━━━━━ エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル ━━━━━
…………頭がボンヤリする。鼻が詰まっているから息がしづらい。完璧に風邪だな、これは。
朝までは微熱があったぐらいだったのに、無理して学校来たせいか酷くなってきた。
さっさと帰って寝るとしよう。
「やあ、エヴァ」
ん? …………誰かと思えばタカミチか。何の用だ?
よく見れば薄紙に包まれた酒瓶らしきものを数本持っているが、もしかしてそれは…………?
「それはジジイからか? この前の囲碁の?」
「そうだよ。学園長にこれをエヴァに渡すように頼まれてさ。
あまり学園長から巻き上げないであげてくれよ」
知らんな。賭け囲碁に乗るジジイが悪い。
「…………そういえば渡すのはいいけど、エヴァは持ち帰れるのか?
1升瓶が4本あるから結構重いぞ」
む、1升瓶が4本。となると10kg近いな。
今の封印されている私では一苦労だ。しかも風邪引いているし。
…………しょうがない。
「私の家まで運べ。タカミチ」
「言うと思った」
「やかましい。茶々丸に言って茶の一つでもくれてやる」
お前は教師の癖に普段は出張ばっかりで職務放棄しているんだから、たまには生徒の面倒ぐらい見ろ。
…………それにしても銘柄を確認したが良い酒だ。ウム。
さすがジジイ秘蔵の酒なだけはある。
今夜はこれで一杯。日本酒なら夕食は和食で……といきたいところだが、残念ながらこの酒はお預けだな。
せっかくの良い酒なのだから、鼻が詰まった状態で飲むのは避けたい。
「ところでエヴァ。風邪の方は大丈夫かい?」
「微妙だな。昨日の夜から微熱が続いているが、経験的に少し酷くなりそうだ。
本当なら今日だって、茶道部の学期初めのミーティングがなかったら休むつもりだったんだがな」
くそぅ……この“闇の福音”と呼ばれた私が風邪を引くことになるとは。
毎回毎回、風邪や花粉症になる度に憂鬱になってくる。それもこれも全部ナギのせいだ。
………………そういえばナギといえば。
「おい、タカミチ。あのぼーやは本当にナギの息子なのか?
顔は確かにナギそっくりだが、性格が違いすぎるだろう?」
3学期から2-Aの担任補佐として、ナギの息子であるネギ・スプリングフィールドが赴任してきた。
最初はナギの息子だというからどんな破天荒な奴かと思えば、どこにでもいそうなただの子供だった。
いや、10歳で教師の真似事をしているだけで、ただの子供というのは間違いなのだがな。
まだ3日しか経っていないが、落ち着いて教師の仕事もこなせているし、ウチの騒がしい連中も上手に手懐けているようだ。
「ハハハ、言われると思った。でも大丈夫。ネギ君は確かにナギの息子だよ。
ネギ君はメルディアナでも普通より早く入学した上に飛び級しているからね。年上に囲まれる生活には慣れているのさ。
実際、向こうの学校でもネギ君より年下の子は、3つ4つ下の学年にならないといなかったらしいからね」
「フン。血のせいか才能もあるようだな。…………確か『咸卦法』も既に使えると聞いたが、本当なのか?」
「…………本当だよ。ネギ君に『咸卦法』を見せるようにせがまれたから見せたんだけど、3ヶ月後に次会ったときにはもう覚えていたよ。
………………何年もかかった僕はやっぱり才能無いのかなぁ?」
大の大人が落ち込むな。うっとうしい。
だいたい『咸卦法』は究極技法と言われるだけあって習得が難しい。もし『咸卦法』が出来るなら、それだけで凄い話なのだぞ。
「魔力の制御も完璧だ。
事前にあのぼーやが関係者だと言われていなければ、おそらく普通の魔法使いでは気づけんぞ」
「ああ、ネギ君はよくハンティングするからね。獲物に気づかれないようにしていたら、自然とああなったらしい。
本気でネギ君が気配を消すと、僕でもわからなくなる。昔、ウェールズでネギ君と2人でかくれんぼで遊んだこともあるけど、結局見つけれなかったよ」
そこら辺は実にナギの息子っぽいな。
というか、タカミチほどの熟練者から隠れきることの出来るなんて、あのぼーやはいったい何なんだ?
「ま、ネギ君がナギの息子だってことはそのうちわかるよ」
「ん? 何だ。あのぼーやは猫被っているのか?」
「いや、ネギ君のはただの天然。ナギはわざとやるけど、ネギ君は素でやる」
…………やけに実感篭った声で言うのだな。なんか遠い目しているし。
そんなに『咸卦法』をアッサリ覚えられたこと気にしているのか?
