ゴールデンアップルの捕獲から数カ月の時が流れた。
この日杏子はサニーに呼び出されておしゃれなオープンテラスのカフェへと向かっていた。
携帯電話としての機能も搭載しているグルメディクショナリーにメールと一緒に添付された地図を頼りに向かっていると、既にサニーは到着していてこちらに向かって手を振っていた。
テーブルの上を見ると、この間杏子が発見した新食材『金剛小豆』を使ったスイーツが二人分用意されていて、サニーに促されると杏子は席に付き、トリコから受け継いだ食べる前の挨拶を行って、二人は目の前のまるでステーキのような分厚さのケーキを食べだす。
「しかし、この金剛小豆か……中々に美しい食材だ。いい食材を見つけたなアンコ」
金剛小豆はその名の通り、ダイヤモンド張りの硬度を持った小豆であり、一目見ただけではそれを食材と判断するのは不可能な上、調理を施しても食べるのに苦労する食材。
だが美容効果は抜群であり、食べれば筋肉の発達と共に、肌も艶々になって若返りの効果があり、骨も丈夫になる。
苦労する分、得られる応酬も相当な物であり、サニーはその分かりやすさが気に入ったのか贔屓にしている食材の一つとなっていて、ステーキを食べるかのようにナイフとフォークで切り分けながら、食べる際も細かく砕いてうっかり歯が持って行かれないように気を付けながら食べる。
傍から見ている分には羊羹をバラバラにして食べているようにしか見えないが、食べている本人たちからすれば、そこそこ気を付けなければいけない食材を慎重に扱っている行為。
アンバランスさを妙だと感じながらも、杏子はサニーの呼び出しの内容に付いて問いだす。
「んで何の用だ? わざわざ、おべんちゃらを言いにこんなところまで呼び出したわけじゃねーだろ?」
その口調はふてぶてしいながらも自信に満ち溢れた物であり、サニーがよく知るいつも通りの杏子。
ココの話では一時期はGTロボとの遭遇で恐怖を植え付けられて、その恐怖の前に屈服するのではないのかと思っていたが、見事に乗り越えたことを嬉しく思いながらも、サニーは本来の目的を話すため、懐から一枚の紙を取り出して杏子に手渡す。
それは食材の捕獲依頼の詳細が書かれた書類であり、仕事のこととなって杏子はファイルを開いて書類に目を通す。
この真剣な眼差しを見て、ココの元を離れてから一年が過ぎようとしているが、自分なりに立派な美食屋としての道を歩んでいるのだとサニーは確信した。
見知った顔の成長を嬉しく思っているサニーに構わず、杏子は目を通していき、内容を見ると険しい表情に変わる。
「『絹鳥』の卵か……今のアタシで通用するかな……」
食材に関しての知識も昔に比べれば比べ物にならないぐらい成長しており、絹鳥の名を聞いた途端、杏子は受けようか受けまいかを悩んでいた。
絹鳥の捕獲レベルは40と現在のサニーでも勝てるかどうか微妙な値のグルメモンスター。
だが絹鳥の食材としての魅力は決して絹鳥本体には無い、本体はボソボソとした口当たりの悪い味わいであり、市販の鳥のささみを更に食べにくくして味も栄養価もほとんどない代物。
だがそれでも多くの美食家たちが絹鳥をこぞって求める理由。それは絹鳥が生み出す卵。
卵はシャボン玉のように脆く割れやすいので、捕獲レベルも絹鳥同様に40の相当な繊細さを要求される食材。
だが故に味の方は最高級の物であり、一度食べれば天にも昇るようなフワフワの食感が体中を包み込み、その高揚感は食後もしばらくは続く代物。
一度でいいから地上最高のオムレツを食してみたいと、たまに絹鳥の目撃情報があれば多くの美食家たちは美食屋に依頼をして絹鳥の卵の捕獲を望んでいる。
