ゴールデンアップルを捕獲するため、杏子はベヒモスポタニアルが生息している平原へと向かっていた。
そこにはすでに多くの美食屋たちがゴールデンアップルの捕獲に出張っていて、中には即席でチームを組んで目的の物を得ようとしている者も居る。
杏子は全ての狩りを一人で行うタイプなのだが、平原の奥のジャングルへ向かうまでにも試練はあった。
ベヒモスポタニアルはゴールデンアップルを守るため、種子を飛ばして自分の配下となる存在を作り上げて自分のリンゴを守る。
だが増えすぎたため近隣の村ではそれの削除だけに美食屋を雇うケースも多く、社会問題になっている動く種子。
それが、ライオンのような姿をしているが、たてがみの代わりに綿毛で覆われた50センチ大の小さなライオンのような植物『ダンディライオン』だった。
捕獲レベルは4と大した実力では無いのだが、近隣住民がコイツによって怪我も負っているため油断できる相手では無い。
牙を突き立てて向かってくるダンディライオンに対して、杏子はカウンターで膝をその顔面に叩きこんで吹っ飛ばす。
だが植物は繁殖能力に関しては最も優れた個体と言ってもよく、一体倒しただけでは何の意味も無く、美食屋たちの中でもその数の多さに圧倒されドロップアウトしていく物も多い。
自分の元にもダース単位でのダンディライオンがやって来るのを見ると、杏子は背中からナイフ形態の槍を取り出して突き出して構える。
「フン。伐採ってのはあんまり好きじゃないんだが、仕方ないか……」
自分自身に気合を入れ直すと、杏子は槍を振り上げて勢いよく、ダンディライオンたちの体を引き裂いていく。
植物なので血は出ず、どちらかと言うとぬいぐるみを引き裂いているような感覚が多かったが、それでも気分のいい物では無い。
撤退と言う意思が無い以上、殲滅するしか方法が無いと判断した杏子は槍を振り上げて、防御力に関しては皆無と言ってもいい状態のダンディライオンたちを次々となぎ倒していく。
真っ白な綿毛ライオンたちでもいい加減、杏子の実力と言う物を理解できたのか、ここでの繁殖を諦め、違う所へと向かおうとしていた。
散り散りになって行くダンディライオンたちを見て、杏子は呼吸を整えながらようやく目的地に向かって一歩前進できることを実感させられた。
「全く、考えるだけの脳みそが無いとは言え、聞き分けがないぜ……ん?」
大体の美食屋たちが奥深くのジャングルで日単位でのサバイバルを繰り返すために突入したのに対し、一人だけ進むことも戻ることもせずにダンディライオンを相手に怯えている存在が居た。
見捨てるのも寝覚めが悪いと判断した杏子は、ダンディライオン相手にへたり込んでいる少女の元へと突っ込み、ダンディライオンの横っ面を思い切り蹴り飛ばして、暴虐な種子を少女の元から引きはがした。
「植物だから繁殖のために手段を選ばないのは仕方ないことだとは思うがな……むざむざ殺されたくないなら、アタシの前から失せろ!」
本能的に杏子の剣幕を察したのか、ダンディライオンはジャングルの奥深くへと消えて行った。
すぐに杏子も向かおうとしたが、未だにへたっている少女を放っておけないと言うのと、美食屋と言う仕事に対して覚悟が足りないのではないのかと言う怒りの感情があり、GTロボの件もあってか、手を差し出して強引に立たせながらも説教を始めようとする。
「アンタもアンタだ! あの程度の種子に負けるようで、ゴールデンアップルの捕獲になんて挑戦するんじゃ……」
立たせてその姿を見て、杏子は言葉を失った。
青い髪の毛のショートヘアーの女の子は自分と同じぐらいの年齢であり、その顔立ちは多少大人し目ではあったが、自分がこの世界に来るきっかけとなった少女にそっくりだったからだ。
「さやか……」
そこに居る少女がさやかじゃないことは分かっていても、反射的に杏子は言ってしまう。
だが言われた本人は何のことか分からず、手の力が解いたのを見ると、杏子から手を放し一言言う。
「スイマセン助けてもらって、でも『さやか』って言うのは誰なんですか?」
「あ、スマン人違いだ。じゃあアンタの名前は?」
「エンドと申します」
エンドは自己紹介を終えると、助けてもらったお礼も兼ねて深々と頭を下げる。
