グルメ騎士が根城にしている『粗食の丘』こののどかで穏やかな地域でグルメ騎士たちは日々精進を繰り返していて、リーダーである愛丸のテントの中にトリコと愛丸は居た。
前々からトリコの病気のことに関しては聞かされていた。愛丸自身も近々自分を頼って彼がやって来ることは分かっていて、準備は万全にしていた。
まずはトリコの癌細胞を抽出し、それを現在分かっている中で驚異的な再生能力を持っている生物『無限トカゲ』の肉に注入し、弱い癌細胞を作り上げて愛丸が食べる。
そして自分の中で抗体が出来上がったところで、それをトリコに注入する。これが愛丸が普段から行っている治療法だ。
この方法で多くの人々が救われ、今頃はトリコも待つべき人の元へ戻っていくだろうと愛丸も思っていた。
だが現実とは非情である。
トリコは目の下に隈を作った状態で力なく、泣き崩れる愛丸をジッと見つめていた。
それは治療の失敗を知らしていて、トリコとの永遠の別れが決まった瞬間であった。
「泣くなアイ、男前が台無しだぞ」
自分に与えられた残りの時間は分かっているトリコだったが、それでも彼はいつも通りの態度で愛丸に接する。
普段から自然の流れるままにをモットーにしている愛丸でさえ、古い友人の死には気が動転していたが、それでもトリコは自分を気遣っていた。
トリコの中で覚悟が決まっているのを見ると、愛丸は涙をぬぐい失敗に終わった原因を話し出す。
「普通ならばこれで大体の病気は治るはずなんだ。だがお前の場合は普通のグルメ細胞が進化すると同時に、グルメ癌細胞は癌細胞で強靭な物に進化してしまっていたんだ……」
普通ならばグルメ癌はその人に取って適合した食材を食べることでグルメ細胞が癌細胞を死滅させるものだが、だがトリコの場合はその強靭なグルメ細胞が仇となってしまった。
グルメ癌細胞もまた滅びに対抗しようと食べた食材を力に変えて、進化し続けていたために再生が追いつかない状態になってしまっていた。
自分の非力さを嘆く愛丸であったが、それでもトリコは変わらずに力なく「そうか……」とだけ言うと、立ち上がってテントを後にしようとする。
「世話になったな。『GOD』をお前に任せちまうことを許してくれ」
それだけを最後の挨拶としてトリコは旅立とうとしていた。
彼の性格上湿っぽいのは嫌うタイプなので、最後の瞬間もまた明日普通に出会うのではないかと言うノリで消えようとしていた。それは分かっているのだが、愛丸は最後にどうしてもやっておきたいことがあり、トリコの手を取ると一緒にテントの外へと連れ出す。
「何だよ一体?」
「会ってほしい奴が居るんだ。そいつに一言エールを送ってくれ」
愛丸が帰りの馬を用意するとその上にトリコを乗せて、引き連れながらこれから会う新人のグルメ騎士に付いて話し出す。
自分が助けた患者の一人であり、グルメ界の呪いにかかった少年『滝丸』は愛丸の手によって救われた一人であり、最後の瞬間まで一人ぼっちで人生を終えようとしていた自分を救ってくれた愛丸に恩返しをしようと、滝丸はグルメ騎士となって日々精進を繰り返していた。
グルメ騎士の中ではまだまだ若輩者ではあるが、最近ようやく実戦の狩りで通用するまでのレベルになったのだが、精神面で未熟な部分が多く、その事を心配した愛丸は最後にトリコに何か一言言ってもらおうと滝丸の元へ連れて行く。
そう話している間に訓練場である広い草原に到着する。
滝丸は一人フォームのチェックを何度も繰り返していたが、愛丸に呼ばれると滝丸は動きを止めて愛丸の元へと向かう。
「オレの古い友人のトリコだ。挨拶をするんだ滝丸」
「初めまして滝丸と申します。トリコさん」
行儀よく頭を深々と下げる滝丸だが、トリコが気になったのはその見た目だった。
年齢や性別で人を差別するタイプではないトリコなのだが、その若すぎる見た目が気になってトリコは一言滝丸に質問をする。
「お前いくつだ?」
「16歳です」
まだ未成年の滝丸を見てトリコの中で頭に浮かんだ顔は自分の家に待たせている一人の少女の存在。
強がってはいるが本当のところ誰よりも孤独を嫌い、さみしがり屋な彼女のことを思い出すとトリコは感慨深い表情を浮かべた。
――ウチのチビと一歳しか違わないのか……
目の前の滝丸と杏子をダブらせたトリコは愛丸から自分のことを何度も聞かしている滝丸をジッと見つめる。
そして全ての情報を愛丸から聞かされた滝丸は真剣な表情を浮かべながら、トリコの顔をジッと見つめていたが、トリコはその頭に軽く手を添えると穏やかな顔を浮かべながら一言言う。
「滝丸とか言ったな。強くなれ、男なら強くだ。女を守れるぐらい強い男にな」
「ハイ」
それは滝丸に向けてのエールも含めて、一人でも多く杏子の仲間が増えればいいと言うトリコの願いも込めての言葉。
