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No.32760の一覧
[0] 美食屋アンコ!(魔法少女まどか☆マギカ×トリコ)[天海月斗](2012/04/15 18:47)
[1] グルメ1 美食屋トリコとの出会い[天海月斗](2012/04/15 19:01)
[2] グルメ2 美食屋アンコ誕生![天海月斗](2012/04/16 18:50)
[3] グルメ3 美を求める美食屋サニー[天海月斗](2012/04/23 18:41)
[4] グルメ4 対決! トリコ対鰐鮫![天海月斗](2012/04/30 19:18)
[5] グルメ5 生きていた絶滅種[天海月斗](2012/05/07 18:17)
[6] グルメ6 家族が生まれた日[天海月斗](2012/05/22 19:16)
[7] グルメ7 グルメクレジットパニック!?[天海月斗](2012/06/04 19:05)
[8] グルメ8 アンコの誕生日[天海月斗](2012/11/02 23:01)
[9] グルメ9 ジョーカーマンドラゴラ![天海月斗](2012/08/16 18:59)
[10] グルメ10 自食作用発動![天海月斗](2012/09/03 18:55)
[11] グルメ11 毒か? 薬か?[天海月斗](2012/09/24 18:08)
[12] グルメ12 治療のための食事[天海月斗](2012/10/11 18:52)
[13] グルメ13 死を賭した再生[天海月斗](2012/11/19 19:09)
[14] グルメ14 美食屋としての初めての発見[天海月斗](2012/12/03 18:33)
[15] グルメ15 旅の終わり[天海月斗](2013/01/06 18:02)
[16] グルメ16 次のステージへ[天海月斗](2013/03/05 22:10)
[17] グルメ17 杏子の中での激突[天海月斗](2013/03/11 19:01)
[18] グルメ18 そんなのアタシが許さない[天海月斗](2013/05/05 01:23)
[19] グルメ19 美食屋としての入口[天海月斗](2013/05/11 23:46)
[20] グルメ20 螺旋の力[天海月斗](2013/05/26 00:11)
[21] グルメ21 炸裂! ドリルクラッシュ![天海月斗](2013/06/10 18:46)
[22] グルメ22 生きて食すると言うこと[天海月斗](2013/06/10 18:52)
[23] グルメ23 かつて諦めた夢[天海月斗](2013/06/16 01:33)
[24] グルメ24 美食屋と料理人[天海月斗](2013/06/23 01:36)
[25] グルメ25 恐怖を覚えた瞬間[天海月斗](2013/06/30 01:26)
[26] グルメ26 美国織莉子からの転身[天海月斗](2013/07/14 18:25)
[27] グルメ27 その魂を狂者へ[天海月斗](2013/08/03 16:23)
[28] グルメ28 ゴールデンアップル![天海月斗](2013/09/15 00:44)
[29] グルメ29 リンゴが紡いだ絆[天海月斗](2013/09/22 01:24)
[30] グルメ30 絹鳥とグルメ騎士[天海月斗](2013/09/29 00:43)
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[32760] グルメ19 美食屋としての入口
Name: 天海月斗◆93cbb5bf ID:862977af 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/11 23:46





 グルメフォーチュンの外れにある。断崖絶壁の小高い丘の上にある簡素な岩造りの家。
 杏子はスイーツハウスからスポーツバッグに簡素な荷物を詰めて、ココの家へと引っ越しの準備を終えていて、二人はキッスの散歩が終わるまで遥か遠方にある家をジッと見つめながらこれからのことを話し合おうとしていた。

「まず君の部屋に付いてだが……」
「毛布でも用意しくれれば隣にある薬物庫で十分だ」
「話を最後まで聞きなさい、用意してはいるが少し特殊な環境だから気をつけなさいと言うことだよ」

 ココの言う『少し特殊な環境』と言う言葉に杏子は引っかかる物を感じた。
 この世界では一切自分の常識は通用せず、魔法少女として非常識な毎日を過ごしてきた自分でも驚かされたり、呆れさせたりする物ばかりである。
 トリコほどではないがココもまた一般人に比べると常識的な物がずれているのは事実。
 妙なところを用意されてないことを祈るばかりであった杏子だったが、キッスの姿が見え自分たちの元に降り立つと、ココはキッスの喉元を撫でその背中に乗ろうとするが、杏子がそれを手で制する。

「どうしたんだい?」

 ココの疑問もろくに聞かず、杏子はキッスの羽に顔をうずめると頬ずりして、その温かさと毛並みの良さを体全体で味わう。

「久しぶりだなキッス。手入れはバッチリしているみたいだなココ、モフモフしていて気持ちいいぜ」

 そう言いながらキッスの羽の中で頬ずりする杏子は年相応の少女らしい無邪気な笑顔を浮かべていた。
 杏子の優しげな笑顔を見て、ココの中で安堵感が生まれる。
 目の前にいるこの少女は決して戦うことしか出来ないすれた存在ではない。
 大人の手によって正しい道に導くことが出来ると判断したココは、トリコに託された仕事を託そうと杏子にキッスとのスキンシップを制させると、背に乗せて自分たちの家へと向かった。
 各々やるべきことをやるために。