だが説教を食らったにも関わらず、ゴールデンアップルを捕獲することからドロップアウトするつもりはなく、武器を持ってジャングルへと向かおうとする。
持っている武器も初心者用の猟銃であり、そんな物でベヒモスポタニアルが倒せるとは思えない、強引にその肩を掴むと杏子は止めるように説得を開始する。
「エンドとか言ったか? アンタさ、捕獲レベルの基準って分かっているのか? 捕獲レベル1が腕利きのハンターが10人がかりでやっと仕留められるレベルだぞ。ど素人がそんな猟銃一本持って突っ込んだ所で死ぬのがオチだろう」
「でもそれでも私は行かないと行けないんです!」
その悲痛な叫び声から意思は固いのが分かるが、今ここでそれを許したところで待っているのは悲劇的な結末。
さやかの悲劇を繰り返しちゃいけないという想いが、あの時とは違った方法で止めようと杏子に決意させ、怒ってはいけないと自分の中で課題を作ってエンドの説得を試みる。
「落ち着けっての! そこまで躍起になるんだ。何か理由があるんだろ。訳を言ってみろ、少しは楽になるかもだぜ」
「兄さんを放っておけません!」
あまりに下らない理由なら平手打ちの一つでもかまして止めさせようと思ったが、理由が家族のためと言うならば話は別。
見た目がさやかにそっくりなことと、自分と同じような理由で無茶をしようとしていることから、目の前のエンドを放っておくことが出来ず、強引に自分の方を振り向かせるとそのまま手を取って一旦拠点である近くの村へと向かう。
「乗りかかった船だ。それにダンディライオンから助けてもらったお礼もしてもらっていない」
「お礼?」
杏子の実力を見て高水準の美食屋だと分かったエンドは代金を請求されることに青ざめていたが、杏子は軽く笑いながら一言言う。
「バカ、コーヒー一杯奢れって話だよ」
そう言うと二人は手を繋いだまま、近くの喫茶店へと入って行く。
その間杏子は誓っていた。
絶対にこの兄妹を救おうと。
***
近くの喫茶店へと入り、コーヒーを飲んだ杏子は一息ついた状態で窓の外の景色を見ていた。
あまり美味しくないコーヒーでも心を落ち着かせるには十分であり、エンドもまたコーヒーを一杯飲んで先程までのいきり立った様子が無いのを見極めると、杏子は改めて話をしようとする。
「それでさっき兄貴を放っておけないと、エンドお前は言ったわけだが、その兄貴も美食屋なのか?」
杏子の質問に対してエンドは無言で頷く。
エンドが美食屋と言う仕事に対して、不安を覚えるのも無理はない。
美食屋と言う仕事は労災も下りないし、死んでも治外法権扱いだ。
大金を得るのに一番手っ取り早い方法とは言え、妹が心配するのも無理はないが、それは兄が選んだ道。
どうしても止めたいと言うならば、出発する前に止めればいいのではないかと思い、杏子はその辺りをエンドに聞こうとする。
「んで放っておけないとは何が原因なんだ? ゴールデンアップルの捕獲は兄貴には不可能だと思っているからなのか?」
杏子の質問に対してエンドは黙って首を横に振ると、こうなった詳細を語り出す。
エンドの兄の『ハジメ』が率いるのは優秀なチームであり、兄は弓兵としてメンバーの統率を取りながら的確な指示を出す優秀なリーダーであった。
数多くのグルメ食材を捕獲し、少しでも子供たちの希望になれればと、捕獲した食材を無償で寄付すると言う行為も行っていて、地元では尊敬の念を持たれるチームだった。
だがそんなチームの存在を面白くないと思う存在が一つ。
それがこの辺りを牛耳るグルメヤクザの存在。
グルメ食材を違法な値段で売りさばく彼らからすれば、貧しい住民たちに格安でグルメ食材を提供するチームは邪魔な存在。
一瞬の隙を付いて、ヤクザ達はチームのメンバーを一人ずつ拉致監禁して幽閉していった。
美食屋と言う仕事を行っている物が行方不明になることなど日常茶飯事なので、警察もまともに取り合ってくれない。
唯一残ったハジメは直談判して、ヤクザ達からメンバーを取り返そうとしたが取り合ってもらえず、ついには実力行使で取り返そうと暴れ出す。
その実力の前に屈服しそうになったヤクザ達は交換条件として、組長の大好きなリンゴ、それも極上品のゴールデンアップルを持ってくれば、メンバーの解放とその後一切チームには関わらないことを約束する。
