今や世界360国が加盟している世界最大級の機関、国際グルメ機関通称『IGO』会長の『一龍』を筆頭に事務局、法務局、開発局、管理局、広報局、財政局、防衛局と国連の一専門機関とは思えないほどの充実ぶりである。
故に今では独立して巨大な国際機関へと成長していた。
移動中のヘリの中でそのことを杏子にトリコは話していたが、相変わらず食を中心に回っている世界に杏子は呆れた顔を浮かべていた。
ある程度の情報を全て話すとトリコは自分が用意した特製のハンバーガーを食べながら、今日自分たちが訪問する『第一グルメ研究所』に付いての説明を始めようとするが、隣に座っていた開発局食品開発部長『ヨハネス』はトップシークレットを世間話程度で話そうとするトリコに対して渋い顔を浮かべる。
「トリコさん、その件に関してはトップシークレットですので……」
「まぁ簡単に言うとだな……」
ヨハネスの警告を無視してトリコは話を進める。
主にそこで行われているのは絶滅種のクローン生成やグルメ動物同士の混合種の作成と言った人工的なグルメ動物の生成。
通称『チェインアニマル』を作り上げることが主な仕事であり、動物保護や倫理的な観点から新しく発見されたグルメ動物として発表され、研究所内でもトップシークレットとされていた。
そんな話題を子供に簡単に話してしまうトリコにヨハネスは顔を手で覆いながら嘆いていたが、杏子は彼とは違った理由で苦痛そうな顔を浮かべていた。
(結局……下は上に踊らされてるって奴か……)
以前ならば何とも思わない話だったろうが、いざ自分がその立場になってみると、この手の話は杏子に取って苦痛でしかなかった。
結局何が目的でキュゥべえがあんなことをしたのかは分からないが、言うならば自分たちは牧場に放たれた家畜のようなもの。
いいように手のひらで踊らされているだけの存在だったと言うことは、魔法少女の呪いから解放されても一つの傷として杏子の中に残ってしまっていた。
その様子を見たトリコは多少罪悪感に心を痛めたものの、美食屋として知っておかなければいけない事実だと決め、心を鬼にしてあえて静観することを選んだ。
一方のヨハネスは相変わらず歯がゆそうな顔を浮かべながらも、無線を受け取りもうすぐ研究所に到着することを聞くと、ヘリの運転手に着陸するよう命令を下す。
ヘリコプターが地面に着陸しドアが開くとトリコは真っ先に降りて、杏子をエスコートする。
「ごちそうさまです! トリコ様!」
入口に居た見張りの隊員二人がIGO式のあいさつをトリコに送る。
だがトリコは別に何もおごっていないのに『ごちそうさま』と言われるのが妙な気分であり、軽く「やめろ」と言いながらも受け流し、所長が居るかどうかを尋ねると、いつも通りに所長室で筋トレ中だと言うことを隊員たちは伝えた。
「まずは実験室から行くぞアンコ」
その呼び名から『実験室』と言うところでチェインアニマルは生まれているのだと思い、杏子は多少困惑こそしたものの首を縦に振りトリコの後を付いていく。
人間に比べれば脳が小さく、生まれた時からその姿だったチェインアニマルは魔法少女よりはマシな存在かもしれない。
生まれた命に対して自分勝手な倫理や論理を押し付けることなど単なるエゴかもしれない。
だがそれでもせめて、それがどんな物なのかを見届けなければいけないと言う使命感に駆られ、杏子はトリコの後に続くがトリコが突然右腕を上げて仁王立ちすると、杏子にも隣に立つよう指で指示する。
「息を止めてろ!」
合図が何のことか分からず杏子はとぼけた顔を浮かべていたが、瞬間襲ってきたのはスコールのような大雨。
周りを見ると水が飛び散らないように自分は円形の筒で覆われていて、上空からは大雨のように降り注ぐ消毒水。
プールに入る前の消毒のようなものだろうと杏子は思っていたが、相変わらずのダイナミックすぎるそれに文句の一つでも言おうと思った時、消毒水のスコールは終わり、床からは排水溝が現れ水抜きが行われると肩まで浸かっていた消毒水は一分もしない間に空になり、残ったのはずぶ濡れになった自分だけだった。
「お前な! こう言うことは事前に……」
隣に居たトリコに文句を言おうとした瞬間、次に襲ってきたのは熱すぎるぐらいの熱風。
喋っていたので熱風は口の中に入ってしまい、杏子の口内からは完全に水分が飛び散って喉がカラカラに乾いてしまう感覚を覚えた。
ドライヤーで送るような熱風が春一番のように送られてくる状態なので、服は瞬く間に乾き、腰まであるロングヘアーも乾いて杏子の体は先程と変わらない状態のまま、完全滅菌された。
予想外の出来事に呆けていた杏子だったが、トリコは構わずにエレベーターに乗り込もうとしていたが、ボーっとしている杏子の元にやって来ると彼女にも早く乗るよう指で促すが、その呆けた顔を見て彼女が何を考えているのか分かり、からかうような口調で話す。
「もしかして今この場ですっぽんぽんにでもなるとでも思った?」
完全滅菌と言うのだからそれは十分にあり得る可能性であり、トリコの言葉によって杏子の脳内にイメージが広がっていく。
イメージが脳内で固まると杏子は顔を真っ赤にさせながら、訳の分からない罵声を発しつつトリコに向かって握り拳を振り上げるが、トリコは軽々と手のひらで受け止めると笑い飛ばしながら語る。
「ここでは数え切れないほどの職員がいるんだぜ、滅菌一つにしても時間がもったいないからってんで、スピーディーに行わないとな。服を脱いでる暇なんかないよ、それにな……」
トリコは意地の悪い笑顔を浮かべながら、杏子の耳元に近づき耳打ちをするように言う。
「原作ではそうだったが、このSSでそれをやるわけにはいかないだろ。『美食屋アンコ!』はよい子のためのSSだぜ」
何を言っているのかは正直分からなかったが、杏子は直感的に感じていた。
今トリコが言った一言は身も蓋も無い発言だと言うことを。
(いいのかな? そんな堂々としてて?)
