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No.32760の一覧
[0] 美食屋アンコ!(魔法少女まどか☆マギカ×トリコ)[天海月斗](2012/04/15 18:47)
[1] グルメ1 美食屋トリコとの出会い[天海月斗](2012/04/15 19:01)
[2] グルメ2 美食屋アンコ誕生![天海月斗](2012/04/16 18:50)
[3] グルメ3 美を求める美食屋サニー[天海月斗](2012/04/23 18:41)
[4] グルメ4 対決! トリコ対鰐鮫![天海月斗](2012/04/30 19:18)
[5] グルメ5 生きていた絶滅種[天海月斗](2012/05/07 18:17)
[6] グルメ6 家族が生まれた日[天海月斗](2012/05/22 19:16)
[7] グルメ7 グルメクレジットパニック!?[天海月斗](2012/06/04 19:05)
[8] グルメ8 アンコの誕生日[天海月斗](2012/11/02 23:01)
[9] グルメ9 ジョーカーマンドラゴラ![天海月斗](2012/08/16 18:59)
[10] グルメ10 自食作用発動![天海月斗](2012/09/03 18:55)
[11] グルメ11 毒か? 薬か?[天海月斗](2012/09/24 18:08)
[12] グルメ12 治療のための食事[天海月斗](2012/10/11 18:52)
[13] グルメ13 死を賭した再生[天海月斗](2012/11/19 19:09)
[14] グルメ14 美食屋としての初めての発見[天海月斗](2012/12/03 18:33)
[15] グルメ15 旅の終わり[天海月斗](2013/01/06 18:02)
[16] グルメ16 次のステージへ[天海月斗](2013/03/05 22:10)
[17] グルメ17 杏子の中での激突[天海月斗](2013/03/11 19:01)
[18] グルメ18 そんなのアタシが許さない[天海月斗](2013/05/05 01:23)
[19] グルメ19 美食屋としての入口[天海月斗](2013/05/11 23:46)
[20] グルメ20 螺旋の力[天海月斗](2013/05/26 00:11)
[21] グルメ21 炸裂! ドリルクラッシュ![天海月斗](2013/06/10 18:46)
[22] グルメ22 生きて食すると言うこと[天海月斗](2013/06/10 18:52)
[23] グルメ23 かつて諦めた夢[天海月斗](2013/06/16 01:33)
[24] グルメ24 美食屋と料理人[天海月斗](2013/06/23 01:36)
[25] グルメ25 恐怖を覚えた瞬間[天海月斗](2013/06/30 01:26)
[26] グルメ26 美国織莉子からの転身[天海月斗](2013/07/14 18:25)
[27] グルメ27 その魂を狂者へ[天海月斗](2013/08/03 16:23)
[28] グルメ28 ゴールデンアップル![天海月斗](2013/09/15 00:44)
[29] グルメ29 リンゴが紡いだ絆[天海月斗](2013/09/22 01:24)
[30] グルメ30 絹鳥とグルメ騎士[天海月斗](2013/09/29 00:43)
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[32760] グルメ27 その魂を狂者へ
Name: 天海月斗◆93cbb5bf ID:6ec991b8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/03 16:23





 グルメ細胞の活性化のフルコースを食べてから一週間後、スタージュンの指定通りの日時に織莉子は一週間前と同じように本部へと向かっていた。
 その際も織莉子は自分の体を何度も触って変化を確かめようとしていたが、目立った変化はどこにもなく困惑するばかりであった。
 周りの影響もあってか自分の体が醜い化け物になるのではと思っていたが、一週間丸々痛みに苦しめられ、仕事も休むことになってしまったが自分の体は見た目に関して劇的な変化はなかった。
 本当に自分のグルメ細胞が活性化したのかどうか分からなかったが、それは副料理長たちに聞けばいいと思い、指定の場所へと向かっていたがそこにはトミーロッド一人しかいなかった。

「待たせるなよ」

 非常に軽やかなノリで一言言うと、トミーロッドは織莉子の頬に軽く触れ真剣なまなざしで彼女を見続ける。
 まるで値踏みされるかのような感覚に織莉子の表情は自然と引き締まるが、判断が終わるとトミーロッドは懐から一枚の紙を取り出し、織莉子に見せる。

「今日からしばらくは護身のため、調味料戦術をマスターしてもらう。ソムリエールのリモンに話は通してあるから、すぐに向かうんだ」

 相変わらず自分の言いたいことだけを言うと、トミーロッドはその場を後にした。
 聞きたいことは山ほどあったが、それを聞いたところでトミーロッドがまともに返してくれるとも思わない。
 半ば諦めた調子で織莉子は神を見ながら、リモンが待つワイン蔵へと向かう。
 人間関係に関して自分は支部長補佐にまでのし上がったが、決してキリカのように心を許せる友人が居る訳では無かった。
 職場が男社会と言うのもあり、同性の知り合いが居ないことは織莉子に取って息苦しい要因の一つ。
 だからリモンには期待をしていた。もしかしたら話ぐらいは出来るのではないかと。




 ***




 そこはワイン蔵と言うよりも大型の図書館と言った方が正しいぐらいの広さだった。
 壁の中には無数のワインが陳列されていて、中には一世紀近く寝かせられ続けたワインもある。
 美食會のボス三虎に関しての情報は聞いている。一日の食事が一国の国民たちと同じぐらいの量を食べるうえに究極のグルメ。
 ゆえに喉を潤すワインにも相当なこだわりを持っているのが分かり、その中から毎日気分の変わる三虎に合わせてワインを選ぶリモンも相当な兵だと言うことが分かる。
 気を引き締めて奥の方へと進んでいくと、ワインを選別するリモンの姿が目に飛び込む。
 目の下に涙のような模様を施した黒一色の衣装に身を包んだ大人の魅力を感じられる女性は、足音に気付いて振り返り織莉子を見るとワインを一旦蔵に戻して話しかける。

