━━━━━ 犬上小太郎 ━━━━━
…………フェイトも無茶しやがんなぁ。本山全体を石化させる煙で覆わせるなんて大胆なことしやがって。ネギの真似ってのはこのことかい。
でもこれなら逃げ場もないし、本山にいた連中のほとんどを石に出来てるやろうな。というか、チラホラと石になってる奴らが見えとるし。
暢気にしとる場合やあらへん。早う千草姉ちゃん達を助けださんとな。
本山の外にいる連中が異変に気づいて駆けつけるまで、長く見積もっても30分。どうせ異常があったことは本山の連中が連絡してるやろうし、それまでに2人をつれて逃げ出さんと。
お、ここが座敷牢や!
「助けに来たでっ!
千草姉ちゃん、月詠! 無事…………じゃあらへんな、全然」
2人とも座敷牢の中にちゃんといた。まだ処刑とかされてなくて何よりや。
でも生きてるのなら何とかなるはずやけど…………2人とも石になっとるから本当に無事なのかはわからんな。
さすがにフェイトだって、千草姉ちゃん達だけを石にしないなんて器用なことは出来んだろうから仕方ないか。
詳しいことは石化治療してからじゃないとわからんが、パッと見た感じは怪我も治されてる。
ま、ええわ。2人を回収できたらこんな所に用はあらへん。
さっさと逃げ出さんとアカンけど…………千草姉ちゃん達が重いなぁ。石になってるからこれも仕方ないんやけど。
俺じゃこの石化治せんし、このまま担いでいくしかあらへん。
フェイトは陽動も兼ねて、遠距離からの魔法ではレジストしてそうな長や、まだ本山に残っているかもしれない腕利き連中を至近距離から石にしてくるみたいやけど、大丈夫やろか?
それとネギは俺の手でブン殴りたいから、出来れば残しておいて欲しいもんやで。
それも千草姉ちゃん達を安全なところまで運んでからの話やな。
とりあえずフェイトとの合流地点まで急ぐか。
━━━━━ 桜咲刹那 ━━━━━
「全員無事ですね!? 僕と刹那さんで木乃香さんのところにいきます。皆さんはこの部屋から出ないでください! 龍宮さん達は明日菜さん達の護衛、それとエヴァさんと麻帆良に連絡を!
『来れ』! 龍宮さん、緊急事態ですので“白紙仮契約カード”で今だけでいいので契約してください!」
「“お試し契約”か…………わかった、事態が事態だ。すまない、余計な手間をかけさせた。
ネギ先生が私の周りに結界を張ってくれなければ私も石になっていたな」
「刹那さん、気を抑えて僕の魔力で身体強化してください。『咸卦法』が使えなければ気と魔力が反発します。
皆さんに供給する魔力で対石化耐性をエンチャントしてますので、この煙の中でも石になったりしません」
「わ、わかりました、『契約執行』!」
まさかネギ先生の言った通り、本当に“ょぅι゛ょ誘拐犯”が攻めてくるとは…………。
外を見渡す限り、この石化させる煙が本山内に充満している。私達はネギ先生の魔力供給と結界で石になることは防げたが、本山の術者達は大多数が石化してしまっただろう。
…………こんな大胆な手段で攻めてくるなんて。
それにしても『仮契約』の機能というのは本当に便利そうだ。ネギ先生の服が浴衣から一瞬でいつもの戦闘用の服に変わった。こういうときは楽で良さそうだなぁ。
私がネギ先生と交わしている“お試し契約”では、『仮契約』の機能である“衣装の登録”がないから、私は風呂上りの浴衣のままだ。
それでもネギ先生が襲撃を警戒していたために、私もいつでも戦えるようにと下にサラシとスパッツをしていたので着替えなくても戦える。
…………それでも動きづらいのは確かだが、今は着替える時間がない。
そんなことより木乃香お嬢様を助けに行かないと!
いくら長でもこの石化させる煙を自らと木乃香お嬢様2人分のレジストをしながら、“ょぅι゛ょ誘拐犯”を相手にするのは難しいだろう。
あのフェイトがネギ先生やエヴァンジェリンさんと同等の力を持っていたとしたら尚更だ。早く援軍に行かないと。
ネギ先生が皆を守る結界を部屋の中心に張る。これで皆のことは一安心だ。
ここに置いていくのは心配だけど龍宮達がいるなら大丈夫だろうし、何よりこれから行くところの方が危険だ。
「気をつけてください、ネギ先生!」
「木乃香のことをよろしくお願いね!」
「はい、皆さんも気をつけて、勝手な行動をとらないように! 龍宮さん、長瀬さん、古菲さん、明日菜さん達をよろしくお願いします!
