━━━━━ 近衛近右衛門 ━━━━━
久しぶりにネギ君の顔を見る気がするの。まあ、半月ぐらい入院していたから当たり前じゃが。
もうワシも年かのぉ…………。
「お久しぶりです、学園長。お体の具合はよくなったのですか?
何でしたら『咸卦治癒』で治療しますけど?」
「フォッフォッフォ、もう平気じゃよ。
先日はスマンかったの。みっともない姿を見せてしもうて」
「いえいえ、ご迷惑掛けたのは僕の方みたいですし、お気になされることはありません。
むしろ今まですっと勘違いしていた僕の方が謝らなければ…………」
「構わん構わん。10歳の君が思い違いしたとしても誰も責められんよ。今の時点で思い違いを正せたことを喜ぶべきじゃろ」
…………本当にのぉ。いやぁ、あのときは本気で死ぬかと思ったぞい。
目の前が真っ暗になって、気づいたら病院のベッドの上じゃったからな。
曾孫の顔を見るまでは死ねんというのに。
「エヴァさんが裏の世界についての常識を木乃香さん達に講義するのにも参加して、現実というものをようやく理解できたと思います。
“幻想空間”での全力のエヴァさんと手合わせで、僕の強さというのも理解できましたし………………僕って強かったんですね」
「ああ、確かに“幻想空間”なら、今の封印されているエヴァでも全力を発揮出来るからの。
…………そして現実を理解してくれて何よりじゃ。いや、ホントに」
…………先日エヴァから愚痴られたアレか。モビルスーツ禁止での戦い。
まぁ、愚痴3:惚気7といった感じじゃったがの。
接近戦に持ち込んだら『神鳴流』の技で互角以上に戦われるわ、
中距離で落ち着いて戦おうとしたら『居合い拳』飛んでくるわ、
遠距離で魔法合戦したら『千の雷』を釣瓶打ちされるわ、
障壁張っても『斬魔剣・弐の太刀』で障壁無視されるわ、
糸を使っても重力魔法で妨害されるわ、
苦労して良い一撃入れても『咸卦治癒』であっという間に回復されるわ…………
等々、踏んだり蹴ったりな目に遭ったというアレか。
結局、決着がつかずに引き分けに終わったというが、エヴァの話ではネギ君は全力を出していなかったらしいの。
無意識なのかエヴァの顔を狙わなかったらしいし、何よりもずっとカウンターを狙われている感じがして勝負に出られず、数十時間戦った挙句に最後にはエヴァの方から引き分けを提案したらしい。
豊富な魔力量と『咸卦治癒』のおかげで、そのまま消耗戦を続けていたとしてもエヴァは負けるとこだったらしいしの。
やはりあの『咸卦治癒』は反則じゃ。
というか、全体的に反則。
何で映像見ただけで、『神鳴流』とか『居合い拳』とか『重力魔法』とか出来るんじゃ?
というか“闇の福音”と互角以上に戦う?
何なの、この“1人紅き翼”? 何なの、この10歳児?
まあ、初見だったからネギ君にいいようにやられてしもうたが、次の機会までにはエヴァも何かしらの対策をしておるじゃろうな。
エヴァは負けず嫌いじゃし。
「綾瀬君達はどうかね?」
「今はまだまだ基礎の基礎ですよ。魔力を感じることから始めなきゃいけないですからね。来週に迫った期末テストの準備もありますし、初歩魔法をちゃんと使えるようになるのは春休みぐらい、という感じらしいです。
古菲さんと長瀬さんの修行は進み方が早いです。長瀬さんは元から知っているみたいでしたし、古菲さんは無意識といえど以前から気を扱えてましたからね。少し教えたらドンドン上達していきました。瞬動も使えるようになりましたし。
刹那さんもいれた3人でかかってこられたら、僕でもちょっとヒヤッとするときが何度かありますね」
「(え? あの3人がかりを“ヒヤッと”で終わらすの?)
そうかそうか。とはいえ魔法の練習や修行に熱中するのは構わんが、学生の本分である勉強もちゃんとするように監督をお願いするぞい。
それと婿殿と話したのがの。春休みの京都旅行は歓迎してくれるそうじゃ。費用はワシが出すから、ネギ君も木乃香達と一緒に京都を楽しんできなさい。
婿殿もネギ君と会えるのを楽しみにしておるよ」
「いいんですか? 考えてみたら僕は西洋魔術師だから、僕が一緒に行くと木乃香さん達が危険なのでは?
