が整えつつあるとのことです。
10年といわずに、プロジェクトを実行してから1~2年で効果が出始めるでしょう。
製作担当者は…………麻帆良学園の葉加瀬聡美さんですか。
是非とも一度お会いして、これからのことについて相談させて頂きたいですね。
「ん? …………何だか取り返しのつかないことを計画書に書いた気がする。
具体的には“このロリコンめ!”と将来叫ばなきゃいけなくなるような…………?」
「は? …………そんなことより、ネギ君は“偉大な魔法使い”を目指しているんじゃないのかい?
そんな人間が何故そんなことを言うんだ?」
「いや、別に僕は“偉大な魔法使い”を目指しているわけじゃないよ。
魔法の勉強とか修行自体はただの僕の趣味」
「…………何故だ? 何故ただの趣味なんかでそこまで強くなれる!? 人間というものはそんなものじゃないだろう!
君がそこまで戦う力を得ることが出来たのは、皆を守るという誇りがあったからじゃないのか!?」
「別にそこまで考えていなかったね。“守る”って言われても、僕が住んでいたところは平穏そのものだったからさ。
…………ああ、でも父さん達のことを知ってからは、確かに“皆”ではなくて“僕の周りにいる親しい人”は何をしてでも守ろうとは思ったよ。
でも母さんみたく、自らを生贄にしてまで見ず知らずの世界の人達を助けようとは思わない」
「ネ、ネギ君! 確かにアリカ様のことは私としても納得出来ておりません!
ですので是非とも私と一緒に元老院と戦い、アリカ様のの汚名を晴らすべきなのです!」
「……………………」
「ネギ君! 君の力は本物だ! 力だけでなくこのプロジェクトのような発想も! 全く以て空前絶後で前代未聞です。
正直、実際にこの場所にいる私でも、どこか現実感がないところもあります。何しろ解決不能と思っていた問題をアッサリと解決させてしまったのですから。
だけどネギ君、その力があれば君は世界を救える!!!」
“完全なる世界”残党を今度こそ滅ぼし、元老院を打ち倒して世界に20年前の真実を告げる。
そうすればアリカ様の汚名も晴れ、この未だ各地で戦争の火種が燻る魔法世界に平穏が訪れる道筋を作れます。
もちろんヘラス帝国やアリアドネーからの協力も必要ですが、魔法世界崩壊危機の事実を明らかにすれば、ネギ君の“火星-水星間魔法輸送扉プロジェクト”に対しての協力は惜しまないはずです。
何しろヘラスもアリアドネーも住民のほとんどが亜人。魔法世界崩壊と共に消え去ってしまう人達なのですから、まさか邪魔をするような馬鹿はいないでしょう。
…………とはいえ、このプロジェクトまでもが成功したら、ネギ君の影響力が些か強くなり過ぎますかね。
アリカ様の息子であるネギ君の影響力が強くなるのは、私としてはまったくもって構わないのですが、ヘラス帝国などには主導権を握られることに対しての警戒心が生まれるかもしれません。
プロジェクト自体に対して協力を惜しむことは無いでしょうが、ネギ君が危険視されることは避けたいですね。
くっ! こうなってはテオドラ皇女やセラス総長がこの場にいないのが残念です。
流石にオスティア終戦記念祭代表であるリカード議員やテオドラ皇女は避難していただかないと困りましたし、セラス総長はレストランの外で警備隊の指揮を取っています。
もしこの場にいたらネギ君への協力を確約してくれたのでしょうに…………。
「ネギ君、その強大な力を持っている君は一体ナニをすると言うのです? 平和な国の学園に戻って平穏に暮らす?
いやいや小さすぎる。君はそんな小さな男ではないはずだ。力を持つものは世界を救うべきなのです!」
「…………おい、クルト。そこまでにしておけ」
「黙っていろ、タカミチ! ネギ君の力があれば本当に世界が救えるんだ!
…………ネギ君。君の父君は戦の後の10年間、身を粉にして尽力しましたが、まだまだ世界に理不尽は満ちています。
大英雄の息子であり、自らも拳闘士として勇名を馳せ、世界最古の王国の血を引く最後の末裔の一人ですらある。
この世界の始祖の末裔。その血はこの世界の正当な所有者の証で、尚且つそれは君の『完全魔法無効化能力』で証明可能です」
「……………………」
「例の映画を見たと言うのならMM元老院の悪逆非道、君の父と母がいかに世界のために尽力したかおわかり頂けたでしょう!