杏子はトリコの発言に完全に呆れていたが、エレベーターの中に入って何度も自分を呼んでいるトリコを見ると、渋々杏子もエレベーター内に乗り込む。
エレベーターはあっという間に地下の研究室へと到着し、ドアが開くと白衣に身を包んだ職員がIGO式の挨拶を交わす。
適当にトリコが受け流すと杏子はトリコの後に続いて、ガラスケースに収まった異形たちを見つめる。
野生の動物を人間の手で食べやすい物に変える品種改良は自分たちの世界でも行われていること。
だがここに居る猛獣たちはそう簡単に人の手で負える代物ではないと杏子は見ているだけで分かった。
そして直感は職員たちの叫び声で確信に変わる。
叫び声の方を見るとムキムキの筋肉に身を包んだ巨大な蟹『マッスルクラブ』が檻から逃げ出していて、職員たちはオロオロしながらも何とか檻に戻そうとノッキングガンや麻酔銃を持って対応しようとしていた。
杏子はトリコの方を反射的に見ると、トリコは指を鳴らしながらマッスルクラブの方へと向かおうとしたが、その隣を猛スピードで駆け巡る影が一つ。
杏子の目には影が移動したようにしか見えなかったが、トリコは久しぶりに会う知人が相変わらずなのを見ると、ニヤニヤと笑いながら影とマッスルクラブが交差する様子を見ていた。
「フライパンチ!」
技の名前を叫ぶと同時に影は一人の巨人に姿を変えて、マッスルクラブの頬に力の限り右フックを食らわすと、マッスルクラブの顔は歪んで、そのまま壁へと吹っ飛んでいく。
壁に激突してマッスルクラブが気絶したのを見ると職員たちは麻酔をかけようとする。
ふがいない職員たちに対して、巨人は空いている左手に空になった酒のボトルを持ちながら檄を飛ばす。
「いつも言ってるだろうが……チェインアニマルはしっかりつないでおけって……」
こんな異常事態を軽くこなすあたり、この巨人も相当な実力の持ち主だと判断し、杏子は改めて巨人の姿をジックリと眺める。
スキンヘッドの頭にはネジが数本固定されていて、口髭を生やした姿は男性ホルモンの塊のような印象を杏子は持った。
更に驚かされたのはその身長、トリコに匹敵する2メートル超えの大男であり、トリコの姿を見ると酒臭い息を発しながら、彼の前に立つと手を強引に掴んで握手を交わす。
「よう……お帰りトリコ……」
「相変わらずだな所長……」
酒好きで猛獣に対して全く容赦しないそのぶれない姿勢に所長が変わらなく元気だと言うことをトリコは安心していた。
ほろ酔い気分のまま所長はトリコの隣に居た杏子を見ると、抱え上げて肩の上に乗せる。
「何するんだ下ろせ!」
「ガッハハハハハハ! ちっこいの、お嬢さん! トリコ誰じゃこのちっこいのは!?」
「おめぇらがデカすぎんだよ!」
杏子の突っ込みはこの世界に来てからずっと言いたかったそれだった。
とにかくこの世界は何もかもが規格外に大きすぎる。
一般的な身長しか持ち合わせていない杏子に取って、トリコたちに対峙するたび幼児にでも戻ったような感覚に陥り、不愉快な気持ちを所長にぶつけた。
だが所長は気にすることなく、相変わらず強引に笑い飛ばしながら、トリコから杏子のことを聞くと、今度は杏子を肩に乗せたまま自分の自己紹介を始める。
「そうか、そうか。美食屋の見習いか頑張れよ! 因みにワシはこのグルメ研究所の所長であり、IGOの開発局長も兼任しているマンサムじゃ!」
マンサムは自分の自己紹介をすると、ようやく暴れている杏子を肩から下ろす。
だが自己紹介に置いて自分が一番大切にしている情報を伝えるのを忘れていたのに気付くと、ハッとした顔を浮かべて慌てて杏子に伝える。
「言っておくがハンサムはOKだが、イケメンだけは絶対にNGじゃぞ! イケメンは下に見られているような気がして不愉快だからな!」
「そんなに重要なワードか! それ?」
自分の名前がマンサムだから、よくハンサムと聞き間違える所長は、自分に取っての褒め言葉と禁句を伝えるが、初対面の人間に対して伝えなければいけない情報なのかと思い杏子は突っ込む。
だがマンサムはそんな杏子の突っ込みを気にすることなく、トリコに対して何をしにここへ来たのかを聞く。
「一回グルメコロシアムでも見せようと思ってな。俺も力試しをしたいしな」
「そうか! そうか! お前が参戦するなら、今晩はぼろ儲けだな! お前ら、とびっきりの酒を用意しろ! 今夜は宴じゃ!」
盛り上がる二人とは対称的に杏子の中では悪い予感が的中したことに渋い表情を浮かべてしまう。
前にリンが軽く口走った『コロシアム』と言う言葉、それは自分たちが居た世界のそれと同じ物だった。
恐らくは人間と猛獣を戦い合わせて、それを肴に金持ちたちが盛り上がる趣味の悪い物なのだろうと。
こう言った物を否定する考えが自分に生まれたことが驚きであったが、魔法少女としてキュゥべえのいいように扱われた経験は自身の中で思っていた以上に強いトラウマになっているのだろう。