ヤクザ相手の口約束など通用するはずないと思いエンドはゴールデンアップルの捕獲に赴くハジメを止めようとしたが、一度決めたことには頑固なハジメはメンバーのため、子供たちのためにゴールデンアップルの捕獲へと向かった。
大体の事情を聞くと杏子はため息を一つついて、今現在の評価について話し出す。
「お前の意見は正解だよエンド。そのハジメって兄貴は馬鹿正直すぎだ。始末にも面倒くさいから、ベヒモスポタニカルに兄貴を始末させようとしたんだろ。仮にゴールデンアップルを持ち帰ったとしても、口約束なんて大人の世界で通用するはずがない」
そう言って自嘲気味に言い放つと、キュゥべえの契約を思い出し苦い表情を浮かべる。
だがすぐに自分の言ったことが迂闊な発言だったと思い知らされる。
主に弓兵としてバックアップをメインとしていた兄が、一人で捕獲レベル22のベヒモスポタニカルを倒せるとは思えず、沈んだ顔を浮かべてマイナスの思考に囚われているエンドを見ると、杏子は慌てて話題を変えようとする。
「それでどんな奴なんだ。そのハジメって兄貴は? 妹の話をろくに聞かないようなバカ兄貴はアタシがぶん殴ってやるよ」
興奮しだした杏子に対して、エンドは黙って懐からチームの映った写真を取り出し、中央に映っている兄を指さす。
「マジかよ……」
灰色の髪に中性的な容姿を持った線の細い男性は、元の世界での上条恭介に瓜二つであり、杏子は完全に絶句した。
この世界でもさやかはこの坊主によって苦しめられなければいけないのかと怒りもあったが、同時に何とかしてやらなくてはいけないという使命感にも狩られた。
恋人ならば色恋沙汰には縁の無い自分にとっては、さやかを傷つける無神経な発言の数々をしたかもしれない。だが家族と言うならば話は別。
話を聞く限りマネージャーとして、非戦闘要員ながらもチームとして縁の下の力持ちとして頑張ってきたエンドをこのまま放っておくことが出来ず、杏子の中で決心が固まる。
「話は大体分かった。仕事をこの美食屋アンコに受けて見る気はないか? 依頼はゴールデンアップルの捕獲と、ハジメ兄貴の確保だ」
「でもアンコさん。私にはお金が……」
こう言った美食屋同士でのトラブルも、美食屋が解決するケースは珍しいことでは無い。
再生屋もグルメ警察もこう言ったことでは動いてくれず、結局頼るべきなのは同業者だけなのである。
だがこう言ったケースの場合、通常よりも多くの金額を取られることが多い。
何よりも恐ろしいのは人間だと言うのを皆分かっているからだ。金額に関して常時余裕の無いエンドからすれば、その辺りが一番不安で恐る恐る聞くが、杏子は堂々とした態度で返す。
「応酬は金じゃない。チームを取り戻した時、一つ条件を付けさせてもらう。これからも子供たちのため、飢えている人たちのため多くのグルメ食材を確保し、皆を少しでも飢えから凌いでやることだ」
自分でも臭い発言をしたと言うのは分かっている。だが杏子に後悔の二文字は無かった。
この世界に飛ばされた時決意したことだ。さやかが果たせなかった正義を執行する者になる。そしてそれが自分の贖罪でもあり、自分自身前へ進めた目の行為なのだと。
何も言わずに杏子は二人分の会計を済ませると、エンドに向かって「ここで待っていろ」とだけ言って出て行く。
エンドはその背中を黙って見守っていた。
自分と同い年か少し上ぐらいにも関わらず、その背中は大きく見えて先程まで感じていた不安が無くなっていくのを感じていた。
まるで魔法にでもかかっていたかのように。
***
ベヒモスポタニアルが生息しているジャングルの奥地への突入は通常ならば、日単位でかかる物だが脚力に特化した杏子からすれば日が傾く頃には目的地に到着することが出来ていた。
周りを見渡すとここまで進んできた美食屋のレベルも相当な物であり、気配こそ嗅覚で感じてはいるが、詳しい場所までは理解できず、そこに居る全員がゴールデンアップルを狙っているのを理解できる。
木々の匂いが大半を占めている中で、杏子の鼻に自然界には存在しない匂いが飛び込む。
