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No.32362の一覧
[0] コードギアス「罪と罰」[めい](2014/08/23 10:31)
[1] 第2話[めい](2013/05/10 17:43)
[2] 第3話[めい](2013/05/10 17:44)
[3] 第4話[めい](2013/05/10 17:46)
[4] 第5話[めい](2013/05/13 14:35)
[5] 第6話[めい](2013/10/08 09:33)
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[32362] 第5話
Name: めい◆cd990f2a ID:5691f6d1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/13 14:35
 彼の願いは、二つ。
 一つは、彼の妹――肉体的には絶対的な弱者でしかないナナリーのために、弱肉強食を謳うブリタニア帝国を崩壊させること。
 そうしてもう一つは、母を奪った誰か、そして彼の生ごと否定し、死に追いやろうとしたブリタニア皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアに復讐すること。
 彼は、七年という、彼の生きてきた歳月の半分近くを、その目標を見つめて歩んできたはずだった――。

 目を開けて、視界に飛び込んできた無味乾燥な白一色の天井に、ルルーシュは瞬いた。
 身じろぎしようとして、身体に力を込めれば、腹部を激しい痛みが襲う。ルルーシュは、顔を歪めて呻いた。

(そうか、俺はスザクに撃たれて)

 一瞬の混乱の後に記憶が蘇って、ルルーシュは目を細めた。傷はまだずくずくと疼いている。
 余計な所に力を入れないよう、注意深く動かした腕からは、点滴の管とおぼしきものが伸びていた。どうやら、無事に病院に運び込まれて、助かったようだ。
 安堵の吐息を一つついて、ルルーシュは顔を巡らせた。誰か、現在の状況を尋ねられる人間は傍にいないだろうかと思ったのだ。
 そこで、ルルーシュは息を止めた。

(何だこれは)

 ベッドの横、病院の備え付けのものにしてはやたらと豪奢なソファーの上では、二人の少女が、互いにもたれ合うようにして眠っている。微笑ましくも無邪気な寝顔だが、頬には涙の伝った跡がある。
 片方は彼の愛する妹、ナナリーだ。それは何の問題も無い。
 だが、もう片方の少女は誰だ?
 その答えを、ルルーシュはもちろん知っていた。だが、知っていることと認めることは別だ。少なくとも、頭の中で疑問符が乱舞する今この瞬間の彼にとってはそうだった。
 幾ばくかの自失の時間が過ぎて、彼はようやく結論に至った。

(そうだ、俺は夢を見ている、きっとそうだ、これは夢の続きだ)

 ルルーシュは頭の中で乾いた笑い声を立てた。
 目覚めたら横に第三皇女殿下が鎮座しているなどと、そんな馬鹿なことがあってたまるものか。何だか最後に会った当時の姿ではなく、相応に成長した姿に見える気もするが、気のせいだろう。病院の一室にしては随分と部屋がだだっ広いことや、ソファが豪華なものなのも、当然ながら夢だからだ。
 そうと決まれば早く夢から覚めねばと、ルルーシュはいそいそと顔を戻して目を瞑った。
 だがしかし、現実は彼にとって優しくはなかった。
 程なくして、廊下を走る慌ただしい足音と共に、何者かが病室に入り、ベッド脇からルルーシュの顔を覗き込んでくる気配がする。目を瞑ったまま、夢から覚めようと、涙ぐましい努力を続けるルルーシュに、その誰かは話しかけてきたのだった。

「お目覚めになったんですね、良かった!ご気分はいかがですか?」

 男の声は、嬉しそうながらも、ひどく忙しない口調だった。まるで、ルルーシュが寝てしまうことを警戒しているかのようだ。
 場違いなほど馬鹿丁寧な言葉遣いは、夢だからだ。気分が悪い? 最悪に決まっている。早くこの妙な夢から覚めたいものだ。
 ルルーシュが往生際悪く心の中でそう答えて微動だにせず目を瞑っていると、男の声が段々涙混じりの焦った声になっていく。

「お願いします、寝ないでください、次に目覚めたら、あなたと話がしたいと厳命されてるんです、僕が処罰を受けるようなことになったら、妻と幼い子供が~」

 さすがに無視しきれずに、ルルーシュは嫌々ながら瞼を持ち上げた。
ああ、良かった! と枕元に立っていた、医者らしい若い男は、跳び上がって喜ぶ。

「気分は、そうですね、最悪です」

 憮然として答えれば、医者は訳知り顔で頷いた。

「そうですよね、大変なことでしたね、テロに巻き込まれるなんて。でも大丈夫です、あなたにお会いしたがっておられる方々にお会いすれば、きっと気分の悪さなど吹き飛びますよ」
「全力でお断りします」

 ルルーシュは爽やかに微笑んで断ったが、医者は全く意に介さずに、横の看護婦からカルテを受け取っている。顔をしかめたルルーシュだったが、次の瞬間、聞こえて来た声に、凍り付く。

「う……ん……?」

そろそろと視線をやれば、ルルーシュが現実逃避したかった対象が、二人の声で起きたのだろう、目をこすっていた。と、ふいにその紫の瞳とばっちり視線が合ってしまい、ルルーシュは焦った。
 一瞬の沈黙のあと、ユーフェミア第三皇女殿下は、ソファから立ち上がって、ルルーシュの傍に駆け寄って来た。ユーフェミアにもたれるようにして眠っていたナナリーは、べちゃりと音を立てるような勢いで、ソファに倒れこんだが、ユーフェミアもルルーシュも、気にする余裕はない。