いくらトリコでも事と次第によっては戦ってでも止めなければいけない。
そう決意して杏子は握り拳に力を込めた。
***
闘技場に到着すると、すぐ杏子の目に飛び込んできたのは半円形のアクリル板で蓋をされた円形状の闘技場内に居る異形の猛獣2匹。
足が8っつも生えている恐竜並みの大きさのワニ『ガララワニ』と戦っているのは、4本の腕を持ち醜悪な顔つきのゴリラ『トロルコング』
2匹は互いに興奮しきっていて臨戦体制であり、雄たけびが響き渡るたびに観客であるIGO加盟国のVIPたちは大盛り上がりしていた。
そして二人の戦いはゴングも無しに始まる。
ガララワニはその大きな口を開けてトロルコングに突っ込んでいくが、トロルコングは空高く飛び上がると、そのままガララワニの背中に飛びついて噛みつく。
だがガララワニは体を激しく回転させて強引にトロルコングを振り払うと、同時に牙と同じように自分の武器である尻尾を鞭のようにしならせ、振り払われて無防備になったトロルコングのみぞおちに決まり、トロルコングは血反吐を吐きながら壁に激突する。
そこから致命傷に近いダメージを負ったと直感的に判断したガララワニは再びトロルコングに向かって噛みつく。
胴を目がけての噛みつきは綺麗に決まり、牙が食い込むたびにトロルコングは苦しそうな顔を浮かべるが、同時に勝機を見出そうと四本の腕を上げてそれぞれを祈るように絡み合わせる。
(まさか今更命乞いってわけじゃないよな?)
杏子は観客たちの盛り上がっている姿が悪趣味だと思いながらも、スリリングな戦いに思わず見入ってしまい、トロルコングの恐らくは最後の攻撃に注目する。
ここで決めなければ、そのままガララワニに胴から食いちぎられて終わるだろうと言うのは素人の杏子でも分かった。
だからこそ自分が魔法を発動する時に使う祈りのポーズから、トロルコングが何をやろうとしているのか見届けようとしていた。
その答えは至極シンプルな物。
トロルコングのハンマーナックルは下段の腕で組まれたそれが一発決まると、ダメ押しの一撃を上段の腕で組まれた物を与え、ガララワニの脳を頭蓋骨内でシェイクさせる。
脳の位置を正確に打ち抜いたハンマーナックルはガララワニの小さな脳でも脳震盪を起こし、ガララワニは食らいついていた牙を離してそのまま気絶してしまう。
勝利を収めたトロルコングはまるで自分の強さをアピールするかのように自分の胸を叩く威嚇行為『ドラミング』を起こすと、観客席からは札束の雨が降り注ぐ。
勝負がトロルコングの勝利で終わると同時に青色の優しい煙が闘技場内を覆う。
試合が終わったのを見ると三人は適当な席に座り、未だに圧倒されている杏子にマンサムが感想を聞く。
「どうじゃ見習いさん? グルメコロシアムの感想は?」
マンサムに感想を聞かれるとここで杏子は冷静な気持ちを思い出し、改めて怒りの感情をマンサムにぶつけ、彼の胸倉を掴んで睨みながら叫ぶ。
「『どうじゃ』じゃねーだろ! テメェらの勝手な都合で猛獣たちを戦い合わせてよ、良心って物がねーのかテメェは!?」
トリコのように生きるか死ぬかの純粋な狩りとは違い、ここでの戦いはイタズラに猛獣たちを戦い合わせて、その様子を高みの見物で眺めているだけの悪趣味な物にしか杏子は見えなかった。
一瞬ではあってもその迫力に飲まれてしまった自分を情けないと思いながらも杏子は感情をぶつけるが、マンサムは懐に忍ばせていたペットボトルに入っていた水を一気飲みする。
一気に酔いが冷めたことにため息をマンサムはつくが、ここでマンサムは真剣な顔を浮かべて掴まれた手を優しく離すと杏子と向かい合い話し合う。
「それは仕方ないじゃろ。これは元々は金持ちどもの道楽ではなく、捕獲レベルの測定のために行われたことなんじゃが、いつの間にかこんなことになってしまい、今じゃ重要な収入源じゃからな」
『収入源』と言われると杏子は何も言い返せなくなる。
魔法少女だった頃、家族に自殺されてから身寄りのない自分は生きると言う大義名分の名の元、好き放題やっていたからだ。
振り込め詐欺の集団を襲っての現金強奪、食料の盗難と好き放題やっていた自分だけに、何も言い返すことが出来なくなり、マンサムから目をそらし力なく席に座る。
「まぁ分かってくれとは言わんよ。ただもし聞くだけの度量があるなら、少しばかし年長者の話に耳を傾けてほしい」
「聞いてるからサッサと話せよ……」
また自分の身勝手な感情だけで場の空気を悪くしてしまったことが嫌になり、杏子はうつむきながら自嘲気味に言う。
「人間良いことだけやっても、悪いことだけやっても生きてはいけないんじゃよ。毒も薬も生きる糧にするぐらいの度量を身に付けないと人生と言う長い道のりはこなせんよ」
らしくもなく真面目な事を言ってしまったことにマンサムはため息をつく。
嫌な予感を感じながら杏子の隣に座っているトリコを見ると、やはりバカにするような感じで笑っているトリコが見えた。