 ***




 ココの手で出迎えられると杏子は手狭で壁一面に漢方薬の瓶が並べられた室内へと入る。
 一回しか来たことの無い部屋だが、それまで見たことの無い真新しいドアがあることに杏子は気付くが同時に違和感も覚える。
 増築をしたにしては外側からは全くその様子は分からず、前と同じようにこじんまりとした造りの家であった。
 自分がただ単に家に対しての造詣が無いだけないかもしれないと思って、ココがドアを開けるように手で促しているのを見ると、勢いよくドアを開けて持っていたスポーツバッグを放り投げようとするが、室内を見て愕然とした顔を浮かべる。
 六畳一間ほどの大きさの部屋には備え付けの家具として、洋服ダンス、テレビ、勉強用の机とベッドが用意されていたが、問題はそれらが置かれている空間。
 まるで宇宙空間にでも放り込まれたかのように真っ暗な闇で室内は覆われていて、まるで異次元にでも放り込まれたような感覚を感じたからだ。

 この妙な部屋の正体を聞こうとココの方を見ると、ココはこの事態を分かっていたのか絵付きのフリップを用意して説明をしようとしていた。
 この空間の正体は食料さえあればいくらでも体を大きくすることが出来るモグラ『亜空間モグラ』の胃袋を加工して作られた物。
 その大きさは亜空間モグラの大きさによって異なり、最小でもスーツケース並みの大きさ、最大なら小型のシェルター並みの大きさの空間を作り出し、全く場所を取ることなく荷物を収納することが出来る空間を作り出すことが出来ると説明を受けた。

(ほむらの奴の盾みたいだな……)

 デタラメな魔法の力が普通に一般社会に順応していることに杏子は呆れながらも、用意してくれた部屋の中に入る。テレビを点ければ普通に電源が入り、ニュース番組が流れていて、勉強机を開けてみるとノッキングのための参考書が多数用意されていてココの準備の良さには驚かされるばかりでありながらも、ドアを閉めると用意した着替えを洋服ダンスを手際よく入れていく。

「他にも欲しい物があったら遠慮なく言ってほしい」

 ドアの向こうからココの声が響く。
 この辺りの配慮と言う物はトリコには無い物なので新鮮味を感じながらも、杏子は早速リクエストをする。

「じゃあ壁紙を頼むわ。亜空間の中で寝るのは今一つ落ち着かない」

 もっともな意見を言われるとココは一言「分かった」とだけ言って、早速出かけてキッスの背中に乗って街へ壁紙を買いに行った。
 ココの性格を考えれば、本格的な修業は今日ではなく明日からになりそうだし、四天王の中で彼は一番良識的な性格。
 少なくとも自分のフラストレーションが溜まるような行動は起こさないだろうと思い、着替えを洋服ダンスに詰め終えると、杏子はベッドに寝転がって眠りに付こうとしていた。
 その中でも思い返すのはゼブラへの復讐。
 自分に屈辱を味あわせたゼブラへのリベンジマッチを誓いながら、この日は眠りに落ちた。




 ***




 朝、杏子は枕元に置かれた目覚まし時計の音で目を覚ました。
 時刻を見ると午前6時、魔法少女時代は昼間で惰眠を貪っていることも少なくは無かったが、家にいた頃はこれぐらいに起きるのが当たり前だった。
 これから修業の日々を送るのだから気合を入れ直そうと顔を軽く平手で叩くとパジャマから、ココが用意してくれたジャージに着替えリボンで頭頂部を結んでポニーテールを作り上げると部屋から出る。

 既にココは家から出ているようであり、家の外からは何度もキッスが自分を呼んでいる鳴き声が聞こえた。
 キッスをいつまでも待たせるわけにはいかないと思った杏子はドアを開けると同時に見下ろしてココが居るのを確認すると、そこから一気に飛び降りる。
 Gがかかる感触が心地いい、この辺りの無茶な移動は魔法少女の時以来経験していないので、懐かしさと同時に獰猛な感情も蘇ってくる。
 落ちていく最中にも思っているのがゼブラに対しての怒りだったが、それは自分の隣で同じように垂直に落ちてくるキッスの心配そうな眼差しで消えて無くなった。

「心配するな。ココに対して怒ってるわけじゃな……っと」

 階段を踏み外すのを堪えるかの調子で杏子は地面に着地し、靴に付いた埃を手で軽く払いのける。
 杏子が到着したのを見ると既に柔軟体操を終えたココは音楽プレイヤーのスイッチを押して、スピーカーからラジオ体操の音楽が流れる。

「まずは柔軟体操からだよ。こう言った事前の準備をしっかりしないと怪我に繋がるからね」

 ココの意見はもっともなのだが、杏子としては拍子抜けした気分でもあった。
 もっと漫画で見たような無茶苦茶な内容の修業を行うかと思ったのだが、意外にも自分が居た世界でのアスリートと左程変わらない内容のトレーニングに杏子は大丈夫なのかと不安に思う部分もあった。

 だが教師として指導してもらう以上、ココのやり方にケチを付けるつもりはない。
 尊大な態度を取っている分、目上の人間に対してはそれなりの敬意は表する方だと自分で思っている杏子は自分が居た世界と変わらないラジオ体操を終えると、次の指示を待つがココがその場に座るように手振りで合図をすると、おかしいと思いながらも杏子は地べたに座る。