記憶を辿って行くと、ココから教えられた強力な眠り薬の一種であることを思い出し、薬の匂いはドンドン広がっていき、何かの手がかりになるのではないかと杏子は匂いの元を追う。
駆け抜けた先にあったのは大きくいびきをかきながら眠る美食屋たち、肩や足と言った致命傷にならない部分には矢が刺さっていて、杏子は血が出ないように一気に抜きとると同時に止血処置を施して美食屋の安全を確保すると、穂先の匂いを嗅ぐ。
思っていた通り強力な眠り薬が穂先に付けられているのが分かると同時に後方から殺気を感じる。
両手を上げながらゆっくりと振り向くと、予想通りの人物が自分に向かって矢を付きたてながら弓を引こうとしていた。
「何回も言わないぞ、すぐにここから立ち去れ。でなければ撃つ!」
今回の捜索人であるハジメの目は真剣その物であり、本気で自分を排除すると言う想いが杏子にも伝わる。
だが杏子は至って冷静にハジメの戦力分析を行うとため息を一つついて、頭をかきながらゆっくりと語り出す。
「少しは出来るようだがやめておけ。その弓アタシには届かないよ……」
「警告はしたぞ!」
しなった弓から手を放したその瞬間だった。ハジメは目の前の光景に言葉を失う。
弓から矢が放たれるよりも早く杏子は自分との距離を詰めより、スピードが付く前の矢を握りしめていたからだ。
冷や汗が顔に流れていく。ハジメの中に焦りの色が見えたのを見届けると、杏子は矢をハジメに手渡して、その頭を軽く小突く。
「妹のエンドからの依頼だ。無茶をしようとしているアンタを連れ戻してきてくれってね。ゴールデンアップルはアタシが捕獲しておいてやるからいますぐこのジャングルを出て行け。アンタなら一人で帰るぐらいのことなら出来るだろ?」
内容のみを簡素に伝えると、杏子は更に奥地へと向かおうとするがハジメは帰ろうとはせず、杏子の背中を追う。
「聞こえなかったのか? 帰れと言ったはずだ」
「ふざけるな、僕だって曲がりなりにも美食屋だ。依頼人からの依頼に対して、限界を感じたわけでもないのにおめおめと引き返せられるか、アンタがどう言おうが僕は僕でゴールデンアップルの捕獲に挑戦する」
それはもっともなプライドだろう。
意固地になっているさやかとは違い、こちらは美食屋として生計を立ててきたプライドと言う物が曲がりなりにもある。
大人が生計を立てていく商売である以上、プライドと言うのも重要なパーツなのだと言うのは分かっていたため、杏子は小さく「勝手にしろ」とだけ言うと、一気に追い放すため駆け抜けた。
足元が悪いため走りにくいと言うのもあったが、それでもハジメの姿を見えなくさせるためには十分であり、杏子はハジメが来ない内に一気に勝負を決めようとグルメディクショナリーで調べた情報通りに、ベヒモスポタニアルが生息していると思われるジャングルの奥地へと到着する。
草木が生い茂っている中でそこだけは平原が広がっていて、その中心を陣取っているのはゆっくりと鈍い動きを見せる大木。
食獣植物の中では捕獲レベル22とかなりの高レベルな獰猛な植物、ベヒモスポタニアルは見るだけで戦闘意欲を失うような禍々しいデザインの植物だった。
老朽化したような灰色の樹皮に、人間の手の骨を連想させるような枝、中央にポッカリと開いた穴にはこれまで食べてきた猛獣たちの残骸が付着していて、血と脂が入り混じった匂いに杏子は反射的に目を背け、鼻をつまんでしまい、戦う上で大事なモチベーションの意地と言うのを失ってしまう。
だがベヒモスポタニアルは待ってくれなかった。眠ろうと思っていた瞬間に外敵が来襲したことから、咆哮をあげると愚鈍な足取りで杏子に向かって近づく。
植物が歩くと言う非現実的な状況もベヒモスポタニアルを相手にモチベーションの維持が困難な理由ではあるが、ココの教育の成果もあり、この現象がどう言うことなのかは杏子には理解できた。
空気中に出た根が地面まで垂れ下がり、そのまま支柱根となって幹を支える。
これを気根と呼び、この行為を凄まじいスピードで行い続けていれば、あたかも植物が歩いているように見えた。
だがその歩みは一般人から見ても遅い物であり、脚力を最大の武器としている自分からすればスピードでかき回せば十分に勝てる相手。