温かな手を添えられると滝丸の中で勇気が膨れ上がって来る。より一層強くならなければと言う想いが強まり、早くトレーニングに戻りたいと言う気持ちは体温の上昇で伝わってきた。
これ以上は自分は邪魔になるだろうと思ったトリコは馬を帰る方向に向けると、小さく愛丸に向かって手を振りながら「じゃあな」とだけ言って、自分が最後にすべきことをやるために旅立っていく。
最後に見送るであろうその背中を二人はジッと見つめていて、愛丸は最後に滝丸の肩を小さく叩くとトリコの背中を指さして語る。
「最後のその一瞬までアイツのように強く気高く生きるんだ。出来るな?」
「ハイ!」
先程までどこか頼りなさがあった滝丸だが、トリコに出会った瞬間一気に男の顔になったのを愛丸は感じていた。
瞬く間に成長した滝丸を見ると愛丸は穏やかな笑みを浮かべながら一言「いい顔だ……」とだけ言って、滝丸の特訓に付き合う。
自分もまた自分の言った言葉に責任を持って、最後の一瞬まで気高く生きようと心に決めながら。
***
周りを埋め尽くすのは水中の生物が肉眼で確認できるぐらい透明度の高い澄んだ海。
その中央にポツンと浮かぶ小島の上で長めのビーチデッキに座りながら、トリコと立派な口髭を蓄えた金髪の老人は並んで同じ海を見ていた。
「すまねぇなオヤジ。やるだけのことはやったんだがな」
「お前はお前の戦いを最後まで諦めずにやり続けたんじゃろ。ワシに謝る必要は無いわい」
テーブルの上に置かれたワインを飲みながら二人は語り合っていた。
IGO会長の一龍は多忙なスケジュールを調整して、トリコと最後の語らいをするため普段はバカンスに使っている小島に招待するとトリコの最後の頼みを叶えようと彼の話を聞こうとしていた。
「じゃが何を今さらやろうとしとんじゃ? ワシは普段から口を酸っぱくして言うとるじゃろ。美食屋なんて常に死と隣り合わせの危険な仕事なんじゃから、自分が死んだ時の準備はちゃんとせぇと……」
「これだけはオヤジじゃないとできないんだ」
長々とした説教を聞くのが嫌になったのもあるが、トリコはどうしてもIGOの技術力が無ければ出来ない最後の頼みを叶えてもらおうと一龍にここ最近話していなかった自分の近況を話し出す。
一年ほど前からひょんなことから自分の元に居候ができたこと。
その少女は死んでしまった友達のため、そして自分自身のために美食屋の道を歩もうとしていることを。
そのために自分もノッキングに関しての教育や現地へ何度か連れて行ったことを全て一龍に伝えた。
全てを聞き終えると一龍は力なくため息をつきながら空を見上げ、トリコの真意を聞き出そうとする。
「それで何じゃ? 保護でもお願いしてもらいたいのか?」
「アイツはそんなタマじゃねーよ。オレが死んでもアイツには世の中に負けないでほしいんだ。そのためには気持ちだけじゃダメだ。力が無ければ潰される」
「何も美食屋になるだけが世の中を生きる術じゃないじゃろ。何ならワシがどの道を選べるように本人と会って、教育と斡旋を行うから……」
どこかで興奮して周りが見えていないトリコを宥めるように一龍は一言言う。
自分の中で勝手に杏子が美食屋の道を歩むしかないと思っていたトリコは一龍の言葉で鎮静し、一言「スマン」とだけ言うと改めて自分がやるべきことをやろうと一龍に話しだす。
「だがもしアイツが美食屋の道を歩むってんなら、グルメ細胞の移植は必須だ。だから……オレのまだ安全なグルメ細胞を取り出して浄化の上保存してくれ!」
「何じゃと!?」
トリコの発言に思わず一龍は素っ頓狂な声を上げる。
自分の体を支えている健康なグルメ細胞の摘出、それは言うならば自分の寿命を縮める行為でもあった。
ただでさえ短い寿命を更に短くしようとしているトリコの願いに一龍は驚愕した顔を浮かべたまま、どう対応していいか分からないでトリコの顔を見ていたが、その目には強い決意が浮かび上がっていて、否定を許さない力強さが感じられ、説得は無駄だと分かった一龍はため息を一つつくと、懐から携帯電話を取り出して部下たちに指示を出す。全ての指示が終わると携帯電話を閉じてトリコと向かい合う。
「指示は全て出しておいた30分後にはここに来るからな……」
それだけ言うと一龍は再びビーチデッキに座るがトリコの方を見ようとはしなかった。
その背中をトリコは力なくジッと見つめていた。
子供の頃から大きく感じていた背中。
身長が越した今でもその大きさは変わらない物だと思っていたが、今の一龍の背中は縮こまり小さい物にトリコは感じた。
どこか気まずい感じで二人は時間を共有し合っていたが、もうすぐ職員たちが近づき一龍とトリコの間で恐らくは最後の時間が近づいてくるとその背中が小刻みに震えだし、一龍は最後に一言つぶやく。
「トリコ……どんなに経験を積んでも、どんなに年を取っても……涙は枯れないもんじゃな……」