行きますよ、刹那さん!」
「ネギ先生、長の部屋はコッチです!」
「了解でござる」
「アスナ達のことは任せるアルよ」
私達が泊まっていた部屋から出て、長の部屋まで急ぐ。時折、石になった本山の術者がチラホラと目に付く。
この様子だと、無事な者はほとんどいないだろう。
…………くっ! 木乃香お嬢様は絶対に攫わせない!
“ょぅι゛ょ誘拐犯”なんかに攫わせて、何かの儀式の生贄になんか絶対にさせるもんか!
木乃香お嬢様は…………このちゃんは私が守る!!!
「次はドッチに!?」
「コチラです! この角を曲がれば長の部屋が…………長っ!?」
「ネ、ネギ君、刹那君…………」
長の部屋まであと一歩といったところで長と廊下で出くわした。長も身体の半分近くが石化しており、その石化もどんどん広がっていっている。
長が1人でここに居られるということは、木乃香お嬢様は…………。
「も、申し訳ない、2人とも。本山の守護結界をいささか過信していたようですね。平和な時代が長く続いたせいでしょうか。不意を食らってこの様です。
襲撃されるかもしれないことをネギ君から指摘されていたというのに…………情けない」
「長っ! 木乃香お嬢様はっ!?」
「アーウェルンクスに連れ去られました。それほど上級ではないですが、彼は使い魔として悪魔を連れています。
それと他にも犬上小太郎が来ているはずです。別行動で座敷牢の天ヶ崎千草達を助け出すようなことを言っていました。気をつけて…………。
ネギ君なら、“千の呪文の男”の息子である君なら何とか出来るかもしれません。学園長には…………君のことだからきっと連絡済ですね。
すまない。木乃香を頼み……ます……」
「長…………」
「……………………?」
ピシピシ、と音を立てて、長が完全に石化してしまった。不意をつかれたとはいえ、まさか長がこんなにたやすく破られるなんて…………。
ネギ先生が言った通り、あの少年が全力のエヴァンジェリンさんと同等クラスの力を持っているというのは本当らしい。
おのれ、“ょぅι゛ょ誘拐犯”!!!
貴様らの思い通りなどさせるものか。木乃香お嬢様は絶対に助け出「刹那さん危ない!!!」って、何っ!?
フェイト!? いつの間に私達の背後に!?
クッ! ネギ先生が気づいて迎撃してくれなければ、今ので終わっていた!
「…………今のは高畑・T・タカミチの『居合い拳』?
そういえば君は高畑・T・タカミチと同じく、麻帆良で教師をしているんだったね。その関係で『居合い拳』を教わったのかな?
『居合い拳』といい今の僕のことに気づいたといい、やはりどうやら君はただの魔法使いじゃないようだ」
「いや、タカミチが見せてくれたのを自己流で修行しただけだよ。
…………刹那さんは詠春さんを守ってください。石になってる状態で戦闘の巻き添えになったら、治せるものも治せなくなります」
そうだ。ここには石化された長がいる。
石化されているから当然動けないし、石になった身体は戦闘の余波でたやすく壊れてしまうかもしれない。石になってるだけなら後で治せるが、この状態で身体が壊れてしまうと“死”すらありえる。
長だけじゃない。
今の本山には石になった人達が他にも大勢いる以上、本山内で激しい戦闘は出来ない…………。
「それにしてもよく僕に気づいたね。気配は完璧に殺していたと思ったけど…………」
「詠春さんから得られた情報が多すぎる。君が悪魔を連れていたことだけならともかく、別行動の犬上小太郎君のことまで言っていたのは変だ。どう考えても君が故意にバラしたとしか考えられない。
故意にバラしたとなると、君の行動がだいたい予想出来る。偽情報で混乱させようとしているか…………もしくは今のように情報を囮として不意打ちするか」
「…………君が本当に10歳なのか疑問に思うね」
…………それは私も常々疑問に思っているけど、その10歳らしくないネギ先生のおかげで助かった。