今回も絹鳥が近くに巣を作っているのを発見したため、大手のエステ会社の社長が美容効果も抜群の絹鳥の卵を求めてサニーに依頼をしたのだが、彼はこれを杏子に託そうとしていた。
だが杏子はエステ会社の社長の容姿と求める理由を見た途端、不機嫌な表情に変わり乱暴にジュースを飲みながら一応は詳細を見る。
彼女の容姿はエステ会社の社長にもかかわらず、醜く肥え太った豚を連想させるほど脂肪の塊で形成されていて、絹鳥の卵を求める理由も自分の美を更に完璧な物へと追求するため。
自分を見極めていない物を杏子は嫌う。
だからこそ新人のさやかに好き勝手されたことに腹が立って、あんな結末になってしまったのだ。
だが今回の相手はさやかのように遠慮する必要はない、純粋なる悪。
断ろうとも思ったのだが、その前にどうしても確かめたいことがあり、杏子は恐る恐る気になっていることをサニーに聞く。
「それで……美味いのか? 絹鳥の卵ってのは?」
気にはなっていたのは未知への食材の好奇心だった。
個人的に依頼主は気に入らなくても、どうしても味への好奇心が優先され、仕事を受けると言うケースが杏子は少なくはなかった。
だがその際依頼された食材を全て食べてしまって、依頼が失敗に終わってしまい、この辺りの悪いところもトリコの部分を受け継いでしまったのかとサニーは苦笑する部分もあったが、杏子がやる気を出したのは素晴らしいことだと思い、当時自分が食べた思い出を語り出す。
食べた瞬間に砂糖も使っていなのに、それがたっぷりと使われたような甘みが口一杯に広がっていき、口全体を雲が覆っているような感覚は天にも昇るような気分になれる代物。
どんな物か食べてみたいと本能的に感じた杏子は喉が鳴る感覚を覚え、書類を握る手が力強くなっていくと書類に自分がこの任務に置いて何らかの障害を負ったとしても、東方は一切の責任を問わないと言う美食屋において常識とされる契約にサインをした。
最後に実効日がいつなのかを確かめようとすると杏子は驚愕する。
翌日には早速美食屋たちが招集され、巣へと向かおうと言うのだ。
こっちにも色々と都合があると言うのにあまりに急すぎる話に杏子は文句の一つでも言おうとしたのだが、この辺りの理不尽さはトリコに振り回されることで慣れている。
何よりも今回の依頼は自分が絹鳥の卵を食べたいから受けたいと願ったもの。
自分のためなのだから多少の無茶は覚悟せねばならないと渋々この急な仕事を受け入れ、そのままメールでモリ爺に了承のメールを送ろうとしたが、その瞬間サニーにグルメディクショナリーを杏子は奪われてしまう。
「何すんだよ?」
仕事を受ける気だった杏子からすれば、この横槍は腹が立つ物であり、サニーを厳しい目で睨む。
だがサニーはそんな杏子の眼圧にも怯むことなく、真剣な顔を浮かべるとゆっくりと話し出す。
「アンコ、お前が依頼を受けるのは自由だ。だが美意識と言うのを失えば人間など獣と大差ない。それは分かるな?」
「ああ……」
短い言葉だったが、それで思い浮かんだのは魔女になったさやかの事。
未だに乗り越えきれない強いトラウマが脳裏を襲うが、そんな杏子に構わずサニーは話を進める。
「故に条件を出させてもらおう。それがクリアできなければ今後、俺とココはお前のバックアップから身を引かせてもらう!」
「分かった。何をすればよくて、何をしちゃダメなんだ?」
こう言う物はハッキリと言ってもらいたい杏子に取っては早急に条件を求めた。
潔い杏子を見ると、サニーは条件を語り出す。
「一つは絹鳥その物の捕獲は絶対に禁止だ。絹鳥は数が少なくなっている絶滅危惧種だし、飼いならして無理矢理卵を生み出そうとしているキショイ連中も居るからな。もう一つは……」