決して振り返ろうとしなかったが、その顔が涙でクシャクシャになっているのはトリコでも分かることだった。
床が涙で濡れて行くのをトリコは何も言わずに見つめていた。変な慰めは邪魔になるだけだし、自分が声をかけてもどうにもならないと言うことは分かっている。
トリコは何も言わずにその背中を最後までジッと見つめていた。から意地だけでもそれが最後に父親としてトリコに向けてやれるメッセージだと言うことは分かっていたから。
そして職員たちが到着してトリコが一緒に研究所へ向かおうとしている間も二人は何も言わずに去って行った。
こうして父と子の最後の語らいは不気味なぐらい静かに終わった。言葉は無くても通じあえる部分はある。お互いにそう信じていたから。
***
グルメ細胞の摘出及び保存が終わると、次にトリコが向かったのはグルメ研究所だった。
マンサム所長との語り合いは本当に簡素な物で済んだ。所長自身湿っぽいのを嫌うタイプであり、トリコと行ったのは最後に酒を酌み交わすことだけであり、最後の一杯を飲み終えると、まるで明日また会うかのようなテンションで「じゃあな」とだけ言うと、所長室に戻っていく。
これ以上所長と話すことはないと感じると最後にトリコが向かったのは所長に指示された猛獣使いの控室。
そこに誰が待っているのかは知っている。トリコが数回のノックの後に返事を聞いて中に入るとそこに待っていたのは予想通りの人物だった。
「待ってたしトリコ」
リンはどこか寂しげな笑みを浮かべながら簡素なパイプ椅子に座ってトリコを待っていた。
トリコは何も言わずに向かい側においてあるパイプ椅子に座ると、リンはどこかぎこちない感じの笑みを浮かべながら話し出す。
「えっと……やるだけのことはやったんだよね?」
「もちろんだ」
「だったら、ウチが言うことなんて何もないし。それでこれからどうすんの?」
リンが一番に気になっているのはトリコの最後の時間の使い方だった。
出来ればその一瞬まで自分と時を過ごしてもらいたいのが本音だが、トリコの心が決まっているのは分かっていた。
だがそれをトリコ本人の口から聞きたいと言う切なる願いが本人にも届き、トリコは先程グルメ細胞を摘出された苦しみもあり、軽くせき込みながらも答え出す。
「家に帰るよ。待ってる奴も居るし」
「そうだねトリコなら絶対そう言うと思ったし」
半分分かっていた事実だが、そう答えてくれなければ自分が好きになった彼ではない。
落胆半分、期待通りの答えを言ってくれた嬉しさ半分でリンはどこか悲しげな笑みを浮かべながらもトリコと最後の会話を交わす。
「あのねトリコ、分かってるかもしれないけど、ウチ、トリコのこと好きだよ」
「ああ。だがお前の気持ちに応えてやることはできない、オレはお前の手の届かない遠いところに行っちまうからな」
半分は分かっていた答えだった。トリコは自分のアプローチに対しても淡白な対応しか返してこず、トリコ自身恋愛事に大して興味が無いことも。
だが自分自身気持ちはちゃんと伝えたいと言う想いがリンに告白をさせ、そしてちゃんと一つの恋に決着を付けた。
トリコがそこから居なくなるのが悲しかった。だがトリコのため、そして自分自身のためにも自分がなすべきことは何かと言うことも分かり、リンは精一杯の笑顔を作るとトリコを見送ろうとしていた。
「じゃあ、ちょっとの間バイバイだね。ウチがそっちに行くのはずっとずっと先になると思うけど、その時はよろしくねトリコ」
「ああ、簡単に顔見せるんじゃないぞ。幸せになるんだぜ」
それがトリコが送ることが出来る精一杯のエールだった。
口下手で多くのことを語りたがらないタイプのトリコ。そんな彼だからこそ自分は彼のことを好きになって、自分なりにアプローチを繰り返していた。
そんな自分が最後に出来ること、それは好きになった人の最後を見届けることだ。
いつものようにのっそりと歩きながら自分に向かって手を振るトリコはいつも通りのトリコだった。
だから自分もまたいつも通りの感じでその背中が見えなくなるまで手を振り続けていた。そしてトリコの姿が見えなくなると、どこかさびしげな笑みを浮かべながら隣の部屋に居るサニーの元へ向かう。
ノックも無しにリンは兄がいる部屋へと入る。
こう言う時マナーにうるさいサニーは何かと口うるさく自分を叱るのだが、今日に限っては真剣な表情を崩さないまま、パイプ椅子に足を組んで座っていて、ジッと天井を見つめているだけだった。
何も言わないサニーを見るとリンが自分のことを報告しはじめる。
「あのねウチ、トリコにちゃんと告白できたよ……それでねフラれちゃった。『お前の気持ちに応えてやることはできない』ってね」
どこか悲しげな笑みを浮かべながら自嘲気味に話すリン。
