━━━━━ 犬上小太郎 ━━━━━
「おー、ネギに木乃香の姉ちゃん達オッス」
「ああ、小太郎君おはよう」
「コタ君おはよー」
「おはよう。挨拶ぐらいちゃんしなさいよ、コタロ君」
「固いこと言うなや。
ほれ、ノルマのテキスト終わらせたで」
麻帆良に来てから半月。何とかまだ生き延びとる。
…………よかった。ホンマによかった。
俺の「助けに来た」っちゅー言い訳が一応認められて、京都での一件をチャラにしてくれたんやけどな。
何か東西の話し合いで本格的に麻帆良に転校して、麻帆良の警備員としても働かなアカン。
まあ、西の長はんと電話で話したときに「強く生きなさい」って応援されたときは正直間違ったと思ったわ。ヘタしたら京都にいた方がええかとも思った。
生きてるだけでも儲けモンなのはわかっとるけどな。
それに麻帆良に来てからの方が京都に居たときよりも絶対勉強しているで。
何しろ毎日、朝に前日にネギから出された宿題提出したらその日の分の宿題渡されて、それから学校行って勉強して、学校終わったら警備員として仕事して、仕事終わったらネギから出された宿題をする、って感じやからな。
仕事が多い日は宿題を免除したりしてくれるけど、それでもこの半月でもう疲れてきたわ。
「…………うん、ちゃんと終わらせてるね。特に間違いもないし。
じゃ、これが今日の分の宿題。もうすぐ小太郎君が入った学校の授業にも追いつくよ。そしたら宿題の量を減らすからもう少し頑張ってね」
「おっ、マジか!? そりゃありがたいわ。正直言って勉強と仕事の両立はキツかったんや。
…………っていうか、よくそんなパラパラと流し読みしただけでわかんのな」
「慣れれば大丈夫だよ」
慣れてもそんなん出来ひんって。
それにしても戦闘のとき以外のネギって案外普通なんやな。
同い年なのに教師出来るぐらい頭がええんわ凄いけど、思ってたより変な奴やあらへんかったわ。
俺が麻帆良で生活するに当たって一人暮らしできるところを探してくれたり、こんな風に学校の勉強についていけるように勉強の面倒を見てくれたりして、何だかんだいってネギには世話になっとる。
最初はネギが俺の担当の魔法先生になったことに絶望したけどな。
だってそれを聞いた神多羅木とかガンドルフィーニのおっちゃん達が憐れみの表情で俺を見るんやぞ。しかも何か豪華な夕飯奢ってくれたしな。
…………最後の晩餐?
やっぱりネギは麻帆良でもネギなんやな。麻帆良の人達も絶対苦労してるで。
この前も勉強の気分転換にお互い魔法ナシ気ナシの条件で戦ってみたけど、体術だけでボコボコにされたし。
うん。フェイトには悪いけど、俺もう無理や。
「…………そういえば、何か最近麻帆良がどんどん騒がしくなってきとらんか?」
「ん? ああ、麻帆良祭…………学園祭が近いからね。生徒の皆さんも気合が入ってるんだよ。部活の人達も部費を稼ぐために頑張ってるしね。
僕も魔法先生として学園長に仕事頼まれてるから結構忙しいんだよ」
「そういえばネギ君、最近よく1人で考え事しとったねぇ」
あー、確かに被り物着た連中が走ってたり、先週までなかったデッカイ門がいつの間にか建ってたりしとるわ。
学園祭がこんなに派手なことになるんか。こんなの前のちっちゃな学校では考えられへんわ。
へぇ、格闘大会もあるんか。しかも賞金も出るみたいやん。
勉強ばっかりで生活費あんまり稼げんからなぁ。10万円も手に入ったら生活も楽になるやろ。
…………ネギは先生の仕事で忙しいだろうし、これやったら俺でもいけっかな?
「おはようございます」
「おはよー、せっちゃん」
む、刹那とかも参加したらヤバイな。
ネギパーティーの中でも刹那とか楓姉ちゃんとか菲部長には俺でも勝てへんからなぁ。
━━━━━ 桜咲刹那 ━━━━━
「「「「「というわけで、3-Aの出し物はメイドカフェ“白い国”に決定!」」」」」
「はいはい。決定したのはいいですが、あまり騒いで他のクラスの迷惑にならないようにしてくださいね。
ちなみに隣の3-Bの1時間目は新田先生の授業です」
「「「「「!? 今すぐ制服に着替えます!!!」」」」」
「はい、それで結構です。では僕は一度廊下に出ますので、早めに着替えてくださいね。
あ、四葉さん。出て行く前にシャーリーテンプルください」
「え、ええ!? …………シャーリーテンプルってお酒じゃあらへんの!?」
「違いますよ、和泉さん。シャーリーテンプルはジンジャーエールにシロップとレモンピールを足したものです。
でも確かに日本の関西ではカシスのリキュールを炭酸で割ったものを、独自にシャーリーテンプルって呼んでいるらしいですね」
…………何でそんなにお酒に詳しいんですか、ネギ先生?