さあ、ネギ君。我々と共に闘いましょう。父と母の意志を継ぎ世界を救う。これこそが君の今回の旅の結論のハズです!」
「さっきから聞いてれば随分と勝手なことを言いますね、ゲーデル総督。
僕は母のように自らを生贄にしてまで見ず知らずの世界の人達を助けようとは思わない、と言ったばかりの筈ですが?」
殺気っ!? …………ネ……ネギ君?
何で私を“この男……何勝手なことほざいているんだよ。殺すぞ!”みたいな目で見るんですか?
ネギ君から発せられた殺気で思わず立ち上がってしまいましたが、明らかに気分を害してしまっているようです。
私だけではなくタカミチやアーウェルンクス、それにジャック・ラカンまでもが立ち上がってネギ君を警戒しています。アーウェルンクスの従者のお嬢さん達に至っては眼鏡の一人を除いて怯えてしまっている始末。
…………対するネギ君の従者、師匠の御息女方はただただ苦笑いを浮かべているだけです。
このお嬢さん方はどれだけ肝が据わっているのですか!?
「…………だいたい10歳の僕にそこまで何でもかんでも頼らないでくださいよ。
既に世界を救う方法は教えました。ですのでそこから先はあなた方の仕事です」
「し……しかしネギ君! 確かにこのプロジェクトを行なえば魔法世界の危機は防げる!
だがそれでも世界各地にはまだ戦争の火種が燻っており、理不尽なことで命を落とす人々はたくさんいます。ネギ君が協力してくれるのなら、その理不尽で命を落とす人達を救うことが出来るでしょう!
君にはそれだけの力がある!!!」
「そして僕は母と同じ末路を辿るんですか?」
「……なっ!?」
…………しまった。そういうことですか。
私としたことが思わぬ展開に、ネギ君のことを考えないで急ぎすぎてしまったようですね。
例えネギ君が世界を救ったとしても、アリカ様のように罪をでっち上げられて功績を横取りでもされるとしたら…………。
ネギ君は、自分がアリカ様と同じ目に遭わないかを警戒しているのですか。
確かに全ての事情を知っているとなると、そういう考えに至ってもおかしくはありません。
アリカ様は致し方なかったとはいえ、世界を救うために自らの国を滅ぼすという辛い選択をなされました。
しかしそのアリカ様に待っていたのは、戦争を引き起こした“完全なる世界”の黒幕の汚名と、戦争で疲れ果てていた不満と憎しみをぶつけられる生贄としての末路です。
ナギがアリカ様を助け出さなかったら、アリカ様は本当に悔恨と諦観の念を持ったまま亡くなられていたでしょう。
そんな末路を辿る寸前だったアリカ様を知っているネギ君が、この魔法世界を救うなどという選択をするのでしょうか?
むしろネギ君は魔法世界という存在を憎んでいてもおかしくはない。
ヘタをしたら本気で“完全なる世界”と手を組んで、アリカ様に汚名を着せたこの魔法世界に復讐してもおかしくはないでしょう。
…………むしろソチラの方が普通なのかもしれませんね。
ましてや私は“紅き翼”と袂を分かれて元老院議員になった男です。
ネギ君が私に警戒しない方が逆におかしいです。魔法世界崩壊の危機から免れる計画を教えてくれただけでもかなりの譲歩なのでしょう。
「魔法世界の崩壊は現実世界にも悪影響を及ぼす可能性が大きい。だからその崩壊を防ぐのには協力します。
ですがそれ以降のことについては、僕が何かしなければならない義務はありません。母だってもう既に王族でもなくなっているので、その息子である僕はオスティアの民への責任を果たす義務も無いですからね。
そもそも僕には母の想い出すら無いっていうのに…………」
「しかし…………この世界はアリカ様やナギが命を懸けて救った世界で…………」
「世界を救ったのが母ならば、その母を生贄にしたのがこの世界なんですよ。労いの言葉一つ無く、汚名を着せて処刑しようとしましたよね。
そんな世界のために僕が働かなければいけない義務があるとでも?」
マ……マズイです。ネギ君がこのように思っていたとは…………。
今までの拳闘士として受けていたインタビューからは想像もつきませんでした。
しかし、これはこのような事態になりうる可能性を考えていなかった私の落ち度です。
少し考えれば想像がついたことだったのに…………。
心の何処かでアリカ様とナギの息子ならば、世界を救うことに対して異論は持っていないのだと思い込んでいたのかもしれません。
だがネギ君は大人びているとはいえ、まだ10歳。
10歳の少年がアリカ様が受けた仕打ちを知れば、このような考えに至るのも無理ありません。
急ぎすぎずに丁寧にネギ君を説得していればまた違った結果になったかもしれませんが、今となってはもう後の祭り。
申しわけありません、アリカ様。私の考えが足りなかったばかりに、ネギ君の信頼を得ることが出来ませんでした。
ネギ君の協力さえ得られれば元老院の虚偽と不正を暴いて、アリカ様の汚名を晴らす事など簡単だったのに…………。
…………そもそもネギ君を操ろうと思っていた私が言えることではないのかもしれませんが。
「…………可哀想やから、少しは手伝ってあげてもええんちゃう?