杏子の中で倒す算段が整うと、一気に勝負を付けようと二本の槍を取り出して合体させてドリルの形状にすると、円を描く動きでベヒモスポタニアルの周りを取り囲む。
少しずつ円が狭まって行き、攻撃を行おうとした瞬間に杏子は不気味な感覚を体中で感じ、筋肉が硬直するのを覚えた。
それはGTロボと初遭遇した時と同じ、死の恐怖、その恐怖が杏子を動かすのを躊躇させ、詰め寄った距離を一旦解除して、後ろに飛び跳ねてベヒモスポタニアルと距離を取る。
そしてベヒモスポタニアルの全体像を見ると杏子は愕然とする。
「何だありゃ……」
てっきり幹の中央部分にある空洞が口だと思っていたため、杏子はベヒモスポタニアルの捕食の瞬間を見届けると、ショックを拭えずその様を茫然としたまま見続けていた。
両端の枝の部分から大きく膨れ上がったのは二つの真っ赤な球体。
中央に裂け目が出来て中に無数の牙のような物を突き出しながら、何度も開閉を繰り返すさまは獲物を求めて咀嚼を繰り返す猛獣のよう。
口の部分と思われる球体に餌を与えるため、ベヒモスポタニアルはこれまでで最高の機敏な動きを見せて、上下左右に振り回して樹液を辺りに巻き散らせながら杏子を食らおうとしていた。
その姿からリンゴが自分を食らおうとしている錯覚を受けて、杏子は苦痛に顔を歪めてしまいそうになるが、相手が興奮しきっている今は逆に一気に勝負を決めるチャンスだと踏んで、両足を大きく広げると槍を突き出して、頭の中で回転のイメージを作り上げるとドリルのギミックを起動させる。
「トラウマになったらどうしてくれんだバカヤローが!」
リンゴに食べられての絶命なんて考えたくもない杏子は半ば自棄気味にドリルクラッシュを放つ。
だがその瞬間に幹の穴の正体に気付く。
生命の危機を本能的に察したベヒモスポタニアルは幹の穴から放ったのは、自分を守るための武器。
無数の赤い球体が穴から放たれると球体は地面をバウンドしながら、中央に裂け目を作りあげ、牙のような物を突き立てると杏子を食らおうとしていた。
最初の勢いもあり初めは一気に球体を貫いて行ったが、尋常では無い数の多さに肩や脛と言った衣装で守られていない部分についばむような痛みが走ると、杏子は地面を足で止めて強引に引きずりまわす形を取って勢いを殺すと、ドリル形態の槍を二本の槍に解除して、乱雑に振り回していく。
「だからやめろつってんだろ! リンゴに食い殺されて死ぬなんて、笑うに笑えねーぞ!」
自分に襲いかかる球体がリンゴで無いことは分かっているのだが、その姿形からどうしてもリンゴを連想してしまう杏子は頭に完全に血が上ってしまい、二本の槍を振り回すことで自分の体を守り襲いかかって来る球体をカウンターで切り裂いて行く。
球体の一体一体の攻撃力は低いので槍の斬撃で十分対処可能なのだが、ベヒモスポタニアルの本当の狙いが杏子には分かっていた。
圧倒的な数で人海戦術を仕掛ける球体たちの相手に杏子の足は止まってしまい、球体だけの対処に手間取っていた。
獲物の足が完全に止まり自分に注意が行かなくなったのを見届けたベヒモスポタニアルはゆっくりと近づき、二個の球体を杏子に向かって振り下ろし、一気に杏子を食おうとしていた。
「やっぱりな。戦闘力ではとにかく、闘いのセンスってのが無さすぎだよお前……」
皮肉を言うと同時に杏子の姿がそこから消えて無くなる。
これにベヒモスポタニアルは杏子を食べたと思って、咀嚼を繰り返すが栄養が体に行き渡る感覚が無く、その動きが完全に止まる。
目と思われる部分が杏子が居た場所を見ると、先程まで杏子が居た場所には人一人分ぐらいの空洞が出来ていて、それを確認した頃には後方から轟音が鳴り響くことに気付き、愚鈍ながらも必死に振り返ろうとした。
「ドリルにはな。こう言う使い方もあるんだよ!」
ドリルで地面を掘り抜いて後方に回った杏子は勢いよく飛び上がって、そのまま上空でドリルを回転させて一気にベヒモスポタニアルを貫く。
植物のためか断末魔の叫びこそ聞けなかったが、確かに手応えと言う物をこれまでの経験から感じた杏子は貫いたベヒモスポタニアルの様子を見る。
巨大な空洞が幹に大きく出来て、向こうがわが綺麗に見通せることから、致命傷レベルの斬撃を与えられ勝負は決したと杏子は感じ、獰猛な笑みを浮かべながらゆっくりとベヒモスポタニアルに近づいて行く。