 杏子が座ったのを見るとココが後ろから手で押し、杏子の上半身を地面に付けさせようとしていた。
 相撲で言うところの股割りだが、もう柔軟体操は終わったはずなのにまだこんなことをやるのかとさすがに疑問を感じ、その旨を杏子は目でココに訴えることにした。

「ああ、今のは早朝の柔軟体操、これから行うのは午前のトレーニングに向けての柔軟体操さ。朝食が始まる7時まで一時間みっちり行うからね」

 そう爽やかな笑顔を浮かべながら言うと、引き続きココは背中を押して股割りを続けた。
 股割りその物は苦痛ではない、柔軟さに関しては使っている武器が多方向に一気に相手を潰す三節棍型の槍と言うこともあって、その辺りの柔軟さは発想に付いていけるぐらいの体力は持ち合わせていた。
 それに柔軟体操の大切さと言うのも分かっている。格闘技によっては柔軟体操を一つのトレーニングとみなして、じっくり行う物もあり、体を柔らかくすることが強力な打撃を生み出すのも理解していた。

 だがそれはあくまで人間同士での戦いの場合。
 美食屋と言う仕事に就く以上、こんなグルメ細胞を行わなくても出来るようなトレーニングで大丈夫なのかと思いながらも、杏子はココの指示に従いながら柔軟体操を黙々とこなしていく。
 やっていく内に汗がにじみ出てきて、体が目覚めると同時に腹の鳴る音も響く。
 こんな時はやはりトリコのグルメ細胞を移植されたのだと否応にも杏子が感じていると、アラーム音が辺りに響いた。
 プレイヤーに付いていた時計を見るとちょうど一時間が経過していて、朝のトレーニングがこれで終わるとココはキッスの背に乗って手を杏子に向かって差し出す。

「次は朝食だ。まずは食べなければ何も始まらないからね」
「食うぜ。何でも……」

 その言葉は決意表明のような物。
 杏子の中で思い描かれていたのは健康や体力の向上のためだけに用意された薬膳料理のような物であり、どんな不味い物でもグルメ細胞のレベルアップのために食らってやると宣言する。
 不敵な笑みを浮かべている杏子に対して軽く笑いながらも、一行は瞬く間に家へと到着し中に入ってココが台所に立つと杏子はリビングで朝食を待ちながらも、テーブルの上に置かれた新聞に手を伸ばして読みだす。

 やはり未だにグルメ時代に大きな功績を残したトリコの死の影響は大きく、それを悲しむ声が多々聞かれる。
 考えてみればほんの数日前の出来事なのに、もう随分も前の出来事かのように杏子は感じていた。
 トリコが死んでからと言う物、ジェットコースターの如く色々なことがあった。
 さやかのことをトリコに任せてしまったこと、グルメ細胞の移植、ゼブラに手も足も出ずに一方的に殴られ続けたことと、この数日で一気に自分を取り巻く環境および自分自身は大きな変化を迎えたと思う。
 全てはトリコの死がきっかけであり、自分の中でトリコの存在は本当に大きな物だったと改めて思わされると同時にテーブルの上に食事が並べられた。

 中央に置かれたのは土鍋一杯に入った粥、周りに置かれたのは薬味が12個用意されていて、全方位埋め尽くされていた。
 だが薬味は決して食欲を奪われるような物ではなく、目にも鮮やかで自然と喉をよだれが飲み込む音が響く。
 自分の対面にココが座ると手を合わせ、食べる前の挨拶を行う。

「この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます」

 これはトリコと一緒に生活していた時から、ずっと言っていたことなので杏子も今では食べる前には言わなくては落ち着かなくなっていた。
 そしてこうすることでトリコを忘れないでいようと言うココの気持ちも汲み取り、杏子は用意された茶碗にお粥を入れると同時に薬味からひき肉の佃煮のような物をかけると恐る恐る食べだす。

「美味い……」

 どんな不味い物を食べさせられるのかと覚悟していた杏子に取って、今食べている肉の佃煮と粥はとても美味しく感じられ、箸は進む一方であった。
 肉の脂を落としたい時は野菜に箸を伸ばし、肉の脂とは違う味を味わいたい時は魚の煮付けに箸を伸ばし、気づいたら全方位の薬味は瞬く間に消えていき、最後に茶を飲むと一言作ってくれたココと食材に感謝の念を込めて「ごちそうさまでした」と杏子は手を合わせながら言う。

「いえ、お粗末さまでした。気に入ってくれたようで何よりだよアンコちゃん」

 同じようにお茶を飲みながらココは後片付けのために空になった食器を持って、再び台所に向かおうとしていて後片付けを始めるが、こんな調子で大丈夫なのかと杏子の不安は募る一方であった。
 だが今はココに頼るしか方法が無いことは分かっている。
 ベテランのトリコが託した存在に縋るしかないことも頭では分かっているのだが、一刻も早くゼブラへのリベンジマッチを果たしたい杏子に取っては無力感にさいなまれるばかりであった。
 せめて今のトレーニングを把握しようと洗い物を終えたココにこれからの予定を杏子は聞く。