“巨○VS阪○の直接対決で○神が3連敗してるときに、○人のユニフォーム着た人と一緒に道頓堀歩く”ぐらいに危険だと思うんですが?」
「…………ネギ君も随分と日本に馴染んできたの。
麻帆良来てから、まだ2ヶ月ぐらいしか経っておらんよね?」
イギリスって野球はメジャーじゃなかったと思うんじゃが?
それにその比喩はいくら何でも違うん………………いや、そんなに的外れじゃないかもしれん。
アレ? むしろソッチの方が危険度は高いんじゃ?
というかネギ君大阪行ったことないよね? 京都と大阪はかなり違うけど。
「まぁ、大丈夫じゃろ。今回はちゃんと理由があって行くのじゃし、西だって西洋魔術師全てを嫌っているわけじゃない。
アッチが気に食わないのは“関東が伝統を忘れて西洋魔術に染まった”ということが原因でもあって、そもそも最初から西洋魔術師である外国人までにはそんなに敵愾心は抱いておらんよ。
…………まあ、“巨○が優勝して阪○がびりっけつになったシーズンの、○人の助っ人外国人選手に対する○神ファンぐらいの敵愾心”は抱いておるかもしれんがの」
「え? それどう考えてもアウトでは?」
「大丈夫大丈夫。確か西では今月から、イスタンブールの魔法協会から研修生を受け入れることになっておったからの。西洋魔術師と敵対する気があったらそんなことはせんよ。
内心では気に食わんのもおるのじゃろうが、それでも実際に行動に移すようなのはおらんじゃろ」
「…………だったらいいのですが。
木乃香さんが麻帆良にいることを良く思っていない人もいるらしいですし」
「まあのぉ、確かにそれは心配じゃが、今回の旅行の結果次第では木乃香が西に戻る可能性があるからの。
婿殿もワシと同意見なのじゃが、もうこうなったからには木乃香が魔法に携わりたいと言えば止める気はないし、それこそ西洋魔術ではなく日本の呪術を学びたいと言うたらそれでもよい。それだと必然的に西に戻ることになるからの。
まさか、木乃香が自発的に西に戻りそうな状況で、無理矢理にでも西に戻そうとする馬鹿はおらんて。そんなことしたら木乃香の西に対する心象は最悪になるからの」
「そう言われればそうですね。まさかそんなお馬鹿さんはいないですよねー」
フォッフォッフォ、と笑うワシ。
アッハッハ、と笑うネギ君。
…………大丈夫じゃよね?
いくら何でも、実家がそんなお馬鹿さんの巣窟になっているのは勘弁してほしいのじゃが。
「それと、何か近衛詠春さんに伝えることはありますか?
今回の旅行はあくまで、“魔法を知ってしまった麻帆良の生徒を関西呪術協会に案内する”という形になるので、公式に「生徒達のことをよろしくお願いします」ぐらいのことは言っておいた方が良いと思いますけど?
それでも他の内容は私信という形なら大丈夫ではないでしょうか?」
「そうじゃの。旅行の日までに手紙を用意しておくことにしよう」
フム、親書とかは無理じゃの。
今回は麻帆良のミスに西を巻き込んでしまう形になるし。
それでもこういう貸し借りを頻繁にしていけば、きっと東西の仲は進展していくじゃろ。
今度は向こうのミスをコチラが助ければよいのじゃからの。
今のような冷戦状態よりも、どんなことでも東西のやり取りがある状態の方がよかろう。
「そうそう、それともう一つ。
実を言うと図書館島のことなんじゃが…………」
「図書館島……ですか?」
「ホラ、木乃香達は図書館探検部じゃろ。
もし木乃香達に中学生が行くのが禁止されているような地下階層に行きたいと言われても、行かせないでほしいんじゃ」
「それはもちろんです。魔法のことがばれてなくても、ルールを破ったりなんてさせませんよ」
「ウン、それならばよい。
それと図書館島の管理人がドラゴンを門番に飼っておるのじゃがな。そのドラゴンと出会ったとしても、退治しないでほしいんじゃよ」
「…………ドラゴン、ですか? 物騒な門番ですねぇ。
もちろん正当防衛と緊急避難は除いてもいいですよね? それならば承りますが…………」
「それはもちろんじゃよ。生徒があの地下まで迷い込むなんてないと思うがの…………。
ああ、許可証がないとネギ君も入れない場所におるから、ネギ君も駄目じゃぞ」
「はい、わかりました」
…………とりあえずは成功。
ネギ君の実力ならアッサリとアルのところまで行きそうじゃからな。先に行っちゃ駄目なこと言うとかんと。
ネギ君は交わした約束はシッカリと守るから、一度約束したら安心じゃしの。
予め立入禁止のことを伝えておけばアルのところまで行ったりせんじゃろ。
…………約束を守るところは信頼できるんじゃが、それでも何かウッカリやらかしそうで怖いんじゃよなぁ。
そういえば“紅き翼”では、母君のことはネギ君が一人前になるまでは言わない約束をしておるが、この子明らかにタカミチ君より強いよね?