まだ全ての資料を読み終えていない杏子に対して、サニーは手で読むように指示を送る。
促されて杏子が読みだすと注意事項と言う物があった。
先程サニーも言った通り、絹鳥は絶滅危惧種に認定されている。
にもかかわらず雛が中で眠っている有精卵すら食べだす輩まで居るのだ。
まるごと雛鳥を食べると言う狂気染みた行為に杏子は背筋にゾッと冷たい物を感じていたが、その問題を読み終えた杏子を見るとサニーはもう一つの条件を語り出す。
「もう一つはお前にもプライドはあるだろうが、有精卵しかなかった場合、この一件からは手を引け」
「見損なうな! 当たり前だ!」
サニーが話している途中でも杏子は激怒し、立ち上がって彼を睨みながらまくし立てるように叫び続ける。
「お袋からガキを好きで奪うほど腐ってたまるか!」
本当はまだ言いたかったが、これ以上言うと自分の苦い思い出に触れてしまう所がある。
さやかには食物連鎖の一種だと言い放ったが、人間が人間を見捨てる行為に対して杏子が罪悪感を感じていないわけではなかった。
それを誤魔化すためにより攻撃的になっていく性格を止めることが出来ずに、さやかと対峙してしまった。
その悲劇を繰り返さないためにも、杏子は固く決意を固めていた。
魔法少女としてではなく、美食屋としてこの狩りに望むことを。
***
今回絹鳥が巣に選んだのは、モリ爺が居るヘビーロッジの裏山だった。
だが裏山と呼ぶにはその山はあまりにも強大であり、杏子に取ってはまるで世界遺産クラスの山であったが、この世界は何もかもが規格外に大きいことはなれている。
エステ社長が発する、うわべだけの激励の言葉を無視して杏子は早速現地へと向かおうとしたが、その時他の美食屋に声を掛けられて止められる。
見ると既にチームが出来上がっていて、どうやら難易度の高い絹鳥の卵の捕獲をより確実な物にするため、急遽チームを組んで狩りに挑もうとしていた。
「なぁアンタもどうだ? 分け前は減るけどここは確実にチームワークで攻めてみないか?」
「気持ちだけ受け取っておく。その場しのぎでやったところでろくな結果は生まれないぞ」
そう言うと肩に置かれた手を振りほどいて、杏子は頂上に巣を作っていると思われる絹鳥の元へ最短ルートで突破する方法を選んだ。
歩いているさなか、思っていたのはほむらの存在。
結局彼女はまどか以外全てがどうでもいい存在なのかと思うと、胸に苛立った物を感じ、そのイライラを誤魔化すかのように杏子は歩を進めた。
付きあいの悪い杏子に美食屋たちは苦い表情を浮かべていたが、先程杏子に声をかけた美食屋とは別の美食屋が同じように単独で最短ルートで頂上を目指した美食屋のことを語り出す。
「またとんでもない自惚れ屋だな。どんな奴だ?」
「詳しくは分からないが、格好と顔に施したメイクからグルメ騎士だと思うわ。だが、それでも絹鳥は厳しいんじゃないか一人じゃ……」
グルメ騎士の武勇伝は美食屋たちもよく知っていた。
少数精鋭ではあるが、グルメ教の教えを守る存在。
その崇高な理念ゆえに個々の実力も高い物であり、滅多に表舞台には姿を現さない彼らが一人とは言え、こんな俗な依頼を受けるのが信じられず、美食屋たちは少しの間どよめいていたが、いつまでも他人の心配ばかりもしていられない。
自分たちは自分たちの出来ることをやろうと急遽作られたチームたちも出発した。
全員が居なくなったのを見ると、エステ社長は下品にげっぷをしながら大型キャンピングカーへと乗り込み、キングサイズのベッドで昼寝をした。
車の中からでも響くいびきを聞いて、モリ爺は不愉快そうに舌打ちをした。
本来ならばこんな依頼を受けて仲介に回るのも嫌だが、モリ爺にも生活があるため、仕方なく受け回った。