サニーはそんなリンを責めるわけでも、からかう訳でもなく相変わらず普段は中々見せない真剣な表情を浮かべたまま、天井を見つめるだけだった。
こう言う時に言葉は返って邪魔になるだけ、それを知っている二人は何も言わずに沈黙だけがその場を支配していたが、やがて耐えきれなくなったリンがおずおずと口を開きだす。
「何て言うかさ、ウチって本当にバカだよね。自分一人で舞い上がってさ、トリコの力に何にもなれてないのにさ……」
「バカなんかじゃないさ」
自嘲するリンに対してサニーは天井を見たままではあるが、静かに口を開くとそのまま持論を語りだしていく。
「お前はお前なりにアプローチを繰り返し、そして気持ちを伝えて決着を付けた。その心のありようは誰にも真似できないお前だけの美しさだ。今お前最高に美しいよリン」
普段は自分のことをバカにするばかりのサニーが自分を美しいと褒めたたえてくれた。
これはリンの堤防を崩壊させるには十分な一言であり、リンはサニーの背中に抱き付くとさめざめと泣きだす。
妹の涙を背中で感じながら、サニーは相変わらず虚空を見上げたまま一言つぶやいた。
「全く見る目の無い奴だぜトリコは、こんなにもいい女ふるんだからな……」
そう言うサニーの目には涙が溜まっていたが、決してそれを外に出そうとはせずジッと上を見ることで涙がこぼれないようにしていた。
子供のころからずっと一緒だった存在との永遠の別れは辛かった。だが自分にはその大切な友達と交わした約束がある。
自分が居なくなった後、数年の後『グルメ日食』は起こり、その時はトリコがフルコースのメインディッシュに選んでいた頂点の食材『GOD』が蘇る。
GODは多くの人民たちが狂気に導かれ、それを独占しようと言うのなら再び大規模な戦争が起こりかねない。だからこそGODは分け与える物が得て、多くの人々に分け与えなくてはいけない。
サニーはそのことをトリコと約束したのだ。だから自分に泣いている暇などないし、涙を流すわけにもいかない。精一杯のから意地を張って、サニーは体を震わせながらも涙がこぼれないように上を見続けていた。
これから先もっと自分は強くならなければいけない、精神的にも肉体的にも、そのための修業の一つだと思っていたから。
***
何となくの予感はあった。
トリコが本当の意味で自分の手が届かない存在になってしまうことを、だがどこかで信じたくないと言う想いから今までその事を考えようとはしなかったが、ココの口から電話で残りの時間に関しては日単位で考える覚悟を持ってもらいたいと聞くと、杏子の精神は遠い所に持って行かれそうになっていたが、ココの震える声がそれを繋ぎとめていた。
出会って一年半ぐらいしか経っていない自分と違って、ココたちはトリコとは子供の頃からの付き合い、その濃厚さは彼らの思い出を知らない自分でもよく分かっていること。
自分勝手にさやかと心中の道を選んだ自分が、まさかこの世界でも大切な存在と別れなければいけないと言う事実、それは15歳の少女には重すぎる現実だった。
少しでも気を紛らわそうと杏子はココに話しかける。
「お前やサニーとはちゃんと話をしたのか?」
言ってから激しい後悔が杏子を襲う。
この瞬間一番辛いのはココやサニーのはず、もう一人居る四天王の『ゼブラ』とは未だに連絡が取れない状態であり、話をしたくても出来ない状態だった。
話によれば猛獣を相手に各地で喧嘩をしていて、どこに居るのか全く分からないとのことである。会ったことはないが、身勝手極まりないゼブラに杏子は激しい怒りを覚えたが、今は質問の答えを待とうと、ココの答えを待った。
「大丈夫だ。気を遣ってくれてありがとう。君は本当に優しい娘だね」
「やめてくれ!」
ココの言葉にも杏子は否定の言葉しか返すことが出来なかった。
家族の時も、さやかの時も、そして今回のトリコの時も自分は何も出来ていない無力で無能な自分。
そんな自分を許すことが出来ずに、杏子は乱暴に怒鳴り散らしていしまうが、ここで蘇ったのは魔法少女時代のトラウマの一つ。
マミと喧嘩別れした時もちょうどこんな感じだったことを思い出すと、杏子の手から受話器が落ちそうになってしまうが、それを繋ぎとめたのはココの優しい声だった。
「ボクらはちゃんとボクらで決着を付けたさ、最後は君だ。想いに応えてやってくれ」
抗議の声を上げようとした瞬間に電話は切られた。
声色から言った言葉に虚勢が無いのは分かるが、それでも杏子の不満は募るばかりであった。
こう言う時にも関わらずトリコはいつも通りだからだ。まるで残り数日の命と言うのが嘘かのようであり、自分一人が事実を受け止められずみっともないように見えるからだ。
完全に八つ当たりだと言うのは分かるが、トリコ自身にも最後の時は悔いの無いように過ごしてもらいたい。