「あなたがトミー様の言っていたユー?」

 目的だけを簡潔に聞いた質問に対して織莉子は一言「ハイ……」と戸惑った調子で答えてしまう。
 そして自分の考えが甘かったことを痛烈させられてしまう。
 ここは今まで自分が通っていた学校ではなく、大人たちが集まる企業である。それに美食會は犯罪者の集団。
 それも全世界から畏怖されている存在であり、RPGで言うなら悪の大ボスのような存在。
 そんな中で友達など出来るわけないと諦めていると、リモンの中で織莉子の値踏みが完了したのかリモンは欲望に身を委ねた下衆な笑みを浮かべて、両手を広げて織莉子に飛びかかる。

「ユーちゃ~ん!」

 突然抱きしめられ何が何だか分かっていない織莉子に構わず、リモンは服の上から織莉子のありとあらゆる部分を弄って反応を確かめていた。

「やっぱり思っていた通り女の子だったのねユーちゃんは!?」
「ハイ。そうです……」
「何でそんなことを黙っていたの? 美しい存在は皆に知らせる義務があるのよ?」
「トミー様の命令で……」

 同年代の中では豊満な胸を弄られながら織莉子はリモンの質問に対して淡々とした調子で答える。
 同性とは言えセクハラとも取れる行為は普通ならば絶叫物だろうが、こう言った経験が全くない織莉子に取っては対処法が分からず、リモンのなすがままになっていた。
 だがさすがに手をいやらしく動かせながら股間に指を這わせようとしているのを見ると、慌てて手で制してその手を力任せにはぎとる。
 自分の体からリモンが離れたのを見ると、荒々しい息づかいを整えながら織莉子はリモンを睨む。
 その様子を見ながらもリモンは考え込む素振りを見せて、一つの結論を出す。

「喜びなさいユーちゃん。テイスティングの結果、私の指導を受けるのに合格と判断されたわ」
「テイスティングって……」
「指導をするにもある程度素材が良くないと、その気にはなれないからね。トミー様もそれで私に預けるのを渋ったんでしょう」
(多分そうじゃないと思うけど……)

 グリンパーチの一件から、この女っけが極端に少ない美食會に置いて、迂闊に女性であることを公言すれば、まだまだ身を守るにも非力な自分がやっていくのが厳しいと思ったトミーロッドが判断してのことだろうと今になって思い知らされた。
 そんな織莉子を無視して、リモンは懐から五つの試験官に入った薬物を見せる。

「ユーちゃん。これからあなたは主にサポートとしての調味料戦術をマスターしてもらうわ」
「その試験官の中身は一体なんですか?」

 織莉子の質問に対してリモンは軽く笑いながら説明に入る。
 基本戦術のさしすせそであり、さは対象者の体力の回復を重視した砂糖、しは相手の視界を奪う塩、すは相手から体力を奪う酢、せは簡易の武器を作り上げる醤油、そは簡易の防具を作り上げる味噌の説明を受ける。

「使いこなすのは難しいけど、その代り使いこなせるようになればバックアップだけじゃなくて、自身も強力な戦闘のプロになれるわ。そうなれば第2支部支部長だって現実の範囲になるわ」

 話を聞く限りかなり頭を使うことを要求される戦術だが、魔法少女時代も強力な能力で圧倒するのではなく、知略型で戦うタイプの自分に取って、この調味料戦術は自分の性に合っていると思い、早速近くに無造作に置いてあった戦術指南書を読もうとするが、リモンによって制される。

「その前にもっとお互いをよく知るために風呂に入りましょう!」
「いや、その……」
「別にプロと風呂をかけたわけじゃないのよ。私も女の子の同僚は初めてだから、色々愚痴を言いたい部分もあるのよ。楽しみましょうね~」

 そう言って強引に大浴場へと連れこまれる。
 織莉子は言いようのない恐怖感を感じ、今までピンと来なかった自分を男として扱ってきた理由が何となく分かった気がした。




 ***




 織莉子をリモンの元に預けてから半年の時が流れた。
 リモンの報告では十分に実戦で使える部類となっていて、後は自分なりに訓練を繰り返して自分なりの戦い方を見つければいいと言う報告をトミーロッドは受けていた。
 報告を受けたトミーロッドは有給を取って人間界でも屈指の凶悪な昆虫が潜むジャングルに居た。
 目的はこの一帯のボス。
 いつも織莉子が大事そうに抱えているボロキレの正体が気になり、開発班に命令しボロキレの正体を解析させた。
 その結果ジョージョーから聞かされた言葉にさすがの自分も驚きを隠せなかった。

『トミー様、この布ですが……人間界の素材ではないことが判明しました』

 とてもではないが自分でも最近行けるようになったグルメ界で織莉子がやっていけるとは思えず、驚きを隠せなかったが、自分の隣を付いていけると思った織莉子にいつまでも出来あいのコック服を着せるのは自分のプライドが許せない。
 そこで比較的高いレベルの昆虫を相手にした素材で服を作ろうと思い、トミーロッドは襲いかかる昆虫たちを薙ぎ払いながら奥地へと進んでいく。
 日が昇った頃に出発したのだが、目的地にたどり着いた時には既に真夜中になっていた。
 普通ならばここで対戦相手の猛獣とは視覚面でのハンデが付く物なのだが、今回に限ってそれは無かった。