この場合どうすんじゃろ?
「ああ、忘れてました。
僕達が京都に行ってる間の相坂さんのことなんですが…………」
ム、確かに今のさよちゃんでは、遠出はまだ不安じゃの。
ネギ君達が京都に行っている間は、葛葉先生あたりにでも頼んでおこうか…………。
━━━━━ 桜咲刹那 ━━━━━
「おやすみー。せっちゃん、ネギ君」
「はい、おやすみなさい。木乃香さん、刹那さん」
「はい、おやすみなさいませ木乃香お嬢さま、ネギ先生」
現在、私は木乃香お嬢さまたちの部屋にいる。
そして、ネギ先生を挟んで川の字になって就寝。
最初の頃は木乃香お嬢さまを挟んで川の字になっていたが、それでは私が『咸卦治癒』の恩恵に与れないのでネギ先生を真ん中に挟むようになった。
ベッドはあくまで1人用のシングルタイプだから、もうほとんど3人ともくっついている状態だ。
むしろ朝起きたら、ネギ先生が私と木乃香お嬢さまに潰されていたことが何度か。
…………まぁ、ネギ先生も木乃香お嬢さまの身体に潰されるのなら本望でしょう。
ネギ先生に変わった様子はない。私に対して“色欲”が1点あったのは気になっていたけど、特に今まで変なことはない。
…………わ、私の“色欲”8点は何かの間違いだ!
確かにネギ先生の身体にドキッとしたことはあるけど…………。
「ギリギリギリギリ…………」
「アスナぁー、歯軋りうるさいで。ネギ君、結界で遮音してーな」
「…………わかりました」
「え!? それだと木乃香がネギに何するかわから
ネギ先生の結界術は相変わらず見事だな。結界が今張られたのだろうが、全然気づけない。
遮音結界という難易度がそれほど高くはない結界とはいえ、これほどとは…………。
というか、神楽坂さんはキャラ変わりすぎじゃないか?
「…………最近、明日菜さんが精神的に不安定みたいなんですが、木乃香さんは心当たりあります?
タカミチの一件からようやく立ち直ってきたと思っていたんですが…………」
「う、うーん。アスナはちょっといろいろあってなぁ。
ネギ君には悪いけど、アスナのことは邪険にしないで受け入れてほしいんやけど…………」
「それはもちろんです。でも、明日菜さんが心配で…………。
明日菜さんは本当に大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。明日菜はネギ君のことは信頼しとるから、ネギ君が明日菜に応えてくれれば大丈夫なんや」
「そうですよ。神楽坂さんは今でも勉強を頑張っているじゃないですか。
きっと神楽坂さんなら立ち直れますよ」
「それならいいのですけど…………」
魔法バレした後、よくこの部屋を訪れてネギ先生に勉強を教えてもらっているけど、一緒に教えてもらっている神楽坂さんの勉強の進み具合が凄い。
来週の期末テストではバカレンジャーの称号を返上しそうな勢いだ。
私も負けていられないな。何としてもバカレンジャーから脱退しなければ。
それに何だか最近は勉強自体が楽しくなってきた。
以前、ネギ先生の言っていたことがよくわかった気がする。確かに難しい問題を解いたときに達成感を感じることが出来た。
このまま勉強を続けていれば高校は大丈夫だろうし、もしかしたら大学も木乃香お嬢さまと同じところに行けるかもしれない。
…………でも、本当に今の幸せな生活を続けることが出来るのだろうか?