「え? …………まあ、木乃香さんがそう言うのなら…………」
何で師匠の御息女の言葉でならそんなアッサリとっ!?!?
━━━━━ 近衛木乃香 ━━━━━
「それに何やかんや言ってるけど、ネギ君だってトサカさんみたいな人達なら助けたいって思ってるんやろ?」
「…………まあ、確かにトサカさん達にはお世話になりましたしからね。
それに未だにあれほど母を慕ってくれている人達ですから、何かあったなら力を貸すことは吝かではないですが…………」
「え? ト……トサカというと、先ほどまでいた人のことですか?」
「そうやよー。トサカさんはオスティア出身でなぁ。
元老院の嘘に騙されたりせず、“災厄の女王”にされてしまったお義母さまのことを今でも慕ってくれている人なんよ」
「そ……そうなのですか。それは嬉しいですね。
…………っ!? ならネギ君! そのトサカのような、各国に流出したオスティア難民には未だに苦しい生活を送っているのもいます!
せめて…………せめてそういう者達を救うことだけにでも協力してください! これに関してばかりは、アリカ様も絶対に望まれるであろうと断言出来ます!!! ……………………って“お義母さま”?」
「…………救うと言っても…………僕に一体どうしろと?
オスティア墜落で発生した難民は百万単位でいるんです。そんな大勢の人達を救うとなると、廃都となったオスティアを復活させて再び生活の場を与えるぐらいしないと駄目ですよ。
ですが廃都となったオスティアを復活させるなんて……………………いや、魔力消失現象はもうすぐ消えるから…………うん、それぐらいなら出来るかな」
「出来るんですかっ!?」
「出来ると言ってもガワだけです。
元老院の影響力も排除しなければ結局は元の木阿弥ですし、ヘラス帝国などとのパワーバランスがどう変化するかわかりません。ヘタをしたら、オスティア復活させたのはいいけどMMとヘラスの両方と敵対する羽目にもなりかねませんよ。
そこら辺の政治関係のことは、まだ僕も詳しくは把握していないので何とも…………」
「でしたら私がお手伝いします! 私にお任せください!
私が“紅き翼”と袂を分かち、元老院議員となって権力を求めたのはこのときのためだったのですから!!!」
あー…………ゲーデルはん、詐欺に引っ掛かったりしなければいいんやけど。
やっぱりゲーデルはんの根っこは映画で見た、小さいときのゲーデルはんと変わっていないようやなぁ。
徹底的に攻め立ててから一転して優しくするなんて、ありきたりな脅しの手口やと思うんやけどね。
でもこれでネギ君とゲーデルはんの間の主導権は、明らかにネギ君のものになったわぁ。
…………え? 別にウチは別にあらかじめネギ君と打ち合わせとかしてたワケやあらへんよ。
ネギ君がさっき言った、どういう感じに魔法世界のことを思っているかを聞いたことはあるけどなー。
さっき言ったことはネギ君の本心やし、もちろんトサカさんみたいな人達なら助けたいというのもネギ君の本心や。
魔法世界を助けるのは別に構わないけど大人のええように使われるのは嫌やし、何よりウチらのことをほっぽいてまでは助けたくないんやって。
もうネギ君たら、甘えんぼさんなんやからぁ。
とはいえ、そのウチらが“手伝ってあげれば?”と言うならネギ君だって断る理由はないみたいや。
ウチらだって世界に平和が訪れるのならその方がええし、何よりオスティアを復活させて一夫多sゲフゲフンッ!