「ルルーシュ……ルルーシュなのですよね。良かった……本当に……」

 ユーフェミアはルルーシュの枕元に膝をつき、目に涙を浮かべて言った。
 ルルーシュは、どう反応すべきかをほんの少しだけ迷った。
 七年前のユーフェミアは、無邪気で天真爛漫、そして優しい純粋培養のお姫様だった。彼はブリタニアとブリタニア皇族を憎んではいたが、その感情を、当時何の権力ももたなかった無力なユーフェミアにそのままぶつけるのが間違っていると判断するだけの分別はある。
 結局のところ、涙を浮かべて縋りついて来る妹に、ルルーシュは微笑みを浮かべた。理屈など抜きにしても、この春の日差しのような妹を、わざと傷つけるなんてことが自分にとって難しいことは分かっている。七年前まで、温かくルルーシュとナナリーに寄せてくれていた親愛の情は、忘れようにも忘れられない。

「久し振りだな、ユフィ」

 ルルーシュの言葉に、ユーフェミアの顔が輝く。

「ルルーシュ!ああ、本当に……」

 それきり言葉にならずに、ユーフェミアはルルーシュの手を握って泣いた。心から喜ぶ様子に、ルルーシュの心も温かくなる。

「あの……お兄様」

 か細い声に、ルルーシュは視線を上げて、ユーフェミアの背後を見やった。
 先程、ソファに倒れたショックで起きたのだろう。妹は可憐な顔にありありと不安の色を浮かべて、ルルーシュを見ていた。そう、見ていた。

「申し訳……ありません」

 ルルーシュと視線が合うと、ナナリーはぽろぽろと涙を零しながら、ただ、頭を下げた。
 ルルーシュはそれだけで、おおよその状況を察した。
 自分の病室に皇女殿下がいるなんて、ありえないようなことが起きている以上、もはやルルーシュたち二人が帝国に発見されてしまったことは確実だ。ルルーシュが負傷して動けなかった以上、ナナリーにはどうすることもできなかったはずだ。むしろ、どれだけ心細かったことだろう。ルルーシュは緩く首を振った。

「ナナリー、眼が本当に見えるようになったんだな。嬉しいよ。……結局、俺はお前に何もしてやれなかったな……」

 自嘲を隠さず、ルルーシュは独り言のように言った。
 弱肉強食のブリタニア世界から隠して守り抜くこともできず、二人の行く先に待つものは、もはや外交や謀略の道具となる未来しかない。後見を持たない皇子と皇女など、帝国において何の力もないのだから。
 ナナリーがはっとして首を振ると、新たな涙が頬を伝って流れ落ちた。

「そのようなことは。お兄様は私を守ってくださいました!」
「そうですよ、ルルーシュ! あなたが頑張ったから……二人とも……」

 ユーフェミアは懸命に言うものの、最後はまたしても嗚咽に飲み込まれて言葉にならなかった。
 ルルーシュは途方に暮れた。ナナリーとユーフェミアは彼が弱い相手の筆頭の二人である。その二人に泣かれてしまっては、どうにも分が悪い。
 とにかく泣き止んでほしいのと、現況把握のため、彼は話題を転換した。

「それで、ここはどこなんだ? ユフィがいるということは本国か」
「いいえ、ここはエリア11の総督府です。お姉様が連れて来て下さいました」

 狙い通り泣き止んだユーフェミアの、だがその単語から連想された麗人の存在に、ルルーシュは俄かに緊張した。ユーフェミアの姉と言えば、会う度に、身体を鍛えるという名目で、さんざん痛め付けてくれたあの義姉だろうか。

「あら、ちょうどいらっしゃったみたい」

 呑気なユーフェミアは、ルルーシュの固まってしまった表情にも気付かず、期待に満ちた笑顔を浮かべて、俄に騒がしくなってきた廊下を窺っている。ルルーシュは泣きたい気持ちで覚悟を決めた。何とかこの難局を打開しなくてはならない。尤も、起き上がることすらままならない状態では、できることなどたかが知れているだろうが。
そのルルーシュの悲壮な覚悟は、部屋の中に入ってきた一団の先頭の人物を見ただけで、早くも粉々になって吹き飛ぶこととなった。
 優美に登場したのは、第二皇子シュナイゼルを先頭に、続いて第二皇女コーネリア、第三皇子クロヴィス。既に第三皇女ユーフェミアが室内にいることを考えれば、恐ろしいほどの豪華な顔ぶれである。
 医者と看護婦の、蛙が潰れたような驚愕の声が響く。