エヴァンジェリンさんの別荘で木乃香お嬢さまと話し合った夜、私が半妖であり、禁忌の忌み子であることは言えなかった。
木乃香お嬢さまから「全部話して」と言われたのに!
………………というか、ネギ先生のことや魔法のことを説明するので精一杯で、私が半妖であること自体忘れてた。
魔法がバレたときはもう全てをお話し、木乃香お嬢さまの目の前から消える覚悟もしていたのだが、ネギ先生の“魔力云々”の話の衝撃が大きすぎて忘れてしまっていた。
なんかそれ以来、言い出すタイミングがなくてズルズルと言えないでいる。
本当にどうしよう?
「ええなぁ~。こうやって皆でくっついて寝るんわ。
京都に帰ったときも、皆で一緒に寝よな」
「はい、木乃香お嬢さまがお望みでしたら」
「せっちゃん。またお嬢さまって言うてる~」
「…………あ、申しわけありません」
…………幸せすぎる。
こんな日が来るなんて思っていなかった。
長の木乃香お嬢さまを裏の世界に関わらせたくない気持ちは承知していたし、私も木乃香お嬢さまのような優しい人は危険なことには関わってほしくないと思う。
だけど、今のこの幸せは否定できない…………。
…………ああ、こんな日が来るなんて。木乃香お嬢さま、刹那はどうかなってしまいそうです。
「ネギ君はもちろん京都初めてやよね」
「はい。何でも死んだ父が京都に住んでいたことがあるらしいのですが、僕が生まれる前のことでしたからね。
刹那さんが修行したという、本場の神鳴流の道場も気になりますし」
…………いくら何でも、看板持ってかれたりしないよな?
私ではネギ先生に敵わないけど、道場の師範代級ならネギ先生にも勝てるよな?
「ふーん、そっかあ。
…………ネギ君が最近ずっと浮かない顔しとるんは、ウチのことを狙ってる人がいるからなん?」
「…………う。まぁ、少し不安ですね」
「それは大丈夫なのではないですか?
学園長からお話を伺いましたが、長との話し合い次第では木乃香お嬢さまが西に戻る可能性もあるのですから」
「ウチは麻帆良から離れたくないけどなぁ。
でも、一度まっさらな状態でお父様と話して、今後のことを決めようとは思ってるんよ」
「はい。それは確かにそうなのですが。
しかしそれでは逆に、木乃香さんに西に戻ってきてほしくない人達が動く可能性があります。具体的に言えば、関西呪術協会の次代の長候補として修行を積んでる人達ですね」
…………ああ、なるほど。
確かに次代の長候補として修行を積んでる人からすると、木乃香お嬢さまが戻ってくるというのは面白くない話になるな。
今まで散々厳しい修行をしてきたのに、ロクに修行もしていない木乃香お嬢さまが戻ってきただけで次代の長となられたりしたら、彼らにとっては面白くないだろう。
「もしかしたら、そういう人達から妨害を受ける可能性もありますね。むしろソッチの方が厄介ですよ。
木乃香さんを次代の長にしたい人達は木乃香さんを誘拐とかしてそれを成功させる必要がありますが、木乃香さんを戻したくない人達は僕達を襲撃すればそれだけで成功ですからね」
「…………う~。それだったらウチは無理して西に戻らんでも…………」
「それでは木乃香さんを西に戻したい人たちが収まりません。
何にせよ、準備だけはシッカリとしていった方が良さそうです。期末テストが終わったら京都旅行についての話し合いをしましょう。僕も装備とか道具を整えておきます」
……………………程々にしてくださいよ。
何かネギ先生だったら、洒落にならないものを用意してくる気が…………。
しかし、ネギ先生の考えは的外れというわけではないだろう。
私や学園長も、木乃香お嬢さまを西に戻したい者のことは考えていても、西に戻したくない者のことは考えていなかった。
この幸せに浸っているだけでは駄目だ。
京都に赴く際は、ネギ先生のように常在戦場の心構えで行かなければ。
それとネギ先生が10歳ということは、もう考えないことにしよう。
「何でこんな考え方するんだ、この10歳児は?」何て考えない。
うん、私の精神安定上その方が良いや。
━━━━━ 後書き ━━━━━
明日菜がまだ壊れてる。
(・3・)アルェー?
まぁ、京都旅行編が終わる頃には落ち着きますので、もうしばらくお待ちください。
そしてもちろん“そんなお馬鹿さん”はいます。4人ほど。