「やっと会えたよ……」

 嬉しさからトミーロッドは歪んだ笑みを浮かべた。
 現在自分が体に宿している最強の昆虫は捕獲レベル85の『パラサイトエンペラー』だが、単純な戦闘でのレベルなら、今回の昆虫は引けを取らない捕獲レベル59の昆虫であり、単体ならば最強レベルのそれと言ってもよい。
 銀色に光り輝くその体は夜でも昼間並みに周囲を照らし、目の前に居るトミーロッドを食らおうと20メートル大の巨大なカブトムシは不気味な咆哮を上げ、翼を羽ばたかせながら突進しようとしていた。

「ハハハ、いい元気だ。さすが捕獲レベル59の『シルバーヘラクレス』だ。それぐらいじゃなきゃボクもやる気が出ないからな……」

 爪を突き立て、体温をシバリングによって急上昇させる。
 戦闘意欲を上げると、双方戦いの準備が仕上がり、今各々のプライドをかけた生存戦争が始まろうとしていた。

「かかって来い!」

 トミーロッドの叫びと共にシルバーヘラクレスは羽音を発しながら、角を突き出してトミーロッドへと突っ込んでいく。
 スピードはまるで新幹線が突っ込んだかのような初めからトップスピードの物であったが、単調する動きは虫の複眼を持っているトミーロッドに取っては止まっているように見え、素早く上空に攻撃をかわす。
 不発に終わった攻撃も幾多もの大木をなぎ倒す物であり、一発でも当たれば致命傷レベルの攻撃。
 だがそれぐらいじゃなければ自分が求めている物は手に入らない。
 やる気の出てきたトミーロッドは体内にある虫の卵を高温高圧で飛ばし、水蒸気爆発を起こした卵を高速で口から放つ。

「ボムエッグ!」

 普通に放っても甲殻に防がれるので、トミーが狙ったのは甲殻と甲殻の間の継ぎ目の部分。
 人間でも関節部分は急所となっていて、それは昆虫でも同じことであり、的確に内部へのダメージが響き渡ると、シルバーヘラクレスの体は揺れた。
 痛覚が人間ほど過敏ではないため、ダメージを目測で測ることは不可能だったが、トミーロッドはそれを長年の戦闘経験で補う。
 何度も何度も的確に継ぎ目へとボムエッグを放ち、一気に勝負を決める個所を探す。
 このままボムエッグを放ち続けて殺すことも出来るが、それでは目的であるシルバーヘラクレスの甲殻に傷が付いてしまう。
 目的の物を手に入れるため、突進攻撃しか能が無い単調なシルバーヘラクレスの攻撃をかわし続け、何度もボムエッグを放った結果、ようやくトミーロッドは打つべき場所を見極めた。

「ここだ!」

 通常ならばここで『爆虫』と『起爆虫』のコンボで一気に爆発させるのだが、それでは甲殻に傷が付いてしまう。
 ウィークポイントと思われる装甲の薄い部分に何度も連射でボムエッグを放つ。
 当然シルバーヘラクレスは避けようとするが、それを執拗に追いかけ、直感から虫よりも早いスピードで先に回り、同じ個所にボムエッグを放ち続けた結果。トミーロッドの目は勝利を見定め、羽を休め近くの木に腰かける。
 突然攻撃を止めたトミーロッドをおかしいと思いながらも、動きが止まった獲物に向かってシルバーヘラクレスは突っ込もうとするが、その瞬間に違和感を覚える。
 自分の体がまるでポップコーンのように広がっていくのを理解できず、シルバーヘラクレスは自分の身に何が起こったのか分からないまま足をバタバタと動かすばかりであった。

「フン。あれだけボムエッグを食らったんだ。体の中は今水分が膨れ上がって爆発を待っている状態だろう。外部の甲殻は無事でも内部は耐えきれず、そしてDIE(死)って訳だ……」

 語ると同時にシルバーヘラクレスの体は内部から破裂した。
 だがその状態でも外部の甲殻は計算通りに無事であり、トミーロッドは全ての甲殻を回収するとすぐさま飛び立って開発部へと向かった。




 ***




 翌朝開発部に無理を言って、シルバーヘラクレスの甲殻から作りあげた銀糸を持って向かっていたのは、料理器具調達チームの第4支部。
 朝から鍛冶場に籠って鍋の制作に取りかかっている第4支部支部長のバリーガモンを見つけると、トミーロッドは肩を叩いて振り向かせる。

「これはトミー様、今日は一体?」

 突然の訪問に驚かされながらもバリーガモンは、またいつものように何かワガママを言うのだろうと思って、恐る恐るトミーロッドの応対に当たると、彼は手に持っていた銀糸の束をバリーガモンの手に持たせると一枚のデザイン画を手渡す。
 それは開発部の手によってボロキレと化した織莉子の服がどんな物だったのかを再現したデザイン画であり、純白のショールが付いた帽子に、白を基調としたまるで英国の皇女が着るようなデザインの衣装にバリーガモンは見惚れた。

「これはまた素晴らしいデザインの服ですね」
「分かりきったことを言うな。これと同じ物をそのシルバーヘラクレスの銀糸で夜までに作れ」

 分かっていたことではあるが、今の仕事とも合わせてここまで凝ったデザインと機能性に優れた防護服を指定の時間にまで作れと言うのはかなり厳しい話。
 それに調理器具の作成を主にしている自分に取って、服の制作と言うのも専門外なので厳しいところ。
 だがここで抗議の声を上げれば自分は虫の餌食になる。熱された空間で熱すぎるはずにも関わらず、バリーガモンの体からは冷や汗が吹き出し、恐る恐る小さく頷くとデザイン画を取ってジックリと物を見る。