「ご苦労だったね。すまないが、少し外してくれないか。患者と話がしたいんだよ」

 帝国宰相閣下に申し訳なさそうに話しかけられて、二人は文字通り跳び上がる。壊れた人形のように、何度もお辞儀しながら部屋から退去する。

「……さて、久しぶりだね、ルルーシュ」

 ルルーシュに向き直ると、穏やかだが底の見えない微笑みを浮かべて、シュナイゼルは言った。
 ルルーシュは唾を呑んだ。
 この義兄こそが、ブリタニアを破壊するために、皇帝の次に障害となるだろうと目していた相手だった。冷静怜悧、帝国宰相を務める海千山千の古狸、最も皇帝に近いと噂される男。ルルーシュは、かつて幾度もこの相手にチェスを挑んだが、とうとう一度も勝てなかった。
 その相手と、こんなにも早期に、こんなにも無力な状態で渡り合うことになるなどとは完全に計算外だ。だが、もはやそれを嘆いても始まらない。
 ふ、とルルーシュは完全な作り笑いを浮かべた。

「帝国宰相閣下、第二皇女殿下並びに第三皇子殿下の拝謁を賜りまして、望外の喜びにございます」

 このような身体ですので跪くのはご容赦ください、と言えば、シュナイゼルの背後に立っているコーネリアの眉がぴくりと震えるのが見えた。シュナイゼルがいなければ、まず間違いなく怒鳴られたなと、ルルーシュは心の中で首を竦める。だが、シュナイゼルが顔の筋肉をぴくりとも動かさないのは流石だった。変らない微笑みを浮かべたまま、首を傾げる。この微笑みが曲者だ。

「感動の再会だと言うのに、随分と水臭い挨拶だね」
「ルルーシュ・ランペルージという人間は、殿下方に拝謁を賜ったことはございませんので……」

 困ったような表情を作って返せば、シュナイゼルは紫色の瞳に面白がるような色を浮かべた。

「そうか、君は私の弟だと聞いたが、違うのだね?……では、嘘を吐いたアッシュフォード家の者たちには、どうやら、騒乱罪で牢に入ってもらう必要があるようだ」

 飽くまでも穏やかに帝国宰相が言い放った言葉に、ルルーシュとナナリーが同時に目を剥いた。

「シュナイゼル義兄様!?」

 ナナリーが訴えかけるように叫んでも、シュナイゼルはちらりともルルーシュから視線を逸らさなかった。ルルーシュは溜め息を吐いた。――どの道、いくら足掻いたところで、この義兄相手では無駄だ。

「確かに、私はかつて殿下の義弟でした。……お久しゅうございます」

 今は違うとでも言わんばかりの返事に、さらにコーネリアの眉が震えた。

「また寂しいことを。私は今も君たちの義兄のつもりだが?」

 どの面下げて、という本音をそのまま表に出すほどルルーシュは浅はかではない。

「身に余るお言葉ですが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは帝国においては既に死亡しております。……無論、七年前にではなく、生まれた時に」

 異論を唱えようとするコーネリアの声を遮って、付け加えられたその言葉の意味を推し量ることの出来ない者は、その場にはいなかった。帝国においての絶対者、皇帝が母を亡くしたばかりのたった十歳の皇子に下した非情な言葉、そして命令。
 それを思い出したのだろう、コーネリア、クロヴィス、ユーフェミアが顔を曇らせて視線を落とす。

「皇位継承権も既に剥奪されている以上、帝国宰相であり第二皇子であるシュナイゼル殿下を義兄上とお呼びするなどと畏れ多い真似をするわけには参りません」

 流れるような言葉は非の打ち所も無く丁寧ながら、素っ気なく、取り付くしまもなかった。
 だが、その言葉の途中で、シュナイゼルはにっこりと微笑んだ。

「それなら気にしなくても大丈夫だ。君の皇位継承権は今日中にも戻されることになっている。もちろん、ナナリーにも」

(なっ……!)

 ルルーシュにとっては完全に想定外のことだった。辛うじて表情は動かさずに済んだが、身体に力が入る。途端に走る腹部の痛みに、身をよじるようにして呻く。
 元凶であるシュナイゼルはわざとらしく眉を上げて驚いている。

「おやおや、ひどい怪我をしているんだから、力を入れてはいけないよ」
「ルルーシュ、大丈夫ですか!」

 ユーフェミアの細い手が、ルルーシュの手を握る。

「既に皇帝陛下にもご承認を頂いた。君を皇族に列することを皇帝陛下がお認めになった以上、君は正しくルルーシュ・ヴィ・ブリタニアというわけだ。……もう少し嬉しそうな顔をしてくれると私も嬉しいのだがね」

 ルルーシュは、無表情の仮面を被って第二皇子の涼しげな微笑みを見上げた。駒となることを有り難がれとは、随分と無茶を言う。嫌悪の感情を顔に出さないようにするだけで、ルルーシュにとっては精一杯だ。

「それで、私はEUに行けばよろしいのでしょうか、それとも中華連邦?」

 弟の直截的で不躾な言葉に、シュナイゼルは微笑みを崩さない。ただ、異論を示すように微かに眉を上げた。

「どちらでもない。帝国には、君たちの犠牲など必要ないからね。無論私にも」

 君たちごときの、という声が聞こえた気がして、ルルーシュは眼を細める。

「ならば、一体、何が目的です」
「決まっている。君たちを助けたいという兄心だよ」

 打てば響くような答えに、何が兄心だ、とルルーシュは胸の内で悪態をついた。そんなものがあったというのなら、どうして自分たちは、助け手もなく、七年前に路頭に迷わなければならなかったというのだ。アッシュフォードが掬い上げてくれなければ、間違いなく七年前に二人は死んでいたのだ。