「さぁて、ゴールデンアップルはどこだ?」
体内でのみの生成としかグルメディクショナリーには書かれておらず、どこで生成されるかは個体によって違う。
故にドリルクラッシュで貫いてしまったのではと思う所もあるが、杏子にはゴールデンアップルは無事だと言う自信があった。
その鼻は好物であるリンゴの甘酸っぱい匂いを捉えていて、そこに確かにゴールデンアップルが存在しているのを確信していた。
ゆっくりと歩を進め、杏子が空洞に手を伸ばした瞬間、痙攣を繰り返していた二つの球体から咆哮が放たれ、枝を一気に伸ばして再び杏子を食らおうとする。
まだ生きていたことに驚きながらも、杏子はバックステップで距離を取って間一髪のところで攻撃をかわすと改めてベヒモスポタニアルを見る。
よく見ると無数に枝を伸ばし続け、そこら辺に飛んでいる鳥や、地面の中に居るモグラまで無差別に食い荒らし、杏子に与えられたダメージを回復しようとしていた。
その効果は確かに出ていて、空洞が少しずつ狭まって行くのを見た杏子は早く勝負を決さなければ危険な相手だと思い、再びドリルクラッシュを放とうとするが、そうはさせまいとベヒモスポタニアルは辺り一面に枝を伸ばして地面に刺し続けると、杏子の動きを制限させた。
進路を奪われ、杏子はバックステップで枝の連撃をかわし続けていたが、地面に違和感を覚え、そこから離れようと飛び上がろうとしたが、一歩遅かった。
先程の杏子の攻撃で学習したのか、今度はベヒモスポタニアルが同じことを行い、地面の中で伸ばした根を地面から突き出すと、杏子の生命線とも言える足に絡まりつき、その機動力を奪う。
最大の武器を奪われ、足に絡みついた枝を振りほどこうとしている間に二つの球体が近づき杏子を食らおうとしていた。
だが杏子は特に焦ることなくナイフ形状の槍で振り払って、攻撃を防ごうとした瞬間だった。
次の瞬間そこに居た一人と一匹を襲ったのは、弓矢のスコール。
上空から放たれた幾多もの矢は無数に伸びたベヒモスポタニアルの枝を切り裂き、杏子の足に絡んでいた根も矢で引き裂かれるのを見ると、杏子はすぐに矢の対処で頭が一杯になっているベヒモスポタニアルから距離を置き、矢を放った張本人の元へと向かう。
「やっぱりお前だったかハジメ……」
そこには息を切らせながら呼吸を必死になって整えるハジメが居て、杏子の呼びかけにも応えずハジメは一心不乱に矢を放ち続け、ベヒモスポタニアルに反撃の機会を与えないでいた。
一見すればハジメがベヒモスポタニアルを押しているかのように見える。だが杏子は戦局がハジメの不利に陥っていることを瞬時に見極める。
初めからフルスロットルで攻撃を続けていると言うことは、それだけ不安で一杯で相手に反撃の機会を与えまいとしていること。
だが弓の攻撃では動きを押さえることは出来ても、ベヒモスポタニアルに致命傷を与えることは出来ない。
その必死の形相を見る限り、これがハジメの全力であり限界であることは理解できた。
決着を付けるためにも杏子はハジメの脇腹を軽く突いて、注意を自分に向かせた。
「オイ、火の付いた矢ってのはあるか?」
突然の杏子の申し出にハジメは困惑した顔を浮かべながらも、穂先に松脂の付いた矢を取り出す。
「撃て!」
半分命令するような口調に驚きながらも、ハジメは穂先にライターで火を点け、その矢をベヒモスポタニアルに向かって撃つ。
こんな物では致命傷にならないことは分かっていたが、次の瞬間にハジメは自分の目を疑った。
矢が放たれると同時に杏子は飛び上がって、穂先に灯っていた炎を回転する槍に付着させ、その小さな火種を何倍にも大きくさせ、炎は槍だけではなく自らの体まで覆っていき、自らを炎の矢と化した杏子が自分に対応しきれていないベヒモスポタニアルの元へと突っ込む。
「焼きリンゴにでもなってろ!」
叫びと共に炎の矢は二つの球体を貫く。
だが回転の力は炎を更に増幅させ、新たに燃え移る対象を見つけるとベヒモスポタニアルの体は紅蓮の炎に包まれた。
不気味な断末魔の叫びが辺りに木霊する。
必死に命を繋ごうと辺りに枝を伸ばすが、その枝もすぐに炎に包まれ瞬く間にその体は灰塵と化していく。