自分を挟んで子供のように言い合いをしている二人を無視して、杏子はマンサムが言ってくれた言葉を自分の中でジックリと咀嚼する。
魔法少女に正義の味方像を見出し戦い続けたさやか。
魔法少女を一つの呪いと受け止め、自分のためだけに魔法を使い続けた自分。
だが共に迎えた結末は成人までも生きられず、元居た世界からドロップアウトしてしまうと言う情けない物。
綺麗事だけでも悪意だけでも生き延びることはできない、心と言うのを保つ難しさを改めて思い知らされると顔を上げてトリコの方を見る。
相変わらずマンサムをからかっているトリコだったが、自分を見つめる杏子の存在に気づくと、トリコはマンサムとの言い争いを一旦止めて少女の頭を撫でながら語り出す。
「まぁあんまり難しく考えすぎるなってことだ。闘犬や軍鶏同士の戦いだと思ってくれればな」
「そうだし。猛獣たちは出来る限り保護しているし、アンタが思っている以上に大切に扱ってるし!」
不機嫌そうな少女の声が聞こえると、杏子は顔を声の方向に向ける。
そこに居たのはライフル状の麻酔銃のような武器を背中に背負い、右手に噴射口が付いた武器を身に付けたリンが居た。
トリコの寵愛を一人占めしている杏子が気に入らないのか、リンは強引にトリコの手を離すと杏子と向かいあう。
「マンサム所長の言う通り、人間綺麗事だけじゃ生きていけないし!」
「それよか何でお前がいんだよ?」
「何!? 今『ハンサム』って言った?」
リンは杏子に対して敵意をむき出しにしていたが、杏子はリンがこの場に居ることに驚き、マンサムは自分の名前が呼ばれたのをハンサムと勘違いして、その事を空気も読まずにリンに聞く。
「言ってねーしハゲ! 黙ってろ!」
「いつもご苦労! 感謝している!」
「ねぎらうタイミング違和感MAX!」
怒っているのを見たマンサムは労をねぎらおうとするが、突然すぎる言葉は完全に逆効果であった。
完全に取り残された杏子だが、なぜリンがこの場に居るのか聞こうとすると代わりにトリコが話し出す。
「リンはここで猛獣たちの管理をしているトレーナーみたいなもんだ。腕に装着されたフレグランスを吹き出す装置で猛獣の気持ちを高ぶらせたり、静めたりするのがリンの仕事だ」
分かりやすくトリコが説明すると、リンの顔から先程までの怒気は消えうせていた。
目をハート型に輝かせながら「そうだし~」と言っているリンの変わり身の早さに、杏子は呆れていたがこれなら前にサニーが話していた『トップシークレット』と言う言葉も納得が出来る。
このコロシアムでの出来事はお世辞にも一般的に公開できるような内容の代物ではない。
自分のように存在自体を否定する輩も多いだろうが、重要な収入源になっている以上閉鎖は不可能。
だからこそ裏社会での娯楽となっていて、そんなことを当たり前のようにペラペラと話すリンをサニーが止めるのは当たり前のこと。
様々な情報が交錯して頭の中が軽くパニック状態になっていたので、ここで杏子は冷静になって今目の前にあるコロシアムが受け入れられる物なのかどうかを考える。
事実自分も先程の戦いを見て、見入った部分もあった。
これが重要な収入源と言うのも納得が出来る物だった。
だがなぜトリコが自分をこんなところに連れて来たのかが分からず、杏子はトリコの方を見る。
二人の目があったことにリンは再び表情を曇らせるが、トリコは杏子の目を見ると彼女が何を言いたいのか分かり、連れて来た意図を話し出す。
「一回ちゃんとしたハントを見せておかないとと思ってな。初めて見た時は気絶してただろお前? それに美食屋としてやっていく以上、人間の嫌な部分も見えちゃうところが多いからな」
トリコの意図は自分に対して猛獣のハントのお手本を見せるのと、これから先魂が汚れないように覚悟を決めてもらおうと言う試練を与える物。
一方のリンはトリコがコロシアム内で戦うと言う、思いもよらないサプライズに喜びと驚きを募らせるが、すぐに自分がやらなければいけない仕事を思い出し、その場から消えて居なくなる。
リンが居なくなったのを見るとトリコもゆっくりと立ち上がり、軽く杏子の頭を撫でると「ここで待ってろ」とだけ言って、闘技場の裏口へと向かおうとする。
口調からトリコが猛獣と戦うであろうと言うのは分かったが、どんな猛獣と戦うのか気になり、残された杏子はマンサムの方を見つめる。
「まぁ見ておれ」
「レディースエンドジェントルマーン!」
マンサムの落ちついた一言と同時にノリが良いリンの叫びが中央の巨大モニターから響く。
モニターを見るとリンがマイクを持って実況をやっている姿が映っていた。
「時々だが実況もやっているんじゃリンは」
マンサムの言葉もろくに聞かず、杏子は闘技場内に起こった変化に目が釘付けとなっていた。
闘技場内には並々と水が注がれ、闘技場内が完全に水没したと同時に客席の足元から50センチ大の大きさの穴が開き、店員と思われる女性から釣竿を杏子とマンサムは受け取る。