「純粋な好意と仰りたい?」

 眉を上げたルルーシュに、シュナイゼルは微かに苦笑を浮かべた。

「信じられない、という顔をしているね。だがそれが事実だよ。私は、君が生きていてくれて嬉しいと思っている。この部屋にいる者は皆同じ気持ちだよ、ルルーシュ。……ただ、確かに七年もの間、死亡とされていたわけだから、君たちの立場は七年前以上に微妙なものとなってしまうだろう。わざわざ皇籍を戻すには及ばないのではないかという声もあったようだ。だから、皇位継承権を戻していただくよう、私から皇帝陛下にお願い申し上げたのだよ。これは、私の気持ちだと思ってほしい」

 それはつまり、二人の後ろ盾にシュナイゼルがなると宣言したのも同然のことだ。
 義兄の目的が読めず、眉を寄せるルルーシュに、畳みかけるようにシュナイゼルは続ける。

「七年前は、何もしてやれなくてすまなかった。私が力不足なばかりに、二人には随分と可哀想な目に合わせてしまった。だが、皇帝陛下への取りなしも済んだ。もう心配することはないのだよ」

 並の人間が聞いたら、その慈悲深い言葉に、感動して打ち震えただろう。けれど、ルルーシュは、ぴくりと頬を震わせた。

「……つまり、義兄上は、私たちを、哀れんでくださっていると仰るのですか」
「不服そうだね」

 シュナイゼルは首を傾げてくすりと笑い声をもらした。

「死んだとばかり思っていた不憫な弟妹と、七年ぶりに再会したんだ。君は死にかけていたわけだし、哀れまずにいるのは難しいと思うがね」
「義兄上が肉親の情に篤い方とは初耳です。私以外にも多くの義弟妹をお持ちなのに、お身体が持たないのではありませんか」

 皮肉ったルルーシュの物言いにも、シュナイゼルは穏やかに答える。

「おや、君のことは、私は一番目をかけていたつもりだよ。そう、君のそういう矜持の高さもね」

 どこまでも穏やかな声と、得体の知れない笑顔に、引き込まれるような心地がして、ルルーシュは視線を逸らした。首を振る。

「で、哀れみ深いシュナイゼル義兄上は、私たち二人を本国に送還してくださると?」
「いいや。だが、君達が望むなら、手配はしてあげよう。ただし、君の怪我が治ってからだけどね」

 意外な返事に、ルルーシュはシュナイゼルの双眸に視線を戻した。

「先程奏上申し上げたら、皇帝陛下は、君達は本国に戻るには及ばず、と仰せになった」
 ルルーシュは、知らず身体に力が入るのを感じた。歯ぎしりの音がもれそうなほどに、歯を食いしばる。目の前が赤く、憎しみの色で塗りつぶされてしまいそうだった。
 ――あの、男。戻るに及ばずとは、今も昔もあの男にとって、二人が取るに足らない存在だということだ。そして、それを繕う必要性すら感じていないのだろう。二人は、帝国における弱者に過ぎないからだ。シュナイゼルの報告に対して、特に関心も示す事なく、好きにしろ、と言い放つ様が容易に脳裏に浮かんだ。
 顔色を変えたルルーシュに、シュナイゼルはなだめるように笑いかけた。

「君の気持ちも分からないではないが、陛下には陛下のお考えがある。君にとっても本国は戻りたい場所ではないだろう?」

 その言葉に、ルルーシュは微笑む。華のある微笑みだった。ただし、毒のある。

「そうですね。皇帝陛下のお慈悲に心より感謝を致しましょう。――義兄上のご厚情にも、心より感謝申し上げます」

 付け加えられた、馬鹿丁寧というよりは慇懃無礼な口調に、シュナイゼルが眉尻を下げて、少しだけ悲しげな顔になる。

「まだ私の好意を疑っているのかい? もう少し、血の繋がった兄弟というものを信じてほしいものだが」
「まさか。私は義兄上のことを信じております」

 微笑みのまま、ルルーシュは答えた。
 そう、血が繋がっているからこそ、確信している。絶対に何か裏があることを。この義兄が、ただの親切で今更自分たちを助けるものか。
 シャルル・ジ・ブリタニアと、そして自分と。これほど信用のおけない血の繋がりもない。
 シュナイゼルは、ルルーシュの内心を見透かしたように、くすりと笑った。

「七年の間にひねくれてしまったものだ。悲しいね。……君達の今後については、コーネリアが話したいそうだ。先ほどから話したくてうずうずしているようだから」

シュナイゼルが楽しそうに言って脇に退けば、殺気をまとった妙齢の女性が進み出て、傲然とルルーシュを見下ろした。

「この、愚かものがっ」

 予想どおりの怒声に、ルルーシュは反射的に身体を竦めた。 途端に腹部に痛みが走る。

「全く、お前は相変わらず軟弱だな。……おまけに強情で意地っ張りなところも変わってないとみえる」

 声もなく痛みに耐える弟に気がついて、コーネリアは表情を緩めた。

「義姉上もお変わりないようで」
「ふん、それは嫌味のつもりか?」

 にやりと笑う。本当に変わってないなと、ルルーシュは胸の内で独りごちた。肉食獣の微笑みだ。シュナイゼルに比べれば、コーネリアは分かりやすくて助かる。

「まさか。この状態で義姉上に嫌味を言う程、私は命知らずではありませんよ」
「心外だな。私は義兄上より優しいつもりだが?」
「義兄上は、ちっぽけで何の力も持たない子供の戯言などに、目くじらを立てるような方ではありませんから」