美食屋としてこう言った光景は何度も見てきたハジメではあるが、目の前の光景にショックを隠せず呆けていたが、すぐに杏子の安否を確認しなくてはと思い、もう戦闘不可能と判断したベヒモスポタニアルを無視して、杏子の元へと駆け寄る。
フードを被って横たわっている杏子を見つけると、慌ててその身をゆすり動かすが、杏子は不機嫌そうにその手を払いのけるとブスっとした顔を浮かべながら、体に付着したススを払いのけて立ち上がる。
「寝てるところを邪魔してんじゃねーよ……」
「そんなことより質問に答えろ! 何で全身が炎に包まれているのに火傷一つ追ってないんだ!?」
ハジメの質問はもっともな物だった。
全身を炎に包まれているにも関わらず、杏子の体は綺麗な物であり、傷一つ火傷一つ無い状態。
グルメ細胞だけならハジメ自身も移植はされているのだが、ここまでの症状が現れるとは思えない、興奮しきっているハジメにうんざりしながらも杏子は語り出す。
「簡単だよ。皮膚が炎で焼け焦げる頃には下から新しい皮膚が再生されているだけだ」
「そんなわけあるか!」
杏子の意見に納得のできないハジメは食ってかかるが、これはまぎれもない事実である。
脚力が特色の杏子に取って気になっていることがあった。これだけのスピードで走っているにもかかわらずなぜ自分の皮膚は摩擦熱で炎上しないのかと。
だがそれは少し冷静になって自分自身を観察すればすぐに謎は解けた。
走っている最中、摩擦熱によって皮膚がダメになるわけではない、だが常人よりも早く皮膚の再生するスピードが速いだけ、魔法少女時代には怪我もすぐに治ったので、この辺りの観察はほとんどしてこなかったが、科学的に解明できるグルメ細胞の力は自分でも論理的に理解できなくては100%使いこなせることなど出来ない。
摩擦熱によって肺が焼けるのではと言う考えもあったが、それは鼻の中に大量の鼻水が自動で分泌されることで防がれた。
女の子に取っては決して大っぴらに話したくない事実なので、杏子は苛立ちながらもハジメの応対にあたる。
「ウルセェ! テメェがどんなに抜かそうがそれが真実なんだよ! そんなことよりゴールデンアップルだ!」
杏子に言われてハジメはゴールデンアップルが無事なのかどうかを確認するため、すでに炭と化したベヒモスポタニアルの元へと向かう。
捕獲方法については知らない杏子に取っては、まずはハジメに取らせた方が手っ取り早いと踏んで、あくび交じりにゴールデンアップルの発見を待つが、目的の物は意外と早くに見つかった。
根の部分を弄っていくと、高水準の黄金と見間違うかのような輝きを持つリンゴ、ゴールデンアップルが多々見つかる。
物が無事なことにハジメは喜びの表情を見せるが、後ろに杏子が居ることに気が付くと、その表情はすぐに険しい物に変わって、杏子に向かって弓を引き矢を突き出す。
「悪いが依頼がある。君には世話になったけど、しばらく美食屋としての仕事は休業してもらうぞ」
「アンタそうやって馬鹿正直を一生続けて行くつもりか!? ヤクザ風情が約束なんてご丁寧に守るわけないだろうが!」
「だがそれでも僕は依頼人の依頼を守る!」
話し合いが通じない状態だと判断したハジメは弓を引くが、矢が放たれるより先に杏子は矢を持ってその矢をへし折る。
目の前に杏子の顔があるのを見て、圧倒的な戦力差を改めて感じ取ったハジメの中で心が折れる音が響き渡ると、その場にへたり込み、ゴールデンアップルを杏子に向けて差し出す。
「勝手に持っていけ! 仲間の奪還に関しては他の方法を考える」
「だから人の話を聞け!」
苛立ちが頂点にまで達した杏子はハジメの頭を思い切り殴ると、そのまま地面に埋まる状態にさせる。
大の字になって埋まっているハジメの首根っこを強引に持ち上げて、自分と対峙させると話を始める。
「何度も言わせんじゃねーよ! アタシはお前の妹から頼まれてんだよ、人の話ろくに聞かない馬鹿兄貴を連れ戻してこいってな!」
「だがゴールデンアップルが無くては仲間たちを返してはもらえない……」
「あくまで仲間の奪還にこだわるってか……」
この頑なな意思の硬さを見て、このまま話し合っても堂々巡りになると踏んだ杏子は違う方向性から攻めてみようとする。