何がどうなったのか分からない杏子とは対称的に、マンサムは穴の中に餌を入れた釣り糸を垂らして鼻歌交じりに釣りを楽しもうとする。
「さぁ今回はスペシャルマッチ! 何とあの四天王トリコが闘技場に帰って来たぞ!」
『四天王』と言う聞きなれない言葉に困惑し、何となくではあるがトリコが自分が思っている以上に凄い存在なのではないかと言うことがリンの実況から分かる。
その事は後でトリコに聞くとして、この異常な事態はどう言うことなのか杏子はマンサムに聞く。
「簡単なことじゃよ。闘技場で行われるバトルは何も地上の猛獣だけじゃない、水中での猛獣も対称になるからな。水中戦仕様に変わっただけじゃよ」
そう言うと再びサービスの釣りにマンサムは集中する。
だが話を聞いた瞬間、見る見る内に杏子の表情は険しくなって、強引にマンサムの顔を自分の方を向かせると思いの丈を叫ぶ。
「冗談じゃねぇぞ! 人間が水中で勝てるわけねーだろ! 即刻中止しろ!」
水中に置いて人間の動きなんて限りなく制限される。
どんなに早く泳げるアスリートでも水中の生物には全く及ばない。
トリコの戦闘力を持ってしても、実力の一割も出せないだろうと杏子は踏んで、すぐに戦いの中止をマンサムに求めるが、マンサムは聞く耳を持たず闘技場から現れたトリコの対戦相手を見つめる。
「第6関門から現れたのは捕獲レベル27の食物連鎖の頂点の存在『鰐鮫』だ!」
リンの実況と共に現れたのはワニのように強靭な顎を持ったいかにも屈強そうなサメ。
例え地上に打ち上げられても勝てるかどうか分からない恐怖感を杏子は感じ、それを鰐鮫のホームグラウンドで勝負しようとするトリコに対し、杏子は改めて試合の中止をマンサムに求めようとする。だが非常にも実況が続くだけだった。
「第1関門から現れたのは美食四天王のトリコだ!」
リンの実況と共に第1関門から平泳ぎで現れたのは、上半身のシャツだけを脱いでハーフパンツ一丁のトリコが現れる。
二人は間に挟まれた檻の存在がもどかしいのか、互いに睨みあって威嚇し合っていた。
そこから素晴らしいバトルが期待できると観客たちは大盛り上がりする。
「さぁオッズはどうだ?」
画面に現れたのは二分割された画面に現れた両者。
右画面にはファイティングポーズを取るトリコ、左画面には大きく口を開け牙を露わにする鰐鮫。
オッズは鰐鮫が7、トリコが3とトリコが圧倒的に有利なオッズで始まり、そこから観客たちは自分の直感を信じてベットしていく。
思った通り大金が動くことにマンサムは緩む頬を止められなかったが、杏子が驚いたのはそのオッズ。
本命がトリコと言うことなのが信じられなかった。
水中戦に置いて人間の戦闘力などたかが知れている。
それなのにトリコを本命に置くと言うことはよっぽどの信頼をトリコに寄せているだろうと言うことが分かったが、それでも杏子の不安は消えなかった。
前に捕獲レベル15のゲロルドをいとも簡単に撃破したトリコだが、今回戦う鰐鮫はそれを軽く超える27。
捕獲レベルに関してはまだよく分かっていない杏子でも、ゲロルド以上の強敵であることが分かり、できることなら早い段階での棄権をトリコに求めていた。
「まぁ向こうさんのホームじゃからな。捕獲レベルに関してはプラス5ぐらいやってもいいかもしれんの……」
マンサムが杏子の不安をあおるようなことを言うと同時に戦いのゴングが鳴り、両者の間を隔てた檻は下段へと収納されていく。
檻が無くなると同時に鰐鮫は口を大きく開いてトリコに向かって突っ込んでいく。
トリコは体を最小限にひねってかわそうとするが、水中のため思っていた以上に動きが悪く、直撃こそしなかったものの鰐鮫の肌にトリコの皮膚が触れるとトリコの体から出血していく。
鰐鮫の肌は全身がおろし金のようになっていて、少しふれただけでも致命傷レベルの怪我を負ってしまう。
透明な水の中に血液の赤が混じっていく中でも、トリコは戦闘意欲を失わず指を鳴らしながら鰐鮫を睨みつけ、左手を突き出してフォークでの攻撃を行う。
だが水中では動きが制限されてしまい、鰐鮫は巨体に似合わず機敏な動きでフォークの攻撃を上にかわす。
思っていた通り行動の制限が出てしまい、杏子は我慢がならず闘技場へと向かおうとしたが、持っていた釣竿が勢いよくしなり、穴に釣竿が持っていかれそうになってしまったので反射的に杏子は釣竿を掴んでしまう。
少しでも力を抜けば体ごと持っていかれそうなパワーを穴から感じ取る。
そこから杏子の脳内で広がったのはクジラ並みの大きさを持った魚。
力任せにリールを巻いて、釣り上げた物を見ると杏子は間抜けな顔を浮かべて物を見つめる。
「ほう可愛らしい『虎金魚』じゃ」
マンサムの皮肉と共に現れたのは10センチ程度の大きさの黄色い縞模様の金魚。