っていうか、“ょぅι゛ょ誘拐犯”でもやっぱりそう思うんだな。
「…………木乃香さんは君の悪魔が連れて逃げていて、君はその足止めか。
それに詠春さんに言ったことが正しいなら、犬上小太郎君が座敷牢の2人を回収するための時間稼ぎでもあるのかな」
「まあね。隠してもわかるだろうから言うけどね。
君もわかっているだろう。ここでは派手なことを出来ないということを。人質をとるようで卑怯だけど、君を甘く見る気はない」
「しかし、君だっていつまでもここにいるわけにはいかないだろう。
既に麻帆良へは連絡済だ。それに本山の外に出て君達の捜索をしているはずの術者もこの事態に気づく」
「そんなことはわかってるよ。あくまで今の僕の目的は君の足止めだ。
昨日のことといい今の反応といい、ハッキリ言って関西呪術協会の術者全員よりも君の方が警戒に値する」
「それはそれは。
高く評価してくれてありがとう」
…………駄目だ、動けない。この状態では少しでもどちらかに動きがあれば、そこから戦闘が始まる。
戦闘が始まったら、私は長を担いで戦場から離れるしかない。
悔しいことに私はフェイトの眼中にないようだ。彼はネギ先生のみを見ている。
実際そうなのだろう。私はネギ先生との修行の際でも、ネギ先生に全力を出させたことはない。
エヴァンジェリンさんと同等の力を持っているかもしれないフェイトにとって、私は塵に等しく警戒するにも値しないのだろう。
だがそれなら逆に、私が長を連れて逃げても追撃はされないはずだ。もし追撃されたとしても、ネギ先生が何とかしてくれるはず…………。
それにうまくいけば、ネギ先生がフェイトを抑えてくれているうちに私は木乃香お嬢様を連れ去ったという悪魔を追い、木乃香お嬢様を助け出すことも出来る。
今私がしなければならないことを間違えるな。
私は一人じゃない。私にはネギ先生がいる。
ネギ先生との今までの修行のおかげで、お互いの動きや考えはだいたい把握出来ている。
だからネギ先生が次に取る行動は…………と、そのとき、タァーーーンッ! という銃声が響き渡った。
「なっ!?」
「刹那さん!」
「はいっ、ネギ先生!」
龍宮か!?
ネギ先生のことだから、電話線ならぬ念話線を部屋に置いてきた皆と繋げたまま行動していたと思っていたけど、やはりその通りだったみたいだ。龍宮が援軍なら頼もしい。
龍宮の放った銃弾は、フェイトが咄嗟に張った曼荼羅のような障壁に防がれてしまったが、それでもネギ先生しか見ていなかったフェイトにとっては不意打ちだったらしい。
おかげでフェイトに隙が出来た。
その隙をついて私は長を担いでこの場から離脱し、ネギ先生はフェイトに向かって突撃。
そしてキュキュキュン! と『居合い拳』が放たれる独特の音。
対するフェイトは曼荼羅障壁を全開にしてネギ先生の『居合い拳』を受け止めようとするが、ネギ先生の『居合い拳』はその障壁をすり抜けてフェイトの身体を撃つ!
「…………クッ、馬鹿な? 僕の障壁をすり抜けて?」
「『居合い拳 弐の拳』ってとこかな。剣で出来るなら拳でも出来るさ。僕相手に硬いだけの障壁なんか役に立たない!
『断罪の剣』! 神鳴流奥義、『斬岩剣 弐の太刀』!」
詠唱魔法もモビルスーツも使わないときの、ネギ先生得意の接近時での戦い方。
威力は小さいけど障壁をすり抜け、弾速が速くて数が撃てる『居合い拳 弐の拳』を左手で放って相手の体勢を崩し、攻撃力を重視した右手の魔法の剣で大技を放つ。
単純だが、障壁頼りの西洋魔術師には効果的な戦い方だ。
…………私も何度あの戦い方に苦しめられたことやら。
神鳴流は対妖怪用の大きい野太刀を扱う分、ああいう小回りの効く相手は苦手だ。
ザンッ! とネギ先生の剣がフェイトの身体を真っ二つにする…………が、あれは幻像?
本体じゃないのか!? いつの間に入れ替わっていた!?