 内容的にはどう聞いても嫌味だが、口調は自嘲の色が強い。象が蟻の命を気にする事がないように、ルルーシュがどう反応しようが、シュナイゼルは左右されてくれるような易しい相手ではない。その点ではコーネリアも同様だが、ユーフェミアという弱点がある点で、多少は歩み寄りの余地はあるだろう。

「私だって同じだ」
「おや、そうですか。義姉上は昔から寛容と手加減という言葉を知らないのだと思っていました。……ああ、ユフィ以外に対しての話ですよ」
「なんだと」
「目くじらを立てないのではなかったのですか」

 う、と言葉に詰まって、コーネリアは涼しい顔の弟を睨み付けた。

「口ばかり達者なところも、本当に変わってないな!」

 ルルーシュはニヤリと笑った。

「お褒めいただき、光栄です、皇女殿下」
「その皇女殿下と呼ぶのをやめろ。大体、お前も数時間後には皇子殿下と呼ばれる身分に戻るんだぞ」
「では、今なら皇女殿下とお呼びするのは、身分区分上から言えば正しいですね」

 悪戯っぽく微笑んで、ルルーシュはコーネリアを見上げた。
 十歳上の義姉は、片方の眉を上げてルルーシュを睨め付けてくる。

「私をからかうとはいい度胸ではないか」
「殿下ご本人より許可をいただきましたので」

 ルルーシュとしては意趣返しはまだまだ物足りないくらいだったが、さすがにこの辺りが限界だろうか。コーネリアの眉はぴくぴくと震え、肉食獣の瞳にはちらちらと危険信号が見え隠れする。
 怒鳴り声を覚悟したルルーシュの前で、だが、コーネリアは、ふと口角を上げて表情を緩めた。

「コゥ義姉上?」

 挑発して本音を引き出すという狙いがはずれて、咄嗟にルルーシュの口からは昔の義姉の呼び名が飛び出した。それに満足そうに目を細め、第二皇女は高らかに続ける。

「本題に入ろう。……お前たちの後見に、表だってはこのコーネリア・リ・ブリタニアが立つ事が決まった。義兄上も皇帝陛下もご承知の事だ」
「お姉様、それは本当ですか!?」

 驚きに声を失ったルルーシュの傍らで、ユーフェミアが、嬉しそうに驚きの声を上げる。
 ルルーシュは、コーネリアとユーフェミアを見比べて、やがて、唇を歪めて笑った。

「ユフィのためですか。あなたは相変わらず妹には甘くていらっしゃる」

 それしか理由は考えつかない。
 そもそも、シュナイゼルが二人の皇族復帰の後押しをした以上、表だって後見をする必要などないはずだ。マリアンヌを疎んじていた名門貴族や、コーネリアの母后のコーネリアに対する風当たりが強くなるだけである。
 唯一の可能性としてはシュナイゼルがコーネリアに要請をしたという線があるが、シュナイゼルにそこまでのことをする理由などないはずだし、これによってシュナイゼルに恩を売れるほど彼にとって自分たちが大きな存在ではないということはルルーシュ自身が一番良く知っている。
 義弟の侮辱とも取れる疑問に、コーネリアは怒気を浮かべるでもなくあっさりと頷く。

「それも勿論あるが、それだけではない」
「まさか、義姉上まで私達を哀れんでくださるとでも? らしくないですよ」

 鼻で笑ったルルーシュの挑発に、コーネリアは苦笑を浮かべた。

「まあ、それもあるな。今のお前は、起き上がれもしないひどい様子だ」

 肯定されて、ルルーシュの口の中に苦いものがわきあがる。屈辱感を誤魔化すように、彼は性急に問いを重ねた。

「ならば他に、どういうつもりで、私たちの後見をなさると? 義姉上にメリットがあるとは思えませんが。何らかの道具にでも使おうと?」

 コーネリアは、ずいとルルーシュに顔を近付けた。

「私は、お前に詫びなくてはならない」

 真剣な声だった。

「お前は覚えているな。……マリアンヌ様が身罷られた際に、警護を担当していたのは私の部隊だった」

 ルルーシュは眼を細めた。続けられる言葉次第では、皇帝を飛び越えて、最大の排除対象はこの義姉となる。たとえば、コーネリアがマリアンヌを殺害させるために、わざと侵入者を見逃した、などということであれば。

「マリアンヌ様をお守りしきれず、すまなかった。お前がそもそも皇帝陛下に馬鹿なことを申し上げたのも、マリアンヌ様が身罷られたせいだろう。……私には、マリアンヌ様をお守りしきれなかった責がある。よって、おまえたち二人は、マリアンヌ様に代わって、私が保護する。母上にも文句は言わせぬ。異論があるか?」