いや、エヴァンジェリンさんの家とか別荘内ではよくワインを飲んだりしてましたけどね。外国人だからアルコールに対する感覚が違うので、仕方がないのかもしれないのかな。
それにしても四葉さんは中華料理だけでなく、カクテルなんかも作れるのか。
凄いなぁ。私もいつまでも木乃香お嬢様やネギ先生に頼っていないで、少しでも自分で料理できるようなった方が良いのだろうか。
エヴァンジェリンさんもいつの間にかカクテル飲んでるし………………それってノンアルコールカクテルですよね?
それとメイドカフェと言っている割には、バニースーツとかナース服とか巫女服とかその他の衣装も用意してあるのは何故なんでしょう?
メイド服は雪広さんが用意してくれたそうだけど、これらの衣装はいったい誰が用意したんですか?
…………お願いですから、それを着て接客しなければならないとか言わないでくださいよ。
「えー、だって色んな服着たいし、お金も儲かって一石二鳥じゃない」
「いや、とりあえずシスター服とかナース服なんかは止めておいた方がいいですよ、明石さん。
ネギ先生はそういう服をコスプレで着るのは、本職の人に対する侮辱だと思ってあまり良い顔しませんから」
「マジでっ!? …………あー、そっか。ネギ君ってばイギリス人だからキリスト教なのか。
そりゃシスター服で遊んでたら良い顔はしないかぁ」
「へー、そうなんだ。私はそういう服は元から着ないから知らなかったな。でも確かにネギ先生は真面目だからそんな感じのことは思いそうだ。
アニメとかのコスプレなんか平気みたいだけどな」
ネギ先生自体は神様は信じていないようですけどね。
むしろ「神様? いつか神殺しをしてみたいものですね」とか言っていたぐらいですよ。中身は絶対キリスト教徒じゃありません。
それでも真面目にその生き方をしている人達の侮辱になるようなことは、ネギ先生はあまり良い顔なされません。
春日さんみたいに不真面目なシスターは別に良いらしいですけどね。
ネギ先生はどちらかというと着飾ったドレスとか、エヴァンジェリンさんが普段着ているようなゴスロリとかがお好きみたいです。
着飾る目的のために作られた衣装なら好き、という感じでしょうか。それと本職の人が着た衣装なら、似合っていれば素直に褒めますけどね。
あとは千雨さんが言ったようにアニメや漫画のコスプレなんかは平気らしいです。
…………ところで本当に神殺しはしないですよね?
「そういうことならそれらの服は仕舞っておこう。
でもその馬車道服なんかはいいんじゃないか? ほとんどが洋装だけの中に、そういう袴姿の和装がいたらアクセントになっていいだろう。刹那なんかが似合うんじゃないのか?
それと超や菲のチャイナ服っぽいのも問題ないだろ? 何しろ2人とも中国からの留学生だからな」
「ほほお、その意見良いね。千雨ちゃん!」
え!? もしかして私があの馬車道服というのを着るのですか!?
確かにメイド服なんかよりもああいう袴みたいな和装の方が個人的にはいいのですが…………というかノリノリですね、千雨さん。
私が言っていいことではありませんが、クラスの皆から一歩引いていた去年までとは大違いですよ。もしかしてバニースーツとかは千雨さん提供なんですか!?
まぁ、さすがにバニースーツは着ることはなさそうだから別にいいけど。
それにしても学園祭か。木乃香お嬢様と一緒に見て回る約束をしてるけどそんなの初めてだ。
本当に去年まででは考えられないな。去年までは楽しんでいる木乃香お嬢様を尾行して何か危険が迫らないか見張っていただけだし。
でも今年の学園祭では良い思い出が作れることになりそうだ。ネギ先生とも一緒に回れるみたいだし。
…………ん? 学園長からのメール?
えーっと…………“魔法関係者は放課後に世界樹前広場に集合”か。
周りを見れば、木乃香お嬢様やアスナさん達も同じように携帯を見ているから、魔法関係者に一斉送信されたみたいだな。
何かあったのだろうか?