…………ネギ君としては助けるのはいいけど、明確な理由がなければ助けたくない。
だけど魔法世界の人々を救うため、というのはお義母さまのことから理由にしたくない。
でもウチらが言うんやったら別に構わない。
…………まあ、一言で言えばネギ君は“ツンデレ”ということや。
「か……勘違いしないでくださいよねっ!
これは木乃香さん達の為であって、別にあなた達の為じゃないんですからねっ!」
って感じのなぁ。それによって生じるゲーデルはんとの力関係はあくまで副次的なものやね。
とりあえずいいように使い捨てにされるのが嫌みたいやから、こういう反応をしておけばそんなこと企む人も減るやろ。
「…………わかったわかった。わかりましたよ。
とりあえずその辺の話はまた今度にしましょう。この場での話はまだ終わっていないんですから」
「そ……そうですね。失礼。少し興奮してしまったようです。
しかしネギ君がそれをお望みになられるのなら、私は全身全霊を以ってネギ君の手伝いをさせて頂きます。それだけはお忘れなきよう…………」
「ええ。その時になったら期待してますよ。
さて、フェイト。話が中断してしまったね。話を再開しようか」
「…………いや、もういい。
君とは分かり合えないことが今のでようやくわかった」
そう言って席を立つフェイトちゃん。
おや? ネギ君を仲間にすることは諦めるん?
「ネギ君、確かにこのプロジェクトなら魔法世界の崩壊の危機を食い止め、その間に根本的な対策を考えるだけの時間を得ることが出来るかもしれない。
しかし…………それでは今までと何も変わらない。クルト・ゲーデルが言った通り、世界に理不尽が満ちたままだ」
「え? …………もしかして、君達の目的って救済の方が主目的なのかな?
君達は魔法世界が崩壊してしまうから次善の策として“完全なる世界”に連れて行くんじゃなくて、魔法世界崩壊の危機とは関係なしに人々を救うために“完全なる世界”に連れて行こうとしているのかい?」
「そうだよ。君みたいな強者にはわからないかもしれないけどね、今もこの世界は紛争が続いていて踏み躙られている人々がたくさんいる。
君が選んだその道ではそういう人々がずっと増え続けていくだろう。…………いや、そもそも君はそういう人達を救おうとすら思っていないから、もうそれ以前の問題だよ」
「ああ、そうだったんだ。
…………少しばかり予想とは違ったな。てっきり魔法世界崩壊の危機を防げば、君達も納得してくれると思っていたんだけど…………。
そうか、“世界の救済”の方が主目的なのか………………うん。じゃあ、こうしよう。希望者だけは“完全なる世界”は連れて行ってもいいよ。君の後ろの子達とか。
だけど世界丸ごとは駄目。それなら問題ないだろう?」
あってそうで、それでもやっぱりどこか間違ってそうな答えやな。
ネギ君もわかってて答えているんやろうけど。
「…………そういう問題じゃない。
君ってさ他の人…………自分の大切な人以外のことなんてどうでもいいんじゃないかい?
そんな他人のことなんかどうでもいい人間達のせいで、今もこの世界の何処かで不幸が起きているんだよ」
「やだなぁ。他人のことなんかどうでもいいなんて思っているわけないじゃないか。
大切な人を守るためにも、他人のことを良い意味でも悪い意味でも気にかけておかないと駄目だろう。
何しろ木乃香さんを誘拐しようとしたり、不意討ちで『石の槍』で刺してくるような人達がいるご時勢だしね」
「…………いや、そこら辺については悪かったよ。謝る」
「はいはい。それじゃあ、君が女の子になってしまったこととでチャラね。
うん。これでもう気にしなく済むようになった」
やった! これで“責任”についてはもうチャラや!
あの性転換薬が効かなかったときは絶望したけど、これで憂いはなくなったわぁ。
「まあ、フェイトの言っていることもわかるよ。僕だって自分はワガママだと思うし。
…………けどね、フェイト。僕は彼女達のことが大切で、守りたいと思っている。父さんが母さんを救ったみたいに」
「……………………」
「僕は確かに強いさ。多分、魔法世界で僕に勝てる人はいないだろう。
けどそれはあくまで個人の力だ。僕一人ではMMやヘラス帝国みたいな国には勝てないだろう」
「「「「「……………………」」」」」
「…………え? 何その沈黙? 明らかにその前の沈黙とは感じが違うんだけど?