見た目からそこまで強くなさそうな印象を受け、こんな小さな魚に苦戦したのかと思うと杏子はたまらなく情けない気持ちになった。
用意されたクーラーボックスに虎金魚を適当にぶち込むと、杏子は再び闘技場に目をやる。
ちょっと目を離した隙にトリコは更に劣勢に立たされているように見えた。
ナイフの攻撃も鰐鮫には届かず、攻撃が発生する前に鰐鮫は攻撃をかわしてトリコを食べようと大きな口を広げて突っ込んでいく。
だがその攻撃もトリコはかわしていて、両者の戦いは拮抗状態になっていた。
この戦いを観客たちは固唾を飲んで見守っていたが、やはり水中がホームである鰐鮫の方が有利だろうと杏子は思っていて、その上『フォーク』と『ナイフ』の武器が封印されたトリコが勝つのは難しいと思っていた。
「そう不安がることもないだろう。トリコの目を見んかい」
ここでいつまでもオロオロしている杏子を見苦しく思ったのか、マンサムは自分が釣った魚の相手をしながら冷静になってトリコを見るように促す。
両腕から鰐鮫の肌に触れたことによる出血を発しながら、その目は勝利を確信した物であり、右腕に力を込めて左腕の2倍ほどの大きさにすると鰐鮫に向かって背を向ける。
「やっと充電完了か……」
マンサムは釣り上げた『虹鯖』を見ながらニヤニヤと笑って勝負の決着が付いたのを確信すると、まだトリコの全てを知らない杏子の肩を軽く叩くと闘技場の方を指さす。
「トリコの武器はフォークとナイフだけじゃないわ。あれこそトリコがもっとも得意としている釘を打ちつける要領で数回のパンチを同時に打ちつける……」
(3連釘パンチ!)
ここが水中なのも忘れてテンションが上がったトリコは、技名を叫びながら前方に向かって釘パンチを放つ。
釘パンチの威力は凄まじく、これまで自由に身動きが取れなかったトリコでも一気に鰐鮫との距離を詰めよることができ、突然自分の元に獲物が猛スピードで突進したことに驚き、鰐鮫は反射的にそのまま大きく口を開いてトリコを食べようとする。
(もう一丁!)
空いている左腕でもう一回3連の釘パンチを右斜め下に放つと、トリコの体は口から離れて鰐鮫の無防備な頭頂部が丸見えになった上を貰った。
(トドメだ!)
残りのエネルギーを全て使うかのように、左腕で3連の釘パンチを放って一気に距離を詰めより、噛みつきの攻撃が届かない頭頂部にトリコは座り、トドメは利き腕の右腕での3連釘パンチ。
一回目のパンチで皮膚、二回目のパンチで頭蓋骨、三回目のパンチで脳を破壊されると、鰐鮫の両目から眼球が飛び出していき、そこからおびただしい量の出血が発生する。
そして鰐鮫が水面に浮かび上がっているのを見ると勝負の決着がトリコの勝利で幕を下ろしたのが分かり、再び観客席は完成で包まれ札束が飛び交う。
マンサムはぼろ儲けができたことを豪快に笑い飛ばしながら、近くに居た部下を呼び出し愛用のボトルを持ってくるよう指示を出す。
「ちっこいの、トリコは最高じゃろ!」
別の部下が用意したボトルを一気に飲み干すと、再びマンサムはほろ酔い気分を味わいながら豪快に笑い飛ばす。
そんなマンサムに構わず杏子は放心状態で立ち上がったまま、自分の無事を知らせるかのように笑顔を浮かべながら自分に向かって手を振るトリコを見つめていた。
豪快なトリコに圧倒される部分もあったが、杏子は自分を恥じていた。
完全にトリコを信じられない自分と、いつの間にか人を信じると言う簡単な事さえできなくなってしまった自分を。
(やっぱ一人ぼっちに慣れるなんてマイナスしかないよな……)
魔法少女だった頃の自分は本当に反省すべきところしかなかったのを改めて杏子は思い知らされた。
水が抜かれていく中、いつまでも自分に向かって笑顔で手を振り続けるトリコを見て、杏子は決意した。
いつか自分もパートナーであるトリコに恥じない立派な美食屋になろうと、そして今度こそさやかに自分が取った食材を捧げようと。
***
マンサムの私室の所長室に一同は呼び出され、初めに行ったのは記念撮影だった。
杏子は引きつった笑みを浮かべながら虎金魚を持って、マンサムは豪快に笑いながら自慢するかのように50センチ大の虹鯖を突き出し、トリコは笑いながら自分が捕獲した鰐鮫を親指で見せつけたが、写真を撮影したリンは何回撮っても鰐鮫が画面内に入らないことに悩み、どうしようか悩んでいた。
「もういいだろリン! オレ腹ペコだからさ、これさばいてくれよ!」
鰐鮫を狩ったのは初めてのトリコだが、その美味しさは噂で知っている。
どう料理しても最高の美味しさを誇る鰐鮫を食べたいと言う思いでトリコは一杯であり、腹の虫を鳴らしながらリンに指示する。
「ですよね~! スイマセン料理人さんたちお願いしま~す!」
そこにIGO専属の料理人たちが現れると、三人が釣った魚たちを運んで厨房へと消えていく。
記念撮影が終わったのを見ると各々自分たちの席へと付いていき、食事会を楽しもうとトリコの挨拶を待った。