「頼んだぞ……」

 用件だけ言うとトミーロッドはその場を後にした。
 早速バリーガモンは機織り機を持ちだして、布地の制作から始めようとした。
 普通ならば気が重いだけの作業だが、なぜか予想以上に作業ははかどっていた。
 モチベーションが高いと言うのが一番の理由なのだろう。
 ユーが女性と言うのは皆分かっていたのだが、トミーロッドが怖くて今までそれに関して誰も触れようとしなかった暗黙の了解。
 だが、もしかしたら、この美しい衣を着た彼女を見れるかもしれないと言う想いがバリーガモンの手を早め、自分でも驚くべきスピードでクオリティも高い、ほぼ要望通りの衣装が仕上がっていた。
 仕上がった衣装にバリーガモンは見惚れていたが、無骨な自分がいつまでも触れていい物ではないと思い、急いで箱にしまうと再び鍋の作成に戻った。
 だがモチベーションを全て服の作成に使ってしまい、鍋の作成は思っていた以上にはかどらず、苦戦することとなっていた。




 ***




 全ての業務が終わり、自室に戻った織莉子はいつものようにクローゼットの奥に入れているボロキレを取り出すと、慈しむようにそっと抱きしめた。
 向こうの世界では決していい思い出は少ない方だったが、それでもあの世界は自分が生まれた故郷。
 そこに想いを馳せるのは必然であり、何よりも自分の一番の友達だったキリカとの思い出が一杯詰まった服。
 既に服としての機能は果たしていなくても、このボロキレは織莉子に取って一番大事な物であるが、いつまでも過去に縛られてばかりの自分を情けないとも思っていた。
 美国織莉子を捨て、美食會のユーとして生きる。そう決めたはずなのに、自分は未だに美国織莉子に囚われている。
 ジレンマに悩まされていたが、人の気配を鍵をかけたはずの出入り口から感じると壊れた扉に背を預けたニヤニヤとうすら笑いを浮かべたトミーロッドが居た。

「扉の方は後で直させておく」

 強引なのはいつものことなので最早織莉子は何も言わないことにして、勝手に冷蔵庫の中を物色して中からレモモン絞りを取り出すと、ソファーに腰掛けて家主の了承も得ずに飲みだす。

「それでトミー様、今日は……」

 レモモン絞りを飲み終えると、トミーロッドは持っていた大きめの箱を織莉子に向かって投げ飛ばす。
 物を受け取ると織莉子はトミーロッドの方を見る。開けるように目で促している彼の指示を受け、箱を開くと予想外のそれに織莉子は自分の目を疑った。
 完全に魔法少女時代の自分が着ていた衣装が再現出来ていて、薄く銀色に光り輝く衣装を見ると懐かしささえ覚えるような感覚があり、物を抱きしめるとトミーロッドは歪んだ笑みを浮かべながら語り出す。

「喜んでもらえて何より。お前のボロキレは人間界には無い素材のようだったのでな。完全に同じ物は無理だが、シルバーヘラクレスで代用させてもらった。それでも下手な防護服よりずっと防御性能に優れた一品だ」

 シルバーヘラクレスの捕獲レベルに関して知っていた織莉子は驚愕の表情を浮かべ、先日有給を取ったトミーロッドの目的も分かり、申し訳なさそうな顔を浮かべて跪く。
 トミーロッドはそれを片手を上げることで解除させると、懐から一枚の紙を取り出して織莉子に手渡す。
 物を受け取って織莉子が目を通すと、自分が美食會第2支部の支部長への昇格が書かれていて、あまりのスピード出世に織莉子は言葉を失ってしまい、黙ってトミーロッドの方を見る。

「別に驚くほどの事でもないだろう。ユー、お前は十分に美食會へ貢献してくれた。本来ならもう少し早くてもいいが、ボクの方でどうしても納得できない部分があったのでね」
「何かユーに落ち度があったのでしょうか?」
「強いて言うなら美意識の問題だ。美しいお前をいつまでも男と無粋に扱うのは気に入らないし、そのみすぼらしいコック服で公の場に立たせるのもムカツクからな」

 結局は彼のワガママで自分の出世は思っていたよりは遠のいていたと言う事実に、織莉子は苦笑いを浮かべていた。
 だがすぐに一つの部門を任されると責任感に後押しされ、これから自分は何をすればいいのかをトミーロッドに尋ねる。
 するとトミーロッドは再び数枚の資料を取り出して、明日織莉子が行うべきことを説明する。
 現在人間界での総指揮を担当している料理長クロマドへの挨拶が終われば、後はエルグ、リモンを除く各支部長への挨拶をすれば終わりと言うことを告げた。

「それだけでいいのですか? もっと手続きに色々必要なのでは……」
「そんな暇はない、お前にはたっぷりと働いてもらわないとな。それとピカタに関しては任せろ、ボクの方で何とかしておく。お前は明日、朝一でクロマド様の挨拶をするんだ。支部長連中への挨拶の時にはボクも合流できると思うからな」

 全てのことを言い終えるとトミーロッドは立ち上がって、そのまま織莉子の部屋を後にした。
 先程まではどこか軽やかな笑みを浮かべていたが、部屋を出て行くにつれ、その表情はドンドン険しい物に変わっていき、ある程度織莉子との間に距離が出来、適当な空き部屋に入ると自分をつけていた存在と対峙する。

「言っておくがどんな弁明も無駄だぞピカタ。お前の席は明日からここには無い」

 そこには貴族服に身を包んだ初老の男性、元美食會第2支部支部長のピカタの姿があった。
 その年齢からも分かる通り、ピカタは織莉子が生まれる前から美食會で諜報の仕事で会社に貢献し、単純な忠誠心だけなら美食會でも上位にあたる存在。
 トミーロッドが織莉子と言う女に入れ込んでいるだけではないと言うのは分かるが、最後に一言どうしても彼と話し合いを行いたいと言う気持ちがピカタを生まれて初めての直談判と言う行為に移した。