 最後まで真摯に語られたそれは、ルルーシュにとってはひどく意外な台詞だった。言葉の裏を探るようにコーネリアの表情を窺うが、真剣な顔に、嘘偽りの気配はなかった。
 横でユーフェミアが理解の色を瞳に浮かべて頷いているところを見ると、コーネリアが七年前のことを気にかけていたのはユーフェミアも承知のことのようだ。コーネリアはともかく、ユーフェミアに腹芸ができるとも思えないし、コーネリアがユーフェミアにわざわざ嘘を言っていたとも考えにくい。
 だから、ルルーシュは眉を寄せて、正直な感想を口にした。

「……義姉上がさほど七年前のことを気にかけておられたとは意外ですね」
「コーネリアは閃光のマリアンヌ様に憧れていたからねえ」

 横からシュナイゼルが茶茶を入れる。途端に、コーネリアの頬が赤らんだ。

「やめてください、義兄上」

 動揺するコーネリアの様子は、見せかけには見えない。
 小さく咳払いをして、第二皇女は続けた。

「ともかく、お前の優秀さは義兄上の折り紙つきだ。私に恥をかかせるようなことはあるまい?」

 体力は相変わらず心許なそうだが、とは余計な言葉である。

「……努力いたします」

 ルルーシュは、小さなため息とともに言葉を押し出した。どのみち、皇帝と帝国宰相が承知している以上、ルルーシュには是と言う以外の選択肢などない。否と言ったところで何も状況は変わらず、反抗的な態度を取れば、徒にルルーシュの、そしてひいては同母妹であるナナリーの立場が悪くなるだけだ。

「……少し、疲れてしまいました。休ませていただいてもよろしいですか」

 何もかもが、ルルーシュの意志を無視して動き出している。現在の自分は、どれほどそれが不服であろうとも、ベッドの上から起き上がることもできはしないのだ。

「そうだね、無理をさせた。ゆっくり休みなさい」

 答えたのはシュナイゼルだ。ルルーシュは、相変わらず得体の知れない微笑みを浮かべる次兄に、視線を向けた。

「アッシュフォードには寛大な措置をお願いします」

 ブリタニア帝国の慈悲を願うのは業腹だが、これだけは譲れないことだった。二人に何くれとなく便宜を図ってくれていたルーベン・アッシュフォードが投獄されでもしたら、ミレイに顔向けできなくなる。尤も、これから先、会う機会があるのかさえ不明だが。

「もちろんだ。彼らは君達を保護してくれていた功績者だからね」

 力強いシュナイゼルの言葉を聞きながら、ルルーシュは深く、息を吐いた。


* * *


 「ルルーシュとナナリーが生きて私達の元に帰ってきてくれたことを祝って」

 シュナイゼルの言葉に、席についた皇子皇女が自分のグラスを掲げ、口をつけてテーブルに置いた。
 それを待っていたように、お仕着せの衣装に身を包んだ給仕の女性達が、流れるような美しい所作で、料理の皿をワゴンの上からテーブルの上に並べていく。
 緋絨毯の敷かれた広い室内は、豪奢なシャンデリアであまねく照らし出されている。壁に一定の間隔を置いて惜しげも無く名画が飾られているのは、さすがに芸術を愛する皇子の正餐室といったところだろうか。
 細長いテーブルの端、一番の上座にシュナイゼルが座り、その左右にクロヴィスとコーネリア、そしてそれぞれの横にナナリーとユーフェミアが座している。これほど多数の皇族を迎えたことは初めてだろうに、よく躾けられているのだろう、給仕は一切の好奇心を表情に浮かべることも、皇族の表情を窺うこともなかった。

「本当に、よく生きていてくれたな」

 コーネリアが労りと共にナナリーに視線を向ければ、ユーフェミアも涙ぐんで頷く。

「ジェレミア卿より話を聞いた時は、何かの間違いだろうと思いましたが」

 クロヴィスが、その時を思い出したように、苦笑する。
 彼にとって、今回のことは晴天の霹靂だった。

「駆けつけてみればルルーシュは危篤で……、義姉上にどれほど叱られるかと、背筋が凍ったものです」
「まあ、お義兄様ったら」

 ルルーシュが目覚めてくれて本当に良かった、と大仰に胸を撫で下ろしてみせるクロヴィスに、ユーフェミアがくすくすと笑い声を上げた。
 ルルーシュが病院に担ぎ込まれてから丸二日、意識を取り戻して兄姉と会話してからは、一日。あれから二度ほどルルーシュは目覚めたが、医者によれば特に問題もなく、完全に危機は脱したという。今夜は多忙を極めるシュナイゼルが中断していた公務に戻るということで、兄弟姉妹だけで内々に別れの晩餐会を開いているところだった。

「あの……」

 和やかな雰囲気の中で、遠慮がちな声がテーブルの端から上がった。末席に座ったナナリーだ。全員の視線が、まだ幼さの残る少女に注がれる。

「お伺いしても……よいでしょうか」

 ナナリーはルルーシュが意識を取り戻した後は、半ば強制的に休息を取らされていたから、兄姉と対面したのはそれから初めてのことだ。
 彼女は、瞳に決意を漲らせて、真剣な顔で、義兄を見つめている。
 和やかとは言いがたい義妹の表情に、クロヴィスは怪訝な顔になる。