「この世の全ての食材に感謝を込めて……いただきます!」
全員が同時に『いただきます』を言うと目の前にある料理に手を伸ばしていく。
だが杏子はそのスケールの大きさに完全に呆れてしまい食欲を失いかけていた。
何しろテーブルだけでもサッカーコート並みの大きさがあり、その上には見たことも無い食材が山盛りに置かれていて、圧倒されたのはそれだけではなく端の方で大人しくパフェを食べているマンサムのペット。
『ハイアンパンサー』の『リッキー』は行儀良く好物の『ホロホロパフェ』を食べて、自分なりに宴を楽しんでいて、杏子の視線にも全く気にすることなく口の中に広がる甘みを堪能していた。
翼の生えたチーターのような猛獣を珍しいと思ったが、目の前にある霜降りのステーキを見ると杏子はよだれを飲みこんでナイフで切っていく。
まるで吸いつくようにナイフが食い込む肉を珍しいと思いながら、フォークで刺して口の中に放り込む。
食べた瞬間訪れたのは極上の幸福感。
肉の脂の旨みがゆっくりと広がっていくが、後に残るくどさやしつこさと言うのを全く感じさせず、口の中に残ったのはまるで何も残っていないかのような清々しさだけであり、いくらでも食べられる感覚を杏子は覚える。
「それは『霜降り豆腐』だな。美味いんだよな~」
自分が狩った鰐鮫が料理として届くのを楽しみにしながらトリコは目の前の料理をがっついてエネルギーの補給に勤しむ。
次々と空になっていく皿の対応に料理人たちは追われていて、相変わらずのトリコに杏子は呆れた顔を浮かべていたが、今食べている牛肉のステーキだと思っていた料理が豆腐だと言うことにも驚かされていた。
「ちっこいの! 豆腐だけで満足する奴が居るか! 今晩はワシのフルコース全部出してんじゃからな! 飲め飲め!」
マンサムは樽型のジョッキを片手にフルコースのドリンク『バッカスホエールの潮』を飲みながら豪快に笑い飛ばす。
彼のフルコースは大の酒豪であるマンサムらしく、オードブルからデザートまで全てにアルコールが含まれた食材である。
テーブルの中央にはメインディッシュである『バッカスドラゴン』の丸焼きが堂々と置かれていて、その存在感をアピールしていた。
酒が全く飲めないリンはマンサムのフルコースを全否定して抗議の声を上げるが、マンサムはめんどくさそうに「パフェでも食べてろ!」と言って、リンをリッキーの元に追いやる。
一方トリコはマンサムに勧められて肉料理の『酒乱牛』を杏子はデザートの『酒豪メロン』に手を伸ばす。
酒乱牛はブランデーの豊潤な香りを含んでいて噛んだ瞬間口の中で肉の脂が解ける感覚は止みつきになる物であり、トリコは涙を流しながらも酒乱牛にかぶりつき何度も「うめぇ!」と叫んでいた。
杏子は切り分けられた酒豪メロンを口に運ぶと、これまで食べたことのない不思議な感覚を味わう。
日本酒のようなほのかな甘みと苦みが初めに襲ってくるが、次に舌に感じ取ったのはメロン本来の甘み。
スイカに塩をかければより甘みが増す法則と同じで、メロンに含まれたアルコール分がメロンの甘みを更に強め、酒豪に相応しいデザートに杏子は満足して次々と食べだしていく。
「いい食べっぷりじゃの、ちっこいの! もっと食え食え!」
酒が回ってきたのかマンサムは豪快に笑い飛ばしながら、更に杏子に食べるように促す。
ここでトリコも同じように酔っぱらってきたのか、隣でアルコールの入った料理を食べている杏子の頭を撫でて一言「偉いぞ」と褒める。
「うへへへへへへへへ! ガキ扱いしてんじゃねーぞバカ!」
口では嫌がっているが、杏子は杏子で酒が回ってきたのか笑いながらも否定の言葉を発する。
だが飲み出してからマンサムはあることを思い出し、トリコに尋ねる。
「ところでそのちっこいのいくつじゃ?」
「アンコは14だ。でも俺と対等に飲みあえるから心配無用だぜ」
年齢を聞いた途端ご機嫌だったマンサムの表情が曇り、食事の手も止まる。
これにはパフェを食べていたリンも異常事態だと感じ、トリコの耳元で耳打ちをする。
(ヤバいって! 普段はちゃらんぽらんだけど、一応所長は多くの人間を統括する立場のある大人なんだよ! ウチはギリギリセーフかもだけど、14歳はアウトでしょう……)
もっともな正論にトリコは何も言い返せなくなり、杏子は楽しい食事会を不用意な発言で台無しにしたトリコを睨みつけていた。
マンサムは表情を曇らせたまま怒気を発して、それはイメージとなって三人にも伝わっていく。
阿修羅のように3っつの顔と6本の腕を持った大仏のような姿のそれが伝わると、トリコは覚悟を決めて、リンは未だに酒豪メロンを食べている杏子を後ろに隠した。
そしてマンサムは勢いよく両手を上げると、そのままテーブルに向かって振り下ろす。
轟音が響くと同時にマンサムは顔を上げて、自分の思いの丈を叫ぶ。
「エライ! その年でトリコと飲みあえるとは何て孝行な娘さんなんじゃ! アンコ、ワシは今やっとお前の名前を覚えたぞい!」