「午前中はロードワークと後はボクが用意した機器でのトレーニングを行ってもらう。その後は昼食を行い、午後からは昼食が終わってから話すよ」

 話を聞くと杏子は軽くホッとした顔を浮かべた。
 ロードワークもそうだが、機器でのトレーニングと言うのがいかにもハードそうで拍子抜けすることはないだろうと思っていたからだ。
 すぐにでも午前のロードワークに向かおうと思っていたがココが手で制すると同時に、テーブルの上にタイマーが置かれるとココは椅子に座って静かに目を閉じた。

「食べた後に動き回るのはよくない。10分間は休憩と瞑想にあてるから、アンコちゃんも心を落ち着かせるように」

 言っていることは正論なので噛みつくことも出来ず、杏子は歯がゆい思いをしながらも言われた通りココと一緒に瞑想に励む。
 目を閉じて思い返すのはゼブラに対しての憎しみ。
 最早ゼブラはトリコを言い訳にしての対象ではない、自分自身が借りを返さなくてはいけない相手なのだと思いながら、杏子はゼブラへの復讐を心の中で誓いながら午前のトレーニングを待った。




 ***




 見上げた先にあるのは巨大なカラスの腹部。
 キッスに乗ったココは杏子の先導のため、空高く飛び上がっていて、杏子はその姿を追い続けていた。
 言われた通り午前中のトレーニングはロードワークなのだが、これもまた杏子の予想とは違い、拍子抜けする部分があった。
 てっきり舗装もろくにされてない山道を何度も何度も往復する物と思っていたが、意外にも平坦な起伏の無い平坦な山道をひたすら往復するだけの単調な内容の物であり、ロードワークと言うよりはダッシュの特訓に近い物を杏子は感じた。

 だがそれは脚力と言う特殊な能力を持っているからこそ、一般人で同じことをやればフルマラソン並みの距離を走っていることは分かっているため、何も言わずに杏子はキッスを追い続けていたが、息が乱れ出すとさすがに苛立ちを覚え出す。
 それは疲れから来る物ではない、単調な作業に苛立ちを感じていたから。
 こうなったら、もう一つのトレーニングメニューである機器を使ってのトレーニングに期待するしかないと思っていると、腕時計からアラーム音が聞こえる。
 ロードワークのトレーニングを終えるとココは口笛を吹いてキッスを地面に下ろし、上から撮影していた杏子の様子をビデオで確認しながらその様子を記帳する。
 データを取り終えるとココは再び杏子をキッスに乗せて、所定の場所まで戻っていく。
 一分もしない間にココが用意した次のトレーニング場所まで到着するが、機器と呼ばれるそれを見て杏子は愕然とした顔を浮かべた。

 そこにあるのは自分も魔法少女時代何度もゲームセンターで遊んだ体感ゲーム。
 ダンスを踊る要領で足元のパネルを踏んで得点を稼いでいくタイプのゲームが置かれていて、既に電源が入っているのを見ると、ココは杏子にプレイをするように手で指示を出す。

「さすがにこれはギャグで言ってんだろ? 一回だけなら許すから、次のトレーニングに行こうぜ……」

 額に血管を浮かび上がらせながら、ぎこちない笑顔を浮かべて杏子がこれがトレーニングと言うのが認めたくないと言う遠回しなアピールをココに送る。
 杏子に言われるとココは何かを思い出したかのように近くの茂みへと向かう。
 茂みの奥から再び現れた時ココの手には囚人が逃亡防止のために足に付けられる鉄球が付いた足かせがあり、それを杏子に足首に装着させると改めて体感ゲームに向かって手を伸ばし、やるように促す。

 足に装着させられた鉄球の重みに苛立ちながらも、これが本気なんだと分かってしまい、杏子はため息をつきながらも渋々体感ゲームの上に乗ってプレイをしだす。
 難易度の方は自分が魔法少女時代にやっていた物と変わらない上級クラスの物であったが、これも脚力の能力を身に付けた今となっては鉄球と言う足かせがあっても楽な物であり、動きづらいと言うことを除けば比較的楽に行える物であった。
 それでも鉄球の重みと動きの制限は時間がたつごとに苦痛となっていき、鎖が食い込む感覚に苦しめられていたが耐えられない程ではない。
 これが本当にトレーニングになるのかと杏子は思い、ココの方を見てこの後の予定を聞く。

「昼食の後は午後までずっと同じトレーニングを繰り返す。その後は夕食になって、後は体を休めることに専念するんだ。休息も立派なトレーニングだ」

 話を聞けば一般のアスリートと同じぐらい、場合によってはそれよりも程度の軽いトレーニングとしか思えず、杏子はただただ困惑することしか出来なかった。
 グルメ細胞を活性化させる一番の近道は、とにかく美味い食事を食べて細胞のレベルを上げる。

 だがそのためには屈強な猛獣に勝つだけの身体能力を身に付けなくてはいけない。
 一般人と同じ程度のトレーニングでそれが身に付くのかと杏子の不安は募る一方であった。
 しかし今は一つずつランクアップして早く次のトレーニングに向かわなければ、自分が望むべきことも与えてはもらえない。
 杏子が力強く最後のステップを踏むと、体感ゲームの画面にはパーフェクトの文字と派手な装飾が光り輝き、ココの拍手が鳴り響いた。