………………何故目を逸らす?」
「いいから話しを続けてくれ」
「こっち見て話せや。…………うん? MM……ヘラス…………国………………うん、クニニハカテナイトオモウヨ。
…………ま、そんなことはともかく、まだ10歳の子供でしかない僕の手は身近な人を守るぐらいが精一杯なぐらいに短い。それなのに守るべきものをそうポンポン増やしてたら、守れるものも守れなくなっちゃうよ。
つーか仕事しろや、元老院議員」
「…………全力でこのプロジェクトの支援をさせて頂きます」
「要するに、君は世界よりも彼女達の方が大切だと…………?」
「ん? んー…………“大切”という言葉は適切じゃないかな?
世界がなければ彼女たちとも一緒にいられないのは確かなんだから………………ああ、アレだ。「仕事と私のドッチが大切なのよ!?」って質問と同じだね、それは。
もしくは「剣を握らなければお前を守れない。剣を握ったままではお前を抱き締められない」ってオサレ風に言ってもいいけど。
だからそれに対する僕の答えは「彼女達を守るために世界を救う」…………かな? まあ、世界を救うのは約束してもいいけど、世界中の人全てを個人レベルで救うなんてことはさすがに無理だね。
…………というか、幸せぐらい自分達の力で掴み取って欲しいな。口開けて親鳥から餌を与えられるだけを待ってる雛鳥じゃあるまいし」
「だが“完全なる世界”なら全ての人達に幸福を与えられる。
それを無視してまで君は僕達と敵対するのかい?」
「そういうやり方で幸福になりたいなら麻薬でも打ってろよ。打ち続けたら死ぬまで幸福の中にいられるよ」
「…………“完全なる世界”が麻薬と一緒だと?」
「他人を巻き込むから余計にたちが悪いけどね。
別に“完全なる世界”に逃げ込むのはいいけど、他人を強制的に巻き込まないでよ。
この理不尽な世界でも幸せに生きている人は確かにいるんだ「あなたなんかに何がわかるんですかっ!!!」…………ん?」
「フェイト様は仰いました! 「世界を変えよう」って!!!
あなたは確かにこの世界の崩壊の危機から救うかもしれない! けど…………それでもあなたのやり方では世界は変わらない! そもそも変えようと思っていないじゃないですか!!!
神々に祝福されて生まれたあなたのように人間には! 名もなき敗者の気持ちなんてわかりません!!!」
「し……調、殺されるぞっ!」
「…………このぼーずを祝福してるのは神じゃなくて悪魔の側だと思うんだけどなぁ…………」
アカン。ゲーデルはんへの殺気のせいで、完璧ネギ君が勘違いされとる。
ネギ君が女の子を殺したりするわけないやん。
あとラカンはんの呟きは無視で。
「僕は他人の気持ちがわかる、なんて傲慢なことを考えたことはないですよ。
…………ハッキリ言って、僕は俗人です。欲しいものは欲しいし、背負いたくもない責任は背負いたくない。それこそMM元老院議員のような人達と同じかもしれませんね。
まあ、敵ならともかく、中立の他人を蹴落としてまではしないですけど」
「…………それだけの力があって、どうしてそこまで彼女達のことを?」
「え? いや、だって…………そういう仲になった女性達がいるとなると、その女性達のことを一番に考えないと不義理じゃないですか。…………そもそも女性達って時点でかなり不義理なんですから。
だいたい女性とそういう仲になるのは初めてだっていうのにいきなり複数の女性と付き合うなんて難易度の高すぎることをやってるなぁと自分でも少しあきれてるところがあったりでも一人だけを選べないヘタレな僕にはそんなこと言う資格がないんだし将来を本気でどうしようと今から悩んでいるから他の事まで手が回らないのは確かだしそれに僕が大人になるまでに皆さんに他に好きな男が出来たらどうしようとか不安だからせめて僕が皆さんだけを見るようにして皆さんを優先にしないと申しわけないというか捨てられたら怖いというかとにかく僕が皆さんに出来ることは全部しなきゃ…………」
「ネギ君! 落ち着いて!」
紅茶のカップを持ってる手が震えとる!
『咸卦治癒』でも発動して心を落ちつかせ………………え? 既に発動済み?
発動済みでコレ!?