マンサムは杏子を認めて、割れんばかりの拍手を彼女に送った。
トリコは杏子が褒められたことを自分のことのように喜び、リンから杏子を奪い返すと再び席に座らせて食事会を再開する。
それと同時に鰐鮫の調理も終わり、テーブルに並べられたステーキや刺身を見るとトリコの目はハート型に輝いて一気にがっつく。
思っていた通り鰐鮫は魚の淡白な旨味だけが前面に出ていながらも、部位によっては最高級の牛肉に引けを取らない極上の旨味が感じられた。
ステーキも刺身も全てが酒のつまみには最高であり、この日はいつも以上に二人は酒が進んでいて、広い室内はアルコールの匂いで充満していた。
これには杏子も酔わざるを得なく、アルコールの入った果物を中心に食べながらもバッカスホエールの潮を勧められるがまま飲んでいき、見る見る内に真っ赤になって行きながらも杏子は何度もおかわりを要求する。
「アンコ! お前最高じゃよ! 今夜は朝まで飲むぞーい!」
完全に悪酔いしたマンサムはジョッキを突き出して宣言し、トリコもそれに同意する。
杏子は構わずにアルコールの入った料理を食べながら、バッカスホエールの潮を飲んで何度もおかわりを要求した。
ここで自分まで酔いつぶれたら、誰がこの事態を収拾付けるんだと判断したリンはリッキーを連れて所長室を後にした。
ドアを閉めても酔っ払いの大男二人の大声は朝まで響き渡っていた。
***
そして朝が来るとトリコと杏子は家に帰るためマンサムが用意してくれたヘリに乗り込もうとしていた。
リンのサポートもあってトリコもマンサムも意識をしっかりと持った状態であり、トリコは完全に酔いつぶれて二日酔いの状態になっている杏子の肩を抱きながら、これからのことに付いてマンサムと話しあっていた。
「今日はありがとうな。アンコにもいい経験になったと思う」
「んで次はこの新入りにどんな教育を施すんじゃ?」
「当分はノッキングに関しての教育だな。後は……」
トリコが言おうとしたことを直感的に感じ取ったリンは杏子が二日酔いの状態でろくに話が聞けないのを確認すると、トリコに対して耳打ちをする。
(戦っている相手のこと教えるの? ヤバいって!)
(なぁに注意しておけ程度の感覚で受け取ってもらえるように話すさ)
自分たちが今でも戦っている存在に付いての発言を危険だとリンは警告するが、トリコは美食屋としてやっていく以上避けては通れない道だと判断して、隠すことなく全てを杏子に話そうと決めていた。
それだけ言うとトリコは杏子のエスコートをしながら手を振って見送るマンサムとリンに別れを告げて家へと帰って行った。
ヘリが見えなくなると、リンは名残惜しそうに空を見上げていたが、この日もコロシアムでの仕事があるため、渋々猛獣控え室へと戻っていく。
一方のマンサムは顎に手を添えて何かを考え込んでいた。
(いくら何でも少し焦りすぎではないのかな?)
元々猪突猛進型のトリコでも杏子に対しての教育がかけ足すぎることにマンサムは心配していた。
だがトリコ自身がまだまだ発展途上中だし、新人の教育なんて経験も無いことだろうから手探りでやっているのだろうと判断して、自分もまた朝の筋トレをするため自室へ戻って行った。
それぞれの朝を朝日は平等に照らし上げていた。
この日も一日頑張ってとエールを送るように。
本日の食材
鰐鮫 捕獲レベル27
180度開口できる大きな口を持つ鮫の仲間。鰐並の強力な顎力を持ち、一度喰らいついた獲物は決して離さずにそのまま捕食してしまう。
霜降り豆腐 捕獲レベル1以下
IGOグルメ研究所で作られたグルメ食材。原料は大トロ大豆。高級霜降り牛のような上品な脂を含んでいるが、後味は豆腐のようにさっぱりしている。
また脂分も植物性の物なのでベジタリアンの美食家たちにも人気が高い食材である。
虎金魚 捕獲レベル1以下
虎のように縞模様が入った金魚、集団で行動していて、どんな餌にでも食いつくため子供でも簡単に釣れる魚、天ぷらにして食べるのが一般的。
虹鯖 捕獲レベル2
虹のように美しく光り輝く鯖、その見た目の美しさとは裏腹に味は癖が強く、人を選ぶ食材。
刺身にしても美味しいが、虹鯖を漬け込んだお酒は通好みの味。
と言う訳で今回はグルメコロシアムの話になりました。
後初めて本格的なバトルも書いてみました。
考えてみれば水中での本格的なバトルって今までの中で無かったような気がします。
フグ鯨編は強い猛獣との戦いはありませんでしたし、サンサングラミー編はデスフォールが一番の敵でしたから。
なので書いてみました。上手に書けていたら嬉しいと思います。
次回は美食會に付いての語りを少し入れる予定です。
フグ鯨編でトリコはGTロボに関しては知識が無くても、その頃から美食會は活動していて、その存在を警戒していたとしてもおかしくはないと思っていたので。
次も頑張りますのでよろしくお願いします。