だからこそ自分なんかではなく、家族同然に暮らしてきた。ココたちと一緒に過ごしてもらいたいと言うのが自分の想い。
その事を伝えようとドアを睨んでいると、力なくゆっくりとドアは開かれた。
「トリコ! テメェ……」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、ドアが閉まりトリコの姿が完全に視界に入ると杏子は言葉を失った。
頬はこけ、目の下には隈が出来、体重は半分以上落ちて、丸太のように太かった腕も枯れ枝のようにやせ細っていたからだ。
元が巨人だっただけにやせ細っても一般人ほどの衝撃は無いが、それでも自分の中でのトリコは絶対に負けないヒーロー像があったので、杏子の中でのショックは凄まじい物だった。
ほんのひと月前まで自分と共に狩りをやっていた存在だとは思えなかったが、絶望に負けたくないと言う想いから、杏子は勢いよく首を振って頬を平手で思いっきり両側から叩くと自分に気合を入れなおして、トリコに対して食ってかかる。
「何でこんなところにお前が居るんだ!? お前がもう人生のエピローグを迎えようとしているのはココから聞いてるんだぞ! こんなどうしようもないクソガキに構ってないで、さっさとお前はお前が過ごすべき相手と過ごせ!」
まくしたてるように叫び続ける杏子の口を止めたのは、いつも通りに優しく置かれたトリコの大きな手だった。
やせ細っても、病気になっても、その手の暖かさと優しさだけは変わらず、先程まで絶望に負けないようにと怒りでコーティングされた心が溶けるような感覚を杏子は覚え、何も言えなくなっていた。
「ここがオレが最後の時を過ごす場所で、今目の前に居るお前が最後に過ごすべき相手だよ。杏子……」
知り合ってから一年半、トリコが初めて自分の名前をまともに呼んでくれたことに驚き、杏子はハッとした顔を浮かべながら、まっすぐトリコを見つめる。
相変わらず今にも倒れそうなぐらい不健康な顔色で、目の焦点も中々合わなかったが、それでもトリコは杏子を見つめようと、自分の体に鞭を打って同じようにまっすぐ杏子を見つめた。
「悪いな。アンコの方が呼びやすくてな。フォローに関してはお前が言ってくれ、ゴメンな……」
その寂しげな顔は普段のトリコからは想像できない物だった。
いつでも豪快に笑い飛ばしながら、どんな困難でも跳ね返して乗り越えてみせる。それが杏子の中でのトリコ像だった。
だからこそ、こんなことをトリコにはやってもらいたくない。父親が崩壊していくのとは別なショックが杏子を襲い、杏子は下を向いて震えながら置かれた手を退かす。
「バカヤロウが……遅すぎるんだよ……」
「悪い……」
「もういい、アタシはアンコだ! この世界でアタシはそう生きていく。そう決めたんだよ! だから……」
ここで杏子の堤防は崩壊し、そのままトリコの胸に飛び込んでさめざめと泣きだす。
自分勝手に感情をぶつけているだけの身勝手な行動だとは分かっていも理性が機能しなかった。
相変わらずのトリコと一緒の時の居心地の良さは、彼が死ぬ寸前でも変わることは無く、家族に捨てられたあの時とは全く違っていた状況に、杏子に涙を流し続けさせていた。
「アンコって呼んでくれよ……お前には最後までお前であってもらいたいんだよ……」
それは自分のトラウマを払拭するための杏子の願いだった。
この世界での優しさは自分が失った物を多く取り戻させてくれた。新しい肉体、寿命、美味しい食事、自分の役目、騒がしい仲間、そしてトリコと言う家族同然の存在。
もう失いたくないと言う想いから、最後の一瞬まではトリコだけはそのままでいてもらいたいと、杏子は年相応の子供のように泣きじゃくっていた。
初めて見る杏子の姿に、自分が死ぬと言う事実は自分が思っている以上に重たい出来事何だと改めてトリコは思う。
そして泣きじゃくる杏子の頭に手を置きながら、彼女を宥めるようにつぶやく。
「悪かった。オレが悪かったよアンコ……」
謝ったにも関わらず杏子は首を横に振って、トリコを許そうとはしなかった。
こんな杏子を見るのは初めてだが、トリコは分かっていた。
ワガママを言うのも、駄々をこねるのも、これが全部最後なんだと言うことを。
そして自分がなすべきことが分かると、トリコは決意を固めるように天を見上げた。
今自分の胸の中に居る少女の願いを叶えようと。
***
自分の残りの時間が限られた物だと分かっていても、トリコと杏子の生活はいつも通りの物だった。
朝起きて狩りに出かけ、同じ物を食べ、杏子はノッキングに関しての勉強、トリコは狩りをして家に帰ると言う日々をトリコは続けようとしていた。
それは自分が死ぬからと言って、腫れ物扱いされるのが嫌だと言う想いもあったが、杏子自身が一番望んでいるのがいつも通りの生活だと言う願いを感じたからだ。