あー…………ネギ君がウチらのことを受け入れてくれたのは嬉しいんやけど、最近のネギ君は少しテンパリすぎやなぁ。
色々なことに対しては吹っ切れたみたいやけど、どうも“私達のことを大事にしなければならない!”って気持ちが多すぎるような気がするんやよ。
ちょっと気持ちが空回りしすぎているというか…………。
「…………もういいよ。これ以上は話すだけ無駄だ。
まあ、君が一人の人間として間違っているとは思わない。“幸せになりたい”というのは正しい願いだからね。他人を押し退けても幸せになりたいというのなら別だけど、君は降りかかる火の粉以外はどうでもいいと思っているみたいだし。
けど僕達の目的が間違っているとも思わない。だからこれ以上話しても、お互いにずっと平行線のままだろう。
…………というか、何で調さんには敬語なの?」
「え? だって調さんって人の方が僕より年上だろう。
ああ、それと言っておくけど、彼女達に危害加えようとしたら本気で容赦無く殺すからね」
「…………君はやっぱり変な人だな。
変というか非常識の中にポツンと常識があるから、その常識さが異様に思えるというか…………」
「よく言われるよ。
フェイト…………って、そういえばゲートポートでデュナミスって人が君の事をテルティウムって呼んでいたっけ。そっちが本名なのかな?
テルティウム、これから一体どうするつもりだい?」
「…………ああ、確かにテルティウムが本名だけど、フェイトって呼んでくれ。本名は嫌いなんだ。
僕達は何も変わらないさ。これからも目的を果たすだけだ」
「…………そうか。僕が言うのもなんだけど頑張ってね。
とりあえずこの場は穏やかに交渉決裂とするつもりだから、大人しく帰るなら僕は邪魔しないよ。外のセラス総長率いる戦乙女騎士団は知らないけど。
ああ、暴れてコッチに被害が来るようだったら、同じく容赦しないで殲滅するから」
「警備兵ぐらいなら問題ないよ。
それとこの場は穏やかに別れるというのは賛成だ」
「そうかい。…………多分、こんな風に穏やかに話すのはこれが最初で最後だろうね。
というか勝ち目あると思ってるの? こう言っちゃなんだけど僕は強いよ。切り札でもあるのかわからないけど、どうやって僕相手に君達の目的を果たそうとするんだい?」
「そんなこと言えるわけないじゃないか。…………でも、確かにこんな風に話すのはこれが最初で最後だろうね。
ご馳走様。それじゃあ今度会うときは敵同士だ」
「うん、そうだね」
「さようなら、ネギ君。
有意義な時間だったよ。僕達が勝つにしろ君達が勝つにしろ、少なくともこの世界は崩壊しないことがわかったんだから。
その点については礼を言っておくよ」
「わかった。今度会ったら容赦しないよ」
「…………少しは容赦してくれたら助かる」
「だが断る」
そう言って帰っていくフェイトちゃん達。
…………まあ、この場で戦闘にならなくて何よりや。ネギ君はどうやって対処するつもりなんやろか?
でもなぁ、ネギ君もちょっと落ち着いてもらわなきゃアカンなぁ。
この前もアスナにセクハラしようとしたラカンさんの指折っちゃうし。………………ん? それは別に正当防衛なんやからええのかな?
ウチらのことを想ってくれるのは嬉しいんやけど、義務とか義理とかで想われるのは嫌や。
まあ、いきなり何人もの女の子と付き合うようになったら、色々と焦ってしまうのはしょうがないけどな。
きっともう少ししたらネギ君も落ちついて、元のネギ君に戻ってくれるやろ。
ネギ君なら大丈夫や。
「…………まあ、他人の“気持ち”はわからなくても、他人の“考えていること”ならわかるんだけどね」
そしてそう言って背中に隠していた“いどの絵日記”を服の中から取り出し、新たに書きこまれたことを確認するネギ君。
きっとウチらがフェイトちゃんを別室に連れて行ったときに用意したんやろね。
“今度会ったら容赦しない”って言ってたけど、もう今から既に容赦してないやん。
…………うん。ネギ君なら大丈夫やな。
━━━━━ 後書き ━━━━━
アスナさん達を一瞬たりとも痛め泣かせるような事があったら、我魂魄百万回生まれ変わっても怨み晴らすからなぁぁあああっ!!!
…………最近のネギ君はちょっとテンパリ気味です。
まあ、いきなり複数の女性と付き合うことになった魔法使いですから仕方がありません。