その事を申し訳ないとは思っていたが、一つ希望もあった。
こんな仕事を受け入れてくれる若い存在二つ。この二つは次世代の希望になるとモリ爺は信じていた。
***
山の中枢で杏子はノッキングガンを片手に次々と襲いかかって来る二足歩行のハイエナに苦戦を強いられていた。
『ギャングフッド』は一匹一匹が捕獲レベル15とかなりの高レベルなのに加えて、基本的に群れで行動しているため、連携が他の獣に比べて物凄く上手い。
単純な戦闘力だけなら杏子の方が上回っているが、数の多さを視野に入れ忘れていたため、ノッキングガンの針が持つかどうかが杏子に取って心配の種だった。
(一回食べたけど、死ぬほど不味かったからな……)
以前誤って殺してしまった際、杏子はその命を弔う意味を込めてギャングフッドを食べたのだが、その時は口の中がヘドロにでもなったのではないかという錯覚を覚え、あまりの不味さに気を失いかかるという事態にまで陥ってしまった。
食べる以外の目的で獲物を殺さないと言うのもトリコから受け継いだ信念としているため、出来る限りはノッキングで済ませようとしているのだが、矢継ぎ早に襲ってくるギャングフッドたちを相手に僅かに休む時間も与えてもらえず、ノッキングガンの針を変えながら正当防衛の名目で槍を取り出そうかどうかを杏子は悩んでいた。
「む?」
その様子を上の崖道から馬に乗って見つめている青年が一人。
ターバンを頭に巻き、目の下に一本の模様を施した青年は一人の少女がギャングフッドたちを相手に猛攻を繰り返しているのを見て、まだ修業時代に自分が所属する団体のリーダーの親友から言われた言葉が頭の中でフラッシュバックする。
『強くなれ、男なら強くだ。女を守れるぐらい強い男になれ』
今こそ修業の成果を実践する時、そしてあの時交わした約束を守る時だと判断した青年は馬から降りて、馬に対して帰るように命令をすると自分は崖を飛び降りて下でギャングフッドたちを相手に苦戦している少女の元へと飛び降りた。
そんな乱入者が現れるとも知らず、杏子は相変わらずノッキングをしつつも背中に仕込んだ槍を出そうかどうか悩んでいたが、その隙に一匹のギャングフッドに足を掴まれてしまい、上から飛びかかってギャングフッドが頭を噛み砕こうとしていた。
仕方ないと思い、背中に仕込んだ槍へと手を伸ばそうした瞬間に第三者がこの場に介入してきた。
空中で飛びかかって乱暴にギャングフッドを殴り飛ばすと、その体は地面に吹っ飛んでいき、青年のパンチの威力でギャングフッドは気を失い戦闘不能の状態になっていた。
杏子と同等の実力を持った第三者の乱入に、ギャングフッドたちは戸惑っていたが、青年は意に介さず、自分の拳と拳を重ね合わせ、意識を集中させていた。
「何もんだテメェは!?」
自分の足を取り押さえていたギャングフッドを蹴り飛ばすと、杏子は謎の青年とコンタクトを取ろうとする。
その個性的な格好はどこかで見た気もするが、今は突然自分の戦いに割り込まれたことに対して怒りしかなかった。
明らかに怒っている杏子に対しても青年は冷静に対応し、一つ礼をすると丁寧に語り出す。
「女性を相手に多勢に無勢なこの状況を見過ごせておけません。義によって助太刀します」
「余計な真似すんじゃねぇ!」
第三者の介入に杏子は怒り青年を追い払おうとするが、改めて自分が置かれた状況を見つめ直す。
ギャングフッドたちは初め戸惑っていたが、餌が増えたことに喜び、再び二人を取り囲んで食らおうと陣形を組み直していた。
次に杏子が観察をしたのは青年の戦闘能力。
先程吹き飛ばされたギャングフッドも一撃で戦闘不能の状態にされている。それも不安定な空中で何のテクニックも使わずに腕力だけで倒したのだ。