双方の希望が合致し、二人はいつも通りの生活を行おうとしていたが、それにも限界が近づいていた。
やがてトリコは自分で自分の体重を支えることができないほどに筋力が落ちてしまい、車椅子での生活を余儀なくされてしまう。
当然車椅子を押すのは杏子だった。かつて、さやかの死体を運んでいた時もあったが、その時は空しさばかりが自分の胸を支配していたが、その頃のような悲しみだけではなかった。
ずっと頼りっぱなしだったトリコの明確な役に立つことが出来ることが嬉しく、トリコの世話を杏子は献身的に続けていた。
晴れた日には散歩に連れて行き、食事に関してもホワイトアップルをすりつぶした物しか受け付けなくなっていたが、日に数回に分けて与える食事をトリコはとても喜んでいた。
例え死ぬ寸前でも食べている瞬間が一番嬉しい、いつも通りのトリコに杏子の中に温かい物が芽生える。
そんな生活を過ごしながら、ひと月の時が経過しようとしていた。
暖炉の前で二人は向かい合ってソファーに座っていて、杏子は木彫りの人形を作ろうとしていて、もうじき完成しようとしていた。
基本的にどんなことでもそつなくこなせられる杏子ではあるが、芸術の類だけは大の苦手だった。
だから自分が作った下手な人形を見せて、トリコと一緒に笑い合おうと思って作って出来上がった下手くそな人形をトリコに見せる。
物を見るとトリコは軽く笑おうとするが、その瞬間にトリコの体はソファーから崩れ落ちて、力なく地面に落ちる。
「トリコ!」
杏子は出来上がった人形を捨てるとすぐにトリコの元に駆け寄る。
カレンダーを見れば、あれから医者に宣告された残り時間とほぼ合致していた。
これまでかと言う想いが杏子の心を絶望に染め上げようとしていたが、一番辛いのはトリコのはずと言う想いが突き動かし、トリコに肩を貸すとベッドまで連れて行く。
ベッドの上に横になったのを見届けるとトリコは最後の力を振り絞って、杏子の方を向くと遺言代わりの言葉を話そうとしていた。
「アンコ……遺言書はちゃんと用意してあるが、最後に話しておきたいことがある」
トリコの言葉を一語一句聞き逃すまいと、杏子は精一杯の真剣な顔を浮かべながら、彼の手を両手で包み込むように繋ぐと、静かに首を縦に振る。
杏子の方でも準備が出来たのを見るとトリコは語りだす。
「皆にも言ったことだが、お前にも同じことしかオレは言えない。幸せになれ、そのためにお前は生まれてきたんだ」
ありきたりな言葉であったが、そのことをからかう余裕は今の杏子には無かった。
ただ何も言わずに手をしっかりと握りしめて、静かにうなずくことしかできず、トリコの言葉の続きを待つ。
「なりゆきから美食屋の道を勧めたけど、別にそれだけが道じゃない。もしお前が他にやりたいことが見つかったっていうなら、オレのオヤジであるIGO会長の一龍を頼るんだ。大丈夫、オレの名前を出せば全て通るから」
美食屋以外の道を選ぶつもりなど毛頭無い杏子だが、トリコの恩義を感じながら何度も何度も頷く、次第に感極まってきた杏子は握っていた手も震えだし、感情を抑えきれなくなったのか話し出す。
「お前これで本当によかったのかよ?」
言葉の意味が分からずトリコは困った顔を浮かべていたが、杏子は怒りと悲しみが入り混じったような複雑な表情を浮かべていて、トリコを睨みつけながらもその目からは涙があふれ出していた。
「後悔とかないのか? もっと美味いもん食いたいとか、もっと友達と話しておけばよかったとか、そんな感情は沸かないのかってんだよ! 最後の最後までこんなアタシなんかの心配なんかしやがってよ!」
「無いな」
断言するようにトリコはきっぱりと言い放った。
以前この件についてもさやかと喧嘩になったのだが、彼女の時は虚勢が入っていたのは分かるが、今話しているトリコからはそれは全く感じられなかった。
だからこそ杏子もこの発言に噛みつくことなく、彼の言葉の続きを待つ。
「そう思って、これまでの人生を思い返してみたんだがな。別に怒りや憎しみは無いよ、ただ楽しかった。それだけはハッキリと言える」
そう言うトリコの顔は物凄い穏やかで温かな物であった。
満たされたというのはこう言うことなのだろうと杏子は肌で感じていたが、それでも目の前からトリコが消えると言う事実はあまりに重く、何とか現世に繋ぎとめておこうと引き続き話を続けた。
「ま、待てよ! それでも……」
「特にお前だ」
言葉に詰まっている状態の杏子に手が置かれる。
一年前に比べればやせ細って、手からは水分が無くなって、まるで老人のようなそれになっていたが、その温かさだけは変わらなかった。
子供扱いされているようで気に食わない行為だったが、この暖かさだけはかつて失った物を連想させる物があったので、トリコの行為を受け入れていた。