タカミチの奴、出張多くて疲れているんじゃないのか?
「そういえば、酒4本とは多くないか? 確かジジイとの賭けでは2本の筈だったんだが?」
「ああ、2本は貢物だってさ。ちゃんと今夜の集まりには出てくれよ」
今夜の集まり? はて? 何か今夜に予定があったか………………ああ、魔法関係者の顔合わせのことか。そういえば今日だったな。
麻帆良にはあのぼーやのように、日本以外からも魔法関係者が先生や生徒としてやってくる。
だが、日本と海外では1年のタイムスケジュールが違う。
ぼーやのように3学期からの赴任となるようなのがいるから、こんな時期にも顔合わせをすることになってしまう。
「エヴァだって面倒臭いのは嫌だろう。
前みたいに、勘違いした人がエヴァを闇討ちしようとするみたいなことは」
「確かに後片付けは面倒臭かったな。
茶々丸もまだいなかったから、私が後片付けしなければならなかった」
「いや僕も手伝っただろう」
「お前が一番私の家を壊したんだろうが。
いくらなんでも『豪殺・居合い拳』を家の近くで撃つんじゃない」
「いやぁ、あのときはついウッカリ。
修行のおかげで、ようやくガトウさんに近づけたと実感してた日々だったから。
「フン。襲ってきた生徒は本国送りだったか?」
「本国送りというか、魔法世界の実家に戻ったって感じだね。
まあ、魔法世界で育った人はエヴァの噂を聞いたせいでノイローゼになるのは仕方ないんじゃないのかな。
気の弱そうな子だったし、「麻帆良が“闇の福音”に乗っ取られている」なんて勘違いして、“殺られる前に殺れ”って思ったらしいよ。
流石は魔法世界のナマハゲ」
「泣きながら襲ってきたのはそういう理由だったのか。あと次ナマハゲ言ったら殺すぞ」
むしろ、アレだぞ。“家族か何かを人質にとられていて、私を襲うように脅迫された”とかそんな感じだったぞ。
家を壊された怒りよりも、泣きながら襲い掛かられるという困惑の方が大きかったな。子供だったから殺すわけにもいかなかったし…………。
「そんなわけで学園長も、エヴァのことも少しは情報公開にする気になったらしいよ」
「確かにわずらわしいのは減ったな。今日はあのぼーやも来るのか?」
「いや、ネギ君は来ない。
教師としての仕事に合格してから魔法関係者に引き合わせるのが学園長の考えみたいだよ」
フム、それは何よりだ。ぼーやの血を利用して『登校地獄』の解呪を考えているが、ぼーやに仕掛けるのはまだ早い。
麻帆良に来たばかりでぼーやも注目を集めているだろうし、ぼーやの力や性格なども把握しなければならない。やはり麻帆良の大停電になるまでは待つべきだな。
今の段階で私が“闇の福音”と知られると、ぼーやが何をするかわからん。
その意味ではまだぼーやとは裏では顔をあわせるべきではない。まだ大人しくしている時期だ。
………………ジジイは何か企んでいるかもしれんが。
まあいい、ゆっくり計画を練ることにしよう。
そんなこんなで家に着いたな。
「よし、地下のワインセラーに運べ。そしたら帰れ」
「茶の一杯ぐらい飲ませてくれよ」
「フン。…………茶々丸、今帰った。茶を2つ頼む」
「お帰りなさいませ。マスター。
そして、いらっしゃいませ。高畑先生」
「お帰りなさい。マグダウェルさん。お邪魔してますね。
タカミチ? どうしてここに?」
…………。
……………………。
………………………………何でぼーやが家にいる?
「ネギ君どうしたんだい?
…………あれ? ズボンは?」
む、よく見ればぼーやはズボンを穿いておらず、バスタオルを腰に巻いている。
そして茶々丸はというと、ぼーやのものらしきズボンにアイロンをかけている。
…………いったい何があった?