「それが貴方の望みならば、このピカタ。去りましょう。どうぞこの首を受け取ってください」

 戦闘能力がほとんどないピカタに取って、それが唯一自分のプライドを守る方法だった。
 せめて殺されることでトミーロッドの中へと残り、最後の忠誠心を見せると言う形を取ろうとしていたのだ。
 残虐な彼が自分の命を気にとめないのは分かっているが、せめてもの抵抗とピカタはその場に正座しトミーロッドが手を下すのを待っていたが、トミーロッドは顔色一つ変えずにポケットから一つの機械を取り出すと、手のひらに装着する。

「ダメだ。それではお前のプライドを尊重する形になる。殺しはするが、肉体だけは生きている状態にする」

 彼が何を言っているのかピカタには分からなかったが、自分の眼前に機械を突き出され顔面を掴まれると、その真意が理解できた。
 目の前にあるのは相手の記憶を奪う道具、トミーロッドの言葉から自分は全ての記憶を抜かれ、ただの肉塊になってしまうことが分かると、精一杯の抵抗を見せようと叫ぼうとするが、その間もなく目の前で光った光を最後にピカタの意識は無くなり、地面に突っ伏してただ息をしているだけの肉塊と化していた。
 処分が終わったのを見届けると、トミーロッドは機械からピカタの記憶が入ったUSBメモリーを取り出し、地面に落とすと足で踏みつけて粉々に打ち砕くとそのまま部屋を出て行く。
 喜びも悲しみも怒りも無く、無表情のままトミーロッドは第2支部を後にしていく。
 気に入らないピカタだったが、人間として殺したところで罪悪感も快楽も無かった。
 終わる時なんてこんな物だとどこか虚無感を感じながら、トミーロッドは考えていた。
 こんな自分でもいつか晴れ晴れしい爽快感を感じる時は来るのだろうかと。




 ***




 翌朝、織莉子が一番に行ったことは記憶を全て失い巨大な赤子と化したピカタの保護であった。
 取りあえずはピカタを自分のベッドに寝かせつけると、トミーロッドの指示通り本部のクロマドの元へと向かっていた。
 その存在はトミーロッドから口頭でしか教えてもらっていないが、彼を超える実力者であると同時にそのカリスマ性から自分がまともに会話が出来るかどうかという不安が大きく、心臓は早鐘のように鳴り続けていた。
 更にその上にはグルメ界でボスの三虎のために腕を振るっている。総料理長補佐のナイスニィや総料理長のドレスも居ると聞く。
 美食會と言う組織の大きさに恐怖しながらも、ユーはクロマドが居る私室の前に立つと数回のノックの後、家主の了承を得て部屋へと入る。
 入るとすぐに目に飛び込んだのは肘掛椅子に座って、窓から景色を眺めているクロマドの後ろ姿だった。
 織莉子が入ったのを知ると、ゆっくりと振り返って立ち上がる。
 立派なカイゼル髭を蓄えたその姿に、織莉子は圧倒されながらも精一杯の自己紹介を行う。

「初めまして、この度美食會第2支部支部長に任命されたユーと申します。若輩者でご迷惑をかけることも多々あると思うでしょうが、誠心誠意、美食會のために尽くしていきたいと思います」

 そこに居るだけで体中から汗が吹き出し、体温が上昇しているにも関わらず、心はドンドン冷え込んでいく感覚に陥っていく。
 何とか平静を保とうとクロマドの返事を待っていると、クロマドは乱暴に頭に手を置いて衝撃を伝わらせると、態度だけで自分の方を見るように告げた。

「期待しているよ……」

 それだけを言うとクロマドは今日の仕事のチェックに入る。
 役目は果たしたのだと織莉子は理解して、最後に一言「頑張らさせてもらいます」とだけ言って、その場を後にしていく。
 ドアを閉めるとそこにはトミーロッドが待っていて、彼のエスコートを受けながら織莉子は支部長たちが待っている会議室へと向かう。
 その間も織莉子はこれからに付いてトミーロッドと話し合っていたが、トミーロッドからすれば初対面のクロマドとは違い、支部長たちは既に顔合わせをしているので、そこまで気を使う必要があるのかとげんなりしていた部分もあった。

「何もそこまで気を使う必要はないだろ。ボクらは全員仲間にはそれなりの敬意を持って接しているんだ。取って食われるようなことはないから安心しろ」

 それだけ言うとトミーロッドは足を速めて早めに会議室へと向かい、織莉子もその後を追った。
 他にも何故第1支部のエルグが居ないかと言うのも気になったが、それ以上の質問は許してくれないだろうと思った織莉子はダッシュで突っ切るトミーロッドの後を追う。
 会議室のドアを両手で乱暴に開くと、既に第6から第3支部までの各支部長は揃っていた。
 第6のセドルは仕込み担当の第5支部支部長のボギーウッズと言い争いになっていて、互いに髪の毛を掴んで口汚くののしり合っていたが、トミーロッドが中へ入ったのを見ると二人は自然と手を放す。
 その様子を第4のバリーガモンはボーっと眺めていて、第3支部の食材開発チームの支部長ジェリーボーイは縞柄のバナナを食べていたが、今回呼び出された原因の二人が近付くと食べきって、二人の方を向く。
 全員が話を聞く準備が出来たのを見るとトミーロッドは壇上に立って話をしようとするが、全員の視線は着飾った織莉子に向けられていた。
 不安が的中したトミーロッドは嘆きながらも壇上から話を進める。