…………最近のネギ先生は特にマズイことは何もしていないはずだけど。
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放課後、世界樹前広場。大勢の魔法関係者が勢揃いしている。
ここまで一度に魔法関係者の顔を見るのはネギ先生の模擬戦以来だ。エヴァンジェリンさんは今回はここにいないけど。
集合した理由は、学園祭のときに6つの世界樹の魔力溜まりで行なわれるであろう生徒の告白行為を阻止することについての打ち合わせだった。
というのも、強力な魔力を内に秘めている世界樹、正式名称“神木・蟠桃”の膨大な魔力は人の心に作用し、世界征服やお金などの即物的な願いは叶わないが、こと告白に関する限りは成就率120%で願いが叶うという。
要するに魔力溜まりで告白すると絶対成功するということか。
世界樹の魔力は22年周期で極大に達して樹の外に溢れ出すはずだが、周期でいくと本当は来年のはずだが異常気象の影響か何かわからないが、1年早まって今年になってしまったらしい。
「…………というわけで、諸君達には学祭期間中、特に最終日の日没以降。
生徒による世界樹伝説の実行、つまり告白行為を阻止してもらいたい」
はあ…………よくある迷信ではなかったんですね。
確かに最近は世界樹伝説が噂になっていましたけど、本当に叶ってしまうなんて。
告白については呪い級の成就率…………でもネギ先生には効かないんだろうな、きっと。
いや、根拠は何もないけど感覚的にそう思う。むしろ魔力溜まりの魔力全部食らい尽くすことも出来るんじゃないかな?
「たかが告白と思うことなかれ! コトは生徒達の青春に関わる大問題じゃ。
…………ま、そんなに気張る必要はない。実を言うと対策は既に練ってあっての。もちろん不測の事態も考えられるので、諸君達にはそのフォローをお願いしたいのじゃ。
さて、今この世界樹前広場に来たときに何か違和感を感じた者はおらんかね?」
違和感?
学祭間近なのに広場に人が1人もいないのはおかしいとは思ったけど、それは人払いの魔法のためのはずだし…………。
周りを見渡しても困惑している顔しかない。わからないのは私だけではないようだ。ただし、ネギ先生を除いて。
…………やっぱりネギ先生が絡んでいるのか。
「…………うむ。皆がわからないとなると、生徒達にも気づかれないはずじゃな。
ああ、気を悪くせんでくれ。先入観なしに体験して欲しかったんでの。ワシも言われるまで全然気づけなかったので同じじゃしな。
それではネギ君、頼むよ」
「はい、学園長。
えーっと、…………それでは皆さんちょっと身構えてください。特に危険らしい危険はないですけど、大きく風景が変わりますので。
『ほどけよ 偽りの世界』」
ネギ先生の詠唱が終わった途端、周りの風景がガラスにヒビが入るように音を立てて割れて崩れ去っていく。
馬鹿な!? さっきまでは遠くに見えていた風景は世界樹や麻帆良の街並みだったはず。
しかし今では周りは鬱蒼と繁る森。どうやら森の中のある程度開けた場所にいるようだ。周りには今までの町並みの面影が少しもない。
そして立っている場所は明らかに世界樹前広場と同じなのだが、世界樹前広場の端の方からドンドン薄れて消えていき、何もない原っぱが姿を現していく。
…………あ、かなり遠くに世界樹が見える。
いつの間にやら世界樹前広場から離れた場所に転移していたようだ。
状況を把握しているうちに、私達の立っているところも消え去っていく。
ドンドン薄れていくところにいつまでも立っているつもりはないので、もう消えてしまったところから地面に降り立ってみるが、足に感じる感触は世界樹前広場のコンクリートのタイル床ではなくて普通の土の感触。
この感触は間違いなく本物だ。
…………ということは、今までいた世界樹前広場は幻術ということか。
「ネギ君が一晩でやってくれたんじゃよ。まだ世界樹前広場だけで、他の5つの場所の準備はまだ出来ておらんがな。
要するに、今までのいたところは幻術で世界樹前広場に見えていただけで、実際はこういう森の中に転移していたというワケじゃよ。転移と幻術の組み合わせじゃな。
もちろんここら辺なら告白危険区域から大きく外れておる。ここでならいくらでも生徒達に告白してもらっても構わんぞい」
「はい。改めて簡単に説明しますと、幻術で告白の危険区域と同じ場所を作成しておいて、実際の危険区域に入ろうとしたらコッチの幻術側に転移するように転移魔法で危険区域をスッポリと覆ってます。
そうすればこのように危険区域ではない場所に誘導できるというワケです。ちなみに今、世界樹前広場を監視している人がいたとしても、ただ世間話をしているようにしか見えないはずです。