 ***




 昼食のサンドイッチの詰め合わせもとても美味しくいただき、杏子は午後のトレーニングを行うため、ココの後を付いて行ったが、その手には器具も何も持たれておらず、嫌な予感しか頭をよぎらなかった。
 げんなりとした顔を浮かべる杏子に構わず、ココは辺りを見回し猛獣の気配が無いのを感じると、周りに木が生い茂ってない適当な広さの草原に杏子を立たせるように誘導させると、大きく足を開かせて立たせる。

「それで午後のトレーニングは?」
「夕食の時間までここで立っているんだ」

 そう言うとココはその場を後にしようとするが、今までの中で一番意味が分からないトレーニングに杏子は完全に呆気に取られてしまう。
 まだ家族が居た頃、父親に罰として立たされたことは結構あり辛い思いもしたが、これがトレーニングになるとは思えず、キッスの背に乗って一足先に帰ろうとするココを必死になって呼び止める。

「ちょ……待て! さすがにこれは……」

 杏子は抗議の声を上げようとするが、あまりの事態に具体的にどう言っていいのか言葉に詰まってしまい、何も言えなくなってしまう。
 困り切っている杏子に対してココは一旦キッスから降りると胸元から一冊の短編小説を取り出し、杏子の手に持たせると彼女の目の前にカメラを設置して、ココは改めてキッスの背に乗って一足先に帰ろうとする。

「サボらないようにカメラを設置したし、その小説が読み終える頃には夕食も出来上がっているから、この辺りは猛獣も出ないし、時間になったら迎えに行くから」

 恐らく杏子が感じているであろう不安や疑問を全て簡素に答えると、ココはキッスに乗ってその場を去って行った。
 完全に本気なんだと否応にでも思いされてしまうと、杏子は諦めて渋々立ったまま時間が過ぎるのを待っていた。
 だが一時間も過ぎると退屈で頭がおかしくなりそうな感覚を覚え、仕方なく普段は全く読まない小説を開いて読む。

 しかしそれが失敗だったと思ったのは小説の内容を見たからだ。
 自分が全く興味の無い恋愛小説であり、こんな物をココは読んで楽しんでいるのかと思うと、げんなりとした気分になっていたが、今はこれぐらいしか時間をつぶせる物は無いので嫌々小説を読みだすが、誰と誰がくっついたかと言う内容の小説は杏子の興味を示す物ではなかった。

(明日はもうちょっとマシなの頼むことにしよう……)

 トレーニングはとにかく小説の内容ぐらいは選ばせてほしいと言う欲求から、杏子は取りあえず今ある小説を読み切ってしまおうと、時間を気にしながら小説を読みふけるが、普段は全く読まないので思っていた以上に文章を読むことにはかどらず、苛立ちだけが募る一方であった。
 小説を読むことばかりに気を取られていて、杏子は気付いていなかった自分の両足がしっかりと大地を踏みしめていることに。




 ***




 ココとの共同生活を開始してからひと月の時が流れた。
 初めの内は困惑させられるばかりの修業の日々だったが、今ではすっかり手慣れた物であり、自分なりに課題を作ってトレーニングを行う余裕さえ出来たほどだ。

 この日も一日の締めくくりにとずっと立っている午後のトレーニングを行っていて、リクエストから明瞭活発な冒険活劇物の小説を読みふけっていたが、これもまたひと月の間でスキルアップしてしまい、初めの内は読むのに丸二日かかった小説も今では四時間もあれば、一冊は読めるぐらいになった。
 ココがキッスに乗って迎えに来たのを見ると、杏子はビデオカメラのスイッチを切り、凝り固まった体をほぐして読み終えた小説を返す。

「今回のはまぁまぁだったな。さすがにこの手のタイプも飽きたから次はコメディ系の奴を頼む」

 そう言ってキッスの背に乗って今晩の夕食を楽しみにしている辺り、完全にトレーニングに飲まれているという雰囲気は無くなっていた。
 食事の方も米粒一つ残さず全て平らげているのを見て、ココは頃合いだろうと感じ一足先に杏子を家へと帰すと携帯電話を取り出して、電話をする。

「ああもしもしトムさん。お世話になっています、ココです」

 ココが電話をしたの相手はトリコがお世話になっている卸売りのトム。
 トリコとも強い信頼関係で結ばれていたトムは彼が亡くなった時には酷く落胆していたが、今は家族を養うためにも仕事をしっかりとこなし、色々なコネクトを築いて小型の卸売り業者ながらに捕獲レベルの高いレアな商品を入手出来る良質な業者として名を馳せていた。

 杏子が来てからは杏子に構っている時間の方が多く、自分のところに来ることが少なくなって嘆いていたが、久しぶりの四天王相手の電話が嬉しく、いつもよりもテンションが上がった状態でトムは接客をする。

「おお、ココさんか。久しぶりだね、仕事の依頼かい? どこへ船を出す?」

 話の早いトムに自然とココの口元は緩む。
 思えばその辺りはトリコの無茶ぶりに何度も応えてきたから柔軟なのだろう。
 早速ココは最近バロン諸島に現れた猛獣に付いて語り出す。

 それは捕獲レベル5の『火だるま熊』全身が火炎で覆われ、その外殻はアルマジロのように固い厄介な相手であり、このまま放置すればバロン諸島の生態系も狂わせるのではないかと思われる危険な相手であった。