「皆聞いてくれ。今まで男として扱ってきたユーだが、実は彼女は女性だったんだ。だがそれはボクが彼女を個として見た結果、ありのままの姿を晒し、そして彼女を個として扱うことを決めた。ユー挨拶をするんだ」

 トミーロッドに促され、ユーは壇上に上がって挨拶を行う。
 その際見慣れたはずの同僚たちが自分を血走った目で見ているのが気になったが、ここは無心で挨拶を行った。

「この度美食會第2支部支部長に任命されたユーと申します。まだまだ若輩者ではありますが、誠心誠意美食會のため尽くしていきたいと思っています。よろしくお願いします」

 お辞儀の後に去って行こうとした瞬間に、四人に一斉に言い寄られる。
 男四人は鼻息も荒げにプレゼントを持って、織莉子の気を引こうとしていて、その中でも特に目が付いたのは普段からコレクションをしているセドルの目玉の詰め合わせ。
 箱の中に多々入っている生き生きと動く眼球を見て、織莉子は絶句していたが、セドルは彼女の気を引こうと何度も差し出していた。

「目玉あげる。目玉! 一番効果な『ゴブリンプラント』のはダメだけど、それ以外なら全部持っていていいから!」
「この悪趣味が! そんなもんユーが喜ぶわけないだろ!」

 興奮しきったセドルを右ストレートで強引に吹っ飛ばすと、ボギーウッズはユーの前に立ち、爽やかな笑顔を浮かべながら、手を差し出して開く。
 中にあったのは人間の腰骨のような部分であり、うっすらと血液が入っていることから、先程まで体内で骨としての機能を果たしていたことが分かった。

「オレの腰骨だ。仙骨はダメだけど、これでオレとお前はいつでも一心同体だぜ」
「もっと実用的な物を渡せよ!」

 受け取るのに躊躇していると、バリーガモンとジェリーボーイが彼を後ろから掴んで強引に投げ飛ばす。
 バリーガモンが差し出したのは新鮮で血の滴り落ちるひき肉であり、ジェリーボーイが差し出したのはとげの付いた鞭だった。

「グチャグチャのひき肉だ! 受け取ってすぐに捨ててもいいから、受け取ってくれ!」
「何のひき肉なんですか……」
「『人食いバラ』から作った特製の鞭だ。ユーの美貌からローズウイップで名付けたから、受け取ってくれ!」
「どこかで聞いたことありますよそれ!?」

 幼いころから社交場に出る経験も多く、こう言った過度のスキンシップを求めてくる相手への対処も慣れているはずの織莉子だが、アプローチの方法があまりに常人離れしているため、織莉子は完全に固まってしまいどうしていいか分からない状態になっていた。
 そこで一気に畳みかけようと四人は何度もアプローチを繰り返していたが、その状況に苛立ちを覚えている男が一人。
 我慢の限界に達したトミーロッドは口を大きく開き、自分の中にある最も危険な昆虫、パラサイトエンペラーを解き放とうとしていた。

「カイギハオワリダ! サッサトシゴトニモドレ、コノシタッパドモ! コロスゾ!」

 今にもパラサイトエンペラーが放たれそうになっているのを見て、四人は蜘蛛の子を散らすようにその場を後にしていき、会議室には静寂だけが残っていた。
 トミーロッドはパラサイトエンペラーを再び体内に戻すと、目で織莉子にも自分の仕事に戻るように促すが、織莉子は最後に一言聞きたいことがあり、その旨をトミーロッドに尋ねる。

「トミー様、ピカタの件ですが記憶を全て失われているようですが」
「ああ大した情報は与えていないが、機密保持のためにな。あれは非戦闘要員だから、灰汁獣の素材にも出来ないしな」
「それでその後の処分についてはどうすればよいでしょうか?」
「お前の好きなようにしろ、気が済むまで痛めつけて、飽きたら殺せばいい」

 ピカタには色々と恨みもあるだろうと思って、トミーロッドはそれだけを言うとその場を後にしていく。
 『お前の好きなようにしろ』と言う言葉を織莉子は心の中で何度も咀嚼すると、自分の中で作り上げた魔法のイメージを手の中で形にする。
 それは織莉子が作り上げた穏やかな一生の物語だった。




 ***




 穏やかな木漏れ日の中で杖をついた老人はベンチに座って一人日向ぼっこをしていた。
 一人ぼっちにも関わらず老人の顔は穏やかであり、これまでの人生で得た楽しい思い出の数々が彩っていた。
 結婚をし、子供を育て、子供も遠い異国で自立をし、孫も元気にやっている。
 妻に先立たれこそしたが、いつか自分も彼女の元へ向かうその日まで幸せに生きようと、元美食會第2支部支部長ピカタだった存在は織莉子が作り上げた偽りの記憶の中で穏やかな笑みを浮かべ続けていた。
 そこに一人の幼女がよって来る。
 いつも公園のベンチに座っているピカタと自然と仲良くなった女の子は、この日もピカタの話を聞きたくてすり寄ってじゃれてきた。

「おじいちゃん。またおはなしきかせて」

 女の子に対してピカタは穏やかな偽りの人生を語り出す。だがその顔は美食會で働いていた時よりも穏やかな物であり、どこにでもいる好々爺の姿だった。
 その様子を遠くから見ている存在が一人。
 いつも美食會の中で着ている魔法少女の衣装ではなく、ごく普通の紫色のワンピースに身を包んで織莉子は木蔭から見続けていて、偽りの記憶が完全に適合したのを見届けると、織莉子はその場を後にしようとするが、その時携帯電話の着信が鳴り響く。
 画面を見るとトミーロッドからであり、電話に出ると聞きなれた彼の声が聞こえてくる。