今も自分の威圧に押されていないところを見ると、肉体的にも精神的にも実力は申し分ないと判断した杏子は邪悪な笑みを浮かべながら語り出す。
「と言いたいところだが、アンタならギャングフッドの群れを相手にしても遅れを取ることは無いだろう。一人でしんどかったところだ。半分任せた」
「恐悦至極、ではグルメ騎士『滝丸』参る!」
杏子の了解が貰えると滝丸は集中力を極限にまで高めた状態を作り上げると、襲いかかるギャングフッドたちに向かって突っ込んでいく。
爪や牙が滝丸に触れるよりも先に滝丸の拳がギャングフッドたちのみぞおちや関節部に決まる。
だがここで杏子は妙な違和感を感じた。
通常パンチを放つ際は拳を力強く握り締め、相手に硬く閉じた拳骨を与えるのだが、滝丸は当たる直前に拳を開く場合があった。
それはパンチと言うよりも何かの施術のようにも思え、一旦ノッキングを止め、襲いかかるギャングフッドたちを蹴り飛ばすと、滝丸の攻撃を受け苦しそうに痙攣しながら横たわっているギャングフッドの様子を見る。
「これは!? 骨や関節だけが綺麗に外されてやがる……」
自分には出来ない繊細な技に驚愕した杏子だが、その間もギャングフッドは待ってくれずに複数で襲いかかって杏子を頭から食らおうとしていた。
「ウルセェな……」
これに苛立った杏子は背中から槍を取り出すと地面に突き刺し、槍を軸にして回転蹴りを放ち、360度襲いかかるギャングフッドたちを一網打尽に吹き飛ばした。
完全に火が点いた杏子はそのまま槍をしならせると同時にギャングフッドたちの群れへと突っ込んでいき、リーダー格と思われるギャングフッドの顎に飛び膝を食らわせる。
指示を出す相手が居なくなり、戦意が多いに下がったのを杏子は見逃さず、続けざまに拳や蹴りでの打撃音が響き渡る。
まだ自分の実力では弱い部分を攻めさえしなければ、素手での打撃で致命傷を与えることは出来ない。
頭に血が上った杏子は殺さないと言う最低限の条件だけ守り、食べようと大きく口を開くギャングフッドの口内に拳を叩きこんで歯を口内に巻き散らす。
この圧倒的な戦力差を見て、ギャングフッドたちも学習した。自分たちが勝てる相手ではない、捕食者は自分たちではなく向こうなのだと。
負傷者を抱えて、その場を後にしていくギャングフッドたちが出始めたのを見ると、杏子は最後にダメ押しの一言を言い放つ。
「とっとと失せろ!」
威圧に負けたギャングフッドたちは蜘蛛の子を散らすように消えていき、辺りには静寂だけが包み込んでいた。
危機が去ったのを見ると滝丸は呼吸を整えて、体と心に平穏を取り戻していくが、杏子はやりすぎで血に染まった地面を見るとバツの悪そうな顔浮かべていた。
「やべ~この事態がココにバレたら、また説教食らわされるよ。『そんな短気な性格じゃ嫁の貰い手も無いぞ!』ってよ……」
「え?」
杏子はまた頭に血が上って必要以上に傷付けたことに対して、ココの説教を思い出して落ち込んだ顔を浮かべていまうが、それに対して滝丸は何気なく杏子が言ったココと言う言葉に反応して詳しいことを杏子から聞こうとする。
「スイマセン、ココと言うのは、元美食四天王ココのことで間違いないでしょうか?」
「あ!? そうだよ、アタシに美食屋としての基礎を教えてくれた人だよ……」
その事に付いて感謝はしているが、何かと口うるさく説教されるのは気に入らないと愚痴っていた杏子だが、この僅かな情報と杏子の見た目から滝丸は彼女の正体に付いて質問をする。
「失礼ですが、もしかしてあなたはトリコさんからグルメ細胞を受け継いだ。アンコさんですか?」
ここでも自分の名前がトリコを通じて知れ渡っていることに対して、杏子は苦笑いを浮かべるが聞かれたことには返さないといけない。