「とりあえず事情を説明し……いや、その前にタカミチは酒を地下のワインセラーに運べ。ぼー……ネギ先生はズボンを穿け。
話しはそれからだ」
「あ、ああ。わかったよ」
「ちょうどアイロンも終了いたしました」
「ありがとうございます。絡繰さん」
━━━━━ 高畑・T・タカミチ ━━━━━
「つまり…………
“川に流されていた猫を茶々丸が助けようとしたが、
それをネギ先生が代わりに川へ入って助け、
茶々丸がそのお礼にズボンの洗濯をした”
ということか?」
「3行でまとめればそうです。この1月の寒い中に、川の中へ生徒を入らせるわけにはいきませんから」
「ネギ先生。私はガイノイドです。
ですので、そのようなことは気になさらずとも………」
ハハハ、ネギ君らしいや。
最初は何事かと思ったけど、聞いてみれば単純な話だった
「…………フム。茶々丸が世話になったようだな。
礼を言っておこう。ネギ先生」
「いえいえ、教師として当然のことです。
それと申し訳ありません。家主の了解を得ずに家に入ってしまいました」
「いや、構わん。そのまま帰るわけにもいかなかっただろう。
茶々丸が世話になっておいて、その借りを返さないわけにはいくまい」
そこら辺の貸し借りのことはエヴァもしっかりしてるからな。
最初はナギのかけた『登校地獄』の件でエヴァがネギ君にどう対応するか心配だったけど、これなら大丈夫そうだ。
「さて、それではお暇させて頂きます。
絡繰さん、お茶ご馳走様でした。日本に来て久々に美味しい紅茶が飲めました」
「いえ。こちらこそお世話になりました。ネギ先生」
「タカミチ。お前も茶を飲んだんだから、もう帰れ」
「ハイハイ。それじゃ、ネギ君。一緒に帰ろうか」
ネギ君とエヴァがこんなに早く接触することになるとは思わなかったけど、悪い出会いではないから良かったかな。
とりあえず学園長には一言伝えておくか。
「そういえばマグダウェルさん。
その……失礼なことかもしれませんが、一つお聞きしたいことがあるのですが?」
「………………その質問の内容次第だな」
ん? もしかしてエヴァが“闇の福音”であることの確認か? 気づいたのかな?
まあ、ネギ君だからエヴァが“闇の福音”だということを知っても別に何もしなさそうだけど…………。
エヴァも気にしてない振りをしているけど、茶を飲みながら居住まいを正して聞く体勢をとっている。
「言ってみろ。ネギ先生」
さて、何が出てくるかな?
あまり大きいことにならないといいけど。
「マグダウェルさんって、“僕のお母さん”だったりしますか?」
「ブフォッッッ!!!」
…………大きいことだった。あまりの突拍子の無さにエヴァも飲んでいた茶を吹き出すほどだった。
というか、なんでそんな発想をするんだ。ネギ君?
「マ、マスター。大丈夫ですか?」
「ゲホッ、ゲホッ…………き、気管に茶が入った……」
「…………あー、大丈夫ですか?とりあえず今の反応でわかりましたので、もう結構です。
失礼なこと聞いて申しわけありませんでした。それじゃ失礼しますね」
いやいや。投げっぱなしにして帰ろうとするなよ、ネギ君。
…………これでエヴァもネギ君の天然さがわかっただろうなぁ。
「待てっ! 変なこと口走っておいて、さっさと帰ろうとするな!
何でそんなこと聞いたのか説明しろ! ぼーやっ!
タカミチも呆れてないでぼーやを捕まえろっ!」
いや、僕が呆れてるのはネギ君の天然さなんだが。
ネギ君がどうやってあんな発想に到ったか興味があるから捕まえるけどね。
━━━━━ オマケ・没ネタ ━━━━━
ネギ「は、はじめまして。お母さん!
僕ネギです。お母さんの子供のネギ・スプリングフィールドです。
お母さんにようやく会えました……」
エヴァ「ブフォッッッ!!!
…………な、何をほざいているんだお前は!?」
ネギ「え!? そんなっ!?お父さんからそうだって………」
エヴァ「え? …………ナ、ナギがだと」
ネギ「はい。これがお父さんの(筆跡を真似て捏造した)手紙です」
エヴァ「み、見せてみろっ!」
ナギ『エヴァへ
呪いを解けに行けなくて悪い。
ネギから話を聞いてワケがわからないと思うが、落ち着いて聞いてくれ。
まずネギは俺の息子ではなくて、違法研究で作り出された俺のクローンだ。
研究所を潰したときに保護したので俺の息子ということにした。
エヴァには悪いが、ネギの面倒を見てやって欲しい。頼める相手が他にいないんだ。
ネギにはエヴァのことを母と伝えてある。お前に会いにいけるのはいつになるかわからない。
だが、もし次会えたときは、15年前に言えなかったコトを言うよ』
エヴァ「……………………」
ネギ「もしかして…………ぼ、僕のお母さんじゃないんですか?」
エヴァ「いや! 私がぼーやの母だ! 遠慮なく“お母さん”と呼ぶがいい!!!」
ネギ「(ニヤッ)お母さーーーん!!!」
※ しばらくは面白いことになりそうだけど、あとで構成に困ると思うので没にしました。