 その火だるま熊の捕獲を杏子に任せたいとトムに伝えると、トムは一言「分かった」とだけ言って電話を切ろうとするが、会ったこともない杏子にデビュー戦にしては危険な相手に不安は無いのかとトムに聞こうとする。

「大丈夫さ、アンタも任せても大丈夫だと思ったから、オレに依頼をしたんだろ? それにオレはトリコとココさんが育てたアンコを信じている。四天王二人に育てられて、あのゼブラにも喧嘩を売った豪傑だろ。何とかなるって」

 笑いながらトムはあっけらかんとした調子で話し「じゃあな」と言って電話は切れた。
 電話を懐にしまうとココは安心した。トリコが死んで痛みもあったが、それでも絆は消えて無くなった訳ではない。
 トリコが与えてくれた絆に感謝しながらも、ココは杏子にこのことを伝えようと一人と一羽が待つ我が家へと帰っていく。
 杏子の勝利を信じながら。




 ***




 翌日、ココは杏子と共に世界の台所へと向かい、そこで待っていたトムに杏子のことを紹介する。
 杏子も名前だけではあるがトムのことは知っていた。二人は簡素な自己紹介を済ませると、早速船に乗ってバロン諸島へと向かおうとしたが、杏子は座ることなく船頭に立って読んでいる途中であったコメディ小説を読みだす。

 ぶっきらぼうかとも思われる行動だが、杏子の気持ちを考えればこれは仕方ないこと。
 今まで効果があるのか無いのか分からない微妙な内容のトレーニングしか行っておらず、その上デビュー戦が一人で倒せれば一級品とされる捕獲レベル5の猛獣。
 否応にも緊張はする物であった。

 だがそのトレーニングの成果は確実に出ていると言える。
 岩礁が多く狭いルートを激しく往復しながら動いているにも関わらず、杏子は小説を読みながら時折笑い声をもらしていて、完全に家にいる時と変わらない平常な状態であると言えた。
 心構えも身体能力もひと月前とは比べ物にならないぐらい成長しているのをトムは見届けると、拳を作ってココと拳を合わせてその功績を称えた。

「さすがだな。見事な教育を施しているぜ」

 褒め言葉に対してココは軽く「いやいや」と言って謙遜し、そろそろ目的地である陸地が見えようとすると、ココは杏子にツナギと新しく買った槍を手渡し、杏子は読んでいる途中の小説にしおりを挟んで返すと代わりにツナギと槍を受け取り、ツナギを着て槍を背中に背負うと戦闘準備が出来上がると同時に陸地へと到着し、二人は蒸し暑く湿気が多いバロン諸島へと乗りこむ。

 乗りこんだ瞬間に杏子の顔色が変わる。
 この辺りの緊張感は魔女の結界に入った時と同じような感覚であり、杏子はすぐさま背中に背負った槍を持って構える体勢を取る。
 トレーニングの結果、長距離走でも50メートル走並みのタイムを持続しながら走れるようになった杏子だが、その歩みは至ってゆっくりで一歩一歩踏みしめる物であった。
 今回の相手である火だるま熊のことについてはグルメディクショナリーで事前に調べておいたが、一筋縄で行く相手でないことは分かる。

 体全体は炎で覆われ、アルマジロのように丸まっての突進攻撃は装甲車をも難なく破壊するだけのパワーも持ち合わせている。
 突進のスピードも凄まじく、気づいた時には自分の体はノシイカになっていると聞く。
 だがその程度の相手も倒せなければGODの取得も、ゼブラへのリベンジマッチも夢のまた夢。

 自分は一人で幾多もの魔女を倒してきた。それに今はココも見守ってくれている。それに何より自分にはトリコのグルメ細胞が付いている。
 魔法の力は失われたが、それに匹敵するぐらいの力も武器も持っているつもりだ。
 魔女の戦闘力とグルメモンスターの戦闘力の比較は不可能だが、決して今まで自分がやってきたこと全てが無駄じゃないと思いながら歩みを進めていると、一気に空気が変わったのを感じる。

 辺りの木々は真っ赤に燃えあがりながら、無残になぎ倒されていて、辺りには食い散らかされた猛獣たちの死骸が散乱していた。
 その凄惨な光景の中央に君臨しているのは、助けを求めて叫び声を上げ続ける怪鳥の体に牙を突き立て、血をすすり肉を食らう炎で包まれた熊。
 怪鳥を全て食べ終えても火だるま熊の食欲は収まらず、杏子とココと言う新しい餌を見つけるとおたけびを上げて二人を食らおうとしていた。

 ココは杏子の戦いを見守ろうと一歩後ろに下がって様子を見ることにして、杏子は槍を突き立てて一気に勝負を付けようと距離を詰めよる。
 砂埃と共に前方に飛び上がって穂先を大きく開けられた口に突っ込もうとしたが、穂先が届く頃には火だるま熊は体を丸めて外殻に自らの急所を守らせた。
 体を丸めた火だるま熊の外殻は穂先を弾き返し、杏子の体は無防備な状態になる。
 その一瞬の隙を火だるま熊は見逃さなかった。自分の体を勢いよく回転させると火の粉を辺りに巻き散らせながら、杏子が地面に着地したと同時に杏子を目がけて突っ込んでいく。
 普通ならばここで逃げるのを選ぶが、杏子が取った行動は全く違う物であった。
 逆に火だるま熊に向かって突っ込んで走り出したのだ。