見世物パンダのような扱いの現状を気に入ってはいないが、これも美食屋として仕方ないことだろうと割り切り杏子は渋々自己紹介を始める。
「そうアタシは元美食四天王トリコからグルメ細胞を受け継いだ美食屋アンコだ。だけどな、アタシは間違っても美食四天王なんてアホみたいな肩書き名乗るつもりはないからな!」
自分の言いたいことだけをまくしたてるように言う杏子に対して、滝丸は驚愕した表情を浮かべながらその場で頭を下げ簡素な自己紹介を始める。
「失礼しました。ボクはグルメ騎士の若輩者の滝丸と申します。お会いできて光栄です」
「グルメ騎士?」
この世界で杏子が唯一尊敬している人物の愛丸のお膝下にある滝丸の存在に杏子は驚いた顔を浮かべる。
よく見ればグルメ騎士の特徴である目の下の模様が施されているため、少し冷静になって考えれば分かること。
思わぬ援軍が手に入ったことに喜び、杏子は柔らかな笑みを浮かべると手を差し出して握手を求めようとする。
「そこまでかしこまらなくてもいいよ。滝丸お前なら、まぁアタシが与えられた条件みたいなのも守れるだろうよ。絹鳥の卵を手に入れるまで協力関係と行こうぜ」
「ハイ、よろしくお願いします。アンコちゃん」
そう言うと二人は年代が近いこともあって握手を交わすと、二人は並んで歩きだした。
先程のギャングフッドとのやり取りを見ていたためか、周りの猛獣たちも攻撃を控えて、潜伏の道を選んだ。
危険が無くなったのを見ると、杏子は余裕を持った態度で、滝丸は相変わらず警戒心を解かないまま歩き続けていた。
会話が無いのを辛いと感じた杏子はポケットに入れておいたチョコレートのお菓子を取り出し、滝丸に向ける。
「食うかい? ちゃんと自分の金で買ったもんだからよ」
「え?」
お菓子を勧めたのは分かるが、最後の方で言った言葉の意味が分からず、滝丸は困った顔を浮かべるが、杏子は慌ててフォローしながら食べるかどうかを突き出すことで無言のアピールをした。
「いただきます。ではもらってばかりでは悪いので、お返しにどうぞ」
施しの精神のグルメ教らしく、滝丸は胸ポケットから一つの食材を取り出し、杏子の手のひらの上に乗せる。
貰った食材を見ると、杏子はキョトンとした顔を浮かべた。
手のひらにあるのは普通はまとめて和え物などにつかう木の豆『さくらまめ』が一粒あるだけ。粗食の精神をモットーとしているグルメ騎士らしいが、さすがにこれを一粒で食べるのは初めてなので戸惑いながらも杏子は口に運ぶ。
(固っ!)
普通は煮込んで食べる物なのだが、保存食用に天日干ししたものなので、杏子の歯でも顎が疲れる感覚を覚えていた。
食べ物を粗末にするわけにはいかないと言う想いから、何度も何度も噛み続けるが一向に味が染みる感覚を覚えることは無く、軽い苛立ちを感じていたが、飢えた猛獣は待ってくれない。
極限までの飢えからテンパった状態なので新しく現れた餌と判断した二人を食おうとするが、二人は冷静にノッキングで対応して絹鳥の卵を目指していた。
***
絹鳥が卵を守るために選んだ巣は頂上にある巨大なほら穴。
だがそれは絹鳥が自分自身のくちばしと爪で作られた物。
山を丸々一つ繰り抜くだけのパワーを持っている絹鳥を見て、サニーが直接の戦闘を禁止したのは乱獲防止のためだけではなく、単純に身を案じてのことだと言うことが、杏子は理解できた。
高低差を作って一番高いところに卵を産みつけたが、二人は協力し合って一番高いところに置いてあった巣の中にある巨大な卵を見る。
杏子はライトを当てて中に雛鳥が居るかどうかを確認しようとしたが、その必要はないとすぐに判断できた。