「じゃあ聞くけどさ、仮にゴールデンアップルを手に入れたとしても、それを差し出したグルメヤクザどもが大人しく仲間を返してくれると思うか?」
もっともな正論を言われるとハジメは何も言い返せなくなってしまう。
ヤクザと言うのは自分の持って行きやすい方向に全てを持って行く物、ゴールデンアップルを差し出したところで難癖付けて、自分たちを町から追い出すのだろう。
だが武力行使に及んだところで現在町に潜んでいる先発隊だけを片付けることなら可能だろうが、その後すぐに本隊がやってきて自分たちのチームなど簡単に潰されるだろう。
アンダーグラウンドな世界で生きているだけに、警察も惨事が起こってからでしか行動してくれない。
八方塞がりの状態になっていて、それを解消するためには愚直に言うことを聞くしかないと思っていた。
完全に言葉が詰まったハジメを見ると、杏子は話し合いが出来る状態になったと見て、ここに来るまでに考えておいたアイディアを話し出す。
「まぁそのジレンマは分からないでもないよ。だが完全に詰んだって訳じゃない。一つだけ町からヤクザを追い出す方法はあるぜ」
杏子の案に何が何だか分からないと言った顔を浮かべるハジメ。
大人しく自分の話を聞く気になったのを見届けると、杏子は掴んでいた手を離しハジメが自分の足で立てたのを見届けると自分のアイディアを話し出す。
「アンタらの地元で取れるのはゴールデンアップルだろ? なら商品に何の魅力も感じさせなければいいだけだ。ヤクザなんてのは現金な物だからな。引く時は一気に引くもんだぜ」
「だが偽物を出したところで、舌の肥えた組長はすぐに分かるぞ……」
恐らくは偽のゴールデンアップルを差し出して、商品そのものに魅力を感じさせないようにさせるのだと思ったハジメは苦言を呈する。
そんなハジメを無視して杏子はグルメディクショナリーで改めて、ゴールデンアップルに付いての情報について調べる。
生成される場所こそベヒモスポタニアルの体内のみだが、自然と体外へ排出する場合もゴールデンアップルにはある。
にもかかわらずゴールデンアップルにベヒモスポタニアルと同等の捕獲レベルが付いたのにはある理由がある。
それはゴールデンアップルが特殊調理食材だからだ。
生でも食べられることは食べられるのだが、人によっては生でゴールデンアップルを食べると甚大な副作用を発症する恐れがある。
これを利用しない手は無いと杏子には邪悪な笑みを浮かべながらハジメに話しかける。
「まぁ任しておけ、我に策ありだ。上手く行けばアタシの任務も成功する。その時は分け前として半分はゴールデンアップルよこせよ」
「それは構わないが、何をするつもりなんだ?」
「策に関してはまずアンタをエンドに引き渡してからゆっくり話すよ。まぁ見てなってヤクザ潰すのは得意だ……」
そう言って杏子は全てのゴールデンアップルを袋に詰めると、ゆっくりと歩き出しハジメはその後を追った。
ふてぶてしい態度ではあるが頼りがいが感じられ、ハジメは言葉を完全に失ってしまう。
一方の杏子は魔法少女時代の獰猛な感覚を久しぶりに思い出していた。
仲間や兄弟の絆を引き裂き、自分の至福を肥やすためにエンドを泣かせたグルメヤクザたちを杏子は許す気になれなかった。
久しぶりに感じる怒りと憎しみしかない自分をどうやってぶちまけようか考えながら、杏子は歩を進めていた。
本日の食材
ダンディライオン 捕獲レベル4
ベヒモスポタニアルが放出する種子。
真っ白なライオンのような姿から、ペットとして飼おうとしている人も少なくはなく、現在IGOでは家畜化として凶暴性を取り除く研究が行われている。
ベヒモスポタニアル 捕獲レベル22
体内にゴールデンアップルを生成させ、その匂いにつられてやってきた猛獣たちを捕食する獰猛な食獣植物。
捕食方法がリンゴを連想させることから、ベヒモスポタニアルと戦った美食屋の中にはトラウマでリンゴを食べられなくなったのも少なくは無い。
お久しぶりです。実は少々体調を崩して、投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。
次回はゴールデンアップルの完結編を書きたいと思っています。
次も頑張りますのでよろしくお願いします。