「よし! それでいい、そのまま行くんだ!」

 ココは杏子の判断が正解であることを示し、杏子の中にある不安感を消し去る。
 杏子は突っ込んでくる火だるま熊と自分の距離がドンドン近づいてくると、感覚がスローモーションになる感覚を覚える。
 集中力が極限にまで高まっているのを感じると、ずっと狙っていた部分に向かって槍を突き刺す。

 それは回転していても完全には守り切れていない頭部だった。
 回転でごまかしてはいるが、一瞬ではあるが弱点である頭部を前方に向かってさらしている瞬間があり、そこを狙って杏子は槍で貫く。
 見ると頬の部分をかすめて更に深く押せば口内にまで穂先が達するのを見ると、杏子はここが攻め時だと判断して一気に槍を押し込もうとするが、その瞬間に火だるま熊の体に変化が現れる。

 回転のために体全体を丸めた形態を解除して、爪を突き立てて直接杏子を食べようしていた。
 捕まった瞬間に自分の命は終わると判断した杏子は、持っていた槍を手放し空中に浮かびそうになった自分の体を地面へと戻す。
 魔法少女時代だった頃には考えられない行動だが、本能的に今は己の肉体を信じることが出来、右足を軸にして回転し左足でのバックスピンキックを無防備になっている火だるま熊のみぞおちへと決める。

 足が急所の一つであるみぞおちに深く決まるのを感じると、魔法少女時代にはなかった感覚を覚える。
 攻撃の全てを魔法による身体能力の強化で行い、槍での斬撃で決めた杏子に取って、自分の体だけでの近接攻撃で異形の物にダメージを与えるのは初めての体験。
 この攻撃は足腰がしっかりしていなければ何の意味も無い物だとは分かっているので、今までのトレーニングの数々が無駄ではなかったということが分かり、みぞおちの打撃に苦しみ後ずさりする火だるま熊を相手に勝負を付けようと距離を詰めよる。

「槍を返せ!」

 杏子の手は火だるま熊の頬に刺さったままの槍に伸ばされる。
 だがその瞬間に獲物の体に変化が現れる。
 頬が膨らんだと同時に肺一杯に貯め込んだ空気を吐き出すと同時に、噴き出たのは火炎放射の攻撃だった。
 自分に向かって放たれた炎と共に先程刺さった槍もこっちに向かって突っ込む。
 まるで怪獣映画のような攻撃に杏子の脳内は一瞬思考が止まってしまうが、ツナギに炎が燃え移るのを感じると熱さから緊張感が取り戻される。

 そしてその体が完全に炎で包まれると同時に槍がツナギを突き刺すのが炎越しでもココの目に映る。
 炎が止んだ時にはツナギは消し炭一つ残らない状態になってしまい、槍も炭に変わっていて地面に刺さっているままだったが、ココの顔に焦りの色は無かった。
 その視線は後方の木の上へと向けられていて、荒い息づかいで呼吸を整える杏子に向かって話しかける。

「これで分かったかな。今までのトレーニングの数々が決して思いつきでやっていたわけじゃないってことがね」
「悪いけどその件に関しては倒してからゆっくりと語り合うよ。結構切羽詰まってる状態だからな」

 槍を失ったことは杏子の中で不安感になっていて、まだまだ素手では厳しい相手だと判断した杏子は乗っていた枝に足踏みをして、枝を折ると即席の槍を作り上げて火だるま熊に突き出す。
 まだ戦闘意欲が失われていない杏子を見ると、火だるま熊は立て続けに炎を吐き出して攻撃を繰り返す。
 だが攻撃方法が分かっている以上、もう呆気に取られることも無い。
 右に左に放たれる火炎放射の数々をそれぞれ逆方向にかわしていきながら、火だるま熊との距離を詰めよって槍が届く射程の範囲に入った時に攻撃をしようとするが、頬では致命傷にはならない。

 頭の中にある良案があるのだが、それを実行するには勇気が必要とされる。
 だがこの状況では勝てる方法はそれしか存在しない。
 杏子は一旦火だるま熊から距離を取ると、わざと挑発するように手で呼び寄せるように火だるま熊を誘う。
 この意図を読み取ったのか、火だるま熊は爪を振り上げて射程距離に居る杏子に向かって爪を振り下ろすが、杏子は必要居最小限の動きで爪の攻撃をかわし続ける。
 この無駄のない動きは体感ゲームと立っているだけのトレーニングの賜物だと杏子は体で理解できた。
 体感ゲーム機は無駄のない効率的な筋肉の動かし方を体で覚え、立っているだけのトレーニングは双方にバランスよく筋肉を付けさせる物。