「特大の生ゴミを再利用するとは面白いことを考えるな」

 この発言から自分がピカタに対してやったことが分かり、織莉子は青ざめた顔を浮かべてしまう。
 何かしらの処分を恐れていたが、次に聞こえてきたのはヘラヘラと小馬鹿にするようないつものトミーロッドの笑い声だった。

「そう怯えることもない。別に生ゴミをどうしようが何の興味も無い。それよりも早く仕事に戻れ、ボスの食欲は最近ますます旺盛になっているからな。お前にも新食材を発見してもらわないと困る」
「分かりました。でも何で私がここに居ると?」
「愚問だな。ボクはいつだってお前を見ている」

 まさかと思い魔法で視力を強化し、はるか上空を見上げてみる。
 予想通りそこには雲に隠れたトミーロッドの姿があり、織莉子の視線に気づくと手を振ってアプローチをした。
 こんなところにまで携帯の電波が届くのかとも思ったが、自分を見てくれているトミーロッドの存在が嬉しく、人気の居ないところまで走ると後ろからトミーロッドに抱え込まれ、空を飛んで第2支部へと戻って行く。
 この見守ってくれている安らぎを感じながら、織莉子は決意した。
 彼のために魂を捧げようと。


 ***


 夕暮れ時、ヘビーロッジで食事の用意をしていたモリ爺の元に依頼していた食材が届く。
 箱の中には大量の『味アリ』があり、その中でも特に見つけづらい甘味味アリの詰め合わせが届くと、モリ爺は依頼を成し遂げた美食屋に労いの言葉を送る。

「ようやったのアンコ。味アリの捕獲レベルは5とそこまで高くはないが、甘味味アリは特に見つけるのが難しいからの。これなら依頼主も納得するぞ」

 杏子はモリ爺の労いの言葉にも「そうか……」と気の無い返事をするだけだった。
 GTロボと出会ってから、杏子の中ではモヤモヤとした考えが常に付きまとっていて、美食屋としての仕事も一応はこなしているが、前ほどの充実感は感じられなかった。
 やはり一度絶対的な恐怖を知ってしまったことは杏子の中で強いトラウマとなってしまい、過去の嫌な記憶に縛られ思うように前へ進めない状態となっていた。
 報告書にサインをすると杏子は何も言わずに去って行こうとするが、その背中に対してモリ爺は一言投げかける。

「悩み事でもあるのかな若人よ? よければこの爺に話してみるがよい」

 モリ爺の言葉にも杏子は反応を示さず、そのまま何も言わずにドアを開けて出て行く。
 美食屋と言う仕事を続けて行く内にぶつかる壁、その内の一つとしてあるのが、生命の危機に関するトラウマがある。
 杏子の様子を見る限り、その壁にぶち当たっているのは分かった。
 最近受ける内容の依頼は猛獣との戦いでは無く、簡単な採取や、捕獲自体は難しくても戦闘力はあまり高くない猛獣の捕獲ばかり。
 好戦的な性格の杏子にしては消極的な内容の依頼ばかりをこなす辺り、それは容易に想像が出来ること。
 だが勇気を持って乗り越えるのは本人しか出来ない試練。第三者はそれを見守ることしか出来ない。
 モリ爺は一つため息をつくと、カウンターの下に置いていある。トリコとのツーショット写真を取り出し、写真の中の彼に向かって一言つぶやく。

「トリコよ。お前さんが残した希望、こんなことぐらいじゃ潰れはせんよな?」

 モリ爺は信じていた。トリコが信じていた杏子を。
 願わくば彼女がこの試練を乗り越え、更に美食屋として羽ばたいてもらいたいと祈るばかりであった。




 ***




 夜、寝静まっていた杏子だが、夢の中で激しい悪夢にうなされていた。
 GTロボと出会ってからはほぼ毎日のように情緒不安定になっている自分に対して、攻撃している輩がいる。
 その正体は分かりきっているので、何も無い暗闇の空間で夢の中に意識を移した杏子は思い切り叫ぶ。

「出てこいオフィーリア! いつまでもこんな下らないことやってんじゃねーぞ!」

 杏子の叫びに乗じて現れたのは自分と全く同じ姿をしながらも、下衆な笑みを浮かべた存在。
 鏡でもないのに自分と全く同じ姿を見ることに苛立ちを覚えていた杏子だが、怒りの感情が後押しして一気に行動へと移す。

「ハッキリ言うぞ、何度も何度も人の安眠邪魔するような真似をして! いい加減大人しくしていろ!」
「気にすることは無い、もうすぐテメェは永眠して、アタシがお前を食らうんだからな。あのボンクラのクソバカのようにな!」

 その存在が何なのかと分かると、杏子の沸点は一気に臨界点を突破し、オフィーリアに向かって飛びかかり馬乗りになった状態で殴りかかろうとする。

「さやかのことか!」

 拳を振り下ろした瞬間に手に鈍い痛みが走る。
 捉えたと思っていた体は煙となって消えていて、後ろでオフィーリアを腕を組みながらニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべていた。
 自分の魔法の特色が『幻惑』であったことを忘れている杏子を畳みかけようと、オフィーリアは一気に攻めたてる。

「心底見下すべきジコチュー女だ……お前なんかにすり寄られて、あのさやかってのもいい迷惑だろうよ本当に……」
「何だと!?」

 痛む右拳をそのまま振り上げて、杏子はオフィーリアを殴り飛ばそうとするが、再び煙となってその姿は消えて無くなり、振り返った先にはそれが本体かどうかも分からないオフィーリアが居た。