「なんだい?」
「お兄様がどうして撃たれたのか、分かったのでしょうか」

 ひたむきな眼差しは、一切の誤魔化しを許さないというように、じっとクロヴィスの瞳を見つめている。
 クロヴィスは答えに詰まった。既におおよその事情は判明しているが、ここで話題にするべきことではないし、わざわざ義妹の耳に聞かせるようなことでもない。

「それは……」
「ナナリー、このような場で」

 クロヴィスに助け船を出す形でコーネリアが窘めるのを、シュナイゼルが制した。

「いや、仕方ない。ナナリーには知る権利がある。クロヴィスは言いにくいだろうから、私から答えよう」

 ナナリーはクロヴィスの上からシュナイゼルの上に視線を移動した。次兄は眉を寄せて、申し訳なさそうな顔をしている。

「一部の兵士が、ルルーシュにテロリストの盗んだ軍事機密を見られたことに焦って、ルルーシュを撃ったそうだよ」

 既に知っていたのだろう、第二皇女と第三皇子の二人は、シュナイゼルの言葉に苦々しい顔になる。対して、何も知らされていなかったユーフェミアとナナリーは顔色を変える。

「そんな……」
「平時ではなかったとはいえ、一般市民を問答無用で撃つなど、とんでもない話だ。帝国宰相として、私からも詫びよう」

 すまなかった、と告げられて、ナナリーは首を振る。

「いえ、シュナイゼルお義兄様に詫びて頂くなんて……でも、じゃあ、お兄様を撃った人は、もう捕まっているのですね」
「そう聞いているよ。本人も罪を認めているし、近日中に軍事法廷にかけられるだろう」

 念を押せば、返ってきた聞き慣れない物々しい言葉に、ナナリーは目を見開いた。

「軍事法廷……ですか」
「軍律違反に、皇族に対する反逆罪だからな、相当の罪になる筈だ」

 吐き捨てるように言ったのはコーネリアだ。引っ掛かるものを感じて、ナナリーは眉を寄せた。

「反逆罪というのは、お兄様を撃ったことでしょうか? でも、ほとんどの方はお兄様のことなど知るはずもないですし、軍律違反だけで良いのではないのですか」

 兄を問答無用で撃ったという相手への怒りは、無論ナナリーの胸の中にも有り余るほどにある。だが、皇族を撃ったということについては、身分を隠していたナナリー達に非があるのも確かだ。何より、自分を撃った犯人にその罪を適用することを、とりわけ兄は望まないはずだった。
 皇位継承権を戻されたと聞いた時、ルルーシュの顔を一瞬だけよぎった嫌悪の表情が脳裏に浮かぶ。兄の意志を裏切ってブリタニアに助けを求めたナナリーとしては、せめてこれ以上、ルルーシュと帝国の間の亀裂を広げたくない。

「コーネリア」

 窘めるようなシュナイゼルの呼び掛けに、第二皇女はしまったという顔でそっぽを向く。

「お義兄様?」

 ナナリーの重ねての問いに、シュナイゼルは溜め息を吐いた。

「これは、君にはショックだろうから、言わないでおこうと思ったのだが……」

 珍しく躊躇う様子のシュナイゼルに、ナナリーは居住まいを正した。

「いいえ、何もかも、教えてください、お義兄様……私はもう、世界から目を背けようとは思いません」

 ――そう、そんなことは許されない。ルルーシュの思いを裏切ることになると知っていながら、ブリタニアに助けを求めてしまった今は。
 覚悟を漲らせている妹の様子を眺め、シュナイゼルは諦めたように口を開いた。

「……ルルーシュを撃ったのは、枢木スザク、という名前の名誉ブリタニア人の二等兵だと聞いている」

 何を聞いても、受け止める覚悟を決めていた筈だった。けれど、余りに意外な名前に、ナナリーは一瞬、言われた内容が理解できなかった。

「スザクさん? スザクさんって、あの……?」

 枢木スザクと言えば、自分達が七年前、人質として日本に送られた際に、預けられた家の息子で……兄と自分の友人だった。少なくとも七年前は。

「そう。七年前に君達が預けられた枢木首相の一人息子だ。当然ながら、きみたちが皇族だと知っている筈の数少ない一人だし、本人も、皇族と知りながら撃ったことを認めている」
「そんな……嘘です、スザクさんがお兄様を撃つなんて」

 ナナリーは呆然と呟く。
 もしも足が不自由でなかったら、彼女は無礼も忘れてその場で立ち上がってしまっていたかもしれない。それくらい、ナナリーにとってそれは衝撃的な内容だった。
 彼女が必死に言い募るのに、シュナイゼルは沈痛な面持ちで頷く。

「信じられなくても無理はない。だが事実だ。我々としても、皇族と知りながら、刃を向けたという事実を、無視することはできない」

 分かってほしい、と言われて、それ以上は何も言えず、ナナリーは俯く。

「……ねえ、ナナリー。二人はこのエリア11でどう過ごしていたの?」

 沈み込んだ空気を取り成すように、ナナリーに明るい声で話しかけたのは、向かいに座るユーフェミアだった。
 ナナリーは顔を上げて、慈愛の微笑みを浮かべる義姉を見た。その眼差しにも表情にも七年前と変らない親愛の心が溢れていて、だからナナリーもぎこちないながらも、微笑んで答えることができた。