だがこの暖かさももう感じることは出来ない、最後だと分かるとついに杏子は感情を抑えることが出来なくなってトリコの胸に飛び込んでさめざめと泣きだす。
「泣くな。もう一緒に居てやることは出来ないが、オレはお前を見守っている。それだけはマジだ」
「向こうの世界でかよ!? そんな不確かなことを言うお前じゃないだろ!」
真意は別にあるのだが、今の興奮しきった杏子にそんなことを言っても通じないだろうと思ったトリコは後は遺言書に任せることにして、引き続き杏子の頭を撫でながら語っていく。
「話を戻すけどな。いくら思い返しても、ここ最近の記憶しか思い出せないんだ。だからなアンコ、オレの最後の言葉を聞いてくれ」
それがトリコの最後の願いだと分かると、杏子は涙でクシャクシャになった顔を上げてトリコの言葉を待つ。
「オレは美食屋でよかった。じゃなきゃお前と言う家族とも出会えなかったしな」
『家族』と言うキーワードは杏子に取っての琴線だった。
自分がずっと欲していた物だが、マミともさやかとも結局それだけの関係を築くことは出来なかった。
最後の最後でそれを手に入れることは出来ても、それも今失おうとしていた。だから杏子は必死の抵抗を見せる。
「何を言ってるんだ、まだこれからじゃないか! まだアタシはスタートラインにすら立ってないんだぞ。最後まで見守るのが先輩の役目じゃないのか!? オイ!」
「悪いがタイムリミットだ」
置かれた手が力なく地面に落ちる。
目が静かに閉じられるのを見るとトリコがこの世界に残された時間はもう無いと本能的に理解してしまう。
もう自分が言えることは何もないと判断した杏子は、最後のトリコの言葉を待つ。
「悪くねぇ人生だったぜ……ごちそう、さまでした……」
最後の言葉を言うとトリコの口から呼吸音が聞こえなくなる。
反射的に杏子は尻ポケットに入れておいたペンライトを取り出し、目にライトを当てると瞳孔が開いていた。
続いて胸に耳を当てる。心臓の鼓動は聞こえなかった。
完全にトリコの存在がこの世から消えたのを悟ると、どうしようもない虚無感と絶望感、そして激しい怒りが杏子を襲った。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
雄たけびにも近い号泣が家の中に響き渡った。それと同時にトリコの携帯電話が点滅をしていた。速報が流れていたからだ。グルメ時代のカリスマとも言える存在トリコの死は全世界に配信されていた。
***
グルメフォーチュンでの離れでココは一人携帯でトリコの死を確認していた。
分かっていたことである。それに自分にはトリコから任された使命もある。
自分が死んだ時弔問を読んでその存在を消し去ってほしいと言う願いが。
だがその使命を遂行するためには、心を落ち着かせなければいけない。
ココはキッスを遠くに追いやるよう指示を出すと、一人外に出て体を怒りで震わせながら力任せに地面を殴りつける。
「ボクは……ボクは……今日ほど自分の能力を恨んだことは無い!」
信じたくなかった未来が現実になってしまったショックは大きく、感情にまかせて叫ぶと涙と共にココの上半身の筋肉は膨れ上がって全身タイツが破ける。
紫色の涙を流しながらも、感情を抑えきれずに全身が致死量の猛毒で覆われていくココ。
自分のパートナーが途方もない悲しみに暮れている様子をキッスは遠くから見守ることしか出来ず、キッスもまた自分の無力さに涙を流していた。
***
グルメ研究所内にあるグルメコロシアムはこの日も激闘が行われていたが、トリコの訃報を聞くと急遽闘技場での戦いは無効試合となった。
それだけトリコの存在は大きく、普通ならば盛大なブーイングが起こるところなのが、各国のVIPは何も言わずに引き上げていき、全員が全員トリコの死をショックに思いながらも心の中で黙祷をしていた。
働いている職員たちも同じことであり、全員が家路へと向かおうとしていてリンもまた控室に戻ると、そこには予想外の人物が居た。
サニーは相変わらず何も言わずに天井を見上げていた。二人の間に会話は必要なかった。なぜそこに兄が居るのかは理解でき、リンは自分の想い人がこの世から居なくなったショックを和らげようとサニーの胸に飛び込んで大きく泣いた。
その悲痛な泣き声を聞くと、サニーの額に血管が浮かび上がり、ずっと溜めこんでいた涙がこぼれ出すと怒りに任せて天に向かって叫ぶ。
「テメェ許さねぇぞトリコ! 妹泣かせるような真似して、さっさと生き返れ! 思いっきりぶん殴ってやるからよ!」
決して叶わない願いだとは分かっていたが、それでも叫ばずにはいられなかった。
高ぶった感情を止めることは出来ずにサニーは普段は絶対に見せたくない、触覚の塊が現実に形となって現れる。
普段は相手を仕留める時に使う代物だけは、今日だけは泣きじゃくる妹を塊と共に抱きしめた。