「じゃあ聞くけどよ。お前あの女のこと初めは殺そうとしたんだろ? 甘ちゃんってのが大嫌いなんだろ? 何でそれなのにそこまであの女に依存してんだよ?」
「それは……初めはそうだったかもしれないが人ってのは変わるもんなんだよ」
「無責任だな!」

 杏子の言い分をオフィーリアは一蹴する。
 押し黙った状態なのを見ると続けてオフィーリアはまくしたてるように叫び出す。

「そう言う奴なんだよテメェは! 自分のワガママで周りを傷つけたいだけ傷付けて、嫌になったらバッくれればいい。さやかに関しても所詮は死んだ人間だから、いくらでも盾にして言い訳の材料にしているだけだろうがよ! テメェのやっていることなんて皆自己満足以外の何者でもねぇんだよ!」

 オフィーリアの言うことに、杏子は何も言い返すことが出来なかった。
 結果として魔法少女時代は自分は何も救うことが出来なかった。
 だからせめてこの世界では変わって、それをさやかに見届けてもらいたいと思っていたのだが、GTロボの恐怖が脳にこびりついてからと言う物、ガムシャラに突っ走てきたエネルギーが止まり、停滞状態になっていた。
 その影響なのだろう、精神的に不安定になっていて思うようにカロリーを摂取出来ていないことから普段は夜叉が押さえつけているオフィーリアがここまで暴れるようになっていた。
 杏子の動きが止まったのを見ると、オフィーリアは槍を召喚して杏子を貫こうとする。
 突進していくオフィーリアを見て、反射的に後方へと飛び上がってバックステップで攻撃をかわすが、その瞬間に背中に燃えるような痛みが走る。
 前方のオフィーリアは煙となって消えていて、後方の本体であるオフィーリアは杏子を槍で貫きながら最後の言葉を投げかける。

「間違ってもテメェは優しい聖女様なんかじゃない! 人間って奴を象った最低な存在だよ。我を貫くことをプライドだって勘違いした最低な人間だよ!」

 こうして何度も何度も罵声を浴びせながら、朝を迎えるのが日課となっていたが、何度経験しても槍で貫かれる痛みは慣れる物ではない。
 血反吐を吐きながら黙って罵声を受け止める杏子に対して、オフィーリアは最後の言葉を投げかける。

「テメェに家族なんて出来やしねぇ、テメェの世界にはテメェしかいねぇんだよ! だから何の疑問も無く悪事に手を染めることも出来たんだよ。この腐れゴリラが!」

 要約すれば自分は永遠に一人ぼっち。
 誰も何も無いと言うイメージが脳内で広がると同時に、杏子の意識はブラックアウトしていく。
 それは悪夢からの解放であると同時に、現実へ向きあう一日が始まる合図でもあった。




 ***




 朝日と共に杏子は泥のように重たい体を起こしながら、一日の始まりを実感する。
 ここ最近はずっとこんな感じだ。オフィーリアから解放されれば、次に襲ってくるのはGTロボのあの一言。

『邪魔さえしなければ死ぬことはない』

 自分に絶対的な自信を持っていなければ言えない台詞であり、決してそれが自惚れでない事も分かっている。
 大量の汗をタオルで拭いながら、この日も狩りに向かおうとヘビーロッジへ向かおうとするが、夢の中で特に応えた一言が杏子の胸を抉った。

『テメェの世界にはテメェしかいねぇんだよ!』

 何もかも全てが自分の自己満足だったかと思われるような痛烈な言葉は杏子の中にダメージとして残っていた。
 だがそれと仕事は別問題だ。何とか気持ちを立て直そうとネットからも情報は見れるので、携帯を片手に調べていると興味のある食材を見つける。
 それは現在『ビックリアップル』を除けば、高水準なレベルのリンゴ『ゴールデンアップル』であり、捕獲レベルは22とかなりの物。
 だが問題はそれを得るための手段である。
 植物でもあるにもかかわらず、ここまでの高レベルが付いた理由は一つ。ゴールデンアップルはある食獣植物の体内でのみ作られる物だからだ。

 ゴールデンアップルの製造元は、同じく捕獲レベル22の『ベヒモスポタニカル』であり、植物ながらに主に捕食する猛獣は『怪鳥ゲロルド』や『ガウチ』と言った凶悪な猛獣を好んで食らう悪魔の植物として近隣住民からは恐れられる存在。
 そのベヒモスポタニカルを倒した時にゴールデンアップルは高水準のダイヤにも匹敵する輝きを見せ、地域によっては同等の黄金と同じぐらいの価値を持つと言われている。
 調べて行く内に食欲が沸き、自然と喉が鳴り、唾を飲み込む回数が増える。
 今は抗っているだけだとしても前に進むしかない、マイナスに飲みこまれそうな思考を誤魔化すかのように足に力を込めて突き進んでいく。
 魔法少女だった頃はそうだったかもしれない、だが自分の世界に自分しかいないなんて言わせないようにするためにも行動するしかなかった。
 それがさやかに対して見せてやれる。せめてもの罪滅ぼしだと思っていたから。





本日の食材

シルバーヘラクレス 捕獲レベル59

白銀に輝く20メートル大のカブトムシ。
突進攻撃は強力であり、それだけで台風一過並みのダメージを町は襲うことになる。
食用には適さないが、その甲殻は調理器具に多く使われ、また高い技術が必要となるが、糸に作り変え防護服に変えることも可能。





と言う訳で今回は織莉子がユーとして生きる物語の後編をお送りしました。
次回はゴールデンアップルの捕獲編になります。
次も頑張りますのでよろしくお願いします。


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