どの卵も生命の躍動が感じられ、細かく痙攣して今にも産まれそうになっている卵を見ると、ここには有精卵しかないと判断して二人は向かい合うと互いに黙って頷き、今回の任務の顛末を決めようとする。
「帰るぜ。今回は無性卵は無いからな」
「ハイ」
ここに来るまでに滝丸がこの任務を受けた理由と言うのも杏子は聞かされていた。
ようやく実戦で使える部類になったので、命の尊さと言う物を学ばせるために愛丸から依頼を受ける命令を受けた。
重要なのは任務を遂行することではない、自然界の中で自分がどう生きて行くのかという心構えを学ぶためと言うことは分かっている。
腹は減ったままではあるが、不思議と心は満たされている。
温かな気分になったまま二人はその場を後にしようとしたが、その瞬間に違和感を覚え、二人は咄嗟にその場から飛び上がると巣は崩壊した。
飛び上がりながら振り返った先には怒りと憎しみに満ちた目を自分たちに向ける絹鳥が居た。
もうすぐ雛が生まれそうな命よりも大事な有精卵を飲みこんで一番安全な体内へと隠すと、絹鳥は自分の雛を狙っていると思った二人を敵だと判断した絹鳥は咆哮を上げ、二人を食らおうとしていた。
だがここで違和感を杏子は感じていた。
絹鳥は明らかに侵入者を威嚇するだけの行為とは思えない、まるで自分の体の一部でも奪われたような狂いようだった。
人が狂う様と言うのは間近でさやかのそれを見ているからよく分かる。
だが卵を取っていない自分たちがなぜここまで敵視されるのか理由が分からずに杏子は槍を構えて警戒することで一応の平穏を保とうとしていた。
「アンコちゃん少しいいですか?」
「言え」
「先程見た時、巣の大きさに対して一つ分だけ卵が無いように思えたんですが、もしかしたら誰かがボクらとは別ルートで勝手に有精卵を持ち帰ったのでは?」
「バカな!? アタシらが行ったのは最短ルートだぞ! アタシたちよりも早くに絹鳥の卵に手を付けて持ち帰ったのが居るって言うのか!?」
滝丸の仮説が信じられずに声を荒げる杏子だが、その説を完全に否定することは出来ない。
いずれにしろ戦闘は避けられない状態だった。
絹鳥は自分に取って戦いやすいフィールドを作ろうと、洞窟を破壊して完全な空洞を作り上げると夕焼け空が一体と二人の体を照らしあげた。
洞窟が完全に崩壊する前に二人は脱出するが、崩れた洞窟にした時期になった程度で30メートル近い大きさの絹鳥は死なない。
瓦礫の中から咆哮と共に現れ、自分たちの元へ突進していく絹鳥の攻撃を二人はそれぞれ別の方向に散ってかわす。
こんな興奮しきった猛獣が町へ下りればどうなるか分からない。ここで食い止めなくてはいけないと判断した杏子は地面に先に降りた滝丸の元に降りると作戦会議を行う。
「少しばかり予定と狂ったが仕方ない……絹鳥のノッキング箇所は分かるか?」
「知識だけなら……」
「上等! 二人がかりでも厳しい相手だがやるぞ! こいつにノッキングを食らわせて大人しくさせる!」
「了解!」
杏子は二つの槍を一つに合わせてドリルの形状にして、滝丸は集中力を高めるためプリショットルーティンの動きを終えると、二人は興奮しきった絹鳥に向かって突っ込んでいく。
杏子の中で思い起こすのは影の魔女戦でのさやかの暴走だった。
今度こそあの悲劇を食い止めて見せる。あの時とは違い今度は頼りになる仲間がいるのだから。
本日の食材
金剛小豆 捕獲レベル12
その名の通りまるでダイヤモンドのように固い小豆、調理を施しても食べる際には注意が必要で、金剛小豆によって歯の治療を受ける人たちが毎年出てくる。
今回は滝丸との絡みになりました。次回で絹鳥の卵編に決着を付けます。
次も頑張りますのでよろしくお願いします。