「…………なるほど。これで君の力を少しは知ることが出来た。『居合い拳』に加えて『神鳴流』まで使うなんて、やはり君は危険だね。
もう少し戦ってみたいところだけど、これで時間稼ぎも十分だし失礼させてもらうよ」
「待てっ!」
真っ二つになったフェイトが水の塊となってパシャァ! っと地面に飛び散る。
…………くそっ、逃げられた!
確かに最初から時間稼ぎが目的だったらしいが…………。
「…………大丈夫かい、ネギ先生、刹那」
「大丈夫です。援護ありがとうございます、龍宮さん。
刹那さん、詠春さんは?」
「…………無事です。相変わらず石になってますけど、肉体に欠損などはありません」
「それはよかったな。まさか念話線を結界と繋げていたとはな。説明する時間がなかったからしょうがないとはいえ、いきなり結界内にネギ先生の声が響いたときは驚いたよ。
…………さて、これからどうする?」
「決まっている! 木乃香お嬢様を救い出す!」
「落ち着いてください、刹那さん。そんなに焦らなくても大丈夫です。奴らは木乃香さんを攫っていきましたが、そのまま木乃香さんを連れて雲隠れするということはないはずです。
そうすると体勢を立て直した関西呪術協会と、理事の孫娘が旅行中に攫われた関東魔法協会の2つの組織から追われることになります。そんな最終的にジリ貧になることはしないでしょう。
…………まあ、天ヶ崎千草の記憶を読んだおかげで、だいたい奴らの次の行動は予想出来てます。木乃香さんを攫った理由も。
それに天ヶ崎千草と月詠の衣服に発信機を仕込んだ上に魔力マーキングもしておきましたので、居場所もだいたいわかります」
「…………そ、そうなんですか」
「…………よ、用意周到で何よりだ」
…………ツッコミたい。フェイトと同じようにツッコミたい。
もう気にしないでおくと決めたはずなのに、どうしても気になってしまう…………。
「何にせよ、奴らを倒すだけでなく、木乃香さんも無事に救出するということなら僕達3人だけでは手が足りません。
他の人達にも手伝ってもらいましょう」
「そうだな。しかし、いくら奴らが逃げたからもう危険はないかもしれないといっても、神楽坂達のような非戦闘員を彼女達だけで今の本山に放っておくのはマズイ。煙は術者がいなくなったせいかどんどん薄れてきているが…………。
古か楓のどちらか、いや…………古にはここに残ってもらって、念のために彼女達の護衛してもらった方がいいと思う」
「…………それは、確かに。
となると私達4人。それともうすぐ応援に来てくれるエヴァンジェリンさんと茶々丸さんの6人で何とかしなければ…………」
敵は4人。フェイト・アーウェルンクス、犬上小太郎、月詠、天ヶ崎千草。
…………これなら何とかなるか?
強敵のフェイトはネギ先生に抑えてもらい、犬上小太郎は楓。
月詠は…………私だな。自分の手で木乃香お嬢様を救い出したいとは思うけど、それよりもまずは木乃香お嬢様の救出が最優先だ。
神鳴流の相手は私がした方がいいだろう。
天ヶ崎千草は龍宮に任せる。
式神使いの天ヶ崎千草はもしかしたら切り札となりうる式神を用意しているかもしれないが、龍宮なら簡単には負けないだろう。
そしてエヴァンジェリンさん達もそちらに回ってくれれば、誰か1人は手が空いて木乃香お嬢様を助け出すことが出来る!
それにしても、こんなことになるなら体面なんか気にしないで、ネギ先生と木乃香お嬢様に“お試し契約”をしてもらっておけばよかったな。
とはいえ、今更うだうだと考えている暇はない。まずは楓と合流して、それから奴らの追撃を…………。
「え? アハハ、やだなぁ。
他の人達って言ったじゃないですか」
…………え? ネギ先生?
あの……ビーム・マグナムを取り出して何やってるんですか?
え? 何で長に銃口を向けるんです?
え? え!? えええぇぇっっっ!?
ちょ、ちょっと待ってください!?
━━━━━ 後書き ━━━━━
おいッ!
どこ狙ってやがんだよ、敵は“ょぅι゛ょ誘拐犯”だぞッ!!
おいッ!!
やめろオォ~~~ッ!!!
…………以上、せっちゃんの心の叫びでした。
今回、オリジナル技が出ました。
『居合い拳 弐の拳』
そのまんまですね。単純ですが、普通になかなか厄介な技だと思います。