彼女の美しい想いを一番知っていたのは自分だと分かっていたから。
***
目の前に転がっているのは惨殺された猛獣の死体の数々。
それは生物兵器として使用されていた機械と猛獣との混合生物『ランチャーティラノ』であり、戦争が終わった今でもこの危険な隔離生物によってそこに住んでいる人たちに安住の時は無かった。
だがそれも一人の男によって絶滅させられ恐怖は終わった。
赤い髪をオールバックにして、左頬が裂けて中の歯がむき出しになった凶悪な面構えの青年は試しにランチャーティラノの肉を食べてみるが、機械とゴチャゴチャになった生命体の肉が美味な訳もなく、吐き捨てるように口から出すと同時に耳にけたたましい足音が響く。
「第一級危険生物、美食四天王ゼブラだな!? お前を逮捕する!」
今まで何度も何度も返り討ちにしてきたグルメ警察に包囲されたゼブラ。
普通ならばここで瞬く間に返り討ちにするのだが、この日はどこか大人しい感じであり、ゆっくりと立ち上がると拳銃を突きつけている警察官たちに対して一言つぶやくように言う。
「四天王じゃねーよ……」
「何を言っている!?」
「もう4人じゃねーんだよ!」
その感情に任せた叫びはそれだけで攻撃となって、包囲されていた警察官たちは吹っ飛んで行った。
周りに倒れこんでいる存在が増えて、座るのにさえ邪魔になったが、ゼブラはそんなことを気にせず一人空を見上げた。
「これでもう……オレと対等にケンカ出来る存在は居なくなった……」
それはゼブラなりの別れの言葉なのだろう。
彼もまたトリコの死に激しいショックを受けていた。今まで感じたことの無い虚無感に戸惑いながらも、ゼブラは何も言わずにその場を後にしていった。
闘いだけが自分の全てだと分かっていたから。
***
気が付くと空は闇に覆われていた。
泣き疲れて眠っていたのだろう。杏子が目を覚ましてもそこに居たのはトリコの死体だけだった。
もうトリコはそこには居ない、その事実を改めて突き付けられると、次に襲ってきたのは今までのトラウマの数々。
特に目の前に死体があると言う事実は、さやかの件を始めて思い出したくもないことばかりが蘇ってきて、それは激しい怒りとなって杏子の中で爆発した。
「神様とやら、アンタは趣味が悪すぎるぞ!」
なぜ自分がこの世界に肉体を持って転生したのかは分からない、家族に自分だけ残して心中されてからと言うもの、そんな存在は信じないようにしていたが、今回だけはあやふやな存在に怒りをぶつけるしかなく、その怒りは言葉となって次々と発せられる。
「確かにアタシは生きるため、物を盗み、隣人を傷つけ、アンタの言う教えとは程遠い罪深い生き方をしてきたかもしれないよ。だがそれでもアタシだって人間だぞ! 幸せになりたいと願って何が悪いんだ!?」
この世界に来れたのも何かの導きだろうと思っていたが、そんなことは今はどうでもいい。ただ杏子は頼れる存在を失った怒りをぶつける相手が欲しく、感情に任せて叫び続ける。
「アタシは魔法少女の契約をしてからと言うもの、失ってばかりの人生だった。家族、マミ、さやか、何一つとして手に入れられなかった! もう魔法少女じゃないのに今度はトリコまで失ったんだぞ、アタシは……アタシは……」
怒りと憎しみが入り混じった目で杏子は空を睨み、そして力任せに叫んだ。
「こんなこと何べん繰り返さなきゃいけないんだよ!」
怒りは涙となって現れ、床を濡らした。
その叫びを受け止めてくれる者は居ない、その悲しみを和らげてくれる存在は居ない、また一つの別れを経験した少女の心は再び怒りと憎しみで覆われて行くのを感じた。
どす黒い感情だけが杏子を占拠していく中、トリコの訃報は全世界に配信されていき、各地で天災レベルの大騒動となっていた。
その騒動の真っただ中に居たことを杏子は理解できないでいた。
本日の食材
無限トカゲ 捕獲レベル3
驚異的な再生スピードを持ち、どんな病気にかかっても自分の力で抗体を作り出すトカゲ。
愛丸が治療に使う自然界の特効薬として、医療が発達していない地域では重宝される食材。
近年ではIGOの研究により、今まで治療に時間がかかる病気も無限トカゲの抗体を利用して、血清を作る研究が進んでいて期待が高まっている。
ランチャーティラノ 捕獲レベル41
戦争のためにランチャー砲とティラノサウルスを掛け合わせて作られた混合生物兵器。
餌さえ与えておけば、ほぼ無限大に天然のランチャーを腹から発射するのだが、ゼブラの手によって絶滅させられた。
皆様あけましておめでとうございます。そして投稿が遅れて申し訳ありません。
年末年始は本当に仕事でもプライベートでも目の回る忙しさで、こんなことになってしまいました……
次回はまたこの件の続きとなります。
本年も頑張ります。よろしくお願いします。