「学園に通っていました。アッシュフォード家が便宜を図って下さって」
「あら、それはとても素敵ね。私も本国では学生なのよ。でも、身分が知られているから、なかなか親しいお友達ができなくて……楽しかった?」
「はい、とても」

 ナナリーは学園生活を思い出しながら、頷く。個性豊かな学園行事の数々を思い出せば、自然に顔が綻ぶ。

「しかし、身分が知られていなくても、あの唯我独尊を地でいくルルーシュに、友人ができたのか?」

 コーネリアが眉を寄せながら、想像できんな、と呟けば、その場の全員が笑い出し、空気が一気になごんだ。

「あら、お兄様は生徒会の副会長だったんですよ! 生徒会の方々は、お友達……だったんだと思いますけど」
「ねえ、写真はないの?」

 ユーフェミアが瞳をきらきらと輝かせて訊いてくる。

「生徒会のですか?」
「それもだけど、あなたたちの七年間の写真よ。どう過ごして来たのか見たいの」
「それは私たちも是非見たいね」

 シュナイゼルが同意する。

「写真……ですか。あるとは思うのですが、私は目が見えなかったから、見たことがなくて……でも、お兄様が管理なさっておられたと思います」

 ナナリーの言葉に、クロヴィスは首を傾げた。

「君の眼は見えてるじゃないか」

 義弟の空気の読めない言葉に、コーネリアが殺気をこめて睨み付ける。折角の和やかな雰囲気がぶち壊しになったら、どうしてくれる。

「それが、見えるようになったのは二日前なのです」

 ナナリーが多くを語らずとも、全員がその原因を悟って、沈黙した。
 まだ、たった二日。けれど彼女にとっては、数年にも等しいほど激動の二日だった。

「かわいそうに、辛い思いをさせてしまったね」

 重苦しい空気を打ち破ったのはシュナイゼルだ。

「だが、結果的には、ルルーシュが助かった今、きみたちが最も穏便に帰ってこれたことと、眼が見えるようになったことを嬉しく思うよ」

 ナナリーの快復に、とシュナイゼルが再び杯を掲げた。全員がそれに倣う。

「ありがとうございます」

 ナナリーも恐縮しながら自分のグラスを掲げた。
 結果だけを見れば、ナナリーの視界と、ブリタニア皇族への復帰と引き換えに、二人は自由を失った。得たものにルルーシュの命を加えるとしても、失ったものの価値を思えば、ナナリーの心は、ともすれば、不安に飲み込まれそうになるのだった。


* * * *


 近くで響いた電子扉の開閉音に、枢木スザクは、固い寝台の上で、薄目を開けた。身動ぎすれば、二日間の間に痛め付けられた全身が、ずきりと疼いた。
 連行されてから間断なく続いた、体罰を含む尋問に、肉体的にも精神的にもダメージを受けている。憎々しげにスザクを見下ろした青年将校のまなざしを思い出し、スザクは溜め息をついた。
 やむを得なかったのだと説明すればするほど、彼の怒りの火に油を注いでしまったようだ。皇族を撃つなど、確かに法に則れば、いかなる場合でも許されざる行為だろう。脳裏に旧友の崩れ落ちる姿がまざまざと甦って、スザクは顔を歪めた。握りしめた拳の背で、視界を覆う。
 自分のこの手でルルーシュを、皇族と知りながら撃ったのは確かだ。スザクには、その点について否認する気などなかったから、悪くすれば極刑だろう。この場合、殺意の有無など問題ではない。
 そうと分かっていても、スザクの心は落ち着いていた。むしろ、心に巣くっているどす黒いもの、七年前から、絶えずスザクの心を責め苛むそれは、今までにないほど落ち着いている。

 ――自分は紛れもなく罪人なのだから、裁かれるべきだ。だから、これは正しい。

 心の内の声と共に唐突に、血を流して倒れる旧友の姿に、もう一つの記憶が重なりそうになる。彼は慌てて幻影を振り払うために、起き上がった。
 足音が、スザクの独房に近づいてきている。
 彼に対する尋問は終わったはずだが、まだ続くのだろうか。スザクは居住まいを正した。明朝は軍事裁判所に護送されると聞いていたが、今はまだ夜中だ。いくらなんでも早すぎるし、足音は一つのようだ。それと、微かな金属音がカラカラと響いている。何の音だろうか。
 動物園の珍獣よろしく、強化ガラス張りになっている廊下を眺めて待つことほんの少し、現われた人物に、スザクは息を呑んだ。
 苦虫を噛み潰したような表情の青年将校に押された、車椅子の少女。
 緩くウェーブのかかったプラチナブロンドの髪は肩の下まで流れ落ちており、幼さの残る顔立ちはひどく不安そうだった。
 スザクはこの少女に見覚えがある。そう、自分を食い入るように見つめる紫の瞳以外は。

「ナナリー……!?」

 無意識に漏れた驚きの声に、少女の背後の青年の眉が、ぴくりと跳ねる。

「貴様、殿下を呼び捨てにするとは……」

 鈴を転がすような声が、男の怒声を遮った。

「構いません。――本当に、スザクさん、なのですね」

 哀しみに満ちた瞳で、少女は呟くように言った。


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