 ココに感謝しながらも杏子は攻撃をかわしながら、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて火だるま熊を挑発する。
 爪での攻撃が無意味な物だと判断すると、火だるま熊は自分がもっとも得意としている火炎放射で一気に勝負を付けようと肺一杯に空気を貯め込んで、頬をリスのように膨らませて、火炎を一気に吐き出そうとした瞬間に杏子の目の色が変わる。
 粗雑な木製の槍でも思い切り勢いを付けて筋肉が薄くなっている場所へと突き刺せば致命傷になる。
 勢いを付けて胸部へと突っ込んでいくと、木製の粗雑な槍が突き刺さり、まるで杭を突き刺されたドラキュラのようになった火だるま熊は苦しそうに咳き込みながら、よろけるが体の中にため込んだ酸素に火が点いて、肺の中で暴発した火炎は胸部に収まりきらず、三倍にも四倍にも胸は膨らんでいく。

「伏せろ!」

 それは自分自身にかけた言葉なのか、ココにかけた言葉なのかは分からないが、杏子とココは同時に伏せると、火炎の圧迫に耐えきれなくなった胸部が爆発して、胸に風穴があいたまま血液を撒き散らせる火だるま熊は前方に倒れ込む。

 ――見事だ。俺を食らえ少女よ……

 倒れた瞬間に声が聞こえる。それが火だるま熊の声だと言うことは本能的に理解できたのだが、魔女との戦闘では経験の無い恨みつらみの無い純粋に生きるためだけの戦いを初めて経験した杏子はショックを拭えないでいた。

「何をしている。早く解体をしないと肉の鮮度が落ちるよ」

 ココから檄を受けると杏子は自分のために命を分けてくれた火だるま熊へと向かうが、道具も無い状態でどうやって解体をすればいいのかと思い、困っているとココの手からハンドナイフが手渡されるが、その大きさに杏子は不満を感じる。

「オイ! こんな小さなナイフでこんなデカブツ解体しろってのかよ!?」
「いいからやるんだ。これは君が一人でやらなければいけないことなんだ。それが命と向き合うということだよ」

 それだけ言うとココは一足先にトムが待っている船へと向かった。
 これもまた試練なのだろうと杏子は思うとハンドナイフを片手に解体を始めようとする。
 初めは刃を立てるのも不可能だと思っていたが、足に力を込めて全身を使って刃を突き立てれば解体は可能であり、杏子はグルメディクショナリーで解体方法を調べながら、食べれる部分と食べられない部分と分けていくが、食べられない部分の部位もそのままにしておくのは気が引けてしまい、地面を蹴り上げて穴を作ると埋めてまた命を再生させようとしていた。

 魔法少女時代にグリーフシードを手に入れている感覚とは全く違う、密接に命と関わり合う作業に体力を必要以上に消耗し、疲れが溜まっていく感覚を覚える。
 だが途中で投げ出すような真似だけは絶対にしなかった。
 それが火だるま熊の命に対してのせめてもの礼儀だと分かっていたから。




 ***




 午後の内に上陸したが、気づけば日はすっかり落ちて夜の闇が辺りを覆っていた。
 そんな状態で女の子を一人置いていいのかと普通ならば思うが、トムもココも何も言わずにジッと船頭で杏子の帰りを待っていて、周囲を無言の緊張感が包んでいた。
 その時ココの目が力強い電磁波を捉える。
 近くにあった蔦でバラした部位を体中にくくりつけて歩く杏子の姿が目に飛び込んだ。
 荒い息づかいで船の上に乗りこむと、杏子は出会い頭にココの膝に軽く蹴りを食らわせると、血のりで使い物にならなくなったハンドナイフを投げて手渡す。

「風呂敷ぐらい用意しろよバカ。持って行くの大変だったんだぞ」

 それだけ言うと疲れ切ったのか、火だるま熊の肉だけをトムに預けると、膝を抱えてうずくまって泥のように眠りに落ちた。
 待ち人が帰還したのを見届けるとトムは船を出す。
 相変わらず船は激しく揺れる状態であったが、杏子は眠っているにもかかわらず、その体は全く揺れることなく心地よさそうに寝息を立てていた。

 その様子を見てトムはトリコの堂々とした態度を思い出し、頬が緩むと同時にまた素晴らしい逸材が美食家として現れたことを喜び、将来が楽しみな少女のこれからをココに聞く。

「それでどうするんですココさん。これからの予定は?」
「ゆっくりと考えるさ……」

 そう言うとココは杏子の頭を軽く撫でると同時に毛布をかけた。
 美食屋としての入口に立った杏子だが、これから先は更に厳しい試練が待っている。
 だが杏子ならその全てを乗り越え、自分と肩を並べて共に闘いあえる存在になれるとココは信じていた。
 自分の友達が彼女を信じたのと同じように。





本日の食材

火だるま熊 捕獲レベル5

全身が炎で包まれた熊。
爪での近接攻撃も強力だが、体を回転しての突進攻撃は時と場合に置いて捕獲レベルが上の猛獣でも止められない程のパワーとスピードを持っている。
口から炎を吐くことも出来て遠距離、中距離、近距離と全てにおいて攻撃に穴が無い存在。
肉その物も美味だが、油は上質な物であり、何回揚げ物を揚げても油がにごらない良質な物である。





と言う訳で杏子の修業編と初めての捕獲編になりました。
やはり一番気を付けたところは魔女との狩りと一緒にしたくないと言う想いが強く、こうなりましたね。
次回は美食會との接触になります。
次も頑張りますのでよろしくお願いします。


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