本物と幻術のリンクはしっかりしていますので、目的の場所に入れない、出れないなんてことはありませんので大丈夫ですよ。
それで皆さんにお願いしたいことですが、転移魔法を無視して危険区域に入り込める呪符を用意しますので、当日にウッカリと本当の危険区域に入り込むような人がいないかを見張っていて欲しいんです。
もし入り込んだとしても幻術で違和感がないようにしていますし、そもそも入り込む人なんかいないとは思うんですがね、一応は念のためにお願いします。
あとは転移空間や幻術の維持をしている要石の監視でしょうか。
この魔法は世界樹の魔力溜まりの魔力で維持しています。維持には特に手間も必要ないですが、要石に何かあったらその限りではありませんので」
これは何とも…………最近ネギ先生がよく考え事をしていたように見えていたのは、この魔法を作っていたからなのですか。
でもこれなら確かに普通にパトロールするよりは楽ですね。魔力溜まりの広場にいる全員を見張る必要もなく、ただ間違って入り込むかもしれない人だけに注意すればいい。
問題があるとすれば転移空間や幻術が切れてしまうことですが、それこそ要石をしっかり守っていれば問題ないでしょう。
「せっかくの学園祭じゃからの。皆に仕事を増やすのは心苦しいと思ってネギ君に相談したんじゃが、これなら当初の予定よりは人手が少なくて済みそうじゃ。ネギ君には残り5箇所の準備もお願いするよ。
ありがとうのぉ、ネギ君。お礼にネギ君はパトロールは免除してあげるからの。ネギ君は最初で最後になるかもしれん学園祭なんじゃから思いっきり楽しみなさい。
ただ、転移空間や幻術に不具合があったときはその限りではないので、そのときはよろしくの」
「はい、ありがとうございます」
パトロール免除。ということはネギ先生の自由時間が増えるということか。
それなら一緒に学園祭を回る時間も増えるかな。
それにしてもやはりネギ先生の本領は戦闘ではなく、こういう時間をかけて準備する縁の下の力持ち的なことに向いて発揮されるのかな。
「シフトの詳細などは後ほど伝えるからの。よろしくお願いするぞい。
それでは解散…………なのじゃが、ネギ君? 転移空間とか解除してしまったみたいじゃけど、ワシらどうやって戻るんじゃ?」
「…………え? ………………転移魔法で戻りましょうか。エヴァさんの家の近くなら人通りも少ないから目撃されないでしょうし」
…………ネギ先生ェ。
━━━━━ 葉加瀬聡美 ━━━━━
「……………………」
「………………どうします、超さん?」
これは明らかにおかしいですよ。
せっかく魔法関係者が集まることを聞いたから覗き見してても、何で学園長達が世間話しかしてないなんて。
「…………幻術か何かを使ているノカ?」
「で……でもネギ先生達を一度も見失わずにずっと尾行してきたんですよ?
それなのにいつの間に幻術にかかったというのですか?」
「…………ネギ坊主だたらあり得るヨ」
おそらくは世界樹発光が1年早まったことの対策会議だと思うんですが、彼らがしているのはただの世間話。
わざわざ学園祭間近の今の時期にする話ではありません。
まあ、学園祭当日の天気については仕事の話とも言えなくはないですけど。
「もしかしたら暗号か何かで彼らだけでわかる会話をしているのカ?
いや、覗かれているのは気づかれていないはずダカラ、わざわざそんなことする必要はないヨ。
…………しょうがない。監視ロボットだけ置いて私達は帰るとするネ。もしこれが罠だとしたらマズイヨ」
「そうですね。もうかれこれ1時間ぐらいずっと世間話しているだけですし…………」
うう~、学園長の話長すぎです。
学園祭まであと2週間を切りましたが、既に田中さん達の準備は完了しました。
魔法バレのワンクッションのための武道会のM&Aの準備も完了してますのでもう大丈夫だとは思うのですが、それでも学園の動きがわからないのは不安です。
最近の超さんは怪しまれるようなことはしていないはずですから、おそらく学園からのマークも薄くなっていると思いたいです。
「こうなたからには、少しネギ坊主に接触して情報を集めるしかないネ。
どうせ“航時機”も渡さなきゃいけなかたし丁度良いカ。学園祭が始まるまではまだ少し時間があるから、何とか理由を作てネギ坊主に接触してみるヨ」
…………本気ですか、超さん?
そんなわざわざ虎穴に入らなくてもいいのではないんでしょうか?
━━━━━ 後書き ━━━━━
超、ひたすら待ちぼうけを食らうでござる、の巻。
ネギまの幻術とかって便利ですよね。幻術なのにリーチが伸びたりしますし。他にも盗み聞きしている人達にはたわいもない会話に聞こえるようにする魔法なんかもありますしね。
次回から学園祭編に入ります。
なお、超の末路…………じゃなかった、運命はもう決めています。